第三六話 なに、そのチート……
緑の匂いがした。
草をすりつぶした時の様な、植物の青臭い匂いが鼻孔へと広がる。
「ん……あぁ?」
佐藤勇気が眼を覚ましたのは、森の中だった。
なんと言うか、そこら辺の雑木林とは全く違う、見た事のない木や、物凄く幹が太い木が、葉を茂らせていて空がほとんど見えない。
「……何処、ここ?」
体を起こして辺りを見渡すが、やはりそこは見覚えのない森。
しばらく辺りを見ていたら、ぼやけていた意識が戻り、思考は正常に戻った。
「あっ……俺、たしか」
そうだ、トラックにひき逃げされたのだ。
勇気は慌てて血が大量に出ていた腹部を見て、手で触れる。
「……あれ、ない」
あんなに大きな怪我をしていたというのに、傷が無い。
全く、跡形も無くなっている、強いて言えば制服のブレザーとワイシャツが破れているくらいだ。
「…………なぁ~んだ、よかったぁ」
てっきりトラックに轢き殺されたのかと思ったが、そうではなかった様だ。
一六歳、まだまだやりたい事がたくさんあるのだ、こんな早く死んでたまる物か。
「……で、ここは何処だ?」
怪我は無いので、意識はこの場所がどこかという方に向かう。
トラックに轢かれて、血が出てると思ったら出てなくて、死んだと思ったら死んでなくて、目の前には交差点では無くて森が広がっている。
(警察とか、救急隊がこんな森の中にほったらかしにして行く訳ないよな?)
善良な一般市民にこんな仕打ちは、民主主義国家として最低な行為だ。
何が起こったのか全然分からないが、とりあえず誰か人に会おう。
「えっと……リュックは……」
近くに自分の荷物があった、拾い上げ中身を確認する。
落書きだらけの教科書に、ジャージ、そしてガラクタがそこそこ。
「うわ~、ゴミ多いなぁ……んっ?」
急に真っ暗になった、そんな早く夜になる訳ないし、雲に陽を遮られたのかとも思ったが、勇気から離れた所はまだ陽が降り注いでいる。
勇気の周りだけ暗いなんて、変だ。
フウウウウゥゥゥ。
何かがかすれるような音がする、それも真後ろで――。
勇気は恐る恐る、振り返った。
そう、振り返ってしまった――。
それは巨大なトカゲだった。
全長一〇メートルくらいありそうな大きなトカゲが、は虫類特有の眼で、勇気を見下ろしている。
真っ赤な鱗は本物で、それは偽物などではなく、本当に生きている事を示していた。
「あっ――」
こんなモノが、日本にいる訳がない。
というよりも地球に存在するのだろうか、恐竜のDNAでクローン恐竜でも作り出したというのだろうか――。
勇気の思考は、あまりの驚きから完全にフリーズした。
そしてトカゲは、何も出来ずに固まってる勇気に向かってその大きな口を広げる。
「――へっ?」
勇気が最後に見たのは――口の中の闇だった。
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「んっ……あぁ?」
勇気は、草の匂いで眼を覚ました。
ぼやけていた意識が徐々に鮮明になり、起き上がると辺りを見渡した。
「アレ……俺」
鬱蒼と茂る木々、陽の光が全く差さない暗い森。
この景色見覚えがある――。
「あ――っ!」
霞がかかっていた意識が徐々に覚醒して、この状況を理解できるようになった。
確かトラックに轢かれて、気が付いたらこの森で倒れていて、そしてリュックを漁っていたら巨大なトカゲに――。
「……いっ生きてる、よな?」
つい疑問形になってしまったが、今自分はしっかりと生きている。
心臓だって動いているし、五臓六腑もあるし、五体満足しっかりかっちりそろっている。
では――アレは夢。
「はっははっ、なんだよぉ~やけにリアルで本当に食われたのかと思ったぜ!」
まったく、まるで現実の様な夢だった。
体に異常は無く健康その物、ただ一つ気になる事があるとすれば、ワイシャツとブレザーの胸から上が欠損しているという事くらいだ――。
さっきは破れてただけだと思ったのだが、どうやら何かの勘違いらしい。
そうだ全部悪い夢。
「とにかく、この森から出よう」
人のいる所へ行こうと、勇気は立ち上がる。
少し離れた所に落ちていたリュックを拾い上げると、ファスナーが開いている。
「アレ……俺閉めてなかったっけ?」
確か下校の時は閉めて置いたのだが、今は開いている。
夢の中では中身を確認したが、アレは夢の話、現実でおこった事では無い。
「おっかしいな……」
不思議に思いながらも、勇気はファスナーをしっかりと閉める。
そして背負おうとするのだが――。
ドシンッ ドシンッ。
地鳴りの様な振動と共に、そんな音が聞こえて来た。
まるで森全体が揺れていると錯覚しそうなぐらい、それは近く大きな揺れ。
「えっ……なっなんだ」
一体何が起こっているのかと、勇気は戸惑う。
正体が分からず突っ立っていると、木々の合間からソイツは現れた――。
それは巨大なトカゲだった。
全長一〇メートルくらいありそうな大きなトカゲが、は虫類特有の眼で、勇気を見下ろしている。
真っ赤な鱗は本物で、それが偽物などではなく、本当に生きている事を示していた。
「えっ――」
勇気は酷い既視感に襲われる。
この光景をついさっき見た事がある気がする、もしかして正夢だったんじゃないだろうか、予知能力を身に着けたんじゃないだろうか、そんな事を考えて現実逃避していたせいか――――勇気は動く事が出来なかった。
そして大トカゲは、その大きな口を広げた。
「うぇっ?」
両の眼が最後に見たのは――口の中の闇だけだった。
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「ん……あぁ?」
緑の匂いが、鼻孔をくすぐる。
勇気は徐々に意識が明確になり、辺りの景色と状況を認識できる様になった。
「……あ、あ~ん~?」
どうも可笑しい、このシチュエーションなんだが初めてではない気がする。
この全く日が差さない森の木々の感じ、この空気、この草の匂い、全て前に体感した事がある様な気がしてならない。
「……いやぁ、うん……生きてる、よな?」
勇気は自分の体を触って、心臓がしっかりと動いている事を確認した。
頭もちゃんとあるし、どこも欠けてはいない、ちゃんと生きている。
ただ一つ変わった事があるとしたら、ちゃんと着ていたブレザーとシャツがなぜかなくなっていて、上半身が裸だという事。
「いや~……うん、まぁ似たような夢を見るのは結構ある事だしな……いや、この場合は夢の中で夢を見たって事か?」
どっちにしろ、自分はこの様にばっちり生きている。
物凄くリアルな夢で、まるで現実の事の様に感じられたが、こうやって生きている事が何よりの証明、アレは夢だ。
「まったく、リアルな夢だったなぁ……」
勇気は傍にあったリュックを手に取ると、それを背負う。
コレで準備は整った、後はこの森を抜けて人を探すだけ、なのだが――。
フウウウウウゥゥゥ。
何かがかすれるような音が聞こえた。
この感じ、この音、どれも聞いた事がある様な気がする。
おかしな話なのだが、この後の展開が勇気にはなんとなく予想が出来た。
別に予知能力とかそういう物凄い能力がある訳ではないのに、なぜか勇気にはこの後起こる事柄が、なんとなく分かった。
「…………いやいや、二度あることは三度あるとはいえどもな、同じような事を三回もやれば流石に飽きが来るっていうか、マンネリって言うか……うん、三回も同じことは起きねぇよな?」
誰に言う訳でもない、自分に言う。
こうやって振り返る力を付けたのだ。
そう、三回目のその光景を見る為の、『勇気』を――付けたのだ。
そこにいたのは、巨大なトカゲだった。
全長一〇メートル(以下略)が、勇気を見下ろしている。
それは、先ほど見た夢と全く同じ光景。
(いっいや、いやいやいや、さっ三回目、三回も同じ事が起こるなんて、可笑し過ぎるだろう……あっそっか、これも夢か、そうだよなこんな事ありえないよなぁ)
白昼夢とかそんな感じの物、きっとこれも勇気の深層意識が勝手に作り出したもので、現実には存在しない、眼が覚めれば目の前には何もいやしない。
フウウウウウゥゥゥ。
掠れるような音を立てながら、トカゲは息を吐く。
どことなく生暖かい息、夢の癖にそれは本当にリアルで、まるで本当に目の前に巨大なトカゲがいて、それが息を吐いたようではないか。
物凄く、とんでもなくリアルな夢を見ているのだなぁと笑い――。
「んな訳、ねぇだろおおおおおおおおおおっ!」
勇気はリュックを掴み取ると、全力で走る。
出せる限りのスピードでとにかく逃げた。
「同じ夢を三回、そんなもん見た事ねーよ! つぅか、夢だとしてもぉ、あんなトカゲの夢なんか見るかバカやろぉ~~~、見れるもんな年上のお姉様にぱふぱふしてもらえる夢がええわ~~い、ばっきゃやろぉぉぉぉぉ!」
そんな事を嘆いた所で、追いかけて来るのは年上のお姉様ではなく、巨大な大トカゲ。
勇気はとにかく逃げる、腕を全力で振って駆けるのだが、一〇メートル級のトカゲの方が巨体で四足である分、速い。
運動神経それなりの勇気は、あっという間に追いつかれてしまう。
「はっはっ、うっうわああああああああ!」
脇腹がねじれるくらい痛い、もう限界である。
もう、これ以上逃げられない。
(また――食われる!)
大トカゲはその巨大な口を開けて、勇気を食おうと迫る。
もう逃げきれない、もう駄目だと、勇気は四度目の死を覚悟した。
「複合魔法『白稲妻』」
知らない声が響く。
澄んだその声は、必死で逃げる勇気の耳にもしっかりと聞こえた。
その瞬間、上空が白色に輝く。
そして、大トカゲに向かって白い雷が落ちた。
これほど近くに雷が落ちる経験など無い。
勇気は衝撃で吹っ飛ばされ、数メートル離れた地面に打ち付けられた。
「いででっ……」
頭をさすりながら、大トカゲを見る。
高温の雷に打たれ、黒こげになったトカゲの体を白い電流が這っていた。
「……なんで、雷が」
ここは森、トカゲよりもずっと背が高い木がたくさん生えていて、巨体とはいえどもトカゲに雷が落ちるなんて可笑しい。
それにあんなに真っ白な雷を、勇気は初めて見た。
黒こげになって動かなくなった大トカゲは光の粒子となって消えた。
跡形も無く消えてしまったその光景を前に、勇気はただ茫然とする。
『人間よ、我が森に何用か』
「うえっ! だっ誰だ!」
知らぬ声が勇気へと話しかけて来た、辺りを見渡すが、誰もいない。
声から察するに女性、一切の不純物のない声は、まるで湧き水の様に透き通っていて、万人に染み入る様な声は聞く者を虜にする。
『ここは我らが領域、禁域に足を踏み入れたからには、相応の対価を払ってもらおう』
そう言うと、どこからともなくバチバチと放電するような音が聞こえる。
さっきの雷は、この声の主の仕業だというのだろうか――。
どちらにしても、ここは誤解を解かなければならない。
「まっ待ってくれ! 俺は気が付いたらこの森にいたんだ、アンタの森だって知らなかったんだ、勝手に入った事は謝るよ!」
勇気は誠心誠意頭を下げて謝る、とはいえども相手がどこにいるのか分からないので、とにかく四方八方に向かってぺこぺこする。
『……見慣れぬ恰好の人間よ、貴様どこの国の者だ』
「えっおっ俺は、日本の東京から来た、んだとけど……」
おかしな事を聞くと思っていると、声の主は少し表情を変える。
『……ニ、ホン? トーキョー? 我が知識を持っても聞いた事の無い国、その見慣れぬ恰好と良い、そなたはもしや異邦人か?』
「えっ……いっ、異邦人?」
なんだそれは、勇気が首を傾げていると、背後が突然光り輝いた。
眼を開ける事もままならない光に、勇気は戸惑う。
『異邦人とあっては話は別、我は万物の創造神に『空間』を治める事を命じられた身の上、時空を超え、我らが神に招かれし客人に姿を見せぬ訳にはいかない』
つまりこの光は、この声の主が姿を現そうとしているという事――。
(おっおい、この声の感じと口調から察するに、出て来るのは大人の女性! そう、つまりお姉様が出て来て下さるのではないか――?)
トラックに轢かれ、巨大なトカゲに追われ、心に深い傷を負った勇気。
だがお姉様に出会えるというのなら、そんな物全然苦ではない。
しかもそのお姉様が美人の巨乳だったらもういう事など無い、トラックにトカゲ、そんな物どうという事は無い、むしろウエルカムである。
期待に胸が膨らむ勇気の目の前で――光は一段と輝きを増す。
『とくと見よ異邦人! このアタシを!』
そして光の中から、その人物は現れた。
それは、人の手くらいの大きさの妖精だった。
癖っ毛の真っ白な髪に、琥珀色の眼。
そして、まるでガラス細工の様に透き通った六枚の羽根。
淡く光るその羽根は、この世の物とは思えないほど美しい。
神話の一ページにでも出て来そうなその姿は、見る者を圧巻させるだろう。
だがしかし――高すぎる理想を抱いていた少年には、その現実はあまりにも受け止め難い物だった。
「……はぁ~~」
重いため息を付いて、落ち込む勇気。
「ちょっ、なんでため息つくのよアンタ……はっ、まさかアタシのあまりの美しさにため息しか出ない感じね! 罪よね~もてる女って」
なにか恥じらいながら言っている様な気がするが、今の勇気にはこの妖精に対して突っ込みを入れる力が残っていない。
心の傷をそっとさすりながら、勇気は目の前の妖精を見る。
「……本物、だよな?」
妖精なんて、ファンタジーの中の存在。
漫画とかアニメとかゲームとかに出て来て、チュートリアルなんかで操作方法を教えてくれるマスコット的存在のキャラクター。
実在する訳ない空想上の存在は、今間違えなく勇気の目の前にいて、なぜか板の様な胸を張って自信満々の様子だ。
「なによ、本物に決まってるでしょう、偽物の妖精族がいたら見てみたいわ」
「いや……偽物以前に本物を初めて見るっていうか……」
精神的ダメージから復帰を始めた勇気は、どうにか会話できるくらいにはなった。
「でっ異邦人、アタシの森で何やってんのよ」
「別になにも……眼が覚めたらここにいたっていうか……それよりさっきっから言ってる異邦人って何なんだよ」
「そんな事も知らないの……アンタ本当に来たばっかりなのね」
妖精は咳ばらいをすると、どこか偉そうに話し始めた。
「ここはベルカリュース、万物の創造神が造りし世界よ」
「べっベルカリュース?」
「そう、アンタから言えば異世界って奴よ」
異世界。
それはつまり勇気がいた世界とは異なる世界。
つまりそれは――時空の壁を超えたという事。
「なっ……なんだよその、昨今流行りのネット小説みてぇなの!」
勇気は誰に言う訳でもなくそう突っ込んだ。
とりあえずそれくらいの元気は回復した。
「そしてここは、シャヘラザーン帝国のマグニ領、妖精の森よ」
「しゃ、シャヘラザーン? マグニ?」
まったく意味が分からないが、多分この世界の地名なのだろう。
それにして、トラックに轢かれかけて異世界にやって来るなんて、なんと言うベターな事になった物なのだろうか。
(この妖精が嘘をついてる感じはねぇし……異世界かぁ、どうしたもんかなぁ?)
漫画やアニメが義務教育だったので、異世界と聞いて嫌な気はしない。
むしろ妖精がいるのならば他の種族もいるのではないだろうか、それこそ巨乳の金髪のお姉様なエルフとか――。
「……何よ、アンタ異世界って聞いて驚かない訳? つまんない奴ねぇ」
ちょっと残念そうな顔をする妖精。
それにしても妖精と言うのは、もっとマスコットの様な可愛い感じをイメージしていたのだが、彼女はどうやら違う様だ。
「あっ、そう言えば……まだ名前言ってなかったな、俺は佐藤勇気だ、さっきは助けてくれてありがとな!」
そう言って握手をする為手を伸ばすのだが、妖精は勇気の顔と手を交互にまじろじと見つめると、ちょっと驚いた表情をする。
「……なによ、この手」
「なにって、握手だけど……異世界じゃしねぇのか?」
日本語が通じているから、てっきり握手も通じるかと思ったのだが、どうやらそうでもない様だ。
「…………人間なんかとしないわよ、アタシを誰だと思ってのよ!」
「いっいや……知らねぇけど」
ついさっき会ったばかりなのだから、知るはずもない。
妖精は宙に浮かびながら、偉そうに言い放つ。
「アタシは、万物の創造神より『空間』の統治を賜りし原始の存在が一人にして、妖精族の女王! 『光の超越者』リリィ=ライトニング・ホワイトローズよ!」
自身の決めポーズをして、そう自己紹介した妖精リリィ。
もし漫画やアニメの様に効果演出できるならば、どーんとかでーんとかいう効果音が似合いそうなくらいの決めのシーンなのだが――。
「設定がイタイ……」
勇気はそう呟いた。
彼は物凄く可哀想な人を見る眼で、リリィを見る。
「なっ何よその眼は! そこは驚くところでしょう」
「いや……もうなんかすごそうな設定を並べたくって喜んでる中学二年生の様にしか見えなってさ……、どれか一つなら俺も反応出来るんだけど、肩書三つにライトニングにホワイトローズ? いやぁ~もう無理っすよ、勇気さん的にはお手上げっすよ」
中学二年生の爆発を感じる。
そう言うのは落書き帳に描く程度にしておいて貰わないと、こうやって自信満々に言われた時、こっちが反応に困ってしまう。
「なっ、万物の創造神に頂いた肩書きよぉ! アタシを侮辱するのは、神を侮辱するのと同意なんだからね!」
「いや~神様とか言われても、俺会った事ないし、おみくじ引いても吉くらいしか出ないから~~、神様から何か貰った事とかねぇから~」
勇気はリリィを全く相手にせず、そう言った。
別に仏教でもなければ神道でもないし、キリスト教やイスラム教やらゾロアスター教も信仰していない。
だから神なんてまるで信じていなかったのだ。
「なに言ってんのよ、アンタだって万物の創造神からちゃんと頂いてるじゃないのよ」
「はあっ? 別になんも貰ってねぇけど……」
「なに言ってんのよぉ、この罰当りぃ!」
リリィはそう怒鳴ると、小さな右手を勇気へと向ける。
一体何をすると言うのだろうか、勇気はとまどいながらも、それを見ていた。
「自覚がないなら、身体で感じなさい!」
するとリリィの右手が光を帯びる。
その光はどんどん輝きを増していき、何だか物凄く嫌な予感がした。
しかし、勇気が行動を起こす前に、その一撃は放たれる――。
瞬間、光の槍が勇気を貫いた。
槍、とはいう物の、その太さはかなりの物。
胸と腹を貫いて、大きな穴を空けた。
「がはっ――――」
口からいっぱいの血を吐き、勇気は草の上に倒れた。
痛みと苦しみしか感じられない。
内臓のほとんどが消し飛び、声も出せず、息も吸えない。
「あっ……があっ」
苦しむ勇気を、リリィは平然と見下す。
その眼には一切の情がなく、まるで物でも見る様だ。
「こっ……この、やろぉ……」
「野郎じゃないわ」
忘れていた、リリィはあの大トカゲを一瞬で倒したんだった。
あのトカゲを倒すという事は、どうやったのか分からないが、それだけ強いという事――、見た目に騙されて横暴な態度を取ってしまった。
「人を……ぶっ殺して、なに言ってやがんだぁ……てめぇみてぇな奴、女じゃねぇ……」
息絶える前に、言いたい事を言ってやらないと気が済まない。
勇気は息を吸い込んで、しっかりと大声を出す。
「俺は美人で巨乳のお姉様が好きなんだぁ! 異世界に来れたのに、つるぺた妖精にしか会えねぇなんて、そんな異世界転移クソ喰らえ、ばっきゃやろぉぉぉぉぉぉっ!」
異世界に来れるなんて、宝くじが当たるよりも少ない確率に当選したというのに――何も楽しい事なく死んでいくなんて、最悪だ。
言いたい事は全部言った、後は来世に期待するしかない。
勇気はそう、次の人生に期待したのだが――。
「アンタ、いつまで苦しんでんのよ」
リリィが呆れた様子でそう言った。
しかし苦しい物は苦しいのだから仕方がない、胴体に巨大な穴が開いているのだ、苦しむなという方が無理な話。
「……アレ?」
しかし――なぜか苦しくなくなった。
というか、さっきまで喋る事はおろか、呼吸もままならなかったのに、今は息も楽だし、何より声が出る。
胴体に穴が開いているはずなのに――。
「良く見なさいよ」
リリィに言われて、勇気は起き上がって傷口を確認する。
すると、アレほど大きかった傷が拳大くらいになっていた。
「えっ……」
それだけではない、その傷はまるで逆再生でも見ている様にどんどん塞がって行く。
穴はどんどん塞がって行き、ついには傷口など跡形も無く消え失せてしまった。
「…………あっ、あぁ……」
一体何が起こったのか訳が分からない、驚き戸惑い、言葉が出ない。
傷口が無くなるなんて――そんな事、あり得ない。
「このベルカリュースの生物は、皆一人一つ、万物の創造神から特別な能力、特殊技能を授かるの、それが例え異邦人であってもこの世界にいるのなら、神は特殊技能を下さる」
リリィは勇気に向かって、言い放つ。
「アンタの特殊技能は、『不死』よ」
特殊技能。
このベルカリュースに生きる、全ての生物に宿るとされる特殊な能力。
日常生活でさえ使えないモノから、戦闘で絶大な威力を発揮するモノまで様々。
「その名の通り死ななくなる特殊技能……アタシも初めて見る特殊技能よ」
「え……しっ死なない?」
「アンタあの大蜥蜴に二回食われても再生したでしょう、アンタの特殊技能はこのベルカリュースの中でも超希少、ランク6の『不死』なんだから!」
特殊技能は、その希少性と効果と扱いやすさなどで1から6のランクに分けられる。
その中でもランク6は、この世界でも今だ数例しか確認されていない、とんでもなくレアな特殊技能なのである。
大トカゲに二回食われても蘇生した、アレは夢ではなく現実に起こった事――死んでも生き返る、それが勇気の特殊技能。
生まれて初めて持った能力、それが不死だなんて――。
「なに、そのチート……」
逆に引くレベルである。
こんな自分がそんな破格の特殊技能を持っていいのだろうか。
「いやいや、異世界でチートとか……何ソレ、テンプレ過ぎて逆に怖いんだけど」
「ちょっと……アンタ、さっきから何訳の分かんない事言ってるのよ」
ランク6で死なないという、破格の特殊技能を持っている事に対して、驚かない勇気をリリィはつまらなそうに見る。
「なぁリリィ、俺の特殊技能ってこのベルカなんちゃらでも珍しいのか?」
「ベルカリュースよ、珍しいなんてレベルじゃないわ、死者の蘇生が出来るのは万物の創造主たる神だけ、紛い物ならいざ知らず、アンタみたいに完全に不死って言うのは、本当にアンタだけよ」
どうやらこの異世界でも死者は蘇生出来ないらしい。
となるとこの特殊技能、本当にレアな物の様だ。
(おいおい……不死ってそんなのアリかよ、究極生命体になったんじゃねぇ?)
体に変わった特徴はないし、今までと何ら変わりない。
だが目の前で傷が塞がったアレは、夢ではなかった。
ここは、勇気の常識では計り知れない様な事が起こる世界なのだ。
「それでアンタ、これからどう落とし前付ける気なの」
「へっ、落とし前?」
落とし前なんて言われても、別に何も悪い事などしていないはずなのだが――。
「アンタはアタシの森に勝手に入ったのよ! 妖精の王であるアタシが不干渉を命じたこの森に!」
そんな事言われても、勇気は眼が覚めたらこの森にいたのだ、好きでいた訳ではないのだから、こうやって責められるのは理不尽な気がする。
「そんな事言われてもなぁ……」
だがリリィは本当に怒っている様子だし、謝らないと許してくれなさそうだ。
仕方がない、腑に落ちないが頭を下げる。
「悪かったよ……なにしたら許してくれるんだよ」
「分かればいいのよ……まぁいつもだったら手っ取り早く処刑なんだけど、アンタ死なないから、無駄なのよねぇ」
「しょっ……処刑って」
不法侵入で命を取られたらたまった物ではない、日本なら絶対にありえない刑罰だ。
リリィはしばらく考えると、何か思いついた様で、不敵な笑みを浮かべる。
「アンタ、罰としてアタシの奴隷になりなさい!」
「めんどくさい」
しかし勇気は、リリィの言葉を一蹴する。
それは今までの言葉のキャッチボールの中で、一番早く返された剛速球だった。
「なっ……なんでよぉ!」
「いや、奴隷になれって言われてなる訳ないだろう、馬鹿かお前」
「ばっ、馬鹿って言ったわねぇ! 万物の創造神より『空間』の統治を賜りし原始の存在が一人にして、妖精族の女王である『光の超越者』リリィ=ライトニング・ホワイトローズに向かって馬鹿って言ったわねぇぇぇ、やっぱり処刑してやるぅ!」
「だから俺死なないから、そしてなげぇなぁ肩書き」
「はっ、そっそうだった……うっううぅなんでそんな特殊技能持ってるのよぉ!」
頬を膨らませて怒るリリィは、まるで駄々っ子の様。
やる気のない勇気が、奴隷になんか進んでなる様な神経を持ち合わせている訳がない。
とはいえ、駄々をこねるリリィは本当にうるさいので、とりあえず話くらいは聞く。
「……たくよぉ、俺を奴隷にして何をさせたいんだ?」
奴隷は嫌だが、協力出来る事なら考えてやらなくもない。
「……アタシと人間の王都に行って欲しい、の」
「…………人間の王都?」
つまり、勇気は荷物持ちの様なものなのだろうか。
街にショッピングでも行くのだろうか、よく見るとリリィの服は露出多めで下着と言われた方がしっくりくるし、ブランドの服でも買いに行くのだろう。
「……まぁ、それくらいなら付き合ってやっても良いぜ」
どうせこのまま森にいる訳にはいかない、人間の街があるなら行きたい。
「ホント、奴隷になるのね!」
「奴隷じゃねぇって言ってるだろう!」
もっと他の言い方は無いのだろうか、小さくとも見た目は少女の様で、タイプではないが可愛らしい顔だ、そんな彼女に奴隷とか言って欲しくない。
(まぁ、死なないとはいえ、一応助けてもらったしな……俺はこの世界について何も知らない訳だし、道すがら色々教えて貰うか)
異世界に来たからと言って、したい事はない。
『不死』を身に着けたからと言って、何かが変わった訳でもないのだ。
やはりやる気のない勇気は、異世界に来てもやる気がないのである。
「そうとなれば出発よ、異邦人!」
「だから俺の名前は勇気だっての、リリィ!」
勇気はリュックを拾い上げると、先に進む彼女の後を追う。
「呼び捨てにするんじゃないわよ! 様で呼びなさい、様で!」
「へいへい、りりぃ=らいとにんぐ・ほわいとろーずさまぁ」
「ぼっ棒読みするんじゃないわよ、気持ちを込めなさぁぁい!」
こうして佐藤勇気と妖精リリィの冒険は、幕を上げたのだった。
はい、彼が新主人公です。
タイトルと性別がちげぇじゃねぇーかという突っ込みはあっはいスイマセン、としか言いようがないです(汗)。
無気力系男子、勇気君に、しばらくお付き合いいただけたら幸いです。




