第五九話 仲良くなってくれると
海人達は、聖宮の中庭にいた。
噴水の前で、これからについて話し合っていたのだ。
「くそっ目の前にあいつが、ギルベルト=ヴィンツェンツがいたのに!」
憎き仇が目の前にいたと言うのに、海人は何も出来なかった。
ヴェルハルガルドに行かずとも、彼を倒す千載一遇のチャンスだったのに。
「君子ちゃんもいたのに……、何も出来なかった」
「……カイト、リンカ、仕方がない巡礼者を襲う事は出来ない、俺達はハルドラの代表としてここにいるんだ、国を背負っているんだ下手な事は出来ない」
ここでの海人達の行動は、全てハルドラの評価に繋がるのだ。
だから勝手な行動は出来ないし、それが国家間の争いに発展する事ならば、尚更である。
「でもっ君子ちゃん、あいつの刻印で縛られてたんですよ……、物みたいに自分の名前を書くなんて、絶対に許せない!」
海人に負けず凛華も怒っていた、大切な友達に酷い扱いをしているのが嫌なのだろう。
「あの……、あの人はお二人の知り合いなんですか?」
「ああ、ロータスは知らなかったな……、二人と一緒にこの世界に来た異邦人だ、でも彼女だけ一年前に連れ去られてしまってな」
「そうなんですか……、それはきっと辛いだろうなぁ」
恐ろしい魔人がいる国に無理矢理連れて行かれたのだ、その怖さはゴンゾナを破壊されたロータスには痛いほどわかる。
それに海人達の知り合いとなれば、尚の事助けてあげたい。
「何とか君子ちゃんに会えないかな……」
「無理だろう、あの子は刻印で行動範囲を決められているんだ……」
「でもっ、もうこんなチャンス無いんだぜ、山田をここで助けないと!」
ギルベルトの胸には巡礼者の証があった、つまり祈祷が終わるまでの数日間はこの島にとどまると言う事。
つまりこの数日の間はまだチャンスがあると言える。
「そうよ、何とかして君子ちゃんを助けて、一緒にハルドラに帰りましょう!」
すっかりやる気の海人と凛華はもう止められないだろう。
この一〇カ月、これだけを目標にして来たのだ。
「……分かった」
「シャーグ……」
「ラナイ、カイトとリンカはずっとあの子を助けたいって言ってたんだ、紅の魔人は倒せなくても、せめてあの子だけは助けてやろう……、あの子はハルデに置いていかれたから連れ去られたんだ」
「……それは」
一年前はそれでいいと思っていたのだが、凛華の言葉を聞き入れて連れて行けば、攫われる事は無かったはずだ。
チリシェンまで逃げて来た時君子はとてもボロボロで、ラナイはその時の事を深く後悔していた。
「……分かりましたわ、彼女を助ける努力をしましょう」
「やった、ラナイさんありがとう!」
「奴らも国の代表として来ているなら、この聖宮のどこかにいるはずだ、まず部屋を探すべきだろう」
しかしここは宮と言われるだけあって、とても広い。
外に比べればマシだろうが沢山の人々が宿泊している、見つけるのは簡単ではない。
どうやって効率よく探すべきか、皆で話し合いを始める。
きっと部屋をさがし出し、君子を救おう、そう皆心に誓った時――。
「ひっ久しぶり……凛華ちゃん、榊原君」
突然、懐かしい声に名前を呼ばれた。
あまりにも彼女の事を考えすぎていたので、幻聴が聞こえたのかと思った。
体は自然と声が聞こえた方を向く――。
そこには、君子がいた。
これから探そうとしていた人物が自分から現れて、しかも声をかけて来たのだから、驚かずにはいられない。
君子はちょっとぎこちなく、こちらに近づいてくる。
なんでここにいるのか訳が解らないが、体は自然と動いた。
「君子ちゃん!」
凛華はすぐさま駈け出して、君子を抱きしめた。
ちゃんと実体がある、幻覚などではない。
「ひょっ、ひょふっ!」
ソレにちゃんと奇声も上げた、間違いなく本人だ。
「君子ちゃん、君子ちゃんっ……良かった、無事で本当に良かった……」
「凛華ちゃん……」
凛華は、君子を抱きしめて涙を浮かべていた。
彼女はずっと君子を心配していたのだから、無理もないだろう。
「山田、お前どうして……あっ」
刻印で行動範囲を決められている君子が、突然やって来て驚いたが、彼女に遅れてやって来たヴィルムとアンネを見て、顔が強張る。
「お前等……、あの時の」
一〇ヵ月前の敗北が、脳裏に蘇る。
憎い魔人を前にして、海人達は身構えた。
「……キーコ、勝手に行くなとさっき言ったばかりでしょう」
「あっ、ごめんなさいヴィルムさん」
ヴィルムは海人達に氷の様に冷たくて、ナイフの様に鋭い視線を向ける。
その眼から伝わってくるのは、明らかに牽制であった。
「あ~、キーコ大変っ!」
アンネは大きな声を上げると、君子の両肩を掴んで引き寄せた。
その拍子に、抱き着いていた凛華は引き離されてしまう。
「お洋服しわになってるわよ、ヘンな跡にでもなったら大変!」
アンネは別に何ともないセーラー服を正して、凛華を睨みつける。
五人は完全に理解した、ヴィルムとアンネは監視なのだ、君子はまだギルベルトから自由になったわけではないのだ。
「お前ら……、今度という今度は許さねぇぞ!」
君子を攫った事、ゴンゾナを滅ぼした事、そしてチリシェンの一件の事、全てひっくるめて雪辱を晴らしてやる。
「あれ、皆さん知り合いなんですか?」
ヴェルハルガルドとハルドラ、他国の者同士なのに面識がある事に、君子が疑問を持ってヴィルムに尋ねた。
「さあ、知らない人達ですよ」
「んなっ!」
平然と答えたヴィルム、彼は海人達をまるで相手にしていない。
「なんだとぉ、チリシェンの事忘れたとは言わせねぇぞ!」
「そうよ、よくも君子ちゃんの耳を――っ」
「へっ……耳?」
突然自分の話題が出てきて、君子は首を傾げた。
その時海人達の眼には、全く欠損していない右耳が飛び込んで来た。
「そっ……そんな、馬鹿な」
「なっ、なぜ耳が」
シャーグもラナイも、ありえない現象に驚き戸惑っている。
ベルカリュースの魔法では、一度欠損した体の部位を再生させることはできない、切られた腕を繋ぎ直す事は出来ても、生やす事はできないのだ。
例え耳を繋ぎ直したとしても、君子の場合相当ひどい怪我だったので跡が残るはず、しかしそれもない。
まるで生えて来たとしか言い様がなかった。
「あっ……、もっもしかしてピアスの事ですかぁ! こっこれは別に校則違反とかでも、おしゃれアイテムで粋がってるわけでもなくてですね!」
耳と言われて、君子はてっきりピアスの事かと思ったのだが、そんなもの海人達にとってはどうでもいい事だ。
状況が呑み込めない海人達は、いったん事を整理する為に念話で話始める。
『一体どうなってるんだよ、右耳が元に戻ってる』
『分からない、だがあの時間違えなく怪我をしていた、見間違いなんかじゃない』
見れば見るほど、訳が分からない。
とにかく今は状況を見極めて、敵の罠にはまらない様にしなければならない。
念話はつないだまま、海人達は君子と会話に戻る。
「あっ、紹介してませんでしたね……、こちら私のクラスメイトの東堂寺凛華ちゃんと、榊原海人君です、それからシャーグさんとラナイさん……それとぉ、えっとぉ」
「君子ちゃんは、ロータス君とははじめてだね、私達の仲間なの」
ロータスはヴィルムを警戒しながら、君子に軽い会釈をする。
「そうなんですか……、五人パーティだと一人馬車に乗らないといけないなぁ……」
「へっ?」
勇者と言えばドラクエなので、ついそんな戯言を口走ってしまった。
君子は誤魔化す為に、話題を変える。
「あっいっいえ、なっ何でもないですよ……あっ、こちらは軍人のヴィルムさんと、メイドのアンネさんです」
とまあ自己紹介などされても、ここにいる君子以外の者達は、完全に敵同士。
握手どころか会釈もせず、睨み合いの後、皮肉合戦が始まった。
「聖なる都に来るとは随分な御身分だなぁ、此処は田舎もんの来る所じゃねぇぞ」
「そちらこそ東の辺境からここまで御苦労ですね、大変だったでしょう、道が整備されていないでしょうから」
「ご安心を、天馬と船に乗って参りましたので、オタクのトカゲとは品が違うんですの」
「あ~ら、でもワイバーンと違って天馬はどこでもすぐボロをするから、片付けが大変ですよねぇ~」
「ヴェルハルガルドの魔人が、我らが神の聖都に来るんじゃねぇ」
「我々は正式に聖章を頂いて来た、正当な巡礼者です、それに貴方がたの神ではない我々の神でもある」
「ふん、光の女神の聖なる都に、こんな汚らわしい半魔人を連れて来て、それが正式な巡礼者のやる事ですか」
ラナイは、言い返す事が出来ないアンネを見下しながら言った。
ハルドラでは、二つの種族の血が混じる半魔人は汚れの存在。
ハルドラ生まれのアンネにとって、ハルドラの人間の言葉は心を突き刺すナイフの様だ。
「混じりもの風情が、光の女神を祭る都に来るなど、身の程を知りなさい」
一言も言い返せないアンネに、ラナイは更なる言葉の攻撃を繰り出した。
これで少しは良い負かしてやったと、そう思ったのだが――。
「やめて下さい、ラナイさん」
君子がアンネを庇う様に前に出た。
「アンネさんはとっても可愛くて、お仕事も出来るメイドさんなんです、半魔人だからってそんな風に言わないで下さい」
「なっ……何を、何を言ってるの貴方は!」
ハルドラの人間であるラナイ達には、その行動は信じられない物だ。
この瞬間海人と凛華を含めた五人には、君子が全く別の生物に思えた。
「だって……アンネさんは私の親友なんです、そういう風に言って欲しく無いんです」
「しっ……親友、はっ半魔人とぉ?」
有り得ない、半魔人と友達になるなど考えられない。
驚き戸惑い言葉を失う五人の前で、アンネは嬉しそうにはにかみながら君子の手を握る。
その手を、君子は決して拒まなかった。
『いっ一体……どうなってるんだよ』
『君子ちゃんは、魔人に連れ去られて、あんなに酷い目にあわされたはずなのに、なんで笑ってられるの!』
人間至上主義であるハルドラの民である彼等には、魔人や半魔人と仲良くするという発想自体無い。
だから、これがただの友情である事を理解する事が出来なかった。
「んっ……あっ!」
バッグがやけに軽いと思ったら、スラりんが脱走していた。
芝の上でもぞもぞと、食べ物が無いかと動きまわっている。
君子にとっては愛らしい姿でも、他の者にとってそれは恐ろしいモンスターだ。
「なっよっ妖獣!」
「なんでこんなところに!」
海人と凛華は剣と杖を構えると、突然現れた妖獣へ攻撃を放とうとする。
警戒する勇者達とは違い、脇役は――。
「びゃあああああっ、すっスラり~ん!」
スライムとはいえ妖獣、害ある生き物である事は変わりない。
勇者である海人や凛華、そしてハルドラの兵士のシャーグ達も、その害獣を駆除しようとする。
「スライムなら雑魚だ、直ぐに潰せるぞ」
シャーグはスラりんを掴み上げると、自慢の握力で潰そうとする。
ぷよぷよボディは、今にも熟れたトマトの様に弾けとびそうだ。
「らっ……らめぇ、やめてくらはい……」
「えっ」
「すっスラりんは、私の大切な仲間なんですぅ……毎日ご飯あげて、面倒もしっかり見てるから、人を襲わない優しい心を持ったスライムなんですぅ、だっだからすっスラりんを潰さないでくらはい」
必死にスライムの命乞いをする君子、その姿はマグニでは定番となっていたが、これはこの世界では異常な光景なのである。
「なっ……何言ってるんだ」
「すっスラりんを潰すなら私を潰して下さい! 私はどうなっても良いので、スラりんに酷い事しないで下さい」
懸命にスライムの命乞いをする君子。
あまりにも必死に訴えるので、シャーグはスラりんを返した。
「スラりんごめんね、こわかったよねぇ」
ぷよぷよボディに頬ずりをする君子に、ハルドラの勇者一同は背筋が凍った。
半魔人のアンネを庇うと良い、邪悪な存在である妖獣を愛で、ハルドラでは悪とされる物を好んでいる様に見える。
まるで正反対の物を理解する事は出来ず、彼等はこの状況に勝手に理由づけをしてしまう。
『もしかして……、洗脳されてるんじゃないのか?』
『確かに、精神支配系の魔法をかければこれくらいの洗脳、容易いはず……』
とても難しいが、魔法で洗脳する事は出来る。
長い時間をかけて、君子に魔人や半魔人等の異種族を敵でないと認識させたのなら、この状況が腑に落ちる。
『ちょっと待ってくれ、じゃあ山田は魔人を敵じゃなくて仲間だと思ってるのか!』
『更に邪悪な妖魔が、愛らしい動物に見えているのでしょう』
『そんな……、君子ちゃんの心を、勝手に捻じ曲げたっていうの!』
誘拐して酷い暴行を加え、彼女の心まで操作するなど許せない。
海人と凛華は、腸が煮え繰り返る思いだ。
しかし、そんな彼等の気持ちなど知らない君子は、のんびりと世間話を始める。
「榊原君と凛華ちゃん、なんだかすっかり変わりましたねぇ」
二人とも制服ではなくハルドラの服を着ていて、鎧と魔法使いのローブがさまになっているせいか、完全に勇者にしか見えない。
「今も旅をしてるんですか?」
「えっ……いっ今は、ハルデでクロノさんに弟子入りしてるの」
ここは平静を装うべきと考えて、君子の世間話に話を合わせる。
「師匠っ、師匠はお元気にしてるんですか?」
「ああ、相変わらず何考えてるか分かんないけどな」
「いつもポンテ茶飲んでるわよ」
「そっか……良かったです」
君子はクロノの事を聞けて、とても嬉しそうだった。
どうやらハルデの記憶などはあるらしく、そこはほっとした。
「あっどうせなら……」
君子はそう言うと、眼鏡の位置を直して五人を見る。
一体何をしているのかと思っていると――。
「ひょっ! ふっ二人とも物凄く強くなってるじゃないですかぁ! Aランクって凄いですよぉ!」
「なっ、なぜ魔法を使ってないのにステータスが解るのですかぁ!」
ステータスを見るのはラナイの専売特許、それを取られ声を荒げる。
相変わらずのラナイの威圧感に、君子は怯えていた。
「えっ、あっあの、その特殊技能でステータスが見れる眼鏡を作ったんです」
「特殊技能で……」
ラナイは慌てて、君子のステータスを確認する。
そこには彼女が見知った物ではなく、全く知らない物があった。
「『設計者』……、なっなぁ」
ラナイも見た事が無い特殊技能。
コレは最弱の特殊技能である、『複製』が進化した物。
『複製』が進化するなど聞いた事無い、受け入れがたい事態にラナイは更に感情を爆発させてしまう。
「おっ『固有』の特殊技能が何だって言うの! 進化してもランク2では弱すぎて話しになりません、自慢するならもっと強い特殊技能を身に付けてからになさぁい!」
「ひょっひょう、ごっごめんなしゃああい」
あまりにも大きな声に、君子はすっかり怖がってしまった。
アンネに抱きついて、しょんぼりとうなだれる彼女を見て、ラナイは自分がまた酷い事をしてしまった事に気がついた。
「べっ別に自慢するつもりじゃくて……、成長した所を見て欲しかったんです」
ハルデで別れた時、ラナイはクロノの元で修業して強くなれと言った。
特殊技能の進化が、どれほど難しい事か知っているはずなのに。
「皆は凄い特殊技能を持ってるのに、やっぱり私駄目なんですね……」
「あっ……いっいえ、そうじゃなくて」
自分の特殊技能が『固有』ではないのに、凡人である君子がそんな珍しい特殊技能だったのが妬ましくて言ってしまっただけなのだ。
「大丈夫よ、キーコの特殊技能のお陰でいつも助かってるわよ!」
「気にする事はありません、貴方の特殊技能は貴方の頑張りによる物なのですから」
ヴィルムとアンネは君子を労わりながら、ラナイを睨みつける。
それは彼らだけではない、仲間であるシャーグ達からもだ。
『おいラナイ! なんであの子にあんな事言うんだ、アレじゃ余計に魔人に心許すだろう!』
『そうですよラナイさん、あんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか』
『うっ……ごっごめんなさい』
これでは、ハルデに置いて行った事を謝罪するどころではない。
完全にハルドラ側の印象が悪くなってしまった。
「所詮人間は、人の価値を外面でしか量れないのですよ」
「なんだとぉ!」
「あくまでも事実を言っただけです、人間は単純で残虐な生き物だと」
ヴィルムの言葉で、海人の怒りは最高潮に達する。
コレは剣を使わない戦いだ、言葉による戦い。
ここで言い負ければ、本当に負けたのと同じ事になってしまう。
「残虐なのはお前らの方だろう!」
こんな事言った所でどうなるか等考えていなかった。
でも敵に負けたくない、そればかりで後先なんて考えていない。
「お前ら、エルゴンに――」
侵攻しているだろう、そう言ってやろうとしたら――。
「みょんぎゃあああああああっ!」
突然の絶叫が、それを遮った。
見ると、手袋を外したヴィルムが君子の首筋に触れている。
ソレに吃驚して奇声を上げた様だが、そのせいで海人の言葉は何一つ聞こえていない。
「ちゅっ……ちゅめっ、ちめたいぃ……なっなんでぇ、ヴィっヴィルムさぁん」
「キーコ、そろそろギルベルト様の限界です、戻りますよ」
ヴィルムは君子に帰る様促している。
先ほどまで普通に会話をさせていたのに、なぜ急にやめさせようとしているのか、考えられるのはただ一つ。
『まさか……エルゴンの事山田は知らないのか?』
ヴィルムは君子にエルゴンの事を聞かせない為に、彼女に大声を上げさせて海人の言葉を聞かせない様にしたのだ。
やり方がかなり変わっているが間違えない、君子にエルゴンの事を知られるのは、ギルベルト側にとって問題があるのだろう。
『なら教えればいいのか、でも、それで何が起こるんだ?』
『分からない、でもあいつらがそうしたくないなら、何か訳があるはずなんだ!』
ようやく分かった弱み、何とかしてコレを足がかりに君子を取り戻したい。
「そうですか……じゃあしょうがないですね」
しかし肝心の君子は帰ろうとしている。
海人や凛華がいると言うのに、ギルベルトを優先しようとしている。
何とか引き留めなければ、次いつ会えるか分からない、今ここで君子に言わなければならない。
「待て山田!」
帰ろうとしている君子に、海人はギルベルトの真実を告げようとする。
彼が一体どんな事をしているか、彼がどれほど悪い奴かを――。
ヴィルムとアンネが睨んで来たが、そんな事関係無い、言ってしまえばこっちの勝ちだ。
しかし――。
「キーコっ」
突然現れた影が、君子を抱き上げる。
後ろから抱きしめられた君子がその正体を知ったのは、まるで絹糸の様に美しく長い銀色の髪を見てからだった。
「あっ……、アルバートさん?」
ここにいる訳が無い人物の姿に、君子は驚いた。
幻かと思ったが、抱き上げる手の感触が間違えなく本物だったので、本人であろう。
まるで幽霊の様に一瞬で現れたアルバートに驚いたのは、彼女だけではない、ヴィルムもアンネも、そして海人達も酷く驚いていた。
「なっ、ギルベルト=ヴィンツェンツ!」
海人はとっさに剣の柄を握り、いつでも抜ける様に警戒する。
しかしハルドラの面々に贈られたのは、冷やかな視線とどこか怒りがこもった言葉。
「……私をあんな馬鹿と見間違えるなど、無礼だぞ人間」
「なにっ!」
ギルベルトに兄がいる事を知らない海人達は、勘違いした様だ。
無理もない、二人の顔はよく似ているし、君子も最初は見間違えたのだから。
「アルバート様ぁ!」
フェルクスとルールアが、急いでこちらへとやって来た。
これでシューデンベルの面子までそろってしまった、一気に騒がしくなる。
「ヴィルム~、今日こそサイッコーのオレ様と勝負しろぉ!」
「ヴィルムさんお久しぶりです~」
最早定番になりつつある挨拶もそこそこに、ヴィルムはアルバートへとこの状況の説明を求める。
「アルバート様、一体なぜこちらに?」
「なに、あの馬鹿がキーコを連れて聖都巡礼に行ったと聞いたのでな、そんな重要な任務をあの馬鹿がやり遂げられる訳が無い事を懇切丁寧に父上に説明して、私も巡礼に加えてもらったまでの事」
「……ここまではどうやって?」
「ネフェルア魔王将殿に送って頂いた」
ヴィルムはめまいがした。
幾ら王子とはいえ、魔王将をそんな風に使うなど、かなり強引なやり方である。
ただでさえ、この聖都巡礼はかなり厄介だと言うのに、ギルベルトを押さえつけるのが困難になった気がする。
「キーコを海魔の出る危険な旅に黙っていかせられるものか、それにここは万物の創造神の御前、コレは私とキーコの将来の幸福を願う『婚前旅行』だ」
「こっ婚前って、あっアルバートさん……私、今お友達とお話をしてる所なので、ちょっちょっと離して貰えませんかねぇ……」
「……友達?」
アルバートは、目の前にいる海人達へ視線をやる。
一同を見渡すと――。
「キーコ、友人は選んだ方が良いぞ」
「なっなんですってぇ!」
「なんですかこの無礼な魔人は!」
「あっ……、ギルのお兄さんで、半魔半吸血鬼のアルバートさんです、それからその補佐官で炎の魔人のフェルクスさんとハーピーのルールアさんです」
アルバートに抱きしめられながら君子は三人を紹介する。
ギルベルトの兄の存在に、五人は驚いた様子だった。
「それでこちらが――っふぁうっ! あっアルバートさっん、みっ耳にちゅーしないで……んっ!」
「部屋を用意させてある、二人っきりで愛を語ろうじゃないか、キーコ」
耳元で囁くアルバートの声は、甘くて艶があり、大人の色香が大量に放出されている。
そんな物に当てられてしまったら、凡人である君子の頬は一瞬で真っ赤になる、しかも耳にされるキスがむずがゆくて、なんだか変な気分になって来た。
「あっアルバートさん、やっやめて……」
声が思うとおりに出ない、振りほどこうにも力が抜ける。
アルバートは更にうなじにキスをする、柔らかい唇の感触が、電流の様に全身を駆け抜けていった。
首筋にアルバートの息が当たるのさえ、むずがゆくて恥ずかしい。
白昼に人目もはばからず行われている行為に、ヴィルムは困り果てる。
「アルバート様、それ以上は――」
戯れは止めて貰おうと声をかけたのだが、遅かった。
ガラスが割れる音がするのと同時に、野獣と聞き違えるほど怒り狂った声が響き渡る。
「このクソヤロオオオオオオっ!」
それは、抜き身のグラムを振りかぶるギルベルトの声。
四階の窓からガラスを割って落っこちてくる彼の眼は、怒り狂い、振り下ろされる黒い刃は的確にアルバートを捉えていた。
「ふっ――」
アルバートは小さく笑うと、後ろへ飛んでその一撃を回避する。
目標を失ったグラムの刃は地面へと放たれ、衝撃は周囲へと拡散した。
「あぁ……」
ヴィルムは頭を抱えた。
ギルベルトなら近くには来ないだろうが、何処からかこちらの様子を見ているだろうとは思っていた。
案の定彼は、アルバートが君子にあんな事をしたから出て来たのだろう。
それも、始めっから臨戦態勢で――。
「キーコは俺の所有物だっていってンだろう、このクソバートぉ!」
「キーコが怪我でもしたらどうするつもりだ、このバカベルト」
アルバートは君子を下ろすと、腰に下げていた剣を抜く。
ここは戦闘禁止だと言うのに、二人ともそれを完全に無視している。
「ギルベルト様、ここは神を祭る場、争いは禁じられております」
「うっせぇヴィルム! このクソ野郎をぶっ殺すンだ!」
「ふん、争いが禁じられているのは国家間の話、コレは内輪の問題だ」
幾ら兄弟喧嘩とはいえども限度がある。
他の巡礼者達は、ギルベルトの初撃で驚いて逃げていってしまった。
「アルバート様ぁ、そんな馬鹿ぶっ殺しちまえ~!」
「フェルクス、あんたねぇアルバート様を止めないといけないのよぉ!」
とは言ってもAランカー同士の戦い、簡単に止められるものではない。
あっという間に、二人の戦いは激化していく。
「うおりゃあああっ!」
ギルベルトはグラムを振りかぶりながら、アルバートへと迫る。
しかしグラムの黒い刃は、アルバートの頭をすり抜けた。
「ふん、いい加減学んだらどうなんだ、貴様は」
特殊技能『絶対回避』の前では、どんな攻撃も目に見えて認識できてさえいれば、回避することができる。
真正面から突っ込むのは、避けてくれと言っている様なものだ。
アルバートは、ギルベルトに向かって剣を振るう。
「うっ――」
反射神経で避けたギルベルト。
しかし、アルバートは彼に向って右手を向けていた。
「雷霆は走り、我が敵を討ち抜く」
紫色の魔法陣が展開され、四型魔法がさく裂する。
「紫魔法『雷霆撃破』」
放たれた雷はギルベルトを討ち抜き、吹き飛ばす。
その魔法の破壊力には、ハルドラの面々も戸惑った様子だ。
「なっ……なんだあいつ!」
あんなに強いと思っていたギルベルトを、いとも容易くあしらう姿は、ギルベルトを倒すために日々精進してきた海人には、信じられない光景だった。
「あの、紅の魔人よりも強いなんて……」
唖然とする海人と凛華の隣で、ラナイが特殊技能を使う。
「なっ……オールAランカー、そんな、そんな馬鹿な!」
Bランクで将軍になれるハルドラにとって、Aランカーは上の存在。
そのAランカーの中でも、オールAランカーは格段上である。
今の海人達にとって、アルバートは雲の上の存在である。
「しかも特殊技能『絶対回避』……こんな強い者が、存在するなんて」
強さの次元がまるで違う、こんなものが存在しているなどありえない。
ギルベルトもアルバートも、先ほどから海人達の事を無視している。
まるで自分達など取るに足らない存在の様に――、それが海人には我慢できない。
「俺達を……無視しやがってぇ……」
「かっカイトさん駄目ですよぉ!」
剣を引き抜こうとしている、海人をロータスが止めるが、怒りはその程度では収まらない。
「ロータス止めるな! あいつ等、ヴェルハルガルドの魔人をぶっ倒してやる!」
「駄目ですよ、巡礼者なんですから、戦っちゃ駄目です!」
「何言ってんだよ、お前だって仲間の仇が討ちたいんだろう!」
それはギルベルトによって滅ぼされたゴンゾナの事だ。
唯一の生き残りであるロータスも、本当は仇を討ちたいに決まっている。
ずっと抑えていたのだが、海人の言葉によってその気持ちがあふれてきた。
「うっ……」
抑えていたロータス手は力を失い、海人は剣を引き抜いた。
「この魔人共ぉぉっ!」
ギルベルトとアルバートと海人。
三つ巴の一触触発の緊迫した空気が、その場に流れた。
「あっあわわっ」
君子は、目の前で行われている戦闘に慌てふためく事しかできなかった。
この二人が仲が悪いのは知っているし、殴り合うのはいつもの事、しかも加えて海人まで乱入しようとしている。
ここは万物の創造神を祭る、聖なる都。
きっと騒いではいけない場所だと思っていると――、ヴィルムが頭を抱えて、今まで見た事ないくらい大きな溜息をついていた。
(うおっ……ヴィルムさんがあんな風になるって事は、かなりこの状況はやばいんじゃ)
何とかして止めなければ、ギルベルトがこの聖都で騒ぎを起こさないようにするのが自分の仕事。
しかし三人を止める力は自分にはない、だが止めないときっと大変なことになる。
(何か……何か……せめてギルだけでも止めないとぉ……)
君子は頭を巡らせて考えるが、凡人の彼女の脳から良いアイディアなど出るわけもなく――、口から出たのは制止命令というには、あまりにもお粗末なものだった。
「あのぉ!」
腹の底から出した声は、どうにか三人の耳に届いた。
三人だけではない、この場にいたすべての者の視線が君子へと集まる。
しばらくの間を開けて、君子は声を震わせながら言う。
「もっ、もう遅いので……ゆっ、夕御飯にしません……か?」
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聖宮には、一応食堂がある。
ここで暮らす聖職者が使う事がほとんどだが、この時期はよく国同士の交流に使われる。
ベルカリュース中の国が集まるこの聖都巡礼は、同盟を結ぶのにまさにうってつけの場所なのである。
それを目的としてくる国もあるくらいなのだが――、今日この場に集まったのは到底同盟を結ぶ仲とは思えないほど、緊迫した状況の者達だった。
(……なっ、なんであんなこと言っちゃったんだろう)
君子は顔じゅうから汗を噴出させながら、そう思っていた。
部屋にいるのは、ギルベルトとヴィルムとアンネ、アルバートとフェルクスとルールア、海人と凛華とシャーグとラナイとロータス、そして君子である。
はじめは驚いていたギルベルトとアルバートだが、君子と食事ならと剣を収めてしまったので、海人も怒りを何とか飲み込んで渋々剣を収めた。
しかしヴェルハルガルドとハルドラ、敵同士の国が長テーブルで向かい合って食事をするなど、前代未聞である。
「なっ、なんでワタクシ達が、ヴェルハルガルドの魔人共と食事を摂るのですか!」
「国王陛下が聞いたら卒倒するぞ、コレは……」
「でっでも……君子ちゃんのお誘いを無視するのは……」
ハルドラの面々は困惑しており、特に海人はものすごくイライラしている。
「くそう……、あんな奴らと食事なんてありえねぇだろう!」
「そういうなカイト、キーコちゃんが止めてくれなければ、神の罰が降りかかっていたかもしれないんだぞ」
シャーグの言う通り、神に招かれた巡礼者を襲う事は、神の意志に背くこと。
もしあのまま戦闘にもつれ込んでいたら、本当に大変なことになっていたはずだ。
「シャーグさん、キーコじゃなくて君子ちゃんですぅ! 魔人達と同じ呼び方しないでください!」
「あっわっ悪いリンカ、あの子の名前言い難くて、正直キーコのほうが言い易くてな」
とは言ったものの、敵であるヴェルハルガルドの連中と食事を摂るなど考えられない。
「ほら、お待たせ」
ベアッグがたくさんの皿をもってやってきた。
皿の上には、南の島の食材を使って作られた、ベアッグ特製の夕ご飯。
南の島だけあって、普段マグニの食卓に並ばない魚をつかった料理が多い。
「なっじゅっ獣人!」
「なんだ小僧……、獣人がコックで不満か?」
ベアッグは少し眉を吊り上げたが、それ以上は何も言わず調理場へと消えた。
運ばれてきた料理は、どれも三ツ星レストランにも負けないほど、美味しそうだ。
においだけで唾液腺が刺激されるが、これは敵国の飯そんなもの食べる訳にはいかないのだが――。
「榊原君、凛華ちゃん」
「あっ……山田、ちょうどよかった」
「やっぱり私達」
一緒に食事なんてできない、そう言う前に――君子が皿を置いた。
それは、おむすびとお味噌汁だった。
日本にいた時は当たり前で、たいして思い入れなどなかった日本食。
しかし、異世界に来てからというものハルドラでは来る日も来る日も洋食ばかり、いい加減故郷の味が懐かしくてたまらなかった。
「折角なので、二人に食べてもらいたくて……」
「こっ……コレ、どうしたんだよ」
ベルカリュースにあるのは、食用に向かない原種の米だけで食べられない。
だからここにあるおにぎりが幻としか思えない。
「えっああ、マグニに日本人の異邦人の方がいて、その方が品種改良なさったんです! これはマグニのヤマト村のお米で作ったおむすびです!」
中身は、ヤマト村の梅干しと鮭である。
お味噌汁は豆腐と玉ねぎがたっぷり入っている。
「(にっ日本食、無茶苦茶食いたいけど……、けどぉ!)」
「(こっ、コレはヴェルハルガルドの米、敵の御飯なんて食べる訳には……)」
二人とも敵からの施しは受けぬと、なるべくおむすびと味噌汁を見ないようにしていたのだが、君子はそれを勘違いしてしまう。
「あっ……わっ私が握ったおむすびは食べたくなかったですか……いっ一応ラップで握ったから汚くないですよ……」
「ちっちがっ、そっそうじゃないの君子ちゃん!」
「いや、そういう訳じゃないんだ、けどぉ」
海人と凛華は互いに顔を見合わせる。
「(どっどうする、コレ魔人の国の飯なんだぞ)
「(でも、君子ちゃんがせっかく作ってくれたのよ……食べないわけにはいかないわ)」
君子がわざわざ作ってくれたのだ、食べないなんてとんでもない。
ここは怒りや憎しみをぐっとこらえて、友達のためにおむすびを口へと運ぶ。
まるで審査員に評価してもらうかのような、緊張した面持ちで君子は二人を見つめる。
「…………うっ、うう」
食べた海人は、机に顔を伏せてしまう。
まさか塩を振りすぎてしまったのではないか、梅干しが嫌いだったのではないか。
いろいろな不安が頭をよぎる。
「うっ、うめぇ……」
優しく握ったお米は空気を含んでいて、口に入れるとまるで綿菓子のようにほぐれる。
塩加減も絶妙で、梅干しの酸味がやってきた後に、のりの磯の風味が鼻孔を抜けていく。
久しぶりに食べる日本食のせいもあってか、今まで食べたおむすびの中で一番おいしく感じられた。
「ぐっ……、はっハルドラに捧げた筈の俺の心がぁ、今猛烈に揺さぶられているぅぅ」
「なっ、ちょっと貴方! カイトになんてものを食べさせるのですか!」
恐るべし日本食の効果である。
やはり誰しも故郷の味を懐かしく思うのだ。
「お味噌汁も美味しい……、このお豆腐どうしたの?」
「ああ、それは私が作ったんです」
「えっ、おっお豆腐って作れるのぉ!」
スーパーで売っているものしか知らない凛華には、手作り豆腐というのは衝撃的だ。
「えへへっ、どうぞ皆さんの分も作ってきたので食べて下さい」
どうせなら異世界の味を、ハルドラの皆にも味わってもらいたい。
初めて見る米に、シャーグとラナイとロータスも戸惑いながらも口へ運ぶ。
どうやらハルドラの人々の口にも合うようで、一口食べるとその次はすぐに食べていた。
「えへへっ……」
気に入ってもらって喜んでいると――。
「おい、キーコぉ!」
「あっ、ごっごめんギル」
テーブルの向こうで、ギルベルトがイライラしていた。
あまり放っておくと何をしでかすかわからないので、君子はギルベルトのほうへと行ってしまう。
まるで召使いのような呼び方に、海人と凛華は怒りを覚える。
しかし君子にとっては日常の事、いつも通りギルベルトの隣に座った。
「てっギルぅ、もっと上品に食べてよぉ!」
相変わらずギルベルトの食べ方は酷い、せっかくベアッグが綺麗に盛り付けたのに、コレでは台無しである。
「あ~あ、せっかく姿煮なのに、こんなにぼろぼろにしちゃ駄目だよ」
「けっ、魚は骨ばっかでめんどーなんだよぉ」
そもそもナイフとフォークの作法がなっていないのが問題なのだ。
君子は使い慣れたお箸を手にすると、ギルベルトの皿を引き寄せる。
「骨取ってあげるから、綺麗に食べてね」
煮魚の頭を取り、大きな骨や小さな骨を一本一本取り除く。
まったく知らない白身魚だが、ぷりっぷりの油の乗った身が美味しそうだ。
「はいギル、取り終わったよ」
「おっ……おう」
ギルベルトは、骨がなくなった魚を美味しそうに食べ始めた。
「キーコ、そんな奴に構うな」
「わっ、あっアルバートさん」
隣に座っていたアルバートが君子を引き寄せる。
ギルベルトとアルバートを隣同士に座らせると、いつ喧嘩が始まるかわからないので、緩衝材として君子が間に座っている。
「たまにはうるさい奴がいない、キーコと二人っきりの食事を、楽しみたいものだな」
そう言って赤ワインを嗜むアルバートは優雅だ。
吸血鬼だからなんとなく血の様に思えてしまう。
「あっ、どうぞアルバートさん」
君子は空になったグラスを見ると、デキャンタを手に取った。
アルバートがグラスを向けると、君子はワインを注ぐ。
「……ふふっ、キーコが注ぐと美味いな」
君子としては、魚の骨を取るのもワインを注ぐのも当然の行為だと思っているので、特段嫌だとは思わなかったのだが――。
「(あいつ等……、君子ちゃんを小間使いみたいに使ってぇ……)」
「(自分でやれよ、あのクソ王子共……)」
海人と凛華は、ワガママな王子二人を睨みつける。
しかし、ひとたびおむすびを口にすると、和んでしまう。
故郷の味は恐ろしい、一時的と言えこんな風に怒りと憎しみを忘れさせてしまうのだから。
「…………」
君子は食卓を眺めると、小さく笑った。
本来なら敵のはずなのに、こうやって食卓を囲めるなんて嬉しい。
「なに笑ってンだ、キーコ」
「えへへっ、なんでもないよー」
君子は微笑むと、自分もおむすびをほおばる。
ヤマト村のお米はやっぱり美味しくて、お米の香りもうま味も最高だ。
(……ギルやアルバートさんが、榊原君や凛華ちゃんと、仲良くなってくれるといいなぁ)
君子はそんな素敵な未来を思い浮かべながら、この賑やかな食卓を楽しむのだった。
こうして聖都最初の一日は、過ぎていった。
ドラクエが発売されたので、ただでさえ遅い更新がより遅くなります。
ご了承ください。




