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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
聖都動乱編
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第五八話 久しぶり……



 聖都に海人達が到着したのは、ハルデを出て十五日後の事だった。

 長い船旅で、体は疲労しているが海人も凛華もそれ以上にやる気があった。

「ここが、聖都……」

 人間至上主義であるハルドラでは考えられないほど、異種族がいる。

 それこそ憎き魔人だって、当たり前の様に歩いていた。

「こんなに異種族がいるのね……」、

「この中に、ヴェルハルガルドの魔人もいるかもしれないのか……」

 顔が険しくなる海人と凛華、いつ誰が襲ってくるのか油断は出来ない。

「大丈夫ですよ、カイト、リンカ」

「この聖章がある限り、他国の者に襲われる事はないさ」



 聖章。

 聖都から各国の代表者に送られる、巡礼者の証。

 コレを持っている者は神に招かれた者、それを襲うという事は、神への冒涜。

 聖章を持っている者を襲えば、神の罰が下ると伝えられている。



「大昔、巡礼者を襲って滅んだ国があってな、それ以来聖都が聖章を配って、巡礼者だと分かる様にしたんだ、だから聖章を持っている俺達を襲う奴はいないさ」

「これも、光の女神の御威光によるものですわ」

 なぜか得意気に言うラナイ。

 しかし実際の所、この世界の唯一の神を信仰していない者はいない。

 神を信仰している者なら、神の罰を皆恐れている。

 聖章を持っている巡礼者を襲おうという者は、皆無である。

「でも、僕達も聖章を持っている巡礼者と戦ったり襲ったりしちゃ駄目なんですよね」

 ロータスの言う通り、聖章を持っている巡礼者同士の戦闘も禁止されている。

 つまりここにいる異種族に襲われる事はないが、こちらが襲う事も出来ない。

「あぁ、でもここは神の御前だぞ、そんな無礼な事しないさ」

「そうですわ、この世で最も聖なる所なのですよ、そこで戦うなんて、この穏やかなワタクシに出来る訳ないですわ」

「どこが穏やかななんだよ……」

「なにか言いましたか、シャーグぅ」

「いっいや、なっなんでも……」

「もう、二人ともちょっと遊び過ぎだぜ! コレは大事な任務なんだ、旅行じゃないんだぞ!」

 浮かれているシャーグとラナイと違って、まだ子供の海人の方がしっかりしている。

 この聖都巡礼に、人一倍やる気を出しているのが、海人と凛華だ。

 二人の熱いまなざしに、大人の二人は反省する。

「すまないカイト、リンカ」

「ごめんなさい、初めての聖都でちょっと浮かれていましたわ」

 聖都はベルカリュースに住む民の憧れの場所、そこに来て浮かれない方が可笑しい事なのだ。

 しかし海人の言う通り、これは旅行では無く任務なのだ。

 ミスなく完璧にこなして、将軍に認めて貰わなければ、ヴェルハルガルドにいけない。

「こんな事してる間に、君子ちゃんがどんな目にあってるか……」

 魔人に攫われたクラスメイト、一〇ヵ月以上経ってしまった。

 最後にあった時は、酷い怪我をしていた。

 今も生きていると言う保証が、何一つないのだ。

「凛華大丈夫だ、この任務をやり遂げてクロノさんと将軍をぎゃふんと言わせたら、ヴェルハルガルドに行って、魔王を倒して紅の魔人から山田を取り返そうぜ!」

 海人は凛華を励ますつもりでそう言ったのだが、肝心の彼女は前を見ながらぼーっとしていて、海人の話など聞いていない。

「おい凛華、お前聞いてるのか?」

 海人はさっきよりも大きな声を出して、呼びかけた。

 何度か呼び掛けて、凛華がようやく口を開く。

「ねぇ……海人、アレ」

「あっ? なんだよ」

 凛華はそれ以上何も言わずに、なぜか前を指さした。

 意味がわからないが、海人はその指がさした方を向いた。

 真っ先に見えたのは黒髪、長い髪はお下げに結われている。

 次に見えたのは、見覚えのある服。

 一年前まで当たり前の様に見ていた、学校指定の夏のセーラー服。

 まさか、そんな事あり得ない。

 だが、凛華の口は彼女の名前を呼んだ、一年前に一緒に異世界へ来た彼女の名前を――。

「君子ちゃん!」





************************************************************




「……凛華ちゃん?」

 目の前にいるのが、一緒に異世界に来たクラスメイトだと気がつくのに、時間がかかった。

 それほど、海人と凛華は勇者らしく成長していたのだ。

 君子は、握っていた手を振りほどくと、二人の元へと向かう。

 あまりにも久しぶりの再会だったから、頭の中が二人でいっぱいになって、他の事は考えられなくなった。

「榊原君、凛華ちゃ――」

 駆け寄ったその時――、足が動かなくなった。

「うぎょおぼっ」

 まるで足だけ別の生物になった様に、一ミリも動かない。

 随分久し振りで忘れていた、君子にはギルベルトの刻印(ネーム)が書かれているのだった。

「ギっギルぅ! 刻印(ネーム)の範囲を狭めないでよぉ」

 コレでは、二人の所に行けない。

 刻印(ネーム)の範囲を広げる所か、君子の腕を掴むと強引に引き寄せる。

 ギルベルトは暴れる君子を無視して、彼女を抱き上げると俵担ぎにした。

「わっ、ギルぅ~抱っこしないでってばぁっ!」

 腕や足をばたつかせるが、相変わらずギルベルトはビクともしない。

 そしてギルベルトは、海人達の方を見ると――。

「……けっ」

 見下し嘲笑う。

 それが海人達の怒りを増幅させる。

「てめぇっ、このやろう――」

「駄目だカイト!」

 剣を抜こうとした海人を、シャーグが止めた。

 憎き敵が眼の前にいるのに、なぜ止めるのか――海人の怒りはシャーグへと向けられる。

「なにするんだよシャーグさん! あいつがあの魔人が眼の前にいるんだよぉ!」

 ゴンゾナの仇で、クラスメイトを攫った魔人。

 チリシェンで敗北した時の、あの悔しさがよみがえる。

 今、ここでギルベルトを倒せば、ゴンゾナの仇が取れて、君子を取り戻す事が出来る。

「海人、アレ!」

 凛華が指さしたのは、ギルベルトの胸。

 そこには海人達が持つ物と全く同じ、聖章が付けられていた。

 つまりギルベルトは、巡礼者という事。

 巡礼者は、例え同じ巡礼者でも襲ってはいけない。

 こんなに近くにいるのに、ギルベルトを倒せないなんて――。

 怒りに震える海人、だがギルベルトはそんなものどうでいいと言わんばかりに、背を向けて歩き出した。

「まっ、待て――」

 海人が叫んでも、ギルベルトは振り返らず、君子を担いで行ってしまう。

 それはまるで取るに足らない存在だと言っているかの様だった。





************************************************************





 ヴェルハルガルド・帝都ガルヴェス

 この時期、ガルヴェスにはひときわ忙しい場所がある。

 この国の全ての金を管理している部署、現代の財務省の様な所だ。

 各領地、各軍、各政府機関から、来年度の予算の見積もりがくる。

 これを全て確認して承認するのだが――、そのえげつない量から、気が狂う者も出る。

「だぁぁちっくしょー、どいつもこいつも好き勝手請求しやがって! 国民の血税をなんだと思ってんだよ!」

 髭をかなり伸ばし三日も風呂に入っていない、ギルベルトの兄、ロベルトである。

「仕方ねぇっスよぉ、みんな予算はたくさん欲しいんだから」

 眼の下にクマが出来ている部下が、そう答えた。

「大体この国は戦争し過ぎなんだよ、ぼかすかぼかすか戦争しやがって、剣振って槍ついて何が面白いんだよ、金かかるだけなんだよ、ジャンケンで戦えバーカ!」

 この所まともに寝る時間もないので、充血した眼をひん剥いて、酷い形相のロベルト。

 人間限界まで追い詰められると、なりふりなどかまってられなくなるのだろう。

「戦争やってるの、課長の親父っスよね……、直接言えばいいじゃねぇっスか」

「言える訳ないだろう、やっと治った胃潰瘍を再発させる気かよ」

「緊迫した親子関係っスね」

 とはいっても、仕事が大変なのは本当の話。

 好んでやっている事とはいえ、限度というものがある。

「あ~、くそ領主どもめぇ、ちょっとは遠慮しろぉ!」

 ロベルトが心から愚痴を言った時――。




「それは悪かったな、ロベルト兄様」




 そう言ったのは、ドアにもたれかかりながら、鋭い視線を送るアルバート。

「あっ、アルバートぉ! なんでここにぃ」

 ロベルトは椅子から落ちた、アルバートから少しでも離れようと、壁際に寄る。

 彼からは王子としての気品も、兄としての威厳もない。

「なに……ロベルト兄様が忙しいと思って、差し入れに来たまでの事」

「えっ……差し入れ?」

 アルバートは菓子折りが入った箱を、机に置く。

 いままで彼がそんな事をした事はなかったので、とても恐い。

「えっ、なんで……あっアルバート」

「弟が兄を気遣うのは可笑しな事ですか?」

「えっ……、マジで」

 王族最弱で、家族からも見放されていると思っていたので、アルバートの言葉が嬉しい、兄弟の温かさに触れて喜ぶロベルト。

「それで兄様に聞きたい事があるのです」

「んっなんだ? うおっクッキーだぁ」

「兄様、市井の女というのはどんなモノや、どんな事に喜ぶのですか? 是非事細かく教えていただきたい」

「えっ……市井の女?」

 アルバートが魔王になる為に、様々な女性と関係を持っているのは周知の事実、もちろんロベルトも知っている。

 しかし、そういう女性は大体地位がある人だ、庶民ではない。

 だから、なぜそんな事を知りたがるのか、意味が分からない。

「兄様は王族の中で唯一、市井の女と結婚した、市井の女の好みは熟知しているでしょう」

「ちょっと待てよ……なんでそんな事聞くんだ――って、アルバートお前ピアスどうしたんだよぉ」

 右耳のピアスが、一つなくなっている事にようやく気が付いた。

 王子のピアスは、人生の伴侶に渡す物、つまりピアスが無くなったという事は、アルバートに、妻にしたい女性が出来たという事――。

「おっお前、やっととっかえひっかえやめたのか……、んっえっ、まっまさかお前ピアスをその庶民の女に?」

 もしそうだとしたら、かなりのスキャンダルだ。

 それも国中の女性が卒倒する事件が起こるくらいの、大スクープ。

「あ~、弟達がどんどん大人になって行く、ギルベルトといいアルバートといい、皆そうやって大人になってくんだなぁ~」

「兄様……、人の話を聞いているのですか」

 ロベルトは自分の世界に入りんで、弟達の成長に感激していている。

 彼は二人が子供の頃から知っているので、自分も年を取った事を実感した。

「はぁ……ギルベルトなんて、聖都に巡礼しに行ってるし、はぁ~俺もおっさんになったよ」

「聖都巡礼っ!」

「おっおう、正式に決まってマグニの奴らと聖都に向かった……、てか、眼が怖いぞアルバート」

 聖都巡礼と聞いて、なぜか様子が変わった。

「くっ……、マグニの奴らという事はキーコも一緒か……油断した、まさか聖都に行くなど」

「へっ……きーこ?」

 一人でブツブツ言っているので、よく聞こえない。

 アルバートはしばらく独り言をつぶやくと、ロベルトに背を向けて、部屋から出て行こうとする。

「えっちょっとアルバート、お前話はいいのかよ」

「早急にどうにかしなければならない案件が出来た、兄様シューデンベルの予算は多めによろしく」

「えっ、何言って……て言うかどこにいくんだよ」

 書類の山をかいくぐって、ロベルトはアルバートの後をついていくのだが、凡人の彼にはオールAランカーの足は早い。

 追いつけない兄に、アルバートは行き先を告げる。



「父上の所だ」



「えっ……、えぇぇっ」

 ロベルトは驚いて叫ぶ、ぞの拍子に肘が書類の山にぶつかってしまい、数百枚はあろうかと言う紙が、彼へ落っこちて来た。

「うぎょふっ」

「あ~あ、課長が直して下さいよー」

 頼りなく情けない上司に、部下も呆れていた。

 書類の下敷きになった兄を無視して、アルバートは退出する。

入れ替わりに、水色の髪を短く切りそろえた男が、入って来た。

 そして、無様なロベルトをまるで氷の様に冷たい視線で見下ろす。

「……ロベルト課長、一体何を遊んでおられるのかな?」

「ヴォっ、ヴォルム部長ぉ!」

 徹夜ですっかり気力を失い、ダラダラとした空気が流れていた部屋に、良くできる上司がやって来た事によって、緊張感がもどる。

「皆忙しいだろうが君達の仕事は、この国にとってとても重要な物だ、どうか今一度頑張ってもらいたい」

 部長ヴォルムは、自分の席に着くと他の誰よりも高い書類の山に立ち向かう。

 彼が誰よりも仕事熱心である事は皆知っている。

 上司の頑張る姿を見せられると、枯れ果てたやる気が湧いて来た。

「流石部長、俺も仕事頑張るっスよ~」

「……そうだな、俺も……んっ?」

 ロベルトが頭の上に乗った書類を取った時、なぜか首を傾げた。

 しばらく書類を見て固まっている彼に、部下が声をかける。

「どうしたんスか? 早く仕事終わらせないと奥さんのいる家に帰れねぇっスよ」

「いや……これ、ハルドラを攻めてるジャロード軍の申告書なんだ」

「あぁ、あの大負けしてる所っスね、そこがどうかしたンスか?」

「いや……ここって、マグニほどじゃねぇけど、毎年赤字だったよな?」

 君子が来る前まで、ギルベルトはイライラをモノに八つ当たりしていた、その修理費でマグニの赤字は膨らんでいったのだ。

 その額に比べればどうという事はないのだが、結構な額である。

「でも、戦争で負けてるんスから、それって普通じゃねぇっスか?」

「負けてるんじゃない、ハルドラはこの一年こう着状態だ」

 請求しているのは、どれも軍備に関する事、別におかしな所は一つ無い。

 よくある請求書と変わらない、やはり気のせいだったのだろうか。

「……ハルドラ、マグニのすぐ近くだよなぁ」

 ロベルトは、ふと聖都に向かった弟の事を思い出していた。

 あの暴れん坊の事だ、きっと聖都でもなにかやらかすに違いない。

 巡礼の旅は、命にかかわる事だってある。

 金の問題はいくらでもなんとかしてやれるが、命の問題はどうにもできない。

「無事に帰って来いよ、ギルベルト」




************************************************************




 聖都・聖宮。

 ヴェルハルガルドの巡礼者に与えられたのは、この聖宮の中でもかなり豪華な部屋だ。

 部屋のランクは、献金の値段で決まる、つまりそれだけの物を積んでいるという事なのである。

高級リゾートにも負けない、素晴らしい部屋なのだが、君子は不機嫌だった。

 同じソファに座っているというのに、ギルベルトに背を向けて体育座りをする所など、徹底して不機嫌さをアピールしている。

 なぜ彼女が、こんなにも怒っているかと言うと――。

「……一年ぶりだったのにぃ、一年ぶりに会えたのに」

 そう、海人と凛華の事だ。

 刻印(ネーム)の範囲を狭めて、無理矢理引き剥がしたので、君子はギルベルトと眼を合わせないという抗議デモを敢行している。

 君子が不機嫌では、安定剤の意味がない。

 ヴィルムは呆れてため息を着くと、仕方がないので説得を試みる。

「キーコ、ヴェルハルガルドとハルドラは、戦争をしている敵国同士、いくら貴方が元々ハルドラにいたとしても、貴方はヴェルハルガルドの王子と巡礼に来ているのです、敵国と慣れ合うなど言語道断です」

 この聖都では、戦いを禁止しているとはいえ、敵国同士が鉢合わせるなどよくある事。

 そう言う場合、大体互いが互いを無視するか、何時間もただ睨みあうのだ。

 話し合いやなれ合いなど、まずありえない。

「そうよキーコ、ハルドラの連中と慣れ合っちゃだめよ!」

「なれっちゃだめ!」

「だめなれあちゃ!」

 真剣に止めるアンネに、それを真似する双子。

「でも……友達だったんだもん」

 同じ場所同じ時代から来た、数少ない異邦人。

 異世界に来て一年たっても、やはり故郷日本の事は忘れない。

 故郷を共有できるのは、一緒に異世界に来た、二人だけだ。

 最近は楽しいことばかりで、日本は恋しいと思っていなかったのだが、あまりにも突然の再会のせいで、なんだかさびしい気持ちになってきた。

「うっ……また会おうって約束してたのに……、うっふえぇ~」

「あ~、キーコぉ泣かないでぇ」

「キーコ、なかないで」

「なかないで、キーコ」

 幾ら励ましても、君子は泣き止まない。

 ぐずりだした赤ん坊並みに、手が付けられない。

「……うっ」

 ギルベルトはしばらく君子を見つめると、ちょっと嫌々ながら口を開く。

「…………少し、だけなら」

「えっ……今、なんて?」

 もごもごしていて、よく聞こえなかった。

 君子が聞き返すと、ギルベルトは大きな声で言った。

「少しだけなら、会いに行って良いって言ってンだよ!」

 そっけなく、そっぽを向いている。

 しかし、君子への優しさはしっかりと伝わって来た。

「ありがとう、ギルぅ」

 君子はギルベルトに抱きついて、喜びを伝える。

 ギルベルトは君子の頬に触れて、ぬくもりを感じる。

「…………その代わり、ヴィルムとアンネもいっしょにだぞ」

「えっ……ギルは来ないの?」

 どうせなら一緒にと言ったのだが、ギルベルトは頷いてくれなかった。

「……俺は、ここで待ってる」

「……そう、分かった」

 君子は立ち上がると、スラりんバッグを持つ。

 そして嬉しそうに、海人と凛華の元へと向かって行ってしまう。

「あっ、キーコ待って!」

 アンネは君子を追いかけていった、その後ろ姿をヴィルムは見送ると、ギルベルトへと話しかける。

「キーコに余計な里心でもついたら、いかがなさるおつもりですか?」

「……だってしょうがねぇだろう」

 ギルベルトは、まだ君子の感覚が残っている掌を見詰める。

「キーコが、泣いたり傷ついたりするのは、絶対に嫌だ」

「……ギルベルト様」

 アレほど傍若無人で直ぐ暴力振るうギルベルトが、君子の事はとても大事にしている。

「だから、キーコを早く不老不死にしねぇと……」

 この聖都巡礼をこなして、エルゴン侵攻の為の援軍を魔王帝から貰わなければならない。

 ギルベルトは、本当に君子の事を思っているのだろう。

「どこにもやらねぇ為に、ずっと一緒にいる為に」

 そう言った彼の眼には、強い決意が垣間見えた。

 君子が来てから一年、ギルベルトは変わった。

 他人の事などどうでもいいと思っていた彼が、こうやって一人の事を大切にして愛しんでいる事はとても良い事だ。

 ヴィルムも、今は心から君子が彼と共にいる事を望んでいた。

 だからこそ、この聖都巡礼を成功させなければならないと思っている。

「いいからヴィルム、おめぇも行け」

「……ギルベルト様も、一緒に行かれればよろしいのでは?」

「…………、あいつ等の前で笑ってるキーコなんて、見たくねぇ」

 本当はギルベルトの方が不安なのだろう。

 もし、君子がマグニにいたくないと、ギルベルトのそばは嫌だと言ったら、考えるだけで心臓が止まりそうなくらい怖くなる。

 でも、二人に会えないと言って泣く君子を見ているのも、嫌なのだろう。

 ギルベルトは今、そんな両極端な気持ちが混ざり合って複雑な心境なのだ。

 ヴィルムは、彼の気持ちを察すると、頭を下げて君子達を追いかけた。






(うわぁ、なんて言えばいいんだろう………)

 あまりにも時間が経ってしまったので、まず何を話せばいいのか分からなかった。

 今更ながら緊張して来た。

「キーコ、勝手に行くんじゃありません」

「あっ、ごめんなさいヴィルムさん……」

 よくよく考えると、海人達がどこにいるかなんて知らない。

 ここは島とは言え、何十万人もいるのだ、そこから特定の人を探すなんて、かなり難しい。

「皆……どこにいるんでしょう」

 当ても無く捜していると、一階についてしまった。

 そしてふと、中庭を見ると――そこには見覚えのある人達がいた。

「あっ……」

 噴水の前に五人そろっている、話をするなら今しかない。

 一体何を話せばいいのか全く決まっていなかった、でももう考えている時間など無い。

 だから、精一杯声をかけた。




「ひっ久しぶり……凛華ちゃん、榊原君」



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