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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界日常編
55/100

第五〇話 大切な親友ですよ!



 ヴェルハルガルド マグニ領。

 ベルカリュースで二番目に大きな国家、ヴェルハルガルド。

 マグニ領はその東の端にあり、ほんの千年前まで別の国の領土だった。

 その為人間の割合が多いのも特徴的である。




************************************************************






 マグニ城。

 マグニ領の城であり、ヴェルハルガルドで最も東に位置する城。

 領地が統合されてまた日が浅く、更に領土は人が立ち入る事も難しいほど、鬱蒼とした森が広がっていて、発展が遅れ気味だ。

 故にマグニは、ヴェルハルガルドの中でも『ど田舎』なのである。


 


「ふぁ~、すっかり春だなぁ~」

 君子が異世界にやって来て、九ヶ月が経とうとしていた。

 マグニ城の庭も、すっかり春の様相となり、色とりどりの花を咲かせている。

 花が好きな地味女子の君子さん的には、この季節はとても心躍るのだ。

「キーコはお花好きよねー」

 洗顔の為に、洗面器と水差しを持って来たアンネが、窓の外を眺める君子にそう言った。

「はい、自分が不細工なので、綺麗な物に惹かれるんです」

「ちょっとぉ、キーコは不細工なんかじゃないわよぉ! すぐそうやって自分を卑下するんだからぁ!」

 直ぐに自分の事を悪く言のは、君子の悪い癖である。

 アンネは頬を膨らませてそう怒った。

「でっでも……ほっ本当の事ですし……」

「ん~~もうっ! キーコはいつもそうなんだからぁ!」

 外見以上の魅力があるのに、肝心の彼女は、それをちっとも分かっていないのだ。

 怒るアンネに恐怖して、君子は話を変える。

「あっ、こんなに天気もいいんですし、折角だからお散歩しましょう」

 花壇も綺麗だし、どうせなら朝の散歩をしたい。

 春眠なんちゃらで、ギルベルトはいつもに増して起きないので時間もある。

「キーコが言うなら……」

「じゃあ決まりですね、折角ですし花瓶に生けるお花も摘みましょう!」





************************************************************





 マグニの庭は、アンネによって管理されている。

 とは言え、他にも色々とやるべき事があるので、庭師ほど本格的に出来ないのだ。

 それにギルベルトは花に興味が無いので、手入れが行き届いていない今状態でも文句は言われない。

「ふぁ~、綺麗ですね~」

 しかし異邦人の君子にとっては、そんな中途半端な庭でも、異世界の花々が咲くこの花壇は、さながら花畑の様に見える。

「これ、綺麗な色ですねぇ……ふぁぁあっちには青いバラがあるじゃないですかぁ! すごい、すごく美しいですぅ!」

「……ただのバラじゃない、そんなに感動する?」

 日本にも青に見えるバラなら在ったが、異世界は完全に青いバラというのが当たり前に存在している。

 だから異邦人の君子のこの驚きは、アンネにはちっとも伝わらないのである。

「異世界はお花までいいんですねぇ~」

「それくらいだったら、その辺の森にも生えてるわよ」

「そっ、そうなんですかぁ!」

 異世界のお花に興味津々な君子は、もう見たくて見たくて仕方がない。

 アンネは、そんな君子の圧に負けて森に行く事にした。

 



 裏門から外へと出るのだが、君子はギルベルトの刻印(ネーム)の範囲があるので本当にすぐそこまで、お散歩感覚である。

「うわっ、みっ見て下さいアンネさん! これ水晶みたいな花ですよぉ!」

「それはルイハの花ね、花壇に生えると厄介な雑草よ」

「こんな綺麗な花が雑草なんて、勿体無いですよぉ! そうだ私の部屋に飾りましょう!」

「えぇっ雑草よぉ、もっといい花にした方が良いわよぉ!」

 見た目はまるで水晶の様だが、ごくごく普通の草。

 コレを花瓶で飾るなど考えられないのだが、君子はそれを摘んでしまう。

「いいじゃないですか~、キラキラしてて部屋が賑やかになりますよぉ~」

「だからって何も草じゃなくても……」

 アンネとしてはもっといい物を飾って欲しいのだが、君子はそんな彼女など関係なく花を摘んでいく。

 しかしその時――、どこからともなく地響きが聞こえて来た。

「なっなに?」

「ふぇっ? ふぇぇ!」

 戸惑う二人、しかし地響きはどんどん大きくなって、そして――。




 巨大なカエルが、現れた。




「まっ、大蛙(マッドフロッグ)!」

 全長四メートルはありそうな巨大な青いカエルの妖獣(ヨーマ)

 それが、あの焦点の合っているのかいまいちよく分からない眼で、こちらを見下ろす。

 本来ならもっと森の奥にいるべきなのだが――、どうやら冬眠から明けて、餌を求めてこんな所までやって来たのだろう。

「がっ……がえるぅぅぅ!」

 アマガエルなら可愛らしい物だが、こんな大きなカエルは気色悪い。

 君子はその気持ち悪さから、悲鳴を上げると――大蛙(マッドフロッグ)は口を開ける。

「キーコぉ!」

 アンネは急いで君子を押し倒した。

 次の瞬間、長い舌が彼女達の頭上を通り過ぎ、城壁の壁に激突する。

 その威力は、レンガ造りの壁に穴が開くほどで、生身で喰らったらひとたまりもない。

 アンネは急いで君子を立ち上がらせる。

「キーコ、速く逃げてぇ!」

 とにかく彼女を逃がさなければ、アンネは一人、大蛙(マッドフロッグ)に立ち向かう。

「黒魔法――『闇突(シャドウエッジ)』!」

 黒い魔法陣を展開すると、そこから闇で出来た刃が射出される。

 狙いは完璧で刃は大蛙(マッドフロッグ)の顔に着弾するのだが――、まるで無傷だった。

「なっ――」

 アンネが扱えるのは、せいぜい三型の魔法。

 これでは大蛙(マッドフロッグ)を倒す事は出来ない、しかし力で敵う訳がない。

 アンネは君子の背中を乱暴に突き飛ばすと、逃げる様に指示する。

「早く、城の中に入って!」

 城にはブルスもヴィルムもいるし、ギルベルトだっている。

 とにかく城の中に入ってしまえば、彼女を守ってくれる強い人はいる。

 大蛙(マッドフロッグ)を倒せなくても良い、とにかく――時間を稼ぐ。

「青まほ――」

 アンネは再び魔法を放とうとしたのだが――、大蛙(マッドフロッグ)はその長い脚を駆使して高く遠くへジャンプして見せた。

 その飛躍はすさまじく、アンネを飛び越え、一人走って逃げる君子の頭上へと至る。

「――えっ?」

 突然影が現れて、戸惑う君子。

 空を見上げると、自身へと落っこちてくる大蛙(マッドフロッグ)の姿が見えた。

「ぴょっぴょんぎょおおおおおおおっ!」

 カエルとはいえその大きさは四メートル。

 下敷きになれば圧死する。君子は奇声の悲鳴を上げ、ぺちゃんこになる事を覚悟した。

「キーコぉ!」

 アンネは下敷きになろうとしている、彼女の名を呼ぶ事で手一杯だった。

 ただその姿を見ている事しか出来なかった。

 しかし――。




 次の瞬間、大蛇がパクンと大蛙(マッドフロッグ)を食べてしまった。




 四メートルの巨体など関係ない。

 大蛇は、大蛙(マッドフロッグ)を喉に詰まらせそうになりながら飲み込んでいく。

「あっ……あああっ」

 はっきりと体の何処を大蛙(マッドフロッグ)が通っているかが分かる。

 君子はその一瞬の出来事に、ただ腰を抜かす事しか出来なかった。





************************************************************







「全く、城の外は危険だと言ったはずですよ」

 そう言ったのは他でもないヴィルムだ。

 この時期は特に冬眠明けの妖獣(ヨーマ)が、獲物を求めてさまよっている。

 軽率に外へ出るのは、命にかかわる行為だった。

「大蛇が冬眠から明けていたから良かったものの……全く、アンネがいながら何をやってているのですか」

「申し訳ありません……ヴィルムさん」

 深々とアンネは頭を下げた。

 君子はギルベルトにとって何よりも大切なのだ、彼女にとっても仕えるべき主人である訳で、何が何でも守らなければならない。

 危険な場所に行くのは、本来止めるべきだったのだ。

「やっ、やめて下さいヴィルムさん、私がアンネさんに行きたいって言ったんです、アンネさんは何も悪くありません!」

 君子はそうヴィルムに言うのだが、それがギルベルトに抱っこされてだと説得力がない。

「キーコは俺の傍にいればいいンだ! 遠くに行くンじゃねぇ!」

「ごっ……ごめんなさい」

 話を聞いてギルベルトはとても心配して、君子を離そうとしない。

 流石に今回は自分の行動が軽率だったと反省している。

「……近くにいれば俺が守るから、ここにいろ」

 見える範囲にさえいれば、大蛙(マッドフロッグ)などギルベルトの敵ではない。

 いや、それ以上に強い妖獣(ヨーマ)にだって、絶対に負けたりなんかしない。

 どんな敵に襲われようとも、君子だけは必ず守る、そう言いたかったのだが――。

「私はお守りをされるような子供じゃないもん!」

 君子は、子供っぽいと評されると思い込んでしまうのだった。

 これにはヴィルムも呆れてため息を付く。

 しかしその時、窓の外に蠢く黒い影が視界の隅に入った。

「……アレは」

 ヴィルムが近づいて、窓を開けると――そこには大蛇がいた。

 長い体を伸ばし、バルコニーに頭を近づけて部屋の中をのぞき込んでいたのだ。

「ひょっ――」

 君子はその姿を見て、声を上げた。

 思い出すのはマグニ城に来たばかりの時、あの大蛇に食われかけた事。

 ギルベルトにしっかりとしがみ付いて、隠れる。

「大蛇、キーコとアンネを良く助けてくれました」

 ヴィルムの激励に大蛇は深々と頭を下げる。

 しかしどこか落ち着きがなく、舌をチロチロとさせながらギルベルトの方、いや正確にはギルベルトの後ろに隠れている君子を見ていた。

「あン、おめぇまたキーコを食うつもりか!」

 ギルベルトはソファの傍に置いていたグラムを手に取る。

 それを見て、大蛇はとても動揺して声を上げた。

「ちっ違うんジャ、王子殿下ぁ!」

「うっせぇ、皮はぐっつってンだろう!」

 さぞかし立派な蛇の皮の財布がたくさん出来るだろうが、大蛇は今回君子の命を救ったのだから、その仕打ちはあんまりだ。

「ギルベルト様、あまり責めないでやって下さい……大蛇、貴方は何の用なのですか?」

「実は……、謝りに来たんですジャ」

 謝る、と聞いて首を傾げるヴィルム。

 すると大蛇は、申し訳なさそうに口を開く。

「そのぉ……、あの時の事を、まだ謝っていなかったから……」

 あの時の事、というのは大蛇が君子を食べようとした時の話だ。

「あの後謝ろうとは思ったのジャが……モタモタしてしまって、冬眠してしまったのジャ」

 ギルベルトに殴られ皮をはがすと言われてから、怖くてなかなか謝罪する勇気が出なかったのである。

 大蛇は頭をバルコニーの石床につけて、深々と謝罪の意思を表す。

「……申し訳なかったのジャ」

 その必死な様子を見て、ギルベルトの後ろに隠れていた君子は大蛇への警戒を解く。

「いっいえ、あの時は仕方無かったっていうか……、今回命を助けて貰った訳ですし、そんな気にしないで下さい!」

 大蛇はこのマグニ城の警備も兼ねているのだ、不審な人間がいれば襲うのは当然の事。

 それに、今回は命を救って貰った訳なので、君子には大蛇を責める権利はない。

「えっ、えっとぉ……だっ大蛇さんお名前はなんて言うんですか?」

 そう言えば一回も聞いていなかった気がする。

 その問いに、ヴィルムとギルベルトとアンネ、更には大蛇自身もきょとんとした後――。

「……そう言えば、ありませんね名前」

「大蛇は大蛇だから……名前とか気にして無かったかも……」

「儂も、名前は無くて当然だと思っていたのジャ」

 確かに、これほど大きな蛇だし、大蛇と言えば何を指しているかは分かるとしても、大蛇と言うのはなんだか寂しい。

「……じゃっじゃあ、わっ私が名前を決めてもいいでしょう、か?」

 実を言うと、大蛇を見た時から一つ候補が決まっていたのだ。

 少し恥ずかしそうに、口を開く。

「よっヨルムンガンド……は、どうですか?」

 大蛇と言えばコレである。

 北欧神話に出て来る、邪神ロキが巨人アングルボサとの間にもうけた怪物の一匹。

 世界蛇と呼ばれ、その名の通り世界を締め上げられるほどの巨体と言われている、北欧神話の中でも規格外の怪物の一つである。

 北欧神話好きの君子としては、もうこれしか考えられなかった。

「……ヨルムンガンド、ヨルムンガンド……」

「あっ、やっぱり駄目ですかね……、こっこんな短絡的なのじゃ……」

 もうちょっとひねったほうが良かったかと思ったのだが、何度もつぶやいている内に気に入ったのか、大蛇の表情が明るくなる。

「良い名ジャ、気に入ったぞ!」

「ほっ……本当ですか、良かったです」

 名前を貰った大蛇は本当に嬉しそうで、身をよじって、その喜びを表している。

 北欧神話を模しているだけとは言え、ここまで喜んでもらえるとこちらも嬉しい。

 大蛇ヨルムンガンドへの恐怖は薄れて、君子は小さく笑みを浮かべる。

「名を与えられたからには、そなたは儂の親同然ジャ、これからはこのヨルムンガンドが、そなたの身を必ずや護るぞ!」

「おっ親ってそんな……」

 まだ結婚もしていないのに、親なんて大層な者にはなれない。

 名前といっても北欧神話の怪物の名前を引用した訳で、名付けの親などおこがましくて名乗れない。

 君子はしばらく悩むと――。

「じゃじゃあ……、お友達からでお願いします」

「……えっ」

 その言葉にアンネは驚いていた。

 しかしそんな彼女には気が付かず、君子はヨルムンガンドの頭を握手の代わりに撫でてやる。

「うむ、友としてそなたを守るぞ!」

「えへへっ、よろしくお願いしますね、ヨルムンガンドさん!」

 ヨルムンガンドを撫でて嬉しそうな君子。

 だがアンネはそんな彼女の姿を、戸惑いながら見ていた。

「……友達」

「……? アンネどうしたんですか?」

 ヴィルムの言葉に返事を返す事が出来なかった。





************************************************************






 アンネは、いつも通り洗濯をしていた。

 しかし何度も手が止まって、ちっともはかどっていない。

「……はぁ」

 大きな溜め息を付いたアンネは、シーツを桶に放り投げると、完全に手を止めて蹲ってしまった。

「…………友達」

 君子の言葉が、頭をよぎった。

 あの大蛇ヨルムンガンドと君子が友達だというのなら――、自分は一体何なのだろう。

 まだアンネは――君子に友達だと言われた事が無い。

(……キーコは私の事どう思ってるの? いつも仲良くしてくれてるけど……キーコは良い子だし、気を使ってくれてるだけじゃ……)

 本当は、仕方なく自分と仲良くしてくれているだけではないだろうか――。

 よく考えると、自分は今まで友達と呼べる親しい人はいなかった。

(ヴィルムさんとベアッグさんは上司で、ユウとランは……わがままな弟と妹みたいなものだけど……キーコは……)

 君子は年齢こそ一七歳で、半魔人の自分とはだいぶ差があるが、外見的には歳が近く気が合うし、一緒にいると楽しい。

 だから――、出来れば友達になりたい。

(でっ……でもよく考えたら、私……友達はずっといなかった)

 チリシェンの村にいた時は、ずっと家に閉じこもっていて歳の近い子と会う機会は無く、このマグニでも、年上と年下ばかりで友達と呼べるものではない。




(とっ、友達って……どうやってなるものなの!)




 そう、アンネは生まれてこの方友達と呼べる存在がいない。

 だから幾ら君子と友達になりたくとも――その方法を全く知らないのである。

(えっ……、恋人は告白してなるのよね、私もキーコに友達になってて言えばいいの? アレ……でもヨルムンガンドの時は、そんな事言ってなかったし……)

 なら、一体何をすればいいのだろう、何と言えば君子は友達になってくれるのだろう。

 何をすれば友達だと言ってくれるのだろうか。

 アンネはしばらく悩むと――。

「あっ……そうだ」





************************************************************





「……戦い方を教えて欲しい、ですか?」

 ヴィルムは、書類を持ちながら驚いた様子でそう言った。

「はい……もっと強くなりたいんです!」

 そう強い意志を持った眼差しで言われ、ヴィルムは少し困った表情をする。

「とはいっても、貴方は既にある程度の戦闘能力は持ち合わせているでしょう」

 ハルドラの魔法使い、ラナイを倒したのはアンネだ。

 魔法は母親から習ったと言ってはいたが、兵士でもないのに魔法使いを倒すというのは結構な技量である。

 だから、アンネに戦闘の指南は不必要なのだが――。

「でも……、ヴィルムさんやブルスさんは、王子と一緒に戦場へ行ってしまう事だってありますし、ヨルムンガンドが冬眠から目覚めたと言っても、この城を守れる人は多いに越した事は無いと思うんです!」

「……貴方はメイドの仕事をして、キーコの身の回りの世話をしていれば十分なのですが」

「でも、キーコが傷つけば王子が悲しむ訳ですし、キーコを守れる者は多い方が良いと思うんです!」

 アンネの言う事は確かに一理ある。

彼女はあくまでもメイドである訳で、軍人の様な働きを求めている訳ではない。

「…………解りました」

 だが、その強い視線に負けて、ヴィルムはとりあえず了承した。

「とりあえず、一度やってみますか……」





 城の中庭で、ヴィルムはアンネに稽古をつける事になった。

 剣を持って対面する二人の姿に驚いて、皆中庭へと集まって来る。

「アンネ~、なにするの?」

「なにするの~、アンネ?」

「おいおい、なにもそんな物騒なもん使わなくてもいいんじゃないか~」

「メイドに戦い方など教えた所でどうなるというのだ、全く」

 ユウにラン、更にはベアッグにブルスがその様子を見つめている。

 アンネはなるべく意識を集中させて、外野を無視した。

 そうしないと、初めて持つ剣の重みで、どうにかなってしまいそうだったからだ。

「とりあえず、剣を構えましょう……まずは中段に」

 ヴィルムの構えを真似して、アンネも中段に構えてみるが、初めて持つのでなかなか上手くはいかない。

「……少し腰が引けていますよ、もっと背筋を正しなさい」

「はっはいぃ!」

 と言っても、剣を持つというのは意外にも難しい。

 ヴィルムは剣を片手で持ち、ギルベルトにおいては一四〇センチもあるグラムを軽々とぶん回しているが、何もかもが初めてのアンネにとってはとても持ちにくい。

「……うっ」

「…………重いなら、やめますか?」

「いっいいえ、やります! 教えて下さい!」

 強くならないといけないのだ。

 剣が重く、構えにくいからという理由で、やめる訳にはいかない。

(強くなって……キーコを守れる様にならないといけないんだから……そして、私も友達になるの!)

 ヨルムンガンドがした様に、自分も君子を守れるようになれれば、きっと友達にしてくれるに違いないと、そう彼女は考えたのだ。

 とは意気込んでみたものの、思った以上に戦うというのは技術が必要な事だった。

「では次は素振りをしてみましょう、上段から下段へと剣を振り下ろしてみなさい」

「はっはい!」

 アンネは言われた通り、上段へと剣を構える。

 ふるふると震える腕で、どうにかそれを振り下ろすが、兵としては到底戦えるレベルでは無かった。

 剣を振るっているというよりは、剣に振り回されていると言った感じだ。

「……やはり、アンネに剣は難しいのではありませんか」

「……ううぅ」

 確かに剣を扱える様になれるとは、自分でも思えない。

 これではとても実戦では使えない、アンネも仕方なく諦めようとしたのだが――。

「何やってるんですか、アンネさん?」

 スラりんを抱いた君子が、やって来た。

 珍しく剣という物騒な物を持っているので、ただならぬ気配を感じて、少し表情が強張っている。

「……きっ、キーコ」

「なんで剣なんて持ってるんですか? なっなにかあったんですかぁ?」

 君子の顔を見て、アンネはなぜ強くなりたいかと言うのを思い出した。

 彼女の友達になる為に――。

(こんな事で、挫けてたまるもんですか!)

 大事な事を思い出して、アンネは剣を持つ手に力を込める。

 しかし――、全身に余計な力が入ってしまったせいか、より剣に振るわれてしまった。

 右に大きく振るったら、その拍子にバランスを崩した。

 どうにか立て直そうとしたのだが、アンネは転倒する。

「あっ、アンネさん!」

「アンネ!」

 直ぐに君子とヴィルムが駈け寄る。

 心配そうに見ていた外野達も、近づいて来た。

「大丈夫ですか、アンネさん!」

「うっうん、大丈夫……いだっ!」

 起き上がろうとしたアンネの手首に激痛が走った。

 どうやら転んだ拍子に、挫いてしまった様だ。

「これくらい……」

「駄目ですよアンネさん、ちゃんと手当しないと」

「でも、私は……」

 もっと強くなりたいのだ、これくらいの怪我で止められない。

 しかし、ヴィルムはそれを良しとはしなかった。

「キーコの言う通りです……、とりあえず手当をしなさい」

「ヴィルムさん……これくらい大丈夫です! どうか剣の稽古を――」

「……アンネ、残念ですが貴方には剣術の素質は無いでしょう」

「でっ、でも……」

 魔法は三型までしか使えず、特殊技能(スキル)もランク2の『付呪』。

 魔法も特殊技能(スキル)も中途半端な自分は、剣術で足りない部分を補うしかないのだ。

 しかしヴィルムの言っている事は的確で、アンネに剣は合わない。

 だから、剣は諦めるしかなかった。

「……そんな」

「アンネさん、ほら早く手当てをしに行きましょう」

 君子は、アンネの気持ちなど知らず、怪我をしていない方の手を引っ張って、部屋へと向かっていった。

 




************************************************************






「アンネさん痛くないですかぁ?」

「アンネ、いたくない?」

「いたくない? アンネ」

 赤く腫れた手首を見ながら、君子が心配そうにそう言った。

 双子も心配していて、ベアッグは氷室から氷を持って来てくれた。

「ほら、コレで冷やしておくんだ」

「あっ、有難う御座いますベアッグさん」

「アンネ、お前今日は仕事いいから、ちゃんと怪我を治しておけよ、仕事は双子にやらせるからよ」

「え~、しごとやだぁ」

「ランも、しごとやぁ」

「ワガママって言ってんじゃねぇ、ホラ、お前達は俺と一緒にジャガイモの皮むきだ」

 嫌がる双子を連れてベアッグは台所へと行ってしまった。

 部屋には、アンネと君子とスラりんが残される。

「アンネさん……大丈夫ですか?」

「平気よ……ちょっとひねっただけよ」

 君子はとても心配している。

 彼女を守れるようになるために、強くなろうとしたのに、こんな風に心配させてしまうなんて、情けなくて眼も合わせる事が出来ない。

「そんなにひどくなさそうですけど、念の為にテーピングをしましょうか!」

 君子はスラりんをテーブルに置くと、包帯を探し始める。

 彼女にそんな事をさせる訳にはいかない、椅子から立ち上がろうとするのだが――。

「駄目ですよ、アンネさんは座ってて下さい、怪我人なんですから!」

「きっ、キーコ……」

 君子に無理やり椅子に押し戻されてしまう。

 包帯を探す君子の後ろ姿を見ていたら、何もしていない自分がとても惨めに思えて来た。

 情けなくて、申し訳なくて――眼から涙が毀れる。

「あっ、あった! ありましたよ包帯……てっ、アンネさんなんで泣いてるんですかぁ!」

 大粒の涙を流して泣く彼女を見て、君子は驚き直ぐに駆け寄る。

「ふぁっ、そっそんなに痛かったんですかぁ! 骨折してるんじゃありませんか!」

 普段弱音も吐かず、ちょっとした怪我でも仕事をするくらい強い女の子だったのだ、そんなアンネが泣いている事に君子は戸惑う。

「痛いんですか、ふぁぁぁえっとぉ、骨折した時はえっとぉ~~」

 確か添え木をするはず、パニックを起こしている君子は部屋の中だというのに木の枝を探してしまう。

 しかしアンネの涙は止まらず、とうとう声を上げて泣き始めてしまった。

「うっ……うへぇ~~ん」

「ふぁっふあああああ、なっ泣かないでアンネさ~ん」

「うっ……ううっ、わっ、私キーコにぃ、めっ迷惑ばっかりかけてるぅっ、うっうへぇ~ん」

「えっ……ええっ?」

 一体何の事かまるで分からない君子、しかしアンネの涙はどんどん量を増していき、その声も大きくなっていく。

「わっ私は人間じゃなくて半魔人で、弱くて、キーコを守ってあげられないからぁ……キーコを危ない目に合わせてばっかりだからぁ……」

 今思えば、君子がカルミナに酷い事をされた時だって、アンネは近くにいなくてそのせいで彼女は生死を彷徨う重傷を負ってしまった。

 アルバートの時だってそうだ、彼女がもっと強ければ、彼女がシューデンベル城に連れて行かれる事は無かったはずだ。

「こっ、こんな、わっ私じゃヨルムンガンドみたいに、友達になんてなれないわぁぁぁ、うあああああん」

 魔法は中途半端で、剣は全く駄目。

 これでは君子を守る事が出来ない、強くなければ友達にはなってくれない。

 こんな自分なんかと――、友達になってくれるわけがない。

 情けなくて、ただただ惨めで、アンネは涙を流した。

 いっそこのまま、消えてしまえたらどれだけいいか――。

「何言ってるんですかアンネさん!」

 君子はアンネの手をしっかりと握る。

 包み込むように優しく、その手の暖かさが伝わって来た。

「……きっ、きーこぉ」

「友達は、そんなんじゃないです! 何かしてあげなくちゃ友達じゃないなんて、そんなの可笑しいです!」

 アンネは勘違いしていたのだ。

 見返りを求めるのは、友達などではない。

「友達は、勝手になってるものなんです!」

 友達に明確な規定など無い。

 それはとても曖昧で、言葉では表現できる訳がないからだ。

 ただ一つ言える事があるとすれば――、友達はいつの間にか成っている物だという事だ。

「アンネさんが怪我をするのは嫌です、そんな事しないで下さい!」

「キーコ……でも……私、キーコに何もしてあげられて無いから……」

「だから何言ってるんですかアンネさん!」

 君子は声を荒げて、言い放った。

 だって、彼女は――。




「アンネさんは、とっくに友達です!」




 この数ヶ月、君子がどれだけアンネに助けられた事か。

 彼女のおかげで、一体どれほど助かった事か、アンネはちっとも分かっていない。

 二人の間にはとっくに絆が出来ていて、それはまさに彼女が欲しがっていた友情そのものだった。

「とも……だち?」

「あっ……いえ、あっあの……わっ私はそうじゃないかなぁ~って思っていて」

 君子は恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしている。

 こうやって改めて言うのは、とても恥ずかしくてむず痒い。

 しどろもどろになりながらも懸命に説明しようとする君子の姿は、なぜかどうしようも無いくらいに嬉しい。

「ヨルムンガンドさんに言ったのはちょっと違くて、アレはその……親が嫌だったからで、アンネさんとは全然違います、アンネさんはもっと大事なんです」

 あの時言った友達と言うのは、親は気が引けるからそう言ったもので、アンネと君子の関係とは全然違う。

 その関係が当たり前だったから、あえて言わなかった言葉。

 それを君子は、恥ずかしそうに赤面しながら言う。




「アンネさんは、大切な親友ですよ!」




 友達よりも大切な人。

 アンネは君子にとって、それくらい大切な人なのだ。

 恥ずかしそうに微笑む君子の顔を見て、アンネは喜びながら深く、深く頷く。

「うん……うんっ!」

 嬉しくて涙が出てきたせいで、ろくに喋れもしなかったが、それでもこの気持ちを全て込めた。

 この嬉しいという言葉を――、全て込めた。




************************************************************





「……アンネ、具合はもう大丈夫なのですか?」

 仕事が一段落したヴィルムは、アンネの具合を心配してやって来た。

 ただの捻挫で、骨折でない事を確認すると一安心した様だ。

「ご心配をおかけしました、ヴィルムさん」

「いえ、私も少々きつくやりすぎました、貴方はメイドなのですからその仕事に支障を出すようでは、私の教え方にも問題があります」

「とっ、とんでもないですヴィルムさん、元々は私が無理を言って頼んだ事なんですから!」

 元々はアンネから言い出した事、それでヴィルムを謝らせるなんてとんでもない。

「怪我をしたのだって私の不注意です、本当にご迷惑をおかけしました」

「アンネさんは悪くないです、元はと言えば私が外に出たいって言ったのがいけなかったんですから!」

「いいの、キーコは悪くないの」

「いいえ、アンネさんの方が悪くないですぅ!」

 言い合うというよりは、じゃれ合いの様にも見える。

 アンネからは、先ほどまであった焦りが無くなり、いつも通りに戻った印象を受ける。

 一体彼女の中でどんな心境の変化があったかは分からないが、コレは良い事だろう。

 楽しそうな二人の姿を見て、ヴィルムは小さく微笑んだ。

「あ……でもヴィルムさん、これからもどうか戦い方の指導をして欲しいんです」

「アンネ、本気ですか……」

 何を焦っていたのか分からないが、その悩みも無くなったというのに、なぜまだ強さを求めているのか。

「やっぱり、キーコを守って上げられる人は必要だと思うんです」

「しかし……」

 剣を振るうのも一苦労の彼女に、本格的な戦闘の指導と言うのは無理がある。

 かといって、ヴィルムは補助魔法しか扱えず、魔法を主体とした戦闘と言うのはあまり得意ではない。

 アンネの眼は本気である、ヴィルムは小さくため息を付くと、とりあえずそれを承諾した。

「……まずは、貴方に合う武器を選ばないといけませんね」

「はっ、はい! ありがとうございますヴィルムさん!」

 しかし剣以外の武器と簡単にいえども、そう簡単に良い武器は浮かばない。

 ヴィルムが一体どれなら、アンネでも扱えるか考えていると――。

「あの~、それについては私めに、一つ考えが御座いまして」

 そう申し訳なそうに言ったのは、君子だった。

「考えって……何、キーコ?」

「つっ、つまりアンネさんでも扱いやすい武器があればいいって事ですよね」

「ええ、まぁそう言う事です」

「なら、任せて下さい!」

 君子はどこか自信ありげにそう言うと、抱っこしていたスラりんをテーブルに置いて、アンネとヴィルムから距離を取った。

 すると深呼吸をして、両の掌を合わせると魔力を放出する。

 薄青色に輝く魔力が電流を帯びると――、その形状を変化させた。

 まず見えたのは刃、剣の様だが長さはロングソードよりも短く、厚さも薄い。

 次に見えたのは柄、しかしその形状は通常と大きく異なっている。 

 『H』型の持ち手で、更に手を守る為のガードが付けられていた。

 それは、博識なヴィルムも見た事が無い武器だった。

「コレは……、一体」

「ジャマダハル、私の世界の短剣です!」

 



 ジャマダハル。

 インドの武器であり、カタールの混同される事があるが別の武器である。

 柄の『握り』を掴んで装備する事で、まるで拳を打つ様に攻撃が出来るのだ。

 斬る事よりも、突く事に特化した武器。

 短剣よりも攻撃力があり、剣の半分くらいの重さで扱いやすい。



 

「儀式用だったって説もあるんですけど……これだったらアンネさんも扱いやすいんじゃないかなぁ~って思って」

 君子はそう言って、アンネへとジャマダハルを手渡す。

 試しにグリップを掴んでみると、剣よりも安定して持てる。

「……たっ!」

 殴る感じで何もない空を突いてみると、狙った所に攻撃が出来る様になった。

 剣よりもずっと扱いやすくて、アンネにあっている。

「これ……すっごくいい!」

「えへへっ、戦うメイドさんなんてカッコいいですよアンネさん……あっ、でも怪我だけはしないで下さい!」

 武器を造った者の台詞とは思えないほど矛盾している。

 しかし、アンネがあまりにもジャマダハルを気に入ってくれたので、何だかちょっと楽しくなって来た。

「せっ、折角ですし……アンネさんが使いやすいように改良しませんか」

「えっ……いいのぉ!」

「もちろんです、どうせなら柄はピンクとかにしませんか!」

「あっソレいいかも! じゃあお花の彫刻でも入れて――」

 まるで洋服でも選ぶ様な気軽さで、ジャマダハルを可愛くしようとする二人。

 到底武器を作ろうとしている様には見えなかった。

 その様子を見ていたヴィルムは、肩をすくめ微笑むと部屋を後にする。

「全く……、仲がいいですね」

 仲良く並んで座り、楽しそうに笑っている。

 

 

 その姿は――まさしく友達だった。




久しぶりの更新、しばらくこんな感じの小話が続きます!

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