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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界生活編
27/100

第二五話 思いは強さ

引き続きハルドラ修行編です!

そして私もポケットなモンスターで修業してます!!




 ハルデの商店街は、賑わいを見せていた。

 スーパーマーケットとは違い、それぞれ専門店であり、大きなパンや肉のブロックや、切り身でない丸ごとの魚などが売っている。

「うわ~~、相変わらずすごいわねぇ」

 凛華はその賑わいに素直に驚いた。

 ハルデの中でもこの大通りはいつも人がいて、まるで祭りの様な賑わいだ。

「こんなにお店があると、何を買おうか迷っちゃうわね!」

「頼むから料理だけはするなよ!」

「なんでよ……この間のスープ美味しかったでしょう?」

「どこがだよ、死にかけたわ!」

 被害者の言葉は加害者には届かない物である。

 しかしクロノの家にご厄介になっている四人は、基本的に料理が苦手なのである。

 凛華を筆頭に、ラナイ、海人、シャーグの順で料理が出来ない。

 シャーグはゴンゾナ配属時代に多少教わっていたので、何とかできるのだが軍の飯なので大雑把でメニューも少ない。

 これにはクロノも嫌気がさしているのか、パンしか食べないほどだ。

「よぉ魔法使いの所の兄ちゃんと姉ちゃん!」

「パン屋のお兄さんこんにちは」

「聞いたよ、あんたらあの変な恰好のおじょーちゃんの友達なんだってな」

「あっあぁ、君子ちゃんですね」

 変な恰好というのは制服の事なのだろう、凛華と海人も夏服を脱ぎ、こちらの冬服を着ているので、見た目では異邦人とは解らない。

「あの子魔人に攫われちまったんだろう……俺があの子にピクニックなんか勧めなければ、あんな事にはならなかったんだ」

 涙を浮かべるパン屋のお兄さん。彼のせいなどではない、悪いのは魔人の方だ。

「自分を責めないでパン屋のお兄さん」

「そうだよ、あんたのせいじゃないよ」

「うっうう……罪滅ぼしにはならねぇかもしれないけど、うちでパンを買ってくれたらサービスするよ、ちなみにこれ、今焼きたてなんだ」

 そう言ってできたてホヤホヤのパンが入ったかごを見せる。

「わあっ美味しそう、じゃあ三個下さい」

「まいどあり~」

 営業スマイルを浮かべながら、顔とほとんど同じ大きさのパンを紙袋に詰めるやり手のお兄さん。

 純真無垢な勇者達は、そんな笑顔にはちっとも気が付かないのである。

「――勇者様!」

 突然そう呼びかけられた、もうハルデ中に広がってしまったのだろうかと思って振り返ると――そこには一人の少年がいた。

 歳は一二・三歳ぐらい、薄茶色の髪を短く切りそろえた、翡翠色の眼の男の子。

 地味な衣服に身を包み、背丈に合わない槍と荷物を背負っていた。

「勇者様、やっと会えた!」

「えっ……えっとぉ」

 誰だか全然分からない、しかしどこかで見た事がある様な気がする。

 海人と凛華が戸惑っていると、少年はそれを察したのか、背中に背負っていた荷物から兜を取り出すと、それを被って槍を構える。

「僕です、カリューン街道で皆さんに助けてもらった」

「あっ……もしかしてゴンゾナの」

「少年兵の子!」

 ハルドラ軍の少年兵で、ゴンゾナ唯一の生き残り。

 あの時近くの街へ連れて行き、医者に診せてそのまま別れてしまったのだが、まさかこんな形で再会するなんて思いもしなかった。

「君、良かった元気になったんだね!」

「はい、お陰様で」

「でもなんでこんな所にいるんだ?」

 医者に診せた街は随分遠い、わざわざ王都まで来た理由が分からない。

 少年は少し間を開けると、思い切って二人へと言い放った。

「勇者様、僕もいっしょに旅をさせて下さい!」




「ロータス・ペル……ゴンゾナ配属の兵か」

 クロノは少年兵ロータスを見ながらそう言った、一見は二人とも大して歳が変わらない様に見えるのだが、纏っている空気はクロノの方が圧倒的に上で、ロータスもそれを感じたのか、恐縮していた。

「ロータス、なんで俺達と一緒に旅をしたいんだ」

「はっはい……僕も、ゴっゴンゾナの皆の……かっ敵討ちが、した……くて」

 彼の言葉からは意志が感じられず、吹けば飛んで行ってしまいそうなくらい弱い。

「そっか、でも私達は今クロノさんの弟子なの、だからまだ旅には出られないんだ」

「……えっそうなんですか……なっなら、ぼっ僕も――」

「駄目だ」

 ロータスの言葉を遮ったのは、ポンテ茶を淹れるクロノだった。

「お前はワシの弟子になるには弱すぎる、せめてBランク程度の実力がなければならぬ」

 Bランクというのはハルドラの将軍並みの実力という事になる。

 ロータスがそんなに強ければ、自分一人で敵討ちに行くだろうし、将軍レベルから弟子を請け負うというのはあまりにも傲慢な態度だった。

「そんな、実力を見ない内にそんな事言わなくても……」

 凛華がそう言うと、ラナイが『鑑定』の特殊技能を発動させた。



 ロータス・ペル

 特殊技能 『俊敏(スピード)』 ランク2

 職種 兵士

 攻撃 E+ 耐久 D 魔力 C- 幸運 D-

 総合技量 D



「……これでは、ねぇ」

 これでは弱すぎる、Dランクでは正直話にならないレベルである。

 こんな結果を聞かされては、流石に凛華もフォローが出来ない。

「そう言う訳だ諦めろ少年、田舎に帰って親孝行でもしてやれ」

 ポンテ茶を飲むクロノへと、ロータスは浮かない顔で答えた。

「親はいません……流行り病で死んでしまって、弟も滑落事故に巻き込まれて五年前に死にました」

「ロータス君……」

「ゴンゾナは、僕の唯一の居場所だったんです……皆、家族だったんです」

 涙を浮かべるロータスを、凛華はそっと慰めた。

 彼にとってゴンゾナはただの職場ではない、家であり家族その物だったのだ。

 それが一瞬で破壊された悔しさは、計り知れない。

「ロータス……お前の家族の敵、俺が絶対にとってやる」

「……勇者様」

「だからお前は待っててくれよ、なっ?」

 ロータスはしょんぼりと項垂れると、小さく返事をしてくれた。

 彼の今の実力では敵など討てない、危ない目に合わせる訳にはいかないので、少し酷かもしれないが、ここは諦めてもらうしかなかった。

「……話はまとまったな、ならば修業に入るぞ」

 ポンテ茶を飲み干したクロノがそう言って立ち上がった。

 洗い場にカップを置くと、家の外へと向かう。

「少年、お前には兵士の才能がない、諦めて職種を変える事だな」

「えっ……あっ……」

 クロノのとどめの様な言葉に、ロータスは目じりに涙を浮かべた。

 海人はその言葉に腹を立てるが、ロータスに危険な事をして欲しくないので、反抗したくなる気持ちをぐっと抑えて、外へと出た。

「…………」

 残されたロータスは、ただ黙って五人の後姿を見送る事しか出来なかった。

 



************************************************************




「うわああああっ!」

 海人は吹き飛ばされ、受け身を取る事もままならず、地面倒れた。

「……呆れて物が言えぬな、ちっとも上達しておらぬではないか」

 クロノは倒れた海人を見下ろしながら、癇に障る口調でそう言う。

 土人形(ゴーレム)に挑んで五日、いまだに倒せない。

「くそぉ……まだだぁ」

 いくら力で挑んでも、それ以上の力で返されて、吹っ飛ばされてしまう。

 力が足りないのかと思い筋トレも始めた、しかしまだ打ち負ける。

「『爆裂(エクスプロージョン)』!」

 爆音が響き渡り、地鳴りがする。

 海人の後方では、凛華が土人形(ゴーレム)相手に、魔法を放っていた。

 しかし、土煙の中からは無傷の土人形(ゴーレム)が姿を現す。

「むっ……無傷」

「……的あては随分上手くなった、しかし的が壊れなければ意味がないな」

 凛華の方も何とか試行錯誤しているのだが耐魔B-という、敵の魔法耐性の前ではどうしても敵わない。

 正直、何をどうすれば土人形(ゴーレム)に勝てるのかさっぱりわからなかった。

「カイト……」

「……リンカ」

 シャーグとラナイは、二人の勇者を心配そうに見詰めていた。

 出来れば助言をしてやりたいし稽古だって付けてやりたい、しかしクロノにそれを禁じられている今、二人はただ見守る事しか出来なかった。

 クロノは、杖を突くと土人形(ゴーレム)は力を失い、体育座りをして屈んだ。

「今日はここまでだ、洗濯と夕飯の準備をしておけ」

「へいへい」

「は~~い」

 二人はそう気のない返事をすると、それぞれ武器を持って家路へと着く。

 シャーグとラナイが励ましてくれるが、元気になどなれなかった。

「はあっ……、今日もシャーグのジャガイモゴロゴロスープですかぁ」

「文句言うなら自分で造れよ、おめぇは生煮えのスープしか造れねぇ癖に」

 本当に、彼等の食生活は酷い。

 基本的にパンとスープばかりで健康的でない、もっと正しい食生活を送りたいのだが、残念な事に技術が追いついていない。

「じゃあ今日は私が――」

「「「絶対に造るな!」」」

 絶妙なハモリで凛華を制止した三人。

 とにかく台所を死守しなければ、シャーグと海人がドアを開けると――。

「うおっ、ロっロータス!」

「びっっくりしたぁ!」

 まさか人がいるなど思わなかったからとても驚いた、ロータスの方も突然ドアが開いてとても驚いている様子だった。

「あっ、おっお帰りなさい……皆さん」

「ロータス君、なんでここにいるの? 帰ったんじゃなかったの?」

 てっきり諦めて帰ったのかと思っていたのだが、彼は夕方になってもまだいた。

 理由を問うていると、クロノも追いついて来てロータスを見ると眉をひそめる。

「少年まだいたのか……弟子にはしないと言ったはずだが」

「あっはい……、でも皆さん修行で疲れていると思ったので……そのぉ」

「……?」




 皆目の前に広がっている光景に、ただただ圧倒された。

 テーブルに置かれているのは、牛乳をたっぷり使った濃厚なシチューに、新鮮な野菜を使ったサラダ、更にフルーツを盛り合わせたヨーグルトまである。

 一体どれほどこの光景に恋い焦がれた事だろうか、こんな温かみのある素晴らしい食卓を――。

「修行が終わってからご飯を造るのは大変だと思ったので……簡素ですが夕飯を……」

「こっ……これ全部ロータスが造ったのか?」

「はっはい……あっ、その出過ぎた真似をしてすいませんでした、でっでも少しでも勇者様の役に立ちたくて……」

 申し訳なさそうにロータスは言う。

 出過ぎた真似などではない、紫色でも無く、生煮えでもジャガイモゴロゴロでもない食べ物は久しぶりだ。

 だから皆一斉にスプーンを取ると、シチューを口へと頬張った。




「うっうっまああああいっっ」



 

 濃厚なのに後味があっさりしたシチュー、人参は甘くてまるでスイーツの様で、ジャガイモはホクホク、なんだかおふくろの味を思い出す一品だった。

「美味しい、コレすっごく美味しいよロータス君!」

「サラダのドレッシングもちょうどいい塩加減と酸味で、食が進みますわ!」

「ロータス、凄いなゴンゾナで覚えたのか?」

「元々家が小さい料理屋だったので……両親の仕事を手伝いながら覚えました、それに僕弱いから、ゴンゾナではずっと飯炊きとかの雑用をやっていたので……」

 プロの教えに蓄積された経験、通りで上手い訳だ。

 皆スプーンが止まらない、まるで何日も食事を取っていなかったかの様な食べっぷりだ。

唖然とするロータスの手をがっしりと掴んだのは、意外にもクロノだった。

「えっ……あっあの……」

「少年よ、ワシはどうやら間違っていた様だ……人をランクで量るなど、賢人にあるまじき行為だった許してくれ」

「はっはあ……」

「そなたの思いワシはしかと受け止めたぞ……、家族同然の砦を滅ぼされ、さぞ辛いだろうに、勇者と共に危険な旅をしたいというその強い思い、ワシは心から感激したぞ」

「…………はぁ」

 戸惑うロータスの眼を真っ直ぐ見ながら、クロノは言い放った。

「我が弟子となり、仇を討つが良い、ロータスよ」

 あれほどけちょんけちょんに言っていた癖に、この変わり様だ。

 一体彼の心の中にどんな変化があったと言うのだろうか――。

「ほっ本当によろしいのですか……魔法使いクロノ様」

「師匠と呼べロータスよ、しかしワシの修行は辛いぞ、弟子は修行だけではない、掃除も洗濯も、そして『料理』も全てこなさなければならぬのだぞ」

 一単語やけに力強く言った言葉があった、その言葉を聞いてカイト達はクロノの真意を完全に理解した、思いを受け止めて心からは感激していない、感激したのは胃袋の方だ。

「もっもちろんです! 僕雑用でも何でもやります、お師匠様!」

 しかし感激のあまり涙を流し、深々と頭を下げながらお願いするロータスの姿を見たら、四人は何も言えない。

 こうして、新たにロータスが弟子として加わったのである。





************************************************************





 一日の修行は、午前中座学の午後実技と言った感じで、合間に昼食と休憩がある。

 新人のロータスはそれに一生懸命ついて来ていた。

「やああああっ!」

 稽古相手であるシャーグへと、渾身の突きを放つ。

 しかし所詮はDランクの一撃、力で勝るシャーグはその一撃を片手で受け止めるとやすやすと弾き飛ばした。

「うわあっ」

 尻もちをつくロータス。

 既に息も上がっていて、シャーグと海人にとっては簡単な稽古でもかなり辛そうだった。

「大丈夫かロータス」

「あっはい……大丈夫です」

「やっぱりロータスは力が足りないな、もっと筋力を付けるべきだ」

 ロータスの攻撃はE+、正直兵士としては致命的に力が足りていない。

 特殊技能(スキル)を使用していないシャーグが片手で振り払える程度では、魔人と闘う等不可能な事である。

「じゃあ筋トレだな、腕立て伏せとかするか?」

「はっはい、頑張ります」

 海人も後輩が出来た様な気分で、男三人は和気あいあいと修行をしていたのだが――そこに横やりが入った。

「そんな事しなくていい」

 遠くから見ているだけだったクロノが口を開いたのだ。

 唖然とする三人の前まで来ると、ロータスの古びた槍を見つめる。

「なっなんでだよ……もっと筋力が無いと、ロータスが強くなれないだろう!」

「無駄だな」

「へっ?」

「お前に槍は無駄だ」

 ゴンゾナに配属されてから苦楽をずっと共にしてきた槍、それをあっさりと否定された。

 あまりの酷い言い方に、海人とシャーグもムカつき、強い口調で抗議する。

「そんな言い方しなくても良いだろう! ロータスだって頑張ってるんだぞ!」

「あんたには血も涙もないのか! 幾ら凄い魔法使いでも言い方ってもんがあるだろう」

「事実をありのままに言っただけだ、嘘や慰めをした所で強さは手に入らない」

「…………じゃっじゃあ、僕はどんな武器を持てばいいんでしょうか」

 クロノはその問いに答える様に杖を振うと、空間が歪み一本のナイフが出て来た。

 どこにでもある普通のナイフで、短剣よりも短く小さい。

「コレを使え」

「はぁ! こんなの料理に使う奴と変わらねぇじゃねぇか!」

「いくらなんでも酷過ぎるぞあんた!」

 ロータスの代わりに文句を言う海人とシャーグ、しかし肝心の彼は黙ってそのナイフを受け取った。

「……解りました、槍を辞めてコレにします」

「ロータス!」

 こんな言葉に従わなくていい、こんなナイフでは今以上に闘えなくなってしまう。

 しかし更にクロノは口を開く。

「それと、お前は兵士を辞めよ」

「なっ――」

 ハルドラの少年兵としてずっと頑張って来たロータスに、兵士を辞めろだなんてあまりにも酷だ、強く無くとも彼は一国の兵士としての誇りがあるのだ。

「……はぁ……じゃあ僕は何の職種につけばいいんでしょうか……」

「盗賊だ」

「はああっ! 兵士を辞めて賊になれってのかぁ!」

 槍は取り上げるは、兵士を辞めさせるは、もう我慢の限界だ。

 海人はクロノに向かって殴りかかろうとしたのだが――。

「……解りました、盗賊になります」

「なっ!」

 ロータスはそれを受け入れてしまった。

 悪いのはクロノの方だ、もっと文句を言って良いのに彼は全て承諾してしまう。

「でも、どうやって職種を変えるんでしょうか……」

「職種は自らよりも地位が上の者から授かるか、あるいは自ら宣言し神に認められた時のみ変更出来るのだ、この場合師であるワシが変更させられる」

 海人と凛華がバルドーナスから授かった様に、クロノがロータスに授ける事は可能だ。

 逆にバルドーナス等の王が職種を変えたい時は自ら宣言し、神に認められなければいけない。

 ロータスは少し間を開けると、深々とお辞儀をしながら改めて頼んだ。

「なら……お願いします、お師匠様」






「本当に良かったのか?」

 稽古を終え家路へと着く中、海人はロータスにそう尋ねた。

 武器と職種の強制的な変更に腹を立てていたのは海人だけではない、皆同じ気持ちだ。

「いくらなんでも酷いわ、盗賊なんて」

「わざわざナイフを持たせるなんて、ロータスを飯炊きくらいにしか考えてないんだ」

「……あの変人ならやりかねませんわ」

 皆嫌悪感を露わにしていた、幾ら凄い魔法使いだとしてもロータスの扱いが酷過ぎる。

 クロノはあくまでも彼の事を、飯炊きの下人程度にしか思っていないのだ。

「でも……僕、弱いし貧乏だから、お師匠様の様な方の弟子にして頂ける事なんて、絶対有り得ないし……僕みたいな奴が口答えなんておこがましくて出来ないです」

「ロータス……」

 確かにクロノの様な魔法使いの弟子になるには、天才的な才能か大金でもない限り不可能な事だ、しかし言いなりになるのは間違っている、嫌なら嫌と言っていいのだ。

「あっ……パン買って来るの忘れました!」

 ハルドラの主食はパンである、パンが無くては炭水化物が摂れない。

 もう夕方で、いつものお兄さんのパン屋はもう少しで閉まってしまう。

「すいません、僕パン買ってきます」

「あっ、無理しないで!」

 修行の後で無理をして欲しくないのだが、ロータスはパン屋の方へと駈け出した。

 四人は草原を走る彼の姿を黙って見送る。

「……ロータス、無理しないと良いんだけどな」

「うん……あの子良い子だもんね……てっアレ?」

 一瞬眼を放した隙に、ロータスの姿は豆粒くらいの大きさになっていていた。

 いくらなんでも急ぎ過ぎである。

「ロータス君、あんなに急がなくたって良いのに」

「ほんとな、あれじゃ直ぐにへばっちまうよな」

 



************************************************************




 ロータスが武器を変え、盗賊の職種になってから二日後。

 クロノは五人を連れて空地へとやって来た、海人と凛華の土人形(ゴーレム)が真横にあるのだが、三体目の土人形(ゴーレム)を造り出した。

「ロータスお前の課題だ、コレに一撃食らわせてみよ」

「なっ、何言ってんだいきなり!」

 海人も凛華も苦労していると言うのに、いきなりロータスにこんな事をさせるなんて修行と言う名の虐待だ。

「待って下さいクロノさん、ロータス君にいきなり土人形(ゴーレム)を倒せなんて、無理ですよ!」

「しかもナイフ一本で、無茶苦茶にもほどがある」

「弟子を殺す気ですか!」

 クロノは抗議する四人を無視して、ロータスだけを見て口を開く。

土人形(ゴーレム)はお前を狙って攻撃してくる……そうだな、スピードはシャーグくらいだ」

「はっ……はい」

「一撃でも当たれば致命傷だ、死にたくなければ当たらない事だ」

「なっなに無茶苦茶な事言ってんだよ、ロータスを殺す気か!」

 そんな危険な事をさせる訳にはいかない、皆引き止め様とするのだがロータスは精いっぱいの勇気を振り絞って、土人形(ゴーレム)へと近づいていく。

「おい、ロータスを殺す気かあんた!」

「危ないわ、止めて下さい!」

「ロータスが強くなるには必要な課題だ……お前達は手を出すな此処で見ていろ」

 杖で通せんぼをするクロノ、海人と凛華は怒り、彼を睨みつける。

「(ラナイ……いざって時はお前の魔法で)」

「(解っていますわ……)」

 シャーグとラナイはばれない様に、土人形(ゴーレム)の破壊の準備をする。

 海人と凛華がアレだけ手間取っている土人形(ゴーレム)だ、下手をするとロータスが死んでしまう。

 ラナイはばれない様に、杖を握る手に力を込めた。

「始め!」

 クロノの号令と同時に、土人形(ゴーレム)が動き出した。

 海人と凛華の土人形(ゴーレム)と違い、自ら動き剣を振りかぶる。

「――あっ」

 土人形(ゴーレム)は想像以上に速く動いた、全身土だと言うのに一介の戦士にも通ずるスピードだ。

「まずいぞ!」

「白魔――」

 ラナイが魔法陣を展開させる前に、剣は振り降ろされる。




 ロングソードと同じ大きさの石の剣が、ロータスへと炸裂した。




 大きな音と共に、土を舞い上げるその一撃は、実戦さながら。

 無力な少年へと向けられる物ではなかった――。

「てめぇぇっロータスをぉ、ロータスをぉ!」

 胸倉を掴み殴りかかろうとする海人、だが賢人は眉ひとつ動かさず、冷静な口調で言う。

「お前の眼は節穴か、海人」

「えっ?」

 土煙が徐々に晴れて行き、土人形(ゴーレム)と石の剣が見えたのだが――その剣は何もない地面へと振り下ろされていた。

「ロっ、ロータスは?」

 一体どこに行ったのだろうか、海人がその姿を探していると、土人形(ゴーレム)が突然音を立てて崩れる。

 その現象にただただ驚いていると――崩れ落ちた土人形(ゴーレム)の後ろに人影があった。




 それはナイフを突き立てた、ロータスであった。




「なっなんで……」

 石の剣は確実にロータスを捉えていた、外してなどいない、それなのに彼は土人形(ゴーレム)の後方にいる。

 声を発する事も出来ないほど驚いている四人に代わって、クロノが口を開く。

「簡単な話だ、ロータスが眼にも止まらぬ速さで動いて、剣を避けナイフを刺した……ただそれだけの事だ」

「そっそんな事出来るのかよ……」

 平然と言っているがあの土人形(ゴーレム)はかなり速い、シャーグと海人でもどうにか反応出来るくらい速い、それをあの一瞬で避けて反撃するなど不可能だ。

「……秘密は特殊技能(スキル)だ」

 特殊技能(スキル)俊敏(スピード)』。

 ランク2と、珍しくも強くもないこの特殊技能(スキル)の特性は、文字通り動きが速くなる事。

 魔力を必要とせず、所有者の敏捷を数段上げられる。

「ラナイの不完全な『鑑定』では、全ステータスを見る事が出来ないせいで勘違いしている様だが……ロータスはここにいる誰よりも敏捷のランクが高い」

 クロノが杖を振ると、杖の先端が浅葱色に光った。

「海人敏捷B-、凛華敏捷C、シャーグ敏捷C+、ラナイ敏捷E-、そしてロータス敏捷B+」

「うっ嘘……海人凄く速くて一一秒前半くらいですよ」

 学年でも三本指に入るくらい速く、いつも運動会のリレーはアンカーだったし、陸上の顧問からは土下座で入部してくれと頼まれるくらいだった。

それよりも二段階上、一〇〇メートル走に換算したらおそらく一〇秒台を軽く超える。

 そして更に特殊技能(スキル)俊敏(スピード)』を使えば、世界記録を抜く事など造作ない。

 ロータスは、それほどの速さを持っていたのだ。

「でも……稽古の時はそんなに速くなかったぞ」

 シャーグも眼で追えたし、速いという印象は特に抱かなかった。

「あんな体格にあっていない槍を持っていたら、速くなど走れまい」

「えっ……そうだったのかロータス?」

「はっはい……ちょっと重かったです」

 攻撃、つまり力を示すステータスがE+のロータスには、大人用のしかも兵士が使う槍は重すぎたのだ。

「それに……職種を変えたら、特殊技能(スキル)をちゃんと使える様になったんです……」

「じゃあ、今までは特殊技能(スキル)をちゃんと使えなかったの?」

「はい……速すぎて怖くて……」

 恥ずかしそうに言うロータス、今までろくに使えなかった特殊技能(スキル)が職種を変えてちゃんと使える様になったと言う事はまさか――、四人の視線はクロノへと向かう。

「お前達、まさか職種をただの飾りと思っているのではなかろうな」

「……職業の事じゃないんですか?」

「職種は形式だ、種類によってそれぞれ補正が入る、戦士ならば攻撃、魔法使いならば魔力に、そして盗賊ならば敏捷に」

 今まで速すぎて使いこなせていなかったロータスの能力を、盗賊の職種が補助してくれる様になり、体がしっかりと追いつく様になったのだ。

 速すぎて眼が眩んでいたのが、しっかりと辺り光景を見る事が出来る様になった。

「じゃあナイフを持たせたのも、職種を盗賊にさせたのも、全部ロータスの為……?」

「……力が全てだと思うな海人」

 クロノは始めから解っていたのだ、槍が重すぎる事も、兵士の職種が合っていない事も一目見た瞬間に全てを理解して、彼はアドバイスを送っていたのだ。

 言い方に問題があるが、それは的確で文句のつけ所のない物。

「……とは言えども、普通の敵はあの程度の攻撃で倒せはしない、それにロータスはまだ盗賊の闘い方という物を理解していない、自惚れるでないぞ」

「はっはいっ」

「お前は脚を、下半身を鍛え敏捷を磨け、闘い方はそれから徐々に模索していけば良い、そして今日の夕飯はビーフシチューが良い」

「はっはい解りました、お師匠様!」

 クロノはロータスにそう言い残して、先に家へと戻ってしまう。

 海人と凛華は、それをただ見送る事しか出来なかった。




************************************************************




 海人は夕飯を食べ終わった後、一人外に出ていた。

 空には綺麗な星が数え切れないほどの輝きで埋め尽くしているのだが、今はとても上を向く気にはなれない。

「…………くっ」

 剣を掴むと素振りを始める、何度も何度も剣を振り下ろすのだが、心がざわついていた。

 ロータスに先を越されたのが悔しい。

 彼の土人形(ゴーレム)よりも自分の相手の土人形(ゴーレム)の方が強いのは解っている、技量的には海人の方がずっと強い、おそらく戦えば海人の方が勝つだろう。

 しかし、それでも悔しくてたまらない。

(何が違う、ロータスと俺で一体何が……)

 一番の違いは、クロノの言う事を聞いた点だろう、むしろそれしか思いつかない。

 だが、海人は助言らしい助言を貰っていない、むしろ出てくるのは皮肉ばかりだ。

(いや……ロータスの時だって、アドバイスには聞こえなかった……もしかすると、既に俺にもアドバイスをくれたんじゃないのか?)

 ここ数日の記憶を呼び起こして、ヒントらしき物を探すが、どれもどうでもいい事ばかりでそれらしい物は無い。

(いや……俺が土人形(ゴーレム)に勝てないのは、俺が間違っているからかもしれない……俺はずっとどうやって戦って来た……そしてどうやって負けた?)

 A+という強力な力を持つ土人形(ゴーレム)に何とか勝とうと全力で剣を振い、打ち負け弾き飛ばされた。

 力が足りないとその度に嘆き、その度に力を欲す、その繰り返しだ。

(待てよ……?)

 ――力だけで押し切れると思ったら大間違いだぞ。

 確かシャーグを剣で打ち負かした時。

(……力?)

 ――力が全てだと思うな海人。

 そして今日、ロータスが土人形(ゴーレム)を倒した時。

 その瞬間海人の中で何かが繋がり、全てを理解したのだった。

「…………そうか、そう言う事だったんだ!」




************************************************************




 凛華は空き地を一人歩いていた。

 空には綺麗な星が数え切れないほどの輝きで埋め尽くしているのだが、今はとても見る気にはなれない。

「…………やっぱり分かんないなぁ」

 凛華は、蹲ったまま動かない土人形(ゴーレム)を見ている。

 弱点でも解らないだろうかと思ってやって来たのだが、やはりそんな物解らなかった。

(ロータス君があんなに頑張ったんだもん……私も負けてられない)

 彼があんなに頑張って土人形(ゴーレム)を倒したのだから、自分も頑張ろう、そう思っていた。

 しかし相手は耐魔B-、凛華が使っている魔法は完全に通用しない。

 何度『爆裂(エクスプロージョン)』を当てても土人形(ゴーレム)には利かなかった、威力が足りないのかと思って色々試行錯誤したが、全く駄目だった。

「はぁ……寒い、速く戻ろう」

 吐く息が白くなりもう冬になったのだと改めて実感した時、凛華は足を取られて転びそうになってしまった。

「わあっとっと…………砂利?」

 ずっと土だと思っていた空き地だが、どうやら土の直ぐ下には砂利の混じった層があるらしく、『爆裂(エクスプロージョン)』の爆風などでそれが地表にあらわになって来た様だ。

「……へぇ、私の魔法でこんな事になったんだ」

 異世界に来て使える様になった力、魔法はもっとおとぎ話の様な物だと思っていたのだが、意外にも本物は現実的で呪文を唱えるだけでは駄目らしい。

(あれ……私の魔法で?)

 凛華はある事を思い出して走って家へと戻る。

 急いで自室に戻ると、メモを取り出して何枚も紙をめくりその文字を確認していく。

「……魔法は科学……魔法と、魔法によって引き起こされた現象を司るのが、魔法使い」

 こんな風にメモを取っていたのに、全くコレを理解していなかった。

 クロノは大切な事をちゃんと教えてくれていたのだ。

「そっか、爆風だけが私の魔法じゃないんだ、魔法によって起こる全てが私の魔法なんだ!」

 凛華はある事を閃く、試す価値は十分ある作戦を思いついた。

「そっか……そう言う事だったのね!」




************************************************************




 翌日、修行場の空き地。

「……午前は座学の予定なのだがなぁ」

 海人と凛華は、クロノに頼み込んで本来の予定を曲げて土人形(ゴーレム)の元へとやって来た。

 シャーグとラナイ、そしてロータスが見守る中、真っ直ぐにクロノを見つめる。

 二人のその表情を見ると、クロノは小さく笑い杖を振るう。

「では始めよう」

 蹲っていた土人形(ゴーレム)が動き出し、それぞれ海人と凛華の前にやってくる。

 もう何度も見たこの姿、いい加減に終りにしたい。

「始め!」

 クロノの号令と同時に、真っ先に動いたのは凛華だった。

 杖を土人形(ゴーレム)に向け、山吹色の魔法陣を展開する。

「リンカどうするつもりなんだ、アレに魔法は利かないんだろう?」

「えっええ、リンカが使っている魔法は三型、それでは土人形(ゴーレム)は倒せません」

 しかし彼女にはその魔法しかない、他の魔法は使えない。

 自分から課題をやりたいと言うなど、よっぽどの自信がある様だ。

 そして魔法陣が一段と光った瞬間、光の球が射出された。

「『爆裂(エクスプロージョン)』!」

 込めた魔力も威力、そして射出したスピード、どれも申し分ない完璧と言える。

 しかし――着弾する前から解る、軌道が完全に外れていた。

「外れるぞ!」

「リンカ!」

 凛華は相手が避けない限り、今まで一度だって魔法を外した事が無かった。

 魔法は目標である土人形(ゴーレム)から大きく外れて、かなり手前に着弾してしまったのだ。

 爆発系の魔法は、高温の爆風によって攻撃する。音速で弾き飛ばされた空気が、ぶつかる事によってダメージを与えるのだ。

 爆風が当たらなければ意味などない、完全に不発。

 爆音と共に爆発が起こり、爆風が周囲へと拡散していく。

 やはり爆風は届かないのだが――。



 その瞬間、土人形(ゴーレム)の体が吹き飛んだ。



「なっ!」

 驚くシャーグ、ラナイ、ロータス、そして小さく笑みを浮かべるクロノ。

 何が起こったのかさっぱり分からない、ただ土人形(ゴーレム)の体に沢山の穴が開いていてまるで蜂の巣の様だ。

 穴だらけになった土人形(ゴーレム)は、そのまま崩れ落ちただの土塊へと戻った。

「一体、何が……」

「ふっ……驚いている暇などないぞ」

 クロノがそう言って海人の方を杖で差した、まだ驚いている四人がなんとかそちらを向くと、今まさに斬りかかろうとするその時だった。

「だあああああああ」

 素早く間合いを詰め、右から左にかけての横一線、全身全霊の力を振り絞って、剣を振るう。

 海人が間合いに入った瞬間、土人形(ゴーレム)は動き出しそれ以上のスピードと力で迎え撃った。

「ああああああああああ――っ!」

 放たれた一撃はぶつかり合った、刃と刃がかみ合い、力と力がぶつかる。

あれではいつもと変わらない、また海人が打ち負けてしまう。

「「カイト!」」

 また吹き飛ばされる、誰もがそう思ったその時――石の刃が海人の剣を滑る。

 石が削られる様な音を立てながら、土人形(ゴーレム)は海人を吹っ飛ばそうと剣を振り抜く。

 しかし――海人はその場にいて、剣を構え直していた。

「これでも、喰らえええええ!」

 土人形(ゴーレム)に構え直す暇など与えない、剣を振るって無防備になったその体へと、渾身の一撃を放つ。




 剣は土人形(ゴーレム)を突き刺した。




 刃は土の鎧を貫き完全に貫通し、土人形(ゴーレム)はまるでもがく様に手足を動かすと、そのまま崩れ落ち、ただの土塊へと還って行く。

 足元の土はもう動かない、本当にただの土で、それは海人の勝利を示している。

 そして、同じく土人形(ゴーレム)を倒した凛華の元へと行く。

「……やったな、凛華」

「……そっちもね、海人」

 二人は右手を出すと、それを打ち合せる。

 ハイタッチの良い音が、響いた。




************************************************************



「リンカ、良く、良くやりましたわ~~流石はワタクシの教え子!」

「カイト、良くやった、A+の土人形に勝つなんて、すごいじゃねぇか!」

 ラナイとシャーグは、それぞれ教え子を褒め称えた。

 アレほど勝てなかったのに、よく頑張った物だ、流石は勇者である。

「でっ……でも、どうやって倒したんですか」

 ロータスが申し訳なさそうに尋ねた、本当に一瞬で何がどうなったのか、よく分からない内に事は終わっていたのだ。

「それはもちろんワタクシの教え方が良い訳で――」

「そりゃあもちろん俺の教え方が良い訳だ――」

 誇らしげに、鼻を高くして偉そうに言うラナイとシャーグだったが、彼らの言葉を遮ったのはその教え子達だった。

「クロノさんのお陰ですよ」

「まぁあんたのお陰だな」

 クロノはこちらを見向きもしないが、二人は話を続ける。

「私が土人形(ゴーレム)を倒せたのは、これのお陰ですよ」

「……これは砂利?」

 足元の石を拾い上げた凛華、そんなもので攻撃した様には見えなかったのだが、一体それがどうしたというのだろうか。

「魔法の威力が足りないならそれを補えばいい……私は爆風ではなく、爆風で吹き飛んだこの砂利で土人形を倒したんです」

 爆発は、高温の空気つまり爆風が最も威力があるのだが、もう一つ爆風によって飛ばされた破片なども、音速で飛んでくるのだから人を殺めるのに十分な威力を持っている。

 手りゅう弾なども爆風ではなく、破片を周辺に飛散させることによってその殺傷能力を上げている。

 凛華の場合はそれが砂利に当たる。砂利と言ってもこの辺には拳大の石も沢山あり、土人形(ゴーレム)を倒すのに十分な威力を発揮したのだ。

「なるほど……魔法で飛ばされた石には魔力は無い、魔力への防御を示す耐魔が幾ら高くとも意味が無いという事ですね」

 魔力のない攻撃は全て耐久というステータスに分類される。

 つまり耐魔がいかに高かろうと、魔力のない攻撃の前では何の意味もないのだ。

「魔法は科学、魔法によって引き起こされた現象を司るのが魔法使い……ですよね、クロノさん」

 クロノは凛華に眼も合わせない、だが間違いは正す人なので、恐らくこれは図星なのだろう。

「俺は、強さは力だと思ってた、力が強ければなんだってできるって……でもそれは違う」

「違う……なぜだ?」

「力には力、違うそうじゃない……打ち負けるんだったら相手の剣を受け流しちまえばいいんだ」

 海人の力ではどう頑張っても土人形(ゴーレム)に力で勝てなかった、それでも真っ正面から斬りかかって、力に頼りすぎていたのだ。

 打ち負けるのならば受け流してしまえばいい、無防備になった懐へ改めて刃を突き立てれば、勝機は見出せる。

「力は全てじゃない、勝つには技術も必要……そうだろう、クロノさん」

「…………いいだろう、少しばかり時間がかかりすぎたが、ギリギリ及第点、二人とも課題は合格だ」

「やったぁ!」

「よっしゃ!」

 だがこの程度の土人形(ゴーレム)に勝ったくらいで喜ばれても困る、つすかさず喝を入れる。

「自惚れるな、この程度の土人形(ゴーレム)を倒せなければ破門にする所だったぞ」

「またまた、そんな事言ってクロノさん、さりげなくヒントはくれてましたよね?」

「けち臭いよなぁ、教えてくれるなら始めっから解りやすく教えてくれればいいのによ」

「……愚か者、それでは何の意味もない」

 クロノは海人と凛華、更にその後ろにいるシャーグとラナイ、そしてロータスへと言い放つ。

「始めから答えを貰った所で、それはお前達の力にはならぬ、己の力で掴んでこそ初めて自身の力になるのだ、強さとは答えを写すだけの宿題とは訳が違う、一人一人に闘い方があり、一人一人に合うやり方という物があるのだ、そしてそれを見付けられるのは自分自身であるという事を忘れるでないぞ」

 クロノが出来るのはあくまでも、それを見付ける為の手伝いに過ぎない。

 自分の闘い方や強さは、結局自分で見つけるしかないのである。

 だからクロノはあえて直接言わず、間接的にそれを示していたのだ。

 自らの強さを自らで見出せる様に――。

「クロノさん……俺は焦ってたみたいだ、あんたは正しい俺が間違っていた」

「カイト……」

「今の俺じゃ紅の魔人、ギルベルト=ヴィンツェンツには勝てない、こんな状態でエルゴンに行ったら、俺は殺されてた」

 動かず、自ら攻撃もしない土人形(ゴーレム)にアレほど手間取ったのだ、ギルベルトの様に強い魔人相手では、きっとまた手も足も出ずに殺されていただろう。

「今の俺に必要なのは、確実に奴を倒せる力だ……それを身に着ける修業なのに、焦って周りの声も景色も何も分からないんじゃ、意味が無い」

 海人は真っ直ぐ見る、そして確固たる意志を持って宣言した。

「俺は決めた、今はハルドラと山田を助ける為に力を付ける、強くなるまでヴェルハルガルドにもエルゴンにも行かない!」

 クロノは試す様に、あえて意地悪な笑みを浮かべて尋ねる。

「エルゴンを見捨てて良いのか? あの国にも沢山の人間がいるのだぞ」

「良い訳じゃない……でも今の俺が行っても結局何もできない、だったらもっと強くなった俺が行って助ける方がずっと良いはずだ……だから、今は行かない」

 クロノはその目に宿る強い意思を見届けて、意地悪などない、小さな笑みを浮かべた。

「海人、今のその強い意志忘れぬでないぞ、思いは強さなのだ」

「思いが?」

「強さ?」

「ベルカリュースは、強き思いを持つ者が願いを叶えられる世界、その意志さえ忘れなければ、お前の望みも叶うだろう」

 異世界ベルカリュースは強い意志、強い望みを持つ者に神の祝福が贈られる世界、例え弱くともその意志さえ持ち続けられれば、必ず願いが叶えられる。

 だからこの意志を、決して失くしてはならないのだ。

「ああ、安心してくれ俺こう見えて一度決めたら最後までやる派なんだ」

「つまり、物凄い頑固なのよ」

「んだとぉ、凛華は分からず屋の癖に!」

「なんですってぇ、この頭でっかち!」

 シャーグとラナイとロータスの制止も聞かずに、二人は互いのどうでもいい悪口を言って罵り合う。

 その光景を黙って見ていたクロノは小さく微笑んだ。

 所詮は何時もの事、犬も食わない痴話喧嘩に背を向けて歩き出した。


「どうやら、種は芽吹いた様だな」


 そしてそう誰にも聞こえない様に呟くのだった。

 

 



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