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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
外伝 千年前の勇者編
48/100

第四四話 ぶん殴ってやらぁ!




 マグニ領・国境付近。

 シャハナ火山から、少し離れた所に荒野がある。

 草木もろくに生えていない巨大な荒野だが、その傍に小高い丘があり小さいながらも泉があった。

 普段は誰も足を踏み入れない場所だが、珍しくそこには人影あった。



「……ん、ああ」

 勇気は息苦しさで眼が覚めた。

頭がくらくらしていて、気持ち悪さを感じる。

「……あ、ああ」

 何かが喉に詰まっている、勇気は体を横にするとたまらずそれを吐き出した。

 唾液と一緒に出て来たのは石だった。

 かなり大きくて、コレが喉に詰まっていたかと思うと恐ろしい。

「ユーキ!」

 名前を呼ばれて体を起こすと、リリィとネネリが心配そうに顔を覗き込んで来た。

 二人とも本当に心配そうで、ネネリなどちょっと泣いている。

「あ……れ、ごごば」

「無理しないで、アンタずっと死んでたのよ」

 勇気は火山灰に全身覆われていて、呼吸が出来ず蘇生が出来なかったのだ。

 水で火山灰を洗い流して、気道を塞いでいた石が取れた事によってようやく蘇生した。

「リリィ、ネネリ……」

「ユーキ、良かった……」

 ネネリは勇気に抱き着いて来た、素肌に鱗が当たる。

 そう、素肌に――。




 勇気は自分が全裸だという事に、ようやく気が付いた。




 なけなしの布だけ、股間にかけられている。

 しかしコレを取れば丸見え、どこからどう見ても変質者だ。

「うおおおっ、なんですってええええっ!」

 布をおさえて、とにかく隠すべき所を隠す。

「なっなんで全裸、ちょっとえっえぇ!」

 全裸に驚いて、ようやく意識が鮮明になって来た。

 今回は二日も死亡していた、時間が長かったせいか記憶が混乱している。

 全裸のショックで回路が繋がったのか、思い出して来た。

「あっ――、フェニックス、フェニックスは!」

「…………死んだわ」

 リリィは静かに首を降り、そう言う。

 アレは夢では無かったのだ、間違えでは無かった。

「ちくしょう……、俺眼の前にいたのに……」

「ユーキ、アンタのせいじゃないわ……相手が悪すぎたのよ」

 リリィも落ち込む勇気に、優しくそう言った。

 だが彼は本当に悲しんでいた、悔しくて拳を強く握る。

「ユーキ……これ」

 ネネリは勇気へと、卵を差し出す。

 卵は淡い輝きを放っていて、ヒビ一つ無く無事だった。

「フェニックスの……卵」

「リリィさんが、噴火から空間転移で助けてくれたの」

 洞窟で眠っていたネネリと卵を、リリィは救出した。

 大規模な噴火だったが、どうにか逃げる事が出来たのだ。

「……ありがとな、リリィ」

 空間転移は辛いのに、ネネリと卵を救出してくれたのだ。

 卵を受け取ると、大事そうに抱きしめた。

 まだ卵は温かく生きている、勇気は悲しそうに卵を見つめる。

「ごめんな……お前の母ちゃん助けてやれなかった」

 フェニックスはずっと卵が産まれて来るのを待っていた。

 それを思うと、悔しくてたまらない。

「……どうやら、本当に蘇生した様だ」

 振り返ると、バルトロウーメスとアーメルがいた。

 なぜ彼らがここにいるのか分からない勇気に、リリィが説明する。

「(アンタを運ぶ為にわざと捕まったの……でも安心してやろうと思えばいつでも逃げられるから……)」

 よく見るとリリィは両手を、拘束されていた。

 魔法を封じる手錠だが、リリィには空間転移がある。

 この程度では捕まったとは言えない。

「フェニックスの血で不老不死か……」

「えっ……」

「(アタシが話したの、流石に特殊技能(スキル)の事は言わなかったけど)」

 勇気が蘇生した事に対する言い訳は不可能だったので、リリィはあえて血質継承で不死になったと言う所だけ説明したのだ。

 どちらも不死である事に変わりはない、納得はしてくれた様だ。

「お前はどうやらヴェルハルガルドの者では無い様だな」

 魔王に攻撃するなど不敬である。

 バルトロウーメスは、勇気がヴェルハルガルドの密偵ではないという事は信じてくれた様だ。

「じゃあ、もう自由にしてくれよ、俺無実だし」

「馬鹿を言うな、将軍殿下と皇帝陛下に無礼を働いただろう!」

 アーメルが眉を吊り上げてそう言った。

 勇気は、王族に暴力を振るったのだ、許される罪ではない。

「お前を拘束するのが任務だ、皇帝陛下はお前の処刑を望んでいる!」

「なんで若作り女帝にそんな事言われねぇといけねぇんだよ」

「わっわかっ、貴様皇帝陛下を侮辱する気か!」

 アーメルは剣を抜き、勇気へと切っ先を向ける。

 息を荒げて、今にも斬りかかりそうな彼女をバルトロウーメスが止める。

「やめて置け、体力を無駄に使うな」

「団長……」

 不死の勇気を殺す事は出来ない。

 アーメルはバルトロウーメスに止められて、剣を鞘に戻した。

「……お前達は皇帝陛下の元へ連れて行く、そこで罰を受けるといい」

「なんで罰を受けないといけないんだよ、別に悪い事してねぇし」

「貴様、本気で言っているのか!」

 一国の王族を殴り飛ばしておいて、そんな言い分が通る訳がない。

 極刑が普通なのだ、王族への不敬はそれほどの罪だ。

 しかし肝心の罪人はそれをまるで解っていない。

「アーメル止せ、お前はもういい、向こうで皆の手当てをしていろ」

「だっ団長……」

 命令されて、アーメルは仕方なく怪我をした部下達の治療へと向かう。

 バルトロウーメスは、勇気へを見下ろすと口を開いた。

「貴様は一体何だ」

「何って、ただの高校生だぜ?」

「……お前の不死、フェニックスによるものではないな」

「えっ!」

 勘付かれている。

 バルトロウーメスは、勇気を睨みながら話を続けた。

「私はお前の頭を斬ったが貴様は生きていた……、お前はフェニックスに出会う以前から不死性を持っていたはずだ」

 リンシェンで間違えなく勇気の頭を斬った。

 にもかかわらず彼は生きていた、リリィの説明ではあの時は不死ではないはずだ。

 生きているのはおかしい。

「(……どっどうしようリリィ)」

「(何とか、誤魔化すしかないでしょう、ランク6なんて大騒ぎよ!)」

 何かいい訳を考えるのだが、案が浮かばない。

 動揺する二人へと、バルトロウーメスが続ける。

「……昔、ベルカリュースの西の国に異邦人が召喚された、その者は圧倒的強さを持って厄災を振りまいていた竜を倒したという……異邦人というのは我々よりも頑丈な生物の様だな」

 どうやら、バルトロウーメスは特殊技能(スキル)のせいだとは夢にも思わず、勇気の不死性を異邦人の能力と勘違いしている様だ。

 勝手に思い込んでくれているのだから、訂正はしない。

「だが、貴様は皇帝陛下の元へ連れて行く、そして陛下に魔人共の掃討作戦を実行に移して頂く」

 ヴェルハルガルドの魔王と、伝説のエルフと竜が何かをしようとしているのだ。

 事は一刻を争う、勇気を皇帝の前へと連れて行かねばならない。

「部下の回復を待って王都へ移動する、覚悟するが良い」

「……まぁ良いぜ、俺もあの皇帝に文句言いたかったしな」

 皇帝の魔法は本物だ、加えて魔法増幅器がある。

 殺す事は出来ずとも永遠の苦しみを与える事は出来るだろう。

「…………その強がり、いつまで言えるかな」

 立ち去ろうとするバルトロウーメスを、勇気が呼び止める。

「なぁ、一つお願いがあるんだけど……」

「……なんだ」

 今更命乞いでもするのかと思ったが――、勇気はいつも通りどこか無気力に言った。

「服、くれねぇ?」





「うっわ、これブカブカじゃん」

 勇気は物凄く嫌な顔をされたが、服を貰った。

 本来捕虜にそんな事はしないのだが、皇帝も一応女性である、全裸の男を連れて行くのはまずいという、バルトロウーメスなりの気遣いである。

「絶対バルメスのだよな……」

 とりあえず、腕まくりをしてシャツの丈を合わせた。

 人の匂いがする服というのは変な気分だ。

「靴はねぇからしょうがねぇか……、ホントどうせなら服も再生する能力の方が良かったなぁ」

「ランク6の癖に文句言うんじゃないわよ」

「ユーキ、もういい?」

 リリィとネネリには後ろを向いてもらっている。

 この自慢のボディ、まだ子供の二人には刺激が強すぎるという物。

「あぁもう終わったよ、ありがとなネネリ」

 勇気はネネリに持ってもらっていたフェニックスの卵を受け取る。

 しかしその時、ネネリは背中に激痛が走りその場にうずくまってしまう。

「ネネリ、大丈夫か!」

 見ると、ロレンドに剥がされた鱗の傷が化膿している。

 このままだと雑菌が入って、余計に悪くなってしまう。

「リリィ何とかならねぇのか……」

「あっアタシは、治癒系の魔法は使えないのよ……」

 人間だったら皮をはがされる様な物だ。

 何とかしなければと思っていると、怪我人をした兵士を見ているアーメルが眼に入った。

 彼女が怪我に触れると、黄緑色の光があふれて怪我がみるみる内に癒えて行く。

「アレは特殊技能(スキル)『治癒』よ」

 ランク3のこの特殊技能(スキル)はその名の通り、触れた者を癒す。

 魔力を必要とせず、特殊技能保有者の慈悲の心で発動する。

 ベルカリュースに数ある特殊技能(スキル)の中でも、数少ないのが治療系だ。

「つまり治せるって事だよな、アーメルさんに頼もう!」

 そう言うと、勇気はネネリと卵を抱きしめて彼女の元へと向かう。

 近づいて来た事にアーメルはとても不快感を示す。

「……その服、団長の物ではないか」

「バルメスの貰ったんですよ~、アーメルさん」

 敬愛する団長の服だと知り、アーメルは余計に怒る。

 しかし勇気はそんな彼女の怒りに気が付かず、いつもの調子で頼み込む。

「ネネリが怪我してるんです、すごく辛そうだから治して上げてください」

「…………」

 アーメルは抱えられたネネリを見下ろす。

 その表情はまるで汚い物でも見る様で、ネネリが怖がるほどだった。

「誰が、蜥蜴人(リザードマン)の治療などするものですか」

「えっなんで……」

 ネネリがこんなに辛そうなのに、なぜ治してくれないのだろう。

 戸惑う勇気を睨みつけながら、アーメルは続ける。

蜥蜴人(リザードマン)がどうなろうと、私の知った事ではありません」

「でっでも、ネネリ怪我をしてて――」

「だからそんな醜い者を、なぜ治療しなければならないのですか!」

 言葉を遮って、アーメルは怒鳴った。

 鱗に覆われている蜥蜴人は、人間とはあまりにも違う。

「…………本気で、言ってるのか」

「……何?」

 いつになく声に抑揚がなく、眼もふざけていない。

 どこか威圧感のある彼に、騎士であるアーメルも恐怖を覚えた。

「ネネリは普通の女の子だ、醜くなんかない」

「にっ人間こそ至高の生き物、人間こそ正しい、他の種族は悪しき存在だ!」

 ずっとそうやって教わって来たのだ。

 人間以外の存在は、凶暴で凶悪。

 人が正義で、それ以外は悪、それが世の心理。

「……わっかんねぇなぁ、アンタも俺もネネリもリリィも何も変わらねぇよ、それなのになんで、ネネリ達だけ一方的に悪になるんだよ」

「そっそれは……、現に魔人や亜人の国家が戦争を仕掛けて来たから」

 戦争を仕掛けて来たのは、ヴェルハルガルドだ。

 ヴェルハルガルドは、魔人などの人間以外の種族で構成された、他種族国家。

 だから人間ではないネネリもリリィも悪だというのだ。

「喧嘩はどっちも悪いんだぞ」

「喧嘩ではない、コレは戦争だ!」

 そんな軽い物では無い、戦場で行われているのは本物の殺し合いだ。

 前線では兵士達が戦っているのだ、それを喧嘩と言うのは侮辱である。

「今に魔人掃討作戦が実行され、汚らわしき魔人共は一掃される!」

 悪しき魔人には、人間の聖なる鉄槌が下る。

 シャヘラザーンはベルカリュース最強の国家として、永遠に名を刻むのだ。

 自分は何一つ間違っていない、シャヘラザーンこそ正義なのだ。

「……俺の婆ちゃんが言ってたけど、人に酷い事をすると、その分自分に返って来るんだ」

「…………それが何だっていうの」

「だからさ、そうやって酷い事するの止めた方が良いぜ、今度はこの国が酷い事されるぞ」

「――っ、シャヘラザーンを侮辱する気か!」

 祖国を侮辱され、アーメルは怒る。

 このままではまた剣を抜きそうなので、リリィが勇気を止める。

「止めなさい……何を言っても無駄よユーキ」

「……ユーキ、私は大丈夫だから」

 そう、人間に何を言っても無駄。

 幼い頃からこうやって言い聞かせられて来たのだ。

 今更勇気の言葉で、考えが変わる訳が無かった。

「お前も、心の底ではそいつらを見下しているのでしょう……いい加減素直になったらどうなの」

 人間とは外見の違う魔人や亜人を、気持ち悪いと思わない訳がない。

 勇気も、本当はそう思っているはずなのだ、それが人間。

 異邦人と言え人間ならばそう感じて当然、アーメルはそう思っていた。

「俺は差別なんか絶対しない」

 しかし勇気はそうきっぱりと言い放った。

 嘘かと思ったが、その眼は嘘をついている様には見えない。

「アーメルさんも、そうやって差別するの止めた方が良いぜ、良い事なんかねぇんだから」

「お前の様な子供に、説教されるつもりは無い!」

 子供の勇気が何を偉そうに言うのかと、アーメルは怒鳴る。

 するとその時、一頭の天馬(ペガサス)が頭上を飛んで来た。

 勇気の頭をかすめるくらい、とても低空を飛んでいて様子が可笑しい。

 よく見ると、ふらつていていて非常に危険だ。

「落ちるぞ!」

 勇気やバルトロウーメス達が見ている中、天馬(ペガサス)はそのまま丘に不時着した。

 見ると、乗っているのはシャヘラザーンの兵士だ。

 投げ出されてしまった彼の元に、バルトロウーメスと部下数名が近寄る。

「大丈夫か!」

 乗っていたのは、腕章から察するに国境の前線にいた兵士だ。

 天馬(ペガサス)は胴体に魔法で穿たれた傷があり、既に絶命している。

「……ヴェっ、ヴェルハルガルドが、攻めて来た」

「数は、いくつだ!」

 何か仕掛けて来るとは思ったが、まさかこんなに早く動くとは思わなかった。

 おそらくこの兵士は伝令として、リンシェンへ向かっていたのだろう。

 伝令がこれほど傷つき、慌てているとなると――状況は普通ではない。

「正確には分からない、でっでも三万から四万はいた……」

「まだそんな兵力が残っていたか……」

 やはり最近の小規模な戦闘は、油断させる為の策だったのだ。

 しかしまだ四万の兵なら、前線は持ち堪えられるはず。

「アーメル、急いでこの者の手当てを! それからリンシェンへ伝令を行く者と、私と共に王都へ向かう者に別ける」

 おそらくこれは敵の最後の猛攻に違いない。

 前線が突破できず、全戦力を投下したのだろう。

「シャヘラザーンの正義の下、悪しき魔人に鉄槌を下す!」

「ちがう……違うんだ!」

 バルトロウーメスの言葉を遮ったのは、伝令の兵士だった。

 力を振り絞って、すがる様に腕を掴む。

「何が違うのだ……」

「アレは……化物だ、化物だったんだよぉ!」

 一体何を言うのかと思えば、魔人を化物と呼ぶ者は珍しくない。

 今はそんな話に付き合っている暇はないのだが――。

「違う、おっ俺はリンシェンを目指していたんだ……その時見たんだ!」

「何を……見たのだ」

 バルトロウーメスの腕を掴む手は、震えていた。

 狼狽えていて、とても正常ではない。

「荒野を埋め尽くす……化物だ」

「……化物」

 やはり様子が可笑しい、化物と呼んでいるのは魔人の事では無い。

 ならば一体、彼は何を見たのだ――。

「だっ団長、アレを!」

 部下に言われて、バルトロウーメスは丘の前に広がる荒野を見た。

 見えたのは、土煙だ。

 ここは荒野、乾燥した土が風で巻き上げられるのは珍しくないが、大きすぎる。

 それに土煙は、だんだんとこちらに近づいて来ている。

「……なんだ」

 眼を凝らして見ると、土埃に混じって影が見えた。

 二足歩行の影は、徒党を組んでこちらへと向かってくる。

 どうやら土埃を起こしているのは、それ等らしい。

 だが問題なのはその大きさ、まだかなり距離があるというのに肉眼ではっきりと、その影を認識できる。

 もし人間だったら、小さくて見えないはず。

 そして――それはようやくなんだか分かった。

「……何なのだ、アレは」

 



 それは巨大な人型の化物だった。




 いや形状は人だが、容姿も大きさもまるで違う。

 顔はトカゲだが、胴体は獣、脚は昆虫。

 かと思えば、顔は獣、胴体は蛇。

 更には、蛇の顔、獅子の胴体、鳥の翼。

 多種多彩、一体たりとも同じモノがない。

 それらは生物として、全く成り立っていない。

 それは――あまりにも異質。





「……なんだよ、アレ」

 勇気の眼にも、それが見えた。

 リリィもネネリも、バルトロウーメスもアーメルも、それを見た。

 いや、その異形を見せつけられた。

「異世界って、あんな生き物がいるのか!」

「いないわよ……あんなの、いる訳ない!」

 異世界ベルカリュース中を探したとしても、こんな生物が存在している訳がない。

 長い時を生きるリリィも、あんなもの知らない。

「あんな生物を、万物の創造神が造る訳ないでしょう!」

 あんな物を神が造ったなら、最初の世代であるリリィが知りえない訳がない。

 しかし所々知っているモノがある。

 見知った妖獣(ヨーマ)の部位がある、大蜥蜴(ビッグリザード)無脚竜(ワイワーム)大毒蛇(グランドコブラ)羊獅子(ホーンライオン)

 まるでそれらを混ぜ合わせた様な――。

「……まさか、繋ぎ合わせて造ったっていうの?」

 それなら納得がいく、いやそれ以外考えられない。

 リリィが知っている妖獣をバラバラにし繋ぎ合わせて、まるで別の生き物の様に作り出した。

 しかし、そんな事出来るのだろうか――。

「馬鹿を言うな……繋ぎ合わせる、そんな事出来る訳がない!」

 バルトロウーメスは声を荒げて否定した。

 見た所、アレは首や胴体も切断した形跡がある。

 切断すれば、妖獣といえども死ぬ、繋ぎ合わせても生き返りはしない。

 だが目の前の異形の化物達は、生きている。

 そんな事、あり得る訳がなかった。

「じゃあ、あいつらはなんなんだよ」

「…………あっ」

 勇気に抱きしめられていたネネリが、何かに気が付いた。

「どうした、ネネリ」

「アレは……生きてない、です」

「何を言ってる、アレは生きて動いている、適当な事を言うな蜥蜴人(リザードマン)!」

 異形の軍勢に恐怖を抱き、アーメルは怒鳴った。

 怖がるネネリを庇う様に、リリィが彼女を睨みつける。

「気にする事ないわネネリ、説明して」

「……アレは、死霊魔法と一緒で、魂が無いんです」

 死霊魔法は、術者の魔力を使って死体を動かす。

 それは蘇生ではなく、あくまでも使役。

 あの異形の軍勢も死霊魔法と同じ、魂が存在しない。

「じゃあ、あの数を死霊術師(ネクロマンサー)が動かしているっていうの!」

 どんなに優秀な魔法使いだって、数分と経たない内に魔力切れを起こすに決まっている。

 そんな事が出来る魔法使いは、それこそ化物だ。

「……でも、アレからは死霊魔法の気配を感じないんです……なんて言うか生命力だけをねじ込んで、無理矢理動かしてる……感じ」

 死霊術師(ネクロマンサー)であるネネリには分かる。

 アレは蘇生した訳でも、魔法で使役した訳でもない。

 魂のない肉の器に、死体に生命力だけ流し込んで、無理矢理動かしているだけ。

「出来ない訳じゃない、例えば生命力の塊みたいなものがあれば……」

「……そんなのあるのか?」

 勇気の問いにリリィは深く、頷いた。

 ベルカリュースには、そんな物一つしかない。




「フェニックスの心臓よ」




 『不死鳥』と名高い、フェニックス。

 その心臓は、高い再生能力の根源、他に類を見ないほどの生命エネルギーがある。

 もしそのエネルギーを妖獣の死骸に込めれば、死霊魔法の様に死骸を動かす事が出来るだろう。

 コレが偶然である訳がない。

「最近西から妖獣が流れて来る理由が分かったわ、あいつらはこの兵団を造る為に妖獣を狩ってたのよ!」

 大蜥蜴もワイワームも、全てこの兵団の材料になったのだろう。

 そしてフェニックスの心臓も――。

「初めから、ヴェルハルガルドはこうするつもりだった、この人造妖獣の兵団を使って攻めるつもりだったのよ!」

「そんな……四万の兵が囮だというのか! 本当の軍は、あの化物」

 人造妖獣兵の大きさはバラバラだが、三メートルから一〇メートルはある。

 しかも大蜥蜴(ビッグリザード)やワイワームなどの強い妖獣(ヨーマ)を素材として使っているのならば、あの兵は一体一体が中隊クラスの兵力を用いて倒す物。

 それが、軍勢となって押し寄せて来る。

 それはまさに――この世の終わりの光景。

「……間に合わない」

 そう言ったのは、バルトロウーメスだった。

 彼は妖獣兵を冷静に分析する。

「今から伝令に走っても……リンシェンにたどり着く頃には、この軍勢はマグニ内の街に到達してしまう」

 前線から兵を向かわせる頃には、おそらくマグニどころか王都に近い村や街まで滅ぼされてしまうだろう。

 バルトロウーメスが守ろうとしていた国民が、無残に殺される。

 彼はこの結果以外、導き出す事が出来なかった。

「団長、一体どうしたら……」

「とにかく、リンシェンと王都にこの状況を伝える……同時に近隣の街や村に避難勧告を出すのだ……財を捨てとにかく東に逃げさせろ」

 命令は出したが、もう間に合わないだろう。

 今から街や村を回った所で、彼らが逃げる前にあの軍勢は到達する。

 それに伝令が間に合った所で、前線から兵を回せる訳がない。

 既に彼らは四万の敵と戦っているのだ、あんな化物と戦う余裕などない。

「とにかく……全員直ぐにこの場から逃げるんだ!」

 団長の言葉を聞き、アーメルや部下達は急いで撤退の準備を始める。

 今は逃げて、この危機を多くの人に伝えなければならない。

 騎士達があわただしく準備をする中、一人動かない者がいた。

「…………ユーキ?」

 勇気は、土煙を立てて移動する妖獣兵を見下ろしている。

「……ふざけんな」

 地鳴りが響く中、勇気は呟いた。

 それは小さな声だったが、そこにいるもの全てに聞こえる、不思議な力があった。

「……こんな、こんなもんを造る為にフェニックスは死んだのか」

 妖獣(ヨーマ)を継ぎ接ぎにして造った軍勢。

 こんな物を作る為に、フェニックスは殺された。

 こんなどうでもいい事の為に――。

「ユーキ……」

「ネネリ、しばらくここで待ってくれ」

 勇気はネネリを地面に降ろすと、抱えていた卵を手渡した。

 すると、彼はそのまま真っ直ぐ歩き出す。

 土埃を立てて進行する、妖獣兵達へと――。

「貴様、何をする気だ!」

「決まってるだろう……ぶん殴って来る」

「何を馬鹿な事を! あんなものに勝てる訳がないだろう!」

 数多の経験を積んだバルトロウーメスさえ、アレとは戦う気にはならないというのに――勇気は迷いなく歩く。

「貴様がフェニックスと何の関係があるんだ、異邦人である貴様がたかが鳥一匹の為になぜ、あんな軍勢に立ち向かおうとする!」

 勇気はほんの数日前まで、普通の高校生だった。

 この世界とは何の関係もないし、ましてやフェニックスなど会って数時間くらいの仲だ。

 そんな物の為に――なぜあの軍勢に立ち向かえるのか。

「んな事どうだっていいんだ、俺はあの魔王もヴェルなんちゃらのやり方も全部大っ嫌いだ、戦争なんて下らねぇもんに、何の関係も無い奴等を巻き込むなんて、俺は許せない!」

 フェニックスはなんの関係も無かった。

 ただ卵が産まれてくるのを楽しみにしていたのだ、それなのにこんな事に巻き込んだ。

 勇気は命を物の様に扱う事に――怒っている。

「俺は、俺がアレを許せねぇから、ぶん殴るんだ!」

 丘を下って行く勇気を、バルトロウーメスもアーメルも止められない。

 なぜか、勇気の後ろ姿には迫力があった。

「アンタが何言っても無駄よ」

 戸惑うバルトロウーメスに、リリィがそう言った。

 リリィは、怒りながら歩いていく勇気の後ろ姿を見つめる。

「ユーキは……ああやって他人の為に怒るんだから」

「……他人の為に?」

 勇気はいつもそうだった。

 自分が死んでも、ろくに文句は言わない癖に、他人が傷ついたり殺されたりすると、物凄く怒る。

「……ユーキは無気力なんかじゃない、他人を思いやる心を持った、優しい奴よ」

 この数日一緒にいて、よく分かった。

 勇気は、自分の守備範囲外は無関心で無感情だ。

 でも、その守備範囲と言うのは――常に他人へと向けられている。

 他者を受け入れられる広い心と優しさ。

 それが勇気の本当の強さなのだ。

「アンタらには一生わかんないでしょうね……、ユーキの良さは」

「なにっ――」

 バルトロウーメスの目の前で、リリィの手枷が消えた。

 空間移動で、手枷だけを飛ばしたのだ。

「アタシの空間移動は神より賜った技、魔法じゃないから魔力は使わないのよ」

 リリィに付けた手枷は、魔力を封じる物。

 魔力を使わない空間移動は、無効にされなかった。

「まて妖精の女王、そなたまでアレに勝てると思っているのか!」

 最初の世代でも、あの様な異形の軍勢に勝てる訳がない。

 騎士であるバルトロウーメス達さえも、逃げようとしているのに――。

「……アタシは別にこんな国どうなったって良いわ、正直アレに滅ぼされろって思ってる」

 妖精の仲間達を殺されて、リリィは居場所を失った。

 シャヘラザーンを呪い、あの軍勢に加担してもいいくらいだ。

「でも……しょうがないじゃない、あいつが行くってんだから」

 リリィは、バルトロウーメスからネネリへと視線をやる。

 軍勢を目の当たりにして、ネネリは怖がっていた。

 彼女の視線に合う高さまで下がると、不安そうな頬を撫でる。

「ユーキが無茶な事しない様に見張って来るから」

「りっ……リリィさん」

「大丈夫よ、いざとなったら空間移動でぱっと逃げて来るからね」

 リリィは笑顔を浮かべてそう言った。

 幼いネネリでも、あの軍勢が強い事が分かる。

 勇気とリリィだけで、アレに勝てる訳がない。

「ネネリは卵を守ってて、コレが割れたらユーキが悲しむわ」

「あっ……」

 リリィはそう言い残して、飛んで行ってしまった。

 立ち向かえない者は、その場でその姿を見つめる事しか出来なかった。






「…………ははっ、すげぇな」

 勇気は、徐々に迫って来る土煙を見ながらそう言う。

 舞い上がる砂の向こうに、異形の影が見えた。

 見詰める勇気の手が少しだけ、震える。

「何よ、怖気づいたの?」

「リリィ、なんで!」

 これは勇気の問題だ。

 あの軍勢に怒っているのは勇気だけだ、リリには関係ない。

 しかし彼女は、呆れた様子で言う。

「何よソレ、人が好意で付き合ってやってるのに」

「でっでも、あんなにいっぱいいるんだぞ」

 見た所千や二千所ではない、おそらく万はいるだろう。

 勇気は『不死』だ、死なないからまだいい。

 リリィは限りある命なのだ、こんな事に付き合う事は無い。

「あんなのただの木偶(でく)よ、アタシを誰だと思ってんの!」

「はいはい……『空間』の支配者で、妖精の女王で、『光の超越者』なんだろう」

 覚えてしまった、勇気は呆れながらそう言うが――。

「それに……アンタの相棒なんだし……」

「えっ……」

「あっアンタが言ったんでしょう、運命共同体だって!」

 リンシェンの牢屋の中で、二人は握手をした。

 その時に勇気はそう言った、確かに言った。

 でもあの時、リリィは嫌がっていたと思ったのだが――。

「あははっ……リリィって、ホントに素直じゃねぇよな」

「なっ何よぉ、人の好意を馬鹿にする気!」

 頬を膨らませるリリィを、勇気を見上げる。

その顔にはもう恐怖は無い、もう手も震えていない。

 彼の顔には、明るさが戻っていた――。

「俺、リリィのそう言う所……好きだぜ」

「えっ……えええっ、なっななっ!」

 突然の告白に、リリィは赤面する。

 こんな時にさらっと言うなんて、不意打ちにもほどがある。

 まさかの奇襲で慌てふためくリリィに、勇気は拳を向けて言う。

「よろしく頼むぜ『相棒』!」

「あっ……相棒」

 あくまでも相棒として、リリィが好きだという事。

 この無気力男にはそれ以外の他意はなく、本当にただそれだけ。

 赤面して、あたふたしたのが馬鹿みたいだ。

「でもリリィ、本当に良いのか……」

「ふん、良いも何も、もう遅いわよ」

 そう言って、リリィは前を向いた。

 そこには、目と鼻の先まで迫った人造妖獣兵の軍団。

 ゆらゆらと歩く妖獣兵からは、知性がまるで感じられない。

 これらは全て、ただの動く人形である。

 五メートルはあろうかという、巨大なトカゲ頭の獅子が二人を見下ろした。

『グウアアアアアアアア――』

 そして巨大な腕を振り上げると、二人に向かって振り下ろす。




 しかしその瞬間、光の槍が妖獣兵を貫いた。




 胸に大きな穴が開き、妖獣兵は崩れ落ちる。

 瞬間、妖獣兵の体が光の粒子となり、空気中へと消えて行った。

「図体ばっかりデカいだけで、雑魚ね!」

 敵はどれだけ改造されていようと妖獣。

 妖獣(ヨーマ)である限り、リリィは絶対に負けない。

「アタシの特殊技能(スキル)に、勝てると思ってるんじゃないわよぉ!」




 『光の使徒』。

 ランク3のこの特殊技能(スキル)は、魔属性に対する特効攻撃と学習加速。

 妖獣(ヨーマ)に対して防御力に関係なく攻撃を与えられる。

 防御貫通だけではなく、更に追加ダメージを与えられる。

 リリィは、妖獣(ヨーマ)に対してはいかなる防御も無視して攻撃が出来るのだ。

 つまり彼女は、妖獣兵の最大の脅威なのだった。

「こんな命を冒涜するような奴等、全部アタシの魔法で吹き飛ばしてやるわよ!」

 リリィはそう言い放つと、白い魔法陣を展開させる。

 魔法陣が一段と輝くと光の槍が射出されて、一気に三体貫く。

 攻撃を喰らった妖獣兵は、光の粒子となって消えて行った。




「流石……つえぇ」

 リリィの強力な魔法によって、妖獣兵はどんどん光の粒子になって消えて行く。

 正直、一人で全て倒してしまいそうな勢いだ。

 唖然とする勇気へと、妖獣兵が迫る。

 カマキリの様な昆虫の腕を持つ、獅子の頭部を持つ妖獣兵。

「……リリィの言う通りだ」

 こんなの生物とは言えない。

 沢山の命を殺して、それでこんなモノを作るなんて、絶対に許せない事だ。

『ギシャアアアアアアアア』

 妖獣兵は、そのカマキリの様な腕を振り下ろした――。

「俺はこんなやり方、絶対に認めない」

 勇気の体が光を放つ。

 それは、まるで太陽の様に美しく、眩い光――。

「フェニックスの命を、こんな事に使うんじゃねぇ!」

 勇気は肉体と魂を燃焼させ、そのエネルギーを拳へと込める。

 迫るカマに向かって、その一撃を放つ。




 そして――その拳はカマを砕いた。




 まるで岩の様に硬いカマが、ビスケットの様に簡単に砕かれた。

 そして勇気は飛び上がると、がら空きになった胴体へと更に一撃を放つ。

「うるああああああああっ!」




 渾身の力を込めて振るわれた拳は――妖獣兵をぶっ飛ばした。




 六メートルの巨体は宙へと舞い上げられ、いくつかの兵をなぎ倒して地面に倒れ、そして絶命する。

 勇気は、自分の拳を見下ろす。

「……分かる」

 力の使い方が、ちゃんと分かる。

 魔王と戦った時は、頭に血が上って分からなかったが、今は違う。

 まだ二回目だというのに、まるで昔から使っていたかの様に正確に扱えた。

「フェニックス……お前なのか」

 血質継承(けっしつけいしょう)とは、『血』の力を継承するという事。

 フェニックスの『血』は、勇気の血潮と混じり合い、彼と一つになっている。

 彼の中のフェニックスが、戦い方を教えてくれているのだ。

 勇気は、拳を強く握り占めると妖獣兵を見る。

「お前等全部ぶっ飛ばして、魔王をぶん殴ってやらぁ!」



 そして勇気は群がる妖獣兵に向かって――その拳を振るった。




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