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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
外伝 千年前の勇者編
53/100

第四八話 絶対、戻って来るからさ!



 シャヘラザーン、マグニ領リンシェン。

 カリューン街道に位置し、ハルディアスに引けを取らないくらい巨大な街として発展していたリンシェン。

 マグニ領最大の都市であるその街が――今、最後の時を迎えようとしていた。




「なっ……なんだよコレ」

 将軍ロレンドは、城のバルコニーからその様子を見ていた。

 城門が陥落し、城下町までヴェルハルガルド兵が攻め込んで来ている。

 戦況は優勢だったはずだ、六万の兵が国境を守っていたはずなのに、なぜか魔人の軍勢はリンシェンまでやって来た。

 何が起こっているのか、ロレンドは理解さえ出来なかった。

「ロレンド様、敵軍は既に宮殿まで迫って来ております、どうか前線の指揮を!」

 このリンシェンの街は造りが複雑で、防衛にはちょっとしたコツが必要になる。

 経験豊富で知識もあるバルトロウーメスが、この街をずっと守っていたのだが、彼を追いやりここの防衛をすると言ったのは、ロレンド自身だ。

 しかし、経験も知識も無いただのワガママな王族である彼には――、防衛戦など出来るはずも無かった。

「ぜっ……前線はどうしたんだよぉ! なんでリンシェンに敵が来るんだよぉ!」

 こんな風に攻められた事は無い、こんな風に窮地に陥った事なんてないのだから、どうすればいいのか、何も分からない。

「ぺっ天馬(ペガサス)を用意しろぉ!」

「しっしかし、それではリンシェンの守りはいかがなされるのですか――」

「うっうるさい、僕は王族なんだぞ! 僕は守られるべきなんだぁ!」

 部下怒鳴るロレンドからは、将軍としての指導力も責任感も何もかも欠落していた。

 安全な場所へ逃げようと、バルコニーを後にした時、空から何かが高速で移動してくるのが見えた。

 それはどんどん近くにやって来て、それが灰色の鱗のワイバーンだと理解する時には、目と鼻の先にやって来ていた。

「うわあああっ!」

 ワイバーンはバルコニーの手すりを破壊し、そのまま部屋の窓を突き破って止まった。

「一番乗り~!」

 戦場に似合わない可愛らしい声が響いたかと思うと、ワイバーンから一人の少女が飛び降りて来た。

 深紅の髪を切りそろえ、フリルがたくさんついたピンクのドレスに身を包んでいて、これから舞踏会にでも行くのかと思わせる様相だったが――、彼女の手には、身の丈に合わない二メートルはあろうかというハルバードが握られている。

「なっ……なん、だ」

 見るからに禍々しいその少女にロレンドは恐怖した。

 すると少女は思い出したかのように、ワイバーンの背中に乗せていたシャヘラザーン兵を片手で引きずり下ろす。

「ねぇねぇ、ここに将軍がいるのよね? ねえってばぁ!」

 甲冑を着た大人の男を、片手で軽々と掴み上げそれを上下左右に揺らす。

 あの細い腕からは想像できないほどの怪力だった。

「姉さん、そいつ死んでるよ」

 更に声がしたかと思うと、同じく灰色の鱗のワイバーンに乗った、真っ黒な角が生えた少年が、ガラスが吹き飛んだ窓から、こちらを覗いていた。

「何……もう死んでるのぉ?」

「姉さんはワイバーンの繰りが荒いからね、人間じゃ死ぬよ」

 そう言ってワイバーンから少年も降りると、部屋を見渡す。

「……その服の趣味が悪い奴が将軍じゃない、姉さん」

 ハルバードを持つ少女は、それを聞いて嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 そして手に持っていた兵士を放り投げると、得物を構えながら近づいて来た。

「あらそうだったの! もっと強そうな殿方を想像していたから、分からなかったわ」

「なっ……、なっ何だとぉ」

 悪口を言われムカついたが、それ以上に少女に対する恐怖の方が強く、足が震えている。

「ぼっ……僕はこの国の王子だぞぉ、僕は偉いんだ、僕に手を出したらどうなるか分かってるのかぁ!」

 怯えながら、権力を振りかざすロレンドだったが――。

「あら、わたし達もよ!」

「……へぇ?」

「わたしはヴェルハルガルドの魔王帝の娘、ブリュンヒルデ=メルヒット・ヴェルハルガルド! こっちは弟のベルフォート=ミュルエルよ!」

 にっこりと笑うヴェルハルガルドの姫ブリュンヒルデ。

 可愛らしいというのに、自らワイバーンを繰り、戦場を駆けハルバードを持つその姿は、同じ王族だというのにロレンドとは全く違う。

「貴方将軍なんでしょう? その首お父様に差し上げるから、頂戴!」

 無邪気な笑顔と共に恐ろしい事を言う彼女が怖くて、ロレンドは背を向けて逃げ出した。

「うっうわあああああ――っ」

 剣を持つ事も無く、立ち向かう事も無く、ロレンドは悲鳴を上げて逃げる。

 その姿は将軍としての誇りも、王族としての威厳も無い。

「藍魔法」

 ベルフォートは右手を向けると、藍色の魔法陣が展開される。

 輝きと共に、空気中の水分が氷結して氷の塊を形成し――。

「『氷撃槍(アイススピア)』」

 


 氷の槍が、ロレンドの胸を貫く。



「があっ――――」

 感じた事のない痛み、勇気に殴られた時以上の痛みが、彼を襲う。

 振り返ると、彼の目の前にハルバードを振りかぶるブリュンヒルデがいた。

 そして――その無邪気な笑顔と共に、凶刃は振るわれる。





「うふふっ、見て見てベルフォート、将軍を討ち取ったわよ!」

 ブリュンヒルデは、跳ね飛ばした首を嬉しそうに持ちながら言った。

「一応、僕の魔法が致命傷を与えていた事も忘れないで欲しいな」

「じゃあ二人でお父様に報告しましょう、お父様喜んで下さるかしら~」

「それより姉さんドレスが汚れてる、可愛い服が台無しだよ」

 弟とは違って、ブリュンヒルデはこういう事は一切気にしないのである。

 しかし彼女はドレスを無視して、意識を外へと向ける。

「あっ、デュネアンさまだ!」

 ついでに殺したロレンドの部下の死体を跨いで、ブリュンヒルデは自身が壊したバルコニーへと向かう。

 そして黒い鱗のワイバーンで、宮殿の上を飛んでいるデュネアンへと手を振る。

「デュネアンさま~~、将軍から首を頂きましたの~~、わたし達の勝ね~~!」

 かなり距離があるのだが、ブリュンヒルデは大きな声で叫んだ。

 無邪気な子供の声が、地獄と化したリンシェンの街に響く。





************************************************************






 魔王デュネアンは、ワイバーンからリンシェンの街を見下ろしていた。

 本来なら四万の兵で六万の敵を討ち破り、リンシェンを落としたのだから、喜ぶべきだというのに――彼は怒っている。

「……ふん見たか、シュカリバーンにロザベールめ」

 その怒りの矛先は、師と同僚へと向けられていた。

 そして視線を、未だ黒い光が見えるハルディアスへと向ける。

「この俺を小間使いの様に使うなど……」




 今回のシャヘラザーン侵攻は、四万の兵によるマグニ国境への襲撃し、敵の注意が国境に向いている間にロザベール率いる妖獣兵が、街や村を襲うという物だ、表向きは――。

 実際は妖獣兵もこの作戦の要ではない。

 本当の作戦は、国境に注意が向いている隙に――シュカリバーンが王都を攻め落とすという物だった。

 シャヘラザーンとヴェルハルガルドの国力の差は、実は簡単には埋められないほどある。

 正直言うと、六万の兵に対抗するのがやっとなのである。

 だから――シュカリバーンは、この策を練ったのだ。

 シャヘラザーン軍の意識が国境に向いている隙に、王都に壊滅的なダメージを与え、機能が麻痺した国を、妖獣兵と共に攻め落とす手はず。

 つまりデュネアンが任されている四万の兵と言うのは――ただの陽動なのである。

「一人で王都を攻め落とすだとぉ……ふざけるな!」

 デュネアンのプライドは踏みにじられた。

 ならば初めからたった一人でやれば良かったのだ。

 この世界でも最強クラスの魔法を使う事が出来るのだから。

 こんな四万と言う兵を集め、大規模な陽動を仕掛けなくたって一人で出来たはずだ。

「……何が我々の復讐だ、くそったれ」

 これではほとんど個人の復讐ではないか、よくもあんな風に演説出来たものだ。

 自身のプライドを傷つけられたデュネアンは、本来なら国境で戦うだけで良かったのだが、あえて将軍のいるリンシェンを目指した。

 そうする事によって、シュカリバーンとロザベールに自身の力を示そうとした。

 現に不可能だと思われていた、六万の軍を打ち破りマグニを奪い取ったのだから、デュネアンの才は素晴らしいと言えよう。

 だが四万の兵は半分以下になってしまい、このまま王都に向かうのは不可能だ。

 デュネアンは、その場で吐き捨てる様に言った。

「……ふん、復讐でもなんでも、勝手にやっていろ」

 




************************************************************





 ハルディアスは、焦土と化していた。

 黒い炎が街を焼き尽くし、美しい都は消し炭も残っていない。

 一五万人の命が――たった一人のエルフの魔法によって、たった一瞬で失われた。

 コレほどの魔法は、異世界ベルカリュースでも他に類を見ない。

 最早災害と言っても過言ではない魔法だった。

「…………」

 最古の存在エルフとはいえども、八型の魔法は体に負担がかかる。

 杖にもたれ掛かる彼を、竜が心配そうに見つめる。

「…………大丈夫だ、初めて使ったからな……魔力の消費量が予想を上回っただけだ」

長年研究して、ようやく生み出した最強の技。

 シュカリバーン自身も、この魔法を放つのは初めての事だった。

 上手く発動はしたが、予想していたよりも多くの魔力を消費してしまったのだ。

 あの技を撃つにはしばらくの休息が必要になるだろう。

 しかし――休みなどとる気はない。

「ガルナ……ゆこう、この国を滅ぼすのだ」

 シャヘラザーンを滅ぼす。

 街という街を破壊し、人間という人間を殺しつくして、初めて彼の復讐は完結する。

「さぁ……約束を果たそう」

 シャヘラザーンを完全に滅ぼす為に、シュカリバーンは他の街を目指す。

 手始めに西に向かう事にした、目に付く街をとにかく破壊するつもりだ。

 しかしその行く先に、眩く輝く光が見えた。

 太陽かと思ったが、どうやらそうではない。

 光はどんどん大きくなっていて、まるでこちらに近づいているような――。

「……アレは」




 それは、フェニックスだった。




 眩い太陽の様な光を放つ、大きな鳥。

 このベルカリュースに、そんな鳥は一羽しか存在しない。

 しかし、最後のフェニックスは妖獣兵を造る『炉』の材料として、ロザベールに心臓を奪われて殺されたはずだ。

「――――おおおおおおっ」

 フェニックスと共にシュカリバーン目掛けて、勇気とリリィが特攻を仕掛けて来た。

「魔王将ぉぉぉぉぉぉっ!」





************************************************************






 時はしばらく戻り、荒野。

「魔王将をぶん殴る……て、何言ってるのよアンタ!」

 相手は妖精よりも長い時を生き、神の寵愛を受けたというエルフだ。

 シャハナ火山では、フェニックスの再生能力を手に入れた勇気を殺し続けるほどの魔法を使って見せた。

「無理よ、エルフはアタシ達とは格が違うのよ! 神に一番近い存在なのよ!」

 リリィは全力で止めるのだが――、勇気は止まらない。

「そんな事知るか、神だろうが仏だろうが、俺はあいつに文句を言うんだ!」

 勇気はそう言うと、禍々しい光の方角ハルディアスの方へと歩き出した。

 シュカリバーンは、とんでもないクレーマーを怒らせたものだ。

「歩いて王都まで行ける訳がないだろう、相手は竜に乗っているんだぞ!」

 ここから王都までは一二石碑は離れている、徒歩で行けば一月以上かかってしまう。

「そうよ勇気、幾らなんでもここから王都までなんて無理よ!」

 ましてや相手は竜に乗っているのだ、おそらく天馬(ペガサス)で追いかけても竜には追いつけない。

 もっと速い生き物でなければ――竜と渡り合う事は出来ないだろう。

『ピ……ピピィ』

「おっ、おいどうしたんだよ!」

 するとフェニックスの雛が小刻みに震え始めた。

 一体何が起こっているのか訳が分からない、勇気は雛を地面に降ろす。

「何、一体どうしたの!」

「分かんねぇんだよ、リリィ何とかしてくれ!」

 慌てる二人の前で、雛は眩い光を放ち始め、その姿を変えて行く。

 光が収まった時には、雛は成鳥になっていた。

 大きな翼に長い尾羽、その姿は母親に負けないくらい、勇ましく美しい。

「……ひっ雛が、成長した」

 動物の成長が速いと言っても、幾らなんでも早すぎる。

「コレは、特殊技能(スキル)『変容』よ!」

 特殊技能(スキル)『変容』。

 ランク4のこの特殊技能(スキル)は、自身の意思で体を変化させる事が出来る。

 雛はこの特殊技能(スキル)によって、自身の体を成鳥の物へと変化させたのだ。

 それは全て――勇気の為。

「……俺を、連れてってくれるのか?」

『ピィ、ピィ~!』

 まるで返事でもする様にフェニックスは鳴くと、勇気にすり寄って来た。

 勇気は、ふかふかの羽毛に覆われた体を撫でると、心からのお礼言う。

「ありがとうな! えっとぉ~」

 もう雛ではないし、フェニックスと呼ぶと母親と区別が出来ない。

 勇気は少し間をあけると、相応しい名を思いついた。

「そうだ、お前の名前はラーミアだ!」

 やはりフェニックスと言えば、この名前だ。

 ドラクエ大好き勇気さん的には、不死鳥と言って思いつくのはこれしかない。

「ラーミア、いい響きね」

『ピィィっ!』

 雛も気に入った様で、勇気に頬刷りをして来た。

 成長したラーミアの体は、勇気を乗せるには十分だ。

 勇気がラーミアの背に乗ると――リリィが彼の肩に捕まる。

「ほら、早く行くわよ」

「リリィ……お前も行くのか?」

 アレだけ勇気を引き止めていたのに、一体どうしたというのだろうか。

「当たり前でしょう、アンタ一人で行かせられる訳ないじゃない!」

 勇気は無鉄砲で何をしでかすか分からないのだ、リリィが一緒に行って良く監督しなければならない。

「あっアタシは、アンタの相棒なんだから……」

 二人はベストパートナーなのだ。

 ここまで来れば腐れ縁、どこまでもついて行く覚悟なんてとっくに出来ている。

「……ありがとなリリィ」

「うっ……いいから、早く行くわよ!」

 リリィは恥ずかしそうに頬を真っ赤にしながら言った。

「ユーキ……」

 アーメルに抱っこされて、ネネリがやって来た。

 危ない所に行こうとしている勇気を、彼女は心配しているのだ。

「ネネリ大丈夫、ぱーっと行ってどーんって殴って、ぴゅーって帰って来るからよ!」

 フェニックスの涙で命の危機は脱したが、ネネリを連れて行く事は出来ない。

 彼女はここに置いていくしかなかった。

「本当に……行くのか、少年」

「なんですかぁ~、アーメルさんまで心配してくれるんスかぁ~」

 アーメルに鼻の下を伸ばす勇気を見て、リリィは頬を膨らませる。

 しかし彼女のそんな表情など知らず、勇気は更に続ける。

「帰ってきたら、一緒にお食事しましょうよアーメルさ~ん!」

 こんな状況でナンパをするなど最低だ。

 シャヘラザーンの命運がかかっているというのに、気楽な物だった。

 だがその気楽さに負けて――アーメルは頷く。

「……ああ、帰って来たらな」

「うおおおっ、やる気出て来たぁぁぁ!」

 デートで燃える勇気を見て、リリィは青筋を立てる。

「いいからとっとと行くわよ、この馬鹿ぁ!」

「なっ、なんで怒ってるんだよぉ……」

 勇気は戸惑いながらも、伸びた鼻の下を元に戻す。

 するとバルトロウーメスが、声をかける。

「もう止めはしない……、お前はお前の正義を貫けばいい」

 ここまで来ると、引き止める事さえ馬鹿馬鹿しい。

 バルトロウーメスは、どこか複雑そうな表情で勇気を見つめる。

「我々も天馬(ペガサス)で後を追う……だがこんな事言うのはおこがましいかもしれないが、どうか我が国の民を守って欲しい」

 王都には一五万人もの罪なき民がいる。

 こんなお願いをするのは、本来間違っているが彼らは戦争とは何も関係ない、どうか彼を救って欲しかった。

「……分かったよ、バルメス」

 勇気は笑顔でそう言うと、ラーミアはその大きな翼を広げる。

 そして、太陽の様な輝きを放ちながら、東の空へと飛び立った。

「……頼んだぞ、ユーキ」

 




************************************************************





「……あの時の、少年か」

 ロザベールと戦っていた不死の少年。

 それがなぜかフェニックスに乗ってやって来た、コレはシュカリバーンも予想しなかった事だ。

「……どこの誰だか知らないが、ワタシの邪魔をするな」

 これからシャヘラザーンの人間を殺して回らなければならないのだ、邪魔者は許さない。

 シュカリバーンは、右手をラーミアへと向ける。

 すると赤い魔法陣が展開されて、眩い輝きを放ちながら高温の炎が放たれた。

「うおっとぉ!」

 眼の前に現れた炎の壁、その温度はかすめただけで火傷しそうなくらいだ。

『ピィィィ!』

 ラーミアは素早く急上昇すると、その炎を避ける。

 そのスピードは眼で追うのがやっとだ。

「フェニックスはベルカリュースで二番目に速いんだから! 幾らエルフの魔法でもあたりっこないわ!」

 強力な魔法といえども、当たらなければどうという事は無い。

 このままかく乱しながら一気に近づいて、敵の懐へともぐりこみ隙を突く。

「……ふ、ベルカリュースで二番目か」

 シュカリバーンは、なぜか余裕のある笑みを浮かべた。

「ならば――、一番のスピードを見せてやらねばならぬなぁ、ガルナよ」

『グオオオオオオオオオン!』

 竜は咆哮を上げると、ラーミアを追いかけた。

 その速度はフェニックスであるラーミアよりも速く、その距離は一気に縮まってしまう。

「なっ、あの竜馬鹿でかいわりに速いぞ!」

「やっぱり、黒い鱗の竜は速いわね!」

 竜種の強さは鱗の色で決まる。

 ワイバーンが黒い鱗が速いのと同じように、そのワイバーンの大本である竜も黒に近ければ近いほど強く、速い。

 シュカリバーンが乗るあの黒い竜は、ただでさえ最速だというのに、その竜種の中でも最も強く速い個体、まさしくベルカリュースで最速と言っても過言ではない。

「これでも喰らいなさい!」

 リリィは右手向けると、光の槍を竜に向かって放つ。

 高速で放たれる光を見て、シュカリバーンは小さく笑う。

「……愚かな」

 杖を振るうと黒い魔法陣が展開され、闇が巨大な刃の様な形となり、光の槍と激突する。

 光と闇は打ち消し合い、双方は消えて行った。

「くっ……だったら――っ!」

「リリィ!」

 魔法を放とうとしたリリィが、突然止まってしまった。

 彼女の羽根の一枚が輝きを失い、黒ずんでいる。

 それは、ロザベールにやられた傷だった。

「リリィ……お前」

「大丈夫よ……、アタシの羽根は六枚あんのよ……一枚くらい屁でもないわ!」

 妖精の羽根は、高純度高密度の魔力の結晶体であると同時に、命の源である。

 本来なら到底動ける様な怪我ではないのだが、リリィはそれでも戦おうとしていた。

「……リリィ、俺に作戦があるんだ」

 勇気は真剣な表情でそう言うと、その作戦を話し始めた。






「……ガルナ遊びはここまでだ」

『グオオオオオオ』

 主の言葉で竜は遊びを止め、本気のスピードを出す。

 全長三〇メートルを超える竜は、ジャンボジェットにも勝る速さで飛ぶ。

 ただ飛んでいるだけで、轟音と衝撃が拡散し、森の木々を余波だけでなぎ倒していく。

 その姿は、まさに厄災その物――。

「……捉えた」

 竜の本気によって空いていた距離は縮まり、シュカリバーンの魔法の圏内にはいった。

 不死である勇気は殺せまいが、乗り物が無ければ追ってはこられないだろう。

 邪魔者は全て排除する、シュカリバーンは強力な魔法を放つ。

「――今だ!」

 しかしその時、勇気が叫んだ。

 と同時に、リリィが右手を向けて魔法陣を展開する。

 すると、真っ白な魔法陣から眩い光が漏れ出した。

 光はどんどん大きく強くなり、ついにはシュカリバーンさえも眼を開ける事が出来なくなるほどになった。

「くっ――」

 おそらく二型の光魔法、ただ光を放つだけの魔法なのだろうがよほどの使い手らしく、その光量が生半可な物ではない、危うく失明するところだった。

「……くっ、小賢しい」

 この程度で、エルフである彼の足止めをしたと思っているのならば生ぬるい。

 光が止んだ瞬間に、強力な魔法を撃てばいいだけの話。

「……ふん、所詮その程度だ」

 光は弱くなり、眼を開けられるようになった。

 シュカリバーンはフェニックスを探すのだが――。

「うおりゃあああああ!」

 なんと、目と鼻の先ほどの距離へと迫っていた。

 逃げる訳ではなく、こちらに向かって来たのだ。

 この予想外の行動に、シュカリバーンは驚愕する。

 今までエルフと竜から逃げる者はいたが、向かって来た者などいなかった。

 だから――、魔法を放つまでに一瞬の隙が出来た。





「良し! このまま一気に行くわよ!」

 勇気の作戦は成功した。

 相手の眼をくらませ、その隙に旋回して一気に接近するという作戦。

 あとはこのまま懐へ入り込み、シュカリバーンを倒すだけだ。

「準備は良いユーキ、……ユーキ?」

 勇気はリリィの言葉には答えず、どこか穏やかな表情を浮かべる。

 すると、肩に捕まっていたリリィを優しく掴む。

「ゆ……ユーキ、何どうしたの?」

 戸惑うリリィをラーミアの背中に乗せる。

 なぜ肩から降ろすのか、意味が分からない。

「……ごめんな、リリィ」

「――えっ?」

 勇気はなぜか謝罪をする、なぜ今そんな事を言うのだろうか。

 リリィが、訳が分からずにいると――。




 勇気は、ラーミアから飛び降りた。




「ゆっ、ユーキィ!」

 高速で飛んでいる竜とすれ違うその一瞬を狙い、勇気は飛び移ったのだ。

 あっという間に、竜は後方へと飛び去ってしまう。

「ラーミア、竜の後を追って!」

 このままでは勇気は一人でエルフと戦う事になってしまう。

 急いで竜を追いかけようと旋回したのだが――、突然ラーミラが失速する。

「どうしたの、ラーミア!」

『ピっ……ピィ……』

 ラーミアはとても苦しそうに鳴いている。

 冷静に考えると、ラーミアは姿こそ成長になっているが実際は、生まれたての雛なのだ。

 もう体力の限界である。

「……そんな、それじゃあユーキは!」

 竜は遥か彼方を飛んでいる、そのスピードは妖精にはとても追いつけない物だ。





************************************************************






「ぐっ……うおっとぉ!」

 勇気は、どうにか竜の背中に飛び移る事が出来た。

 しかし、とんでもないスピードで飛んでいるので、振動で足場が揺れて安定していない。

「……呆れた奴だ、まさか乗り込んでくるなど」

 勇気の目の前には、魔王将シュカリバーンがいた。

 シャハナ火山の時とは違う、彼は同じ足場にいるのだ。

「お前が、魔王将の……シュなんとかか!」

「……シュカリバーンだ、ワタシの前に立った事に敬意を表して、その名を聞こう」

「俺は佐藤勇気、日本の東京から来た高校生だ!」

「…………なるほど、文字通り『勇気』がある奴だ」

 シュカリバーンはそう少し呆れた様子で言うと、杖を勇気に向ける。

「では勇気よ、なぜ異邦人であるお前がワタシの前に立ちはだかる、お前とワタシはなんの関係も無いだろう」

 シュカリバーンには、勇気に恨まれるような事をした覚えはない。

 異世界の島国から来た少年に恨まれる筋合いなど無い。

「俺はお前を一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇんだ!」

 しかし――、勇気はそう言い放つ。

 仮にも神に近いと言われるエルフに、その様な口の利き方をするなど、大した器だ。

「……随分身勝手な話だ、理由も無く殴られる気はない」

「理由ならある!」

 勇気はシュカリバーンの元へと歩き出した。

 彼の体は徐々に輝き、まるで太陽の様な光を放つ。

「……シャヘラザーンに攻め込んだからか? それとも王都を吹き飛ばしたからか?」

 異邦人が異世界に来て、舞い上がるという話はよく聞く。

 善悪を勝手に決め、まるでファンタジーの主人公になったかのようにふるまうのだ。

「違う!」

 しかし、勇気はそれをはっきりと否定して、自らの怒りの理由を告げる。




「なんでロザベールを助けてやらなかったんだ!」




 それはあまりにも予想しなかった言葉だった。

 ロザベールはヴェルハルガルド側の魔王だ、それについてなぜ怒っているのだろうか。

 しかも助けてやらなかったという意味が、全く分からない。

「……要領を得んな、もう良いとっとと落ちろ」

 シュカリバーンがそう言って杖を突くと、赤い魔法陣が展開されて、火の玉が勇気へと襲い掛かる。

 しかし彼は、あろうことかそれに向かって殴りかかった。

「あいつは――ロザベールは、生きたかっただけだ!」

 殴った瞬間、高温の炎で腕を焼かれるが、直ぐに再生してしまう。

 勇気は魔法をもろともせず、シュカリバーンの元へと近づいてくる。

「どうしてあいつに、人間への怒りと憎む気持ちを吹き込んだ!」

 更に魔法陣を展開させて、勇気へと放つがもろともしない。

 再生するとはいえ痛覚はあるはずだ、文字通り焼けるような痛みに襲われているはずなのに――勇気は、こちらへと向かってくる。

「あいつはただ誰かに助けて欲しかったんだ、それなのになんで……なんであいつに人を差別させたんだぁ!」

 やられたからといってやり返してしまえば、やった奴と同じになってしまう。

 それでは駄目なのだ、それでは何も解決しない。

「どうしてあいつに復讐をさせた、なんで傷ついたあいつを助けてやらなかったんだぁ!」

 ロザベールに必要だったのは安全な居場所と、醜くなってしまった自分を受け入れてくれる理解者だ。

 しかしシュカリバーンは、彼に憎悪を植え付けて人間を差別させ、復讐者にした。

 それが――勇気には許せない事だったのだ。

 勇気は、この怒りを拳へと託し、シュカリバーンへと殴りかかるのだが――その一撃は防御魔法によって阻まれる。

「……ロザベールは、死んだのか?」

 彼の過去を知っているのならば、おそらく妖獣兵を率いている彼と鉢合わせたのだろう。

 ロザベールは忠実な男だ、生きているならば何が何でもシュカリバーンの元に勇気を行かせたりしない。

 勇気は何も言わないが、答えないというのが答えになっていた。

「……そうかロザベール、お前まで逝ってしまったか」

「…………あっ」

 その顔はどこか悲しそうに見える、てっきり道具の様に考えていたのかと思っていたので、それには勇気も驚いた。

「……勇気よ、お前の言葉はとても正しいが……それは偽善だ」

「なんだとぉ!」

 勇気は更にシュカリバーンの防壁を殴るが、ロザベールの時と全く違う。

 まるで岩盤でも殴っているかのように、固くビクともしない。

「やり返さないというのならば、怒りをどこに向けろと言うのだ、憎しみはどうやれば晴れると言うのだ、生き物は――自分が受けた以上の理不尽を与えないと気が済まないのだ」

 勇気の様に、差別をせずやり返しもしない人間は稀だ。

 多くは他人と自分を比べて、やられた事以上の物をやり返してしまう。

 現にシュカリバーンだって、エルフの仲間の敵討ちの為に――シャヘラザーンを滅ぼそうとしているのだから。

「生き物は醜い、他と自らを比べそこで有利にならなければ満足しない、生き物の真理は憎しみと怒りだ」

 多くの生き物はもっとドロドロとした感情を腹の底に溜めて、それを主軸にして生きているのだ。

 勇気の様に――綺麗事などでは生きていける訳がない。

「だからそれが駄目なんだ! そんな事をてめぇの大事な所に据えちまったら、誰とも分かり合えないだろう!」

 勇気は何度も何度も、シュカリバーンの防壁へと拳を振るう。

 しかし、割れる所かヒビさえも入らない。

 桁外れの魔法使いであるシュカリバーンの防壁は、その頑丈ささえも次元が違う。

 指が折れても、腕の骨が砕けても、貫く事が出来ない。

「分かり合う必要など無い……、慣れ合いはワタシには必要無い、ワタシはなすべき事があるの、その為にはどんな手段もいとわない!」

 約束を果たし、目的を遂げる為ならば――どんな事でもする、どんな酷い事も、汚い真似だってやってみせる。

 勇気が強い意思を持っているのと同じように、シュカリバーンも強い覚悟を持っていた。

「貴様に――我が望みを理解できるものかぁ!」

 シュカリバーンは、勇気に杖を向けると紫色の魔法陣を展開する。

 その大きさはシャハナ火山で使った物よりも大きく、より強い魔法。

「不死とは言え、この高さから地上に落ちれば再生に時間がかかるだろう! 貴様が再び目覚める時、この国は我が手によって滅んでいる!」

「その前に、お前をぶん殴る!」

 勇気は果敢にも魔法が発動するその限界まで、防壁を殴り続ける。

 だが、どれだけ殴っても防壁を貫く事は出来ない。

 何をどうしても、勇気はシュカリバーンを殴る事は出来なかった。

「さらばだ、勇気」

 魔法陣が一段と輝くと放電を始める。

 そして、強力な雷魔法が放たれる――。




 しかしその瞬間、空間が歪んだ。




 蜃気楼ではない、二人の間の空間そのものが歪み、ねじれている。

「――亜空間魔法!」

 シュカリバーンはその膨大な知識から、現象の正体を理解した。

 しかし勇気に向かって雷魔法を放とうとしている今、ソレを回避する事は不可能。

 そのねじれから、空間が開闢(かいびゃく)し霞色の光が漏れ出し――二人を侵食していく。

「なっ――」

「ぐっ――」

 言葉を発する事も出来ず、勇気とシュカリバーンは空間のゆがみへと引きずり込まれた。

 竜の背に残ったのは、シュカリバーンの杖だけだった。





************************************************************




 

 バルトロウーメスは、動ける部下に怪我人とネネリを預けて、アーメルと共に王都の近くの森からその惨状を見ていた。

「なんだ……コレは」

 人口が一五万人もいる王都ハルディアスが、あの巨大な都が跡形も無く消し飛んでいる。

 街があった場所は、黒い炎が燃え上がっていて、美しい街並みも絢爛豪華な宮殿も、何もかもが無い。

「……王都の民は、一体」

 アーメルも、その光景を見てただただ驚く事しか出来なかった。

 上空では竜が飛んでいるのが見える、おそらく勇気は戦っているのだろう。

「コレが……エルフの力なのか、コレが最古の存在の力なのか」

 次元が違いすぎる、こんな事をする者に――勝てる訳がない。

「団長、アレを!」

 アーメルがそう言って竜を指さした。

 すると、竜の背中から霞色の光が漏れ出して、しばらくすると消えてしまった。

「なんだ……今のは」

 それきり、時折見えていた炎や魔法陣の光が無くなった。

 勝負がついたのだろうかと思ったが、竜の様子が可笑しい。

 先ほどから同じ所をぐるぐると回って、まるで誰かを探している様だ。

「ふっ……ふは、ふははっ」

 その時、背後から苦しそうな笑い声と草木が揺れる音がした。

 驚いてバルトロウーメスとアーメルが振り返ると――。




 そこには、女帝エリザベージュがいた。




 怪我をしているのか体の至る所から血を流し、見るからに重傷を負っている。

 歩く事もままならず、ほふく前進の様に地面を這っていた。

 その姿は、あの玉座でふんぞり返っている彼女とは全く違う、とても惨めだ。

「見たか、老害め! わらわの魔法で亜空間に閉じ込めてやったぞぉ!」

 あの光は、エリザベージュの魔法だったのだ。

 自らが作り出した空間に相手を閉じ込めるという、空間魔法の中でも高度な技だ。

 彼女の手には、妖精の羽根を編んで造られたあの魔法増幅器がある。

 おそらくそれを使ったのだろう。

「皇帝……陛下」

「おぉ、治癒系の特殊技能(スキル)の女か……早くわらわを治療しろ」

「はっはい……」

 アーメルは命じられたまま、エリザベージュを治療しようとしたのだが――バルトロウーメスが、彼女の前に立ってそれを止めた。

「だっ、団長?」

 早くしなければ、女帝エリザベージュは死んでしまう。

 この国の王が死んでしまうというのに、なぜそれを止めるのか。

「陛下、貴方がなぜ生きておられるのですか、王都が全滅しているというのに……」

「何をいう、わらわが命からがら空間魔法で逃げたのだぞ! そんな事どうでもよい、わらわを早く治せぇ!」

 シュカリバーンの魔法が放たれたあの時。

 エリザベージュは、魔法を消せないと判断して、そこから逃げた。

 しかし使い慣れないので発動に時間がかかり、重傷を負ったものの、どうにか安全圏へと逃げる事に成功したのだ。

 しかし、そんな君主をバルトロウーメスは見下ろしながら、静かに口を開く。

「貴方一人だけ――逃げたのですか?」

 エリザベージュはバルトロウーメスに言ったはずだ。

 いざと言う時は、自分が魔法増幅器を使って民を守ると。

 しかし、実際そのいざと言う時彼女がした行為は――自分だけが助かるという、王としてあるまじき行為だ。

「この国の為だと言ったから、妖精を殺しその結晶を造ったのだ、民を守ると言ったから! 私は貴様の非道を黙認したのだぞぉ!」

 全てはシャヘラザーンとそこに暮らす民の為。

 そう思って、どんなに非道な事だと分かっていても、それに従って来た。

 それなのに――彼女は裏切った。

「民が何じゃというのじゃ! わらわは皇帝ぞ、わらわは偉いのじゃ! わらわこそ守られるべき存在、わらわがわらわの命を優先して何が悪いのじゃ!」

 その言葉こそ――エリザベージュの本音だ。

 バルトロウーメスは、惨めに這いずる事しか出来ない彼女を冷たく見下ろす。

「おっ……おい、わっわらわを助けよ、わらわは皇帝ぞ、偉いのじゃぞ!」

 なんと言われようとも、バルトロウーメスはアーメルの前から退かない。

 ただ冷たい視線で見下ろすだけ――。

 エリザベージュの出血は止まる事が無く、徐々に手足の感覚がなくなって行く。

 その時初めて、彼女は自分が今『死ぬ』のだと理解した。

「わっ……わらわ、は……こ、てい」

 喋る事も出来なくなり、エリザベージュは頬を地面につけて動かなくなる。

 その眼が最後に見たのは――、バルトロウーメスの怒りだった。





「…………」

 死んだエリザベージュを、バルトロウーメスは見下ろす。

 神にも等しいと言われていた彼女が、あっけなく死んだ。

「団長……」

 皇帝を見殺しにするなど極刑である、アーメルは心配そうに彼を見る。

「…………アーメル、この女を見殺しにしたのは私だ、全ては私の責任だ」

 民をないがしろにした事が、どうしても許せなかったのだろう。

 この国で一番民の事を考えていたのは彼だ、その事をアーメルは知っている。

 だから、悔しさと悲しさに震える背中を優しく抱きしめた。

 今は、彼を支えて上げる事しか、してあげられる事は無かった。




『ピィィ――――』

 甲高い鳴き声と共にフェニックスがやって来た。

 その背中には、勇気の姿は無くリリィだけが乗っていた。

「妖精の女王……、貴方だけか!」

「ユーキは一人でエルフに向かってったわ、――っその女!」

 リリィの眼に映ったのは、女帝エリザベージュの死体だった。

 絶対の力を振るっていたにも関わらず、こんな所で惨めに死ぬなんて。

「……妖精の女王すまなかった、貴方を仲間の命を我々は無駄にしただけだった」

「……アンタ」

 バルトロウーメスの様子が可笑しいのは、リリィでも分かった。

 何かあったのだろうが、それを問う気はない、今はそれよりも勇気だ。

「アーメル、アンタの特殊技能(スキル)でラーミアを回復して、速くユーキの応援に行かないと!」

 それを聞いて、バルトロウーメスとアーメルは驚いた表情をする。

「……さっきこの女が、エルフを亜空間に閉じ込めたと……」

「亜空間魔法……えっ、ちょっと待って……それじゃあユーキは!」

 シュカリバーンと戦っていたのなら、それに巻き込まれた可能性がある。

 幾ら不死でも、亜空間に閉じ込められてしまったらどうしようもない。

 亜空間はこの世界から断絶された、疑似空間。

 そこから脱出する方法など――ない。

 誰にも、勇気を救う事は出来なかった。





************************************************************






 真っ暗な空間。

 どこまで続くか分からない空間に、勇気は座っていた。

「……なんだぁ、ここ?」

 さっきまで竜の背中にいたはずなのに、気が付いたらこんな所にいる。

 一体何が起こったのか、勇気は理解できなかった。

「……随分、余裕だな」

 振り返ると、シュカリバーンが立っていた。

 杖は無く、竜もいない、彼だけが勇気と同じこの空間にいる。

「お前……、何をやったんだよ!」

「ワタシではない……大方、あの女帝め生きていたのだろう」

 シュカリバーンも、その場に座った。

 いつもの無表情と変わりがないのだが、ほんの少しだけ悔しがっている様に見える。

「なぁ、ここからどうしたら出られるんだ?」

「出口など無い、ここは亜空間魔法で造られた疑似空間だ」

 亜空間魔法は、空間魔法の中でも高度な業。

 本来の空間の上に、疑似的な空間を作り出す魔法。

 実際の空間とは完全に断絶しており、この空間には出口など存在しないのだ。

「ここから出る事は不可能、我々は永遠にこの空間に閉じ込められたのだ」

 勇気ばかりに眼が行って、亜空間魔法を避ける事が出来なかった。

 あの時もし戦っていなければ、アレぐらい簡単に回避できたのだ。

 何たる失態だろうか、幾ら悔やんでも悔やみきれない。

「こんな殺風景な所に永遠って嫌だなー」

 だが事の重大さを理解していないのか、勇気の言葉はとても軽い。

 しかも寝っ転がってくつろいでいる、ここまで来ると呆れを通り越して感心する。

「……貴様は、豪胆なのか能天気なのか分からぬな」

「そうかぁ? 俺はただ普通にしてるだけなんだけどなぁ」

「貴様、ワタシを殴るんじゃなかったのか? ここでまた戦いを続けるか?」

「そうしたいのは山々なんだけどなぁ~、お前のバリア滅茶苦茶硬くて正直お手上げなんだよなぁ……」

 シュカリバーンの防壁は硬すぎて、どれだけ殴ってもヒビ一つ入らない。

 それでは殴ったって無駄だ、とは言えロザベールの時の様に上空から特攻を仕掛ける事も出来ないし、勇気にはシュカリバーンを殴る手立てが無かった。

「まぁちょっと寝ながら考える、お前をぶん殴って、喧嘩を両成敗する方法」

 寝ながら考えられるかは置いておいて、正直シュカリバーンも勇気を倒す事など出来ない。

 彼は『完全な不死』、ランク6の特殊技能(スキル)を持つ不死者なのだ。

 どんなに強力な魔法を撃った所で意味はない、こちらが消耗するだけの話だ。

 勇気はシュカリバーンの防壁が破れず、攻撃が出来ない。

 一方シュカリバーンは、勇気が不死のせいで殺せない。

 両者は共に強すぎるが故に、完全に詰んでいた。

「それに……俺は約束したんだ、三人で旅をしようって」

 それはリリィと指切りをした時。

 リリィとネネリと三人で、このベルカリュースを旅しようと約束したのだ。

 こんな所に永遠に閉じ込められてしまったら、その約束を果たせない。

 約束を破るのは――絶対に嫌だった。

「…………」

 シュカリバーンはしばらく勇気を見つめると、静かに――口を開いた。

「……もし、ここから出る方法があるとしたら――、どうする?」





「えっ、あんのかよ!」

 出口は無いとか、永遠に閉じ込められたとか、思わせぶりな事を言っておいて、アレは壮大なフリだったのだろうか。

「必ず出られる保証はない、下手をしたら不死の貴様でも死ぬぞ」

「えっ……」

 特殊技能(スキル)で不死にも関わらず、死ぬかもしれないなんて、一体どういう事なのだろう。

「誓約を知っているか?」

「確か……リリィがそんな様な事言ってた気がする」

「この世界の最上の取り決めであり、絶対に破れない約束」

 国家間の重要な取り決めなどに使われる、異世界ベルカリュース最大の約束方法。

 コレを前にしては、いかなる事をしても破る事は出来ない。

「俺とお前でその約束をするのか?」

「我々の間ではない、我々が約束をするのは――この世界自体だ」

「……世界?」

 世界と約束をするというのは、いまいちよく分からない。

 勇気が首を傾げると、シュカリバーンは続ける。

「あるいは神と言ってもいいかもしれない、神と誓約を結ぶのだ」

 本来誓約は、人同士、あるいは国家間で結ばれる物だ。

 互いに嘘偽りない名を告げ、約束事を取り決めるのだが――あえてコレを神とする。

「ベルカリュースでは、強い願いや意思は、神へと聞き届けられる場合がある……もし、我らの願いを神が聞き届ければ、この空間から救ってくれるはずだ」

「……それって、ようは受験勉強によくやる神頼みって事だよな?」

「そんな生易しい物ではない、何かをなすにはそれなりの見返りが必要だ」

 人同士でやる時は、Aの要求とBの要求を言い、両方が同意して約束をすればいいのだが――相手が神となるとそうはいかない。

 Aの要求を叶える為に、神が何を求めて来るかは――叶ってからではないと分からないのだ、それこそ無理な要求をされたり、命を奪われたりする可能性は十分ある。

「貴様の不死は神から授けられた物、神がこの空間から脱出させる代わりに貴様の命を望めば、不死者でも死ぬ」

 神との誓約は、あまりにもハイリスクだ。

 必ずしも、望み通り行くとは限らない、むしろ結果的に悪い方向に向かうかもしれない。

「……どうする、貴様はコレをやるか?」

 どこか面白そうに、シュカリバーンは勇気に尋ねた。

 少しくらいは何が起こるか分からないという事に、恐怖を抱くかと思ったのだが――。




「うしっ、やるか!」




 勇気は即決だった。

 何も迷う事無く、間を開ける事なく答えた。

「……本当に良いのか? 神からどんな見返りを求められるか分からないのだぞ」

「まぁ、こんな所にいつまでもいたくねぇし、少しでも脱出の可能性があるなら、俺はそれに賭けたい」

 ここにいったって、リリィやネネリの所には戻れないのだ。

 だったら神からどんな仕打ちを受けようとも、その可能性に賭ける方がずっといい。

「お前だってそうなんだろう?」

 シュカリバーンも、この空間にずっといる気はないのだろう。

 彼には成し遂げたい望みがあるのだ、それがどんなに非道な事だとしても、ここで果てる気はないはずだ。

「……貴様には関係ない」

「んだとぉ覚えてろよ、ここから脱出したら絶対ぶん殴るからな!」

 ここまで来てそんな態度をとるなんて、外見は少女と見紛うぐらい可愛いのに、全然可愛くない。

 憤慨する勇気を見て、シュカリバーンは口元に小さな笑みを浮かべた。

「……ああ、ここから出られたのなら、幾らでも相手をしてやる」

 二人ともこんな所にいる訳にはいかなかった。

 帰らなければならない場所がある、果たさなければならない約束がある。

「ただ強く、神を思い浮かべなら願うのだ、今はこの願いを神へと聞き届けて貰う事に全力を駆けろ」

「分かった……、とにかくお願いすればいいんだな」

 思い浮かべるのは、大切な人々がいるあの世界への帰還。

 二人は胡坐をかいて座ると、まるで瞑想でもする様に、静かに一心に願った。

 時間経過も分からなくなった時、願いが叶った。


 そして――神は誓約をする。





************************************************************





 リリィはただひたすら、勇気の帰りを待っていた。

「ユーキ……」

 亜空間では、空間を支配しているリリィでも手出しが出来ない。

 こんな時、勇気だったらどうするのだろう。

「もう日が暮れる、ここは危険だ」

 竜はどこかへと飛び去って行ったが、今シャヘラザーンは攻め込まれているのだ。

 夜は何が起こるか分からない、安全な所へ一時的にでも退去するべきだとバルトロウーメスは告げるのだが――リリィは動かない。

 出会ってほんの数日だが、勇気は彼女にとってとても特別な存在なのだ。

 勇気が戻って来ないのに、どこかへ行くなんて考えられない。

「……今思うと、彼はコレが役目だったのではないだろうか」

「えっ……」

「神がもし役目を人に与えているのならば、彼は魔王を倒し、魔王将と相打ちになる事で、この国を救う『勇者』になる為に……」

 異邦人がベルカリュースに呼ばれるのは、神に呼ばれているからと言われている。

 それぞれ役目を与えられて勇気はこの為に、多くの人々を救う『勇者』としてこの世界に召喚されたのではないだろうか――。

「ふざけないで! ユーキは約束したんだから、アタシとネネリと三人で、旅をしようって! 指切りしたんだからぁ!」

 激高するリリィの眼には、涙が浮かんでいた。

 彼女自身よく分かっているのだ、亜空間から抜け出す方法が無い事くらい。

 それでも認めたくなかったのだ、勇気がそんな事の為に――この世界に呼ばれたなんて、信じたくなかったのだ。

 怒りが収まらない彼女は、聞こえる訳がないのにこの怒りをぶちまける。

「ユーキの馬鹿ぁ! アンタなんか、指切られて一万回殴られて、針千本飲まされればいいのよぉぉぉぉ!」

 夕焼けで真っ赤に染まった空にリリィの声は響き、溶けて消えて行った。

 大粒の涙を流すリリィ泣く声だけが、静かな世界に拡散する。

 誰もこの涙を止める事は出来ない。

 ある少年をのぞいては――。




 突然柔らかな光が、リリィの頭上に溢れ出した。

 それは夕日の光ではない、もっと明るく優しい色をしている。

「なっ……なに?」

 リリィもバルトロウーメスも、そしてアーメルも驚いて、その光を見上げる。

 光は、どんどん大きく眩くなっていく。

 そして――眼を開ける事もままならなくなった時。



 勇気が帰還した。



「うごっ!」

 突然宙に現れた勇気は、地面に落ちてお尻を打ち付ける。

 とても間抜けな姿なのだが――今は、それが嬉しい。

「ユーキ!」

「うおっ、りっリリィ……」

 リリィは勇気の頬に抱きついて来た。

 その姿を見て、ようやく自分が戻って来た事を理解した。

「馬鹿ぁ、なんでアンタはいつも一人で先走るのよぉ! アタシは相棒じゃなかったの! 運命共同体じゃなかったのぉ!」

「悪かった、悪かったよリリィ」

 リリィは、ぽかぽかと小さな手で殴りかかって来る。

 何とか怒りを治めたいのだが、彼女の怒りはそう簡単には収まりはしない。

 困っている勇気に、バルトロウーメスが口を開いた。

「ユーキ……お前は英雄、いや『勇者』だ……なんと礼を言えばいいか分からない」

「別に礼なんてどうでもいい、俺は俺のしたい事をしただけ何だから…………それよりア~メルさ~~ん、約束通り戻って来たんですから、一緒にお食事しましょうよ~~」

 そう言って鼻の下を伸ばす勇気、しかしその態度がリリィの怒りを更に燃え上がらせる。

「こんのぉ~~、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿ユーキぃぃぃぃ!」

「うおっ、おっお前目潰しは卑怯だぞぉリリィ!」

 目潰しを仕掛けるリリィから逃げ回る勇気。

 その光景からは、つい先ほどまで死闘を繰り広げていたとは到底思えない。

 ただいつもの幸せな光景があるだけ、でもだからこそ、いつもの場所に戻って来たと心から幸福を実感できた。

 しかし、それは所詮束の間の事。



 神と誓約するのなら――、それに見合うだけの対価を支払わなければならない。





「馬鹿馬鹿――って、ゆっユーキ!」

 突然、勇気の体が薄い山吹色の光に包まれ始めた。

 光が粒となって勇気を覆って行くと、彼の体が徐々に薄くなっていく。

 この光には見覚えがあった。

 これは――勇気が死にかけて、ベルカリュースに来る前に見たあの光と同じ物。

「ウソ……、ウソでしょう」

 空間の支配者であるリリィは、その光の意味を理解した。

 これは世界転移の光、神が勇気をこのベルカリュースから別の世界へと転送しようとしているのだ。

 それはつまり――お別れを意味していた。

「駄目、駄目駄目! ユーキを連れて行かないで!」

 リリィは必死に山吹色の光を消そうとするが、コレは神の御業だ。

 彼女程度の存在で、どうにか出来る様なものでは無かった。

 せっかく亜空間から戻って来たのに、やっと全部終わったのに。

 もう――一緒にいられない。

「……つき」

 リリィは肩を震わせながら、そう言った。

 眼からは沢山の涙を流し、感情のままに勇気へと罵声をぶつける。

「ユーキの嘘つき! 皆で旅をするって、ずっとアタシ達と一緒にいるって言ったじゃない、約束は破らないって、言ったくせに!」

 シャハナ火山の夜の約束を、一体どれほど楽しみにしていたか、勇気は分かっていない。

 あの時リリィがどんなに嬉しかったか、あの約束のおかげで、どれだけ救われたか――彼は全く理解していない。

「…………嫌ぁ、行かないでユーキ」

 これからもっと、一緒に過ごすはずだったのだ。

 もっと楽しい事をして、もっと色々な喜びを共有するはずだった。

 それが無くなってしまったら、一体彼女はどうすればいいというのだ。

 帰る場所も、妖精の仲間もいないのに――、これからどうやって生きればいいというのだ。

 リリィの涙は止まらない、体中の水分を流すくらいの勢いで、ただ泣いていた。

「うっ……うえっ、うっうぅ」

 しかし――そんな彼女の涙を、勇気の小指が拭った。

 大分体が薄くなって、向こう側の景色が見えている。

 もういつ消えても可笑しくない中、勇気は何時もの笑顔を浮かべる。

「泣くなよ、お前はいつも通り、ちょっとやかましいくらいがちょうどいいぜ」

「なっ――、なんですって!」

 こんな時まで人をおちょくる勇気に、リリィは憤慨する。

 しかし怒る彼女に、勇気は小指を突き出した。




「ほら、約束しようぜ!」




 いつも通りなんの根拠もないのに説得力があって、どこか頼もしかった。

 いつも通りだからだろうか――、だからリリィも素直にその小指を握る。

 大切な、とっても大切な約束をする為に――。

「ゆーびきりげんまん」

「ウソついたらはりせんぼんのーます」

 コレはただの約束。

 神との誓約に比べれば、ずっと小さくて力も無い。

「「指切った!」」

 でも――それでも、二人にとっては大切な約束。




「絶対、戻って来るからさ!」




 力強い笑みを浮かべる勇気。

 だが、その姿は山吹の色の光の粒の中へと飲まれ――そして消えて行った。





「…………うっうぅ」

 リリィはただ静かに泣いていた。

 もう勇気はこの世界にはいない、元の世界に帰ってしまった。

 やって来た異邦人は沢山いるが、戻って来た異邦人は今までいない。

 この約束が、どれほど難しいか誰もが分かっていた。

「……妖精の女王」

 バルトロウーメスとアーメルは、涙を流す彼女の後ろ姿を、ただ見つめていた。

「ユーキ……」

 しかしリリィは両眼の涙を拭うと、さっきまでこの場所にいた少年へ言い放つ。

 彼に負けないくらい力強く。

「妖精に寿命は無いんだから! 何年でも何十年でも待ってやるわよ、何百年、何千年でも、アンタを待ってる!」

 いつまでも、いつまでも――どれだけ時間がかかって、待っていよう。




「絶対に戻って来て、ユーキ!」




 それが、他の誰でもない。

 大事な少年との、大切な約束なのだから――。





************************************************************





 それから数日後。

 魔王ロザベールと、魔王将シュカリバーンを失ったヴェルハルガルド軍は、四万の戦力を半分以下に減った事もあり、シャヘラザーン侵攻を中止。

 マグニ領を占拠し、コレを自国のモノとした。

 一方王都と皇帝を失ったシャヘラザーンに、マグニ領を奪い返す力はなく、容認するしかなかった。

 戦争の継続は不可能となり、休戦となった。




 そして王都と皇帝を失ったシャヘラザーンは、今まで抑えつけられていた領主達が国政を巡り、酷い内戦となった。

 その中でただ一人、民の事を優先して考えた男がいた。

 戦から三年後、彼を支持する国民達により彼の名を冠した国が誕生する。

 それが輝きの王国、ハルドラ。

 そして初代国王こそ、バルトロウーメス・ハルドラ。

 彼の傍らにはいつまでもアーメルがおり、後に結婚し女王として国を支える。



 内戦によりシャヘラザーンは三つの国に分裂し、ベルカリュース最大の国家の歴史は幕を閉じた。 

 しかし滅亡の最大の要因である魔王将シュカリバーンの消息は不明。

 百年後、竜共々死亡と判断されたと歴史書は語っている。




 そして魔王を倒した異邦人の少年は、後に伝説となった。

 太陽よりも明るい輝きを放ったその姿から『光の勇者』と呼ばれ、のちの世まで語り継がれる事となる。

 しかし、伝説は全てを語ってはいない。

 長き時を経て尾ひれが付き、真実とはだいぶ変わってしまったものの――ハルドラの人々は、その少年の事を決して忘れない。

 彼の行いは永遠と語り継がれてゆく。

 


 一人の少年の話は、いつまでも語られる。



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