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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
外伝 千年前の勇者編
51/100

第四六話 喧嘩は、両成敗だ!




 ネネリは、丘の上からその様子を見ていた。

 遠くて良く見えないが、時折リリィの魔法の光が見えたり轟音が聞こえたりする。

 あそこで、勇気とリリィが戦っている。

「……ユーキ」

 自分だけが、安全な場所で見ている事しか出来ない。

 それが――嫌だ。

「……あっ」

 黒いワイバーンが空から急降下して行ったのが見えた。

 おそらくアレが、リリィが言っていたヴェルハルガルドの魔王だろう。

 あんなに沢山の妖獣兵に加えて、魔王まで来てしまったら――勇気達が危ない。

「…………蜥蜴人(リザードマン)、何をしている」

 フェニックスの卵を抱えて、戦場を見つめているネネリに、アーメルはそう言った。

 彼女だって、本当はバルトロウーメスの後を追いたかったのだが、怪我人の治療と護衛を任されてしまったのだ。

 あの軍勢に彼が立ち向かっていると思うと、不安で仕方がない。

「お前が行っても足を引っ張るだけ、何の役にも立たない」

 そう、あそこで行われているのは、次元の違う戦いだ。

 弱い者が行った所で、何の役にも立たないというのは分かり切った事だ。

「…………大人しく、ここで勝利を願うしかないのだ」

 そう、弱い者は願う事しか出来ない。

 アーメルも本当はバルトロウーメスの役に立ちたかった。

 しかし、あの軍勢を目の当たりにしたら――足がすくんだ。

 見ただけで分かった、アレに自分は敵わない。

 だから、ここで言われた通り命令を遂行しながら、願っているのだ。

 弱い者が出来るのはそれくらいなのだが――ネネリは突然振り返ると、アーメルへと近づいて来た。

「なっ……なんだ、蜥蜴人(リザードマン)!」

 異種族の突然の接近に、アーメルは戸惑った。

 後退りするが、ネネリは更に近づいてくる。

 攻撃かと思い、身を守る為に剣へと手をかけた――のだが。

「コレ……持ってて」

 フェニックスの卵を、アーメルへと差し出した。

 一体何を考えているのだろうか、それは勇気が大切にしていた物だ。

 訳が分からず唖然としているアーメルに、ネネリは半ば強引に卵を押し付けた。

「割らないで……ユーキが悲しむから」

 そう言うと、アーメルに背を向けて走り出した。

 安全地帯とは逆の、戦場へ。

「まっ待て! 止まれ!」

 アーメルは命令するのだが――ネネリは止まらなかった。

 弱い者の言葉など――、強い意志のある者には響かない。

 ネネリは、一人戦場に向かって走った。




************************************************************



「……私の何が、間違っているというのだ」

 魔王ロザベールは、勇気へとそう言った。

 自分の復讐を否定した彼を、怒りに満ちた眼で睨む。

「私はただ生きていただけだ、なんの罪も犯してはいなかった!」

 ただ半魔人として生まれただけで捕らわれて、いわれのない暴力を受けた。

 そして家族も、自分の手足も失い――化物になった。

 こんな仕打ちを受ける様な事は、何一つしていなかった。

「私には権利がある! この国に私が受けた物をやり返す権利が!」

 やられたらやり返す。

 この腹の底から沸き上がる憤怒と憎悪のままに、シャヘラザーンを、人間を滅ぼす権利が、彼にある。

「私が復讐して何が悪い!」

 こんなにも酷い仕打ちを受けたのだから、それを仕返そうとするのは当然の事。

 コレは普通の心理だ。

 しかし――。




「餓鬼かお前は!」




 勇気はそれを否定した。

 餓鬼、ヴェルハルガルドの魔王を――彼は餓鬼と言った。

 それには、言われたロザベールも、聞いていたリリィもバルトロウーメス達も、ただ驚く事しか出来ない。

「黙って聞いてれば……お前が言ってるのはなぁ、子供の理論だろう!」

「なん……だとぉ」

「だってそうだろう、やられたらやり返すなんてのが通じるのは、せいぜい中坊までだ!そんな歳になってもまだ分かんねぇのか!」

「ユーキ……」

「お前が酷い目に遭ったのは分かる、それが全部シャヘなんとかせいだってのも、お前が悪くないのも全部分かってる――でも、それでも!」

 勇気は驚き戸惑っている者達を無視して、更に言葉を続けた。

 



「酷い事されたからってなぁ、酷い事をしていい理由にはならねぇんだよぉ!」




 ロザベールが確かに理不尽な事をされた。

 酷い暴力を受け、耐え難い恐怖を感じた。

 しかし、だからと言って他人を傷つけていい理由などにはならない。

「フェニックスはなんの関係も無かっただろう、お前がやっているのは自分が正しいって泣きわめく、駄々っ子と一緒だぁ!」

 ロザベールの復讐に、フェニックスはなんの関係も無かった。

 ただシャヘラザーンを滅ぼす為の妖獣兵に、その心臓が必要だっただけ。

 そんな理由で、奪われて良い命がある訳ない。

「……少年」

 毅然とした態度で反論した勇気を、バルトロウーメスは見つめる。

 その意志には、一切のブレがない。

 本当にそう思って、そう言っているのだ。

「俺は、お前をぶん殴る」

 血質継承(けっしつけいしょう)の力によって、勇気の体が更に輝きを増す。

 それはまるで、彼の意思に反応している様だった。

「シャヘラザーンの味方をするか……貴様も所詮人間という事だな……」

 異邦人も結局は人間だ。

 妖精と行動を共にしていようが、フェニックスの心配をしていようが、結局最後は人間の味方になるのだ。

「違う、俺はシャヘなんちゃらの味方でもなければ、ヴェルなんちゃら味方でもない!」

 勇気は強く否定してみせた。

 しかし今、勇気はこうやってロザベールの前に立ちはだかっている。

 コレでシャヘラザーンの味方でないというのは、一体どの口が言っているのだ。

「俺は、喧嘩はどっちにも加担しねぇって決めてんだ!」

 戦争を喧嘩と言った。

 既に数千規模で死人が出ているこの戦争を――、そんな小さい物だと言い放った。

「きっ貴様、戦争を喧嘩などと――」

「喧嘩は喧嘩だろう! 大体喧嘩はな他人の話を聞かねぇ頭の固い奴が二人いるから起こるんだ!」

 勇気にとっては戦争も喧嘩の一つ。

 喧嘩は売る方も、買う方も悪い。




「喧嘩は、両成敗だ!」



 

 それは全く適当な言葉だ。

 しかし――なぜかその言葉には強い意思があって、説得力があった。

 ただの少年の言葉なのに、なぜか彼の言葉は人の心に良く響く。

「……あくまでも我が前に立ちはだかるか、不死の少年」

 ロザベールは勇気を睨むと、静かにそう言った。

 いや、初めから理解されない事くらい分かっている。

 自分の境遇や、この怒りを理解してもらう必要などない。

 彼には絶対の理解者がいるのだ、他の誰にも理解されなくとも良い。

「……ならば、私を止めてみよ!」

 ロザベールは、周囲に散らばる妖獣の残骸に触れた。

 すると肉片が膨らんだかと思うと、ロザベールの体内に吸収される。

 更に肉片同士がくっついて、より巨大になって行く。

「なっなんだ……」

 ロザベールの特殊技能(スキル)『吸収』。

 命ある物と無機物以外を、自身に取り込む事が出来る。

 そして今この場にあるのは、命無き死骸達。

「まずい、あいつを止めるんだ!」

 ここにいる妖獣兵は、二万。

 リリィの魔法によってかなりの数が消滅したが、それでも軽く一万を超える妖獣兵、つまり死骸がある。

 死骸を自分の体に取り込めるロザベールにとって、ここはパーツに事欠かない。

 ロザベールは、周囲の妖獣を吸収して自身の体を強くしようとしているのだ。

 急いでバルトロウーメスが妖獣兵を斬るが、無意味だった。

「この妖獣兵共には私の細胞が移植してある、細胞を介し意のままに操る事が出来る」

 妖獣兵を造った炉は、ロザベールの培養した細胞をベースに造り上げてある。

 本来異なる個体だったはずの妖獣が拒絶反応もなく、兵として機能するのは、『吸収』の特殊技能(スキル)を持つ彼の細胞が、繋ぎの役割を果たし脳の代わりに体を動かしているのだ。

 故に、ロザベールが命じさえすれば、妖獣兵の細胞は大本である彼の元へと集まって来る。

「最早復讐の為に手段は選ばない……、今ここで私直々に貴様等を葬ってやる!」

 妖獣(ヨーマ)を取り込み、ロザベールの体は膨れ上がる。

 膨張した体が破裂して、そこから何本もの手や生えて来る。

 背中からは肉片がまるで鞭の様に伸びて、まるで触手の様になった。

 沢山の死骸を取り込み膨れ上がった体は、更に異形な物に変貌を遂げた。

 死骸を束ねた全長一〇メートルの肉塊――、その中に辛うじてロザベールの顔と胴があるだけ。




 その姿は到底この世の物とは思えない、まさに化物だった。




「……魔王が追い込まれたら巨大化するのは、ゲームの世界だけにしろよ!」

 勇気は拳を握ると、ロザベールに向かって走り出した。

 拳に力を込めると、眩い光で輝く。

「うるああああああっ!」

 露出するロザベールの本体を狙うのだが、行く手を阻む様に触手が襲い掛かる。

「くっ――りゃあ!」

 勇気は触手を殴った。

 血質継承(けっしつけいしょう)によって強化された拳は、固い鱗で覆われた触手を砕き、貫き、引き千切る。

 切断面から青紫色の肉が露出して、ちぎれた触手が肉塊になって地面へと落ちる。

 



 ――しかしその前に、切断面から新たな触手が再生した。




「なっ!」

 今のこの戦場は、ロザベールにとって自身のパーツの替えに事欠かない状態だ。

 妖獣兵を取り込み、欠損した個所を補う事など造作ない。

 ロザベールには、一万の妖獣兵は自身を強化する素材に過ぎないのだ。

「しゃらくせぇ!」

 勇気は、触手を飛び越えると走る。

 触手は相手にするだけ無駄、避けてロザベールの本体を狙う。

「無駄だ」

 ロザベールがそう言った瞬間、触手から新たな触手が生えた。

 牙と爪を編んで作られたそれは、さながら槍の様。

 槍の触手を更に三本作り出すと、勇気目掛けて発射する。

「うおっとっとぉ!」

 三本は避けられたのだが、一本が勇気の右肩へと直撃した。

 槍は衝撃で腕を吹き飛ばし、勇気に激痛を与える。

「ぐああああっ!」

 強化された勇気の腕を吹き飛ばすなど、その辺の剣でも出来ない。

 素材になった妖獣(ヨーマ)はかなり強いモノなのだろう。

「ユーキ!」

 リリィは勇気の悲鳴を聞いて、直ぐに駆けつける。

 真っ白な魔法陣を展開すると、光の槍が触手を貫いた。

 更に貫かれた触手はリリィの特殊技能(スキル)によって、消失する。

「俺を気にするな、この位直ぐに再生する!」

 そう言っている間に、勇気の腕は瞬く間に再生する。

 勇気は不死、この程度の怪我どうという事は無いが、リリィは違う。

「いいから、お前はバルメス達と一緒にいろ!」

「何言ってんのよ! アイツは妖獣(ヨーマ)を取り込んでるのよ、アタシがアイツの一番の弱点なのよ!」

 リリィの特殊技能(スキル)は、妖獣(ヨーマ)に対する絶対的な攻撃が出来る。

 現に勇気が殴り、千切った触手の破片は、再びロザベールへと吸収されてしまい、意味が無い。

 だがリリィの攻撃は、妖獣(ヨーマ)で出来た彼の触手を完全に消滅させる事が出来る。

 この場にいる者では、リリィだけが彼に有効な攻撃出来るのだ。

「…………確かに、貴様は厄介だ」 

「妖獣兵もろとも、消し飛ばしてやるわ!」

 リリィはそう言って右手をロザベールへと向けると、薄紫色の魔法陣を展開させる。

 ありったけの魔力を込める。

 体の大半の部分は妖獣(ヨーマ)で出来ているのだ、リリィの魔法ならば妖獣(ヨーマ)の体を吹き飛ばし、更にロザベールへと直接ダメージを与えられる。

「ふっ――」

 しかし、ロザベールは命の危機だというのに笑った。

 リリィが不思議に思ったその瞬間――、地面から触手が現れる。

「なっ!」

 触手を地中へと伸ばし、完全な死角から彼女を狙ったのだ。

 避け様とした時には既に遅く、リリィは触手に捕まってしまう。

「――リリィ!」

 勇気は、振り返って驚いた。

 その触手は、勇気の腕で出来ているのだ。

 ロザベールは先ほど吹き飛ばされた勇気の腕を吸収して、自身の物にしたのだ。

 人間の腕は妖精を捕まえるのはちょうどいい。

 初めからリリィを狙っての事だったのだ。

「このまま、握り潰してやる」

「くっあぁっ!」

 ロザベールに吸収された勇気の手は、信じられないほど強い力だ。

 このままでは圧死してしまう、リリィは魔法を放とうと詠唱をする。

「雷霆は――」

「させるものか」

 ロザベールはリリィを握る手に、更に力を込める。

 最早息を吸う事さえもままならず、詠唱が出来ない。

「ぐっ……あっああ」

 全身に激痛が走り、骨がきしむ音が聞こえた。

 肺が空気を取り込めず、息を吸えない。

「リリィを離しやがれぇ!」

 勇気はリリィを捕まえている触手をぶん殴ろうと、拳を引く。

 しかし――ロザベールは、勇気へと右手を向けると黒い魔法陣を展開させた。

「闇魔法『重圧(グラヴィティ)』」

 




 瞬間、勇気は地面に押しつぶされた。




 まるで巨大な鉄球でも落とされた様に、勇気は倒れた。

 体が鉄の塊にでもなったかのように重くて、起き上がれない。

「殺せないなら、動けなくすればいい……お前はそこで妖精が死ぬのを見ていろ」

 闇魔法は重力を操る魔法でもある。

 ロザベールは魔法によって、勇気にかかる重力は数倍になっているのだ。

 血質継承(けっしつけいしょう)をもってしても、自身の体が重くなってはどうする事も出来ない。

「りっ……り、りぃ」

 顔を動かす事もままならない。

 地面に磔にされた勇気は、握り潰されようとしているリリィの名を呼ぶ事しか出来ない。

「ゆ……きぃ」

 リリィは勇気の名を呼ぶが、ロザベールは更に力を強めた。

 そしてその時――リリィの羽根にヒビが入る。

「――――――っ!」

 七色に輝くガラス細工の様な羽根。

 六枚ある、リリィの羽根の一枚にヒビが入ると、同時に例えようのない激痛に襲われた。

 妖精の羽根は、妖精の魔力の源だ。

 破損した事によって、魔力が逆流して激しい痛みを生む。

「妖精の女王!」

 リリィの悲鳴を聞いて、バルトロウーメスは急いで救出を試みる。

 しかし、彼と彼の部下の前を妖獣兵が塞ぐ。

「くっ――はぁっ!」

 バルトロウーメスは闘気を込めた一撃で、妖獣兵を両断する。

 しかし、直ぐに別の妖獣兵が立ち塞がった。

 ロザベールは、なにがなんでもリリィを殺したいのだ。

「くっくそう、キリがない!」

 半分倒したとはいえ、まだ一万の兵が残っている。

 それを倒して、リリィを救うなど出来る訳がなかった。

 誰もリリィを救えない。

 ただ彼女が握り潰されるのを――見ている事しか出来ない。

「やっ……めろぉ」

 闇魔法によって押し潰されている勇気は、そう言ったが――それはまるで蚊が鳴くような小さな声。

 ロザベールを止めるには、あまりにも小さすぎた。

「大事な妖精が自分の『腕』で殺されるのを、見ているが良い!」

 ロザベールが、そう言ったその時。




 妖獣兵が、ロザベールへと襲い掛かった。




 巨大な爪を振るい、妖獣兵はロザベールの肥大化した体を裂いた。

「――なっ」

 妖獣兵はロザベールの細胞を培養して作った『炉』によって生成された。

 体には妖獣(ヨーマ)の残骸と共に彼の細胞があり、その細胞は大本であるロザベールの支配下にあるのだ。

 その妖獣兵がロザベールを攻撃するなど、あり得ない。

 しかし、妖獣兵は更に爪を振るって、リリィを握り潰そうとしていたロザベールの触手を切り落とした。

「がはっ――」

 腕と共に地面に落ちたリリィは、指の隙間から這って逃げ出した。

 圧力から解放されて、潰れかけていた肺に空気が入る。

「げほっ……がっ……はー、はー」

 あと少し遅れていたら窒息していただろう。

 酸素を補給して、どうにか危険は脱した。

「……くっ」

 もう少しで面倒なリリィを殺す事が出来たのだ。

 一体なぜ妖獣兵が反逆などという誤作動を起こしたのか。

 ロザベールが周囲を見渡すと――その小さな影の存在にようやく気が付いた。

 



 そこにはネネリが立っていた。



 

 彼女は紫紺色の魔法陣を展開させている。

「ねっ、ネネリ」

 なぜ、丘の上で待っている様に言ったのに――こんな場所に来るなんて危険だ。

「ネネリ……駄目、ここは危ないのよぉ、早く戻って!」

 リリィは、傷ついた体を引きずりながらそう言ったのだが――ネネリは戻らない。

 それどころか魔法陣に更に魔力を注いで、出力を上げる。

 すると、近くにいた妖獣兵が紫紺色に輝いたかと思うと――踵を返してロザベールの方へと向かっていく。

「……アレは、死霊魔法」

 死体を術者の魔力によって操る死霊魔法。

 ここにいる妖獣兵は、フェニックスの生命エネルギーで動いている死骸に過ぎない。

 ネネリは、それを死霊魔法で操っているのだ。

「でも……アレは普通の死体じゃない」

 妖獣兵には、ロザベールの細胞がつなぎとして使われていて、脳の様な役割も果たしている。

 ネネリは死霊魔法でそれを無理矢理上書きして、操っているのだ。

 しかしロザベールの細胞は死体ではない為、支配は完全な物ではない

 少しでも気を抜くと、妖獣兵にかけている術が解けてしまいそうだった。

「小賢しい真似を……」

 ロザベールが手を振るうと、妖獣兵の主導権が戻って来る。

 妖獣兵達は、近くにいたバルトロウーメス達へと襲い掛かろうとするが――。

「させない!」

 ネネリは更に魔法の出力を上げた。

 紫紺色の光がより一層輝きを増して、妖獣兵は再び彼女の支配下になる。

 コレだけ巨大な妖獣兵を、複数操るなど並大抵の事では無い。

 ネネリは死霊術師(ネクロマンサー)として、己の限界を超え、次のステップへと至っていた。

 彼女は既に、一流の魔法使いというに相応しい存在だ。

「でも……長くはもたない」

 リリィは、悲しそうにそう言った。

 死霊魔法は、普通の魔法よりも沢山の魔力を使う。

 しかもアレだけの出力で魔法を使い続けているのだ、消費量はワイバーンの比ではない。

 いつ、魔力切れを起こしても不思議ではなかった。

「やっ……やめろぉ、ねっネネリ」

「ネネリ、良いから早く戻って!」

 勇気とリリィは必死でネネリに訴えた。

 しかし、彼女は止めようとはしない。

「私はユーキに会えて……嬉しかった」

 初めは敵だと思って、怖くて攻撃してしまった。

 でも勇気はそんな彼女を許してくれた。

「ユーキは優しくしてくれた、ユーキは私に笑いかけてくれた」

 蜥蜴人(リザードマン)である自分を差別せず、勇気は普通の一人の女の子として扱ってくれた。

 彼の言葉がどれほど嬉しかった事だろう。

 彼の行動がどれほど救いになった事だろう。

 何もかもが心地よくて楽しくて、嬉しい。

「ユーキは大切な人……」

 妖獣兵は怖いし、ロザベールだって恐ろしい。

 でも、それでも勇気の為に何かをしたかった。

 だって彼は、その恐怖よりもずっとずっと沢山の『嬉しい』をくれたから――。




「私は、ユーキの役に立ちたい!」




 蜥蜴人(リザードマン)と罵られて、独りぼっちで生きて来たネネリを、ユーキとリリィは受け入れてくれた。

 沢山貰ったこの『嬉しい』に見合うだけの、役に立ちたい。

 だから、眼の前の恐怖など関係なかった。

 恐怖よりも、勇気に対するこの気持ちの方が、ずっと大きくて強いモノだから。

「……人間の役に立ちたいなど、愚かな蜥蜴人だ」

 人間など、差別をして他を見下す種族だ。

 ロザベールには人間の愚かさを、人間の汚さを、人間の悪を知っていても尚、人間の味方をしようとしているネネリの事が理解できなかった。

「人間の味方をするならば、貴様にも生きる価値など無い!」

 同じ異種族でありながら、人間の味方をする者さえも、彼にとっては憎悪の対象になっていた。

 復讐の矛先は、ネネリへと向けられる。

「やっ……やめ」

 重力に押し潰されながら、ユーキは止めようとする。

 しかし止める所か、腕一本動かす事さえもままならない。

 リリィも、バルトロウーメスも――その一撃を止める事が出来なかった。

「死ね――蜥蜴人(リザードマン)!」

 ロザベールは触手を操ると、それを振るった。

 向かって来るその一撃を防ごうと、妖獣兵を盾にしたのだが――触手はそれを貫いた。

「あっ――」




 そして、触手はネネリを穿つ。




 ネネリの脇腹を貫通し、背中まで達していた。

 妖獣(ヨーマ)の丈夫な爪が、その小さな体を引き千切る。

「あっ……」

 触手を抜かれてネネリは地面に倒れる。

 腹から大量の血を噴き出して崩れ落ちるその姿を、誰もが見ているだけ。

 明らかに致命傷。

 直ぐに処置を施さなければ彼女は死んでしまう。

 しかし、誰も彼女を救う事が出来なかった。

 誰も助ける事なんて出来なかった。

「――くっ!」

 


 ただ一人、アーメルを除いては――。


 

 アーメルはネネリへと近づくと、崩れ落ちる彼女の体を受け止めた。

特殊技能(スキル)、発動!」

 そして、傷口を両手で抑えた。

 瞬間、黄緑色の光が溢れ出して、ネネリの傷口を優しく包み込む。

 するとネネリの傷口が少しずつだが、塞がり始めた。

 コレは数ある特殊技能(スキル)の中でも希少な、治療系の特殊技能(スキル)『慈愛』。

 相手に対して慈悲の心を持った時、傷を癒す事が出来る。

 つまりアーメルは今、ネネリに慈しみの心を向けているという事だった。

「死ぬな……、死ぬな!」

 手や体にネネリの血が付くが、アーメルはそんな事関係ない。

 アレほど触れる事も拒絶していたというのに――。

「役立たずは私の方だ……何も出来ないのは私の方だ」

 勇気もリリィも、そしてネネリさえも、この大軍に立ち向かおうとしている。

 それなのにアーメルは大切な上司の後を追いかける事も出来なかった。

 彼女は強くない、行ったって足手まといになる。

 でもそれでも、彼女の姿がとても大きく見えた。

 自分がとても惨めで、とても小さく思えた。

 自分はなんて弱いのだろう、彼女はなんて――強いのだろう。

 そう思ったら体が勝手に動いていた、心が勝手に思っていた。

 ネネリを――救いたいと。

「お前が死んでもあの子は悲しむんだ……だから死ぬな!」

 フェニックスの卵だけじゃない、ネネリが死んでも勇気は悲しむ。

 彼を悲しませたくないならば――死んではいけない。

 ネネリを治す事だけが、アーメルに出来る事。

 『勇気』ある者に、『勇気』ない者が出来る――たった一つの事だった。





「人間が、蜥蜴人(リザードマン)を救うだと……」

 その光景を見て、魔王ロザベールは驚愕した。

 人間が、異種族に触れている、治している。

 しかも外見で判断する人間が最も嫌がる、蜥蜴人を――。。

 それはシャヘラザーンの半魔人であるロザベールには、信じられない光景だ。

 人間は異種族を差別し、異種族をゴミの様に扱う、最悪の種族。

 それがなぜ――ネネリを救おうとしているのか、彼には理解できない。

「……目障りだ」

 ネネリの反抗も、アーメルの行動も何もかもが目障り。

 酷くイラつく。

 ロザベールは、このイライラの原因を排除する為妖獣兵を操る。

 ネネリは負傷し、死霊魔法は無くなった。

 妖獣兵は再びロザベールの支配下となり、ネネリとアーメルへと襲い掛かる。

「――ぐっ!」

 アーメルは腰の剣を抜こうとしたが、今ネネリから手を離してしまったら、彼女は直ぐに死ぬだろう。

 だが、剣を抜かねばネネリもろともアーメルも死ぬ。

 怖い、けれど――アーメルは絶対に手を離さない。

「私だって……、シャヘラザーンの騎士だ! シャヘラザーンの民の為に死ぬ覚悟位ある!」

 アーメルはそう叫ぶと、ネネリを庇う様に覆い被さる。

 自分が死んでもいいから、守るという決意の現れだ。

 そうさせたのは他でもない、ネネリの『勇気』だった。

「……愚かな蜥蜴人(リザードマン)もろとも死ねぇ!」

 ロザベールが手を振るうと、妖獣兵は鎌の様な手を振り下ろした。

 その鎌はとても鋭く、二人とも貫き引き裂くには、十分すぎるほどの凶器だ。

 しかし――それでも、アーメルは絶対に手を離さなかった。

 そして凶刃は振るわれる。




特殊技能(スキル)、発動!」




 しかしその瞬間、バルトロウーメスが妖獣兵を斬り裂いた。

 胴体を真っ二つに両断されて、崩れ落ちる妖獣兵。

「だっ……団長」

 バルトロウーメスは、アーメルの前へと出て、彼女たちを庇う。

 そして大剣を妖獣兵達へと向けた。

「妖獣兵は我々が倒す、アーメル、お前はお前の成すべき事をしろ!」

 彼もまたネネリを助けようとしているのだ。

 治す力は無くとも、やれることはある。

「防御の陣だ、一匹たりとも近づけるな!」

 部下に命令すると、襲い掛かって来る妖獣兵へと剣を振るう。

 接近して来た妖獣兵を部下が魔法と剣で抑え、バルトロウーメスが闘気の斬撃を喰らわせる。

 シャヘラザーンの精鋭だけあって、強さは一級品。

 しかし、一匹や二匹倒した所で変わりはしない。

 妖獣兵はまだ一万匹いるのだ。

 リリィの様に数百匹一度に倒せるならまだしも、彼の力は弱く勝ち目など無い。

 しかし――それなのに、彼らは止めようとしない。

 それがロザベールの勘に障る。

「人間が……人間風情が!」

 ロザベールは、周囲にいる全ての妖獣兵をバルトロウーメスへと差し向ける。

 全勢力を持って彼らをひねり潰してやる。

「今更他種族を認めたからなんだ、今更他種族を助けるからなんだ!」

 今まで人間がして来た事、人間がロザベールにした事に比べれば――そんな物なんの償いにもならない。

「そんな蜥蜴人(リザードマン)を一匹助けたくらいで、何も変わらぬ!」

 人間が行った数々の凄惨な惨劇を、誰が許せるというのだろう。

 いや、例え他の者が許したとしても――ロザベールが許さない。

「人間は、滅びによって罪を清算するのだ!」

 復讐の鬼と化したロザベールは、持てる全ての力を使って、全てを殺そうとする。

 この怒りと憎しみのままに――。







「うっ……、あっ」

 ロザベールの触手から解放されたリリィは、痛む体を引きずりながら勇気の元へと駆け寄った。

 闇魔法によって押し潰されている彼を、解放しなくてはならない。

「ユーキ……だっ大丈夫」

 何倍も重くなった自分の体によって、勇気は地面へとめり込んでいる。

 闇魔法のせいでどんどん重力が強くなっているのだ。

「待ってて、今助けてあげる!」

 そう言うとリリィは白い魔法陣を展開する。

 闇魔法は、光魔法と打ち消し合う性質があるのだ。

 ロザベールのこの魔法も、リリィの光魔法によって消す事が出来た。

 しかし――勇気は重力に押し潰されながら、口を開く。

「まっ……まて、りっリィ」

「何言ってんのよ!」

 助けようとしているのに、止める意味が分からない。

 バルトロウーメス達がいつまでもつか分からない、急いで戦わなければ、一万の妖獣兵になどとても敵わない。

 戸惑うリリィに、勇気は重さに耐えながら、言葉を発した。

「たの……みが、あ、る……んだ」







「くっ……やはり数が多い」

 バルトロウーメスは次第に押されて来た。

 既に部下は魔力が底を尽き、魔法で戦えなくなっている。

 強い妖獣兵に有効な攻撃が出来るのは、バルトロウーメスただ一人になってしまった。

 せめて部下達だけでも逃がしたい所だが、今は襲ってくる妖獣兵を倒す事だけで手一杯、何も出来ない。

 一匹ずつ倒していては埒が明かない。

 もっと強い攻撃をしなければ、この状況を切り抜ける事は不可能。

 しかし、バルトロウーメスにはそんな力はない。

 例え出来た所で、ロザベールがそれをさせないだろう。

「くそう……」

 もっと強い力があれば、そう悔やまずにはいられない。

 しかし悔しむバルトロウーメスの眼に、リリィと勇気の姿がうつった。

 なぜ光魔法で闇魔法を無効化しないのだろうか、まさかそんな魔法の基本も知らないリリィではないだろう。

 だがリリィは、詠唱をする訳でもなく――ただ大声で叫んだ。

「このタコ魔王! アンタの相手はこっちよぉ!」

 堂々たる態度でそう言ったのだが、負傷しているせいかどこか辛そうだった。

「……死にかけの妖精風情が、私を侮辱するでない!」

 ロザベールは、リリィへと魔法を放とうと右手を向けた。

 リリィは手負いで、彼女を助けられる勇気は動けない。

 魔法でリリィを殺せば、ロザベールにも妖獣兵にも弱点は無くなる。

「死ね、虫けらが!」

 魔力を右手に込めて、緑色の魔法陣を展開――させようとした時だ。

 リリィは右手をロザベールではなく、闇魔法で捕らわれている勇気へと向けた。




 そして――次の瞬間、勇気が消えた。




「なっ」

 ロザベールは驚いたが、それが転移魔法か転移能力かによる、空間移動だとすぐに判断した。

 勇気を一体どこに転移させたのか、隙をつく為にロザベールの眼前か――。

「…………?」

 しかし、幾ら待っても勇気は現れない。

 空間転移は、普通一瞬で行われる。

 A地点からB地点に移動するのに、これほど時間はかからない。

 ならば遠くへ逃がしたというのだろうか。

「アレほど啖呵を切っていたというのに、自分だけ逃げるのか……所詮異邦人といえども人間は人間だな」

 自分だけ逃がして貰うなど、どこまでも人間はわがままで自分勝手な生き物なのだ。

 勇気もそんな人間だった――、ただそれだけの事。

「ち……がう」

 ロザベールの言葉を否定したのは、勇気を転移させたリリィだった。

 空間転移を使った影響で、とても苦しそうに息を荒げ胸をおさえている。

「ユーキは、逃げたんじゃ……ないわ」

「……なに?」

 逃げたのではないならば、一体どこへ行ったというのだ。

 なぜいつまでたっても姿を見せないのだろうか。

 訳が分からないロザベールへ、リリィは真上を指さしその場所を示す。

「ユーキは、アンタの真上よ!」






 リリィが勇気を転移させたのは、地上数百メートルの空だった。

 ロザベールのほぼ真上、そう指示したのは他ならない、勇気自身だった。

「真上……だと、たかが人間が一匹落ちて来る程度で、なにになるというのだ!」

 ロザベールには欠損した部位を補うだけのパーツが、辺り一面にある。

 傷ついたら吸収すればいい、ただそれだけの事だ。

 そもそも、今のロザベールならば、勇気の不死を利用した特攻など、どうとでも防ぎ様があった。

「ただ、落ちてくるわけじゃないわ……ユーキの自重は今、何倍だと思ってるの?」

 ロザベールは、不死の勇気を殺せないので、彼に闇魔法をかけて拘束した。

 重い物の方が落下の威力が上がるというのは当然の事だ。

 地面の上では拘束していたはずの闇魔法が完全に裏目に出た。

 だが、それでもまだ妖獣兵を使って、自身の体を修復する術がある。

 例え勇気が、特攻を仕掛けて来てもロザベールの本体さえ守り切れば、再生は容易だ。

「ただの特攻だったらね……」

「なに……」

「ユーキは、フェニックスの血を浴びてその力を身に宿してる……フェニックスと戦ったアンタなら……アイツの必殺技くらい知ってるわよね?」

 フェニックスは高い飛行能力と再生能力を使い、敵に体当たりを仕掛けて来る。

 しかしそれは、普通の体当たりではない。

 自身の体を燃焼させて爆発を生み出す、爆弾の様な技だ。

 高熱の炎と高圧の空気によって敵を一掃する、強力な技。

 体当たりというよりも、ミサイルと言った方がしっくりくる物だ。

「まさか……あの小僧は――」

 勇気は自身をミサイルと化し、ロザベールへと落下して来ているのだ。

 上空に眼をやると、太陽の様な光が眼に入る。



 煌々と輝きながら落下してくるそれこそ、勇気に他ならなかった。






 上空へと転移したのは本当に一瞬の事。

 気が付くと真下に荒野が見えて、妖獣兵を吸収して巨大化したロザベールが、辛うじて米粒の様な大きさで見えるくらいだ。

「うっ」

 しかし悠長にしていられるのはそこまでだった。

 勇気の体は、自然の法則によって落下する。

 さながらスカイダイビングの様だが、コレはそんな甘いものではない。

 闇魔法の影響なのか、それとも空の上だからか、息が苦しくてすぐにでも意識を失いそうだ。

 しかし――それでも、勇気は気合いで意識を保つ。

「……血質継承(けっしつけいしょう)【形態・不死鳥(モード・フェニックス)】!」

 体が再び輝き出す、今度は今までよりももっと強く、もっと明るい。

 その光は――ワイワームを倒した時のフェニックスと瓜二つ。

 そして勇気は、その一撃に全てを託す。







「どこまでも……忌々しい」

 計画は完璧だった。

 妖獣兵を造る為の『炉』を自身の細胞で造り、フェニックスの心臓を手に入れて、兵を率いてシャヘラザーンへと進軍した。

 全て計画通りだったのに――、邪魔者が入った。

 一体何の接点も無い異邦人の少年に、この計画が邪魔をされている。

 いや、シャハナ火山で会ったあの時から既に邪魔をされていた。

「シュカリバーン様……」

 恩人であり師であるエルフ。

 コレは全て彼に捧げた計画だ、妖獣兵を使う事を進言したのもロザベールであり、それを率いてシャヘラザーンに陽動を仕掛けると言ったのもロザベールだ。

 コレはシュカリバーンに捧げる、ロザベールの全て――だった。

「私は……私達は、人間を、シャヘラザーンを滅ぼすのだ、その邪魔をするなぁぁ!」

 ロザベールは落下してくる勇気へと叫ぶと、近くにいた妖獣兵を触手で貫くと片っ端から吸収し始めた。

 より肥大化するロザベールの体。

 妖獣(ヨーマ)の残骸を吸収して膨れ上がった体では、動きが鈍く回避は不可能。

 ならば防げばいい。肥大化した肉の形を変えて、まるで盾の様に成型する。

 勇気の一撃を防ぐために、固執していた妖獣兵までも投げ打ったのだ。

 ロザベールはそれほどまでに、窮地に立たされている。

「…………うっ」

 太陽の様に明るい光は、徐々に大きく明るくなってくる。

 勇気が落下してくるのだ。

 しかし、空間移動の反動でリリィは動けない。

 幾ら最初の世代である彼女でも、あの一撃を防ぎきる事なんて不可能。

 このままでは勇気の一撃に巻き込まれててしまうのだが――動けなかった。

「…………ユーキ」

 最早ここまで、リリィはそう諦めた。

 仕方がない、そう思ったのだが――――。




「妖精の女王!」




 バルトロウーメスが、動けないリリィを拾い上げた。

 それは決して乱暴な物ではなく、両手で優しく包み込んでくれた。

 彼のその行動には、リリィも驚愕する。

「あっアンタ!」

「急いで安全域へと離脱する、揺れるからしっかり掴まっていろ!」

 彼だけではない、アーメルもネネリを抱き上げて走っている。

 行く手を塞いでいた妖獣兵は、ロザベールが防壁にする為に吸収したので、どうにか逃げ道が確保出来た。

 しかし、勇気はロザベールへと渾身の一撃を喰らわせ様と落下して来ている。

 逃げ切れるかはギリギリの所だ。

 リリィは、バルトロウーメスの手の中から、その光景を見上げる。

「いけぇぇぇぇぇ、ユーキぃぃぃぃぃぃ」

 真っ直ぐ落ちて来るその光は――とても眩しくて綺麗だった。







 勇気は血液が熱湯の様に熱くなるのを感じた。

 その熱こそ、勇気自身が体を燃焼させている、何よりの証拠。

 ロザベールはすぐそこ――落下まであと数秒。

 勇気は左手で拳を握ると、怒号と共に放った。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」





 ロザベールの盾に、勇気の拳が炸裂する。





 ただの拳ではない。

 勇気の全て、全力を捧げた渾身の一撃だ。

 妖獣で編み上げられた盾は軋み、その振動はロザベール本体にまで及ぶ。

「うっうぐぐっ」

 闇魔法の効果もあってか、勇気の一撃の重さは先ほどの比ではない。

 妖獣(ヨーマ)の鱗や甲羅を編み上げた盾にヒビが入る。

「ぐおっ!」

 ロザベールは取り込んだ妖獣で、直ぐに盾を補修する。

 この攻撃をロザベールの本体が喰らえば、間違えなく死ぬ。

 なんとしてでも、この盾は破られてはならない。

 ロザベールは吸収した残骸を盾の補修に回す事に、全神経を集中させるのだが、それでも勇気は止まらない。

「……なぜだ、なぜ貴様は私の邪魔をする! なぜ私の前に立ち塞がる!」

 なんの関係もない異邦人の少年だった、それがなぜ立ち塞がるのか訳が分からない。

「人間は滅ぶべき存在だ! 生きる価値のない、最低の種族だ! 我が怒りを我が苦しみを、我が復讐を――貴様はなぜ邪魔をするのだぁ!」

 ロザベールは叫ぶ、人間への怒りと憎しみを込めて――。

 しかしそんな怒号は、怒号で返される。

「そうやって、また……お前は自分の言ってる事も理解出来ねぇのかぁ!」

「……何ぃ?」

 彼の言っている事の方が理解できない。

 自分は正当な理由で復讐をすると言っているだけだ、それの何がいけない。

 理解できないロザベールに、勇気は叫んだ。

「ネネリやリリィに、お前は酷い言葉をかけた!」

 それは彼らが歯向かったからだ、敵だからだ。

 悪いのは自分ではない、彼女達だ。

 自分は悪くない、酷くなんてない――――。




「お前も人間と同じで、異種族を差別してるじゃねぇか!」






************************************************************




 勇気はお婆ちゃんっ子だった。

 共働きの両親に代わって、いつもおやつや夕飯を作ってくれる祖母が大好きだ。

 いつだって、祖母と一緒。

 祖母は聡明で優しくて、勇気の自慢の祖母。

 しかし――、祖母は昔事故によって顔に酷い傷が残っていた。

 元は美麗な人だったのだが、その酷く醜い外見のせいで周囲に白い眼で見られていた。

 外見による差別を受けていたのだ。

 そしてある日、クラスメイトが忘れ物を届けに来た祖父を『化物みたいだ』と言った。

 彼らにとっては何気ない言葉、それを話のタネにしたかっただけなのだろうが――大好きな祖母を馬鹿にされた勇気は激高した。

 クラスメイトに殴りかかり、怪我をさせてしまったのだ。

 でも、自分は正しい事をしたのだ、悪いのは祖母を悪く言った奴だと、満足した。

 しかし――祖母は褒めてくれなかった。

 むしろ勇気を酷く叱ったのだ。


『暴力はいけない、喧嘩を売る方も悪いけど、買う方も同じくらい悪い』


 でも、祖母を悪く言ったのはあいつらの方だ。

 差別をされたのだから、祖母はもっと怒っていいのだ。

 言われたなら言い返せばいい、やられたのならやり返せばいい。

 悪いのは向こうなのだから――しかし、祖母は首を横に振る。


『いいかい勇気、差別をされたからって差別をしていい理由になんてならない、やられたからやり返していい理由なんてないんだよ』


 その口調は優しいけれど、言葉には強い意思があった。


『差別を仕返したりやり返したら、勇気はその人と同じになってしまうんだよ』


 差別も暴力も、初めにやった方が悪い。

 でもそれを仕返してしまったら――、仕返した方も同じになってしまうのだ。

 差別をしたクラスメイトを殴ったら、勇気も同じになってしまう。

 あの時彼が取るべき行動は、拳を振るう事では無く、言葉でそれは止めてくれと言うべきだったのだ。

 その為に――人は言葉を話せるのだから。


『勇気は、差別をしている人や暴力をしている人を止められる人になりなさい……例えそれで殴り合いになってもね』


 喧嘩はいけないのでは? そう尋ねると祖母は少し困った様に笑いながら言った。


『そうだったね……、でも言うだろう? 喧嘩は両成敗ってね』



 大好きな祖母の言葉は、勇気の根本になった。

 どんなに白い眼で見られても、どんなに心無い言葉を欠けられても、どんなに差別を受けても、絶対にやり返さなかった祖母。

 だから彼女は清く、いつまでも正しくいられたのだ。

 決して、差別をした者とは同じにはならなかった。






************************************************************




「私が……人間どもと、同じ?」

 差別を受け暴力を振るわれ酷い仕打ちをされた、だからそれを仕返す。

 そう思い続けている内に、彼も同じ様に差別をして暴力を振るい酷い事をする人になってしまった。

 差別をした人間だけではない、目的の為にフェニックスを殺し、邪魔をしたネネリとリリィに暴力を振るう、何の関係も無い他種族に対してそんな事が出来るくらい、彼は――酷く歪んでしまった。

 それは彼が最も憎み、最も復讐したい人間と同じだ。

「差別をされたからって差別をしていい訳じゃねぇんだ! 酷い事をされたからそれを仕返したらお前は――それをした奴と同じになるんだ!」

 勇気の言葉は、ロザベールの胸に突き刺さった。

 自分が、自分をこんなに不幸にした奴らと同じ。

 彼の動揺は妖獣(ヨーマ)の盾にまで及び、心の乱れから盾の再生が遅れたのだ。

 盾はヒビが入り、勇気の拳は肉片を削って行く。




 勇気の拳は盾を貫いた。




 拳で空いた大穴から、勇気がロザベールへと落ちて来る。

 太陽の様に輝く光を纏う彼の姿は――あまりにも眩しい。

 勇気の体は一段とその輝きを増す。

 それは彼の肉体が燃焼し、エネルギーへと変換されている事を示していた。

「歯を食いしばれ、この大馬鹿野郎!」

 勇気は右手を拳をロザベールへと振り下ろす。

 全ての力と全ての思いを、この一撃へと賭ける。

 そして――、荒野で大爆発が起った。

 


 しかし、その爆発の規模とは裏腹に、その光はまるで太陽の様な優しい色をしていた。



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