第六三話 共同戦線を張る
「早く登れよラナイ」
「なっ縄梯子が暴れるんですよぉ!」
登るのにちょっとコツがいる縄梯子と、ラナイは格闘していた。
不安定な梯子をどうにか登りきると、先に登ったロータスが手を貸して、船上に引き上げてくれた。
「はぁ……ありがとうロータス……っ!」
登り切ったラナイの眼に映ったのは、武器を構える海人と凜華、鋭い視線を向けるヴェルハルガルドの魔人達、双方の間に入り両手を広げている君子だった。
「キーコ、どういうつもりか説明をしなさい」
強い口調でヴィルムが言った。
ギルベルトとアルバートも険しい表情を浮かべている。
よく考えるとここは敵の船、海魔の群れの中よりも危険かもしれない。
「ハルドラは敵だと言ったはず、貴方はこの船に敵を招き入れたのですよ」
「ふん、海に突き落とせばいい……海魔が始末してくれる」
アルバートは右手を向け、紫色の魔法陣を展開させる。
海人達は身構えるが、ここは船の上、圧倒的に不利だ。
海魔から逃げる為とは言え、敵の船に乗り込むのは軽率だった。
「待って下さい!」
君子は声を張り上げる。
しかし相手はAランカー達、ランクEの彼女ではあまりにも頼りない。
ラナイもシャーグも、君子に希望を託す事は出来ず、一体どうやってこの船を奪取するかを考えていた。
「……キーコなぜ止める、まさか友達だからと言うのではないだろうな」
「今は緊急事態、貴方のワガママを聞くほどの余裕はありませんよ」
アルバートとヴィルムが、強い口調で詰め寄る。
弱い君子なら震え上がりそうなのだが、彼女は意外にも一歩も引かなかった。
「とっ、友達だからでも、ワガママで言ってる訳でもありません……」
てっきりギルベルトに泣きついて、強引に話を持ち込もうとしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「……このまま船で同盟国のドレファスまで行くのに、聖章がなくていいんですか」
ヴェルハルガルドの聖章は、先ほど紛失してしまった。
ドレファスは同盟国であるが、決して油断できない国だとヴィルムは言っていた。
そんな国を聖章無しで横断するのはあまりにも危険な行為だ。
たしかにヴィルムも不安要素と思っていた。
「でも、榊原君達の聖章は無事です!」
「……なに?」
「ヴェルハルガルドとハルドラの合同で、ドレファスを突破しましょう!」
聖章を失くしたが、船があるヴェルハルガルド。
船を失くしたが、聖章があるハルドラ。
二つ合わせれば、それぞれ失くしたものを補い合う事は出来る。
「ハルドラの皆さんを乗せる代わりに、ヴェルハルガルドとハルドラの国境まで共同戦線を張るっていうのはどうですか! これなら安全にドレファスを超える事が出来るはずです!」
君子の言う事はメリットがある、他国を横断するのに聖章は必要不可欠だ。
同じくハルドラ側も、船がなければ帰る事が出来ない。
両者が手を組めば、この海魔の出る海を超える事が出来る可能性がある。
しかし――問題は両国間で戦争が行われているという事だ。
「ハルドラの人間など信用できぬな、聖章を奪って海に叩き落せばいい」
「……いいんですか、巡礼者を襲っちゃいけないんですよね」
神に招かれた巡礼者を襲ってはいけない。
大昔、聖章がない時代巡礼者を襲って滅んだ国があるのは有名な話だ。
以来聖都が聖章を作り、巡礼者にそれを配るようになった。
海人達は聖章を持っている以上、神に招かれた巡礼者。
それを襲うという事はヴェルハルガルドと言う国家を揺るがす事にもなりかねない。
いつもの、泣きついて懇願とは違う、ちゃんと考えがあるように思える。
だが、敵を船という密室の空間にいれるのはやはりはばかられた。
しかも相手は敵の中でも群を抜いて、異種族の差別をしているハルドラ。
ヴィルムは悩んだのだが――、アルバートは展開していた魔法陣を消してしまう。
「……アルバート様」
「……この程度の奴ら簡単に殺せる、それより今は向こうが問題だ」
「ちっ……全部ぶっ殺してやる」
ギルベルトもグラムの柄を力強く握ると、視線を上空へと向けた。
すると、海鳥の海魔が船に向かって急降下してくる。
鋭い嘴はさながら槍の様で、餌である人を貫こうと特攻して来たのだ。
「紫魔法『雷槍』」
アルバートは右手を向けると鳥を撃ち落とした。
しかしその数はとても一度に倒せるようなものではなく、すぐに違う海魔が襲い掛かって来る。
「戦えない者は船室へ! 武器が扱える者は急いで海魔を仕留めなさい」
更に海魔は続々と船へと登って来た。
聖都よりはマシだが、その数は尋常ではない。
今はハルドラとの問答をしている場合ではなく、海魔を撃退する方が先。
「無賃乗船か? ハルドラは性根が腐っているな」
「なんだと!」
「船賃ぐらいは働いたらどうなんだ」
アルバートは海人にそう言い残すと、剣を抜き海魔へと斬り込んだ。
「カイトさん、今は一旦いがみ合うのをやめましょう! こんな所で海魔に殺されては、何の意味もないじゃないですか!」
確かにここで海魔に殺されては、将軍に認めてもらってヴェルハルガルドにいる魔王を倒す事も、君子をギルベルトから取り戻す事も出来ない。
ロータスに諭され、海人は何とか込み上げてくる怒りの矛先を変える。
甲板に上がって来た海魔に向かって、剣を振りかぶった。
「はああああああっ!」
タコの海魔は両断され、青紫色の血を出して絶命する。
不気味な色で甲板が染まるのを見下ろして、海人は決意した。
「今は……今だけだ、今だけは海魔を倒す!」
物事の優先順位を見誤っていけない。
今一番の敵は海魔だ、この邪悪な存在を蹴散らさなければならないのだ。
「凜華、行くぞ!」
「ええっ、なんならスイートルーム分くらいの海魔を倒してやるわよ!」
杖を頭上で飛びかう海魔に向けると、赤と橙色を足したような色の魔法陣が展開される。
一段と魔法陣が輝くと、魔法がさく裂した。
「複合魔法、『炎爆裂矢』」
魔法陣から射出された数多の炎は矢となり、鳥の海魔を射抜いた瞬間に爆発する。
爆発と同時に強い光が放たれ、その光景はさながら花火の様だ。
「上は私とラナイさんに任せて、全部撃ち落とすわ!」
「分った、甲板に上がって来たのは俺とシャーグさんでやる!」
この数ヵ月、クロノの下で修業を積んだ彼らは、尋常でないほどの数の海魔を容易く倒していった。
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「…………」
ハルドラの面々を見たヴィルムは、正直驚いていた。
数ヵ月前、海人と凜華はギルベルトの足元にも及ばない、ただの少年と少女だった。
しかし、今は違う。
剣の扱いに無駄がなく、力の入れ具合がまるで別人だ。
更に魔法使いでもほんの一握りの者しか使えない、複合魔法まで覚えている。
この世界の優秀な人間でも、おそらく一〇年はかかる業を、二人は一年未満で体得した。
(……このままだと、我々の障害になる日も近いのではないか?)
君子とは雲泥の差だ。
しかしそんな事を考えていると、海魔が襲い掛かって来た。
ヴィルムは一度考える事をやめて、迎撃へと専念する。
「『氷結斬』」
体の芯から冷気を引き出すと、剣を振り下ろす。
斬られた海魔は一瞬で凍結して、絶命した。
「ヴィルムさん、かっこいいぃぃぃ!」
ルールアは眼をハートにしながら、ヤドカリの海魔を蹴り飛ばす。
ヴィルムの雄姿を見ていた彼女の視界を、取り乱した様子のフェルクスが塞ぐ。
「るぅーるあぁ、助けてくれぇぇぇ、オレ様は水嫌いなんだよぉ!」
炎の魔人は水に弱い。
フェルクスが風呂に入る事も拒絶するほど水嫌いなのは知っているが、海とは言えここは船の上、ここまで取り乱す必要などない。
うるさいし邪魔なので怒鳴ろうと思っていたら、フェルクスがルールアの腰にしがみついて離れない。
「ちょっと、フェルクス邪魔よぉ!」
「水怖い~~、水は嫌だぁ~~」
いつもの自信満々な彼はどこに行ったのか、戦えばAランクという高い実力の持ち主なのだが、コレでははっきり言ってDランクの兵士よりも邪魔だ。
ルールアは彼を振り落とそうとするのだが、Aランクという馬鹿力でしっかりとしがみついて離れない。
騒ぐ二人を見てアルバートは小さくため息をついた。
だがここは戦場、気の緩みなど起こしている場合ではない。
アルバートに向かって、カニの海魔が鋭いハサミを向けた。
「ふん……雑魚が」
アルバートはそのハサミを見ていると――特殊技能『絶対回避』が発動して、ハサミは彼をすり抜けた。
「雷霆は走り、我が敵を討ち抜く」
紫色の魔法陣が展開され、まばゆく光る。
「『雷霆撃破』」
カニの海魔は雷に打たれ、更に吹き飛んで後ろの数体もまとめて海へと落とした。
「流石アルバート様、この程度相手にならない!」
「あっあるばーとさまぁ、がっ……がんんばばれぇぇ」
「アンタも戦いなさいよフェルクス!」
主に戦わせておいて補佐官が戦わないなど、不敬にもほどがある。
だがフェルクスは泣き喚くばかりで戦おうとしない、全くの役立たずだ。
「うおおおおっ!」
しかしそんなフェルクスの事など目立たせないほど、海魔を倒しているのがギルベルトだった。
グラムを振るい、次から次へと海魔を両断するその姿は、鬼気迫るものがある。
「ギルっ!」
彼のすぐ横には、スラりんを抱きしめる君子の姿があった。
か弱い彼女を守る為に、グラムにはいつも以上に力が込められている。
「キーコ、早く船室に入れ!」
タコの海魔を切り伏せながら、ギルベルトは叫ぶ。
船室が甲板よりも安全なのはわかっているが、皆が心配でどうしてもいけなかった。
「駄目よキーコ、ここにいたら王子様の邪魔になるだけよ!」
「でっ……でも」
なおも心配する君子の手を引いて、アンネは強引に船室へと向かう。
戦えない『浪』やベアッグと双子も避難しているのだが、君子は船室に入ろうとしない。
「心配すンな、こンな雑魚にはやられねぇ! お前はそこで待ってろ!」
ギルベルトは力強くそう言うと、次から次へと襲い掛かる海魔を倒していく。
グラムを振るう彼の力は圧倒的、海魔はかすり傷一つつける事も出来ず両断される。
忘れかけていたがグラムは、北欧神話最強の武器の一つ。
それを強いギルベルトが持っているのだ、負けるはずがない。
「……うん」
君子は言われた通り船室に入る。
こういう時に役に立てないのが歯痒い。
でもギルベルトが待っているというのなら、それに従う。
彼の言う事に間違いなんてないのだから。
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「……ン?」
ギルベルトが音に気がついて振り返ると、海魔に襲われているこの船に向かって、マストが二本ある帆船が接近して来た。
その船には見覚えのあるエムブレムと、見覚えのある軍服の男達が乗っていた。
「……エルゴンの船」
また面倒な時に、面倒な船が来た。
今は海魔の相手で手いっぱいだというのに、エルゴンの巡礼者達はわざわざギルベルトを狙ってこの船を追いかけて来たのだろう。
そして船の側面に設置されている大砲の照準を合わせると――撃った。
轟音と共に水しぶきが上がる。
船自体には当たらなかったが、衝撃によって発生した波で、船は酷く揺れた。
「巡礼者に砲撃するとは、そこまで落ちたか」
「くっ、海魔で忙しいこの時に……、船速を上げて振り切れ!」
ヴィルムは『浪』達に命令するが、エルゴンの船はぴったりとくっついて離せない。
「エルゴンの人達、私達もいるっていうのに!」
「人間に殺されるなんて嫌ですわよ!」
「くそっ、やっぱり敵の船になんか乗るんじゃなかった!」
巡礼者を襲えば神の罰を受けるというのに、復讐に燃えるエルゴンの巡礼者にはもはやそれもどうでもいい事になっていた。
「死ね――ヴェルハルガルドの魔人共」
「――っ!」
「――っ!」
エルゴンの船が大砲を放とうとした時。
ギルベルトとルールアがほとんど同時に、ソレを感じた。
ギルベルトは持ち前の勘で、ルールアは特殊技能によって、それぞれ別の物ではあったがソレを正確にとらえた。
「来る、避けろぉ!」
「えっへぇっ?」
操舵輪を握る『浪』は、突然そんな事を言われても体が付いていけない。
ルールアは足で操舵輪を握り、思い切り舵を切った。
大きく右へと船は進路を変える。
だが右に行ったくらいで、真横についているエルゴンの大砲からは逃れられない。
エルゴンの巡礼者達は、ヴェルハルガルド船のこのヤケクソとしか思えない行動に高笑いが止まらない。
「ははっ、戦わずに逃げるとはなんと無様な! 敗者の背に我がエルゴンの砲弾を食らわせてくれる――っ!」
しかしその時、エルゴンの船のはるか彼方で、何かがまばゆく光った。
太陽は頭上高くで雲に覆われていて、日差しではない事は確か。
「なんだ……」
光はどんどん強くなっていく――否、近くなった。
超高速で『ソレ』が向かっている事にエルゴンの巡礼者が気付いたのは――光が眼を焼くほど近づいてから。
そして光は、船に直撃した。
光は船を飲み込み、破壊していく。
その圧倒的な質量に相対す方法などない。
光が消えた時、エルゴンの船もまた何一つ残っていなかった。
「なっ……なんだ、今のは」
「魔法……なの?」
海人も凜華も、エルゴンの船が消失した所見てただただ驚愕する。
複合魔法を使う凜華でも、一撃で船を落とすのは難しい。
「五型……いや六、あるいは七型の魔法に相当する威力です、今のは」
光魔法の専門家であるラナイさえもその正体が全く分からない。
確かに『光』だったが、魔法で扱う光とは根本的に全く違うようにも感じられる。
理解できないのは彼女達だけではない、攻撃を察知したギルベルトとルールア、そしてアルバートもヴィルムもその正体が分からない。
「一体……今のは……」
「分らない、だがあんなものが自然現象ではあるまい」
異世界ベルカリュースでも、この現象は不自然なものだった。
驚きと恐怖が、この船を支配している。
「ルールア、お前は一体何を感じ取った……ルールア?」
特殊技能『高度察知』を持つ彼女なら、何か解るのではないかと思い声をかけたのだが、ルールアは眉をひそめてどこか不快な表情をしていた。
「……アルバート様、聞こえないんですかこの音」
「音?」
聞こえるのは波の音くらい、特に気になる音はしない。
だがハーピーであるルールアは、人間や魔人よりも聴覚が良い。
アルバート達が聞こえない音が聞こえているのだろう。
「すごく嫌な音……金属を思いっきり引っ掻いたり羽虫が耳の周りを飛んだりするくらい、嫌な感じ」
その音を不快に思ったのは彼女だけではなかった。
船を襲っていた海魔達もまた、その音を嫌がり次々に海へと逃げていく。
「まさか、海魔除け?」
海魔も耳が良い、この不快な音は海魔を退ける為のものと考えると合点がいく。
自然な現象とは思えない、コレは全て人が関わっていることに違いない。
「うううっ、音がどんどん近くに来てる!」
大きくなる音に、ルールアは堪らず声を荒げる。
しかしどれだけ耳を澄ませても、彼女以外には音は聞こえない。
広い海、一体何が近づいてくるのか分からず、恐怖が増すばかり。
「いけぇ、ヤローどもぉ!」
甲板にいる誰のものでもない声が響いた。
そして、鉤爪が船側の手すりに引っかかる。
それは下から投げられたもの、だがここは海の上、一体誰がソレを投げたのか。
答えは自分から――登って来た
海賊が現れた。
人間、魔人、獣人と種族はバラバラだが、浅黒い体格のいい男達が一斉に甲板へ乗り込んで来た。
祭殿で司祭が言っていた、この辺で海賊が出ると――まさかそれがこんなタイミングで現れるなんて、最悪だ。
「がははっ、金目の物よこしな!」
「ぐへへっ、それに女もな!」
「げっへへ、カモだ、カモ!」
カットラスを持ち、醜い笑みを浮かべる男共。
それは誰しもが思い浮かべる典型的な海賊像で、逆にここまでくると感心してしまう。
「…………下賤な賊風情が、偉大なる大国ヴェルハルガルドの船を汚すなど、この罪その矮小な命で償ってもらおうか」
アルバートは右手を向けると、紫色の魔法陣を展開する。
今日はもう何度使ったか分らない、四型雷魔法がさく裂した。
「うぎゃああっ」
「どひゃああっ」
「わぎゃああっ」
雷に打たれて、海へと落下する海賊達。
「邪魔だ失せろ」
ギルベルトはグラムも使わず、近くにいた奴らをとりあえず殴った。
「のひゃあああっ」
「ぎゃふぇええっ」
「どっしゃああっ」
殴り飛ばされ、海へ落下する海賊達。
荒くれ者共だが、Aランカーであるアルバートとギルベルトの敵ではない。
「……ふん、海魔の方がまだ歯ごたえがある」
「何しに来たンだ、こいつら」
略奪しに来たに決まっているのだが、ギルベルトとアルバートにとって彼らはあまりにも弱すぎて、話にならないのである。
海賊達は驚き戸惑う、まさかこんなに強い奴らが乗っているだなんて思いもしなかった。
「うわあああ、こりゃつえぇ!」
「だめぇだぁ! おれ達じゃ敵わねぇ!」
「うわーん、助けてぇ!」
海賊達は驚き戸惑い、泣き叫ぶ者まで出る始末。
本当にこの海魔が出る海域で略奪をしているとは思えない、体たらくである。
大の大人が泣き叫んでいる、その姿に流石の海人達も呆れた。
海魔の襲撃で張り詰めていたのに、この海賊達によって脱力感でいっぱいだ。
この場にどうしようもない空気が流れた時――。
「うろたえるなぁ、ヤローどもぉ!」
ソレは先ほど聞こえた声。
その声を聴いた途端、海賊達の表情が変わる。
アレほど泣き喚いていたというのに、急に笑みが蘇った。
「お頭~!」
「お頭だああっ!」
「お頭が来るぞぉ!」
この騒ぎ様、お頭つまり海賊達の親玉が来るという事。
この雑魚としか言いようがない海賊達が、こんなにも期待を寄せるお頭とは一体どんな奴だというのだ。
「……どうやら真打の登場の様ですね」
「気を引き締めろ、ここからが本番の様だ」
「けっ……はじめっから出て来いってのぉ」
すると新たに鉤爪が手すりに引っ掛けられて、誰かが登って来る。
一体どんな大男が来るか、警戒するギルベルト達。
そして海賊達の熱い声援を受けて――お頭はやって来た。
それは、海賊服を着た子供だった。
真っ赤な海賊服を着て決めているが、コートはぶかぶかで引きずっているし、カットラスは身丈に合っていない大人用の物ですごく重そうだ。
何より大きすぎる海賊帽が、海賊としての怖さよりも――マスコット的な可愛さを増長させていた。
「……ガキ?」
「……ガキだな」
「……ガキですね」
相対したギルベルトとアルバートとヴィルムも、大した反応が出来なかった。
「なっ、オイラはガキじゃないぞぉ! これでも立派な成人の小人だーい!」
小人族、彼らは成長しても五歳児くらいの身の丈しかなく、加えてどこか愛らしい顔をしているので、成人でも子供にしか見えないのである。
そのせいで、大体の小人は大人として扱ってもらえない。
「よくもオイラの可愛いヤローどもにヒデー事をしてくれたなぁ! ゆるさねぇぞー!」
そう言ってカットラスの切っ先を向けるが、小人という見た目のせいで全くもって、怖くない。
「先に襲って来たのは貴様等だろう、明らかに非は貴様等にある」
「なんだとぉこのロン毛ヤロー! ここはオイラたちのナワバリだぁ、ナワバリに入って来た方が悪いにきまってるだろー!」
こんな広い海で、縄張りも何もあったものではない。
「…………ソレで、海賊のお頭は、我々に一体どうしろというのですか?」
「きまってるだろー、さんはいっ!」
「金目のものよ~こせ~」
「女もよ~こせ~」
「略奪さ~いこ~」
ビブラートを効かせて、主張するのだが――。
「紫魔法『雷槍』」
アルバートの強力な雷魔法がその主張ごと、海賊達を吹き飛ばす。
「こらぁ、このロン毛ヤロー! 人のはなしは最後まで聞けって、おっ母に教わんなかったのかー!」
「そうだそうだぁ、俺達ハニリア海賊団だぞぉ!」
「あっ泣く子も黙る、ハニリア海賊団!」
「よっハニリア海賊団、天下一!」
「…………もう馬鹿の相手は御免だ、お前がどうにかしろバカベルト」
アルバートは馬鹿の相手をし過ぎて眩暈がしてきた。
一方任せられて困るのはギルベルトである。
彼だって正直こんな奴らの相手なんてしたくないし、また海魔に襲われる前に、この海から遠ざかりたい。
「素直にわたさねーなら、ぶりょくこーしだぁ、オイラの剣でみじん切りにしてやるー」
お頭は、カットラスを振るいながら走って向かって来た。
鋭い切っ先が、ギルベルトへと襲い掛かる――が。
彼の頭に、ギルベルトの蹴りが炸裂した。
「あっ……」
ギルベルトはいつ通り蹴りを放ったつもりだった。
いつもは鳩尾に一撃で終わるのだが、お頭の背が小さすぎて腹ではなく頭に当たってしまった。
「……ひどい音がしたぞ」
「アレは、痛いでしょうね」
「絵面は虐待よね」
普段は情け容赦ないアルバートとヴィルムとルールアだが、相手が馬鹿なせいかなんとなく同情してしまった。
現にギルベルトの蹴りを食らったお頭は――。
「ふっ……ふえぇ」
「あ~~、お頭が泣いちゃったぁ!」
「お頭~、飴玉あるっすよ、飴玉ぁ!」
「お頭の頭に蹴り……ぷぷっ」
海賊達は必死にお頭をなだめるが、彼の両眼の涙はどんどん溜まって行き――。
「びぃええええええええええええええん」
とてつもない大声で泣き始めた。
まるで大きなスピーカーの最大音量で音を出しているかのように、耳を抑えずにはいられない。
「ぐっううううっ、なっなンだコレぇ!」
「くっ……鼓膜が破れそうだ」
お頭のこの泣き声には、海賊達も堪らないようで、彼らも両耳を抑えて苦しそうにしている。
「なっ、なんなんだよあの坊主!」
「なんであんなに小さいのに、こんな声出せるのぉ!」
海人達も耳を抑えて苦しんでいた、ラナイは耳を抑えながらお頭を見る。
「『歌姫』……です、わぁ」
特殊技能『歌姫』。
ランク2のこの特殊技能は、魔力を使わない通常型。
効果はいかなる音域も出せて、かつとんでもなく大きな音が出せるようになる。
最大音量はジェット機のエンジンの爆音の数倍、人間の鼓膜など一瞬で破けて、長く聞けば永久に聞こえなくなるほどだ。
「海魔を避けていたのは、あの坊主の特殊技能のおかげって事かぁ!」
「こっこのままじゃ、僕たちがこの騒音でやられちゃいますよぉ」
あの、人には聞こえない音域を出していたのは、お頭の特殊技能によるもの。
ランク2という弱小な能力だが、こういう風に使われると対処のしようがない。
皆この騒音のせいで動けないのである。
回避能力があるアルバートも、目に見えない音の攻撃は避け様がない。
しかも最悪な事に、お頭自身が自分の声で他人の声が聞こえず、仲間の海賊達がなだめる声も聞こえないのだ。
「ええええええええええええええええええぇぇぇんんん――――」
このままでは、爆音のコンサートによって何もかもが吹き飛んでしまう。
しかし誰もどうする事もできなかった。
刹那――閃光が走る。
バチバチと火花を散らしながら、空間を走り去ったのは雷。
そのあまりにもまばゆい光に皆驚き、目を瞑る。
しかしその強い光には、泣き叫び誰の言葉も聞かなかったお頭も気が付いた。
そして光が止んだ時――甲板にそいつが立っていた。
深い紫色の髪は、綺麗に整えられて不快な感じはしない。
あごには髭を蓄え、右目には黒い眼帯を付けている。
額から突き出た二本の弓なりの角は、美しい真紅色。
三〇代後半か四〇代くらいの角のある大角種の男が、そこに立っていた。
「お前らか? ウチの船長泣かしやがったのは」
そして男はそう言うと、黄色い瞳の左目でこちらを睨んだ。




