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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
聖都動乱編
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第六四話 ……よくやった




 海魔(カーマ)の襲撃を受け、聖都から逃げて来た一同の前に現れたのは、小人(ミニマム)が率いる海賊団。

 しかし弱すぎる海賊達に一同が呆れていると――異質な男が閃光と共に現れた。

 明らかに他の海賊達とは纏っている雰囲気が違う。

「副船長!」

「副キャップ!」

「あにぃ!」

「うっうへっ、アンドルぅ……」

 まだ泣いているお頭に近づくと、男は懐から棒付きキャンディを取り出す。

「ほらほらハリー泣くんじゃねぇよ、ほら飴でも舐めな」

「あん……あむあむ、あまぁい」

「よしよし、船長は先に下の船に戻ってろ」

 飴の効果もあってか、お頭ハリーはすっかり泣き止んだ。

 彼が船を降りたのを見届けてから、魔人の副船長は甲板のギルベルト達に向かい合った。

「おいおいおいお~い、ウチの船長泣かすたぁ~結構なご身分じゃねぇか、どこのどいつか知らねぇけどな、このお礼はきっちりかっちりさせてもらうぜ」

 拳を握りバキバキと指を鳴らす、しかし襲い掛かって来たのはそっちが先だし、明らかに非は海賊達にある。

「それはこちらの台詞、我がヴェルハルガルドの船を襲ってタダで済むと思わないことですね」

「ハルドラもいますわよ!」

「ヴェルハルガルドにハルドラだとぉ……はっはははははっ」

 男はのけぞるくらい大笑いすると――、殺気のこもった眼で睨む。

「そりゃ、俺が一番嫌いな国だ」

「なに……」

「国で暮らしている連中の中でも一番胸くそ悪いね! ヴェルハルガルドにハルドラぁ、けっ滅べってんだよ、くそったれ!」

「貴様、我が国を愚弄する気か!」

「それ以上の暴言許さねぇぞ!」

「はっ別におめぇらに恨まれたってどうだっていいさ! 俺達は海賊だぞ、日頃略奪で恨まれてんだ今更どうでもねぇ、ははははっ!」

 つい最近まで野盗や山賊を相手して来た海人と凜華も、ここまで開き直っている奴を見るのは初めてだった。

「俺達は神に招かれた巡礼者なんだぞ」

「そうよ、巡礼者を襲っちゃいけないんでしょう」

 神に招かれた巡礼者を襲うのは、神の意志に逆らうという事。

 なのだが――。

「はっ、神が怖くて海賊出来っかよぉ! 大体いるかいないかも分からねぇ神を信じるほど、俺はおめでたい性格をしてねーんでねぇ!」

「なっ……、なんという無礼な! 光の女神を侮辱するなどぉ」

「へっ、国も神も関係ないね、それが俺達『浪』だ」

 ベルカリュースを創った偉大な創造神。

 この世界で暮らす全ての人が信仰している存在を、これほど否定する者は珍しい。

 あるいはそういう者でなければ、海賊という下賤なものにはならないのだろうか。

「いちいちいちいち……うっせぇんだよぉ、このクソオヤジがぁ!」

 さっさとこの海域から脱出しなければならないのだ、こんな海賊の相手をしている場合ではない。

 ギルベルトは両の手に力を込めると――、グラムを振り下ろす。

 初動は完璧にギルベルトの方が早い、今から避けても遅い、グラムの刃は完璧に男をとらえた。

「決まった!」

 ヴィルムも思わず声を上げるほど完ぺきな太刀筋で、その一撃は振り下ろされる。

 もはやギルベルトの勝利は確定したも同然。

「へっ、甘いな」

 男は笑った。

 鉄も楽に切り裂くグラムの漆黒の刃が、今にも自身へと振り下ろされようというのに――男は笑っている。

 そして、渾身の一撃は振り下ろされた。





 しかし――男ではなく彼の隣にあった大砲に、その一撃は放たれる。





「なっ――」

 皆その一撃に戸惑った。

 なぜあれほど見事に男をとらえていたというのに、その太刀筋を変えたのか理由が分からない。

 しかし――それはギルベルト当人も同じだった。

「なっ――にぃ?」

 間違えなく自分はこのムカつく海賊の男を狙ったはずだった。

 ソレなのに――どういう訳か、グラムが勝手に吸い寄せられたのだ。

「何をやっている、この馬鹿!」

「うっせぇ、すぐに斬り殺してやら――あ?」

 アルバートに怒鳴られて、ギルベルトはもう一度グラムを振るおうと力を込めた。

 しかしどういう訳か、グラムが大砲から離れない。

 どれほど力を込めても、グラムはまるで初めからそこにくっついていたかのように、一ミリも動かなかった。

 武器を封じられた無防備なギルベルトに――、男の一撃が炸裂する。

「あ~らよっとぉ!」

 腹を蹴られ、吹っ飛ぶギルベルト。

 アルバートの足元まで飛ばされる、どうやらこの海賊の男は、妙な技を使うだけではなく、力も強いらしい。

「ちっ……どうやら真打はこいつだったようだな」

 先ほどの海賊達はあくまでも前座、彼こそが本当の敵なのだろう。

 あまりにも海賊が弱すぎて、完全に油断していた。

「……おい、いつまで伸びている」

 アルバートは足元で倒れているギルベルトを軽く蹴った。

 いつもの彼なら、アルバートにこんな事をされれば血管を浮かべて怒り狂いながら起き上がるのだが――どういう訳か、全く起きない。

 気絶でもしたのかと思ったが、ギルベルトの両瞼は開いているし、口だって開いている。

 というか――むしろその状態で固まっている。

「……何をしている、ギルベルト」

「がっ……が、らだ、うごが……ねぇ」

 口を開けたままギルベルト苦しそうにそう言った。

 冗談でやっている訳ではない、本当に動けなくなっているのだ。

 それを理解して、アルバート達に緊張が走る。

「貴様、ギルベルト様に何をした!」

 ヴィルムは剣を向ける、何らかの魔法を使ったようには見えなかった。

 ただの蹴りだったはず、仕掛けが分からない。

 接近戦は危険と判断したアルバートは、右手を向けると紫の魔法陣を展開する。

「雷霆は走り、我が敵を討ち抜く」

 強力な四型雷魔法、普通ならこの魔法陣を見ただけで逃げだすか、あるいは防御をこころみるものなのに、男はただ不敵な笑みを浮かべるばかり。

「紫魔法『雷霆撃破(ライトニング)』」

 魔法陣が輝いた時、強力な雷が放たれる。

 ――のだが。

「へっ、甘いんだよぉ」

 男はまるで虫でも払うように、右手を振った。

 しかしそんな事で雷を防ぐことなどできない、出来る訳がないのに――。




 雷は男を避けて、全く違う方向へと飛んで行った。




「なん、だと」

 ありえない、アルバートは間違えなく男を狙った。

 雷が的を外すなんて、ありえる訳がない。

「ははっ、馬鹿の一つ覚えに剣を振ったり強い魔法を使ったりすればいいと思いやがって、どいつもこいつも甘いんだよぉ!」

 見下し高笑いする男、雷魔法が外れたのはこの男が何かをしたから。

 魔法ではない、ソレなら考えられるのは特殊技能(スキル)

 ラナイは『鑑定』をつかって、ステータスを見る。





 アンドル・ジェッパー

 特殊技能(スキル) 『雷神』 ランク4

 職業 なし

 攻撃 B- 耐久 C+ 魔力 B- 幸運 B+

 総合技量 B




「『雷神』……、まさかこんな海賊が『固有(オリジナル)』の特殊技能(スキル)を!」

 ラナイも知らない稀有な特殊技能(スキル)

 それをこんな海賊風情が持っているなど、受け入れがたい事実だ。

「だから甘く見るんじゃねぇよ……この俺をさぁ」

 海賊の男アンドルは、不敵な笑みを浮かべると驚き戸惑う者共に高らかに語る。

「俺の特殊技能(スキル)は『電気操作』、銀髪のあんちゃんよぉ、お前がどんなに強力な魔法を放とうが、それが雷である以上、俺はそれを操作出来る!」

 アルバートが放った雷魔法は外したのではない、アンドルによって操作されたのだ。

 雷魔法は、数ある魔法の中でも攻撃力が高い事で知られている。

 しかしそんな強い魔法も、それが雷である以上、アンドルには通用しない。

「まさかギルベルト様を電気でしびれさせたのか!」

「はっお前馬鹿だなぁ!」

「なに……」

「知らねぇだろうから教えてやろう、この世界にあるものは微弱だが全て電気を帯びている! おめぇらが体を動かせるのも全部頭から電気信号が送られているからだ、俺が操作したのは、その電気だ!」

 生物が体を動かす時、思考の全てをつかさどる脳が各部位に指令を送る。

 それは微弱な電気信号で、リレーのように体中を駆け巡っているのだ。

 アンドルが操作したのは、脳から各部位に伝わる一部の電気信号。

 体を動かす為の電気信号を狂わされたことによって、ギルベルトの体は思うように動くことが出来なくなったのだ。

「つまり俺は、お前らに触れただけで、お前らの体を動かなくすることが出来るんだよ! その状態で海に投げ込まれたらどうなるかなんて……言わなくてもわかるよなぁ?」

 ギルベルトは指一本も動かせない、こんな状態では泳げない。

 何もせずに溺れ死ぬなど、御免である。

「下らねぇ、だったら触られる前に、斬ればいいだけの話だろうっ!」

 シャーグは剣を引き抜くと、アンドルに向かって斬りかかる。

 速さはシャーグの方が上、シャーグの剣はアンドルを的確に捉えており、回避は不可能。

 渾身の力を込めて、それを振り下ろす。

「甘いねぇ!」

 しかし、シャーグの剣はアンドルではなく、隣の大砲に当たった。

「なにぃ――」

 シャーグは外してなどいない、ちゃんとアンドルを狙った。

 ギルベルトの時と同じ、まるで剣に意思がありそれが大砲を狙ったような。

 そして無防備になったシャーグの腹部を、アンドルが触れる。

 攻撃には程遠い一撃だが、彼の特殊技能(スキル)によって動きを封じられた。

「がっ……ぐっそぉ……」

「甘いね、甘すぎるね! 言わなかったが俺の特殊技能(スキル)は電気を操作するだけじゃねぇ、『磁気』も操作できるんだよ、俺は触れた金属を磁石に変える事が出来る! この大砲は強力な磁石になっている、俺を『金属』の剣じゃ斬れねぇんだよぉ!」

 グラムがアンドルを斬れなかったのは、ギルベルトが外したからではない。

 強力な磁気によって、無理矢理太刀筋を変えられてしまったのだ。

「じゃあ、まずはお前から海に叩き落して海魔の餌にしてやるよぉ」

 アンドルは動けないシャーグへと手を伸ばす。

 今のシャーグには抵抗する術などない、このままでは溺死してしまう。

特殊技能(スキル)、発動」

 一陣の風が吹いたかと思うと、シャーグが消えた。

 一瞬の出来事に驚いていると、アンドルからかなり離れた所に、シャーグを背負ったロータスがいた。

「よくやった、ロータス!」

 ロータスの特殊技能(スキル)は、ランク2の『俊敏(スピード)』。

 珍しい者ではないが、それを完璧に使いこなしている彼は、文字通り目にもとまらぬ速さで動くことが出来る。

「電気じゃなければ操作できないんでしょう!」

 凜華は杖を構え赤い魔法陣を展開すると、炎の矢を放った。

「赤魔法『火炎矢(ファイアアロー)』」

 炎は一直線でアンドルへと向かう、電気ではない赤魔法による攻撃は逸らせない。

 今度こそ勝利した。

 しかし――アンドルは不敵な笑みを浮かべた。

 火炎が迫る中、金属である大砲を踏みつける。

 ソレに一体どんな意味があるのか、誰も分からなかった。





 しかし次の瞬間、アンドルが消えた。




 

「なっ!」

 放たれた火炎は、何もない空を飛んで行った。

 一体、何が起こっているのか誰も分からない――声がするまでは。

「ふ~う、甘いねぇ! 甘々だねぇ!」

 振り返ると、船室のドアの隣にアンドルが立っていた。

 だが、大砲の所からそこまではとても離れていて、一瞬で動けるような距離ではない。

「そんな、一体どうやって!」

 ロータスのように素早くなる特殊技能(スキル)を思っているわけではない。

 能力は『電気操作』と『磁気操作』だけのはず。

「どうやったって顔だなぁ、いいねぇ馬鹿の馬鹿な顔を見るのは最高だ! 教えてやるよ!」

 アンドルは驚き戸惑う者どもを見下しながら、続ける。

「磁石は同じ極同士をくっつけると反発しあうんだよ、俺の靴には鉄板が仕込んであってな、俺の特殊技能(スキル)でその鉄板と他の金属を磁石にすれば、別に何もしなくても飛べるんだよぉ!」

 小学校の時に理科の実験でやった。

 確かに磁石のSとS或いはNとNはくっつけようとしても、反発しあってできなかった。

 つかりこの海賊の男アンドルがやっているのは、そういう事なのだ。

 アンドルは、自分の足で走ったのではなく、磁石の反発力によって魔法を回避したのだ。

「そっ……そんなの」

「あっ……もしかして馬鹿すぎて極も知らねぇ? いいか磁石っていうのはな――」

「それくらい知ってるわよぉ!」

 まさか中世くらいの文明であるベルカリュースの魔人に、これほどまでの知識があるなんて思わなかった。

 正直ベルカリュースの人々の科学に関しての知識の乏しさに、どこか優越感を得ていた異邦人達は、アンドルの博識さに驚いていた。

「剣や魔法で戦うなんて古いんだよ、これからの時代は筋力でも魔力でもない、科学力なんだよぉ、あーはっはっははは」

 高らかに笑うアンドル、だが実際の所彼の力は圧倒的だ。

 この『電気』と『磁気』を操るという癖のある特殊技能(スキル)、彼はその知識と頭脳を持って完璧に使いこなしている。

「ちっ、猪口才な……」

 アルバートは舌打ちをすると拳を握る、しかしアンドルは触れただけで体の電気信号を止める事が出来る、ソレなのに素手で攻撃をしようというのは、自らやられに行くようなものだ。

「アルバート様、奴に対して接近戦は危険です! ここは遠距離、魔法で仕掛けるべきです!」

 ヴィルムがそう言うが、アルバートは魔法を使おうとはしない。

 普段の彼ならそんな無謀な事はしないはず。

「まさか……魔力が」

 アルバートはAランクというかなり高い魔力量だが、四型という強い魔法を彼は何度も使っていた、流石にそろそろ魔力が底を尽きそうなのだろう。

 ヴィルムはハルドラの四人を見る。

 海人とロータスは剣を使うので、アンドルには勝てない。

 唯一望みのある魔法使いの凜華とラナイも、かなり疲労の色が濃くなっている。

 おそらく彼女達の魔力もないのだろう。

「くっ、海魔(カーマ)に続いてこの戦闘はまずい……」

 何とかこいつらを撃退しなければならない、ヴィルムは思案を巡らせる。

 しかし、アンドルの鉄壁に近い特殊技能(スキル)に対して有効な策が思いつかない。

「ははっ遊びはこの辺にして、お前ら全員動けなくして海に突き落として海魔の餌にしてやるよぉ!」

 なんの防御策もない、このままではやられてしまう。

 そしてアンドルは、もう一度磁気による高速移動をする。




「だっ大丈夫ですか!」




 しかしその時、君子が船室のドアを勢いよく開けた。

 開け放たれたドアは、隣に立っていたアンドルにぶち当たる。

 だが心配で仕方なかった君子は、そんな事にも気が付かない。

「ぎっギル!」

 倒れて動かないギルベルトを見て、君子は悲鳴に近い声を上げる。

 急いで駆け寄ろうとした時――、鼻血を出しながらアンドルがドアの後ろから出て来た。

「うおおぉい、随分派手にやってくれる女の子がいたもんだなぁ」

「ふぇっ……ふぇぇ!」

 知らない男の姿に君子は驚いた様子だ。

 それもそうだろう船室に籠っていた彼女は、海魔(カーマ)と戦っているとばかり思っていて、海賊など知らないのだから。

 だから彼女の隣にいるアンネも、アンドルを不思議そうに見つめているだけで、敵だとは夢にも思っていない。

「キーコ、アンネ、離れなさい!」

「そいつは海賊よ!」

「ふぇっ……かっ海賊ぅぅぅ!」

 ヴィルムとルールアに言われて、君子とアンネはようやく彼が敵だという事を理解する。 

 だが遅い、アンドルは彼女達を見詰めると、いやらしく口笛を吹く。

「な~んだ可愛い娘がいるじゃねぇか」

「えっ……かっ可愛い?」

 一体何を言っているのか理解できず首を傾げる君子。

 それを聞いて、アンネは君子を守ろうと彼女をかばうように前に出た。

「キーコ!」

 海賊だろうが何だろうが君子を守らなければ、その一心だった。

 例え自分が殺されても、彼女だけは守る。




 が――、アンドルが触れたのは、アンネの胸だった。




 一瞬何が起こったのか、アンネは理解できなかった。

 男の人、ソレも年上の中年に揉まれるなんて、腹の底から静かに怒りが湧き上がって来て、ようやく自分に起こった事を全て理解した。

「このぉ……クソオヤジ!」

 アンネはすぐに殴り掛かったが、Cランクのメイドの拳はいともたやすく避けられる。

 アンドルはエロオヤジの笑みを浮かべ、品定めするようにアンネの全身を見た。

「いいねぇ、おっさんの手から程よくあふれるくらいの巨乳で! しかもよく見れば顔も俺好みじゃん」

「こっこのぉ、セクハラオヤジィ!」

 怒り狂うアンネは、変態セクハラ親父アンドルに足蹴りを放つ。

 アンドルは後方に飛んで避けると、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる。

「いいじゃね~かよメイドちゃ~ん! こんな奴らじゃなくてさぁ俺にご奉仕するつもりな~い? 可愛がってあげるよ~ん!」

「殺す、殺す殺す殺す殺すうううううううううううう!」

 なおも続くセクハラ発言に、アンネは般若の様な形相になっている。

「あっ……アンネしゃん、こっこわい」

 あまりの怖さに君子はすっかり怖がっていて、涙目になっている。

 ここまで怒る彼女は、長い付き合いであるヴィルムも初めて見た。

「ひゅ~、そういう自己主張が強い娘、俺結構好きだよ~いくらでも口説くね、でもねぇ海賊の本分は略奪だからさぁ!」

 アンドルは不敵な笑みを浮かべると、アンネへと走る。

「欲しい物は、奪う! これぞ鉄則ぅ!」

 向けられた右手は攻撃にしては力が入っていない、おそらくアレは特殊技能(スキル)の技。

「アンネ、その男に触れられてはいけません!」

「えっ……」

「そいつは、電気を操るんです!」

 ヴィルムが叫んだが、遅い。

 アンドルの毒手は眼前に迫っていて、アンネが回避行動をとる暇はなかった。

「しばらく大人しくしてくれよ、メイドちゃ~~ん!」

 



 しかしそれは、別の手によって受け止められた。




「えっ……」

 アンネの後ろにいた君子が、とっさに彼女を守ろうとして手を伸ばしたのだ。

 だが――。

「まずい、アレに触れられたら!」

 君子も動けなくなってしまう、そう思ったのだが――。

「いきなり胸触るなんてひどいです! アンネさん嫌がってるじゃないですかぁ!」

 君子はとても怒っている、親友のアンネにセクハラをしたのが本当に許せないらしい。

 しかし問題はその怒りではなく、彼女が普通に立って喋っているという事。

「なっ、なん……なん!」

 間違えなく電気操作を行ったはずなのに、君子は普通。

 アンドル達は何が起こったのか分からなかったが、凜華は君子の手を見て理解した。

「あれ……ゴム手袋!」

 異世界には存在しない、現代日本のご家庭では必須アイテムの一つ。

 君子が普通に動けるのは、ゴム――つまり絶縁体がアンドルの攻撃を防いだのだ。

 実を言うと、アンドルの電気操作は微弱な電磁波によって、対象の電気信号を狂わせる。

 電気を通さないゴムによって、君子は守られたのである。

「ごっゴムぅ?」

 ベルカリュースでは、南西のごく限られた地域でしかゴムを採取することが出来ない。

 ガラスよりも希少なゴムは世界には流通しておらず、アンドルは存在を知らなかった。

「なっ……なんなんだお前は!」

「えっへぇ? なっ何って言われても……」

 大っ嫌いなアメフラシに触っちゃったら嫌だなぁと思って、ゴム手袋をしていただけなので、なんなんだと問われても困ってしまう。

 だが、この絶好のチャンスをアルバートは見逃さなかった。

「キーコ貸せ!」

「へっ、はっはい!」

 言われるがままゴム手袋を投げると、アルバートが素早く装着し、アンドルへと拳を放つ。

「うおっ、このぉ!」

 アンドルはとっさに拳を放ったのだが、『絶対回避』によって体をすり抜ける。

「いっ――!」

 驚きのあまり眼を見開いたままのアンドルの顔面に、強烈な拳が突き刺さった。

 Aランクのアルバートの拳は、大の男を吹っ飛ばすには十分すぎる威力だ。

「うごぉ――」

 甲板に倒れるアンドル、初めて彼に明確なダメージを与えられた。

 やはりゴム手袋をしていれば電気操作の影響は受けない。

「よくも我がヴェルハルガルドの船を汚してくれたな、全身の骨を砕いてやる」

 アルバートは冷酷な表情でアンドルを見下ろす。

 しかし、ヴェルハルガルドという大国の王子が、完璧な王子であるアルバートが、ゴム手袋という超庶民的なアイテムを着けているのは、かなりシュールだ。

「くっそが……この俺にぃよくもぉ……」

「ふん、負け惜しみか」

「……この俺にぃ、奥の手を使わせやがったなぁ!」

 アンドルが叫んだ瞬間、静電気で髪が逆立ち体から電流が放出される。

 見るからに危険、皆とっさに伏せた。




 刹那、轟音と共に電気が走る。




 空間を引き裂くような轟音と光。

 間近で雷が落ちた時の様な緊張と恐怖が一同を襲う。

 さながらそれは五型雷魔法の熱量と威力。

 雷魔法を扱うアルバートさえも、この威力には驚愕した。

「ちっ……」

 『絶対回避』で雷自体は避けたが、ゴム手袋はあまりの熱に溶けてしまった。

「できれば使いたくなかったんだぜ……、コレはめちゃくちゃ消耗するからよぉ」

 口元の血をぬぐいながら、アンドルは笑みを浮かべる。

 この奥の手を使って、生き延びた者など皆無。

 必勝必殺にして、アンドルの特殊技能(スキル)の最大の強み。

「言っていなかったが、電気を操作出来るっていう事は『発電』も出来るって事なんだぜぇ、甘々の馬鹿共め!」

 三型と四型魔法の間には差があるのと同じ様に、四型と五型の間にもかなりの差がある。

 魔力量はもちろんの事、高度な術式への理解と魔力コントロールが必要になり、天才と呼ばれる魔法使いの中でも、限られる。

 ソレを特殊技能(スキル)『雷神』は、普通型の特殊技能(スキル)の為魔力を使用しないで行う。

 魔力の消費無しで、五型相当の電撃を生み出すことが出来るというのは、脅威だ。

 アンドルは更に電撃を放出する、当たっていないというのに、肌がチクチクと痛む。

「海魔の餌にしてやろうかと思ったが……、今ここで感電死させてやんよぉぉ!」






************************************************************






 君子は轟音と電流を怖がることしかできなかった。

 とりあえず認識したのは、この見ず知らずの魔人は敵だという事と電気を扱うという事と、今かなり追い詰められているという事だけ。

(ギルは、この人にやられたの?)

 ギルベルトは大きな海魔(カーマ)を一撃で倒すくらい強いし、アルバートはそんなギルベルトよりも強いのに、先ほどから特殊技能(スキル)で電撃を避ける事で精一杯の様子。

(何か、何か私に出来る事は……)

 ゴム手袋じゃ駄目だ、もっと使えてもっと強い物。

 この雷をどうにか出来る、何かいい物を――。

(そうだ……アレだ!)

 君子は自らの知識から、今の状況に一番良い物を導き出す。

 アンドルの電流が轟き、船の至る所を壊しているが立ち上がった。

 そして、手のひらを合わせて創造する。

「柄には鳥の飾り、刀身に刻まれるは美しき刃文」

 手のひらから放出された輝く魔力は、君子の想像に従い形を変えていく。

(コレ)は雷を食らう刀、(コレ)は雷神を断つ刀!」

 電流が火花を散らし、魔力からソレは生み出される。




 ソレは、一振りの日本刀だった。




 紫色の鞘に収まった刀、柄には鳥をあしらっている。

 ベルカリュースには存在しない日本の刀剣が、今顕現した。

 君子は宙に浮かぶ日本刀を掴む、電流が消えて結構な重さが貧弱な腕にのしかかる。

「うおぉっ……おもぉいぃ」

「キーコ!」

 アンネが持つのを手伝ってくれて、どうにかまともに持ち上げる事が出来た。

 だがこの重さこそ成功した証、この刀こそ今一番必要な物。

「アルバートさぁん、コレをぉ!」

 君子はアンネと息を合わせて、創造した刀をアルバートに向かって投げた。

 回転しながら飛んで来たソレを、アルバートは軽々と受け取る。

「……コレは、片刃の剣?」

 鞘から取り出してアルバートは驚いた。

 ベルカリュースにも片刃の剣はいくつかあるが、君子が作ったソレは今まで見た物とは全く違う。

 鳥の細工が施された柄、見る者を虜にするほど美しい刃文、一点の曇りもない漆塗りの鞘。

 どれをとっても素晴らしく、その姿はさながら一つの芸術作品である。

「でも、雷に剣は効かないぞ!」

 海人が声を張り上げる。

 彼の言う通り、雷に対して剣が敵う訳がない、むしろ金属など逆効果だ。

「何をやっているのですか凡人は! よりによって剣を創る奴がありますか!」

 君子の行動に、ラナイは甲板に身を伏せながら憤慨する。

「はっそのと~り! 金属と電気だったら、電気が勝つに決まってるだろぉ!」

 アンドルは不敵に笑いながら発電する。

 バチバチと先ほどよりも大きな音と強い光を放ち、アルバートへと電撃を放つ。

 もはや特殊技能(スキル)も間に合わない程、迅く駆ける。

「くっ――」

 とっさに重要器官を防御するが、雷にそんなものは効かない。

 腕をすり抜け、アルバートの内臓を焼き焦がして感電死させるだろう。

「ははっ、感電死しなぁ!」

 アンドルの下品な笑いが響いた。




 しかし――、雷は刀に斬られた。




 いや斬られたという表現は正しくない。

 雷が刀に当たった瞬間、消えてなくなったのだ。

 まるで食べられたかのように――。

「えっ……」

「なぁ……」

 はっきりと見えていた者達にも理解できなかった。

 刀を持っていたアルバートも、雷を放ったアンドルも、ただ驚いている。

 ただ一人――君子を除いては。

「いやったぁぁ、成功です! 大成功です!」

 飛び跳ねて喜びを表現する君子、興奮冷めやらぬ中自らが創造した傑作を説明する。

「これは戦国時代の九州の武将、立花道雪(たちばなどうせつ)の刀! 伝説の雷食いの雷切丸(らいきりまる)です!」

 元々は千鳥(ちどり)という銘だったが、道雪が雷を斬ったという伝説から、雷切と銘を改めた。

 元々伝説の武器が大好きな君子は以前よりコレを作りたくて、色々と試行錯誤していた。

 彼女の少ない魔力を使って、雷切の性能を殺さずに創造するのはかなり難しく、構想はあったが造っていなかったのだ。

 そして今、本番での一発成功によって――雷切は顕現した。

「この刀は、雷を斬る事に最大限に特化した刀、だから普段はなまくら同然で果物ナイフよりも切れ味は悪いです、でも、しかし!」

 アンドルの雷を斬った雷切に変化が起きた。

 ほんのりと薄青色の光を帯びて、時折電気が刀身を駆け巡っている。

「雷を斬ってソレを食らって取り込んで、電気を帯びれば帯びるほど切れ味はよくなるんです!」

 君子のEという魔力量では、切れ味も最高の雷切を作るのは不可能だった。

 だからあえて、普段の切れ味は捨てて、雷のエネルギー取り込むことによって名刀に仕上がるように設計した。

「雷を斬る……だとぉ、ふざけるなぁそんな剣聞いたことねぇぞ!」

 アンドルは吠える、しかし彼が知らないのは無理もない事。

 これは異世界日本の、伝説の一振りなのだから。

「俺の電気をなめるんじゃねぇ!」

 アンドルは特殊技能(スキル)によってより強い電気を生み出す。

 電流も電圧も先ほどとは比べものにならない、コレで感電させてやる――そう思ったのだが、その渾身の一撃もアルバートが振るった雷切に斬られ、吸収された。

「なっなぁ……」

 電流も電圧も関係ない、ソレが電気であれば、雷切は絶対に斬れる。

 アルバートは雷切を振るう。

「くっ、ソレならっ――」

 アンドルは横の壁に取り付けられていた鎖に触れる。

 磁気操作によって、鎖は強力な磁石へと変わった。

 雷切は雷を斬るという能力を持っていようと、鋼で作られた剣である以上アンドルの敵ではない。

 雷切を使えなくしてから、落ち着ていてアルバートを始末すればいいのだ。



 

 だが、雷切は鎖には引き寄せられず、アンドルへと振るわれた。




「なにぃ――っ!」

 何とか避けたが、前髪が数本斬られた。

 磁気操作は間違えなく成功したはずだ、一体何が起こったのか鎖へと視線を向ける。

 見ると間違えなく磁石にしたというのに、ただの鎖に戻っていた。

 代わりに、先ほどまで薄青色の光だった雷切が、青色に光っている。

「まさか……磁気も切れるのかよぉ!」

 雷切は雷神を斬った刀。

 アンドルの特殊技能(スキル)が電気に関するものである以上、そのいかなる現象も雷切は切り裂くことが出来る。

 アンドルは雷切の前に、完全に詰んでいた。

「だったらこの船をぶっ壊してやるぅ!」

 アンドルは体内で発電した電気を、アルバートではなく、船へと放つ。

 雷が轟音と共に船を破壊していく、このままでは船が沈んでしまう。

 雷切で切っても、アンドルの雷は次から次へと出て来て船を破壊する。

「くっ、とても斬りきれん」

「アルバートさん、鞘を!」

 君子は声を張り上げながら、刀を鞘に納めるジェスチャーをした。

 こんな時に刀を収めるなど、考えられない。

 だが――コレは君子が作った武器、何か考えがあるのかもしれない。

 アルバートは言われるがままに雷切を鞘へと納めた。

 すると、刀身と同じように鞘が光る。

 しかしその光は、抜き身だった時とは比べ物にならない程、眩く強い。

「これは……」

「アルバートさん、ソレをそのまま振って下さい!」

 鞘のまま振る、そんな攻撃聞いた事がない。

 だがこのままでは船が壊されるだけ、言われるままにアルバートは雷切を振るう。





 刹那、斬撃がとんだ。





 光り輝く斬撃は弧を描き、発電するアンドルへと向かう。

「いっ――」

 電気操作を試みようとしたが、操作できない。

 これは電気ではない――アンドルはとっさに身をかがめて避ける。

 放たれた斬撃は、船の手すりを切り裂きそのまま空へと消えていく。

「大成功です、斬って蓄積した雷のエネルギーを斬撃と共に放射する、必殺技!」

 君子は雷切の構想にあたって、刃をなまくらにすることにより、雷を蓄積しそのエネルギーをそのまま切れ味にするという方法を取った。

 雷を斬れば斬るほど切れ味が増すのは良い事だが、同時に問題が発生する。

 それが蓄積した雷をどうやって雷切から出すか、という事。

 ずっと蓄積させるのはまずい、だから鞘に納めると放出させる様にしたのだが、君子はそれをあえて必殺技へと昇華させた。

 刀身にたまった雷は、エネルギーへと変換されて、飛ぶ斬撃となって放たれる。

 ソレこそ君子が求めていた必殺技――。

「コレこそ雷神を斬った刀に相応しい、その名も雷神滅斬(ライジンバスター)っです!」

 その中二爆発のネーミングには誰も何も言わず、ただその威力に驚いていた。

 魔法も特殊技能(スキル)も使わず、これほどの力を発揮するなど恐ろしい。

「本当はぁ、ギガスラッシュとかギガブレイクとかつけたいけど……、でも雷切は勇者の剣じゃないので、我慢ですぅ」

 しょんぼりと項垂れる君子だったが、そんな事はどうでもいい。

「ふっふふ、ふはははっ……」

 アルバートが笑っている。

 今までも口元だけで笑う事は何度もあったし、見下して笑う事などしょっちゅうだ。

 しかしこんな風に肩を震わせて、心から笑う事はそうある事ではない。

 あまりの珍しさに、君子やヴィルムだけではなく、ルールアも口を開けて驚いていた。

「キーコ……、あとでたっぷり可愛がってやろう」

「えっ……可愛がるって、わっ私の雷切はお気に召さなかったんでしょうか……」

「逆よ逆、アルバート様なんやかんや言ってあのバカ王子があんな良い剣を持ってるの気に食わなかったし、自分もアンタが作った武器が欲しかったのよ」

 しかも雷切は、使い方によっては軽く伝説級(レジェンド)の武器。

 それほどの物は王子とは言えアルバートでも、滅多に手に入れる事は出来ない。

 それが愛する君子の手によって作られたなおさらの事。

「見なさいあのアルバート様を、子供のように喜んでるでしょう」

 言われてみればいつもより表情が明るい気もする。

 あのアルバートがこんなにも喜ぶほど、雷切は素晴らしい武器だったのだろう。

 そんな強力な武器によって、形勢が逆転したのはアンドルである。

「くっくそぉ……」

「まだやるか? 貴様の電流は、この剣の前では無意味だぞ」

 雷切はアンドルが放出する雷によって切れ味が増し、更に必殺技まで使う事が出来る。

 正直言って、全く歯が立たない。

「ふん……俺だって男の端くれ、こうなったら最後まで戦うだけだ」

 そう言ってアルバートに向き合うと、拳を握る。

「賊にしては良い覚悟だ、気に入ったぞ……我が全身全霊を持って相手をしてやる」

 アルバートはアンドルの心意気を素直に表すると、雷切を鞘から抜く。

 必殺技によって雷切の刀身は元のなまくらに戻っている。

 だがひとたびアンドルの雷を斬れば、最高の切れ味ですさまじい力を発揮するだろう。

 この勝負、今度こそ完全にアルバートの勝利は確定した。

「いくぞぉぉぉぉっ!」

 アンドルは怒号を上げながら、発電を開始する。

 男の意地をかけた最後の戦いの火蓋が、今切って落とされた。




 と見せかけて――、アンドルは上空へと飛んだ。




 磁力操作の反発によって、飛び上がったのだ。

 ソレは明らかに攻撃ではない、逃亡である。

「あはははっ、だ~れが戦うかよぉ! 劣勢になったら逃げる、これぞ頭脳派の戦闘って奴だよぉ!」

 あれほどの気迫を見せておいての逃亡に、アルバートは完全に騙された。

 少しは賊らしく、いや男らしく意地を見せるのかと思いきや、そんな事はなかった。

「アンドルぅ~、来たぞ~!」

 あの船長の声がした。

 船の正面に目をやると、一艘の船がこちらへとやって来ていた。

 ソレはベルカリュースでは珍しいパドル式の船、しかし肝心のパドルを動かす為の蒸気機関はなく、代わりに巨大なガラスのフラスコを逆さまにしたような形のものが、乗っかっている。

 更に一番大きなマストには、黒地に髑髏が描かれた海賊旗が掲げられていた。

「アレが……海賊船?」

 正直異世界の海賊船にしては、かなりハイテクな気がした。

 皆その異質な姿に呆気に取られていると、アンドルがその船に着地する。

「海賊はいなくなったのです、今の内この海域から逃げますよ!」

 ヴィルムの号令の元、船室に逃げていた『(ロウ)』達が集まり、船を動かし始める。






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 逃げようとするヴェルハルガルドの船を、アンドルは見ていた。

「お~っとそうは問屋が卸さねぇ……、仮にも俺達は海賊、一度狙った獲物は絶対に逃さない」

 アンドルが不敵な笑みを浮かべると、ソレを合図に海賊達は動き出す。

 船内はあわただしく動き、レバーを引いたりボタンを押したりバルブを回したり、何かをしようとしている。

「野郎共、砲門出せぇ!」

 すると船首が開き、直径二メートルはありそうな大きな筒が出て来た。

 大砲のようにも見えるが、ソレには発射する砲弾も火薬も必要ない。

「波力発電による充電、八五パーセント」

「船内の動力を主砲へ転送」

「海底アンカー射出完了、逆噴射装置展開完了」

 異世界では到底聞くことのない単語が、荒くれ者の口から発せられる。

 すると船に乗っている巨大なガラスの装置が、眩く光始めた。

 ガラスの中で放電が起こり、すさまじい光を放つ。

「主砲エネルギー充電完了!」「主砲発射までカウント、三〇秒前!」

 船首の主砲は、不気味な機械音を立てて光を放つ。

 その光は、特殊技能(スキル)によるものでも魔法によるものでもない。

 これはこの世界では――未知であるもの。

「言っただろう、剣や魔法はもう古い……これからは電力! 科学力の時代なのさ!」

 アンドルは勝ち誇った笑みを浮かべて、古き技術しか持たぬ者達を嘲笑う。

 






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「アレは……」

 ヴェルハルガルドの船からも、海賊船の大砲は見えた。

 見た事ない形状といい、おそらくアレがエルゴンの船を一撃で沈めた物の正体だろう。

「まずい、早く回避を!」

 先ほどはギルベルトとルールアのおかげで避けられたが、今度はかなり距離が近い。

 しかも運が悪いことに今は向かい風、パドルのないただの帆船であるこの船では、海賊船の攻撃から逃げる事は不可能だ。

「攻撃が来る前に沈められないの!」

「それは不可能です、大砲が届かない」

 凜華の案もヴィルムに否定されて、もはや打つ手がない。

 今度こそ、この船が沈められてしまう。

「こんな所で死ねるか、何とかあの攻撃を防がないと!」

「でも、どうやってやるんですかカイトさん! 僕達の武器ではあの攻撃は到底止められないだろうし、ラナイさんも凜華さんももう魔力がないんですよ!」

 ロータスの言う通りどうにかしたくともどうにもできない。

 ここまで来て、こんな所で死にたくなどない。

「……アンネ、この剣に雷の技を打てるだけ打て」

「あっ、アルバート様」

「一か八かだ、可能な限りライキリに力を貯めて最大の一撃を放つ、今はそれしか方法がない!」

 アルバートの言う通り最も可能性が高いのは、雷切の必殺技。

 雷を沢山切ってエネルギーを貯めれば、あるいはあの砲撃と相殺できるかもしれない。

 しかし今雷を扱えるのは『付呪(エンチャント)』の特殊技能(スキル)をもつアンネだけ。

 魔法よりも威力が低い『(まじな)い』では、正直そこまでエネルギーを貯められるか微妙だ。

 だが今はそれ以外に方法がなかった。






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「そっそんな……」

 船室から見ていた、船を沈めたあの光がまた発射されるかもしれない。

 ソレを聞いて、君子は自分も何か策を出せないか考える。

 皆を守る為の道具を作りたくとも、さっき雷切を作ったせいで、君子の中にある魔力はかなり少ない。

(どうしたら……どうやったら皆を救えるの?)

 もっと自分に力があれば、皆を助ける事が出来たかもしれないのに――、今はただそれが悔しい。

 だが、悔しいのは彼女だけではなかった。

「くそぉ! 俺はまだ……まだ何もできてないんだ、こんな所で死ねるかよぉ!」

「海人……」

「俺はハルドラを守るって誓ったんだ、ソレを成すまで死んでたまるかぁ!」

 憎い海賊船へと叫ぶ海人。

 悔しさから叫んだ言葉だったが、それは君子には違う風に聞こえた。

「ハルドラを……守る?」

 そうだ、アレは祭殿に行った最初の日。

 ラナイがシャーグへと手渡した、一つの捧げもの。

 光の女神――つまり万物の創造神から加護を受ける為、初代王バルトロウーメスが作った守護の証の盾。

 千年前に人々を救った勇者をかたどった盾、初代王の守りたいという思いが詰まった盾、武器ではなく――守る為の盾。

「これだっ!」

 君子は手のひらを合わせると、息を吸う。

 そして頭のてっぺんから足のつま先まで、全てに自身の意識を集中させると、残った魔力をかき集める。

「魔よけの金よ、破魔の銀よ、厄災を退ける宝玉よ! ()は守りの(いしずえ)、我等を護る鉄壁の盾!」

 まばゆい光を放つ霞は、特殊技能によって君子の設計通りに形を変える。

 電流が走り、一層光を放つその様は、まるで希望の光。

「動力は鋼の意志、顕現するは女神の加護!」

 そして――、ソレは発現する。





「守護の証・ハルドラの盾!」





 聖都へ神の捧げものとして納められた、初代王バルトロウーメスの盾が、君子の特殊技能(スキル)によって複製された。

 その見た目は、本物と寸分違わぬ出来である。

「でも、あんなものでは!」

 いくら盾を作っても、船を一撃で沈没させる大砲を防げるわけがない。

 しかもアレは本物ではなく、飾りの盾であってなおさら防げない。

 君子は宙に浮く盾を持ち、その重さから足元がふらふらになりながら、海人達の前に行く。

 そして精いっぱい、必死に訴える。

「コレを……アレに向けて! それで榊原君と凜華ちゃんの、守りたいっていう思いを全部コレにぶち込んで欲しいの!」

 思いをぶち込む、意味が分からないがこれは捧げものの盾とは違って君子が造ったもの。

 どうせこのままでは、あの海賊船の大砲によってこの船も沈められてしまう。

 だったら、コレに賭けてみたい。

 海人と凜華は盾を受け取ると、力強く頷き――そして船首へと走る。

「カイトさん!」

「リンカ!」

 そんな飾りの盾で、あの一撃をどうにか出来る訳ない。

 引き留めるロータスとラナイの言葉を聞かず、二人は船首のギリギリへと立つ。

 そして、ハルドラの盾を二人で持った。

 エルゴンの船を沈めた海賊船の主砲が、今にも火を噴きそうだ。

「凜華……やれるか?」

「ええ……こんな所で死ぬわけにはいかない」

 怖くないと言えば嘘になる。

 あんなものを見せつけられては怖いに決まっている。

 でも――今、ここで死ぬのはもっと怖い。

「行くぞ凜華!」

「行くわよ海人!」

 二人が叫んだのは同時、盾を掲げる息も完全にあっていて、まるで初めから打ち合わせしたかの様だ。

 二人は、ありったけの思いを盾へと捧げる。






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「発射五秒前、四、三、二、一――」

「よーでんしほー、はっしゃぁ!」

 ハリーの掛け声とともに、アンドルが発射ボタンを押した。

 砲門から出ていた眩い光が収束し、そして――。





 光が放たれる。




 一直線にヴェルハルガルドの船へと走る光線。

 雷魔法でも、光魔法でもない、ソレは科学であり現代ならばビームと呼ばれる産物。

 魔力を必要とせず、電力だけで山をも塵に還す事の出来る兵器。

 例えそれが巨大な海魔(カーマ)であろうが、強力な巡礼者であろうが関係ない。

 剣も魔法も、科学の前では古き存在になる。

 これは新時代の力、旧時代の産物は、蹂躙され塵芥となるのみ。

「死ねぇ、甘ちゃん共!」





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 光が船に到達するのは、瞬きも許さぬほどの一瞬。

 光った瞬間には、砲撃は眼前にあった。

 もはや船が消し飛ぶ、皆防衛本能から目を瞑り、手で攻撃から身を守ろうとする。

 だが――光が船に到達する瞬間、船首で異変が起きる。

 海人と凜華が掲げた盾が、優しくあたたかな光を放ち始めたのだ。

 盾の前に光が集まり、ソレは巨大な盾を形成する。

 そして、光は巨大な盾へと衝突した。

「うっうあっうううううっ」

「んっ、あっくううううっ」

 巨大な盾は、光を防いでいる。

 あの強力な光は、この船に傷一つつけていない。

 しかし、すさまじい衝撃が二人を襲う。

 一瞬でも気を抜けば、腕が後方に持っていかれそうな強い力。

 しかも攻撃はまだまだまだ続く、一体どれだけの時間照射し続ける気だろうか。

 なおも続く砲撃に、巨大な盾にヒビが入る。

「まずい、耐えられませんわ!」

 やはりあんな飾りの盾では、無理だったのだ。

 皆の中に諦めが芽生え始める。

 しかし――二人は違う、まだ諦めてなどいない。

「壊されてたまるか、失ってたまるかぁ!」

「絶対に負けない、絶対に防ぎきって見せる!」

 二人には強い意志がある、鋼より堅く、焔よりも熱い、強固な思いが。

 この盾の動力は、魔力でも電力でもない――思いだ。

 二人の強く煌くこの思いはそのまま盾の力となり、その思いが挫けぬ限り、ソレは絶対の守りとなる。

「「絶対に守る!」」

 その強い思いを、盾はしっかりと受け取った。

 そして――それは、顕現する。






「……光?」

 ヴィルムは宙に漂っている謎の光る物に気が付いた。

 まるで雪の様だが、冷たくもないし何より上空へと舞い上がっていく。

 ソレは彼にだけではなく他の者達にも見えるようだが、嫌なものではない、むしろ包み込むような温かさと優しさに満ちている。

「これは一体――っ!」

 視線を上空へ向けると、光が集まって何かを形作ろうとしている。

 頭が出来、腕が出来、手が出来て――その全貌がようやく分かった。




 ソレは、巨大な女神。




 いやそんな風に呼べるほど鮮明ではない。

 光でできた虚像、半透明で朧気、かろうじて女性とわかるくらいだ。

 ソレでも、なぜかコレが女神だとわかる。

 まるでこれ自体が、この世の全ての『神』に対するイメージを具現化したもののように、ただ強く、そう思わせる。

「な……なんという」

 こんな事魔法でもできない。

 巨大な女神の胸像が現れ、まるでこの船を守っているかの様だ。

 いや実際守っている、この虚像の女神が現れたとたん、ヒビが入っていたはずの巨大な盾が修復されて、より強固になっている。

「……光の女神、なんと荘厳で美しいお姿」

 ラナイはコレが君子の作ったものによる現象だという事を、忘れているのだろう。

 しかし他の皆もそうだ、まるで母親に抱かれているような安心感がある。

 





 ハルドラの盾は、守りの盾。

 使用者の『守りたい』という意思に反応して、盾を成形する。

 その思いが強ければ強いほど強固となり、その意思が挫けぬ限り絶対の守りを約束する。

 そしてその思いが頂点に達した時、女神の加護が発動し対象全てを守り切る。

 つまりこの守護の女神が現れた時点で――、既に勝敗は決した。






************************************************************






「なっ……なんだよ、コレはぁぁぁぁぁ!」

 アンドルはまるで悲鳴のような声が上げた。

 彼の一番の自慢だった主砲が、巨大な盾と巨大な女神によって防がれた。

 魔法でもないその現象、博識で頭脳明晰の彼でも全く理解できない。

 自らの計算と発明を否定されて、頭が真っ白になった。

 だから――彼はその攻撃に気が付かなかった。




雷神滅斬(ライジンバスター)




 アンネが放った雷を斬れるだけ斬り、エネルギーを溜めた雷切の一撃。

 アルバートは、渾身の力でソレを放った。

 エネルギーは空飛ぶ斬撃となり、まっすぐ海賊船へと飛来する。

「うっうわっ、あっあっんどるぅ!」

「しっしまったぁ!」

 この一撃は電気操作では防げない、既に気が付いた時には目の前に迫っていて、強力なエネルギーの斬撃は、船を――断った。

「いっやっやっべぇ――っ!」

「そっ総員退避~~~~っ!」

 巨大なフラスコが危うい強い光を放つと、海賊船は爆発した。

「ぎゃああああっ、おっ覚えてろよぉぉぉぉぉぉ」

 アンドルと海賊達の三流な捨て台詞が海にこだました。

 だが船はなくなり、完全にこちらの勝利、アルバートは雷切を鞘へと納めた。






************************************************************





「よっ……よかった」

 君子はなんとか切り抜けられてほっとした。

 安心したせいか、足の力が抜けて――倒れる。

「山田!」

「君子ちゃん!」

 海人と凜華がすぐに駆け寄ろうとしたのだが――彼女の体は別の人物によって受け止められた。

「あっ……ぎ、ギル」

 体が動くようになったギルベルトが、君子をしっかりと受け止めた。

 もともと君子の魔力量は少ない、短時間で雷切と盾という二つの武具を作ったので、彼女の魔力はほとんど残っておらず、立つのも困難なのだろう。

「……よくやった」

 彼女の特殊技能(スキル)がなければ、このピンチは脱出できなかっただろう。

 そんな功労者の彼女に、ギルベルトはねぎらいの言葉をかける。

「……うん、上手くできたよ」

 しかし二人の間ではそう思えても、他者からみればソレはまるで使役する側とされる側。

「くっ……何よ、まるで物みたいに」

「もっと褒めろよ、山田のおかげで俺達助かったのに……」

 海人達は、ギルベルト達を睨む。

 ピンチを切り抜けたというのに、いまだ両者には深い溝がある。

 だが、君子はそんな事には全く気が付かず、ギルベルトへと抱かれる。

 彼に褒められた事を喜び、君子は小さな笑みを浮かべた。




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