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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界召喚編
7/100

第六話 俺の所有物だ!

 



 ハルドラの王都ハルデから徒歩三〇分、花畑の中に泉がある。

 まるでおとぎ話の様なその場所で、君子は一人立ち尽くしていた。

 その理由は、花畑の中で一人の青年が眠っているからだ。

(……いっ、イケメンが、お花畑で寝てる)

 そう眠っている青年は、赤みが混じった金髪を短く切りそろえていて、深紅の服を来ていて、物凄い美男子だった。

 まるで漫画やアニメの主人公の様に整った顔立ちをしている。

(なんなんですか、この乙女ゲームの様なこのシチュエーション! イケメン様がお花畑で寝てる……つまりこの後前世で恋人だった美女様ご登場で、目覚めのキスを……あっこれは男がする方か!)

 暴走しつつある自分の妄想に冷静なツッコミをすると、君子はもう一度その青年を眺める。

(やっぱりカッコいい、眼福眼福……滅多にみられる物でもないから拝んで置こう)

 まるでお釈迦様にでも逢ったかの様に、青年へ手を合わせる君子。

 きっと残りの人生において、こんなイケメンに出会う事はまずあり得ないので、しっかりと目に焼き付けておいた。

(てっ、私みたいな不細工のモブがこんなイケメンの眠りを妨げてはいけない、早く退散しなくては……)

 モブの習性が働き、この場から消える選択をする。

 起こさない様に慎重に、抜き足差し足忍び足の抜き足で足を上に持ち上げた時――。

「んっあ……」

 青年が眼を覚ましてしまった。

 なんて事だ、こんなイケメン様の安眠の妨害をしてしまうなど、そんな事をして良いのは超美少女ヒロインだけ、モブとしてあるまじき行為だ。

 青年は伸びをして上半身を起こす。

 そして大きなあくびをすると、自分の隣で固まっている君子に気がついた。

「あっあっあっあっあのぉ」

 基本的にイケメンとの対話スキルを持ち合わせていない君子は、何と言えばいいのか全く思いつかない。

 何か言ってこの場を丸く収め、とっととお暇しなければいけないのに、何と言えばいいのか全く分からない。

(うっ、どっどうすれば……どうすればいいのぉ! うわ~~ん、私みたいなモブがイケメン様と同じ空気を吸って居てごめんなさ~~い)

 頭の中がごっちゃになって、何をどうすればいいのかさっぱり分からなくなった時、青年はまだ眠気のある眼をしながら口を開く。

「……いい匂い」

「ひょへっ!」

 いい匂い、それは新しい死ねと言う言葉ですか。

 君子が口をパクパクさせて固まって居ると――。



 ぎゅるるるるるっ。



 これが空腹音である事に気がつくのに時間がかかった。

 もちろん君子の腹からではない。

「…………はらへった」

 またお腹が空腹の警報音を鳴らしている。

 君子は目の前の青年と自分が手に持っているバケットを、しばらく交互に見ると精いっぱいの勇気を振り絞って言った。

「……あのっ、食べ、ますか?」






「うめぇ!」

 青年は両方の手でサンドイッチを持って、がつがつと平らげていく。

 一方君子は、浮かない顔で一つのサンドイッチを両手で持っている。

(なっなんで私がイケメン様と一緒に、泉の辺の花畑でサンドイッチ食べてるんだろう)

 まるで恋愛シミュレーションのイベントの様ではないか、こんな美味しい展開、自分が起こして良い様な物ではないはずだ。

 かといって空腹の人を置いて帰る訳にもいかない。

 だからといってこの状況に納得している訳ではない。

(これはイベントじゃなくて人助けなんだ、空腹の人を放っておくなんて人として最低な行為だもんね、そう、これは人命救助)

 自分を何とか言いくるめると、サンドイッチにかぶりついた。

 バスケットの中には、ちょっと多めのサンドイッチとパン屋のお兄さんお勧めのスコーンが入っている。

 サンドイッチは全部で二種類。

 ハムと卵を挟んだ物と、ポテトサラダを挟んだ物。

 まさかハルドラにマヨネーズが無いとは思いもしなかったので、仕方なくヨーグルトで代用した(結構おいしい)。

 元々家事やら料理は、祖母の手伝いをしていたので勝手は分かっていたし、料理は人並みには出来る方だと思っている。

「うめぇ、これホントにうめぇな!」

 こうやって喜んで食べて貰うと、なんだか照れくさくて仕方がない。

 なんだか嬉しくて、自然と口角が上がる。

(この人……ハルデの人なのかな?)

 異世界とはいえ服装は中世のヨーロッパに近かったのだが、この人の恰好はそれともまた違う。

 剣も下げているし、どこか遠い所から来たのだろうか。

「ぷは~~、喰った食った」

 青年は満足そうに腹を撫でる。

 クロノが心配して、すぐ近くだというのにお腹がすいたら大変と、多めにサンドイッチをバスケットに詰めていた。

 明らかに君子では食べきれなかったので、彼にはむしろ感謝している。

 しかも手料理を美味しいと言って貰って、なんだか気分が良くなって来た。

「……おっお兄さんは、ハルデの人なんですか?」

 いつもならこんな風に自分から物を訪ねる事はないのだが、この時はなんだか気分が良くて、誰かと話したかったのかもしれない。

「ちげーよ、俺はマグニから来たんだ」

「マグニ?」

「マグニは西の方だぞ、おめぇしらねぇのか」

「私はこの世界に来てまだ一月だから……何も知らないんです」

「ふ~~ん」

 青年は興味なさそうに言う。

 異邦人は珍しいのかと思っていたけどそうでもないのだろうか。

「お兄さんは……なんでマグニからここに来たんですか?」

「そのおにーさんってのやめろよ、俺はギルベルトだ」

「あっ……私は山田君子って言います、宜しくお願いします」

 自己紹介をしていない事に気がついて名乗る、つい日本人の癖で頭まで下げてしまった。

「ヤミャダキーコ?」

「君子です」

 ヤミャダは許せてもキーコはなんかゆるキャラみたいで嫌だ。

 珍しく訂正を入れた。

「キーコ」

「君子、き、み、こ!」

「だからキーコだろ?」

 どうやら異世界に和名は難しい様だ。

 最近はやりのキラキラネームなら正確に呼んで貰えただろうか。

「そう言えばなんでだっけな、ちょっと遊んで、それで昼寝したんだっけな? どうだったっけ?」

「そんなっ、私に言われても困ります!」

 さっき初めて逢ったのだから、知る由もない。

 遊び疲れて昼寝をするなんてまるで子供の様だ。

 ギルベルトは、外見は青年の様に見えるがどこか子供の様な所があり、顔がイケメンである事以外は話しにくくない。

「キーコはなんでメシ持ってこんな所に来てんだ?」

「えっ……私はピクニックに……」

「一人でか?」

 痛い所を突かれた。心の急所を一息に突かれた様な感じだ。

 この世界に知り合いが東堂寺と榊原、そしてクロノ以外に居ない事が問題である。

「そうなんです……だからギルベルトさんがいてくれて良かったです、お陰で楽しいピクニックになりました」

 一人でお弁当を食べるなんて寂しい事をしなくて済んだ。

 食事は大勢で食べる方が美味しいと、昔からそう決まっている。

「……俺の、お陰?」

 ギルベルトはそう呟くと、嬉しそうに笑う。

 その顔は何だか少年の様に無邪気だ。

 イケメンに愛らしさが加わり、乙女心をくすぐる。

 君子はにやけた顔を隠す為、口元を手で覆った。

(それは反則、レッドカードですよ! 何ですかその顔は、めっっちゃカッコ可愛いじゃねぇですか、そんなイケメンスマイル、あしちの様な下女にするもんじゃねぇっすよ、けしからん、もっとやれ!)

 こんなイケメンさんと話すだけでも十分なのに、こんな笑顔のダイレクトアタックを食らったら、もうお腹いっぱい、もう死んでもいいかもしれない。

「何笑ってんだ、キーコ?」

「ひょぼおおおおっ、なっなななななななっ何んでもぉないんですっったい!」

 こんな不細工のにやけ顔なんて、人様に見せていいものではない。

 頭が混乱して変な声を上げてしまった、奈落の底まで続く穴があるのなら入りたいくらいだ。

「けけっ、おもしれぇなおめぇ!」

 何を思って面白いと言っているのだろう、自分はつまらない人間なのに――。

 だけど、そう言ってくれたのが嬉しくて、また顔がにやけてしまいそうだったから、それを隠す様にバスケットの中のスコーンを取り出す。

「スコーン、美味しいですよ」

「うおっ、喰う喰う!」

 関心はスコーンへと向けられて、君子はほっとしながらスコーンを口へと運ぶ。

 はちみつが練り込まれているので、ジャムを付けずに食べられる。

 ほんのりはちみつの甘さが口の中に広がって、美味しい。

「うめぇっうめぇなぁ!」

「あんまりがっつかない方が……」

 案の定まるで狙っていた様に、ギルベルトがスコーンをのどに詰まらせた。

 ぱさぱさで水分を持っていかれるのだから当然だろう、苦しそうに胸を叩いて居るのを放ってはおけない。

「わっあわわわっ、えっと水です!」

 君子は持って来たコップに泉の水を汲んで、それを手渡す。

 ギルベルトはもぎ取る様に受け取ると、渡された水を一気に飲み干した。

「ぷは~~~、死ぬかと思ったぜぇぇ」

 本当に苦しかったのか耳まで真っ赤にしているギルベルト、スコーンで死にかけるなど何と言う死因だろう。

 死因スコーンと書かれた新聞の記事を想像してしまい、なんだかそれがツボに入ってしまった。

「あはっ、あははははははっ、スコーンで死ぬって、そんなのおかしっははははっ」

「…………けけっ、けははははっはははっははははっ」

 ギルベルトも笑って居る君子を見たら、なんだか楽しくなって来た様で笑い始めた。

 異世界に来てからこんな風に大きな声で笑った事はなかったかもしれない。

 いつも周りを気にしてしまって、息が苦しくなるくらいお腹の底から笑えなかったのだ。

 でもここにはギルベルトと君子だけ、子供っぽい彼の前ならちょっとくらい笑っても誰も文句は言わないだろう。

 ほんの一時、イケメンさんとお茶をするくらいの時間くらいは――あってもいいはずだ。

 だが君子は肝心な事を忘れていた。

 モブはモブ、脇役は脇役。

 それを逸脱する事なんて、どんな時だって許されて居ない事を――。


 ドシンッ ドシンッ。


 地鳴りの様な振動と共に、そんな音が聞こえて来た。

 笑っていた君子だが、音に驚いてあたりを見渡す。

 森の方から聞こえて来て、森に居た小鳥達が空へと飛び立っていく。

「えっなっ何?」

 何が起こっているのか解らない君子。

 視界に入ったのは濃い紫色の鱗、四本の足、そして鋭い爪に長い尻尾。

 おまけに紅く光るハ虫類特有の眼と、先が割れた舌がチロチロとお口から顔を出しているのが見える。

 あぁトカゲか、と思ったが問題なのはその大きさ。



 八メートルを超えるトカゲが、木々をなぎ倒しながら現れた。



 異世界に来た時襲われたトカゲとは、大きさが比ではない。

 眼だけでも君子の顔くらいあって、手足に生えている爪の太さはまるで杭だ、引っ掻かれたら胴体など簡単に真っ二つにされそうだ。

 きっとあのトカゲ達のボスなのだろう、目の前に現れたその怪物に、君子はただ圧倒されるしかなかった。

「あっあっああ……」

 この一カ月ずっと王都でのんびり暮らしていたので忘れてしまっていた。

 この異世界は、凡人を受け入れてくれるほど優しくないという事を――。



 ボオオオオオオオオオオ。



 威嚇がまるで地鳴りだ。

 鳴き声とは到底言えないその音のせいで、君子の足はガクガクと震えて動、く事が出来ない。

 大トカゲは君子の事など餌としか思って居ないのか、大きな口を上げながらこちらへと迫って来た。

 逃げられない、喰われる。

(ああ、これはきっとモブの神様が怒ってるんだ、こんな私が異世界に来て魔法を使える様になって、イケメンさんとお話が出来る様になってはしゃいじゃったから……きっと神様が私に罰を与えてるんだ)

 モブはモブ、脇役は脇役。

 目立たず、迷惑をかけず、大人しく生きていればこんな事にはならなかったのだ。

 これは調子に乗った自分への罰。

(ごめんなさい、モブの神様――)

 もし来世があるのなら、自分はミジンコからやり直します。

 君子が今生を全て諦めて、来世まで諦めた時――。




 大トカゲがぶっ飛んだ。




 一瞬の出来事で何が起こったのか理解できない。

 ただ一つだけ解ったのは隣に居たギルベルトが腰に吊っていた剣で、大トカゲをぶっ飛ばしたという事だけ――。


「腹もいっぱいになったしちょっと遊ぶか、けけっ!」






 大トカゲはぶっ飛ばされて木々に体を打ちつけていた。

 驚きなのはそれをやったのが、ギルベルトだという事。

 手に握られているロングソードは、トカゲと比べたらただの棒切れ様な物。

 しかしギルベルトはそれでトカゲをぶっ飛ばしていた、一体彼のどこにそんな力があるというのだろうか。

「あっ……ああ」

 君子は茫然としていた。

 だが大トカゲは起き上がると、舌をチロチロとさせて睨む。

 標的は君子からギルベルトへと移った。大トカゲもギルベルトもやる気だ。

「けけっ、キーコおめぇといると楽しいな!」

(私は全然楽しくないよぉ!)

 心の叫びなど聞こえないギルベルトは、剣を振りかぶりながら大トカゲへと跳躍する。

 トカゲよりも高く跳ぶ彼の運動神経は、人間のそれをとっくに凌駕していた。

「うおりゃああああああ!」

 気合の叫び声と共に、ギルベルトは両手の力を全て込めて剣を振り下ろす。

 しかしトカゲの鱗に弾かれて、斬れない。

「うおっ?」

 驚くギルベルト、脳天に向かって一撃を振り下ろした彼に向かって、トカゲは大口を開けて襲いかかる。

「ギルベルトさん!」

 君子が叫ぶと、大きな口を蹴り飛ばして後ろへと下がる。

 距離を取り、トカゲを睨みつけるギルベルト。

 こんな危機的な状況なのに、どこか楽しそうで口元に笑みがこぼれている。

「ちょっとはつえぇんだな、両生類!」

(だからトカゲはハ虫類だって!)

 しかし楽しそうなギルベルトとは裏腹に、剣は酷くボロボロになって居て、所々刃こぼれしていた。

 大トカゲの鱗は堅い、並大抵の刃では突き通る事は敵わず、魔法さえも通用しない。

 通常このクラスの妖獣は、中隊三隊ほどで倒す物であって、仮に倒せたとしても軍に大きな損害を残すほど。

 つまり並大抵の技量では、倒す事は出来ないという事だ。

「どりゃああああ!」

 しかしギルベルトは果敢にも、大トカゲへと走る。

 敵の接近を察知して、その大きな爪がついた前足を振り下ろす。

「おせぇっ!」

 だがギルベルトの方が圧倒的に速い。

 前足が地面に着いた時には、トカゲの心臓にロングソードの切っ先を向けていた。

「死ね」

 渾身の力を込めて突きを放った。

 速く、鋭く、強く放たれたその一撃は大トカゲの心臓を刺し貫く――。



 その前に、砕けた。



 まるで木片の様に砕け散った刀身の欠片が、光を反射する。

 柄とわずかばかりの刃を残して、ロングソードは壊れてしまった。

「ああっ!」

 君子は声を上げる。

 この所武器ばかり造っていた君子には解る、あの剣はきっと名のある職人が造った剣に違いない、それが簡単に砕け散るなど、あり得てはいけない事だ。

「だああっ、また折れた!」

 大トカゲは前足でギルベルトを払いのける。

しかし柄を投げ捨てると、上空へと跳躍してそれを避ける。

「このヤロォォォ!」

 ギルベルトは拳を握ると、素手で大トカゲの脳天へと殴りかかった。

 剣が無くとも、命を奪うには十分な威力があり、頭蓋を伝って脳を大きく揺さぶる。

 再び声にさえなって居ない、音の様な鳴き声を上げる大トカゲ。

「――んっ!」

 しかしギルベルトは放った拳の異変を感じて、すぐさま後ろに跳んで距離を取った。

 そして手をみると、まるで燃えた様に煙を立てていて、トカゲに触れた所の皮膚がはがれて酷い火傷を負っている。

 大トカゲの鱗の間から出る、毒々しい青紫色の液体。

 おそらくは毒、それも強い酸性の物で火傷を負ったのはそのせいだろう。

「そんな……鱗が堅くて剣が折れちゃったのに、毒まで出すなんて……」

 もう大トカゲはトカゲの域から抜きんでている、これはもう『(ドラゴン)』だ。

 ボオオオオオオオオ。

 大トカゲは自分の強さを示す様に、雄叫びを上げる。

 どんな生き物も、この鱗と毒の前では敵いはしない、それを見せ付けている様だった。

「あちっ、くっそぉぉ、ぶん殴ってやる!」

 もう一度殴り飛ばそうとするギルベルト。

 しかし大トカゲは口から毒液を吐き出して、彼を近づけさせない。

 例え近づけても、素手では毒液のせいで体が溶けてしまう。

 ギルベルトが溶けるのが先か、トカゲが殴り殺されるが先か、どちらにしても彼が大怪我をする事に変わりがない。

 彼には必要なのだ。

(……身を守る鎧……違う、そんなんじゃない、あの竜みたいに強いトカゲを倒せるくらい強い武器を……剣が要る!)

 堅牢な鱗に覆われて、毒を吐く。

 それは神話上の竜にそっくりだ、そんな物を倒す武器もまた神話の中に存在する。

 今の君子にはそれを造る為の力がある。

 架空の武器を顕現させる、特殊技能(スキル)があるのだ。

(私が、剣を造る!)

 君子は手のひらを向かい合わせて、全神経を集中させて体内に流れる魔力を集束させる。

 同時にあの大トカゲを倒すに足りる剣を想像(イメージ)する。

(あの鱗を貫いて、毒でも溶けない、最強の剣……)

 想像は集約され君子は自らの知識の中から、それに該当する物を導きだす。

「決して折れず、決して刃こぼれせず、刃は岩も切断し、いかなる事でも錆はしない」

 輝く靄が生まれ、『複製(コピー)』の特殊技能に従いそれらは形を変えて行く。

「剣は担い手を選び、使い手に神々の加護を与え、違わぬ勝利を約束する!」

 電流が火花を散らしながら、魔力の靄から剣を造り上げる。

 一段と光が輝きを増すと――その剣は顕現した。




「竜殺しの魔剣、グラム!」




 大きさは七スパン、銀の柄頭と柄と鍔は色あせぬ輝きを放ち、両刃の刀身は厚く、黒い刃には(いにしえ)の紅いルーン文字が刻まれていた。

 グラム。

 北欧神話の剣で、オーディンが自らの財宝を継承させる為にリンゴの木に突き立てて、この剣を抜けた者に授けると言った。

 ジグムントが引き抜き、これを己の物とする。

 そしてこの剣は、彼の息子ジグルド――すなわちジークフリートの手へと渡る事になる。

 黄金に取りつかれた竜を倒した、北欧神話の中でも最強の一振りの一つ。

「これが……グラム」

 自らが造ったとは思えない、禍々しいのにどこか美しさがあってカッコいい。

 君子が銀で出来た柄を両手で握ると、電流が消えて、グラムの重みが一気に掛かって来た。

「んぎょおおおおおっ!」

 グラムは切っ先から落っこちて、そのまま地面に刀身が半分ほど突き刺さってしまう。

 考えれば当たり前だった、グラムの大きさは七スパン、つまり一四〇センチもあるのだから――――。

(私の馬鹿~~、なんで大きさを見て自分で持てないって解らなかったのぉ!)

 つい伝説の魔剣を見て興奮してしまった。頭より先に手が動いたのだ。

 地面に突き刺さってしまった大剣を、どうにか引き抜こうとするが、自分の身丈とあまり変わらない物を持つ怪力など、君子には備わって居ない。

(これを、ギルベルトさんに!)

 せめて地面から引き抜けば、引きずってでも持っていけるのに、グラムはちっとも動かなかった。

 それどころか、『複製(コピー)』で生じた光を見て、大トカゲは標的をギルベルトから君子へ移す。

 大きな目と大きな口をこっちに向けると、口からあの毒液を放った。

 ギルベルトの様な反射神経を持ち合わせていないので、避ける事など出来ない。

(ダメ、この剣だけは――)

 グラムが無ければギルベルトが大トカゲを倒せない。

 とっさの判断で剣へと覆い被さる、自分が溶けてもいいからこの剣だけは守る。

 君子の精いっぱいの勇気だった。

「キーコ!」

 しかし一瞬でこちらにやって来たギルベルトが、その勇気ごと君子を掴んで剣からひきはがす。




 そして、一四〇センチあるその剣を引き抜いた。




 それはまるで、北欧神話の主神オーディンが、選定の為にリンゴの木に突き刺した剣を、引き抜いた時の再現。

 高らかに掲げられたグラムは、陽を黒い刃で反射して、光まで斬って居る様だった。

「はあああああっ!」

 ギルベルトは両手で柄を握ると、迫りくる毒液に向かってグラムを振り下ろした。

 竜を斬り殺した分厚い刀身から放たれるその一撃には、斬れぬ物などありはしない。

 グラムは毒液を斬り裂く。

 毒は左右に飛び散って、辺りに生えていた花々を溶かしていく。

 だが、グラムは全くの無傷。

 それが伝説の竜殺しの魔剣――グラムである事の、何よりの証明だった。

 君子は剣を引き抜いたギルベルトの姿に見惚れる事しか出来ない。

(かっこいい……)

 選定の剣を引きついたその姿など、まるでジークフリートそのものだ。

 ギルベルトは、大トカゲへと向かって走る。

 グラムの重さなど感じていない様に、眼で追う事がやっとの速さで間合いを詰める。

 ボオオオオオオオ。

 大トカゲは鳴くと、迫りくるギルベルトに向かって毒液を吐く。

 しかしグラムの前では水も同然、容易く斬り伏せる。

 もはや毒は効かないと判断したのか、杭の様な大きさの爪を振るう。

「どりゃああ!」

 グラムを振い、刃と爪が絡み合う。

 いままで大トカゲのこの爪は様々な獲物を引き裂いて来た事だろう、しかしそれはこの世界、ベルカリュースの話。

 この剣は、異世界は北欧神話の中でも、絶大な力を持つ。

 この剣の前に置いて、斬れぬ物など存在しない――。

「だああああああああああっ」

 黒い刃は爪を切り裂くと、そのまま大トカゲの腕を断ち斬った。

 鋼も通さぬ堅牢な鱗は、この剣の前ではバターと同じ。

 腕の激痛を感じるよりも速く、ギルベルトは大トカゲへ向けて、とどめの一撃を放つ。

「終わりだぁ!」




 グラムは心臓を貫いた。




 鱗を突き、肉を断ち、心臓へと届いた。

 断末魔の悲鳴を上げてもがき苦しむ大トカゲは、次第に力をなくしていき、地鳴りの様な揺れを起こして倒れる。

 


 それはまるで、かのニーベルンゲンの歌の再現だった。






「……倒しちゃった」

 君子が『複製』で造り上げたグラムが、大トカゲを倒してしまった。

 それも伝説を模す様な形で――。

(あわわっ、私みたいなモブが造ったグラムが、偽物のグラムが! あんなおっきなトカゲを倒しちゃったよぉぉぉ)

 いやきっとギルベルトが凄いんだ、そう自分に言い聞かせ様とするが。

「うおおおっすっげぇぇぇ! この剣すっげぇなキーコ!」

 肝心の彼は、まるで買ってもらった玩具に喜ぶ子供の様で、嬉しそうだった。 

 だがああやって喜んでくれるのを見ていたら、君子まで嬉しくなる。

 クラスでも異世界でも凡人だった自分でも、こうやって人が喜んでくれるのを見ていたら、なんだかちょっとだけ自信がついた。

 早く榊原と東堂寺の役に立てる様に、クロノの元でもっと修行に励もう。

 君子は新たな気持ちで、魔法の修行に臨もうと決めた。

「あっ、ギルベルトさん、手!」

 さっき大トカゲの毒液で火傷をしていたはず、君子はグラムをキラキラとした少年の眼で見つめるギルベルトに駆け寄る。

良く見ると、毒液が飛んだのかコートの裾も溶けてボロボロになっていた。

「……あうぅ、痛くないですか」

「あん? 唾でも付けとけば治るだろう」

「そんなの駄目です!」

 怪我をしている手を引き寄せる。血が滲んでいてとても痛そうだ。

 雑菌でも入ったら化膿してしまう。消毒をしたいが消毒液なんてないし、折角の綺麗な湧水は大トカゲの血で汚れている。

 君子は自分のセーラー服のスカーフを取ると、それをギルベルトの手に巻き始めた。

「ごめんなさい、あんまり綺麗な布じゃないけど……ないよりはいいと思います」

 一応洗っていたし、病院ほどではないが清潔だ、後でしっかり包帯を巻いて欲しいけど。

 ギルベルトは君子と巻かれたスカーフを交互に見ると、なぜかとても嬉しそう微笑んでいる。

(なんで笑ってるんだろう?)

 何かおかしな事をしてしまっただろうか、首を傾げる君子の眼に、抜き身のグラムが映る。

 一四〇センチと言うバカでかい剣を、こんな風に持っているのはかなりまずい。

 君子は『複製』の特殊技能で、今度は鞘を生成する。

 堅い皮をなめした鞘はとても丈夫で、グラムもしっかり収める事が出来るはずだ。

「あっあの、助けてくれて本当に有難うございました…………剣が折れちゃったから、代わりと言ってはなんなのですが……」

 きっとグラムの様な剣は、見た目の割に怪力のギルベルトにしか使えないだろう。

 お礼も兼ねて彼にこのまま贈る事にする。

 ここでクロノの言葉を思い出した、名前を書かないと複製した物は消えてしまうのだった、ちゃんと刻印(ネーム)を書いて貰わなければ。

「ギルベルトさんの刻印を書けば、貴方の物になるそうです」

「俺の名前を書けばいいのか?」

「はっはい、命を助けて貰ったお礼にしてはちょっと微妙なんですけど……」

 でも今の君子にはこれ以外に出せる物がない。

 それにギルベルトはあれほど気に入ってくれているのだから、大丈夫だろう。

「そっか!」

 そう言って笑顔を見せてくれた。

 良かった、やっぱりグラムを気に入ってくれている。

 これで命を救ってもらったお礼が出来た、君子がそうほっとしていると、ギルベルトの手はなぜか鞘ではなく君子へと向けられた。

「……えっ?」

 人差し指で、鎖骨と左胸の間を突っついた。

 痛みはなくむずがゆいくらいなのだが、その真意が解らない。

尋ねる暇もなく、ギルベルトは右から左に向かって、人差し指でなぞる。

するとなぞられた所が赤黒く光って、それは図形の様な絵の様な、あるいは文字の様な――。

「へっ?」

 何が起こったのか理解できない君子、光は徐々に弱くなって消えた。

 ギルベルトの顔を見上げると、嬉しそうに笑う。




「これで俺の所有物(もん)だ!」




 今ギルベルトは、一体どこに名前を書いたのだろう。

 君子は脳がほとんど機能していない状態で、制服の中をさっき彼がなぞった胸を見る。

 そこにはさっき赤黒い光と全く同じ、図形の様な絵の様な或いは文字の様な物が書かれていた。

 


 つまりギルベルトは、君子に刻印を書いたのだ――。





「えっ……えっええええええええ!」

 君子は持っていた鞘を落として、後退する。

 状況が全く理解できない、今はただ少しでもギルベルトから離れたかった。

(えっ、何この状況! なんで私に刻印を書いてるのぉ、えっえっ、ていうかそもそも人間に書ける物なの! なんで一体どうなってるのぉぉ!)

 ベルカリュースの常識などまるで解らないが、これは異常事態だ。

 とにかく逃げないと、そうだクロノならきっと何とかしてくれるに違いない。

 君子はハルデへ、クロノの元へと行こうと足を踏み出そうとしたのだが、足が全く動かない。

 まるで下半身だけ別の生き物になってしまったかの様に、全く進めない。

「えっ、なっなんで……、なんで行けないの……」

 前に進めない事に戸惑う君子。

 しかしギルベルトは落とした鞘を拾い上げると、グラムをおさめた。

 そして何とかして逃げようとする君子の手を掴むと、それを引き寄せる。

「当たり前だろう? 俺のだからな!」

 全然当たり前なんかじゃない、何とか名前を消そうとこすってみるが、まるで刺青の様で落ちない。

「わっ、私はグラムに……この剣に書いてって」

 何とかしてこれを消して貰わなくてはいけない、でもギルベルトは君子の話を聞いておらず、呑気に指笛を吹いている。

「ぎっ、ギルベルトさぁん、話を聞いて――」

 君子が声を荒げると、何かが二人の前に降りて来た。

 それは空想上の生物である、灰色の鱗に覆われた一匹の飛竜。

「わっわわわわっワイバーン!」

 なんでこんな強そうな竜が空から現れたのかちっとも理解できない。

 良く見ると鞍がのっかって居て、手綱もある。

 明らかにこれは、何かに飼われている飛竜だ。

 いやそれでも、怖い。

「ひょっひょっ、ひょっひょへっ」

「けけっ、キーコはおもしれぇな!」

 ギルベルトはそう言って笑うと、君子を片手で抱きしめた。

 異性とろくに会話をした事無い彼女にとって、抱きしめられるという高等なイベント、起こせる訳が無い。

 恥ずかしさと恐怖で、感情がしっちゃかめっちゃかになった。

「おっおおっ降ろしてぇくださぁい、名前も消してくださぁい」

 じたばたと暴れるが、全く効果が無い。

 しかし君子のおさげは、こよりの様にギルベルトの鼻をくすぐる。

「へっっくしょん!」

 大きなくしゃみがでた。

 驚いたがそれはくしゃみのせいではない。

 くしゃみと一緒に、ギルベルトの頭に角が出て来たからだ。

 真っ黒な角が二本、怪しく艶やかな光沢が偽物ではない事を証明している。

「……えっ、つっ角ぉ?」

 気のせいかさっきより耳が尖っている。

「ぎっギルベルト……さん、なっなんで頭に角が……」

「あ~そういや隠してたんだっけなぁ、角が生えてて当たり前だろう、魔人なんだから」

 魔人なんだから、その言葉はエコーが掛かって君子の脳内に響いた。

 それは確か王様の話に出て来た言葉。

 そういえば西の方から来たと言っていた。

 あり得ないとは思うけれども、一応確認してみる。

「……ギルベルトさん、まさか魔王がいる西の国の人じゃ、ないですよね?」

「何だ知ってんじゃねぇか、俺ん家はそこだぞ」

 そう笑いながら言うギルベルト。

 だがその答えに君子は全然笑えない。

(ギルベルトさんは、ハルドラに攻め込んでる西の国の魔人……つまり榊原君と凛華ちゃんの敵で、わっ悪い魔王の手下って事ぉぉぉぉ!)

 なんでそんな奴がハルデのそばの泉に居るのだ。

 そう言うのは、もっと物語が進んでから登場するのが定石のはず。

 魔人と知って、何とか離れようと君子はより暴れるが、全く効果が無い。

 それどころかギルベルトは君子を抱っこしたまま、ワイバーンに跨った。

 物凄く嫌な予感がする。

「んじゃ、帰っか」

「えっ、どっどこに?」

「俺ん家に決まってるだろう」

 それはつまり西の国。

ハルドラを攻めている敵国で、今まさに榊原と東堂寺が倒そうとしている魔王の国。

(いっ嫌、師匠と約束したのに、暗くなるまでに帰るって、泉の水を汲んで帰るって、約束したのに……)

 ハルデではクロノが帰りを待っている。

 日が暮れるまでに帰らないといけない、君子が逃げ様とするとワイバーンが羽ばたいて、宙へと高く飛び立った。

「ひゃっ!」

 あっという間に泉が小さくなって、夕日に照らされているハルデの街が東の空に見えた。

 帰らないといけないのに、そのハルデまで小さくなってしまう。

 雲よりも高く飛ばれてしまい、もはや君子には成す術など無い。

 何も出来ない君子は、ただ心の中で叫ぶ。



(わっ私、どうなっちゃうのぉぉぉぉぉぉ!)



 しかし、その悲痛なる叫びは、誰にも聞こえないのであった。



グラムは別名バルムンクです、個人的に好きな剣です、マイナーだけど(泣)。

ジグルドとジークフリートはここでは同一人物でお願いします。

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