第六七話 完璧なボク
ギルベルトは、海岸で海魔の群れに囲まれていた。
「るああああっ!」
襲い来る海魔にグラムを振るい、切り殺していく。
ギルベルトの顔は、睨むだけで海魔を殺せそうなくらい恐ろしいものだった。
「このっクソ魚類どもがあああああっ!」
「ギルベルト様、むやみに切りかかってもこちらが消耗するだけです!」
ヴィルムが注意するが、ギルベルトは君子を心配するあまり戦い方が雑になっている。
これでは聖都の時と同様、途中で消耗しきって動けなくなってしまう。
「だがヴィルム、はっきり言ってそんな事を考える余裕はないぞ!」
アルバートは、雷を帯びた雷切で海魔を斬る。
彼の言う通り、この数を相手にするのに、残りの体力など気にしていられない。
今は一刻も早く君子達を助けに行かなければならないのだが――。
「うぎゃああ、みっみず! みずはいやだぁぁぁぁぁ!」
緊急時だというのに、フェルクスは悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
ここは海岸とは言え陸地、溺れる心配はないというのにこの体たらく。
戦えば強いのだが、これでははっきり言って邪魔である。
「はあああああっ!」
海魔を両断したのは、力強い掛け声を発した海人。
青紫色の体液を噴射しながら絶命するムツゴロウを踏み越えて、その後ろにいたヒトデへと剣を突き刺す。
「くそぉ……一体何匹出てくれば気が済むんだよ、こいつらはぁ!」
「冷静に考えると、海の方が陸よりも空間が広いんだから、妖獣よりも海魔の数が多いのは当然よね」
凜華がそんな分析をしながら、焼き殺していく。
だが悠長に考えている場合などない、船を壊されれば逃げられなくなるし、何より水を探しに行った君子を助けに行かなければならない。
「くっ、こんな事ならついて行けばよかったですわ!」
「本当だな! 誰だよ海魔がこの島にはいないって言った奴!」
ラナイは光魔法で、シャーグは持ち前の腕力で、それぞれ海魔を倒す。
「でも……こんな数の海魔に気が付かないなんて、ちょっと変ですよぉ!」
ロータスもナイフと持ち前のスピードで、海魔を確実に倒していく。
どれもこれも弱いが、やはり面倒なのは数。
手練れ八人で戦っているというのに全く前に進めない。
「くそぉ……早くキーコの所にいかねーと」
今ここで足止めを食らっている間にも、君子は命の危機にさらされているのだ。
なんとしてでも、彼女を助けないといけないのに、海魔が邪魔をする。
ギルベルトが歯を折るくらいの歯ぎしりをした時――ジャングルで轟音が響いた。
「なっ……なンだ」
大きな木が倒れて、海魔の物らしき不気味な鳴き声がする。
ただならぬ気配が近づいてくる、まさか話に聞く船も飲み込む巨大海魔が現れたとでもいうのか――。
「……近づいてくる」
その時、海魔の軍勢の後方で、海魔が不気味な鳴き声を上げながら絶命した。
青紫色の体液を流しながら、アメフラシが死ぬと、その近くにいたカニの海魔が死ぬ。
「なんだ、何が起こっている!」
遠すぎて何が起こっているのか分からない。
だが、間違えなくその『何か』は、海魔を殺しながらこちらへと近づいて来ている。
ソレが何なのか、考える暇は与えられなかった。
気が付いた瞬間には、ギルベルトの目の前にいたアメフラシが真っ二つに両断される。
――そしてその体液が周囲に飛び散る前に通り抜けた。
刹那、刃がギルベルトへと突き立てられた。
「いっ――」
持ち前の反射神経で何とかそれをグラムで払った。
同時に、ようやく正体が分かった。
それは栗毛の長い髪をたなびかせる、赤いコートを羽織った少女だった。
整った顔立ちは、綺麗と可愛さとどちらとも言え、女性の美しさと少女の可愛らしさが両立している。
一本一本に艶があり、まるで清流の流れと錯覚するような、美しい栗毛の長髪。
引き締まった体は一切の無駄がない、しかしあるべき所の肉はあり、特に豊満な胸部は誰もが底にくぎ付けになるであろう、見事な一品。
そして――何よりも目を引いたのは、まるで深紅の薔薇で編んだかのような、紅いコート。
「――っ女!」
なぜこんな所に人間の少女がいるのか訳が分からない。
しかし――少女はギルベルトに向かって明確な殺意を持っていた。
右手に力を込めると、払われた剣を振り下ろす。
「ぐっ!」
グラムで防いだが、その一撃は少女の物とは思えない程力強い。
明らかにこの少女は普通ではない、ギルベルトは両手に力を込めて少女を剣ごと吹っ飛ばした。
「――っ」
しかし、空中に吹っ飛ばされた少女は、まるで猫の様に身軽に一回転して着地すると、砂浜を蹴り飛ばす。
一気にギルベルトへと距離を詰めると、彼の顔面に向かって突きを放つ。
「うっ――!」
左頬を切られ、うっすらと血が滲む。
Aランカーであるギルベルトが、少女に追い詰められるなどありえない。
アルバートもヴィルムも、そして海人も凜華も、ただただその光景に驚愕する事しかできない。
「なっ……なんだあいつは!」
「すごい……あの紅の魔人と互角にやりあってる」
細身の手足から考えられないほどのスピードとパワー。
自分達が勝てなかったギルベルトを追い詰める、その謎の少女に海人も凜華もただ驚いていた。
「どうやら首謀者が自分から出て来たようだな!」
アルバートは、紫色の魔法陣を展開する。
どうやらギルベルトごと少女に雷を放つつもりらしい。
容赦ない四型雷魔法が発動する――が、それを止める声が響く。
「やっ、やめて!」
それはずっと身を案じていた、君子の物。
少女が海魔を切り裂いて出来た道を、君子が走って来る。
その後ろからルールア、双子の手を引くアンネ、更に『浪』を背負ったベアッグがやって来た。
「キーコ、アンネ、ベアッグ、ユウ、ラン!」
「キーコ、ルールア!」
「山田!」
「君子ちゃん!」
しかし無事を知って安堵する皆の前を通り過ぎて、君子はギルベルトと対峙している少女の元へと近づく。
「お姉ちゃん、この人達は敵じゃないよ、さっき言った一緒に逃げている人達だよ」
「……そうか」
「それに……君子を置いて行かないで、もう離れ離れになるのは嫌だよぉ」
君子は今にも泣きそうな顔で俯く。
そんな彼女の肩を少女が抱き寄せると、頬を摺り寄せて頭をぽんぽんと撫でる。
「ごめんよ君子、もうボクは君子から離れない、ずっと傍にいるよ」
「お姉ちゃん……」
二人は強く抱きしめあう。
少女に抱きしめられた君子の顔は、今まで見た事がないくらい安らかなもので、その抱擁を見せつけられたギルベルトもアルバートも、口を開けて呆然と見つめる事しかできない。
「お姉ちゃん……?」
ヴィルムは、突然現れた少女が君子と知り合いの様で驚いた。
君子は彼女を姉と呼んだ。
確か、姉は死んだと君子自身が言っていたはずなのに――。
「ヴィっ……ヴィルムさん」
「ルールア、アンネ……よく無事で」
あの海魔の群れをかいくぐるなど、並みの軍人でもできないだろう。
しかも戦えない君子達を連れてではなおさらだ。
無事を喜び功績を称えるヴィルムに、ルールアは少し戸惑いながら口を開く。
「……アタシ達、ほとんど何もしてないんです」
首を傾げるヴィルムに、彼女は何があったかを話し始めた――。
************************************************************
海魔に追われ洞窟に入ったルールア達は、海魔の体当たりの衝撃によって吹っ飛ばされて、少しの間意識を失っていた。
それが数秒だったのか数分だったのか分からないが、すぐに真っ白だった脳が正常に戻り、君子を守らなければと立ち上がったのだが――、彼女の目の前に見知らぬ少女が立っていた。
「だっ……誰?」
見たところ人間、いや半魔人かもしれない。
しかし見慣れない服を着ていて、どこの国の者かは見ただけでは分からなかった。
ただ一人――君子を除いては。
「……おっ、お姉ちゃん」
栗毛の髪、赤いロングコート。
全部あの時のまま、あの七年前の雨の日のままで、何一つ一切変わっていない。
久しぶりに見る姉の姿に、君子は涙を浮かべながら声をかける。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
姉は君子に気が付くと、黙って見つめる。
(あっ……、お姉ちゃんがどうしてベルカリュースにいるの? それもあの時と全く変わらない姿で……)
姉と最後に会ったのは七年も前の事。
しかし今目の前にいる姉は、あの時から歳をとっていない。
異邦人の大和は言った、元の世界からベルカリュースに転移する時、時間が固定されていない。
つまり彼女は、あの濁流に流された時に、異世界ベルカリュースのこの場所のこの瞬間に、転移して来たという事。
姉にとっての君子から、自分は七年も歳をとり、同い年ぐらいになってしまった。
こんなに成長してしまった自分を、姉は妹だとわかってくれるのだろうか。
「あっ……あのね、しっ信じられないかもしれないんだけどね、わっ私……ね」
何とか姉に自分だと分かって欲しくて、君子は説明しようとする。
しかし、まだ混乱しているせいで、なんといえばいいのか分からない。
大好きな姉にまた会えたというのに、こんな事を説明できないなんて、自分がなさけなくなる。
しかし――。
「……君子」
「――――っ!」
心臓が爆発するくらい嬉しかった。
優しい声、大好きな声、完璧な声。
七年ぶりの姉の声は、懐かしくて堪らない。
「お姉ちゃん……私が、分かるの?」
「当たり前だろう、ボクは君子のお姉ちゃんなんだ、君子を間違える訳ない」
小さく笑みを浮かべる姉の姿を見て――君子の涙腺はとうとう加減が利かなくなった。
壊れた蛇口の様に大粒の涙を流す君子、そんな彼女を姉は優しく抱きしめる。
この匂い、この感触、この声――全てあの時のまま、大好きな姉のまま。
「おっ……おえぇちゃんっ、うっうえっ……」
「……君子」
姉は嗚咽でロクにしゃべれない君子を、もっと抱きしめた。
もう二度と離さない様に、離れない様に――力強く抱きしめた。
「おっ……お姉ちゃん?」
感動の再会について行けないのは、他の面々である。
君子の姉という事は彼女も異邦人なのだろうが、一体何がどうなっているのか気を失ったルールア、アンネ、ベアッグには訳が分からない。
『ギシャアアア』
しかしその再会の邪魔をする者達がいる。
身の毛のよだつ鳴き声、海の怪物――海魔である。
「あっ……」
洞窟の入り口にいた海魔達が、森の方まで後退していた。
どうやら、君子の姉が転移して来た時の衝撃で、吹き飛ばされたらしい。
時間がない、すぐに逃げなければ。
「……アレは」
「あっそうだ……お姉ちゃん早くここから逃げないといけないの!」
「……逃げる?」
「うっうん海魔が……あっ悪いモンスターに囲まれてるの、船が海岸にあるからそこまで逃げないといけないの!」
君子は姉の手を引いて逃げようとするのだが、彼女は洞窟の入り口を睨んでいる。
「……そこのハーピーのお姉さん」
突然声を掛けられて、ルールアは驚いた。
「…………貴方達は君子の敵?」
「ちっ……違うわ、敵は外にいる海魔よ」
「……そいつらは、君子の命を狙っている?」
「そっ……そうよ」
「……なるほど」
そう言って納得すると、彼女は何を思ったかあたりを見渡す。
そして君子の近くで腰を抜かしている『浪』へと近付く。
「ひっ……あっばっ……ばっ……」
「その腕じゃ使えないだろう、借りるよ」
海魔の恐怖のせいか『浪』は言葉もまともに話せない。
そんな彼の隣に落ちていた彼の剣を拾い上げると、何度か振り回す。
「……あんまり良い剣じゃないな」
そう感想を言うと、入り口の方へと歩いていく。
「だっ駄目だよお姉ちゃん、あっちには海魔が……」
危険だから止めようとする君子に、姉は微笑んだ。
すると、海魔が洞窟へと侵入して来ようとした。
巨大なアメフラシが、触角を伸ばして餌がないか探している。
「まっまずいわ、海魔が――」
ルールが言い終える前に、姉はソレに向かって走った。
迫りくる者に気が付いた海魔は、毒液を放つ。
「お姉ちゃん!」
アレに当たった骨まで溶けてしまう、君子は叫び、他の者達は彼女の死を確信した。
「ボクの妹はアメフラシが嫌いなんだ」
しかし――姉は思いっきり地面を蹴ると、毒液がかかる前にアメフラシへと接近する。
それは、Bランクと言う軍人であるルールアも見切れないほどのスピード。
「――はっ!」
気合の声と共に、アメフラシへと渾身の突きを放つ。
的確な一撃は脳を貫き、アメフラシは青紫色の体液を噴出して崩れ落ちる。
姉はその死骸を飛び越え、そのまま洞窟の外へと飛び出して行ってしまう。
「まっ待って!」
外には海魔の大群がいるはず、無鉄砲に突き進むのは危険だ。
急いでルールアが後を追うのだが――、彼女の前に広がっていたのは予想したものとはかなり違う光景だった。
襲い来る海魔に剣を振るい、攻撃を避け、また剣を振るう。
それは戦っているというよりは踊っているようで、見る者を魅了する。
「……すごい」
次々に、迫りくる海魔を倒す彼女は、到底ただの異邦人とは思えない。
訓練された軍人、いやそれ以上と言える。
しかしルールア以上に、その光景に目を輝かせていたのが君子である。
「お姉ちゃんは完璧な主人公なんだもん、海魔になんか負ける訳ない」
君子の様なモブの脇役とは違う、彼女は完全無欠のヒーロー。
例え異世界の怪物であろうが、この完璧な存在の前では瞬殺される雑魚なのだ。
ソレが戦いである事を忘れて、まるで舞うように海魔を斬り殺す姉に見惚れていた。
洞窟の前にいた海魔が全て倒されるのに、それほど時間はかからなかった。
最後の一匹を倒し終えると、姉は愛しの妹を危険にさらした海魔の死骸を睨みつけ。
「……ボクの妹を襲おうなんて、身の程を知れ」
そう蔑んだ。
実際一匹一匹は大して強くはないが、数が多いので雑魚で片付けられるような存在ではない。
だが姉はかすり傷一つどころか、返り血さえも浴びておらず、まるで力量を見せつけているようだった。
「お姉ちゃん、すごいっすごいよ! 異世界に来てすぐ戦えるなんて、まるで漫画やアニメの主人公だよ!」
「ボクは君子のお姉ちゃんなんだ、当然だよ」
喜ぶ妹の頭を、姉は微笑みながらなでる。
姉妹のごくありふれた光景なのだろうが、そんな簡単に済ませられるような事ではない。
「強すぎでしょ……」
ルールアは海魔の死骸を見ながらそうつぶやいた。
軍人である彼女も、こんな数の海魔を倒せるか正直怪しい。
恐ろしいのは、ソレが異世界に来たばかりの少女がやったというのだから。
「……ねっねぇキーコ、その人は誰なの?」
アンネが恐る恐る尋ねると、君子は不安も恐怖もまるで初めからなかったかのような、元気な笑みで答える。
「時子お姉ちゃんです! 滅茶苦茶美人で可愛くて、頭が良くて強くて、巨乳で優しい、完璧なお姉ちゃんなんです!」
まるで自分の自慢をするように、君子は興奮しながら嬉しそうに言った。
これほど嬉しそうな君子の顔を、アンネは初めて見る。
「お姉ちゃん、この人達は私が異世界でお世話になっている人達だよ」
「それは……、妹と仲良くしてくれてありがとうございます」
時子はそう深々と頭を下げて、丁寧に挨拶をした。
もう何がなんだかついて行けなかった。
「てっ……こんな事してる場合じゃないわ! 王子様達の所に戻らないと」
「そうよ早く船に戻りましょう、アルバート様とヴィルムさんが心配しているわ!」
「……王子?」
「あっ……うっうん、何から話せばいいのか、とっとにかく一緒に船で逃げている人達がいるの、そこまで行けばこの島から逃げられる……と思う」
今は悠長にしている暇がなく、しっかりとした説明が出来なかったが、それでも時子は大まかな所は理解した。
「分かった、なら船まで行けばいいんだね」
「行けばって、この島は海魔の巣窟なのよ! どうやって……」
時子はルールアに不敵な笑みを浮かべると、剣を振って見せた。
「君子とボクが遠回りする理由なんてない、堂々と海までまっすぐ行けばいい」
「……あっ」
確かに時子の実力ならば可能かもしれない。
遠回りをするよりも、森を一直線で抜けた方が圧倒的に早く着く。
「方向を教えてくれればボクが道を開く、貴方達は後ろを頼むよ」
「えっ……えぇ」
本当に任せてしまってよいのだろうかと思ったが、周囲に散らばる海魔の死骸が何よりの証明だった。
そんな話をしていると、『浪』を背負ったベアッグと双子がやって来た。
「おいおい、あんちゃん、なんでそんなに腰抜かしちまったんだよ」
「ぬかしちまったんだよ?」
「ぬかしちまったんだよ?」
「ユウ、ラン、私の手を放しちゃ駄目よ!」
今は船へと逃げるのが先、すぐにこの場を全員で離れる。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫だよ君子、ボクの後ろをゆっくりついてくればいい」
時子はそう言って微笑むと、海魔の不気味な叫び声が響くジャングルへと向かい合う。
「君子は、ボクが守る」
************************************************************
「では……ここまでずっとあの少女が、海魔を倒して来たというのですか?」
「はい……信じられないんですけど」
ルールアの言う通り、道中の海魔をほとんど一人で倒してしまった。
「……キーコの、姉」
ヴィルムは時子を見つめる。
正直あまり似ているとは言えない姉妹だ、それに海魔やギルベルトを圧倒する剣技を扱う所など、君子とはまるで正反対。
事情を詳しく聞きたい所だが、そんな暇はない。
「全員そろったんだ、早くこんな島から逃げようぜ!」
海人の言う通り、君子達が戻ったのなら、こんな危険な島には用はない。
すぐさま船に乗り込もうとするのだが――再び海魔の群れが襲い掛かる。
「ええいっ、うじゃうじゃとぉっ!」
凜華は杖を向けると、赤い魔法陣を展開させる。
「赤魔法『火炎砲』」
魔法陣が一段と輝くと、高温の炎が噴射されて海魔を焼き殺す。
それを興味深そうに見ていたのが、時子だった。
「へぇ、すごいな……それはもしかして魔法かい?」
「えっ……あっはい、そうです」
女である凜華も見惚れるほど時子は綺麗だった。
凜華がぼーっと見つめていると、更に海魔の群れが湧いて出て来た。
「おい凜華ぼーっとしてる場合じゃな――」
海人が文句を言うが、海魔に向けられた手は凜華の物ではなく時子の物。
まさか魔法を使うとしているのではないだろうか――。
「ちょっちょっと貴方、魔法は見ただけで出来る様な代物ではありません!」
凜華の様な勇者ならまだしも、普通は魔力の扱いと術式の理解をマスターして、一型魔法から習得していく物だ。
一回見たくらいでは魔法の発動など不可能。
時子は、そんなラナイの言葉を無視すると、涼しい顔で左手に力を込めた。
すると赤い魔法陣が展開され、火炎が噴射された。
それは間違えなく、三型の赤魔法。
魔法使いであるラナイと凜華の眼から見ても、それは完璧と呼べる魔法だった。
「……なるほど、次はもう少し上手くできそうだ」
時子はそう冷静に分析するが、皆ただ唖然とするしかなかった。
彼女は凜華の魔法を見ただけで覚えたという事。
それはもう強いとか器用とか、そう言う次元で済まされるものではない。
「お姉ちゃんすごいよ! 魔法も使えるんだね!」
しかし君子だけは、その力量に感動し、興奮しながら時子へと抱き着いた。
「当たり前だよ、ボクは君子のお姉ちゃんなんだから」
そんな理屈があってたまるかと思うのだが、二人はそれで納得していた。
抱き合う二人を、ギルベルトは苦い顔で見つめる。
「…………」
斬られた頬に触れる、油断など無かった、いつも通り戦ったはずなのにやられた。
「おい……、アレは一体どういう事だ、お前は知っているのか?」
時子を見ながらアルバートはそう切り出した。
「……死んだはずの姉ちゃんだ」
「キーコの姉?」
似ているとは言えない姉妹、顔も雰囲気も、何一つ近しい所がない。
だが君子のあの懐き様、本当に姉妹なのだろう。
「早く船に乗って下さい」
ヴィルムが乗船を促したのだが、船に残っていた船長が叫んだ。
「駄目だヴィルムさん、船が動かねぇ!」
「一体なぜ、海魔にやられたのですか!」
「いっいや違うんだ、船がこの場所から動かねぇんだ! まるでこの島に閉じ込められたみてぇに!」
「……閉じ込められた?」
それを聞いて、ヴィルムは浅葱色の魔法陣を展開させる。
「索敵魔法『感知』」
海魔の気配が感知できない事と言い、この島は何か可笑しい。
魔力を込め、索敵魔法の性能を最大限上げると、上空に不自然な気配を感知出来た。
「…………これは」
ヴィルムが慌てて島の中央上空を見ると――、巨大な煤色の魔法陣が展開されていた。
魔法の種類と強さは、色と魔法陣の大きさで決まる。
煤色は妨害魔法、あの大きさはおそらく五型に相当する魔法だ。
「なぜ……こんな島に妨害魔法が!」
ルールアが海魔を感知できなかったのは、やはりこの魔法のせい。
しかも島に入ったものを閉じ込める機能まで追加されている、つまりアレをどうにかしない限り船で逃げだすことが出来ないという事だ――。
「一体誰が、こんな島に妨害魔法を……」
明らかに高い技能を持つ魔法使いの仕業である。
こんな地図にも載っていない海魔の巣窟に、そんな魔法を仕掛けるという事は、これは明らかに罠だ。
謎の敵が、ヴェルハルガルドとハルドラを襲っている。
「それじゃあ、私たちはこの島から出られないの!」
「この島は海魔だらけなんだぞ、こんな所にいつまでもいたらこっちがバテちまうってのに!」
まさか船が使えなくなるとは思っていなかった。
あの妨害魔法をどうにかしなければこの島から逃げられない、しかし五型の妨害魔法を解くには、専門の知識が必要になる。
「おいラナイ、お前魔法使いだろう! 何とかならないのか!」
「わっ、ワタクシは光魔法が専門で、他の魔法は……」
「だから他の魔法も勉強しろって、クロノさんにいつも言われるんだよお前は!」
「なっ、そういうシャーグは一型の魔法も使えない癖に!」
仲間割れをしていても仕方がないのだが、外からの救援は地図にない島では望めない。
「そんな……どうしたらいいの」
「君子……」
「……お姉ちゃん」
時子は優しい笑みで君子を見詰めると、剣を左手に持ち替えて右手で彼女の頭を撫でる。
そして、索敵魔法を展開していたヴィルムへと話しかける。
「……あの魔法を破壊すれば、この島から逃げられるのかい?」
「その通りです……、しかしアレの解除は我々では到底……?」
ヴィルムの話もそこそこに抱き着いていた君子を離すと、魔法陣に向かって右手を伸ばす。
一体何をする気なのか、誰にも分からない。
「君子を傷つけ、その幸せ邪魔するなら……どんなモノでも許さない」
遠近法で時子の手が魔法陣を覆う。
こんな遠い所から一体何をするつもりなのか、その場にいた全員が彼女を見詰めていた。
いや、正確には眼を離せなかったのだ。
なぜかその光景に、とても引き付けられる。
「君子が進む道は完璧でなければならない、そうする為の力がボクにはある」
何を言っているのかは、君子にも分からない。
分からないけれど、安心できる。
なぜだか分からないけど、全て任せられる。
自分の全てを――。
「君子、どうか瞬きをしないで、一瞬も見逃さないで」
何かこの空間が重くなるのを感じる。
それはどう表現すればいいのか分からない、強烈な圧。
何か、ちっぽけな人ではどうにもできないような、強大なものが動く様な、そんな感覚。
そして、時子は拳を握る。
「君の望んだ、完璧なボクを――――見て」
刹那、魔法陣が砕けた。
消えたのではない、いくつもの亀裂が入り壊れていく。
発動している魔法陣を解く時、普通は光の粒子となって消える。
それなのに今は、砕けて落ちていく。
亀裂は、島の空全体を囲むように広がっていく。
それこそ、この島を覆っていた妨害魔法の破壊を意味していた。
「……綺麗」
島全体を囲んでいた妨害魔法のドームが、欠片となって島へと降り注ぐ。
まるで割れたガラス細工の様だが、魔法の魔力はすぐに淡い光を放ちながら空気中に溶けていく。
その光景は、まるで光る雪が降り注いでいるようにも見えた。
君子はその美しい光景に見惚れていたが、他の者は違う。
「こっ……これは、一体」
こんな現象、誰も見た事がない。
ギルベルトもアルバートも、ヴィルムもアンネも、ルールアもフェルクスも、ベアッグもユウもランも、海人も凜華も、ラナイもシャーグもロータスも――誰も知らない。
魔法ではこんな事は出来ない、つまりこれは――。
「特殊技能……」
ヴィルムがその答えにたどり着くのに時間はかからなかった。
急いで索敵魔法で、時子のステータスを見る。
トキコ
特殊技能 『完璧』 ランク6
職種 無し
攻撃 A- 耐久 A- 魔力 A+ 耐魔 A- 敏捷 A 幸運 A
総合技量 A
「ランク……6、だとぉ」
ヴィルムは驚きのあまり、固まった。
特殊技能は、その希少性と効果と扱いやすさなどで1から6のランクに分けられる。
その中でもランク6は、この世界でも未だ数例しか確認されていない、超希少ランク。
しかもこれは時子の『固有』の特殊技能。
誰も知らない、未知の領域。
「しかも……アルバート様と同じ、オールAランカー」
強くて当たり前だ、強者と言われるAランカーの中のほんの一握りの存在である、オールAランカー。
最強の特殊技能と最強のステータス。
それは最早、誰の眼から見ても、『完璧』な存在としか言いようがなかった。
「ランク6で、オールAランカー……それではまるで」
そんな破格の存在は、まるで千年前の勇者の再来と言えよう。
彼女こそ――勇者だったのだ。
「すごいっすごいよ……お姉ちゃん?」
喜んでいるのに、時子は何も言ってくれない。
君子が不思議に思っていると――、時子は倒れた。
「おっお姉ちゃん!」
君子が姉を支えたが、地面に尻もちをついてしまった。
時子は苦しそうに胸を押さえている。
「大丈夫……初めて使ったから、予想より負担がかかった……つっ次は、もっと上手くやれるよ」
特殊技能『完璧』。
時子の『固有』特殊技能であり、この世界でも最も希少性の高いランク6。
魔力によって引き起こされる魔法、特殊技能、その他の現象。
生物の生命を除く、神の御業によって形成された世界の神羅万象。
それら全てを、時子の意思によって改ざん出来る。
「こんな……こんな自己中心的な特殊技能があっていいのか」
ランク6の特殊技能は、どれも次元が違う特殊技能だといわれている。
しかし、これはあまりにも自分勝手すぎる。
他者の意思どころか、神の御業までも否定しうるこの力は――傲慢そのものだ。
ヴィルムは、この強大な力を持つ時子を羨ましく思ったが、同時に恐怖を感じた。
「お姉ちゃんしっかりしてっ、誰か、お姉ちゃんが死んじゃう、お姉ちゃんを助けてぇ!」
姉を心配しするあまり、君子は半狂乱に陥っている。
とにかく妨害魔法はもうなくなったのだ、今ならこの島から逃げられる。
皆急いで乗船を開始する――のだが。
「……なに、これ」
ルールアが、突然辺りを警戒し始めた。
妨害魔法がなくなった事によって、ルールアの特殊技能が正常に機能し始めた。
だから、この島に潜む大きな気配にようやく気が付いた。
「気を付けて、何か来るわ!」
しかし、遅かった。
突然海が荒れ、岸に大きな波が打ち寄せ、錨を下ろしている船さえもかなり大きく揺れている。
そして湾内に、巨大な渦潮が出現した。
「なんだアレは……」
巨大な渦の中から、ソイツはゆっくりと顔を出した。
白銀色の鱗に覆われた細長い体は軽く二〇メートルを超え、頭から背中にかけて真っ赤な鬣の様な背びれがあり、海の上ではそれが不気味なほどよく栄えている。
口には無数の牙が生えており、まるでノコギリの様なソレは、どんなものでも噛み切れるだろう。
そいつは、赤く光る眼で――海岸にいる小さな者達を見下ろしていた。
「レっ……レヴィアタンだ」
レヴィアタン。
それは海魔の中でも最強種に相当する、巨大海魔の名である。
大型船を襲い沈没させる為、内陸部であるヴェルハルガルドやハルドラにも、その名は轟いていた。
なぜこの島が地図に載っていなかったのかようやく分かった、ここはレヴィアタンの巣だったのだ。
「まずいぞ、この期に及んでレヴィアタンか!」
先ほどまでずっと海魔と戦っていて、もうかなり体力も魔力も消費してしまった。
もうこの巨大海魔レヴィアタンと戦う力など残っていない。
「そっそうだ、ランク6の特殊技能ならどうにか――」
次元が違う強さを持つ時子ならば、この怪物もどうにか出来るのではないかと、シャーグが切り出したのだが、彼女はまだ立つこともできない。
「くそっ、たたっ斬ってやる」
「馬鹿者、相手は海上にいるんだどうやって戦うというのだ!」
疲労しているにも関わらず無茶な攻撃を試みようとするギルベルトを、アルバートが怒鳴った。
オールAランカーのアルバートも、魔力がそろそろ底を尽きそうだ。
雷切で必殺技を放てれば、レヴィアタンを追い返すことぐらいは出来るかもしれない――しかし、相手は最強種の海魔、そんな暇など与えてはくれない。
口を閉じ身を引く、かすかに口元から漏れたのは火の粉。
「しまった、ブレス――」
回避しろと言う前に、レヴィアタンは火炎を吐いた。
橙色に近い高温の炎が、皆に迫る。
「凜華っ!」
「海人っ!」
どうする事も出来ない高温の炎を前にして、海人と凜華は同時に動く。
君子が造った、ハルドラの盾を掲げると巨大な光の盾が成形されて、炎を防いだ。
しかし高温の炎は、その余波だけでも十分熱い。
「うっくそぉぉぉ」
「くっううううう」
海人と凜華は、盾を必死に構え続ける。
しかし炎は防げても熱は二人を襲う、身を焼かれるような熱さは、二人の『思いの強さ』を確実に削り取っていた。
ハルドラの盾の鉄壁は守りたいという思いが動力、揺らいだ意思は盾の強さに影響する。
光の盾にヒビが入りあっという間に広がって、盾が砕けてしまった。
「うあああああっ」
「きゃああああっ」
衝撃で吹き飛ばされた海人と凜華を、シャーグとロータスが受け止めた。
何とか全員守り切れたが、盾で守られなかった後方のジャングルでは火災が発生して、これでは島の奥へ逃げる事も出来ない。
海魔からやっと逃げられると思ったのに、よりによって最後の最後に最悪な奴が待ち構えていた。
成す術のない者共への、レヴィアタンの虐殺が始まる。
「――お姉ちゃん!」
君子は時子を強く抱きしめた。
絶対に離れない、例えこのまま死ぬとしても――もう離れない。
「捕縛魔法『光鎖』」
瞬間、レヴィアタンの頭上に藤色の魔法陣が展開されて、そこから何本もの光の鎖が出て来てレヴィアタンを縛り付ける。
「なっなんだ!」
「四型捕縛魔法! 一体誰がこんな高度の魔法を!」
最強種であるレヴィアタンを縛るほどの捕縛魔法など、見た事がない。
一体誰が、こんな魔法を使っているというのだろうか。
「……アレは、ワイバーン?」
見上げると、空に一匹のワイバーンが飛んでいた。
しかもアレは希少な灰色の鱗のワイバーン、騎乗できるのは王族かあるいは軍の上層部のいずれか――。
「一体……何者だ?」
「アルバート様、もう一匹ワイバーンがいます!」
ルールアが言った通り、灰色の鱗のワイバーンの他にもう一匹飛んでいる。
眼を凝らしてみると、一回り大きい大型種のワイバーンだ。
だが問題なのは、その鱗の色である。
「黒い、ワイバーン?」
ワイバーンは鱗の色によって希少性が決まる。
緑、赤、灰色、そして黒。
この黒いワイバーンこそ、最強級の種であり、ほんの一握りの者しか騎乗を許されていない。
王子であるギルベルトとアルバートさえ騎乗できない、この黒い鱗のワイバーンに乗れるものこそ、ヴェルハルガルドの強者共の頂点に君臨する者――。
************************************************************
「うわ~、レヴィアタンだよレヴィアタン! どうするのコレぇ!」
灰色の鱗のワイバーンに乗り、レヴィアタンを見下ろしていたのは、補佐官のムローラである。
海魔最強種であるレヴィアタンを前にして、慌てふためいている。
「ぐははっ、こんな航路からはずれた所にいるなど、探すのに手間がかかったぞ!」
豪快に笑いながら言ったのは、黒い鱗の大型種のワイバーンに乗る、魔王フォルド。
「やっやばくないっすか! もう早く逃げましょうってぇ!」
「何を言うムローラ、貴様があのウツボに捕縛魔法をかけておるのだろうが、動けんから安心せぇ」
「ウツボっ! レヴィアタンをウツボって言いますか普通!」
捕縛魔法で捕えているとは言え、レヴィアタンは怪物、怖い物は怖い。
「さて、行くぞぉ!」
「えっちょっとぉ!」
戸惑うムローラを置いて、フォルドは降下する。
出来る限り高度を下げるとワイバーンから飛び降り、驚き戸惑う者達の前へと着地した。
「うわっ」「ひゃっ」
砂が舞い上げられ、周囲に飛び散ったがそんな事関係ない。
豪快な笑い声と共に、フォルドは彼らを見渡した。
「ぐはははっ、なんじゃ~随分と団体ではないか」
「フォっ……フォルド様!」
こんな地図にも載っていない島にいるはずのない者の登場に、ヴィルムやルールア達は声を上げて驚いた。
「なっなぜ……、貴方様がこのような所に」
「んっ、おー貴様ヴルムの所のせがれだな、何人目か知らんが奴に似ておるわい」
「はっはぁ……」
「奴とは共に戦場を駆けた仲よ、また奴と酒を酌み交わしたいものだのぉ!」
フォルドは全く質問に答えず、何が面白いのか豪快に笑うばかりである。
これでは一体何が起こっているのか誰にも分からない。
「うむ……吸血鬼の王子に問題児の末弟、それから名は知らぬがその他大勢無事じゃな、よくもまぁ海魔に襲われた聖都から脱出できたものだわい」
よくわからないが、どうやら彼はギルベルトとアルバートを助けに来てくれたようだ。
だが魔王が軍も率いず補佐官と他国を越えて外海までやって来るなど、前代未聞である。
なぜこんな所にやって来たのか理由を聞きたかったのだが――、そんな暇はなかった。
レヴィアタンを拘束していた捕縛魔法の鎖が、一本ずつ千切れていった。
流石は海魔最強種、四型では拘束することもままならない。
「あ~だから言ったんだよぉ……、フォルド様ぁ、早くしないと魔法が解けちまう!」
ワイバーンで旋回しながらその様子を見ていたムローラは、声を張り上げる。
フォルドはため息をつくと、レヴィアタンを見上げた。
「全くムローラめ、この程度の事で狼狽えるなど、儂の補佐官失格じゃな! だからもっと筋肉を付けろと言ったのじゃ」
だがフォルドがそんな事を言っている間にも、レヴィアタンを縛る鎖は千切れ行き、とうとう最後の一本になってしまった。
奴が自由になってしまえば、またあの高温の炎を吐くに違いない。
そうなれば、今度はハルドラの盾で防ぎきれるかさえも怪しい。
緊張が走る一同とは違い、フォルドはレヴィアタンを見上げる。
「全く、騒がしいウツボじゃのぉ」
最後の一本の鎖がちぎれた時、フォルドは拳を握る。
「フォルド様、いっ一体何を! アレは海魔最強種レヴィアタンなのですよ!」
急いで逃げるようヴィルムが促すが、フォルドはソレを聞き入れようとはしない。
しかし直後異変が起こった。
フォルドの周辺が、まるで陽炎の様に揺らいでいる。
蜃気楼かと思ったがそうではない、彼の全身から出ていたその揺らぎは、徐々に右手へと収束していく。
魔力ではない、もっと曖昧で根本的に違う力――。
「まずい、また火を噴くつもりだぞ!」
海人がそう叫んだ瞬間、フォルドは謎の力を収束させた右拳を引く。
「ウツボ風情が、調子に乗るでないわ!」
フォルドは渾身の力で拳を打ち、見えない揺らぎが放たれる。
衝撃は波を荒らげ海を割り、まっすぐに最強種レヴィアタンへと迫る。
接近する何かに気が付いたレヴィアタンは、長い尻尾でそれを打ち払う。
レヴィアタンの鱗は大砲も効かない鉄の様な強度を誇る、この程度の攻撃など跳ね返す――はずだった。
触れた瞬間、尻尾が吹き飛んだ。
まるで細切れ肉の様に、尾は小さな肉片となって海へ飛散する。
海魔最強種レヴィアタンの鱗を穿つ攻撃をする者など今までいなかった、この海の上では――いなかった。
だが海にいるレヴィアタンが知らぬのは当然、彼の者は陸の最大国家に名を連ねるヴェルハルガルドで、たった六人しかいない強者なのだから――。
尾を失った痛みを感じる前にレヴィアタンの頭へと、その攻撃が炸裂した。
そして轟音と共に、レヴィアタンは細切れになり吹き飛んだ。
「……なっ、なんだ今の」
あの巨大海魔が、たった一発で死んだ。
船を沈没させる海の王者が、たった一瞬の内に。
誰もがただ呆然とすることしかできない中、フォルドは豪快な笑みを浮かべ、開いた口がふさがらない者共を見る。
「さてぇ……この状況、一体誰が説明してくれるのかのぉ?」




