第四三話 復讐だ!
シャハナ火山の噴煙は、マグニ中から観測出来た。
あまりに突然の噴火に、民は不安の色を隠せない。
だがより不安になったのは、噴火の真相を知る者だった。
「……凄まじい」
バルトロウーメスは、噴煙を遠くから見る。
シャハナ火山は活火山だったが、ここ数百年は安定していたのだ。
にもかかわらず噴火させる魔法など、規模が違いすぎる。
「……エルフと言うのは、これほどの力を持っているのか」
彼が生まれるずっと前にエルフは滅んだ、そう聞かされていたのだ。
神の寵愛を受けたという、伝説の種族。
「エルフは滅んだのではなかったのですか……」
アーメルは少し不安げに、そう尋ねた。
「そう言われていた……」
あのエルフは偽物には見えなかった。
耳が長い魔人は他にもいるが、真横に長い耳を持つのはエルフだけ。
ましてや、気性が荒く獰猛な竜に騎乗できるのが何よりの証拠だ。
「魔王と行動しているのは、一体どういう事なんでしょうか」
「分からない……、あの様子だとエルフもヴェルハルガルドの者と考えていいだろう」
そうなると余計に分からない、竜とエルフが組めばマグニの前線で十分戦えるはずだ。
なぜ小規模な軍だけを動かしているのだろうか――。
(皇帝陛下の、掃討作戦を急がなければ……)
敵が何かを起こす前に、こちらが動かなければならない。
バルトロウーメスは、そう思いながら天馬を走らせる。
「……団長、アレを!」
部下の一人が北方向の森を指さした。
示された方を目を凝らして見ると、森の木々の合間に誰かが倒れているのが見えた。。
「……アレは」
それは探していた少年、勇気だった。
最後に見たのはシャハナ火山の火口だ、どうやら噴火に巻き込まれて、こんな所まで吹き飛ばされた様だ。
「……捨ておきましょう、死んだと報告すればそれで済む事です」
どうせ死んでいる、今はエルフと竜の事を一刻も早く知らせるべきなのだとアーメルは考えたのだが――、バルトロウーメスは下へと降りた。
「…………」
服は高熱で燃え尽き、粘り気のある火山灰に覆われていた。
ただの死体の様に見えるが不思議な点もある、アレだけの爆発の割に体が綺麗な事だ。
「……誰だ!」
バルトロウーメスが気配を感じて振り返ると、茂みの中からリリィとネネリが出て来た。
リリィは両手を上げ、ネネリは卵を抱えている。
「待って、争う気はないわ」
「……妖精の女王、わざわざ敵の前に出て来るとは」
「……仕方がないわ、アタシ達じゃユーキを運べないの」
既に死んでいるというのに、わざわざ運ぶことは無い。
しかしリリィは真剣な表情で、願い出る。
「お願い、ユーキを水場に運んで欲しいの、火山灰が喉を塞いでて息が出来ないの」
死を理解していないのかとも思ったが、そんな様子はない。
「…………反抗しない様に、拘束せてもらう」
「団長!」
「その代わり全て話して貰うぞ、こいつの事もシャハナ火山で何があったかも」
「分かったわ……」
リリィは勇気を蘇生さる為、それを了承した。
そして三人は、バルトロウーメスの捕虜になったのだった。
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ヴェルハルガルド。
シャヘラザーンの西に位置する国家である。
元々は小さな国だったにも関わらず、瞬く間に勢力を強めて行き、今ではベルカリュース最大の国家であるシャヘラザーンに戦争を仕掛けるほどになった。
今ではその勢力を、ベルカリュース中の国々が無視出来ない物になった。
そしてなにより様々な種族がいる、多人種国家である。
首都ガルヴェス・ガルド城。
文字通り、この国の中枢その物である。
そこに降り立ったのは、一匹の竜であった。
城の前には大きなロータリーがあるのだが、それも竜が降り立つと小さく感じてしまう。
体の大きさだけではない、竜の放つ威圧感のせいだ。
「……うむ、ご苦労だったなガルナ」
巨大な黒い竜から降り立ったのは、真っ黒な鎧をまとったエルフ。
竜の体を撫でて、ねぎらってやる。
「シュカリバーン様……」
魔王は、申し訳なさそうにエルフの前にやって来ると、頭を下げた。
見た目は、魔王の方が年上の為、かなり不思議な光景だ。
「私のせいで、シュカリバーン様のお手を煩わせてしまい……申し訳ありませんでした」
フェニックスの心臓を手に入れるだけの事だった。
勇気の邪魔さえなければ、シュカリバーンの手を借りる事は無かったのだ。
「あの程度の事構わん、計画にも狂いはない、気にするな」
「……しかし、私はシュカリバーン様から賜った鎧に傷をつけてしまいました、コレは全て私の落ち度で御座います」
勇気に殴られ、変形した場所を悔しそうに触れる。
未だ悔やんでいるロザベールの肩に、シュカリバーンは手を置く。
「あそこに人がいるとは予想しなかった事だ、仕方あるまい」
「……ですが」
「鎧よりもお前が死ぬ方が困る、お前はワタシの最も忠実な弟子なのだから」
「シュカリバーン様……」
ロザベールは深々と頭を下げ、より一層の忠誠を誓う。
シュカリバーンは小さく笑みを向けると、城の中へと入って行く。
ガルド城は、ドワーフ族の技術を余す事無く振るって作られた、一種の芸術。
柱の一本一本にまで豪華な彫刻が施す、拘り様。
一切の妥協無く、合理性と芸術性を磨き上げた、最高の城。
コレはまさしく――ベルカリュースの『王』に相応しい。
「ロザベール様!」
やって来たのは、ドワーフの青年だった。
黒い髪を結い軍服を纏った姿は、まだ初々しさを感じさせる。
「フォルドか」
彼の名はフォルド・デュドン。
魔王、ロザベールに随従する青年だ。
まだ兵となって日が浅いが、真面目で将来性のある若者である。
「――っ! ロザベール様、お怪我をなさったのですか!」
フォルドは、鎧の傷を見て慌てる。
この国最強の一角である魔王が傷を負うなど考えられない事だ。
「いっ急いで、治療を……」
「怪我はない、慌てるなフォルド」
「……ロザベール様に傷をつけるなど、フェニックスはそれほど手強かったのですか?」
フォルドは自分の事の様に悔しがって、そう尋ねた。
これを負わせたのはフェニックスではないのだが、ロザベールはそれ以上何も言わない。
「……フォルド、ベネディクトは?」
「はい、シュカリバーン様とロザベール様のご帰還をお待ちで御座います」
フォルドの案内で、シュカリバーンとロザベールは回廊を進んでいく。
しばらく行くと、大扉の前へとやって来た。
扉の前には、一人の男が立っている。
「ネフェルア……わざわざ出迎えか?」
魔王将ネフェルア。
まるで初老の紳士の様にも見えるが、間違えなくこの国の最強の一角。
彼は後ろの巨大な大扉を開けると、三人を中へと招き入れた。
「陛下がお待ちですよ、シュカリバーン」
ヴェルハルガルドは強さこそ全て。
強ければいかなる者でも拒まれはしない。
魔人、獣人、巨人、エルフ、種族の違いなど些細な物。
肝心な物は、強さである。
そして、この国の強さの頂点にいるのが――魔王帝である。
全長一〇メートルくらいの大男が、巨大な玉座に座っている。
「グハハハッ、戻ったか我が友シュカリバーン」
魔王帝ベネディクト=ガザエル・ヴェルハルガルド。
この国を治める皇帝にして、この国の頂点、最強の魔人。
彼から発せられる覇気で、巨大な玉座の間が狭く感じるほどだ。
「……ああ、待たせたな我が友ベネディクト」
魔王帝と魔王将、本来ならば主と家臣だが、この二人の間には友情が存在している。
巨大な魔人と子供のエルフ、この組み合わせは、かなり異様だ。
「久しぶりの散歩はどうだ、土産の一つでも持って帰って来たのか?」
「……ドリタス領を落として来た、いい運動になった」
「グハハッ、連中はエルフを見てさぞ驚いておっただろうなぁ」
豪快に笑うベネディクト、巨大な彼が笑うとガルド城全体が笑っている様だ。
一方シュカリバーンは、落ち着いた様子で彼を見上げながら口を開く。
「……例の計画を、実行に移そうと思う」
「お前自ら練った計画だそうだな」
「……あぁ、その為に準備をして来た」
「グハハハッ、良いなぁお前の策は面白いから好きだぞ!」
ベネディクトはまるでこれから遊ぶ様に、心底楽しそうに笑っている。
さながら子供の様で、シュカリバーンの方がずっと大人。
いや、実際の所最古の存在のエルフである彼の方が年上である為、コレは正しい構図だ。
「それで……兵を借りたい、西を守っている軍をこちらに回して貰いたい」
ヴェルハルガルドの西、ベルカリュースの最西端には強大な国がある。
国土だけならシャヘラザーンを上回るほどで、ヴェルハルガルドは東のシャヘラザーンと、この西の強国に挟まれる形に存在している。
「守りが手薄になれば、西の強国が攻め入るかもしれませぬぞ」
ネフェルアは、珍しく意見した。
現在西の強国との間には、小国連合国が存在しているので、そこが緩衝材となって大規模な戦闘にはならなかった。
しかし、小国連合は強国の傘下に入っているという情報もある。
迂闊に西の守りを手薄にする訳には行かなかった。
「なにも全軍を回す訳ではない……ワイバーン五千と、歩兵部隊を一万五千ほどだ」
「……たったの二万でよいというのか?」
マグニの防衛線には六万の兵が守りを固めている。
現在マグニで戦っているヴェルハルガルド兵は二万、合わせても四万だ。
この程度の戦力では、マグニの防衛線を突破するのは難しい。
せめて同等かそれ以上なければ、まともに渡り合えない。
「ほう……シュカリバーン、今回はとても面白い策の様だな」
「ああ、楽しみにしていろベネディクト」
自信たっぷりに言うシュカリバーンに、ベネディクトは再び笑い出した。
「西の兵をシャヘラザーンへと送ろう、これよりシャヘラザーン攻略の総司令官をシュカリバーンを任命する、貴様の思う通りに国を落とすが良い」
「拝命しよう」
シュカリバーンは軽く一礼をすると、背を向けて歩き出した。
そんな彼に向かってベネディクトは、どこか楽しそうに口を開く。
「敵討ちが出来るのは嬉しいか? シュカリバーン」
その問いにシュカリバーンは足を止めた。
そしてゆっくりと、ベネディクトへと振り返る。
「お前にとっては、待ち望んだ時であろう?」
「……ワタシは約束を果たすだけだ、そこにはなんの感情も無い」
シュカリバーンはそう言い残すと、玉座の間を後にした。
ロザベールとフォルドは、一礼をすると彼の後に続く。
「……良いのですか、たった四万の兵でシャヘラザーンを攻めてさせて」
「なぁに、シュカリバーンだその辺は上手くやるだろう」
戦で最も重要視されるのは、兵の数だ。
一対一よりも、二対一の方が有利に決まっている。
同等よりも倍、倍よりも三倍、多ければ多いほどいい。
しかも敵は、ベルカリュース最強の国家シャヘラザーンである。
兵の数は勿論の事、武器の質、要塞の規模もまるで違う。
幾らシュカリバーンとはいえども、分が悪い。
「楽しみではないか……奴が数千年待ち望んだ事だぞ」
「……彼は、その為にこの国の将になりましたから」
ベネディクトとネフェリアは、閉められた大扉を見つめる。
古くからの同胞の事を思いながら――。
「見せて貰おう、エルフの力を」
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「シュカリバーン様」
玉座の間から出て来た彼らを待っていたのは、一人の男だった。
歳は二〇代後半ほど、薄紫の髪を結い上げて臙脂色のローブを着ている。
「……デュネアンか」
「ご帰還をお待ちしておりました」
デュネアン・ドリデリアス。
彼はこの国に六人しかいない魔王の一人であり、魔王将シュカリバーンの弟子である。
優秀な魔法使いであり、強力な魔法を使い、魔王の中でも実力者の一人だ。
「ロザベール、随分手こずった様だな」
デュネアンはへこんだ鎧を見てそう言った。
ロザベールは何も言わず、彼から視線を逸らす。
「……デュネアン、状況を報告せよ」
「はっ、現在マグニの前線にて小規模な戦闘を不規則的に起こしております、命じられた通り、本気を出さずに」
それは魔王将シュカリバーンの命令である。
あたかもこちらが弱っている様に見せかける為、わざと小規模な軍で軽い戦闘をして、直ぐに撤退する。
あえて不規則に徐々に数を減らして、相手を油断させるのだ。
「その甲斐あってか、敵陣に掲げてあった将軍の御旗が消えました……おそらくリンシェンに戻ったかと……」
「……ふっ、頭のない獅子など、狩るのは容易だな」
そもそも将軍と言うのは、戦場でどっしりと構えているべき存在だ。
将がいるだけで兵の士気は上がるし、より効率的に軍を動かす事が出来る。
どうやら、シャヘラザーンの将軍はそんな事も分かっていないらしい。
「ですが、敵は六万でずぞ、我等二万でいかがなさるのですかな?」
「……ベネディクトから二万借りて来た、本日中にはこちらに合流するだろう」
「二万、よくまぁそれだけ借りて来られましたなぁ」
「……西には、あの『剣馬鹿』がいる、鼠一匹国境を越えられん」
「ふふっ、同じ魔王将を馬鹿呼ばわりですか……エルフである貴方から見れば、我々など大差ないという事でしょうかねぇ」
シュカリバーンは、嫌味を言ったデュネアンを見る。
別に睨む訳でもない、いつもの何を考えているのか分からない無表情を浮かべるだけ。
外見に合う様にもう少し子供らしければ、こちらも接しやすのだろうが、最古の存在であるエルフはここにいる誰よりも年上。
今更子供のふりなど出来る訳がなかった。
「せん~せ~~」
どこからともなく声が聞こえる。
思い切り駆けているのか、回廊全体が揺れている様だ。
そして前方から、まるでイノシシの様にその声の主は突進して来た。
「シュカリバーン、せんせっ!」
ひらりっと、シュカリバーンはその特攻を避けた。
彼の後方にいた二人の魔王も半身を引いて避けたのだが――その後ろにいたドワーフのフォルドに激突する。
「どっぶわっ!」
あまりに唐突な事で踏ん張る事も出来ず、フォルドはそのまま尻餅をついて倒れる。
その光景を、シュカリバーンはただただ見つめていた。
「先生、避けるなんて酷いです!」
炎の様に真っ赤な髪を肩口で切りそろえた、一〇代前半の少女。
美しい金色の眼は、純粋なままでまだ穢れを知らない。
ピンクを基調としたドレスを着ていて、さながら令嬢と言った雰囲気だ。
子供らしく頬を膨らませて、怒っていた。
「……ブリュンヒルデ、回廊を走るなといつも言っているだろう?」
「はい、だから猛ダッシュしました!」
そうキラキラとした眼で、ブリュンヒルデという少女は言い放った。
大人は、それを呆れた様子で見下ろす。
「う~~お~も~い~~」
悲鳴を上げたのは、ブリュンヒルデの下敷きになっているフォルドだった。
まだ若いとはいえ彼もヴェルハルガルドの兵だ、この様な少女にやられるのは、かなり情けない。
「大丈夫ですか、フォルドさん」
情けない彼に手をさし伸ばしたのは、一人の少年。
頭からは、まだ小さくて可愛らしい真っ黒い角が二本生えていた。
白いくせっ毛の長髪は、上品に結い上げられている。
黒い眼は、まるで夜闇の様に冷たく、表情がない。
歳はブリュンヒルデより少し下くらいの、非常に落ち着いた少年だった。
「こっコレは、ベルフォート様!」
「ほら姉さん、早く降りなよ辛そうだよ」
ベルフォートと呼ばれた少年は、自らの姉ブリュンヒルデへとそう言った。
弟だというのに、姉よりもしっかりしている。
「フォルドさんは、姉さんよりも力が無いんだから加減して上げなよ」
「そうね、フォルドさんはヒョロいもんね!」
子供は正直すぎる、事実は時として言ってはいけない事もあるのだ。
「うっうう、筋肉が筋肉が足りないのかぁ……」
ドワーフにしてはかなり平均的な体格で、正直軍人と言うには線が細い。
自らのヒョロさを嘆くフォルドだった。
「……それで、ブリュンヒルデにベルフォート、どうしたのだ」
「先生、シャヘラザーンと決戦するのは本当ですか?」
随分早耳だ、おそらくどこかから情報を聞き出したのだろう。
城の人間もこの二人には甘いから、情報を得るのは簡単そうだ。
「……ああ、準備が整ったらな」
「ふぁ~~、戦ですね! 戦うんですねぇ!」
ブリュンヒルデは、はち切れんばかりの笑みを浮かべて、ピョンピョンと跳ねる。
その度にドレスのフリルが揺れて、ダンスをしている様だ。
「先生が、軍を指揮するのですか?」
「……ああ、そうだ」
ヴェルハルガルドはずっとどこかの国と戦争している。
しかしシャヘラザーンほど強大な国へと攻め入るのは、前例がない。
しかも、ヴェルハルガルド最強の一角であるシュカリバーンが、その指揮するのだ。
これほどの戦は、後にも先にもコレだけになるだろう。
「先生! わたしも連れてって下さい!」
高らかに挙手をして、ブリュンヒルデが言った。
まるでピクニックに行く様な、そんな軽い感じで言ったのだ。
「ブリュンヒルデ様、戦は舞踏会と違って、汚くて危なくてちっとも面白くありませんぞ?」「デュネアン様、舞踏会の方が面白くありません、戦の方がずっと楽しいですわ!」
「せっかくのドレスが汚れてしまってもいいのですか?」
「汚れても良いドレスを着ます、なんならデュネアン様が買って下さってぇ?」
「コレは一本取れましたなぁ……どういたしますかな、魔王将?」
どこか楽しんでいるデュネアンは、シュカリバーンへとそう尋ねた。
相変わらずブリュンヒルデは、キラキラとした眼でこちらを見ている。
「……戦に出て、どうするつもりなのだ?」
シュカリバーンの問いかけに、ブリュンヒルデは楽しそうに答える。
「お父様に、将軍の首をプレゼントするんです!」
その言葉を聞いて、呆れたが納得もした。
コレが普通の女の子ならば、全力で止める所だが、この子の父は普通ではない。
「……血は争えぬな」
ブリュンヒルデとベルフォートの父親は、この国の王なのだから。
ブリュンヒルデ=メルヒット・ヴェルハルガルド。
魔王帝ベネディクトの長女。
天性のおてんばで、天真爛漫で底なしに明るい。
本来ならば姫としての作法を教えられ、蝶よ花よと育てられるのだが、どういう訳か彼女は、戦に興味を持ってしまった。
女性らしい、社交界に必要な知識を身に着ける年頃になっても、彼女の興味は武器や闘いというモノに向けられていている。
独学でハルバードを使いこなし、それに感激したベネディクトが、シュカリバーンに弟子入りさせ、本格的に槍術を学び始めた。
ベルフォート=ミュルエル・ヴェルハルガルド。
魔王帝ベネディクトの息子。
魔法の才に長けており、冷静沈着で物事を見極める事に長けている。
生まれながらにエリートと言われ、上に立つ者として教育を施された。
魔王どころか、魔王将も確実と言われているほど、期待の王子なのだ。
現在はシュカリバーンの弟子として、魔法と将としての教育を受けている。
どちらも、共に力だけなら一般兵を超えている。
ただ経験が全くないのだ。
実戦の経験が無いまま、戦場に出せるほど、今回の戦は甘くは無かった。
「お父様はきっと喜んでくださると思うの、ねっベルフォート!」
「……僕は、いずれ魔王将になる為に、この世紀の合戦を知識として収集したいだけです」
だが当人達は、やる気である。
特にブリュンヒルデの方は、話を全く聞く雰囲気ではない。
おそらくベルフォートは、彼女に大人達を言い負かせる気なのだろう。
二人とも、王族である。
もし怪我でもすれば、この国の未来にも関わる事だ。
誰もがシュカリバーンが断ると思ったのだが――。
「……いいだろう」
快諾してしまった。
軽い、まるでピクニックにでも行く様な軽さである。
「わ~わははっ! 戦ね、戦に出られるのねぇ!」
「ワガママを聞いて頂き有難う御座います、先生」
「……ただし一兵としてだ、二人で将軍の首を取ってこい」
何も知らぬ者が見れば、三人の子供が話しているだけの光景しか見えないのだろうが、内容は恐ろしいものだ。
まだ成人していない二人には、補佐官も部下もついていない。
コレはかなり危険ななのだが、二人は――それぞれ笑みを浮かべる。
「なら、デュネアン様とロザベール様との競争ね! ベルフォート作戦会議よ!」
「無理なお願いを聞いて頂き有難う御座います、必ずや皆様のお役に立ってみせましょう」
二人は軽くお辞儀をすると、戦の準備の為にどこかへと歩いて行った。
その後ろ姿を見て、デュネアンは少し呆れた様子だ。
「やれやれ、アレでは嫁の貰い手は当分ないな」
むしろブリュンヒルデの方が嫁を貰っても可笑しくなさそうだ。
あの男勝りの性格が、国の将来にまで発展しないと良いのだが。
「良いのですか? 魔王帝様がお怒りになられますぞ?」
「……むしろ喜んで送り出すだろう」
シュカリバーンはそう言うと、再び歩き出した。
しばらく行くと、ガルド城の中でも一部の者しか立ち入りを許されていない区域へと、やって来た。
どこか暗く禍々しい雰囲気で、常人なら長居をしたくはないだろう。
そして一つのドアの前で立ち止まり、部屋の中へと入った。
「……デュネアン、六万の戦線をどう突破するかと言ったな」
援軍込みの四万でも、二万という兵力差がある。
一体その戦力はなにで補うというのだろう。
「……そもそも、突破などする必要はないのだ」
「なんですと?」
前線を突破する気がない、それではどうやってシャヘラザーンへを侵攻するというのだろうか――。
「要は国を落とせればいいのだ、国を落とすのに前線の突破など必要ない」
シュカリバーンはそう言うと、部屋の奥へとやって来た。
広い部屋の奥は、巨大な穴が開いていて、そこから悪臭が漂って来る。
「なんですかここは……、まるでごみ溜めですな」
「……あながち間違っていないな、下を見ろ」
デュネアンは足元に気を付けながら、その穴を覗く。
するとそこには――沢山の妖獣の死骸があった。
トカゲの様なモノ、昆虫の様なモノ、獣の様なモノ、様々な種族の死骸がそこに積まれていた。
「こっコレは?」
「ヴェルハルガルド中の妖獣だ、ロザベールが集めて来た」
最近何か動いているとは知っていたが、まさかこんな事をしているとは。
デュネアンは、ロザベールを見た。
「一部は国外へと逃げましたが、ほとんどの妖獣を素材として確保できました」
「素材?」
こんな死骸で一体何をしようとしているのか、何一つ分からない。
野に放すとしても、死んでいてはどうしようもないし、そもそも妖獣には人に従う知性がない。
妖獣など戦争では、邪魔以外の何物でもない無いはずだ。
「……よく見てみよ」
シュカリバーンに言われて、デュネアンは更に穴を見つめる。
見えたのは、肉の塊だった。
球状の肉の塊には、いくつもの管が付けられている。
明らかに異質、自然界には存在する訳がない。
塊は時折脈打っていて、生きている様だ。
「なっ……なんだ、コレは」
デュネアンは、振り返ってシュカリバーンを見た。
口元に笑みを浮かべるだけで、彼は何も語らない。
次にロザベールを見る。
デスマスクは何も語らないが、アレが何か間違えなく分かっている。
アレが何かを知らないのは、デュネアンただ一人。
「……ロザベールの、発明だ」
「発明……?」
ロザベールは空間魔法を展開させて、抉り取ったフェニックスの心臓を取り出した。
取り出して半日経ったというのに、未だ生きている。
『不死鳥』と名高い、フェニックスの再生能力の根源。
淡い光を放ちながら脈打っている心臓を、ロザベールは見る。
「『炉』は、コレで完成する」
炉、と言った。
ではコレは、何かを生成するモノと言う意味なのだろうか――。
訳が分からないデュネアンを、シュカリバーンとロザベールは黙って見つめるだけだった。
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翌日。
ガルヴェス・大広場。
首都ガルヴェスには、演説用の大広場が設けられている。
しかしそこに集まったのは民ではなく、兵である。
魔人、獣人、ドワーフ、ハーピィ様々な種族が、ここに集結していたのだ。
その広場へと、シュカリバーンがやって来た。
「シュカリバーン様、こちらを……」
待っていたロザベールが、シュカリバーンへと杖を手渡した。
それは、貴重な黒稀鉱をふんだんに使って作られた杖で、先端には十字架を模した飾りがつけてられている。
シュカリバーンの身丈よりもずっと大きいのだが、軽々と持つ。
彼は『本気』を出す時にしか、この杖を使わない。
それほど、今回のシャヘラザーン侵攻に力を入れているのである。
「……ロザベール、鎧はそのままでよいのか?」
勇気に殴られ破損した鎧を、ロザベールはそのままにしていた。
このような傷は、魔王の威厳にも関わるのだが――。
「この傷は私の不覚で御座います、この戦で名誉挽回した暁には新しい物を……」
「……分かった、その時はワタシが見繕おう」
「あり難き幸せで御座います」
深々とお辞儀をするロザベールを、シュカリバーンは見つめる。
「……お前とワタシは同じ志を持つ者、此度の戦期待しているぞ」
「はっ、必ずやシュカリバーン様に勝利を」
シュカリバーンは深く頷くと、高台を登った。
魔王将シュカリバーンは、通信魔法を展開させると静かに口を開いた。
「とうとう、この日がやって来た」
拡声器の様に、声は広場へと拡散していく。
「長きに渡り我々は苦しめられて来た、国を追われた者もいるだろう、家を焼かれた者もいるだろう、家族を殺された者もいるだろう、傷ついた者もいるだろう、暴力に恐怖し理不尽を嘆き続けて来た、だかそれもコレで終わりだ」
シュカリバーンは、兵達を見渡しそして言い放つ。
力強く、万人の心に響く様に――。
「恐怖を憎しみに変えよ! 嘆きを怒りに変えよ! 涙を憤怒の炎に変え剣を取れ!」
兵達はそれぞれの得物を掲げ、雄叫びを上げる。
恐怖を憎しみに変え、嘆きを怒りに変えて、心の底から吼える。
「コレは戦争ではない、我等を踏みにじった者共への復讐だ!」
広場を揺らすほどの歓声が沸く。
歩兵、装甲兵、魔法兵、ワイバーン兵、士官、将。
全ての者の心が、声と同じく一つとなった。
そして――二万の兵は、前線の兵に合流する為に、マグニへと出陣した。




