第三五話 ~佐藤勇気の序章~
新主人公、始動!!
世の中の人間は、二種類に別けられる。
一つは、やる気のある人間。
目標があって、人生のゴールって奴が決まってる。
ハキハキ生きてて、毎日が全力疾走。
そしてもう一つは、やる気のない人間。
目標なんてない、人生にゴールなんかない。
だらだら生きてて、まぁ適当にのらりくらりやっている人間。
えっ、俺? そりぁもちろん後者だ。
佐藤勇気、一六歳。
都内の高校に通う、ごくごく平凡な男子高校生。
そっ、別に頭も良くないし、運動神経も普通。
ルックスは悪くないけど、彼女いない歴=年齢、うん、顔は悪くないはずだ。
いけねぇ、話が逸れたな。
まぁ俺が、とりあえずごくごく普通な、やる気のない男子高校生だって事さえ分かって貰えれば、十分だ。
「勇気~、今週のマリ☆まぎ見たかぁ?」
「俺の嫁のまりかちゃん、今週も可愛かったよなぁ!」
あぁ、この冴えない二人は俺のダチ。
毎日アニメとか漫画とか、後は馬鹿みたいな話で盛り上がる仲だ。
俺と同じやる気のない奴ら、人生に目標なんてない、のらりくらり生きてる。
「なに言ってんだよ、ほのりんの方が、断っ然可愛かった!」
「なんだとぉ、あんなツンデレ幼馴染のなにが良いってんだよぉ!」
「アアン、おめぇだってつるぺったんのまな板の妹キャラのなにが良いんだよぉ!」
「俺の嫁のまりかちゃんを貶すのは許さねぇぞぉ!」
「よろしい、ならば戦争だ!」
一つ訂正しておこう、自分の守備範囲外の時だけやる気のない奴らだ、うん。
まぁこんな馬鹿な事で、血生臭い争いをさせる訳にはいかない。
「うおっ」
「だわっ」
俺は睨みあっている二人の額を小突く。
「喧嘩は両成敗だろ?」
喧嘩は売る方も買う方も両方悪い。
世の中ラブ&ピースだ。
「じゃあ、勇気はどんなキャラが良いんだよ」
「そうだそうだ、お前の嫁はなんなんだ?」
一般ピープルはこれだから駄目なのだ、ツンデレ幼馴染? つるぺったん妹キャラ? ふんっ、そんな物下らない。
俺は下々の者達へと、この世の真理を教えてやる。
「そりゃあ、年上のお姉さんに決まってんだろう!」
この世の全ては年上ヒロインで成り立っている、お姉様最高!
無知な者共よ、少しは世の心理を理解出来たか?
「はっ、ねぇわ~」
「BBAに興味とかねぇし」
「んだとぉてめぇ~~、謝れ、全世界のお姉様にエクストリーム土下座しろぉぉ!」
この反逆者共め、この俺が駆逐してやる。
「わぁ、おめぇラブ&ピースじゃなかったのかよぉ!」
「暴力反対!」
「うっせぇ~~問答無用じゃ~~~!」
まぁ、そんなこんなで、俺はやる気のない人生をやる気のないなりに、のらりくらりと過ごしていた。
やる気のないなりに学校に行って、やる気のないなりにダチと好きな事で盛り上がって、やる気のないなりに帰宅して、やる気のないなりの一日が終わる。
まぁこんな人生さ、別に不満なんかない。
このままやる気のないなりに人生を楽しめれば、それでいい。
「またな~勇気」
「また明日な~」
明日も明後日、今日と同じやる気のないなりの人生を過ごせればいい。
そう、俺の人生はそんなもんで良かった。
のだが――。
「危ない!」
誰かがそう叫んだ気がする、何が危ないのだろう。
だって横断歩道の信号は青で、俺は危険な事なんて一つもしていない。
危ないのは俺じゃなくて――赤信号なのに突っ込んで来た暴走トラックの方だった。
「えっ――」
瞬間、俺は吹っ飛ばされた。
視界が反転する。
感覚が可笑しくなって、どっちが左右で、どこか上下だか分からない。
どれくらい吹っ飛んだのか分からない、ただ気が付いた時には車道の端の方に、ゴミみたいに打ち捨てられた。
「あ……ぁ」
痛覚が可笑しくなったのか、全身が痛い。
どこが痛いのか自分でも分からないくらい、体中が痛くて声が出ない。
俺……今、轢かれたのか?
なんだよソレ、ちょっと待ってくれよ。
なんだよこの漫画みたいな展開は! そんなもん俺のやる気のない人生には要らない!
ちょっと待ってくれ、待ってくれよ!
腹から馬鹿みたいに血が出て来て止まらねぇんだけど!
冗談だよな、嘘だよな! これは何かの悪い夢なんだよな!
確かにやる気のない人生だったけど、やる気のないなりに楽しんでたんだぜ? こんな事で終わりになったりしねぇよなぁ、なぁ!
「ひき逃げだぁ! はやく警察呼んでくれ!」
警察の前に救急車を呼んでくれよ。
俺は錯乱してるお兄さんにそう言ってやりたかったのだが、声が出ない。
いけねぇ、なんか眼がかすんで来た。
出血のせいなのか、だんだん頭も働かなくなった。
走馬燈を見る暇もなく、俺の意識は遠のいていく。
誰かの悲鳴とか、誰かの怒鳴り声とかが、どんどん聞こえなくなっていく。
俺、死ぬんだ。
そりゃあ人間いつかは死ぬのは分かってたけど、こんなに唐突に来るなんて思ってもみなかった。
まだ読みたかった漫画がある、見たかったアニメもある、やりたかったゲームもある。
酒だって飲んでみたかったし、たばこだって一回くらい吸ってみたかった。
だって一六だぜ、まだまだ人生これからだった。
俺はもっと生きていたいんだ。
まだ――――死にたくない。
俺がどんなに強く願っても、血は止まらない。
現実は無情で、俺の意識は二度と覚める事のない眠りへと誘われる。
でも瞼が閉じるその瞬間、薄い山吹色の光が見えた。
あぁコレがお迎えって奴なのか、ははっ綺麗だな。
そして瞼は閉じられ、夜よりも暗い闇だけが広がる。
俺の意識は闇の中で溶け、そして消えて行った。




