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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界日常編
59/100

第五四話 皆で食べる食事

祝一年!

とりあえず、これからも出来る所まで全力疾走です!!



 シューデンベル城。

 ソルデ湖の湖畔に佇む美しい城も、初夏を迎えようとしている。

 白鳥とうたわれるこの城は、新緑の中でとても映えていて美しかった。



 


 アルバートは、朝食を摂っていた。

 広い食堂で一人黙々と、いつものように食事を食べる。

「…………」

 ファニアとメイドが横にいるが、主の邪魔をしない様に黙っているので、ほとんど一人で食事を摂っているのと変わらなかった。

「…………」

 眼の前には魚のソテーとサラダとスープ。

 いつも通りのメニューなのだが、なぜか今日は食が進まない。

「もう良い、下げよ」

 口元を拭くと、アルバートは立ち上がった。

 食後のコーヒーも飲まずに、自身の執務室へと戻る。





************************************************************





 アルバートは、王子であるが同時にシューデンベル領の領主である。

 今年度の予算を組み、国に提出するのも彼の役目。

 その他領内のインフラの整備や治安維持も仕事の内、王子でも仕事はこなさなければならない。

「……コレで良い、書類は送って置け」

「かしこまりました、アルバート様」

 メイドは丁寧にお辞儀をすると、書類を持って部屋を後にした。

 入れ違いで、ルールアがやって来る。

「アルバート様、先日の山道の整備の件ですが、予算の方が……」

「そうか……ひとまず城の金でどうにかしろ、来月の予算で埋め合わせはする」

「分かりました、それとシャベルドート伯のお嬢様が、お会いしたいと言っていらっしゃるのですが……、いかがなさいますか?」

「会わん、忙しいとでも言っておけ」

 アルバートは視線も向けずに、即答した。

 つい数ヶ月前まで、ありとあらゆる女性を部屋に呼んでいたというのに、今ではすっかりである。

 ルールアの視線は、右耳の一つになったピアスへと向かう。

「あの、やっぱりピアスはあの娘にあげたままにするんですか?」

 あの娘、とは君子の事である。

 王族のピアスは、好意の証。

 王子が好いている女性だという事を表しているのだが、アルバートと君子の間には埋めようのない格差がある。

「…………」

「あっ、すっすいません! わっ私お仕事してきま~す」

 睨まれて、ルールアは逃げる様に執務室から退出した。

 アルバートは書類へと向き合うが、直ぐに手が止まってしまう。

 気を取り直してもう一度書類と向き合うが、一行進む度になぜか手が止まる。

「……」

 アルバートは羽根ペンを置くと、椅子から立ち上がった。

 全く仕事が手に付かない、理由は自分で良く分かっている。

「…………キーコ」




 君子にプロポーズをして五ヵ月、未だその答えを貰っていない。

 今までアルバートが(魔王になる為に)言い寄った女性は、全て即答したのに――彼女は全く返事をしてくれなかった。

(……なぜだ、私が好きだと言えば喜ばない女はいなかったのに……)

 銀髪ロン毛イケメンであるアルバートの完璧な容姿は、いかなる女性も虜にするし、彼は王子の中でも将来魔王将になる事が有望視されているほどの逸材、容姿も力も権力も全てそろっている彼の言葉を、無視する者などいなかった。

 だから、その甘いマスクを使って、自身が上へ行くために沢山の女性と関係を持った、経験には自信があるし、女性が何をされれば喜ぶかというのも熟知しているのに――、君子だけはなぜか分からない。

(……なぜ返事をくれない、金も権力も地位も名誉も、私にはある……、どんな女でも私に言葉をかけられただけで喜んだというのに)

 すれ違った時に会釈をしただけで、失神する者もいたのだ。

 プロポーズなどされたら、嬉しくて死んでしまう者もいるだろう。

 それなのに、君子は返事をくれない。

 思い当たる節があると言えば――。

(……キス、の事だろうか?)

 あの時、半ば無理矢理キスをした。

 しかし、アルバートにキスをされて喜ばない女などいなかったし、君子だって喜ぶと思ったのに――彼女は泣いてしまった。

 更に得体のしれない人形を造り出して、アルバートの命を狙って来たのだ。

(…………キスをして嫌われる事があるのか)

 てっきり喜ばれる物かと思ったのだが、自分の行動の浅はかさを痛感した。

 彼女に嫌われているのならば、好かれる努力をしなければならない。

 関係を修復するに一番なのは、プレゼントである。

 女性はプレゼントに弱い、コレはアルバートが経験上得た知識だ。

 ドレスに宝石、それらをプレゼントすると、どんな女だって喜んだものなのだが――。

(……いや、キーコはプレゼントを送り返して来た)

 アレから何度か君子に、宝石やドレスや毛皮など、高価な品々を送った。

 しかしどれも返品されてしまって、受け取って貰えない。

(……私からのプレゼントは受け取りたくないのだろうか……)

 そんなに嫌われていたのだろうか、嫌われた事のないアルバートにとっては、何もかも初めての経験で、一体どうすればいいのか。

 だが君子との仲は修復したい、その為には手っ取り早くプレゼントが一番。

 送り返されるというのならば、彼女が本当に欲しがる物を贈ればいい。

(……だが、キーコは何が好きなんだ?)

 女性が欲しい物や喜ぶ物は、思いつく限り贈ったのだ、他に一体何を贈ればいいのか分からない。

 君子が喉から手が出るほど欲しい物とは、一体。

(……駄目だ解らない、女は宝石やらドレスを贈れば喜ぶモノだったのだが)

 良い物は無いかと悩んでいると、お茶の用意を持ってファニアがやって来た。

「アルバート様、お茶をお持ちいたしました」

「ああ……適当に置いて置け」

 言われた通りテーブルにコーヒーを置くと、部屋から出て行く。

 しかしアルバートは、寸前で彼女を呼び止めた。

「ファニア……一つ聞きたいのだが」

「……何でございましょう?」

「…………キーコの、好みを知っているか?」

「……あの異邦人の娘、ですか」

 ファニアはメイド長、この城の全てを把握しているので、二週間しか滞在していなかった君子の好みも知っている可能性があると思い、尋ねたのだ。

「そうですね、私が覚えている限りですと……まず絹のドレスは嫌がりました」

「……絹のドレスを」

「はい、それから香水を付けようとすると暴れ出し、化粧を施そうとすると逃げようとしました」

「…………」

「ああ、宝石を付けよう物なら死ぬとまで言いましたね」

「…………そうか」

「はい、私が思うに高価な物を拒否しているように感じました」

 高価な物を拒否するなど、普通は高価なものほど贈られれば喜ぶ物なのに、これでは余計に何を贈ればいいのか分からなくなった。

 より一層悩むアルバートを見て、ファニアは何か思い出した様に言った。

「そう言えば、花には興味を持ちましたね」

「花?」

「はい、毎日花瓶の花を眺めて喜んでおりました、時にはメイドに花の種類を聞いていたかと記憶しております」

 そう言えば、君子は花に興味がある。

 スティラを見た時もとても喜んでいたし、花ならばあるいは。

「……ファニア、庭に花がいくらか咲いていたな」

「はい、専属の庭師がそれは見事に手入れをしております」

「……今すぐ案内しろ」

「……お仕事はよろしいのですか?」

 ファニアがそう尋ねたのだが、アルバートは既に部屋を後にしていた。

 肩をすくめると、その後に続いた。






 庭には、色とりどりの花が咲いていた。

 その中には女性が喜びそうな、大輪の花を誇らしく咲かせている物もある。

 アルバートは、美しく咲いている花々を吟味し始めた。

「こちらは、香りが強く女性に喜ばれます」

「……そうか」

「こちらも、色合いが良いので女性に喜ばれます」

「…………そうか」

「こちらなどは、大きくて見栄えが良いので女性に喜ばれます」

「………………そうか」

 色々な薔薇を見せられるが、これといった物が見つからない。

 確かに種類は多いが、君子が喜ぶとは思えない。

「薔薇を、果たして喜ぶだろうか……」

 高価な物を嫌っていたのに、薔薇を受け取ってくれるだろうか。

 アルバートが悩んでいると、庭師が前を通りかかった。

 大きなカゴいっぱいに、光る何かを入れている。

「……それはなんだ?」

 庭師は三センチはあろうかという透明な星型の何かを運んでいた。

「はっはい、こちらはスティラの種で御座います」

「スティラの……」

 透明な星は、スティラの種だった。

 ガラス細工の様なソレは、光を反射してまるで星の様に光っている。

 あの夜に君子と共に見た、花の星空の様に――。

「庭のスティラは十分増えました、これ以上増えると樹に悪影響が出ますので、種はこうやって処分するのです」

 スティラはつる性植物、何本ものスティラのつるの木を束ねて、巨木を造る。

 シューデンベル城のスティラは、既に十分な大きさに育っているので、これ以上大きくする必要は無く、新しい苗は要らない。

 新たな苗が生えない様に、こうやって処分しているのだ。

「…………」

 アルバートはスティラの種をしばらく見つめると、何かを思いついた様に口を開く。

「……捨てるなら、私が貰おう」

「えっ! そっそんな、こっコレはゴミなのですよ!」

「構わん、ファニア状態の良い物をいくつか見繕って、綺麗にラッピングして置け」

「……かしこまりました」

 ファニアは、戸惑う庭師から種を半ば奪い取る様に受け取る。

「フェルクスとルールアを呼べ、これからマグニへと向かう」





************************************************************





「なーなーアルバート様ぁ、なんでマグニなんてど田舎に行くんだよぉ」

 灰色の鱗のワイバーンと、赤い鱗のワイバーンが並んで南を目指していた。

 フェルクスは明らかに嫌そうな顔をしていて、それには後ろに乗っているルールアも呆れるほどだ。

「アンタね、ちょっと顔が馬鹿正直すぎるわよ……」

「ルールア~、馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ、知らねぇのかぁ~」

「あ~もうっ分かったわよ、この馬鹿!」

 ルールアは相手をするだけ無駄と、フェルクスを完璧に無視する。

 騒がしいのは何時もの事、アルバートも特に気にする事なく、布袋に入れて来たプレゼントに触れる。

 普段アルバートが自分で荷物を持つ事は無い、だがコレだけは特別である。

 スティラの花の種を詰めた、君子へのプレゼント。

(……キーコは、気に入ってくれるだろうか)

 こんな物をプレゼントするのは初めての事で、喜んでくれるかとても不安だ。

 だが、彼女の好みを考えるとこれ以上の物が浮かばなかった。

(キーコとの関係を修復し、返事を貰わなければ……)

 今まで沢山の女性と付き合ってきたが、これほどまでに返事が気になる事は無かった。

 百戦錬磨のアルバートが、心臓の鼓動が速くなるくらい緊張するのは初めてだ。





************************************************************



 

 大昔、妖精が住んでいたという森の中に、ぽつんと取り残された様に築かれたマグニ城。

 シューデンベルと比べるのも躊躇われるほど粗末な城に、二頭のワイバーンが着陸する。

 少し伸びすぎている芝の上に降りると、アルバートは玄関へと歩いて行く。

 手入れが行き届いておらず、雑草ばかりの花壇に差し掛かった時。

「あっ、アルバートさん!」

 それは会いたかった彼女の声、アルバートは直ぐに振り返る。

「キーコ……っ!」




 しかし、そこにいたのはジャージ姿の君子だった。




 高校指定のダサい長ジャージに麦わら帽子、首にはタオルを巻いて手には草刈り用の鎌を持っている。

女子高校生と言うよりは、農作業をしているおばさんの様な恰好だ。

「――――っ」

 アルバートは、言葉を失った。

 恋い焦がれていた人との再会が、ドレスではなくジャージなのだから。

「アルバートさんお久しぶりですね、今日はどうしたんですかぁ?」

 君子が鎌を置き軍手を外しながら話しかけてくれるが、ジャージの衝撃にアルバートは完全に固まってしまった。

 すると、四階からギルベルトが飛び降りて来る。

「このクソ野郎! 何しにきやがっ――」

 怒鳴りながら訳も聞かず拳を握り、アルバートへ殴りかかるが――逆にアルバートの重い一撃を左頬に喰らう。

「――うごっ!」

 更にアルバートはギルベルトの襟首を掴んで、睨んだだけで命が奪えそうなくらい怖い目付きをしながら言う。

「おい……キーコになんて下品な服を着せているのだ、この馬鹿」

 ヴェルハルガルドでは、女性がズボンを履く習慣は無い。

 故にジャージは、とても珍妙な恰好に見えるのである。

「ちっちげー! あのダッセー服は、キーコが自分で着てンだよぉ!」

「なに……?」

 アルバートは戸惑いながら、君子の方を振り返った。

 すると彼女は頬を膨らませて、ちょっと拗ねている。

「ぶー、アルバートさんも下品って言うんですね、私の世界だと一般的な服なのにぃ」

「……うっ」

 しまったと、自らの失態を恥じた。

 君子は異世界の出身、ベルカリュースでは可笑しな事でも、元いた世界では普通の事もあるはずだ。

(ぐっ……ここに来て、また嫌われる事を……)

 彼女との関係を修復する為にここに来たのに、これではかえって逆効果である。

「早く脱げよ、そのダッセー服」

「だって花壇の手入れしてるんだよ、こっちの方が汚れてもいいし動きやすいから丁度いいんだもん」

 あまりにも荒れていたので、君子が雑草を取りのぞき、手入れをしていたのだ。

「ギルベルト様」

「アルバート様」

 城からヴィルムとアンネが、庭からフェルクスとルールアがやって来た。

「ヴィルム~、今日のオレ様はサイッコーなんだぜ! 今こそ俺と勝負しろぉ!」

「ちょっとうるさいフェルクス、ヴィルムさ~ん、お久しぶりですぅお元気でしたかぁ?」

「……貴方もお元気そうで何よりです、ルールア」

「(うおっしゃああああ、ヴィルムさんが、ヴィルムさんが私の名前を~~)」

「おいこら、きーてんのかヴィルムぅ!」

 明らかに嫌そうなヴィルムの顔を見て、苦笑いを浮かべる君子。

 そしてとある疑問を、投げかける。

「そう言えば、アルバートさんはなんの御用なんですかぁ?」

「そっそれは……」

 アルバートは手に持っていた布袋を見る、プレゼントを渡してプロポーズの答えを聞きたいのだが――。

(……今は、渡せない)

 さっきジャージの件で君子を怒らせたばかり。

 こんな状況でプレゼントを渡せるほど、アルバートの神経は太くはない。

「……この馬鹿を、殴り来た」

 だからつい、適当な事を言ってしまった。

「あンだとぉこんちく――うぼっ!」

 殴りかかって来たギルベルトにアルバートは肘鉄を喰らわせる。

「あ~、アルバート様はこのそばかすにプレ――」

 余計な事を言おうとしたフェルクスに向かって裏拳をかまして、黙らせる。

 つくづく馬鹿なフェルクスに、ルールアはため息を付く。

「こっこの野郎、用は済ンだだろー、とっとと帰れ!」

「そう言う訳にはいかないですよ、せめてお茶くらい出さないと……」

 ヴィルムはそう言うと、アンネにお茶の用意を指示する。

「う~~」

 アルバートが来て面白くないギルベルトは、君子を抱きしめようとするのだが――。

「汗臭いから駄目!」

炎天下の草むしりで汗がベトベト、女性として抱きしめて欲しくないだけなのだが、スキンシップを拒否されたギルベルトは更にふてくされる。

「私お風呂入って来ます、アルバートさんゆっくりして下さいね!」

「あっ……キー」

 君子はそう言うと、お風呂へと向かってしまった。

 引き留める訳にも行かず、アルバートは彼女の後ろ姿を見送る。

「……なんでよりによって今日来ンだよ」

「……なに?」

「けっ、茶飲ンだらとっと帰れよ!」

 ギルベルトはそう言うと、城の中へと戻って行った。






 なり行きで客間に通されてしまった。

 紅茶を出された物の、お茶をしに来たわけではない、君子に用があって来たのだ。

 だから直ぐにでも彼女の元へと行きたい。

「……それで、本当は何の御用なのですか? アルバート様」

「……なに?」

「ギルベルト様を殴り来たというのは方便でしょう」

 アルバートが、まさか弟を殴りに来る為だけにわざわざマグニに来るとは思えない。

 本当はもっと別の重要な用事があると思って、ヴィルムはそう尋ねたのだが――よもや君子に会いに来たなど言える訳がない。

 ギルベルトとは違ってヴィルムは頭が良い、適当な事を言っても誤魔化せないだろう、アルバートは紅茶を飲むフリをしてしばらく考えると――。

「……ふん、出来の悪い弟の戦況を確認しに来たにすぎぬ」

「…………なるほど、その件で御座いましたか」

 ギルベルトは兵を率いてエルゴンを侵攻している、その偵察に来たというヴィルムが納得しそうな嘘を適当についた。

 しかしアルバートが魔王になる為に様々な手段を用いているのは周知の事実、コレもその為の行動だと、勝手に思ってくれた様だ。

「……何もあまり妨害なさらなくても、アルバート様ならすぐにでも魔王になれましょう」

「…………」

「ギルベルト様は、貴方様とは違って後ろ盾も協力者もありません、それでも何とかキーコを不老不死にする為に努力しておられるのです」

 あくまでも君子を不老不死にする為に、ギルベルトはエルゴンを侵攻しているのだ、魔王になる為ではない。

 その邪魔をしないで欲しいと訴えているのだろうが、今日のアルバートはギルベルトの邪魔をする気など毛頭ない、ただ君子に会いに来ただけなのだ。

「ふん……、あの馬鹿が私の邪魔をしなければな」

 そうそれっぽく返すと、アルバートは立ち上がる。

「……アルバート様、どちらへ?」

「手洗いだ」

「んじゃ、俺も便所――」

 なぜか連れションをしようとするフェルクスに向かって、ストレートパンチを喰らわせると、ルールアに強い口調で言う。

「私が戻るまで、この馬鹿を抑えつけておけ」

「はっ……はい、アルバート様」

 アルバートは少し乱暴にドアを開けると、そのまま外へと出て行ってしまった。

「いっいでぇ……」

「馬鹿ね、なんでアルバート様とトイレ行こうとするのよぉ!」

「……本当に、馬鹿にもほどがありますよ」

 補佐官が主と共に用足しに行くなど聞いた事も無い。

 ルールアとヴィルムは、馬鹿なフェルクスを見て大きなため息をつくのだった。





************************************************************




 トイレに行くと言ったのは、部屋を抜け出す為の口実に過ぎない。

 アルバートは四階に向かっていた。

(邪魔者もいない、キーコに渡すなら、今しかない!)

 アルバートは半分吸血鬼だが、もう半分は魔人。

 父親譲りの嗅覚を利用して、君子の匂いを辿って彼女の部屋の前までやって来た。

(……プレゼントを渡すだけだというのに、なぜこんなに緊張しているのだ)

 今まで沢山の女性にプレゼントを渡してきたが、これほど緊張した事は無い。

 アルバートは布袋をしっかりと握ると、深呼吸してからドアを開けた。

「…………」

 シューデンベル城では考えられないほど簡素な部屋、しかし綺麗に片付いていて埃一つ無い。

(…………キーコの匂い)

 君子の匂いが充満している、彼女の部屋なのだから当たり前だが、久しぶりに嗅ぐ匂いは気分を高揚させる。

「…………キーコ」

 君子はまだ沐浴をしている様で、隣の部屋から水音が聞こえる。

 アルバートはテーブルの上に布袋を置く、沐浴中だというのに部屋で待つというのが無作法だというのは重々承知だ。

 しかし出来る事なら二人っきりの所で渡したい、そして答えを聞きたい。

 ふとベッドを見ると、スラりんがもぞもぞと食べ物を探して蠢いていた。

「…………」

 君子のベッドからは、彼女の匂いが強くする。

 アルバートは、花に近づく蝶の様にその香りに誘われて、つい枕へと手を伸ばす。




「――キーコ、風呂終わったかぁ!」




 しかし、その瞬間ギルベルトがドアを乱雑に開けて入って来た。

 突然のギルベルトに襲来にアルバートは驚く。

「あン……アルバート、てめぇなんでキーコの部屋にいンだ!」

「……貴様こそ、キーコに何の用だ」

「風呂上がりのキーコを抱っこしに来たに決まってんだろう!」

 そんなに偉そうに言える事では無い、プレゼントを渡したいだけだというのに、なぜこんなに邪魔が入るのだ。

「アルバート……てめぇまさか……」

 ギルベルトは疑いの眼でこちらを見つめると――。




「キーコの風呂覗きに来たなぁ!」




 堂々と、自信満々にそう言い放った。

 あまりの馬鹿さ加減に、アルバートは頭を抱える。

「けけっ残念だったなぁアルバートぉ、えっおいっあっ?」

「…………」

 なぜか勝ち誇った顔で言うギルベルト、そのムカつく顔にイライラを募らせていると。

「あれ……アルバートさん、どうしたんですかぁ?」

 制服姿の君子が風呂場から出て来た。

 バスタオルで髪の毛を拭きながら、不思議そうに首を傾げる。

「きっ……キーコ」

「けけっ、アルバートが風呂を――うごっ!」

 適当な事を言うギルベルトに、膝蹴りを喰らわせて黙らせる。

 どうやら結構な急所に入った様で、うずくまってむせかえっていた。

「へっ? お風呂がどうしたんですか?」

「いっ、いや……そうではないのだ」

 もう滅茶苦茶である、雰囲気も何もあった物では無い。

 これではプロポーズの返事を貰うどころか、プレゼントを渡すどころでもない。

(……これでは、駄目だ)

 今日はもう諦めるしかない、また出直そう。

「げほっ、ごほっ……あ?」

 ギルベルトは、テーブルの上に置いていた布袋に気が付いた。

 そして袋の中から、綺麗にラッピングされたプレゼントを、勝手に取り出す。

「……なんだぁ、コレ?」

「――――っ!」

 油断してしまった、急いでアルバートはプレゼントを取り返そうとする。

 しかし、ギルベルトはそれをかわすと、意地悪な顔をして言う。

「けけっ、なんだぁ? おめぇコレ大事なのかぁ?」

「返せ……馬鹿」

 ギルベルトはアルバートの弱みを握る事が出来た、普段上に立つ事が無いので、こうやって弱みを握れる事が、とても嬉しい。

「嫌だね、けけっ! 何が入ってンだぁ~」

 ギルベルトはリボンを解いて、箱を開ける。

 中には、スティラの種が入っているのだが――。

「あっ? なンだこのゴミぃ?」

 なぜこんなものがラッピングされているのか意味が分からず、首を傾げる。

 スティラの種ばかりに気を取られてしまって、紫色の魔法陣を展開されている事に気が付かなかった。

「それはキーコ渡す物だ、この馬鹿者!」

「うぇっ――」




「紫魔法『雷霆撃破(ライトニング)』」




 ギルベルトは雷に穿たれ、ドアを突き破り廊下の壁に激突し気絶した。

 アルバートは宙に舞った箱をキャッチする、どうやら外見も中身も特に問題は無い様だ。

「……あっ、アルバートさん」

 君子は眼を丸くして吃驚していた。

 ついカーっとなってしまった、君子の部屋でこんな事をするなど最低だ。

「……あの、それなんなんですか?」

「いっいや、コレは……違う」

「でも私に渡すって、さっき……」

 なんと言う失態、普段なら絶対にあり得ないミスに、自分自身が嫌になる。

 雰囲気もへったくれも無い、アルバートは意を決して、君子に向かい合う。

「……実は、コレをキーコに」

「……コレは」

 ギルベルトが滅茶苦茶にしたリボンを取ると、君子は中身を見る。

 今更だが、スティラの花の種で良かったのだろうか、ギルベルトの言う通りコレはベルカリュースではゴミに等しい。

 珍しくもなんともないコレを、喜んでくれるとは思えない。

 やはりこんな物では駄目に決まっている、弱気になった時――。




「ふぁ~綺麗」




 君子は、スティラの花を見た時と同じ様に、眼をキラキラさせて喜んでくれた。

「こっ……コレは?」

「……スティラの種だ」

「あっあのスラィラのですかぁ!」

 君子は星型の種を一つ持つと、光に照らして輝きを見る。

 それはあの時二人で見た、星の花の光と同じ物。

「あっ……でも、コレすっごく高価な物なんじゃ……」

「コレは……城のスティラの木からとれたものだ」

 高価な物を受け取らない君子だが、コレはプライスレス、金はかかっていない。

「えっ……ほっ本当に頂いてしまってもよろしいんですか……」

「もちろんだ、キーコに渡す為に持って来たのだ」

「あっありがとうございます、アルバートさん!」

 君子ははち切れんばかりの笑顔を浮かべると、ベッドに座ってスラりんにスティラの種を見せる。

「スラりん、綺麗だね~」

「……庭師の話だと、植えれば芽が出るそうだ」

「そうなんですか! じゃあ植えようかな……」

「他にも、インテリアとして飾ったりもするらしい」

「それも良いですね! え~どうしよう~」

 せっかくなら、あの綺麗な花を見たい。

 でもこの種も十分綺麗で、インテリアとして飾るのだってとてもいい。

 楽しそうに悩む君子を見て、アルバートは小さな微笑みを浮かべた。

(今なら……キーコに、返事を聞けるだろうか)

 機嫌も良い様に見える、プロポーズの答えを聞くなら、今しかない。

 意を決して、聞こうとしたのだが――その前に、君子が口開く。

「アルバートさん、夕飯召し上がって行きませんか?」

「……夕食を?」

「はい、お口に合うかどうか分かんないんですけど、コレのお礼をさせて下さい!」

 君子の満面の笑みを見たら何も言えず、ただ頷く事しか出来なかった。






 食堂には、アルバートが見た事のない料理が並べられていた。

「……コレは?」

「えへへっ、今日は私が作ったんですよ!」

 マグニでは、月に一回特別な夕食がある。

 君子が自ら腕を振るい、ヤマト村の食材で和食や異世界の料理を造るので、皆楽しみにしているのだ。

「キーコが……造ったのか?」

「はい、今日は唐揚げとポテトサラダに、ニラのお浸しと豚汁と……その他色々です!」

 どれもこれもヴェルハルガルドにはない料理。

 だが明らかに量が多い、まるでこれから宴でもやるくらい量と品数だ。

「えへへっ、今日は皆で食べる日なんですよ!」

 特別な夕食と言うのは、主人も使用人も上下関係も関係なく、皆で食卓を囲む事だ。

 マグニ城ではすっかり慣例となっていて、今日はまさにその日だった。

「茶飲ンだンだろう、とっとと帰れぇ! よりによってカラアゲの時に来やがってぇ!」

 楽しみにしていた唐揚げだったので、ギルベルトはいつも以上に機嫌が悪かったのだ。

 君子は彼の口を唐揚げで塞ぐ、ニンニクが良く効いていて、醤油の香りもちょうどいい、美味しい唐揚げで怒りも沈下していく。

「美味しい?」

「……うん、うめぇ」

 君子は手慣れた様子で、ギルベルトを椅子に座らせる。

「アルバートさんも座って下さい、それから皆も!」

「えっ……皆って、私達も?」

 ルールアは吃驚した様子で言った。

 アルバートの補佐官になって七〇年ほどだが、共に食事をした事は無い。

 それほど共に食事をするというのは、あり得ない事なのだ。

 戸惑っているのはルールアだけではない、ヴィルムやアンネ達もである。

「わっ私達使用人はいいわよ……、王子様達にも悪いし……」

 ギルベルトだけならまだしも、今日はアルバートもいる。

 完璧な王子として名高い彼と共に食卓を囲むなど、出来る訳がない。

「ユウ、おなかすいた~」

「ラン、おなかぺこぺこ」

「あんた達!」

 子供はあまりにも正直で困る、アンネが無理矢理双子を連れて出て行こうとすると――。

「良い、構わない」

「えっ……でも」

「アルバートさんが良いって言ってるんですから、皆で食べましょうよ!」

 君子はそう言って半ば強引に皆を座らせる。

 ギルベルトとアルバートは上座で、二人の間には緩衝材として君子が座った。

「……コレは?」

「お箸です、私の国ではコレで食べるんですよ」

 君子はそう言って、お箸を持ってお手本を見せる。

 ギルベルトは諦めてフォークで食べているが、アルバートは初めての箸も見ただけで使いこなす。

「……コレはなんだ?」

「鶏に片栗粉をまぶして油で揚げた物で、唐揚げって言います」

「……トリを?」

 ベルカリュースの鶏は匂いがきつく卵しか食べないので、アルバートは驚いた様子だ。

 初めての箸で、初めての唐揚げを口に運ぶ。

 熱々の唐揚げは、中からジューシーな肉汁が出て来て、味わった事のない旨味を感じる。

 箸が止まらず、次から次へと唐揚げ食べる。

「あの、アルバートさん……良かったらコレも食べてみて下さい」

 そう言って君子が差し出したのは、お椀に入った白い物体。

 チーズに見えなくもないがそれにしては白く、独特の香りもしない。

 アルバートが不思議がっていると、君子はねぎと鰹節と醤油をかける。

「お豆腐っていうんです、スプーンですくって食べて下さい」

「……トウフ」

 コレが何なのか説明が無いが、言われるままに口にすると――。

「…………美味い」

 唐揚げも確かに美味かったが、コレは特に口に合う。

 滑らかな食感にほんのりとした甘み、醤油の風味とねぎと鰹節の香りが良く合っていて、とても美味しい。

 食べた事のない旨味、アルバートの口から感想が漏れるほどだった。

「コレは……何で出来ているのだ」

「うっ……じっ実は、豆なんです」

「……豆?」

 アルバートも、原材料を聞いて驚いた様だ。

 彼が嫌いな豆を使って、こんな物が作れるなど衝撃的である。

「豆は嫌いでも、お豆腐ならどうかなぁ~って思って……、まだ試作中でちょっとおぼろ豆腐みたいになってますけど……」

 ヤマト村の食材とにがりを使って、試行錯誤しながら作ってようやくおぼろ豆腐くらいにはなった。

「……私の為に、コレを?」

 豆が嫌いなアルバートが、どうにか豆を好きになってくれる様にと、君子はわざわざ豆腐を作った。

 そんな面倒な事をしてまで、豆を食べさせようなんて――。

「だって……、どうせなら美味しく食べて欲しいじゃないですか」

 シューデンベル城にいた時、アルバートはステーキで口直しをして豆を食べていた。

 そんないやいや食べるのではなく、美味しく食べて欲しかったのだ。

 そんな君子の心遣いが、今はただ――嬉しい。

「ありがとう、キーコ」

「お口に合って良かったです、アルバートさん」

 料理を気に入ったのは彼だけではない。

「ヴィルム、てめぇいつもこんなうめぇもん食ってんのかぁ!」

「口からこぼれていますよフェルクス」

「カラアゲうま~い」

「ポテサラうま~い」

「あ~もう、口の周りがぐしょぐしょ、もっと上品に食べて!」

「カラアゲ足りねぇ! もっと持って来い」

 シューデンベル城ではあり得ない、賑やかな食卓。

 食事の作法もマナーもあった物では無いのだが、悪い気はしない。

「……良い物だな」

「へっ?」

 不思議そうに首を傾げる君子に、アルバートは穏やかな表情をしていた。

「……皆で食べる食事と言うのは」

 それはシューデンベル城で、君子が言った言葉。

 一人の食事よりも、皆で食べる食事の方が良い。

 この頃、どうも食事を美味いと感じられなかった理由が、ようやくわかった。

「えへへっ、皆で食べると美味しいですもんね!」

「…………ああ」

 アルバートは頷くと、豆腐を口に運ぶ。

 そして、この賑やかな食卓を楽しんだ。






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「……もう帰っちゃうんですか?」

「しょうがないわ、アルバート様は仕事があるから」

 スラりんを抱っこしながら、君子はアルバート達を見送る。

「けっ、仕事があるなンてだっせぇな、このクソ野郎!」

「この時期の領主は忙しいのよ、マグニは領主の代わりにヴィルムさんが忙しいみたいだけど」

 領主の仕事を全てヴィルムに丸投げしているので、ギルベルトは暇なだけだ。

 本来ならば彼も多忙でなければならない。

「へっ、馬鹿にアルバート様と同じ仕事なんて出来る訳ねぇ~よなぁ!」

「あンだとぉ、やンのかこンにゃろう」

 火花を散らすフェルクスとギルベルト。

 今にも殴り合いの喧嘩でもしそうな二人を見て、君子は苦笑いをする。

「キーコ……」

「あっアルバートさん、気を付けて帰って下さいね」

「…………」

「えっ……あの、アルバートさん?」

 アルバートは、真剣な表情で君子を見つめる。

 小さく深呼吸をする、女性と話す時にこんなに緊張した事は今まで無かった。

 早くなる脈をどうにか抑えながら、あの事を尋ねる。

「……返事を、聞かせてくれ」

「へっ、返事?」

 君子は一体何の事か分からない様で、きょとんとしている。

 そしてしばらくの無言の後――。




「あっ……、あの冗談の事ですかぁ!」




 冗談。

 一体いつ、ジョークを言ったというのだろう。

 君子は、唖然としているアルバートに向かって、言葉を続ける。

「もうっ駄目ですよアルバートさん、ギルに勝つ為の作戦だったのかもしれませんけど、ああやってプロポーズとかキスとかやったら!」

「……さく、せん」

 あの日、アルバートは本気のプロポーズをしたのだ。

 キスだって、彼女に惚れたからしたというのに――それを君子はギルベルトに勝つ為の作戦と勘違いしている。

「私だったから良かったものの、普通の女の人にやったら勘違いしちゃいますよ……、もう絶対にやっちゃ駄目ですよ!」

 勘違いしているのは君子の方だ。

 アルバートが生まれて初めてやった、本気のプロポーズを冗談だと思い込み、こうやって自信満々に説教をしている。

 これではまるで、律儀に返事を待っていた自分が――阿保だ。

「くっ……、くははははっ」

「えっ……あっあの?」

 突然笑い出したアルバートに、君子は吃驚する。

 アルバートはひとしきり笑うと、どこか意地悪な笑みを浮かべた。

「良く分かった……、お前が冗談だというのなら――もう我慢は止めよう」

「へっ……が、まん?」

 アルバートは君子の腰に手を回すと、そのまま自分に引き寄せた。

 あまりに突然だったので、恥ずかしくて顔を赤く染める。

「ちょっと、あっアルバートさぁん?」

「私のこの溢れんばかりの想いを、これからは全力でお前にぶつけよう」 

 君子に嫌われると思い、自分の気持ちをセーブしたのが悪かった。

 こんな中途半端なアプローチでは、君子も本気とは捉えられないだろう。

 だから今度からは――、この気持ちをストレートに伝える。

「へっ、ぶっぶつけ――――ひゃうあっ!」

 アルバートは腰に回した手で、君子のお尻に触れる。

「ちょっ、ちょっとぉ、あっアルバートさぁん、ひゅん!」

 手つきがとても慣れていて、すごくエロい。

 君子は身をよじって逃げようとするのだが、力が強くて敵わない。

「何してやがンだ、このクソ野郎っ!」

 ギルベルトがアルバートに向かって殴りかかって来る。

 しかし特殊技能(スキル)『絶対回避』によって、ギルベルトの拳はアルバートの体をすり抜けた。

「うごっ!」

 勢いよく殴りかかったので、ギルベルトは止まる事が出来ず、そのまま芝生に盛大に転んだ。

「キーコ……別れがたいが今夜はここまでだ」

「へっふぁ……」

 アルバートは君子を離すのだが――、耳元に色っぽく囁く。

「次は朝まで、その可愛い声を聞かせてくれ」

「~~~~~~っ!」

 イケメンでイケボという二重攻撃を受けた君子は、血液が沸騰するくらい体温が上がって、顔が真っ赤になった。

 意識を保つ事さえやっとの君子の頬に、アルバートはキスをする。

「ほっほひょろろろろっ!」

 頬に当たった柔らかな感触。

 この感触で、彼氏無し歴一七年の地味女子の君子の意識は大噴火を起こして、立つ事もままならず、芝の上に崩れ落ちる。

 アルバートは骨抜きになった君子を見下ろして、満足そうに笑みを浮かべた。

「また会おうキーコ」

 アルバートはどこか意地悪な笑みを浮かべるとワイバーンへ跨り、フェルクスとルールアと共に、空へと飛び立った。

「二度と来ンな、このクソ野郎~~~!」

 ギルベルトの怒号が、暗くなった空へと響き渡る。

 しかしそんな物、アルバートにとってはどうでもいい。

 ただ、君子の言葉と君子の笑顔が――彼の胸の奥を温める。

(……心地よいなぁ)

 上空の冷たい風も、この胸の熱を取る事は出来ない。

 この喜びと安らぎを消し去るのは、誰にも出来ない。




 アルバートは、どこか穏やかな笑みを浮かべながら、帰路へとついたのだった。




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