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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
外伝 千年前の勇者編
49/100

幕間 White Day

ホワイトデーのお話です。

今回は氷の魔人、クールイケメンヴィルムのお話、本編とは関係ない番外編です!





 季節は移り変わり、春はすぐそこまで近づいて来ていた。

 ついこの間まで、冷たい風と暖かい風が入り乱れていたが、今は安定している。

 膨らんで来た枝の蕾を、暖かい風が揺らす。

 ヴィルムは、窓からその枝を見つめていた。

 つい先日までマグニにも雪が降っていたというのに、春へと移り変わろうとしている。

「……春、か」

 その表情は、どこか寂しそうにも思える物だった。




************************************************************





「は~るがき~た、は~るがき~た、ど~こ~にきた~」

 君子は髪の毛を梳かしながら、鼻歌を歌っていた。

 洗顔の用意を持って来たアンネは、それを見て微笑む。

「キーコ、機嫌がいいのね」

「はい、春が来るとなんとなく楽しくなるんです」

 冬は冬で良いのだが、春はなんとなくうきうきして楽しい。

 上機嫌の君子は、いつも通りおさげを結い上げる。

 なんだか今日はとても調子が良くて、今なら何でもできそうだ。

「昨日の夜はすごく寒かったけど、今日は暖かそうね」

「はい、ギルもお仕事から帰って来ましたし、お外でご飯でもどうでしょう?」

「いいわね、ふふっ春は楽しいわね」

「はい、春は良いですね」

 君子とアンネがそう言って笑いあっていると、ドアがノックされた。

 返事をすると、ヴィルムがやって来た。

「おはようございます」

「おはようございます、ヴィルムさん」

「今日は早いんですね、ギル起きちゃいましたか?」

 ヴィルムが君子の部屋にやって来るのは、大体ギルベルトが呼んでいる時だ。

「いいえ、今日は先に貴方の所に」

「えっ、私なにかしました……?」

 記憶を掘り起こすが、特に悪い事はしてない。

 首を傾げる君子に、ヴィルムは手のひらに収まるくらいの箱を差し出す。

「コレを、貴方に……」

「へっ……コレを?」

 なんだかよく分からないが受け取ると、開けてみる。




 それは、指輪だった。




 青みのある銀色の金属で造られた、綺麗な指輪。

 外側には、雪の結晶をイメージした彫刻が施されていて、小さいながらも、芸術の域に達していた。

「……ふぇっ」

 箱は簡素だが、丁寧に包装されていて特別なプレゼントの様に見える。

 特別なプレゼント。

 高価そうな指輪。

 この二つで導き出せるのは――一つしかなかった。

(こっ……婚約指輪?)

 恋愛経験ゼロ、彼氏いない歴=年齢の君子は、当然指輪を貰うのは初めてだった。

 そんな喪女のキャパは、一瞬でいっぱいになって、脳の回路はショートを起こす。

「ひょっ……ひょひょっ、ひょおおおおおっ!」

「……なんですかその反応は、不服なのですか?」

「だっ、だってぇ、えっ!」

 ヴィルムはいつもクールで、そんなそぶりは一回も見せた事が無かった。

 あまりにも突然で、君子の頬は一瞬で真っ赤になる。

「えっ……わっ私はヴィルムさんの事を……そっ、そんな風に見た事がなっなくてぇ」

「……何を言っているんですか? 一応言っておきますが、三倍ならそれが妥当ですよ」

「しゃっ、しゃんばい?」

 何を言っているのか、意味が分からない。

 顔を真っ赤にしている君子へ、ヴィルムは呆れながら言う。

「バレンタインのお返しですよ」

 思い起こせば一月前、クッキーを造った。

 その時アンネが、『お返しは三倍』と確かに言った。

「アンネにはこちらを、前に欲しいと言っていた髪留めです」

「えっありがとう御座います!」

 そう言ってアンネにはバレッタをプレゼントした。

 鼈甲の飾りがついていて、見るからに高価だ。

 正直指輪といい髪留めといい、三倍では済まない。

「だっ……だからってなんで指輪なんですかぁ!」

「……昔、女性にプレゼントを贈るなら、装飾品が良いと聞いたので」

 それはおそらく好きな人に贈る場合の話だろう。

 バレンタインのお返しに渡す様なモノではない。

「まっマシュマロとかぁ、キャンディーで良かったんですよぉ!」

 こんな高価な物を貰ったら逆に悪い気がする。

 城にある材料で造ったので一銭もお金を出していないのだ。

 それなのに、こんな高価な装飾品を貰う事なんて出来ない。

「そうだったのですか、それならもっと早く言って下さい」

「いっ言わなくても、なんとなくで分かって下さいよぉ!」

「良い指輪じゃない? なんで怒ってるの?」

「ふぇっ……だっ、だってぇ……」

 どうやらアンネの反応を見るに、ヴェルハルガルドではプロポーズの時に指輪を贈るという習慣がない様だ。

 つまりこれを、プロポーズと認識するのは君子だけという事。

 こんな事恥ずかしくて言える訳がない。

「……うう、なっなんでもないです」

 バレンタインのお返しを貰うのは初めて、というか男性からプレゼントを貰うというのは初めての経験だったので、勝手に騒いでしまった。

 穴があったら入りたい。

(一瞬でもプロポーズだと勘違いするなんて……あぁモブの神様、粋がってごめんなさい)

 君子は信仰しているモブの神へと、誠心誠意謝った。

「……では、私はギルベルト様を起こしてきます」

 ヴィルムはそう言って、君子の部屋を後にした。

 残されたのは綺麗な指輪だけ――。

「どっ……どうしよう、コレ」

「どうするって、付けてみればいいんじゃないの?」

「えっふぇぇ!」

 つけると言われても、そもそもサイズはあっているのだろうか。

 ヴィルムが、気が付かれない様に君子の指のサイズを測るとは思えない。

(……ちょっと大きい気がするんだよなぁ)

 君子はつい憧れだった、左手の薬指に指輪をはめる。

 案の定、少し緩くてこれでは下に落っこちてしまう。

 これなら気兼ねなく使える――と思ったのだが。




 指輪は薬指のサイズに小さくなった。




 それはもうぴったりすぎるくらいに、ちょうどいいサイズ。

 まるで初めから薬指のサイズにあつらえたかのように――。

「えっうええええ、なっなんで!」

「そりゃあぴったりになるでしょう? 指輪なんだから」

 実はこの指輪、ドワーフ族が造った一品で、最初に嵌めた指のサイズに合う様に(まじな)いが込められている。

 つまり、もうこの指輪は左手の薬指のサイズになってしまったのだ。

「えっええええっ、ちょっとやめて今のなし!」

 しかし他の指にはめようとしても、小さくて入らなかったり大きくてぶかぶかだったりして嵌められない。

 コレはもう、薬指の指輪になってしまった。

「しょっ、しょんな~」

 どうせならピンキーリングとかにしたかった。

 君子が嘆いていると、ヴィルムが少し慌てた様子で戻って来た。

 一体どうしたというのだろう。

「ギルベルト様が……」





************************************************************






「う~、ぶわっくしょん!」

「ぎっギル、大丈夫?」

 君子はベッドで横になっているギルベルトの脇に、『設計師』で造った体温計をさす。

 もう春になるというのに、風邪を引いてしまった。

「わっ、四〇度! ギルすごい熱だよ!」

「う~~、頭ガンガンする」

 異世界にもインフルエンザがあるのだろうか。

 それくらい、ギルベルトの具合は悪かった。

「やはり昨夜、寒空の下ワイバーンで移動したのが悪かったのかもしれませんね」

 ギルベルトとヴィルムは、エルゴンに行っていた。

 予定したよりも時間がかかってしまい、深夜に帰宅したのだ。

 昨日は珍しく冬の様な寒さだったので、どうやらそれで風邪をひいたらしい。

「ヴィルムさんは、大丈夫なんですか?」

 同じようにワイバーンで帰宅したのに、彼は元気だ。

「私は氷の魔人ですから、寒さには強いんですよ」

 氷の魔人には、この季節の寒さはむしろぬるいくらいなのだ。

 どんなに寒くてもコートを着ないので、見ているこちらの方が寒い。

「医者は呼んだので、問題は無いでしょう」

「うううう、にげぇ薬は嫌だぁ!」

 異世界の薬は、日本の様に錠剤ではない。

 薬草をすりつぶした物で、その苦さはえげつない。

 鼻が利くギルベルトでなくても嫌がるものだ。

「でも、お薬飲まないと良くならないよ」

「いやだっ、にげぇのは嫌いだ!」

 いつもより拒否が酷い、よほど薬を飲みたくないのだろう。

 しかし、治癒魔法では風邪は治せない。

 薬を飲むしかない、君子は少し考えると――。

「あっ、じゃあお薬飲んだら、何でも好きな物作ってあげるよ」

「好きなもン?」

「うん、何か食べたい物ある?」

 好きな物で釣る作戦である。

 君子も子供の頃、お高いアイスを買って貰って喜んで苦い薬を飲んだ。

「あの……アレ、しょっぱいプリンみたいな奴が、いい」

「え……あっ、茶わん蒸し?」

 少し前にギルベルトに造って上げた。

 あの時は面白いと言っていていただけだったのだが、気に入っていた様だ。

「あ……でもこの間鶏肉使っちゃったんだよね」

 確か鶏肉は全て竜田揚げにしてしまった。

 鶏肉はメヌル村から月に一回、運ばれて来る。

 しかし日本の様に、加工した肉が送られて来る訳ではなく、生きた状態。

 ベアッグが毎回絞めてくれるのだが、君子は怖くてその作業を見られない。

 もう一羽も鶏が残っていないので、肉無しの茶わん蒸しになる。

「お肉が無くても良いなら作れるけど良い?」

「肉がねぇとヤダぁ」

 ギルベルトは頬を膨らませて拒絶する。

 とはいってもない物は無いのだから仕方がない。

 だが鶏肉入りの茶わん蒸しでないと、ギルベルトはきっと満足しないだろう。

「……なら、メヌル村に買いに行って来ようか?」

 茶わん蒸しが食べられなければ、ギルベルトは薬を飲まないだろう。

 薬を飲まなければ風邪は良くならない。

「良いのかぁ……キーコ」

「うん、その代わり絶対にお薬飲んでね」

 この程度のお使いどうという事は無い、君子は笑顔で答えた。

 ギルベルトは頷くと、視線をヴィルムへとやる。

「おいヴィルム、お前が一緒に行け」

「ほえっ!」

 君子は、大きな声を上げた。

 いや君子はワイバーンを操れないので、運転士として誰かと一緒に行くのは当然だ。

 しかし今の君子は指輪の件もあって、ヴィルムの顔もろくに見られない。

 二人で行くというのは、困る。

「でっでも、ヴぃっヴィルムさんは忙しいだろうし……あっアンネさんが送ってくれれば……」

「そうしたいのは山々だけど、私も仕事が残ってるし、ヴィルムさんのワイバーンの方が速いわよ!」

 アンネが操れるのは、小型種。

 一方ヴィルムは中型種を操れる、こちらの方が速い。

 効率を考えても、ヴィルムと行った方が良いのであるが。

(それはそうなんだけどぉ……)

 君子はふと、スカートのポケットに手を入れた。

 そこには、バレンタインデーのお返しの指輪が入っている。

 ヴィルムにそんな気がないというのは分かっていても、あの時の恥ずかしさが蘇って来て頬が熱くなる。

 心臓も勘違いしているのか、ドキドキして来た。

(うわ~、しっ静まれ私! アレはただのお返しなんだよ!)

 指輪だったから、どうしても変な方向に考えてしまう。

 アレはただのお返し、そうお返しなのだ。

 そう自分自身に言い聞かせて、隣にいるヴィルムを見上げる。

「……何か?」

「ひょほっ! いっいえなんでもない、デス……」

 やはり意識しないなど無理、赤面を隠す為顔を逸らす。

 ヴィルムは、そんな彼女をただ無言で見つめていた。

「…………」

 





************************************************************





 竜舎から出されたのは赤い鱗のワイバーンだ。

 ヴィルムは鞍を結びつけると、愛馬を撫でる。

「はいキーコ、寒いからコレを着て」

 そう言ってアンネが持って来たのは、灰色の毛皮のコートだった。

 物凄く高そうで、肌触りが物凄く良い、むしろ良すぎる。

「けっ毛皮なんて! だっ大丈夫ですよぉ」

 こんなモブでそばかすの不細工な自分に、そんな高価な物絶対に似合う訳がない。

 全力で拒否するのだが――。

「貴方も風邪を引きたくなければ着なさい」

「ふぇっ……?」

 自分の様なモブは、一〇八〇円くらいのコートで十分なのだが、ヴィルムが珍しくそう言って来た。

 普段はズボンをはかない限り、身なりには口出ししなかったというのに、一体どうしたのだろう。

「ワイバーンは馬車より速いけど、風が冷たくて寒いのよ、いいからちゃんと防寒するの!」

「ふぁうっ」

 アンネに無理矢理着せられてしまった。

 さながらハリウッド女優の様な毛皮のコートなのだが、着ているのが君子だとマネキンに着せる方がマシである。

(うっうう……死ぬほど似合わない)

 だが高価な品だけあって、暖かくて気持ちいい。

 触った事は無いが、カシミアとかそう言う感じだ。

「ヴィルムさんが一緒だから大丈夫だと思うけど、気を付けてね」

「はい、なるべく早く帰って来ますね」

 君子はそう言って、ワイバーンへと乗る。

 もう乗り慣れた物で、初めて乗った時の感動など無い、移動手段として軽々乗れる。

 すっかり異世界に順応したと思っていると、前に跨っているヴィルムが振り返って、口を開いた。

「……キーコ、もっと近くに来なさい」

「ひょうぇっ」

 これ以上前に座ると、ヴィルムにかなり密着する事になる。

 普段だったら何気なく出来る事なのに、今日は無理だ。

(いっいや……だからアレは違うんだってぇ! ただのバレンタインのお返しで、ヴィルムさんは全然そう言うつもりではないんだぁ、私が勝手に勘違いして勝手にドキドキしてるだけなんだよぉぉぉ、ちょっと落ち着け、止まれ私の心臓~~!)

 しかし意識すればするほど、脈は速くなってドキドキする。

 ヴィルムにそんな気はないと分かっているのに、恥ずかしくてたまらない。

「振り落とされて、トマトの様に飛び散りたいなら話は別ですが?」

「うぇっ! そっそれはいっ嫌ですぅ!」

 ワイバーンにはシートベルトは存在しない。

 馬と一緒でバランスをとる事で、落ちない様にしているのだ。

 二人乗りになればバランスをとるのが難しくなるのは当然の事、二人乗りをする時は、運転手にしっかりと掴まる、というのが大前提なのだ。

「……うう、しっ失礼しますぅ」

 トマトはごめんなので、君子はヴィルムに掴まる。

 こう考えると、ヴィルムにこんな風にするのは初めてだ。

 そんな余計な事を考えたので、心臓の鼓動が余計に速くなる。

「では行って来ます、夕方までには帰って来るので、後の事は任せましたよアンネ」

「はい、任せて下さいヴィルムさん」

 アンネに見送られて飛び立った。

 ワイバーンは、あっという間に雲の高さまで舞い上がる。

 すると強い風が吹いて、ワイバーンが揺れた。

「ひゃうっ!」

 思わずヴィルムへとしがみ付いてしまった。

 命の危機だったとはいえ、しがみ付いてしまうなんて――モブにあるまじき行為。

「思ったより風が強いようです、弱い所を探して飛びますので、しばらく我慢して下さい」

「あっ……はい」

 今日は風が強く、ワイバーンもどこか飛ぶのが辛そうだ。

 ヴィルムは風が弱い所を探すのだが、なかなか見つからずワイバーンはとても揺れる。

 振動が怖くて、君子はヴィルムにしがみ付くしかなかった。

(……うう、ヴィっヴィルムさん、嫌じゃないかなぁ?)

 こんな自分に触れられるなんて、きっと苦痛に違いない。

 こんな勘違いの、己惚れモブ女になんて――。

(なんか、すごく寒いなぁ)

 ここは雲と同じくらいの高さだから寒いのは当然なのだが、それにしても少し肌寒い気がする。

 コレは毛皮を着てなかったら、本当に風邪をひいたかもしれない。

 ワイバーンには何度か乗ったが、こんなに寒いのは初めてだ。

(……風が強いからかなぁ?)

 君子は毛皮のコートに首をうずめる。

 振り落とされない様に、ヴィルムへとしっかりしがみ付いた。





************************************************************




 メヌル村。

「王子殿下がお風邪を……それは大変ですね」

 メヌル村の村長代理のエイリが、二人を出迎えてくれた。

 村長の大和が亡くなってからは、彼女が村の指揮をしている。

「はい、茶わん蒸しを造ってあげようと思ってるんです、鶏肉を分けて貰ってもよろしいでしょうか」

「王子殿下の為でしたら、幾らでも」

 マグニの領主であり、王子であるギルベルトの為なら快諾してくれた。

 コレでギルベルトが望む茶わん蒸しが造れる。

「ワイバーンの飛行で冷えた事でしょう、温かいお汁粉などいかがですか?」

「お汁粉!」

 毎年お正月は食べていたのに、今年は異世界にいたせいで食べていなかった。

 あの味を思い出しただけで、唾液腺が刺激されて、口が涎で満たされる。

「折角ですが、今はギルベルト様のご病気が心配なのでお断りいたします」

「ひょふぉっ!」

 お汁粉が食べられるかもしれないのに、直ぐに帰らねばならなければならないなんて、蛇の生殺しだ。

「ヴィっ、ヴィルムさん、エイリさんが折角ご用意してくれるわけですし!」

「……それが何か? 我々は肉を取りに来ただけでしょう」

 流石はクールイケメン、必要が無い事はやらない。

 さながら命令を忠実に実行するロボットの様だ。

「う……うう、あう」

 あんこが絡んだお餅、きめ細やかなお餅、美味しいお餅。

 大好きなお汁粉のお預けを喰らい、君子は涙を浮かべるのだがヴィルムはそんな彼女に気が付かない。

 そんな状況を見て、エイリが言い辛そうに口を開く。

「あのヴィルム様……、キーコ様は少しお寒いようですよ」

「そうなのですか」

「ふぇっ……」

「このまま帰られては、お風邪を引いてしまいます、お汁粉を食べて体を温めてからの方がよろしいのではないでしょうか」

「……確かに、キーコまで風邪を引くのは困ります」

 しぶしぶヴィルムは了承してくれた。

 エイリは君子に微笑むと、家へと上げてくれる。





「ふぁ~囲炉裏だぁ」

 囲炉裏には火が入れて、自在鉤にはお汁粉のお鍋がつるしてある。

 あんこの甘い匂いが、香って来た。

「美味しそうなお汁粉ですね!」

「ヤマトがこの村に伝えてくれて……それ以来、お汁粉はこの村の定番食になりました」

「じゃあ、コレは大和さんの味なんですね」

 エイリは囲炉裏でお餅を焼くと、お鍋に入れた。

 焼けたお餅があんこを吸って、くたくたになる。

「ふぁ~良い匂い」

「さあどうぞ、熱いのでお気を付けください」

「はい、頂きま~す」

 君子は、箸でお餅を掴む。

 本当に熱々なのか、湯気が立っている。

 息を吹きかけて冷ますと、口へと運ぶ。

「はつっ、はちぃ!」

 案の定熱々なのだが、物凄く美味しい。

 甘さは控えめで程よく、何よりも小豆の味と餅のきめ細やかさが違う。

 懐かしい日本の味に、身も心も蕩けそうだ。

「はふぅ~、あんこが物凄く美味しいです」

「お口にあって何よりです、ちょっとだけ塩を入れるのがコツなんです」

「そうなんですか、今度お城でも作ってみようかな」

 こんな風に美味しいあんこが造れるようになれば、和菓子のレパートリーが増えそうだ。

「では、私は鶏肉を用意いたしますね」

「はいお願いします」

 エイリは、そう言って部屋を後にした。

 残ったのは、君子とヴィルムだけ――自然と無音の時間が訪れる。

(うお……、ヴィルムさんと二人っきりって……)

 正直、ヴィルムと何を話せばいいのか分からない。

 ただでさえ話さないのに、指輪の件もあって全く話せない。

 ただ君子がお汁粉を食べる音だけがする。

(きっ気まずい……、なっ何か、何か話さなければならないのに)

 この無音が耐えられないのだが、何を話せばいいのか分からない。

 悩む君子の眼に、全く手を付けられていないヴィルムのお汁粉が映る。

「あっ……ヴィルムさん、お汁粉たべないんですか」

 そう言えば甘いものは苦手だと言っていた気がするし、もしかしたらお腹いっぱいなのかもしれない。

(はっ、じっ自分の事しか考えてなかった、ヴぃっヴィルムさん怒ってるんじゃ)

 モブの脇役の癖に、何てずうずうしい事をしてしまったのだろう。

 自らの過ちを君子が後悔していると――。

「いえ、そういう訳ではないのです……私は氷の魔人なので、あまり熱い物は食べられないのですよ」

 ヴィルムは、氷の魔人と呼ばれる魔人。

 冷気と氷を操る彼らは、体温が非常に低い。

 故に温かい物が、普通の人間や魔人よりも苦手なのだ。

「あっ……、そっそうだったんですか、ごっごめんなさい私それなのに……」

 よく見ると、ヴィルムは囲炉裏から離れた所に座っている。

 囲炉裏の暖かさも、彼にとっては辛い物なのだろう。

「いえ、気にする事はありません、私は訓練もしているので少し怠くなるだけです」

「はっはぁ……」

 よく考えると、氷の魔人がどんな種族なのか、君子はちゃんと知らない。

(冷たくて、暑さに弱いって事は……雪女みたいな感じなのかな?)

 雪と氷で連想するモノと言ったら、それしかない。

「……熱いと、溶けたりしちゃうんですか?」

「はい?」

 雪女と聞いて考えてしまうのはそこである。

 ファンタジー作品とかでは、氷や雪の妖精や精霊は溶けてしまうのだが、氷の魔人はどうなのだろう。

 そう言う純粋な好奇心で聞いたのだが、ヴィルムは物凄く引いている。

「……人が溶ける訳ないでしょう」

「いっいや、それはそうなんですけど……私の故郷だとそう言う話があるんで」

「キーコの故郷にも……氷の魔人がいるのですか?」

「あっいえ、あくまでも伝説なんですけど……」

 確か、雪女は日本各地の雪国ある話だった。

 一番有名なのは、ラフカディオ・カーンこと小泉八雲がまとめた話だ。

「確か、老人と青年の木こりが、吹雪のせいで雪山から降りられなくなっちゃったんです」

 老人と青年の木こりは、山小屋で一晩を過ごす事になる。

 しかしその夜、青年が眼を覚ますと白ずくめの女が立っていた。

 女は老人に息を吹きかけると、彼を凍死させてしまう。

 青年は直ぐに女が、雪女だと気が付いたが体が動かなかった。

「そうこうしている内に、雪女は青年にも息を吹きかけようと、覆い被さって来たんです……でも雪女は息を吹きかけず、青年に微笑みながら言うんです『今夜の事は誰にも言うな、誰かに言ったらお前も老人の様に殺す』って」

「……それで?」

「はい、雪女は雪山の中へと消えて行き、青年は助かりました」

 それからしばらくして、青年はお雪と名乗る女と出会う。

 二人は夫婦となり、子供をもうけて幸せに暮らしていた。

 しかしお雪は、いっこうに歳をとらない。

 青年はその姿を見て、あの雪女を思い出す。

 そしてつい、あの夜の出来事を話してしまう。

「するとお雪は怒って『あの時の雪女は自分だ』と言います、青年は殺されると思ったんですが、お雪は『子供の面倒をよく見ておくれ』と言って、白い煙を上げて、溶けて消えてしまって、それ以来お雪の姿を見た者は誰もいなかった……というお話なんです」

 ちょっとうろ覚えだったが、こんな感じだ。

「……それで終わりですか?」

「えっはっ……はい」

 自分の話では、あまり伝わらなかったのだろうか。

 どこぞの怪談話をするデザイナーなら、ちゃんと伝わったかもしれない。

「……なぜ、その雪女は男を殺さなかったのですか?」

「えっ……」

「老人を凍死させた時に一緒に殺しておけば、自分が溶ける事は無かったというのに」

「あっ……確かにそうなんですけど」

 君子はしばらく考えると、自分の考えを口にする。

「たぶん雪女は、青年に恋をしちゃったんじゃないでしょうか」

「……恋?」

「殺したくない……でも正体を知られると自分が溶けてしまう、だから言ったら殺すと脅して、自分は別人のふりをしてお嫁さんになった……でも結局正体がバレても殺せなかったんだと思います、その青年の事が好きだったから」

 異種族の恋愛の話は、世界各地にある。

 しかしその中でも雪や氷という、儚い物というのは体悲恋物が多い。

 ファンタジーが大好きな君子も、この雪女という話は恐ろしくも、どこか愛を感じる。

 だが、そんな『愛』は、クールイケメンヴィルムには理解できない。

「……そんな事で自分が溶けてしまっては、どうしようもないでしょう」

「ふぇ……」

 確かにその通りだ、そう言われてしまったらどうしようもない。

 ハロウィンやクリスマスにバレンタインといい、ヴィルムにはこういう話は響かないのだろう。

「……人の感情ってそう言う事じゃないと思うんです」

 合理性とか損得とか、そういう物では人の感情は図れない。

 もっと説明付かない事をしてしまうものなのだ。

「なんかこう、心の底からぶわ~って沸き上がって来て、自分じゃ制御できない~って、感じじゃないんでしょうか」

 人の感情などという哲学的な事は、君子には全く分からない。

 アバウトな事しか言えず、ヴィルムを納得させられる言葉をかける事は出来なかった。

「それは無計画で無駄が多いだけです、いちいちそんな事で動いていては、いつか身を滅ぼしますよ」

「……そうなんですけど、そうかもしれないんですけど」

 君子はそれ以上なんて言って良いのか分からず、俯いて口を噤んでしまった。

 自分の語彙力のなさが悔やまれる。

 ヴィルムの様に頭のいい人には、自分の様な凡才の言葉など響かないのだろう。

「……………」

 ヴィルムは項垂れる彼女を、黙って見つめるだけ。

 また無音の時間が訪れた時――急に外が騒がしくなった。

 戸惑っていると、エイリが戻って来た。

「エイリさん、どうしたんですか」

妖獣(ヨーマ)が出たのです」

 マグニ領にも妖獣(ヨーマ)は出るのだが、数はそこまで多くない。

 一〇〇〇年ほど前に、大規模な妖獣(ヨーマ)の駆除を行ったからだ。

 ハルドラやエルゴンなどよりも個体数が少なく、村が襲われる事など稀な事だった。

「何が出たんですか」

大牙猪(ファングゴア)です、いつもは罠で仕留めているのですが……今年は冬眠から早く開けたようで、まだ罠を仕掛けていないんです」

「…………なら、私が倒してきましょう」

 ヴィルムはそう言うと剣を持って立ち上がった。

「しっしかし、ヴィルム様」

「この村はギルベルト様のお気に入り、何かあっては困ります」

 ヴィルムとて軍人、妖獣(ヨーマ)を駆除するのは軍の仕事である。

 ブーツを手に取ると、縁側から外へと出た。

「ヴぃっヴィルムさん」

「……キーコはここにいなさい」

「でっ……でも」

 ヴィルムは君子を置いて、すたすたと歩いて行ってしまった。

 よく考えてみると、ヴィルムがどれくらい強いのか君子は知らない。

 ギルベルトの補佐官をしている軍人、という事くらいしか分からない。

「大丈夫なんでしょうか……」

大牙猪(ファングゴア)は、大の男が数人がかりで倒すモノなのですが……」

「えっ……」

「この間もうちの男衆が大怪我をしてしまって……」

「ふっふええっ!」

 そんな妖獣(ヨーマ)を一人で相手するなんて危険すぎる。

 ヴィルムが大怪我をしてしまったら大変だ、君子は居ても立っても居られず、靴を履くと走り出した。

「キーコ様!」

「ヴィルムさんを連れ戻してきますぅ!」

 君子はエイリの制止を聞かず、ヴィルムの後を追い森へと向かって行った。





************************************************************





 森は背の高い杉の様な木が、鬱蒼と生い茂っている。

 妖獣(ヨーマ)が出ると聞かなければ普通の森としか思えないのだが、人を襲う怪物がいると思うとなんだか薄気味悪く見えた。

「うっ……うう、ヴィルムさ~ん」

 怖いがヴィルムが心配なので、森の中を進んでいく。

 風で枝が揺れるだけで、心臓が飛び出るくらい怖い。

「うっ……ヴィルムしゃん」

 一人で追ってくるのは軽率だったかもしれない。

 しかし戻ろうと思っても、足が震えて全然動けない。

 進む事も戻る事も出来なくなった時――。



 ガサガサ。



 近くの茂みが揺れる、結構大きな音で、鳥とかではない。

「まっまさか……よっ妖獣(ヨーマ)じゃ」

 あのトカゲの様な奴が出て来るのではないだろうか。

 震える脚に力を入れて、逃げ出そうとした瞬間――茂みからそれは飛び出して来た。

「ひょわああああっ!」

 無駄に足に力を入れていたせいか、足がもつれてスッ転んだ。

 運動神経が悪いオタク女子が受け身などとれる訳なく、足を挫き、腹を打ち付けた。

(よっ妖獣(ヨーマ)に襲われるうううう!)

 転んで動けない自分など、妖獣(ヨーマ)にとっては格好のエサ。

 君子が死を覚悟した時。




「……何をしているんですか、キーコ」




 出て来たのは、ヴィルムだった。

 地面に倒れている君子を、見下ろしていた。

「ヴぃっヴィルムしゃん……よっ妖獣(ヨーマ)はぁ?」

「倒してきましたが?」

 エイリの家を出て二十分かそこらしかたっていないのに、もう妖獣(ヨーマ)を倒してしまった。

 ヴィルムはランクAの軍人、この程度の妖獣(ヨーマ)大したことない。

(うっうわ~、ヴィルムさんすごい強かったんだ……)

 なんだか心配して、森まで追いかけて来るなんて、自分はなんて馬鹿な事をしているのだろう。

 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。

「……何をやっているんですか、貴方は」

「あっあう……すいません」

 ヴィルムの手を借りて、君子は立ち上がったのだが――右足に激痛が走る。

「いだっ……」

 どうやら転んだ時に足を痛めてしまった様だ。

 不要な心配をして、勝手に転んで足を痛めるなんて、馬鹿みたいだ。

 こんなとろい自分が、情けなくてしょうがない。

「……仕方がありませんね」

「ふぇっ?」

 ヴィルムは君子に近づくと、彼女をお姫様抱っこした。

 ギルベルトならまだしも、クールイケメンのヴィルムがこんな事するなんて――、ただでさえ男性にあまり慣れていない君子は赤面する。

「ちょっ、ヴぃっヴィルムさん! いいですよぉ降ろして下さい!」

「歩けないのに何を言っているんですか」

 骨折の可能性もある為、歩かせる訳には行かない。

 ヴィルムは君子を抱っこしたまま、村へと戻る。

(うっうう、重いだろうなぁ……)

 こんな贅肉タルタルな自分を抱っこするなんて、きっと不快に違いない。

 申し訳ない気持ちと、指輪の一件からのドキドキで、とてもじゃないが眼を合わせられず、君子はヴィルムから顔を逸らした。

「…………」

 そんな彼女を、ヴィルムは黙って見つめていた。

  




************************************************************





 怪我をしたと言ったら、エイリはとても心配してくれた。

 物凄く慌てていて、あんなに狼狽えている彼女は初めてみた。

 ヴィルムは、君子を縁側に座らせると靴と靴下を脱がせて、怪我を見る。

「……どうやら骨は折れていないようですね」

「うう……すいませんヴィルムさん」

「なぜ追って来たのですか、私は貴方に待っていろと言ったはずですが?」

「すいません……」

 ヴィルムを怒らせてしまった。

「…………、少し冷たいですよ」

「えっ?」

 ヴィルムは手袋を外すと、捻挫した足首に触れる。

 氷の魔人である彼の体温は非常に低く、まるで氷水の様だ。

 医者もびっくりのアイシングである。

(……うっうう、ヴィルムさんの手を煩わせてばかり)

 俯く君子をヴィルムは見上げる。

 彼女の顔をしばらく見ると、静かに口を開いた。

「……キーコは、私をどう思いますか?」

「へっ?」

 あまりに突然の質問に君子は驚いた。

 いきなりそんな事を尋ねるなんて、ヴィルムらしくない。

「……私は氷の魔人です、見てのとおり私は他の魔人や獣人などとは違い、温かい物は苦手ですし、体温も低く冷たいです」

 数要る魔人の中でも、こういう特徴を持つ種族は少ない。

 異邦人の君子にとっては馴染みのないものだ。

「それに……私は合理的にしか考えられない、駄目な男なんです」

 君子が来てからハロウィンやクリスマスにバレンタイン、そして雪女の話。

色々な事があったが、その度にヴィルムは空気が読めない発言をして来た。

 コレは、ヴィルムの性格だ。

 感情的に考えられず、何もかも合理性や損得を求めてしまう。

「貴方が皆を楽しませているのは分かっています、でも私はどうしてもその邪魔をしてしまう……貴方から嫌われても、仕方がない事です」

「えっ?」

「貴方が私を嫌っているのは仕方がない事です、ですがギルベルト様は貴方を気に入っているので、あの方とは出来るだけ仲良く――――」

「ちょっちょっとぉ待って下さい! なっなんで私がヴィルムさんの事を嫌っているって事で話が進んでるんですかぁ!」

 そんな事一回も言った事ないし、考えた事もない。

 なぜそんな事になっているのか全く分からない。

「貴方は、今日一度も私と目を合わせようとしないじゃありませんか」

「あっ……」

 そう言われてみれば、指輪を貰ってから恥ずかしくてヴィルムを直視出来なかった。

 赤面を隠す為に顔を背けた事もあった。

 まさかそれでヴィルムを誤解させてしまうなんて――。

「ちっ違うんです、わっ私はヴィルムさんの事が嫌いだから、眼を逸らした訳じゃないんです!」

「……無理をする事はありません、氷の魔人は体から出て来る冷気のせいで、他種族を寄せ付けません、貴方もワイバーンに乗っている時寒かったでしょう」

 毛皮のコートを着ても寒かったのは、空を飛んでいるからではなく、ヴィルムの体から発せられる冷気のせいだったのだ。

「私は雪女の様に……人を凍えさせるしか、能がない男です」

 足首のアイシングをしながら、ヴィルムはそう言った。

 君子がどんなに人を楽しませても、自分はその邪魔しか出来ない。

 そんな自分は、人から嫌われても仕方がない、こんな氷の様に冷たい自分に触れようとする者なんていない。





「人の話を聞いて下さいっ!」





 君子は、アイシングをしているヴィルムの手を掴んだ。

 手袋をしていない彼の手は、氷の様に冷たいのだが、君子は両手でしっかりと握る。

 突然声を荒げて手を握られて、ヴィルムはとても驚いた。

「もう、勝手に嫌いって事で話を進めないで下さい! 私はヴィルムさんの事をそんな風に思った事なんてないですよぉ!」

「……キーコ」

「体が冷たいからなんですか、そんなの冷え性と一緒ですぅ!」

 氷の様に冷たいのだが、君子は彼の手をより強く握る。

「確かにヴィルムさんはちょっとユーモアが通じない事もありますけど、その分物知りだしいつも冷静で的確な意見をくれるじゃないですかぁ!」

 ヴィルムはとても物知りだし、何かあると冷静な意見をくれたり対応してくれたり、そんな彼を、ギルベルトもアンネも皆頼りにしているのだ。

「そんな風に自分を卑下しないで下さいよぉ、ヴィルムさんが駄目な男だったら、私みたいな脇役のモブなんて、ミジンコ以下の女になっちゃいますぅ!」

 頭が良くイケメンのヴィルムが駄目な男なら、頭が悪く美人でもない君子は、人類よしてカテゴリ出来なくなってしまう。

 ヴィルムは出来る男なのだ、そんな人が自分を卑下したら、君子の様な何のとりえもないモブは、一体どうしたらいいのだ。

「…………キーコ」

「ほろっ! ごっごめんなさい、馴れ馴れしく手を握ってしまってぇ」

 君子は急いで手を離した。

 こんなモブの脇役のそばかすの自分に手を握られるなんて、不快に違いない。

「いえ……大丈夫です」

 ヴィルムは握られた手を見ると、視線を君子へと戻す。

「ですが……貴方は私を避けていたではありませんか」

「うへっ、そっそれはぁ……」

 恥ずかしくて、また頬が赤くなって来た。

 しかしヴィルムにそんな勘違いをさせてしまっているなら、正直に白状するしかない。

「……実は、はっ恥ずかしくて」

「恥ずかしい?」

 首を傾げるヴィルム。

 君子はスカートのポケットから、今朝ヴィルムに貰った指輪を取り出す。

「私の世界だと、指輪は結婚を申し込んだり、夫婦の証として身につけたりするんです」

 綺麗な彫刻が施された指輪、こんな綺麗な指輪ならプロポーズに十分使えるだろう。

「あっあ、でっでもヴィルムさんがそんなつもりじゃないっていうのは十二分に分かってますよぉ! たっただ、私が勝手にそんな風に考えちゃって、勝手にヴィルムさんと眼が合わせられなくなっちゃっただけで……」

 自分で言っていて余計に恥ずかしくなって来た。

 プロポーズと一瞬でも思ってしまうなんて、自意識過剰にもほどがある。

 きっといつも通り『貴方は馬鹿ですか? そんな事ないでしょう?』とか、言われるのだろう。

「ほっホント、私って馬鹿ですよね~~あははっ」

 もう開き直って、笑われる前に自分で笑った。

 しかし、いつまでたってもヴィルムが何も言わない。

 まさか言葉も出ないくらい引かれているのではないだろうか、君子は恐る恐るヴィルムの顔を見ると――。




 ヴィルムは、顔を真っ赤にしていた。




 いつものクールイケメンからは考えられないほど、赤面している。

 口元をおさえて、視線を逸らし、とても恥ずかしそうだった。

「えっ……ふぇっ! ヴぃっヴィルムさん!」

 彼の表情は、数ヶ月一緒に過ごして来た君子も初めて見る。

 それほど珍しい。

「ヴィっ、ヴィルムさん、どっどうしたんですかぁ!」

「……どうしたも、こうしたも……はっ、恥ずかしいに決まってるでしょう」

 いつもどんな事でもクールに対応しているヴィルムでも、こればかりは動揺を隠しきれなかったのだ。

「ふぇっふぇぇっ、でっでもコレは私の世界だけで、この世界では違う訳ですから! プロポーズには入りませんよぉ!」

 ヴィルムの赤面がうつって、君子は火が点くくらい顔を真っ赤にする。

「あっ当たり前です! そんな事知っていたら……指輪など買いません!」

「はっふぁい!」

 もしそんな事を知っていたら、誤解を生む指輪など選ばなかった。

「……あっアレは、貴方に似合うと思ったから……買ったんです」

「ふぇっ!」

 こんな綺麗な指輪が、自分に似合うと思ってくれた。

 そう考えると、嬉しさと一緒により一層の恥ずかしくなって来た。

「じょっ女性に物を贈った事は無いんです、だから、何を贈ればいいのか分からなくて……」

 意外だ、ヴィルムはイケメンだからモテそうなのに。

 慣れないながらも、装飾品店でプレゼントを選んでくれるなんて――。

「……えへへっ、ヴィルムさんはやっぱり冷たい人なんかじゃないですよ、こうやって慣れないながらもプレゼントを用意してくれるんですから、ヴィルムさんは優しい人です」

「…………キーコ」

「指輪は大事にしますね、左手の薬指に嵌めなければ婚約指輪にはなりませんし……折角ヴィルムさんが選んでくれたんですから」

 君子はそう言って指輪を大事に握りしめて、微笑んだ。

 ヴィルムはそんな彼女に背を向けると、歩き出した。

「早く鶏肉を受け取って帰りますよ、夕飯に間に合わなくなります」

「えっあっはい!」






 エイリから鶏肉を受けとると、二人は帰路へとついた。

 君子は竹の皮に包んだ鶏肉を手に持ち、ヴィルムにしっかりと掴まる。

 しかし行きと少し違うのが――。

(アレ、あんまり寒くないなぁ)

 行きは毛皮のコートを着ても寒かったというのに、今は適温くらいだ。

 ふつう昼よりも夕方の方が寒くなるはずなのに、一体どうしたのだろう。

(…………変なの?)

 君子は知る由もないのだが、氷の魔人の体内から発せられる冷気というのは、テンションに関係している。

 氷の魔人の場合は、心を静める事によって冷気が出て来る訳で、激高したり動揺したりすると、冷気の温度が上がったり、冷気自体が出なかったりするのだ。

「…………」




 

 ヴィルムは、背中で君子の体温を感じていた。

 いつもは何も思わないし、何も感じないのだが――今日は違う。

 あんな話を聞いてしまっては、恥ずかしくてたまらない。

 だが、この動揺はそれだけではない。

(――ヴィルムさんは優しい人です)

 そんな事言われたのは、生まれて初めての事だった。

 氷の魔人で、心が無いと言われ続けて来た自分に、そんな言葉をかけてくれたのは、彼女が初めてだった。

 今なら少しだけ、雪女が青年と溶ける危険性があっても傍にいた理由が分かる。

 この氷の様な体にも、人並みに『感情』という物が残っていた様だ。

 この心から沸き上がって来る感情は、自分では制御できない。

 この『嬉しい』という感情は、もうどうしようもできない。





(まったく……あたたかくて、溶けてしまいそうですよ)


 


 ヴィルムは耳まで真っ赤だったが、それはおそらく夕日のせいではないだろう。



今回のこぼれ話を、活動報告であげました。

読みにくいかもしれませんが、よろしければご覧ください。

タイトルは『ホワイトデーのその後?』です。

下の方にある、作者マイページをクリックして、活動報告の所に御座います。

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