第四一話 約束だからな!
リンシェンの宮殿は、騒然としていた。
シャヘラザーン二〇〇〇年の歴史の中で、あってはならない事が起きてしまった。
ベルカリュースで最も高貴な王族が――、異邦人の少年によって暴行を受けたのだ。
「あの者共はまだ捕まらぬのか!」
声を荒げたのは女帝エリザベージュ。
三人の魔法使いに治癒魔法をかけさせて、玉座の椅子にもたれ掛かる。
実際彼女は怪我をしていないのだから、治癒魔法などかける必要はないのだが、三人にかけさせていた。
「はっ、申し訳ございません、皇帝陛下」
「わらわにあのような事……、轢き回して痛めつけ、磔にしてから火刑に処してやる……」
いつも優雅に、何事も余裕そうに振舞っているエリザベージュが、眉を吊り上げ、眼を鋭くして怒りを露わにしている。
それほど勇気に対して怒っているのだ。
「かあしゃん、かあしゃんふぁっかり、ずるいよぉ!」
しかしそんな彼女よりも声を荒げて入って来たのは、将軍ロレンドだった。
勇気に殴られて気絶して、寝室へと運ばれて治療を受けていたはずなのだが――、彼は鼻と口を手で隠しながら、玉座へと向かう。
彼の後を、治療魔法をかける男性魔法使いが小走りで追いかけていた。
「かあふぁんは、怪我してないだろぉ、ふぁんにんも使うなよぉ」
「お黙りなさい! そもそもお前があの男を止めないから、わらわまで狙われたのです!」
手枷で思い切りぶん殴られて、明らかにロレンドの方が大きな怪我をしているというのに、エリザベージュは魔法使いを貸そうとはしない。
「わらわは、王都ハルディアスに帰る」
「こっ皇帝陛下、それでは陛下が主導する魔人の掃討作戦は如何為さるのですか!」
声を上げたのは、バルトロウーメスだった。
部屋にいた全ての者の視線が、彼へと集まる。
「戦場は、徐々にリンシェンに迫っているのです、今手を打たなければ、このリンシェンに、数万の敵軍がなだれ込む事になります!」
このリンシェンは、帝国の大動脈であるカリューン街道に位置する街。
ここを落とされれば、ヴェルハルガルドの軍はカリューン街道沿いの街を次々に襲い、蹂躙と略奪の限りを尽くすだろう。
それを防ぐ為に、皇帝でありこの国一の魔法使いであるエリザベージュ直々に、軍を引きて、妖精の羽根で造った魔法増幅器を使い、強力な魔法で掃討する手はずだった。
だから、皇帝である彼女がこんな国境沿いの街にいたのだ。
「陛下、どうか魔人から民達をお守りくだ――」
「そなた、わらわに指図するつもりか?」
シャヘラザーンの事を思って言った言葉だったのだが、エリザベージュはバルトロウーメスの言葉を遮り、睨む。
彼女の顔は、反論さえも許さないほど、怒りに満ちていた。
「わらわは皇帝ぞ、わらわの言葉は全て神の言葉と同意、わらわに指図するという事は神に指図するという事ぞ」
シャヘラザーンは、ベルカリュースでも一、二を争う帝国。
それを統べるというのは、神に最も近い権力を持っているという事――。
バルトロウーメスは、言葉を呑み込みその場にひれ伏した。
「わらわとてその程度の事分かっておる、いざと言う時はわらわの魔法とこの増幅器を使い、魔人を討ち民を守ろう」
エリザベージュは玉座から立ち上がって、部屋から去ろうとする。
「母さん、僕も帰る!」
「ロレンド、お前はあの無礼者共を捕まえるのじゃ! それまで帰って来るでない!」
「そっそんな……」
「コレは皇帝の命じゃ、破ればそなたとて極刑に処すぞ!」
エリザベージュは怒鳴ると、息子を置いて部屋から出て行ってしまった。
彼女はロレンドにとっては母でもあるが、仕えるべき皇帝でもある。
今の怒れるエリザベージュならば、本当に実の息子を殺しかねない。
「くっ……いだっ」
つい歯ぎしりをしたら、顎に激痛が走った。
ロレンドはその痛みにより怒り、自分を治療している魔法使いを睨むと殴り飛ばす。
「もっとちゃんとやれよ、このノロマ!」
口を隠していた利き手で殴ったので、折れた前歯が露見した。
端麗な容姿だったのだがこれでは台無し、騎士や貴族達も、彼の顔を見て笑いがこみ上げて来た。
「うっ……くうう、バルトロウーメス!」
皆が自分の容姿を可笑しく思っている事を察し、ロレンドは怒りの矛先を部下であるバルトロウーメスへと向ける。
「お前は、あいつらを捕まえて来い!」
「……しかし、私はリンシェンの防衛を……」
「そんな事どうでもいい! どうせ防衛線は突破される訳ないんだ、お前はあの不細工な餓鬼と虫けらとトカゲを捕まえてくればいいんだよぉ!」
騎士団長であるバルトロウーメスは、国境沿いであり最も前線に近いこの街の防衛を指揮する任に就いている。
リンシェンは城壁に囲まれている物の、複雑な街の地形のせいで防衛がしにくいという難点がある、故に経験豊富なバルトロウーメスが選ばれたのだが、勇気達を捕まえに行けば、ここを守る物がいなくなってしまう。
「将軍である僕が、このリンシェンから戦線を指揮する、そうすればこの街も守れるし、一石二鳥だろう」
「ですが……将軍がいなければ前線の兵の士気が――」
「口答えするな! コレは将軍命令だ」
騎士団長は騎士を統括する役職で複数いるが、将軍は軍全体を指揮する役職でロレンドたった一人しかいない。
更に王族である彼はバルトロウーメスよりもずっと偉い、だから命令と言われてしまえば、これ以上何も言う事が出来なかった。
「当然、行きますよね?」
「…………かしこまりました」
バルトロウーメスは深々と頭を下げると、新たな任務を果たしに、歩き出した。
そんな彼の後姿をロレンドは睨みつけ、厭味ったらしく言った。
「よろしくお願いしますよ、バルトロウーメス・ハルドラ騎士団長」
************************************************************
「騎士団長」
声をかけて来たのは、廊下で待っていたアーメルだった。
勇気を取り逃がしたので、何か罰でも受けないか心配していたのだ。
「……奴らを捕まえに行く」
「ですか、リンシェンの防衛は?」
「将軍閣下自ら、指揮されるそうだ」
「そんな……、っあんな男――」
声を荒げそうになったアーメルを、バルトロウーメスが止めた。
「やめろ、それ以上言うとお前の首が飛ぶぞ、俺にはお前が必要なんだ、勝手に死ぬな」
「……だっ団長」
普段表情のないアーメルの頬が赤く染まった。
とても恥ずかしそうに視線を逸らし、ソワソワしている。
「お前ほど優秀な部下はそういないからな」
「……あ、はい」
アーメルは明らかに残念そうにそう言うと、『部下、部下なのか……』と小さい声で呟いていたのだが、馬鹿真面目であるバルトロウーメスには聞こえないのだった。
「急いで、奴らを捕まえてリンシェンの防衛に戻るぞ」
「その様に急がなくとも良いのでは? 戦線はまだ三石碑も先ですし」
「徐々にだが敵軍の兵が増えている……まだ我々六万の半分にも満たないが、連中は何かを考えている」
初め敵軍はかなり大規模に軍を動かし、前線を突破しようとしていた。
しかし最近は小規模な戦闘ばかり、敵が弱っているという者もいるが、兵の数が増えているにも関わらず何も仕掛けて来ないのは、何か策を講じているからに違いないと、バルトロウーメスは読んでいたのだ。
「できれば、敵が動く前に陛下直々に指揮を執り、魔人共に一斉攻撃を仕掛けたかったのだが……」
「…………団長」
「とにかく今は、あの異邦人達を捕まえて、陛下に掃討作戦を実行に移して頂かなければ、このリンシェン所か、シャヘラザーンの全ての民が危険にさらされる」
アーメルは深く頷くと、部下達を急いで招集し追撃に向かうのだった。
************************************************************
マグニ領 西部。
一頭のワイバーンが、空を飛んでいた。
赤い鱗のワイバーンには、勇気とリリィ、そしてネネリが乗っていた。
リンシェンを出てどれくらい経っただろうか、ほんの少しの様な気もするし、長い時間が経ったようにも感じる。
つい昨日までは、あの街ではしゃいでいたのが――何もかも嘘のようだった。
「……はぁっ」
「リリィ大丈夫か?」
勇気は、自分の肩に捕まっているリリィを気遣った。
城から逃げる時に、何度も空間移動したせいで、酷く疲れた様子だったのだが汗も止まり、呼吸も落ち着いている。
「ええ……何とかね」
「無理するなよ、ネネリどこか休める場所に……」
どこか身を隠せる場所で休もう、そう言おうとした時――ネネリの顔色がとても悪い事に気が付いた。
呼吸も荒れていて、尋常じゃないほど疲労している。
「ねっネネリ! どうしたんだ」
「無理もないわよ、このワイバーンはネネリの魔力で動いてるの……こんな長い時間飛んでるんだから、ネネリの魔力の消費はかなりの物よ」
元々このワイバーンは死骸なのだ、生物でない以上動かす為には魔力が必要になる。
その魔力は死霊術師であるネネリが出しているのだ、生命力に直結している魔力を大量に消費するという事は、魔力切れを起こして死んでしまう。
「おっおい、それじゃあ早く下へ降りようぜ、これ以上ネネリに無理させらんねぇよ」
とにかく降下する様にネネリに言う。
しかしそんな時、北から複数の黒い影がこちらにやって来るのが見えた。
ここは空の上、鳥かと思ったのだがどうも形が違う。
「アレは……」
「マズイ、アレは妖獣よ!」
それは一見蛇の様な外見の竜。
ワイバーンとは違い脚の無い無脚竜、それが三匹、こちらに向かって来たのだ。
「ワイワームよ、神に脚をもがれた最悪の竜種! なんでこんな時に!」
よりによって面倒な物に遭遇してしまった。
翼も足も無いくせに、素早く獰猛でどんなものにも襲い掛かる。
「ぐっ……」
ネネリはワイバーンに更に魔力を流し込むと、スピードを上げる。
しかし元々死骸であったワイバーンは、あまり早く飛ぶ事が出来ず、次第にワイワームと距離を縮められて来た。
「ネネリもうやめろ、これ以上ワイバーンを操ったらお前が危ないんだぞ!」
勇気が止めてもネネリは飛ぶのを止めようとしない。
このままでは彼女が魔力切れを起こしてしまう、しかし地上に降りればワイワームに襲われるだろう。
「くっ……こうなったらアタシが」
リリィはそう言って右手をワイワームへと向けるのだが、身体に激痛が走る。
まだ空間移動をした反動が残っているのだ。
「あっ……うう」
「リリィ、無理するな!」
状況は最悪だった。
ネネリは魔力が底を尽きそうで、リリィはまだ完全に回復していない。
勇気は不死だから死なない、しかし二人は違う。
そしてワイワームが、大きな口で勇気達を食い千切ろうと襲い掛かる――。
『ピイイイイイイイイイイイ――』
その時、声が聞こえた。
甲高く美しいそれは、人の物ではなく鳥の鳴き声の様。
「なっなんだ!」
「あそこよ!」
ほとんど頭上にある太陽、その光が揺らいだかと思うと、一羽の鳥の影が見えた。
真っ先に見えたのは、二メートルはあろうかと言う大きな翼。
次に燃える炎の様に真っ赤な鶏冠、更に三メートルはありそうな長い尾羽は、絹糸の様な繊細さで、見る者を圧倒させる美しさを持っていた。
だが何よりも勇気が眼を疑ったのは――その鳥の全身が、まるで太陽の様にまばゆい光を放っている事。
『ピイイイイイイイイイ』
光り輝く鳥は、勇気達のワイバーンとワイワームの間を急降下した。
かなり速度が出ているのか、熱い風が吹き勇気の髪を撫でる。
「なっなんだ、あの鳥!」
「アレは……フェニックス」
フェニックス。
火の鳥とも呼ばれるその存在は、ベルカリュースでもあまりにも希少だった。
あまりのに希少故、その羽根を持っているとどんな願いでも叶うと言われているほどだ。
「……フェニックスって、あのフェニックスか!」
それはもう様々なファンタジーに出て来る定番中の定番。
特にドラクエ大好き勇気さん的には堪らない、オーブを集めたくなる。
「そうか……ここは、シャハナ火山の近くだったのね」
フェニックスは、急降下から急上昇をしてワイワームの群れへと突っ込む。
その速度は、ワイバーンよりも速く、飛行機の様だ。
「はっ速い……」
「当たり前よ、フェニックスはベルカリュースで二番目に速いんだから」
仮にも竜種の端くれであるワイワームは、フェニックスを喰らおうと襲い掛かるのだが、どんどん引きはがされるばかりで、まるで相手になっていない。
「あいつを倒せるのは、本当に強い奴よ……」
『ピイイイイイイイイ――ッ』
フェニックスは空高く舞い上がりターンをして、最大速度で特攻する。
更に体の輝きがどんどん増していき、眼を開ける事もままならないほどの光となった。
そして一段と光が強くなった時――。
フェニックスの体が爆発した。
超高温の空気が、周囲へとすさまじい速度で拡散する。
高温高圧の空気は、最早それだけで兵器。
光はワイワームを呑み込み、そして消し飛ばした――。
「うおおおおっ!」
まるで爆弾でも爆発した様な衝撃波に、勇気達は必死にワイバーンにしがみ付く。
熱を持った空気が一瞬で過ぎ去って行くのを感じた。
光も熱も無くなってから、勇気は爆心地を見る。
「……なっ」
言葉を失った、空にはワイバーンの姿は無く、あまりの熱で雲が蒸発している。
その威力はさながら、爆弾かミサイルの様だ。
「相変わらず容赦ないわね……」
「よっ容赦って、フェニックスは! あいつ爆発したぞ!」
勇気は確かに見た、フェニックスが爆発する所を――。
ワイワームを倒す為に自爆をするなんて、戦法も何もあった物ではない。
「大丈夫よ、耳を澄ませてみなさい」
「えっ?」
言われるがまま耳を澄ませると、鳴き声がした。
辺りを見渡すと、下方からこちらに向かって飛んでくるフェニックスがいた。
「……フェニックスは、再生能力を持っているのよ」
「再生能力?」
「『超』がつく再生能力よ……だからああやって自分の体を燃焼させて大爆発を起こすの」
フェニックスが火の鳥と言われるのは、文字通り燃えているからだ。
それでも自身の体が燃え尽きないのは、燃焼よりも先に再生するからである。
いかなる攻撃を受けても、瞬く間に再生するその姿を見て――人々はフェニックスにもう一つの名を付けた。
「別名『不死鳥』……あいつはアンタの同類よ」
「……不死、鳥」
まさか『不死』の仲間がいるなんて思いもしなかった。
燃焼した尾羽が徐々に再生して、勇気達の近くに来た時には完全に元に戻っていた。
「……敵なのか?」
「分からない」
リリィは、フェニックスとしばらく見つめ合う。
この無言の間が怖い、同じ不死であるフェニックスがもし襲って来たら、果たして勝てるのだろうか――、勇気は固唾をのんで見守った。
『ピイイイイイイ』
フェニックスは高らかに鳴くと、並走を止めて北へと向かう。
「なっなんだ……」
「ネネリ、辛い所悪いんだけどフェニックスの後を追ってちょうだい」
「はい……」
ネネリは顔色が悪いが、残り少ない魔力でどうにかフェニックスの後を追う。
「いいのか、リリィ?」
「案内してくれるって、念話で言ってたから大丈夫よ」
ただ見つめ合っていただけにしか見えなかったが、リリィがこうやって言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
三人はフェニックスに案内されるまま、北へと向かうのだった。
************************************************************
シャハナ火山。
マグニの北西部にある、帝国最大の火山だ。
現在も小規模ながら噴火しており、この数百年は安定していて今では緑豊かな山だ。
この火山に、フェニックスの巣があった。
『ピイイイイイイ』
ごつごつとした岩場、そこにある洞穴の前にフェニックスは降り立った。
そしてネネリが操るワイバーンが、ほとんど不時着同然で着陸する。
ワイバーンから落ちそうになった勇気は、どうにか踏ん張って持ち直した。
「……少し熱いな」
「当然よ、ここはシャハナ火山、フェニックスの縄張りよ」
リリィはそう言うと、こちらを見つめるフェニックスへと向かい合った。
まるで太陽の様な暖かな光を発しているその姿は、本当に美しく神々しい。
神の化身と言われても信じてしまいそうだ。
「なっなぁ……、なんか捧げ物でもした方が良いのか?」
「何も要りませんよ、異邦人の少年」
そう言ったのはリリィでもネネリでもない、眼の前の鳥、フェニックスが言ったのだ。
「とっ……鳥が、喋った!」
「そりゃ喋るでしょう、フェニックスなんだから」
全く説明になっていない、そんな事で納得できる訳がないのだが、話は進んでいく。
「フェニックス、感謝するわ……アンタのおかげで助かった」
「気にする事はありません妖精の女王よ、私は自分の縄張りを守っただけの事」
このシャハナ火山周辺は、フェニックスの縄張りなのだ。
偶然とはいえ、縄張りに入れた事は幸運だった。
「うっうう……」
「ネネリ、大丈夫か!」
最早立つ事もままなら無いネネリを、勇気は抱きしめた。
息が荒く、素人目でもこの状態が危険だというのは分かるほどだ。
「フェニックス、この子を休ませたいの……しばらくかくまってもらえないかしら」
するとフェニックスは三人を洞窟へと案内した。
火山だがこの洞窟はそこまで暑くない、むしろ適温で過ごしやすい。
しばらく行くと、枯れ草をベットの様に敷き詰めたスペースがあった。
「ネネリ、大丈夫か?」
勇気は比較的寝やすそうな所に、ネネリを横にさせる。
ロレンドから受けた生々しい暴行の傷が眼に入った。
暴行に加え魔力消費、まだ子供の彼女には辛いはずだ。
「フェニックス、ネネリに水を飲ませて上げたいんだ、飲み水とかあるか?」
「外に湧き水があります、そちらを使うと良いでしょう」
「分かった、リリィ俺行ってくるな!」
勇気はそう言うと、洞窟の外へと向かって行った。
フェニックスは彼の姿が見えなくなると、リリィへと視線をやる。
「妖精族の女王である貴方が、人間と蜥蜴人と行動を共にするなんて……何か事情がおありの様ですね」
「ええ……アンタも大変ね、ワイワームが縄張りにうろつくなんて」
「……アレは、どうやら西から来ている様です」
西、と言うとヴェルハルガルドである。
ここは国境のすぐ近く、妖獣ならば国境を越えても可笑しくないのだが、本来もっと西に生息しているワイワームが、こんな風に複数で行動するのは珍しい。
「なにやら……西に動きがある様です、何か大事になるかもしれません、森ではありませんが、ここで休んでいって下さい」
「……ええ、でもすぐに出て行くわ、アンタも仲間にも悪いし」
「気にする事はありません、それに……ここには私しかいません」
フェニックスは驚いた様子のリリィに、その続きを言った。
「もう、フェニックスが増える事は無いのですよ」
その眼は、どこか寂びそうだった。
「ネネリ、ほら飲め」
勇気は大きな葉っぱを円錐型に丸めた器に、水を汲んで来た。
「大丈夫か、ネネリ?」
「……ユーキ」
「足りないか? また汲んでくるぜ」
葉っぱの器では量が少なかっただろう、勇気はもう一度汲みに行こうとするのだが――ネネリは勇気のズボンを掴む。
「いか、ないで……ユーキ」
「ネネリ……」
勇気は、ネネリの隣に座ると頭を撫でてやった。
「ユーキ……、ごめんなさい」
「ん? 水汲みくらいどうって事ねぇよ」
リンシェンからここまでワイバーンを操らせて、ネネリばかりに無理をさせてしまった。
彼女の疲労に比べれば、この程度どうという事も無い。
「ちがくて……、ユーキ私のせいで怒ってた」
洞窟の奥でフェニックスと話をしていたリリィも、こちらへと戻って来た。
なんとなく雰囲気で理解したリリィは、辛そうなネネリの姿を心配そうに見つめる。
「私が言われた通り街の外に逃げてれば……、ユーキ怒らなかった」
「ネネリ……」
勇気は街の外に逃げろと言ったのに、ネネリは逃げなかった。
なぜ、彼女は逃げなかったのだろうか――。
「外に行ったら、もうユーキと一緒にいられないって思って……、また独りぼっちになっちゃうと思って……」
「また、独りぼっち……? 家族は、どうしたんだ?」
勇気はただ疑問をぶつけたつもりだった。
父親と母親はいないのだろうか、そんなつもりで聞いたのだが、ネネリは悲しそうに首を横にふった。
「死んじゃった……、教えて貰った死霊魔法を使った……でも生き返ってくれなかった」
死霊魔法は、あくまでも自身の魔力で死体を動かす物。
魔力が切れれば、死体は元に戻り腐って行く。
それは蘇生ではなく、ただの操作に過ぎないのだ。
「ユーキも、どこか行っちゃうと思って……、また一人になっちゃうって思ったら、怖くて、寂しくて……動けなくなっちゃったの」
父と母が死に、ネネリはずっと独りぼっちで生きて来た。
だから勇気とリリィに出会えて、一緒にいられて本当に嬉しかったのだ。
またあの寂しい日々に戻ってしまうのは、嫌だ。
「ネネリ……」
「でも……、でもっ私が捕まったせいでユーキが、ユーキが王族を殴っちゃった……」
シャヘラザーンは巨大な国だ。
その王族がどれほど偉いかは、幼いネネリでも理解できる。
それに暴行をすれば、どんな目に会うかを想像するのは難しい事では無い。
「私のせいでユーキが罪人になっちゃったよぉ……、ユーキも捕まえられて、奴隷にされちゃうよぉ……」
ネネリは、そう言って涙をこぼした。
肩を震わせ自分のせいだと泣く、そんな彼女の涙を勇気は指で拭う。
「なに言ってんだよ、悪いのはみ~んなあのクソイケメン野郎だ、ネネリはなんっにも、なんっっにも悪くねぇ!」
「ユーキ……」
「王族だろうが庶民だろうが関係ねぇ、あいつはネネリに酷い事を言ったし怪我もさせたんだ、ぶん殴るに決まってんだろう!」
ロレンドは、ネネリに対して暴言を吐き暴行をした。
それなのに悪いのがネネリだなんて――そんなの間違っている。
「俺は、あいつが許せなかったからぶん殴ったんだ、王族? 上等だ、そいつ等が間違ってるなら、俺は何発でもぶん殴ってやる!」
それはやる気のない勇気からは考えられないほど、強い意思を感じさせる言葉だった。
「だからもう自分を卑下するのは止めろよ、ネネリは可愛いんだ、自分に自信を持てば絶対に美人になれるんだからさ」
そう言って笑みを浮かべる勇気は後悔などしておらず、本当にそう思っているのだ。
自分の為に王族を殴ってくれた、自分の為に怒ってくれている、自分にこんなにも優しい言葉をかけてくれる。
ネネリはその事が嬉しくてたまらない、だからより一層涙が零れて来た。
「ユーキ……うっうう、ありがとっ、ユーキぃ」
勇気の手をしっかりと握りしめ、ネネリは泣く。
鱗に覆われたその手を、勇気は嫌な顔一つせずに握り返す。
優しく、包み込む様に――しっかりと握った。
「…………」
リリィは二人をしばらく見つめると、洞窟の外へと飛んで行ってしまった。
フェニックスは、そんな彼女の後姿を黙って見つめていた。
************************************************************
泣きつかれたネネリは眠ってしまった。
消費した魔力は眠れば自然と回復するので、今は静かに休ませてあげるのが一番だ。
「……あれ、リリィは?」
いつの間にかリリィもフェニックスもいなかった。
一体どこに行ったのだろうか、勇気はネネリを起こさない様に静かに起き上がると、とりあえず洞窟の奥へと歩き出した。
「…………?」
しばらく歩くと洞窟の行き止まりに着いてしまった。
そこにも枯れ草が敷き詰められていたのだが、先ほどの場所と違うのは、枯れ草のベッドの真ん中に、大きな卵がある事――。
「……これ」
卵はうっすらと光っていて、それはまるでフェニックスの光の様――。
「私の、子供です」
振り返るとフェニックスが立っていた。
驚いていると、優雅に尾羽を靡かせながら、歩いてくる。
「えっ……フェニックス、お母さんだったのか!」
フェニックスは勇気の横を通り過ぎると、卵を大事に抱えて、温め始めた。
巨大な鳥だが、こうやって温めている所を見ると、何だかほっこりする。
「へぇ~、いつ生まれるんだ?」
「さぁ……もう一〇〇年も温めているけれど、この子は生まれないのです」
「ひゃっ一〇〇年!」
そんな事ありえるのだろうか、火の鳥の事情は分からないが、そんなに温めて生まれないとなると、無精卵なのではないかと疑ってしまう。
「生まれるのか……こいつ」
「分かりません、でも生まれて欲しい、でなければフェニックスは終わってしまう」
「えっ……それって」
驚く勇気に、フェニックスは静かな口調で答えた。
「仲間は大昔に殺されました……この子の父も、もう一〇〇年も昔に」
「不死鳥なのに死ぬのか!」
「私達も生き物ですから、心臓を抉られるか首を落とされれば死にます」
「なんで殺されたんだよ」
「……『原始生命』、という言葉を貴方は知っていますか?」
壁画を見た時、リリィがそんな様な事を言っていた。
確か『神の裁き』の後に、神様に造られた最初の世代をそう呼ぶらしい。
「神は最初の世代の『血』に強い力を込めました、世代を経る毎に血は薄まり力は弱くなっていきましたが、中には長きにわたり生き続ける者達もいます」
「エルフとか、妖精の事か?」
「殺された仲間は、皆その強い『血』の力を狙われたのです……『原始生命』の血を浴びれば、とてつもない力が手に入る、強欲な者達によってフェニックスは絶えたのです」
強大な力、それは誰しもが夢見み欲する財宝の様な物だ。
血を浴びるという残虐な行為であっても、その財を手に入れる為なら手段など選ばないのだろう。
「んだよそれ、すっげぇムカつくなぁ!」
命をなんだと思っているのだろうか、まるで自分の事の様に憤慨する勇気を見て、フェニックスは口を開く。
「……貴方も強い力を持っている様ですね」
「強くなんかないさ……俺は『死なない』だけで、後は普通の男子高校生なんだぜ? 急にスーパーヒーローになんかなれねぇさ」
ほんの数日前まで、普通に高校生をしていたのだ。
そんな急に強い力を身につけたりなど出来っこない、それが無気力な勇気なら尚の事。
「リリィに無理させちまうし、ネネリを守ってやれなかった……やっぱ強くねぇよ」
「いいえ貴方の強さは、人に拳を振るう強さなどではなく、他者を受け入れる慈悲深き心と、その強い正義の意志です」
自分と全く違う種を差別しない事と、例え王族であろうとも、間違っているならそれを正そうとする意志、コレが何よりも勇気の力。
「……そんなのふつーだろ?」
勇気はそう当たり前の事の様に言う。
彼にとっては普通の事だが、それがどんなにすごい力なのかをちっとも理解していない。
「ユーキ、貴方がこの世界に来たのは……きっと神に呼ばれたからでしょう」
「神様に?」
そう言えば、リリィも初めて会った時そんな事を言っていた様な気がする。
「異邦人は時に厄災を運ぶ悪魔と呼ばれる事もありますが、神に招かれたと言われる事もあります……貴方は、神に呼ばれたのでしょう」
「そうなのか? 俺気が付いたらこっちにいたからなぁ」
呼ばれたという実感は全くない、むしろ迷い込んだ感じだ。
「ユーキ、貴方はこの世界で役目があるから呼ばれたのでしょう」
「俺にそんな大層な物あるのかなぁ?」
無気力で生きているだけの自分に、異世界での役目なんて物があるとは思えない。
あまり実感がない勇気を見て、フェニックスは笑った。
「じゃあ、この子には生まれて来てお母さんを喜ばせるっていう役目があるんだ」
「ふふっ……そうですね、早く役目を果たしてくれるといいのですけれど」
卵は暖かな光を放っているが、まだまだ生まれる気配はない。
フェニックスは暖かな母の眼でしばらく卵を見つめると、勇気へと視線を戻す。
「妖精の女王なら外にいるでしょう……きっと、今の貴方の役目は彼女の傍にいて上げる事ですよ」
「…………そうだな、仕方ねぇ女王様のご機嫌取りでもしてきますか」
勇気はそう言うと、洞窟の外へと向かって行った。
満月が地上を照らしていた。
今夜の光は特に眩しく見える、リリィは岩に座りながら俯いていた。
「…………」
(――そなたは民を見捨てた最低の王だ!)
思い出すのは、女帝エリザベージュの言葉。
どうして森を離れてしまったのだろう、リリィさえいれば皆人間に捕まる事は無かった。
なぜ女王としての務めを果たさなかったのか――、後悔ばかりがふつふつと湧き出る。
「何やってんだ、リリィ」
「アンタ……」
振り返ると勇気が立っていた、今は一人になりたい気分なので、放っておいて欲しいのだが、勇気はそんなリリィの気持ちなど無視して、こちらへとやって来た。
「ネネリ寝たぜ、フェニックスは卵温めてる、リリィは何やってんだ?」
「別に……ほっといてよ」
早く一人にして欲しい、ついそっけない態度を取ってしまう。
しかし、そんな事まるで気にせず、勇気はリリィの近くに座った。
「こっちの世界は星がきれいだな、都会っ子の勇気さんはこんな空初めて見るぜ」
空で輝いている星は、東京のネオンの光よりもずっと綺麗で幻想的だ。
しかしリリィにとっては普通の事で、珍しくもなんともない。
「あっそ、良かったわね」
「…………リリィ、あんまり考え込むなよ」
どうやら何を考えていたのか、バレている様だ。
ここで弱音の一つでも出せれば良かったのだが、生憎リリィはそんな性格をしていない。
つい、勇気へときつい口調で言い放ってしまう。
「アンタもアタシの事女王失格だって思ってるんでしょう! 自分の事散々振り回しといて、結局仲間の一人も救えなかった、ワガママで最低で虫けらみたいな奴だって、本当は思ってんでしょう!」
妖精の森を出て行ってしまったのも、元を辿ればリリィの高圧的な態度や極端なやり方に皆が反対し、それに腹を立てたからだ。
王として民の言葉に耳を傾け、皆を守るべきだったのに――リリィはそれをしなかった。
結局、勇気を利用してまで皇帝の所に行ったのに、一矢報いることも出来ず、こうやってのこのこと逃げて来た。
「言えばいいじゃない、アタシを罵ればいいじゃないのよぉ!」
勇気とネネリを巻き込んで置いて何も出来なかったのだ、罵られて当然だ。
いっそ罵ってくれた方がどれほど楽だろうか、お前のせいだと言われれば、自分を嫌いになれる。
そうすればもう、何もかもどうでも良くなるのに――。
「……何言ってんだリリィ、なんでお前を俺が罵らねぇといけねーんだよ」
しかし、望んだ言葉など返っては来なかった。
勇気はいつも通り、どこかやる気無さそうに続ける。
「罵るって、平和主義の勇気さん的には無いわ~、温厚な勇気さんの性格的に無いわ~、しかも言っとくけどな、罵るって結構めんどくさいんだぞ」
「なっ……」
罵るのがめんどくさい、そんな言葉が返って来るなんて思いもしなかった。
ただ不満があるなら正直に言え、そう言ったつもりだったのだ。
「あのな、俺は妖精の社会については良く知らねぇけど、お前が皆の為に頑張ってたって言うのは分かるさ、皇帝の所に行ったのだって皆の為だろう? それって王としてちゃんと仕事をしようとしてたって事なんじゃねぇの?」
結果は最悪だったが、リリィは攫われた皆を助けようと人間の街に行った。
これだって王の務めだ。
「あんな若作り女帝の言う事なんて真に受けんなよ、それに一番悪いのは、妖精を騙して羽根を毟って、あんな悪趣味なもん造ったあいつらだろう? なんでお前が自分を責めてるんだよ」
「でっでも……私が森を離れなかったら……」
皆連れ去られる事は無かったし、そもそも人間を森には入れなかった。
自分さえ森を出て行かなければ、そんな後悔がよぎる。
「じゃあ九:一で向こうが悪い……いやリリィは口が悪いから八:二だな、裁判だったらよゆーで勝てるぞ、コレ」
魔法増幅器を造る為だけに妖精を殺した人間の方が、圧倒的に悪いに決まっている。
それにリリィが森を出るきっかけを作ったのは人間なのだから、やはり人間の方が悪い。
「巻き込んだって言ってるけどよぉ、お前はネネリを街に連れて行こうとしなかっただろう? アレはネネリが街に入ったらどうなるか分かってたからなんだろ?」
「……それは」
「リリィはちゃんとやってるよ、ただ……もうちょっとくらい俺の事信用してくれてもいいんじゃねーか?」
「アンタ……気がついてたの……」
リリィは勇気との間にどこか壁の様な物を作っていた気がする。
妖精の仲間達といい、ネネリが街に入ってはいけない事といい、そして何よりこの国の人間達が他種族を差別している事――リリィはそのあたりになると話を濁していた。
「まぁな、別にいいかなぁって思って詳しくは追及しなかった俺も悪いしな……」
「…………本当は、アンタもあの街の人間と同じで、アタシ達を差別するんじゃないかって、そう思ってたの」
この世界の常識として、人間は他種族を差別する。
人間こそが一番だと思っている、と言うのが一般的な認識だ。
勇気も異邦人だが人間、だからいつか自分やネネリに差別をするんじゃないかと、警戒していたのだ。
それを聞いて、勇気はちょっとだけ眉を顰める。
「……俺は差別が嫌いなんだ、そんな事ぜってぇしねぇ」
「うん……、アンタはアタシが考えてた様な奴じゃなかったわ」
他種族の為に王族を殴る人間を、リリィは見た事なかった。
それにずっと一緒にいたから、今ならよく分かる。
勇気は、リリィとネネリをちゃんと『人』として扱ってくれていると――。
「やっと分かったか、分かればいいんだ分かれば」
勇気はそう言って笑う、この裏表のない笑顔にリリィは救われた気がした。
いつもは無気力な癖に、どうしてこういう時は頼りになるのだろう。
「これからどうするんだ、森に帰るのか?」
「……妖精のいない森はもう妖精の森じゃない、あそこに帰ってもどうしようも無いわ」
かといって皇帝の所に行けばみすみす捕まりに行くような物だ。
正直どうしたらいいのか、リリィ自身にも分からなかった。
「…………アンタは、どうするの?」
勇気はリリィに言われて一緒にリンシェンに行ったのだ、半ば右も左も分からない中無理矢理だった。
突然異世界という遠い所に来てしまったのだ、元の世界に戻ろうとするのが当然だろう。
だからもう、ここでサヨナラなのかもしれない。
「えっ俺……、俺は……」
会って数日しかたっていないのに、古くからの付き合いの友人と別離する様だ。
勇気はしばらく考えると、口を開いた。
「このまま旅でもしたいなぁ」
「えっ……」
それは意外過ぎる答えだった。
故郷に帰りたくはないのだろうか、家族に会いたくはないのだろうか――。
「親は兄貴がいるし元々放任主義だったからなぁ……まぁ大丈夫だろ」
「でっでも……」
「ネネリを放っておけねぇしな、それに俺この国にいると捕まえられそうだしな、どうせなら異世界を見て回るのも悪くねぇかなってさ」
せっかく来た異世界だし、どうせなら色々な所を見てみたい。
妖精やワイバーンがいるのだ、巨人とか人魚とかにも会ってみたい。
「リリィがいれば、きっと楽しい旅になると思うんだけどよ」
「あっアタシも?」
それは意外過ぎるお誘いだった、そんな事考えもしなかった。
仲間の妖精を失い、行く所が無くなったリリィにとっては嬉しくて堪らない事だ。
「でっ……でも、アタシちょっとワガママだし、少し言い過ぎる事もあるけど……それでもいいの?」
「……知ってるよ、まあちょっとでも少しでもねぇけどな」
「なんですって――」
勇気は憤慨するリリィに、右手の小指を向ける。
「なっ何よコレ……」
「指切りだよ」
「ゆっ、指切り?」
異世界であるベルカリュースにはないのだろう、コレは日本の遊女が愛の証明として、自分の小指を切り渡したことに由来する。
「こうやって小指を絡ませて、約束するんだよ」
とは言え妖精のリリィと小指を絡ませる事は出来ないので、彼女は両手で握る。
「ゆーびきりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーばす、指切った」
「……コレで終わり?」
「おうコレで約束破ったら、指切って、拳骨一万回の針を千本飲むんだからな」
「なによその拷問!」
異世界は恐ろしい所だと、勝手に想像してしまう。
「まぁ要は破っちゃいけない約束って事だよ」
「要は誓約ね」
「誓約?」
「神の名の元に約束する最上級の約束よ、絶対に破れないの」
「そいつは良いな、いつか三人で旅をする、約束だからな!」
「……でっでもアンタがアタシの奴隷だっていうのは変わらないのよ!」
「そんな事言って俺の事名前で呼んでくれたじゃねぇか、無理して悪ぶるなよ」
「なっあっアレは、べっ別に口が滑ったのよぉ!」
リリィは図星なのか、大きな声を出して誤魔化す。
しかし勇気の小指を、両手でしっかりと握っていた。
たかが指切りなのだが、コレは誓約にも負けない大事な約束。
二人の約束を、空に浮かぶ月だけが見降ろしていた。
勇気編も、そろそろ折り返しでございます。




