第六一話 特別なの
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聖都の祭殿では、祈りが捧げられていた。
各国の代表は、巨大な祭壇の前に用意された椅子に座り、大司祭の長い祝詞を聞く。
もう三〇分は、訳の分からない祝詞を聞かされている。
「ちっ……いつ終わるンだよぉ」
「ギルベルト様、どうか落ち着いて下さい」
貧乏揺すりが一段と酷くなった、そろそろ限界かもしれない。
「全く、待つ事も出来ぬのか、この馬鹿」
「あっ、てめぇもちょっとイラついてるだろうがっ!」
「ギルベルト様声が大きいです、もう少々静かに……」
司祭が眼で訴えているのを感じ、ヴィルムが注意する。
しかし、ギルベルトのイライラは余計に酷くなるばかり、いつ爆発するかわからない。
(やはり、キーコを連れて来たかった……)
ヴィルムは司祭に気が付かれないように、小さくため息をついた。
それにしても、この祭殿には少々張り詰めた雰囲気が漂っている。
神の御前だという事もあるが、ここにはヴェルハルガルドにとって敵国しかいないのが問題だ。
(魔王帝様の目的はベルカリュースの統一、ここにいる大体の国には一度攻め入っているか現在侵攻中だからな……我が国は眼の仇にされて当然か)
ヴェルハルガルドは、現在ベルカリュースの中でもかなり勢いがある国。
西の大国に次ぐ国家に成長しつつあり、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
ただでさえ攻め入って恨まれているというのに、徐々に力を付けようとしているのだから、この場で一番敵が多い国だ。
「ヴィルム、ある意味キーコは来なくて良かったかもな」
「……確かに、ここは怨念の巣窟ですからね」
周りの全てが敵に等しいこの祭殿に、君子を連れてくるのは危険だ。
ここにいる者達は全て敵意を持っている、もしその矛先が君子へ向かったらと思うと恐ろしい。
ギルベルトを抑えるのが大変でも、こちらの方がよかったのかもしれない。
こんなにも殺気立った視線を向けられるのだから――。
「むっ……」
それは、ギルベルト達からかなり離れた所に座っていた一団。
屈強な人間の男達が、ひときわ憎々しくこちらを睨んでいる。
見覚えのある軍服に、見覚えのあるエンブレム。
(エルゴンの巡礼者か……)
罪する国エルゴン。
千年前まではシャヘラザーンという人間至上主義の国だったので、ハルドラと同じく他種族を差別している。
そして現在ギルベルトが侵攻している国家だ。
(……明らかに、ギルベルト様に気が付いているな)
ギルベルトの容姿は、知れ渡っているのだろう。
敵将の姿を見て、憎悪と殺気まみれの視線でこちらを見ている。
(我々が巡礼者でなければ、今にも襲い掛かってきそうだ)
万物の創造神に導かれし巡礼者には、手を出してはならない。
この戒めは、ヴェルハルガルドの様に恨まれている国の巡礼者を守っているのだ。
(反対の立場だったら、私もああなるかもな)
祖国の敵が目の前にいて、それに剣を向けてはならないといわれたら、冷静沈着なヴィルムだってどうなるか分からない。
だから、エルゴン巡礼者の気持ちを理解できるが――。
「うぜぇンだよ」
ギルベルトは睨みつけた。
すると、すさまじい『覇気』が彼らを襲う。
ある者は震え、ある者は息が出来なくなり、またある者は気絶する。
エルゴンの巡礼者の周辺は、小さなパニックが起きた。
「……神の御前で、騒ぎを起こすな」
「うっせぇ、あいつらがメンチ切って来たンだ、返すのは当然だろう」
「……まぁ、この程度の『覇気』にあてられるなど、弱すぎだ」
特殊技能『覇者気質』。
目に見えない『覇気』という力を扱えるようになる能力。
弱者、あるいは自分に『畏れ』を抱いた者を圧倒し、時には心臓を止める事もできる。
ギルベルトの悪名は、きっとエルゴンにも轟いているのだろう、彼らは強がっていても『畏れ』を抱いていたので、『覇気』にあてられたのだ。
司祭がこちらを渋い顔で見ている、ヴィルムは申し訳なさそうに頭を下げた。
(あぁ……早く終わってくれ)
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君子は一人、部屋でギルベルト達の帰りを待っていた。
テーブルの上でスラりんがもぞもぞと動いて餌を探しているが、君子はソファに寝っ転がっていてそれに気が付かない。
「……ハルデに、帰る」
君子の脳味噌のほとんどを占めていたのは、凜華に言われた事。
あのあとの買い物の記憶は、ほとんどない。
頭の中でその事ばかりぐるぐると回って、胸のもやもやは溜まっていく。
「凜華ちゃん、榊原君、シャーグさん、ラナイさん、王様、パン屋のお兄さん、それに……師匠」
ハルデにいる知り合いの顔を思い浮かべてみる、確かに皆いい人達だし、大切な人達だ。
でも、マグニの皆だって大切な人達だ。
そして何より――。
「……ギル」
ギルベルトの元を離れるという事が、どういう訳か胸を締め付ける。
無理矢理マグニに連れて来られたはずなのに、いつの間にかそこでの生活が当たり前になっていた。
そう強く思い始めたのは、この間高熱を出した時に彼が言ってくれた言葉。
(――俺の為に生まれて来てくれたンだ!)
今思い出しても、胸がドキドキする。
あの時、ギルベルトは力強く君子の『生』を肯定してくれた。
君子自身が否定していた『生』を、あんな風に認めてくれた人は彼しかいない。
抱きしめられた時の息遣いも温もりも、全部はっきりと覚えている。
鮮明に思い出して君子の頬が熱をおびた。
だがそれは一時のもの、次の瞬間にはまた胸のもやもやがやって来てしまう。
「…………ギル」
思えばギルベルトはワガママで横暴だけど、いつだって優しい言葉をかけてくれた。
そばかすだらけの容姿を、そのままでいいと言ってくれた。
ファーストキスを失った時も、気にしないと言ってくれた。
(うっ……色々思い出したら、なんか恥ずかしくなって来た)
今までこんな事はなかったはずだ、一体いつからこんな風になってしまったのだろう。
(……なんで、ギルの事を考えただけで、こんな気持ちになるんだろう)
ギルベルトが笑ってくれると楽しい。
ギルベルトが喜んでくれると嬉しい。
ギルベルトと一緒にいると安らぐ。
気がついたら、君子の生活でギルベルトが占める割合は多くなっている。
(あぁ、そっか……お姉ちゃんがいた頃とおんなじなのか)
君子の傍に寄り添っていてくれた姉。
ギルベルトの存在は、彼女によく似ている。
「って……お姉ちゃんは家族だからいいけど、ギルは一緒に住んでいるとは言え他人で、しかも一国の王子様なんだよぉ! そっ、そんな風に思うなんておこがましすぎるよぉ!」
ギルベルトはイケメンでヴェルハルガルドという大国の王子。
一方君子は、モブの脇役の貧乳のそばかす、まったく釣り合っていない。
本来なら、一緒にいる事もおこがましいにもほどがある。
聞かなくたってそんな事わかる、わかるのだが――。
「……ギル、私の事どう思ってるんだろう」
どうしても気になってしまう。
今の今まで気にしなかったのに、今はギルベルトにどう思われているかが気になる。
「いっ、いや、どっどうせ……おもちゃだよね、うん分かってる」
きっと面白いおもちゃという認識に違いない。
「でも、もし……」
だが、知りたくなった。
彼はどんな風に自分を思っているのだろう、それは果たして――自分のこの胸にある気持ちと同じものなのだろうか。
この名前の分からないドキドキしてキュンキュンするこの気持ちと、一緒の気持ちなのだろうか。
君子が悩んでいると――、ドアがノックされた。
「ひょっひょううううっ! あっ……のっノックか……」
驚きのあまり飛び上がってしまった。
君子は何とか呼吸を整えると、ドアを開ける。
「は~い、誰ですかぁ……あっ凜華ちゃん!」
「ちょっとごめんね君子ちゃん!」
凜華は訳も言わずに部屋へと押し入ると、周囲を警戒しながらドアを閉めた。
様子がものすごく可笑しい。
(はっ、まさかいっ今からハルデに行くんじゃ……)
「あのね君子ちゃん……お願いがあるの」
「いっいや、わっ私はまだ――って、お願い?」
どうやらハルデに帰るという訳ではないようだ。
そもそもまだ巡礼は終わっていないのだから、帰る訳がない。
早とちりした自分が恥ずかしい、穴があったら入りたい。
「うん……じっ実はね」
聖宮には、台所がいくつもある。
ここで暮らす聖職者が多いというのも理由の一つだが、一番はここで様々な国の者が集まる場所だからだ。
そういう場所では、毒による暗殺が多い。
浄化魔法で解毒することはできるが、万が一がある。
巡礼者という肩書に守られているが、それはあくまで強い信仰心によるもの、全く暗殺の危険がないわけではないので、ヴェルハルガルドの様な多くに恨まれている国は、コックを連れて来て自前で食材を調達するのだ。
そんな数ある台所の一つに、君子と凜華の姿があった。
「えっとぉ、人参とジャガイモと玉ねぎと豚肉……それにヤマト村のお米、全部そろってますね!」
「ありがとう君子ちゃん、私ひとりじゃ何からやればいいのか分からなくて……」
「いえいえ、私も久しぶりに食べてみたかったんです!」
君子はそう言って、茶色い粉が入った瓶を見詰める。
「はぁ、料理を?」
君子の部屋を訪れた凜華は、恥ずかしそうに料理を教えてくれと言った。
しかし君子が作れるのは家庭料理だ、本格的な料理は作れないが――。
「家庭料理が良いんだ、そんな凝ったものじゃなくていいの……」
「……でも、なんで料理を?」
確かハルドラの皆の食事は、ロータスが作っていると言っていた。
凜華はちょっと恥ずかしそうに口を開く。
「……それはそのぉ、君子ちゃんのおにぎりとお味噌汁が美味しかったから、私もああいう風に作れたらいいなぁって……そう思ったの」
「なるほど……アレ、でもハルドラには和食の食材はないですよね」
「まっまぁそうなんだけど……、料理のイロハが分かればいいかなぁって」
「なるほど……じゃあ、何か定番なものでも作りますか」
とは言ったものの、君子だけでは食材はどうにもならない。
ここはベアッグに相談すると相成った。
「まぁ事情は分かった、協力するぜキーコ」
「ありがとうございますベアッグさん、よかったね凜華ちゃん」
「正し、俺が見張るってのが条件だ、ここはヴェルハルガルドの厨房、キーコの友達とはいえハルドラの連中なんだ、王子様達の食事に万が一でもあったら、コックの俺の責任になるからな」
「えっ……万が一?」
「毒を入れるって事だ」
「えっ、どっ毒う!」
物騒な言葉に、君子はとても驚いた様子だった。
「うえぇっ、凜華ちゃんはそんな事しませんよぉ!」
「分ってる分かってるけどな、責任者って言うのは万が一を考えて行動しねぇといけねぇんだよ」
ベアッグは君子の頭をぽんぽんする、肉球が気持ちいい。
「仕方ないわ君子ちゃん、私は気にしないから」
「凜華ちゃんがそう言うなら……じゃあ、食材を当たらせてもらいますね!」
二人は氷室や食材置き場を物色して、食材をあさる訳だが、ここは様々な国の様々な商人がやってくる場所、食材の種類はさながらスーパーの様。
「どうしましょう……こうなると、何を作ろうか迷いますね、凜華ちゃん何か食べたいものとか作ってみたいものとかありますか?」
「えっ……えっとぉ、かっカレーとか?」
「へっ、カレー?」
日本では定番で、よく日曜日にサザエさんを見ながら食べていたものだが、ベルカリュースに来てからは口にしていない。
それもそのはず、カレーの最も肝心なルウがないのだ。
「あっ……いやっ、無理よねカレーなんて」
「……そうですね、でももったいないですね……他の食材は全部あるのに」
流石に君子もカレールウの作り方は知らない、いくつかの香辛料を使うという事は知識としてあるが、種類や量などが分からない。
あきらめるしかないのだが、言われるとなんだか無性に食べたくなる、食べられないと言われるとあのスパイシーな味わいが恋しい。
「はぁ……、カレー食べたいなぁ」
「カレー、美味しいよねぇ……」
君子と凜華がため息をつくと――。
「カレー粉ならあるぞ」
ベアッグが衝撃の一言を告げる。
一年も異世界にいるが、カレーの『カ』の字も聞いたことない。
「えっ……なっなんでカレー粉があるんですかぁ!」
「なんでって、ドレファスではポピュラーな食い物だし、聖都でも割と食われてるぞ」
ベルカリュースの南の国であるドレファスでは、辛い物が好まれている。
だから香辛料を組み合わせて作られるカレーも発明されていたのだ。
「ほらコレがカレー粉だ」
日本では固形のカレールウだったが、ベアッグが取り出したのは粉だった。
でも匂いを嗅いでみると、間違えなくカレーの香りだ。
「すごい……カレーだ」
君子は試しにお湯に粉を溶いて食べてみる。
思ったよりも辛くない、日本の基準に合わせるなら中辛くらいだろうか。
「でもコレ、あんまりトロっとしてないね」
凜華の言う通り、カレーはさらさらとしていてスープの様だ。
「あっそうだ、確かこういうカレー粉で作る場合は、小麦粉を加えないといけないんですよ!」
君子の言う通り、日本で一般的なカレーは本場インドのものとは異なる。
イギリスが植民地にしていた際、カレーを母国へ持ち帰りソレにイギリス料理のアクセントを加えた為とろみがついた。
日本に渡って来たカレーは、このイギリスのカレー。
本場インドのカレーに近い異世界のカレーは、まず小麦粉と炒める所から始めなければならなかった。
「えっ小麦粉を炒めるの?」
「はい、小麦粉は生で食べちゃ駄目ですから……、前にベシャメルソースを作ったから要領は分かります!」
「ベっベシャメルソース?」
凜華は全く分からない様子で、首を傾げるばかり。
しかし問題は解決した、こうして今夜の御飯はカレーになったのだ。
「よしっ、じゃあ始めますか!」
エプロンを装着した君子は、まず野菜を切る所から始める。
「じゃあ凜華ちゃんは、人参の皮むきをお願いします」
「分ったわ」
とは言ったものの、ナイフで人参を剥くのは結構大変だ。
いつも分厚く剥きすぎて、結局最後には半分ぐらいの量になっている。
凜華が慎重に人参に刃を入れようすると――。
「はいピーラー」
「えっ……なっなんで!」
「私の特殊技能でつくったんです、ナイフは剥きにくいので使って下さい」
改めて日本での生活は恵まれていた事を痛感した、ここは文明の利器に頼る。
ピーラーの活躍で、野菜はあっという間に丸裸になった。
「ではまずはジャガイモを切りましょう、このジャガイモはすぐに煮崩れしちゃうので大きめに切りましょうか」
「えっ……大きめ?」
そんな事言われても料理音痴には困る。
大きめなんて曖昧な表現では全く分からない、切れと言われたのでとりあえず半分に切る。
ジャガイモを鷲掴みにして、勢いよく包丁で切ろうとしたのだが――。
「ぎゃあああっ」
「うわああああっ!」
なぜか君子とベアッグが悲鳴を上げて、凜華を止める。
切れと言われたから切ろうとしたのに、なぜ止められたのか理解できない。
「馬鹿っ! 包丁を使う時は猫の手にするんだよ、そんな抑え方じゃ指切っちまうぞ!」
「ねっ猫の手って……熊の癖にぃ」
「そういう問題じゃねぇんだよ! 料理を甘く見てるようだが、料理は危険なんだぞ、刃物は使うし火だって使うし油だって使う、ちょっとした不注意で大事故が起こるんだぞ!」
料理に命を懸けているベアッグにとって、凜華のような素人はもう恐ろしくてたまらないのだろう。
こんなに怒るベアッグは初めて見る。
「包丁を使う時は猫の手、はい復唱!」
「ほっ、包丁を使う時は、ねっ猫の手」
ベアッグの剣幕に負けて、凜華は大人しく言われたようにする。
グリズリーのコックに怒られているという画は面白くて、君子は小さく笑う。
「えへへっ、じゃあ炒めちゃいましょうか」
野菜と肉を手際よく炒めると、ブイヨンスープを加えてお手製のカレールウを投入する。
すると、懐かしいカレーの香りが広がった。
「ん~、いい匂いですねぇ」
「へぇ、コレがキーコの国のカレーか……だいぶとろみがあるな」
「はい、コレをご飯にかけるんですよ」
「御飯にぃ! へぇ~面白い喰い方するんだなぁ」
「美味しいんですよ~、楽しみにして下さい」
君子は試しに小皿にカレーを取り、味見をする。
思った通り、程よい辛さがたまらない、隠し味にコーヒーを入れた甲斐がある。
君子は十分美味しいと思ったのだが、凜華は渋い顔をしている。
「……君子ちゃん、コレもう少し辛くできるかな」
「えっ辛く? 凜華ちゃん辛党なんですか?」
「えっいや……私はこれでいいんだけど……、そのぉ……とが」
「へっ? なんですか?」
声が小さくて聞こえなかったので聞き返すと――、今度はぎりぎり聞こえるくらいの声で言った。
「……海人が辛いの好きなの」
そう言えば海人と凜華は幼馴染、家族ぐるみで付き合いがあるらしいので、互いに好き嫌いを把握していても不思議ではないのだが、年頃の男と女、勘ぐってしまうのは必然である。
「……へぇ~、榊原君の為にカレーを作りたかったんですねぇ」
「かっ海人の為ってわけじゃなくて……、あいつ私の料理まずいって言うのよ、一回驚くようなものを作りたかったの」
確かに異世界でカレーが食べられたら、吃驚するに違いない。
驚く彼の顔を想像すると、楽しみだ。
「いっそのこと思いっきり辛くして、唇腫らさせてタラコ唇にしてやろうかしら」
「あははっ、そんな風になったらイケメンもたじたじですね」
「あいつそんなもんじゃないわよぉ、デリカシーの欠片もない、最低な奴よ」
そんなこと言うが、海人はかなりのイケメンでスポーツ万能、女子からモテモテで、別のクラスの女の子も彼に夢中だった気がする。
(でも……こんな風に言えるって事は、それだけ凜華ちゃんは榊原君と仲がいいって事か)
海人も凜華の事を悪く言っているし、そういう事を言えるだけの仲なのだろう。
「あの凛華ちゃん……、さっ榊原君が自分の事をどう思ってるか、知りたい時ってある?」
「海人が?」
「うん……」
「えっ……君子ちゃん、まさか海人の事――」
「ちっ違いますぅ! 今のは例えなんですぅ!」
大事な所なので念入りに訂正する。
「……んー、長い付き合いだから、なんとなくあいつが考えてる事わかるのよねぇ」
「そっ……そうなんだ」
「でも……」
「でっでも!」
君子は凜華に近づいて、真剣なまなざしで見つめる。
「そういう時は直接本人に聞くわ」
「ちょっ……直接、本人に」
「だって聞かなくちゃ分かんないじゃない、言葉にしないと心の中の事なんて分からないでしょう?」
人の心なんて、ちゃんと言葉にしないと分らない。
それはごくごく当たり前の事で、とても難しい事だ。
「そっか……聞かなくちゃ、分かんないもんね」
「そうよ聞かなくちゃ分からないわよ……、それで誰の話なのコレ?」
「えっ……いや、たっ例えばの話ですよ~、あはっあはははっ」
君子は適当にそのように誤魔化したが、頭の中は別の事でいっぱいだった。
(聞く……、ギルに……)
言葉にしなければ、人の思いは伝わらない。
凜華の言う通りだ、知りたいなら聞くしかないのだ。
ギルベルトが自分と同じように思ってくれているか、知りたいのだから。
(ギルに……、私をどう思っているか、聞く)
考えただけで、胸が締め付けられる。
チクチク痛みも走る、一体どうしたのだろう、訳が分からない。
分からないけど――、聞きたい。
(ギル……なんて言うだろう)
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祭殿での祈りが終わったのは、西の空に夕日が沈みかけた頃だ。
マグニなら、とっくに夜になっている時間である。
そんな時間まで椅子に座らされた巡礼者達は、くたくたで腹も空かせている。
「はっ腹減ったぁ……」
「こんなに腹減ったのは久しぶりだぞ……」
「空腹で手が震えてきました……」
海人とシャーグとロータスは、今にも倒れそうなくらいフラフラの状態で、聖宮の自室へと戻っていた。
「……ていうか、ロータスこのあと飯作るの無理だろう」
「はっはい……ちょっと何か食べないと無理です」
「ラナイとリンカが、飯でも買って来てくれてればいいんだけどなぁ……」
あの二人は男三人よりも料理が下手だ、しかもそういう所は疎いから、何か食べ物を買うと言うのは、正直望みが薄い。
外に食べに行くという手もあるが、その場合露天が出ている所まで歩くことになる、もうそんな体力は残っていない。
ただ座っているだけでものすごく暇で、しかも食事を摂ってはいけないなんて、思った以上に巡礼者の仕事は大変だった。
しかもあと三日もコレをやらないといけないと思うと、死にそうだ。
「ただいまぁ~」「はらへったぁ~」「もう、だめぇ~」
三人は自室に帰ると、ソファにもたれかかった。
空腹の三人を、ラナイが出迎える。
「随分疲れてますわね」
「いや……どちらかって言うと腹減ったぁ……めっ飯は買ってくれたか?」
「買ってませんわよ」
「はぁぁぁぁっ! ラナイお前、俺達にここで飢え死にしろってのかぁ!」
「あっああ、せっせめてパンのかけらくらい……」
死にかけの三人は、もう一歩も動くことができない。
ここで飢え死にするしかない、そう思っていると――凜華がやって来た。
「お待たせ~、夕飯ですよ」
「えっ……夕飯ってお前が作った……のか?」
「まっ待ってくれ、俺達は神に祈りを捧げて来たんだぞ、それなのにそんな仕打ちはあんまりだぁ!」
泣いて嫌がる海人達を無視して、凜華はテーブルに皿を乗せる。
するとどういう訳か、いつもの酸っぱくて甘くて辛そうな匂いがしない、それどころかいい匂いがする。
海人が恐る恐る料理を見ると――。
「かっ……、カレーだ」
大好物のカレー、それも野菜がゴロゴロ入っていて御飯の上にルーを全かけした、榊原家のカレーにそっくりだった。
「おっおまっ……おまっ、こっこれ……」
「いいから食べなさいよ……」
そんな事言われなくたって食べる、空腹の海人はスプーンを掴み取ると、その究極の料理へとむさぼりつく。
香辛料が効いたルーは野菜や肉の旨味が凝縮していて、口に入れた瞬間から美味しさが全身を駆け巡る。
そのあとを追うように、ショウガや胡椒やトウガラシの辛味がやって来た。
辛くて美味い、美味くて辛い、海人のスプーンを持つ手は止まらない。
「うめぇっ! カレーうめぇぇぇっ!」
その食いっぷりはすさまじく、見ている者も気持ちいいくらいだった。
シャーグとロータスも、その食いっぷりを見てカレーを口に運ぶ。
「んっ、美味いなコレ!」
「ちょっと辛いけど美味しいです、シチューみたいなのに、ミルクは使ってないんですね」
「そうでしょう、ラナイさんも美味しいって言って、珍しくお替りしたんですよ」
「そっそれは……見た目はアレですけど、美味しかったので」
久しぶりのカレーに感動したのだが――気になることがある。
「……でも、米はマグニにしかねぇんだろう、お前どうしたんだよコレ」
「えっ……いや、それは……」
「お前、まさか盗んで――」
「違うわよ! 君子ちゃんに頼んで一緒に作ってもらったのぉ!」
それなら納得のクオリティである。
君子は料理が上手いので、きっとコレはほとんど彼女が監修したのだろう。
「一応お米代わりにこっちの小麦粉を渡したから、物々交換よ」
「……でもお前、なんでわざわざカレー作ったんだよ」
「そっそれは……一応海人も頑張ってるんだし、私も努力しないとなぁって思ったのよ!」
恥ずかしそうに凜華は言ったが、彼女の気持ちは十分伝わった。
「……このめっちゃでかいジャガイモお前が切っただろう」
「なっなんで分かったのぉ!」
「まぁ……お前の大量殺戮兵器級の料理は、何回も食わされてるからな」
「なっ何よぉ! 人が作って来たのに文句ばっかりぃ!」
正確には君子に教わりながらだが、丹精込めて作った料理にケチを付けられるのは、やはり気持ちがいい事ではない。
声を荒げた凜華に、海人は小さい笑みを浮かべて――。
「いや……コレは美味いよ、わざわざありがとな凜華」
そう素直にお礼を言った。
しかしこうも簡単に言われると、逆に張り合いがなくなって困る。
「コレはって何よぉ、いつも美味しいわよ!」
「はぁっ! 何言ってやがんだ、あんなもん豚でも食わねぇぞ!」
「ぶっ豚って、あんた人のカレー食べておきながら何よソレ!」
「お前のカレーじゃなくて、山田とお前のカレーだろぉ! ほとんど山田に教わったくせに偉そうにするんじゃねぇ!」
「なっなんですってぇ、このバカイトぉ!」
結局はいつも通りこうなってしまう。
喧嘩するほどなんとやら、シャーグ達は気にせず食事を続けるのだった。
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君子は沐浴を済ませて、自室で髪を梳かしていた。
祈祷が終わったギルベルト達は本当に疲れ果てていて、カレーを食べたあとすぐに眠ってしまった。
大切な仕事の邪魔をするわけにはいかないので、今はこの胸の気持ちをどうにか抑える。
「……無理して、聞かなくてもいいかな」
せっかくした決心が、鈍りかけていた。
ギルベルトの答えが、もし自分の思っている様なものではなかったらどうしよう。
そうでなかったら怖い――。
「聞かなくたって……、いいよねスラりん」
ベッドの上でもぞもぞ動くスラりんに声をかけるが、答えはない。
悩んでいても仕方がない、君子は伊達眼鏡を置くとベッドに横になる。
聖都は暑いのでマグニで使っているパジャマではなく、麻で作られた半袖のワンピースの様な寝間着を着ていた。
結構着心地が良いので、寝つきもよく快適だ。
「おやすみ、スラりん」
瞼を閉じて眠りにつく――のだが、窓の方から物音がした。
気になってベッドから起き上がると、ベランダにギルベルトがいた。
「ギっギル!」
驚きながら君子は窓を開けた、一体なぜベランダから来たのか尋ねようとすると――。
「(しっ、アルバートの奴に気付かれちまうだろう……)」
「(あっ……ごめん、でもどうしたの、疲れてたんでしょう?)」
「(ちょっと寝たらアレくらいどうって事ねぇ、それより行こうぜ!)」
「へっ?」
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聖宮の近くには浜辺がある。
一般地区の浜辺よりも人が少なく、深夜で人っ子一人いない、さながらプライベートビーチだ。
よく考えると浜辺に来るのは、臨海学校以来の事だった。
「わっ、冷たい!」
試しに夜の海に足を入れてみたらものすごく冷たい、たまらず浜へと戻る。
すると、雲に隠れていた月が顔を出して、二人を照らす。
今日は満月、海に反射する光のせいか、いつもよりもずっと明るくて深夜だというのに、互いの顔がよく見えた。
「キーコっ、お前眼鏡は!」
「えっ……あっ、急いで出て来たから忘れちゃった」
アルバートに視力を治してもらったので眼鏡は必要ない、だからうっかり忘れてしまった。
「特殊技能でつくるよ、すぐだから」
『設計者』で眼鏡を作ろうと、手のひらを合わせるが――それをギルベルトが止める。
「いや……今はそのままでいい」
髪も結わず寝間着のまま出て来たので、いつもとは違う。
たれ目の君子の手を握ると、そのまま歩き出す。
少し歩くのが早く、君子はギルベルトの後ろについてしまったので、彼の頬がほんのり赤くなっていることに気が付かなかった。
桟橋まで歩いた二人は、腰を下ろして海を見た。
聖都巡礼は必ず誰かしら傍にいたので、ギルベルトと二人きりになる事がなかった。
今なら聞けるのだが、いざ聞こうと思うと喉の奥でつっかえて、言葉が出ない。
君子がそんな風にのろのろとしていると、ギルベルトが抱きしめてきた。
いつも通り膝の上に乗せると、うなじに頬を摺り寄せる。
「ぎっギル……くすぐったいよ」
「……んっ」
ギルベルトはくすぐったがる君子の匂いを嗅ぎ始める。
「あっ……やっやっぱり臭い?」
「……あ?」
「今日香水屋さんにアンネさん達と行ったんだ、あっでもつけてないよギルが嫌いだから、でも……香水の匂い、ついちゃったかな」
君子は自分の体の香りを嗅ぎ始める。
沐浴をしたのだから、香水の香りなんて取れるに決まっているのだが、そんな事も気付けないくらい、気にしているのだろう。
だがギルベルトは、自分が嫌いな香水の香りを気にしている事が、嬉しい。
自分の事を思ってくれているのが愛おしくてたまらない。
「……臭くない、キーコの匂いだ」
ギルベルトは君子をもっと抱きしめた。
力強く抱きしめられてギルベルトのぬくもりも鼓動もよく感じる、それが君子にちょっとだけ勇気をくれる。
君子はギルベルトの膝の上で反転して、顔を見合わせる。
ちゃんと視線が合うようにしてから、口を開いた。
「あのねギル……ちょっと話があるの」
「……おっおう、なんだよキーコ」
真剣な顔をする君子に、ギルベルトはちょっと戸惑う。
こんな風にかしこまって話すのは、初めてだ。
「……あの、えっと……前に私の家族の話、したよね」
「あっ……ああ」
「私にとってお姉ちゃんはすごく大切で、お姉ちゃんが私の人生の中心で、お姉ちゃんさえいれば全部うまくいったの」
父も母もいないも同然だった君子にとって、姉は特別な存在だ。
「お姉ちゃんが私のせいで死んじゃって、そこからはずっと一人で寂しかったし悲しかった」
「キーコ……」
「でもこっちの世界に来てから……ううん、ギルに逢ってから毎日すごく楽しいよ」
マグニでの日々は騒がしくて、寂しがる時なんて一瞬もないくらい毎日が楽しい。
「俺と……逢って、楽しい?」
突然そんなこと言われて、ギルベルトは嬉しさと恥ずかしさが混じって口元がにやける。
こんな顔を見て欲しくなくて、顔を背けようとしたのだが――。
「こっちを見て……ちゃんと話したいの」
「……うっ」
ギルベルトはにやける口元と格闘しながら、君子をまっすぐ見る。
何ヵ月か前の満月の日、ネグリジェを着ていた彼女がすごく可愛かった。
今はあの時と同じで、顔を見るのも恥ずかしくて、愛おしくて、ギルベルトの方がどうにかなってしまいそうだ。
「……私ギルに存在を肯定してもらった時とっても嬉しかったの……他にそんな事言ってくれた人はいない……、だから、その、ね……」
君子は頬を赤く染めて、言葉を選びながらその続きを言った。
「私の中で、ギルは特別なの」
大切で、人生の中心で、その人がいれば全部上手く行く。
君子の中でギルベルトは、姉と同じくらい特別な人になった。
「俺が、特別……」
「うん……、特別だからその……ギルの傍に私がいてもいい、かな……」
自分がモブの脇役で貧乳のそばかすなのは十分わかっている。
それでも、近くにいてもいいだろうか、やっぱりおこがましいだろうか。
ギルベルトが十分すぎる間を置いてから――。
「おう……」
いつも通り短くて、そっけない。
でもそれは否定ではなくて肯定だというのは、十分わかった。
恥ずかしくて嬉しくて、体中の血液が沸騰するくらい熱い。
「…………もう、帰ろう」
ギルベルトは膝に乗せていた君子を下ろすと、立ち上がった。
「あっ、待って!」
君子はギルベルトの手を掴む。
この時君子は、自分の体温が高くなっているから気が付かなかった、ギルベルトも同じように恥ずかしさと嬉しさから、熱を帯びていることに――。
「まだ……話、終わってない」
そうだ、話の本題はこれからなのだ。
君子は小さく息を吸うと、一番聞きたいことを尋ねる。
「ギルは……私の事、どう思ってる?」
君子はギルベルトの事を特別だと思っている。
でもギルベルトはどう思っているのだろう。
彼の特別になろうなんておこがましいのは分かっている、でももし同じだったら。
君子と同じように、胸がドキドキしてキュンキュンしていたら、だとしたら――すごく、嬉しい。
「……おっ俺は……」
なぜ突然君子はそんな事を聞くのだ。
そんな事聞かれたら、可愛くて愛おしくてたまらないじゃないか。
しかも、愛くるしいたれ目で上目遣いまでしてくる。
そんな事されたら――ずっと抑えていたものが、暴れだしてしまう。
無理矢理キスをされたら泣くから、ずっとなんとか抑えつけていたのに――ずっと触れたり抱っこしたりする以上の事は我慢していたのに。
もう抑えられない――。
ギルベルトは湧き上がる欲望のままに、自分の全部を君子へぶつける。
「キィ――」
しかしその瞬間、ギルベルトは吹っ飛んだ。
桟橋から落ち、海へ転落したギルベルトは大きな飛沫を上げた。
彼が海に落ちた事を理解するのに、君子は時間がかかった。
「……このバカベルト、キーコと二人っきりで何をしているのだ」
それは額に青筋を浮かべるアルバートだった。
彼がギルベルトを桟橋から蹴り落したのだ。
「ぶはっ、こっこのクソバート! てめぇなンでここにいやがンだ!」
「キーコに添い寝をしようと部屋に忍び込んだらいなかったので不審に思っていたら、貴様とキーコの匂いが風上からしたのだ」
匂いには十分気を配っていたのだが、話に夢中で風の方向が変わったことに気が付かなかった。
「ぎっギル、大丈夫? 登れないなら手を貸すよ」
君子が桟橋から身を乗り出して、ギルベルトに手を差し伸べるのだが――彼は前かがみになっているだけでその手をなぜか掴まない。
「どうしたのギル? 怪我でもしたの?」
「いっ……いや、そうじゃねーンだけどぉ……」
ならどうして上がってこないのだろう、君子が不思議そうに首を傾げると、アルバートがまるで汚物でも見る様な目で見下す。
「ふんっこのクズめ、自分の欲くらい自分でどうにかしろ」
アルバートは、ギルベルトから君子へと視線を移すと、彼女の頭を撫でる。
「全く、無自覚の色仕掛けは恐ろしいな」
「へっ、色仕掛け?」
眼鏡とおさげではない、たれ目で愛らしい君子は首を傾げて全くその自覚がない。
「キーコ、部屋に戻ろう」
「でも、ギルがまだ」
「奴は下半身の処理で忙しい、放っておけ」
放っておくのも優しさだと言って、アルバートは君子の手を引いて歩き出す。
「……ギル」
結局答えは聞けなかった。
でもギルベルトは一緒にいてもいいと言ってくれた。
それがすごく、嬉しい。
君子は小さな笑みを浮かべながら、ドキドキしている胸をおさえた。
ギルベルトは、アルバートが君子を連れて行くのを見ていた。
いや、正確には追えなかったのだ。
だがアルバートが邪魔をしなかったら、君子をきっと――。
「…………」
このままではいけないと、なんとかこの欲望を鎮めようとするのだが――脳裏に浮かぶのはたれ目で愛らしい君子の事ばかり。
「…………可愛すぎるだろうぅ、畜生めぇ」
むしろ余計に暴走が止まらない。
ギルベルトが陸に上がれたのは、それからしばらく経ってからの事だった。
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ギルベルトと君子の距離が縮んでいたその頃。
全く別の場所で、二人の運命を揺るがす出来事が、ゆっくりと動き出そうとしていた。
某所。
薄暗い部屋、ロウソクの灯だけが唯一の明かりで、部屋のほとんどが闇に包まれている。
そんな部屋で、一人の男の声が響く。
「……戻ったか」
安楽椅子に腰かけているのがかろうじて灯りで分かるが、その他は男だという事しか分からない。
「うわー、やっぱり分かっちゃうんですねー、すっごく気配消して来たのに」
別の男の声が、闇の中からした。
安楽椅子の男よりも、ずっとひょうきんで緊張感がない。
「なんでわかるかなぁ、一回くらい膝カックンとかしてみたいのになー」
「……馬鹿話はそのくらいにしろ」
安楽椅子の男は、静かな口調で続けた。
「リュマ・ロッペ」
ロウソクの灯りの下にやって来た男の顔は、間違えなくハルドラの砦にいた青年リュマ。
「……はーい、申し訳ありませんでしたご主人様」
リュマは大げさな笑顔で答える、しかしその笑みはハルドラの砦で見せたものとは違い、どこか怖い。
「リュマ、早速だが仕事だ」
「えー、ハルドラに行ってこっそり諜報活動して来たのに、また仕事ですかーちょっと勘弁して下さいよー」
主人だと言うのに、リュマはまるで友達にでも話しかける様なフレンドリーさだ。
「ホント……、ハルドラの人間共を全員殺したくて仕方がなかったんだから」
彼の顔に、人懐っこさもお人好しさもない、あるのはただひたすらに邪悪――。
「……あっ、特にあの能天気な勇者達は最悪でしたよー」
「…………リュマ」
「はいはーいごめんなさい、ちゃんと仕事しますよぉ、許して下さいってば」
「聖都巡礼、そろそろ頃合いだ……例の計画を実行に移す」
「うわーお、本当にやるんですねーでもいいんですか? あそこには各国の代表がいるんですよー」
「…………構うものか、今更なんだというのだ」
「そうですよねー、今更ですよねー」
リュマは嘘くさい笑みを浮かべると主に一礼して、歩き出した。
「忍ばせている『蝙蝠』に連絡とりますねー、内側から裏切られるなんて、最高に楽しいですねーあはははっ」
明るい笑い声と共に、リュマは闇の中へと消えていった。
安楽椅子の男は、ロウソクの火を見下ろすと、静かだが燃え上がるような怒りを込めて言った。
「……必ず殺してやる、ギルベルト=ヴィンツェンツ」




