第二三話 不老不死をよこせ
PCがぶっ壊れてしまって更新できませんでした、スイマセン。
遅れた分をとりかえすつもりで更新します!
ギルベルトは、気が付いたら城の廊下に立っていた。
周りには誰もいない、人の匂いもしない。
「……アレ?」
長い廊下を歩いても一向に誰にも会わない、こんな事初めてだ、一体皆はどこに行ってしまったのだろう。
「ン……」
ふと振り返ると、随分離れた所に君子が立っていた。
さっきまでは気が付かなかったのに、ギルベルトは彼女の元へと向かう。
「キーコっ!」
いつもの様に抱きしめて頬を擦り寄せよう、そう思っていたのだが――。
振り返った君子の様子が可笑しい、おさげにしている黒髪の色がどんどん抜けていき、手や顔にはシワがやシミが刻まれて行く。
「きっ、キーコ!」
瞬きをする間もなく、君子はどんどん歳を取っていってしまう。
どれほど早く走ろうと思っても、老化はどんどん進んで行く。
「キーコぉぉぉっ!」
その手を掴もうと、ギルベルトが手を伸ばした。
シワだらけになったその手へ届きかけたその時――君子は真後ろへと倒れる。
そして白い花で満たされた棺へと収められてしまう。
「……止めろぉ」
蓋が閉められ、棺には土が被せられていく。
君子が埋められる、そんなの絶対に嫌だ。
急いで止めなければいけないのに、体が何か強い力に押さえつけられて動かない。
「止めろぉぉ、キーコを埋めるなあああああああっ!」
無力なギルベルトは、その光景をただ見ている事しか出来なかった。
眼を覚ますと、真っ暗な天蓋が見えた。
「……はっ、あぁ……」
ギルベルトはおぼろげな意識の中で、周囲を見渡す。
ここは自分の寝室、まだ夜なのか暗くてよく見えない。
「……ゆ、め?」
目尻には涙が溜まっていた、眼をこすってそれを拭うが、拭えない物がある。
「キーコぉ……」
この心の不安は消えるどころか増すばかり、さっきのは夢だったのだ、何もかも嘘の出来事なのだ――しかし、心臓が握り潰されるくらい不安で、怖い。
「……っ」
ギルベルトはベッドから起き上がると、明かりも付けずに部屋の外へと飛び出した。
向かったのは同じ四階の君子の部屋。
「…………」
恐る恐るドアノブに手をかけると、なるべく音を立てない様にドアを開けた。
明かりのついていない部屋は静まり返っている。
窓際の机と椅子、壁際には本棚と暖炉、そしてベッド。
天蓋のないダブルサイズのベッドに、ギルベルトは恐る恐る近づいた。
「…………」
そこには、寝息を立てて眠っている君子の姿がある。
眼鏡を外し黒髪のおさげを解いている彼女の手を、ギルベルトはそっと触れた。
すべすべの肌触りは少女の物、全部いつも通りの君子で老婆なんかではない。
「……キーコ」
ギルベルトはそれを見て、君子の手をしっかりと握りながら安堵のため息をついた。
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(ん……)
鳥のさえずりで、君子の意識は目覚めた。
まだまどろみの中で、ぼんやりと朝が来た事だけは分かる。
しかし、もうだいぶ冷え込む様になって来て、温かなお布団にいつまでも包まれたい。
君子は寝返りを打つと、もう一度この素敵なまどろみの中に意識を投じる。
(……んっ、なんかある)
寝返りをしたら何かに当たった、ここは君子のベッド他にはなにもないので、何かに当たるなんて変だ。
とは言え眼鏡がないと何も見えない、枕元に置いておいた眼鏡を手さぐりで探してかけると、その何かを見た。
そこには抜群にカッコ良い寝顔で眠る、ギルベルトの姿があった。
「あっ……ああ」
最近は慣れて来たと思っていたが、ギルベルトの顔は君子の顔のすぐ隣にある。
しかもここはベッドであり、二人は寝息が掛かるくらいの距離に密着していた。
それはもう、モブで脇役の小容量のキャパでは受け止めきれず、君子は出せるだけの悲鳴を上げた――。
「にゃんぎょおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
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帝都のとある施設のとある一室では、一人の男が書類とにらめっこをしていた。
「……変だ、可笑しい、奇怪だ」
短くも長くもなく何の特徴もない茶色の髪を切りそろえた、どこにでもいそうな普通の三〇代前半くらいの男。
中肉中背で、別に筋肉質な訳でもなくかといって太っている訳でもない。
ただどこにでもいそうな男で、唯一眼他人に印象を与えられそうなのは、両耳に付けられた一対の銅のピアスだけだった。
「ど~~したんスか、課長?」
眼の下に大きくて濃いクマが出来ている、八重歯が尖った魔人がそう聞いた。
「今、マグニからの今年度の報告書を見ている訳だ」
「うえっ、あの金を湯水のごとく使う暴力王子の領地じゃねえっスか! また大赤字でスか、毎年赤字記録更新っスね?」
ここはヴェルハルガルド国の全ての財政を管理する機関。
そしてこの二人はそこに勤める、言わば役人である。
年末が近くなると各領地各軍各公共施設から上げられてくる今年分の報告書をまとめ上げ、赤字を補てんして来年の予算を組む。
故に今年もあと一月少々で終わると言う時は、彼らが一番忙しい時期であり、ただでさえ多忙な彼等を痛めつけるのは、マグニの様な赤字財政の領地である。
大体は国が運営する団体などの収益でその赤字を補てんするのだが、マグニの場合はそうはいかない、いかんせん赤字が巨額過ぎて、複数の黒字財政領地の収益も導入してどうにかだましだましやっている。
その心労によってこの時期の彼等は、十数キロ痩せるとか痩せないとか言われている。
「それがな……ちょっと信じられないんだがな……」
「なんスか、まさか過去最高の赤字額とか?」
「いや、そうじゃないんだ」
「え~、じゃあまさか補てんも出来ないくらいの赤字とか?」
課長は部下の問いに首を振ると、正解を教えてやった。
「今年はマグニが黒字なんだ……」
それは大変に喜ばしい事だ。
役人としては黒字が増える事は嬉しいし、仕事が減るのはもっと嬉しい。
しかしそれ以上に、マグニの黒字は皆に衝撃を与えた――。
「まっマグニが黒字いいいい、うっ嘘だ、そんな事ある訳が無い!」
「……やっやっぱりそう思う?」
「あったりめぇっスよ課長! コレは何かの天変地異か陰謀ですよ! そうじゃなくちゃ説明がつかない!」
『空から槍が降ってくる~』と錯乱している部下から、目の前のマグニの報告書に視線を移すと、ぽつりと呟いた。
「何かあったのか? ギルベルト……」
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「もうっ、本っっ当に信じられない!」
君子はぷりぷりと怒りながらソファに座っていた。
しかしギルベルトの様子がこの所可笑しいのは事実で、時折何か考え事をしているのか黙っている事が多くなった。
「ギル、もう絶対に私のベッドに入らないでよね!」
「…………」
君子の言葉にもギルベルトは無言で返している、明らかにいつもと様子が違う。
「そう言えば、例の村の橋、今日から着工ですよ」
「よかったぁ、皆さんきっと便利になるでしょうね」
怒りなど何のその、和食が食べられるならば嬉しくて天にも昇ってしまいそうな勢いだ。
しかし怒りから急転して上機嫌になった君子とは違い、ギルベルトはどこか真剣そうな顔をしていた。
「おいキーコ」
「へっ、なに?」
いつになく声が真剣で、子供っぽさが無い。
ちょっと驚いた君子へギルベルトは、問う。
「お前、あと何年生きるんだ?」
質問の意味が良く解らない、ただコレは物凄く怒っているのかも知れない。
(えっ……つまりそれは、『あと何年生きるつもり何だよ? 今すぐ死ねよ』っていう事! 私ギルを怒らせる事した! でも勝手にベッドに入ってくるギルが悪い訳で……)
記憶をたどるが怒らせる要因が全く分からない、身に覚えがなく戸惑う君子。
「どーなんだよ、あと何年くらい生きられるんだ?」
生きられると言う事は、どうやら質問の意味が予想していた物と少し違う。
純粋に質問として聞いている様だ。
とはいえども、こればっかりは神のみぞ知る所であり、君子の知る所ではない。
(う~~ん、私食生活は気にしてたから大丈夫だと思うけど運動がなぁ……、平均寿命まで生きられるのかなぁ……でも還暦は超えたいし……う~~ん)
とりあえず希望としての年数を、やんわりと導きだした。
「……ごっ五〇年くらい……かな?」
と一応答えたが、一体コレに何の意味があるのだろうか、今までギルベルトがそんな事に興味を持った事はなかったし、ましてや聞いてくるなんて事は皆無だ。
「……そうか」
しかし肝心のギルベルトはそう短く返すと、急に立ち上がった。
「ヴィルム、出かけるぞ」
「えっ……?」
今日は外出の予定などない、だからそう言われてもヴィルムはどこに行くのか全く分からなかった。
「少し、空けるぞ」
「へっ?」
ギルベルトはそう言うと、戸惑うヴィルムも吃驚している君子も無視して、すたすたと部屋を後にする。
仕方なくヴィルムが彼の後を追うが、一体何を考えているのか分からない。
彼が分からないのだから君子に分かるはず無い、部屋にただ一人君子だけが残された。
「ぎっギル……?」
一体彼に何があったのかなど、君子は知る由もないのである。
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「ギルベルト様、一体どちらへ行かれるのですか!」
突然出かけると言ってワイバーンに乗って、ひたすら西へと進んでいる。
何がどうしたのか分からないヴィルムは、せめて場所だけでも尋ねる。
するとギルベルトは、ただ素っ気なく、一言だけ返した。
「帝都」
それはこの国の首都と言う事になる。
ここからワイバーンを使っても丸一日は掛かってしまう。
なぜそんな遠出を突然するのか、ヴィルムが幾ら問うても、教えてはくれなかった――。
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ヴェルハルガルド国 帝都ガルヴェス。
この国の中枢全てが集まる首都は、巨大な平地を丸ごと都にした要塞都市である。
しかしそんな街でも都、城壁を通り抜ければそこには煌びやかな街並みが広がっている。
眼がくらむような高さの巨大建造物に、一面大理石と貴重な一枚ガラスを使った建造物。
ここは魔法と共に発展して来た魔導という、日本で言う科学にも似た物が発展していて、油もガスも要らない街灯や、高層階に行く為の昇降機なども存在する。
更に空を無数にワイバーンが跳び回り、地上はワイバーン種の翼が退化したオルムと言う、竜が乗り物として人を運んだり、荷馬車を引いたりしていた。
「ギルベルト様、いったいなぜ帝都に?」
「……降りるぞ、ヴィルム」
帝都の空を無数に飛ぶワイバーンの群れを避けながら、帝都中心部で地上へと降りた。
ここは城と政府主要施設が集まる中枢、許可なく上空を飛行する事は許されない。
徒歩で行くしかないのだが、此処でワイバーンを降りると言う事は城か主要施設に行くと言う事で、ますますヴィルムはどこに行くか見当もつかない。
ワイバーンを専用の場所に繋ぐと、ギルベルトはどこへともなく歩き出した。
ヴィルムに出来るのは、彼が何か騒動を起こさない様にその後を追う事だけ。
「ギルベルトぉ~~~~っ!」
と、突然大声が、お役人が集まるお堅い街に響き渡った。
振り返ると、コレと言った特徴のない茶髪の男性課長がこちらへと走って来る。
しかし目の前まで来る頃には彼の体力は限界で、すっかり息が上がって会話できる状態ではない。
ギルベルトはそれを無視して先に進むと、まるで死にかけの男性課長が両肩を掴んでホールドする。
「ギルベルトぉ、お前は一体何を企んでるんだぁ!」
開口一番何を言っているのか分からない、興奮していて唾が飛んで気持ち悪い。
あまりに要領を得ないので、ヴィルムが口を開く。
「ロベルト様お久しぶりでございます」
「ヴィルム、お前がいながらなんでこいつの暴走を止められなかったんだよぉ! ギルベルト一体何を企んでいるんだ、今なら俺の力でもみ消してやるから! 正直に話せ、なっなぁっ?」
「……もみ消すのは色々とまずいのでは?」
何か勘違いしている様だが、興奮していて話をまともに聞ける状態ではない。
するといい加減鬱陶しくなったギルベルトが、彼を叩いた。
「きたねぇんだよ」
「うごびゅっ!」
軽くとは言えAランクのギルベルトの力は強く、胸を叩かれた男はせき込みながら蹲る。
苦しさから涙を浮かべながら、ひねり出す様に言った。
「おっおまっ……おまぇ、かっ仮にも、兄に対する態度かぁ……」
ロベルト=アーゲルド・ヴェルハルガルド。
魔王帝の子息であり、ギルベルトとは腹違いの兄に当たる。
この国の王子のほとんどが、どこかの領主になるか軍を率いるにも関わらず、自ら進んで役人になった変わり者で、王子の癖に恐ろしく印象のない男として評判であった。
「大体俺はお前のお目付役なんだぞ……もっとお兄様を敬ったらどうなんだよ」
「うっせぇんだよ、クソ兄」
「クソって、頼むからその口の悪さは治してくれよぉ、お目付役の俺の責任になるんだぞ!」
「……それでロベルト様、一体どうなさったのですか?」
この掛け合いはいつもの事なので、ヴィルムは特に気にせず本題を切り出す。
ロベルトの興奮もどうにか収まって、ようやく話が出来る様になった。
「マグニの報告書だよ、万年赤字のお前がどうやったら黒字になるんだよ!」
ヴィルムは、あぁと納得した。
今年は君子のお陰でギルベルトの破壊行動は激減して、マグニは与えられた予算内でこの一年をやり過ごせたのである。
毎年大幅な予算オーバーをしていたので、予算内で収められた事は本来喜ぶべきだが、そうは思わせないほどマグニは赤字続きだったのだ。
「ロベルト様、今年は本当に予算内で収まったのです」
「うそだぁ! 大体コレ、橋を新設って……橋の修復の間違いだろう! あれほど人様に迷惑をかけるなって言ったのにぃ、橋までぶっ壊したのかお前はぁ!」
今まで報告書には全て修繕費としか書いた事が無かった。
新設という言葉に、さぞ驚いた事だろう。
「うっせぇ」
「ぐべぇ!」
耳元で喚くロベルトに膝蹴りを食らわせる、腹を抱えて蹲る彼にヴィルムが介抱と説明をする。
「何と説明すればいいのか……ギルベルト様は変わられつつあるのです、その兆候がこれだと思って下さい」
「……本当、なのか? 横領とかじゃないのか?」
「ギルベルト様に横領など出来ません」
ロベルトは確かにと頷いて、ようやくこの数字が本物だと信じてくれた。
「……てっ、ギルベルトお前ピアスどうしたんだよぉ!」
ロベルトは、彼の右耳のピアスが無い事に今更気が付いた。
「ちょっとお前っ、えっ嘘えっ……お前そんな人が出来たの?」
なるほど、だから大人しくなったのかと納得するロベルト、しかしそのニヤついた顔がどこかムカつくので、ギルベルトは睨みつけて黙らせる。
恐怖を感じた彼は、話題を変えるため、ふと疑問を口にした。
「そっそう言えばギルベルト、なんで帝都に来たんだよ、身内の晩餐会も来ないのに……何の用なんだ?」
「そうです、なぜ帝都に来たのか教えて下さい、ギルベルト様」
あまりに突然の帝都訪問、いい加減理由を聞かなければこちらも納得出来ない。
行動の真意がまるでわからないギルベルトに、二人はそう問うた。
そしてそんな二人に向かって、彼は平然と答える。
「親父んとこ」
親父、それはつまり父親。そしてギルベルトの父親は一人しかいない。
それはこの国を治める、魔王帝である。
ロベルトとヴィルムは意外すぎる人物の名に、悲鳴が混じった大声を上げて驚いた。
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帝都 ガルド城。
ヴェルハルガルドで最も巨大で崇高な城。
貴重な黒稀鉱をふんだんに使い、建築学の粋を結集し堅牢ながらもしなやかな耐久性を実現させた。
更に外装内装双方共に、一欠けらの妥協もない彫刻が施されていて、それは最早見る者を魅了する一個の芸術。
ドワーフ族の技術の粋を集めた、ヴェルハルガルド最古であり最上の城、それがこのガルド城である。
そしてその最奥、長い廊下の先にある部屋こそ、この国の中心――玉座の間だ。
「困りますな殿下、幾ら貴方の父上といえども相手は陛下で御座います、何のお伺いも立てずにこの様な訪問は、無作法と言う物でございます」
そう苦言を呈したのは、大扉の前に立つ尖った耳を持つ中老の男。
白髪の目立つブロンドの長髪を束ね、白髭を美しく上品に蓄えた、紳士風の魔人。
しかし彼の物腰には一切の隙は無く、その藍色の眼には静かながらも、相手の命を奪うに十分すぎる覇気が混じっていた。
それも当然だろう、彼こそは魔王帝の側近中の側近でありこの国に三人しかいない猛将が一人――。
魔王将ネフェルア・ダンテ・フェルナデール。
ヴェルハルガルド建国時から、魔王帝に仕える古参の一人。
この国に数多いる猛者共の三本指の一人に数えられし強者。
「……もっ、申し訳御座いません、フェルナデール魔王将様」
ヴィルムは片膝をつくと深々と頭を下げた。
その顔にはいつものクールな表情は無く、冷や汗と焦りが浮かべられている。
五〇〇年近く生きた彼でさえ、この目の前のネフェルアに比べれば子供に過ぎない、何よりも実力が違いすぎる、ただ見つめられただけで全てを見透かされている様だ。
「ご理解いただけましたら、また後日出直して下さいませ」
ネフェルアはそう言って、金と銀の装飾が施された玉座の間へ戻ろうとしたのだが――それを止めたのは、部屋の中から発せられた言葉だった。
「よいぞ、ネフェルア」
近いのか遠いのか、いまいち距離感のつかめない声だった。
しかしそれは間違えなく、玉座の間から発せられた言葉であり、その声は中にいる御方のもの。
ネフェルアは、先ほどとは打って変わりすんなりと二人を部屋の中へと通す。
扉の向こうは、建物の中とは思えないほど広大な空間が広がっていた。
眼がくらむような高さの天井、どこまでも続いていそうな黒大理石の床。
そしてそこに広げられた最上質の赤い絨毯は、中心に置かれた玉座へと続いていた。
「ギルベルトぉ、久しいではないかぁ」
歳は五〇過ぎほどであろうか、深淵の闇を絞ったかの様に黒い髪に頭から生える二対の黒角、夜を照らす様な紅い双眼、そして整えられた黒い髭を顎に蓄えていた。
尖った耳には一対の黒稀鉱のピアス。服は黒を基調として、赤の縁取りと金糸の刺繍に純金のボタンが施されており、着た者の身分の高さを象徴している様だ。
しかし何よりも相対した者を圧倒するのは、その大きさ。
玉座にいるのは、一〇メートルはあろうかという大男だった。
「儂に会いに来るなど珍しいではないか……父が恋しくなったかぁ?」
魔王帝の言葉に笑うのは、彼の膝やかなり出っ張った腹に座る美女達である。
魔人、人間、獣人、種族など関係無く、彼は自らの周囲にきわどい恰好をした女性を侍らせていた。
「うっせぇクソジジイ、ンな事ある訳ねぇだろう」
「グハハハハハハッ、相変わらず変わらんなぁ餓鬼めぇ、威勢だけは褒めてやるわ」
親子とは言えその様な口のきき方など許される訳が無いのだが、それを咎めるほど器は小さくない。
魔王帝はヴィルムを見ると、うっすらを頬笑みを浮かべながら口を開く。
「ヴィルム貴様も大変だろう、こんなアホゥの相手など……」
「はっ、勿体なきお言葉で御座います」
ヴィルムは頭を深々と下げて平伏していた、ネフェルアの時以上の緊張と冷や汗をかきながら――。
(会うのは二度目だが、やはり……すさまじい覇気だ)
魔王帝ベネディクト=ガザエル・ヴェルハルガルド。
大国ヴェルハルガルドを治める王であり、この世界ベルカリュースでも最古の存在。
そしてこの世界最強の一角である。
「……ン? ギルベルトその腰の剣を見せてみよ」
ギルベルトは舌打ちをしながら、グラムを鞘ごと引き抜くと、乱暴にも父親に向かって投げつけた。
しかしベネディクトはそれをいともたやすく受け止めると、柄をつまんで引き抜く。
一四〇センチというバカでかい剣も、彼が持つとナイフほどの大きさになってしまう。
「ほぉ……コレは見事、この儂でさえもこの様に見事な剣は初めて見るぞ」
グラムは、異邦人の君子が造った北欧神話の剣、異世界に存在する訳が無い。
禍々しくも美しいグラムは誰もを魅了する力がある、例えそれが魔王帝であっても。
「コレを儂によこせ、お前には代わりを当てがえてやるぞ」
「ふざけんなそいつは俺ンだ、とっとと返せクソジジイ」
グラムには既にギルベルトの刻印が刻まれている、無理矢理奪う事も出来るが、魔王帝は名残惜しそうに剣を投げ返した。
「お前達、もう良い下がれ」
侍らせていた女性達にそう言うと、彼女達は名残惜しそうにその巨大な玉座から降りると、そのまま部屋を後にした。
残ったのはベネディクトとギルベルト、そしてネフェルアとヴィルムの四人だけだ。
「ギルベルトぉ、あの小生意気な半獣人の娘に随分な事をした様ではないかぁ、わざわざ儂が貴様に見合う位の女をくれてやったと言うのに」
やはり問題になったかと、ヴィルムは思った。
あの一件、帝都にはギルベルトに対する不敬と言う事で報告したが、相手は有数の貴族、貴族や政界にも味方は多いだろう。
ここはこちらの正当性を訴え、相手をけん制しなければなるまい。
しかしヴィルムが口を開く前に、ギルベルトが言い放つ。
「いるか、あんなくせぇブス」
仮にも名家の貴族、その様に言うのはこちらの立場も悪くなる。
ヴィルムは酷いめまいに襲われた。コレはもう言い訳なんて出来ない。
「グハハハハ、腹の底が腐った女は性に合わぬか!」
怒るかと思ったがベネディクトは豪快に笑う、一体何が面白いのかヴィルムは理解できず、ただ彼を見上げる事しか出来なかった。
「あの家が、隣国ドレファスと繋がっているのは知っているか? あの国は一応盟約を結んでいる物の、実際はこの国を裏から支配したいと思っている蝙蝠の様に油断ならぬ国でなぁ、儂もかなり昔から目障りだったのだ」
獣人国家ドレファス。
フォルガンデス家の出自は、ある獣人国家から追放され、ヴェルハルガルドに客将して招かれた事に由来する。
始めはその国家を由来とするドレファスを倦厭していたフォルガンデス家であったが、徐々に癒着し近年完全に共謀する関係になった。
「わざわざ一人娘を婚約者にと言って来たのは、実際はドレファスの息が掛かった者を王族の中に紛れ込ませたかったのだろう……まぁあの小娘にそんな気があったかは知らぬが」
そこまで解っていてなぜわざわざフォルガンデス家を野放しにしたのだろうか、ましてやギルベルトの婚約者などと言う、相手の術中に嵌る様な真似をした真意が解らない。
「なあに貴様の事だ、結婚しても大人しくなる様な事はあるまい、貴様なら何か大きな問題を起こすと思ったのだ、そうすればドレファスも盟約を反故にして動くと踏んだのだが……、思った物とは随分違う結果になってしまった」
本来ならギルベルトとカルミナが結婚し、カルミナを通じてドレファスが王族にちょっかいを出して来る、その時凶暴なギルベルトが何らかの形で問題を起こせば、ドレファス側が先に動き、あくまでもヴェルハルガルドはそれに応戦する形となる。
誓約でない盟約は所詮約束事、反故にする事も可能だ、それが反故にする事を前提として造られた盟約なら尚の事。
しかし問題はそれを破る順番、約束を破るのはいつだって先に動いた方が悪いのだ。
だがギルベルトは婚約をする前に、カルミナに怪我を負わせた。
婚約してドレファスが動いた後ならば、火種は大きく、大火になる可能性があったのだが、実際におこったのはあまりにも小さい火、これでは思惑通りには運ばない。
「しっしかしおそれながら陛下、その様な回りくどい事をせずとも、我が国の国力を持ってすれば、ドレファスを落とす事など容易いのでは……?」
ヴィルムは恐る恐るその様に尋ねた。
わざわざフォルガンデス家やギルベルトを使わなくとも、この国にはドレファスを正面から落とすだけの兵力がある、始めから破るつもりで造った盟約など無視して、正面から動けばよかったのだ。
ベネディクトはその顔に悪童の様な笑みを浮かべると、当然の様に答えた。
「それでは面白くないではないか」
面白くない。そうわざわざ謀り事をしている相手を、力でねじ伏せるのはつまらない、そう言っているのである。
もちろんそれが面白い時もある、しかし今はそう言う気分ではないのだ。
謀り事にはより一層の謀り事で迎え撃つ、今のベネディクトはそう言う気分だった。
「よいかヴィルムよ、貴様も一将としての活躍をと思うているのならば覚えておけ、相手には相手によっての潰し方がある、それを見極め最高に面白くいたぶって潰すのが、将としての役割よ」
ヴィルムには到底考えられない事だ。
しかし魔王帝ベネディクトは、ヴィルムでさえ足元に及ばないくらいの時を生きた存在。
その経験の違いが、させる事なのだろう。
「フォルガンデスは一家一族共々国外追放にしてやった、お前の言うとおり不敬罪でな」
あくまでもドレファスとの内通ではなく、ギルベルトに対する不敬罪。
ヴェルハルガルド国内の内通者がいなくなったドレファスが、今後どのように動くかは解らないが、おそらく功を焦り何か動くだろう。
予想とは大幅に変わったが、結果としてベネディクトの思惑通りに事は運んだ。
「どうだっていい、あんな奴」
「グハハハハっ、貴様はやはり謀り事とは無縁よのぉ」
そう豪快に笑う魔王帝、なにはともあれカルミナの件で咎められる事はなそうだ。
ヴィルムはほっと胸を撫で下ろしたのだが――。
「それで、勝手に誓約を結んで来たそうだなぁ」
そうだそれもあった、再び冷や汗が出て来た。色々と問題が山積みで困った物だ。
「陛下、こちらがその誓約で御座います」
ネフェルアは、そう言って魔力で造られた羊皮紙をどこからともなく取り出すと、それが一瞬で消えていつの間にかベネディクトの手の中にあった。
「……何だ封を切っておらぬのか」
綺麗な封蝋を見てそう言った。
開封した物を渡して問題になっては大変なので、そのまま帝都へと送ったのだ。
巨大なベネディクトは小さすぎるその書の封を切ると、眼を通し始めた。
「ハルドラの魔法使いとの誓約で、人間二名の解放とハルドラへの入国禁止を約した物で御座います」
「…………その魔法使い、どの様な者だった?」
「はっ……外見は子供の様に見えましたが、あの物腰はそうは思えません、どこか得体のしれない魔法使いで、見た事もない高度な魔法を使っておりました」
「…………そうか、ヴィルム貴様この中身を見たか?」
「……? いいえ、まず陛下にお見せすべきと思い、私は見ておりません」
そうか、と短く答えると、羊皮紙を再び丸めネフェルアに返した。
「ならばこの書は儂が預かろう、誓約を結んだ事も不問に帰す」
「はっ、寛大なご処置、誠に有り難う御座います」
下手をしたら軍規違反になると思っていたが、ギルベルト一人がハルドラに入国できないくらい、軍には大した打撃にはならないのだろう、
一先ず、これで全ての問題の咎めは無かった、何はともあれ良かった。
「ンな事どうでもいい、とっとと話をさせろ」
そうだ、ギルベルトはこんな話をする為に城へとやって来た訳ではない。
ヴィルムも、なぜ彼がここに来たのかという理由をまだ知らない。
正直色々な問題が丸く収まったので、これ以上新たな火種を造る前に帰りたいのだが――彼にはそんなヴィルムの心持など関係無い。
「なんだ貴様、儂にこの件の許しを請いに来たのではなかったのかぁ?」
「ンなもん、俺は始めから悪くねぇ、なんで謝らねぇといけねぇンだ」
「ギっギルベルト様……」
その態度と口の聞き方は止めて欲しい、ギルベルトは本当に危機感が無くて困る。
「ならば何の用だ、マグニに送ってやってからろくに便りもよこさなかった貴様が、わざわざこの儂に、何の話をしたいと言うのだぁ?」
どこかこの状況を楽しむ様に、ベネディクトはそう息子に言う。
長命の余裕故に、何もかも達観していた彼に告げらられた言葉は、予想もしていなかった言葉だった――。
「不老不死をよこせ」
「……なっ?」
ヴィルムはその質問に、ただただ戸惑った。
一体それはどういう意味なのかと――、固まるヴィルムに代わり、片眉をひそめたベネディクトが口を開く。
「……貴様には一〇〇〇年を優に超える寿命があるではないか、それにも関わらず、永久の命を求めると言うのかぁ?」
「俺じゃねぇ」
その言葉を聞いてはっとした、ギルベルトが自ら不老不死を求める様な性格をしているとは思えない。
魔人の寿命は一〇〇〇年以上、ましては一七〇歳というまだ若いギルベルトには不老不死などという物は必要ない。
だが、彼の身近に一人、圧倒的に寿命が短い種族がいた。
「異邦人を、不老不死にする方法を教えろ」
異邦人大和は言った。
君子はあっという間に成長し、ギルベルトを追い越して死んでいくだろうと。
彼もたった一〇〇年しか生きていないのに死んだ。
そして君子もまた、あと数一〇年もしない内に死んでしまう、瞬く様な速さで――。
「………異邦人をぉ?」
ベネディクトの片眉がわずかながらに動いたのを、見逃さなかった。
このベルカリュースでも、不老不死と言う物は生きとし生けるものの憧れであり、いかなる技もこれに辿り着く事は出来ない。
「貴様ぁ……なぜそんな事儂に聞く?」
その辺の学者やら賢人に尋ねた方が良さそうな事を、なぜ魔王帝であるベネディクトに聞くのか、その訳が解らない。
「……勘だ」
しかしギルベルトは、そう短く答えた。
そう何の根拠も確証もない、ただ、ベネディクトなら知っていそうだと思い、彼はここに来たのである。
ただ君子を不老不死にする、その事だけを考えて――。
「グアハハハハハハハハハッ、ア――――ハッハッハハハハ」
ベネディクトは笑う、その声はとても大きな声でこの広大な玉座の間全体に響き渡り、ガルド城を揺さぶった。
豪快な笑いはしばらく続き、強大な王はにまりと笑いながら小さな息子を見下ろす。
「ギルベルトぉ、貴様は我が子等の中で最も馬鹿だなぁ」
「ンだとぉ――」
真剣に問うているのに、罵られて怒るギルベルト。
しかし言い返そうとした彼の言葉は遮られた。
「だがぁ……その鼻は飢えた鮫の様に鋭いのぉ」
「あン?」
睨み返すギルベルトを小さく鼻で笑うと、ベネディクトは口を開いた。
「あるぞ、異邦人を不老不死にする方法が」
その答えには、ヴィルムもただ驚くしかなかった。
そんな方法が存在するなど、考えられない、世界の理が崩れてしまう。
「本当か……本当に死なねぇのか」
「少なくとも不老には出来るなぁ、殺されるまで死なぬ」
「教えろ、その方法!」
真剣な眼で見上げるギルベルト、しかしベネディクトは鼻で小さく笑った。
「その右耳のピアス……さてはその異邦人に贈ったのだな」
二対あったはずの金のピアス、しかし今は右耳のピアスが一つ無い。
突然不老不死の法を求めてくれば、誰だってその異邦人に好意を持っているというのは解るだろう。
「……どうだっていいだろう、ンな事」
「グハハッ確かにどうでも良いなぁ……教えてやっても良いが、タダでは教えられぬ」
「あン?」
「我が国が、西の大国、南西の列強共、そして東のハルドラと戦争をしているのは知っているか?」
ヴェルハルガルドは、現在複数の国と戦争状態にある。
どれも魔王達が軍を率いて攻めており、差はあれどどれもこちらが有利に進んでいた。
「だからなんだってンだ」
「ギルベルトぉ、儂はこのベルカリュースにはたった一つの国にたった一人の王が入れは十分事足りると思うのだ」
ベルカリュースに存在する複数の国々、そしてそれを収める王達。
それらは全て要らない、たった一国にたった一人の王がいればそれでいい。
つまり、この世界は一人の王が、一つの国で治めれば良いと言う事――。
「儂はこの世界全てを手に入れヴェルハルガルド一国にし、この地に生ける者を全て魔人にしたい、その為に数多の国を攻め落として来た……そんな儂に頼み事があるのならば、儂を喜ばせてみろ」
ベネディクトは、その顔に禍々しい笑みを浮かべながら続けた。
「一国、滅ぼしてみせよ」
「……そっ、それは一体」
「兵は貸し与える、選りすぐりのならず者共をくれてやろう……貴様はそれを率いて一国ぶんどって来い、それが出来た暁には貴様に不老不死の方法を教えてやろう」
兵を率いる、それではまるで将軍だ。
ギルベルトが兵を率いて国を攻める、あの暴力王子と罵られていた彼が――。
「国でも何でもくれてやる……だからぜってぇ不老不死を教えろよな」
「もちろんだ」
「…………じゃあ、誓約をしろ」
神の名の元に誓う最上級の取り決め、本来は国家間の同盟などで行われる物、それを親子、まして一国の王と軽々しく結ぶなど聞いた事など無い。
「……チッ、余計な事を覚えて来た物だ」
誓約を結ばなければ、魔王帝であるベネディクトならば立場を使って約束を反故にする事だって出来るし、なんだかんだ言いくるめる事も出来る。
だが誓約をしてしまった場合、例えどんな事があっても必ず教えなければならない。
「良い、我が創造神の名の元に誓ってやろう」
ベネディクトは、少し嫌そうに誓約に同意した。
そして改めて息子に向かって、禍々しい笑みを浮かべる。
「せいぜい儂の為に働くがいい、我が息子ギルベルトよ」
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「ギルベルト」
ロベルトは玉座の間から出てきた弟を、城の回廊で出迎えた。
「ロベルト様、なぜ玉座の間に行かれなかったのですか?」
「えっ……いやだって、俺軍属じゃないし……父上の期待に応えられてないから、ちょっと……さ」
「……ロベルト様にはロベルト様の良さがあります、年末の貴方の働きぶりは、陛下も他の御兄弟達も良くご存じのはずです」
「そっそうかな? そうだといいな……うん」
ロベルトはそう言って納得するも、その表情の笑みは薄くどこか影があった。
「それでギルベルト、父上には何も言われなかったか? 怒られなかったか?」
「とりあえず、諸々の問題は片付きましたが…………実は」
ヴィルムは声を潜め、耳打ちするのだが――。
「ええええええぇぇ! ギルベルトが国を攻めるぅぅぅぅ」
あまりの衝撃故、ロベルトが大声で復唱してしまい、その意味は無くなった。
だが軍を率いると言う事はつまり将、このヴェルハルガルドでは、魔王でなくも将になると言う事はとても名誉な事だった。
「ぎっギルゥゥゥゥゥ、良かったなぁ! ほんっと~~~によがっだなぁ!」
喜びのあまり泣き出すロベルト、お目付役として何度も涙を流して来たが、嬉し泣きはコレが初めての事だった。
こんなに嬉しい日は無いと、泣いて喜ぶのだが――ギルベルトはそんな彼になど全く興味がない。
「汚ねぇンだよ」
鼻水をたらすロベルトを突き飛ばすと、そのままどこかへと歩き出した。
「ギルベルト様、どちらに?」
感激する兄、それも自分の恩人の様な人を無視してどこに行くのかと思ったら、返って来たのは、短い言葉だけだった。
「帰る」
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マグニ城。
「ギルっ、おかえりなさい」
すっかり日も沈んでしまったので、今日も帰って来ないのかと思ったが、ギルベルトとヴィルムは二日ぶりに帰って来た。
君子はスラりんと共に、その出迎える。
「ギル……あのごっご飯食べちゃった?」
その質問はいつもと少し違い、よそよそしい。
意味は解らないが、急いで帰って来たので、まだ夕食は食べていない。
「ほんとっ! じゃあ、早くご飯にしよう!」
君子は微笑むと部屋へと先導する。
いつもと様子が違うので、なんだか変な気分だがギルベルトはテーブルにつく。
「今日のメニューは特別だよ!」
既に夕食を済ませてしまった君子は、ギルベルトの隣に立つと彼になぜかエプロンを付けさせる。
「なんだ……コレ?」
「今日の晩御飯ははねるから、お洋服が汚れない様にやるんだよ」
はねる? と首を傾げているとアンネが丸蓋で覆われたお皿を持って来た。
じゅうじゅうと音がしていて、いつもとは全く違う。
不思議そうにそれを見るギルベルト、すると君子が蓋を開けた。
「じゃ~ん、ハンバーグです!」
蓋を取った瞬間、肉が焼ける美味しそうな匂いが香る。
木製の枠の上には、熱々の鉄板がありハンバーグはじゅうじゅうと音を立てながら、そこに鎮座していた。
「はんばぁぐ?」
このベルカリュースにはハンバーグが無いらしい。
君子も驚いたのだが、是非造ってみたいというベアッグの要望もありやってみた。
鉄板は『複製』で造り、熱々の状態をキープしてみた。
「お肉をミンチにして、卵とかいろいろ混ぜて小判形にした料理だよ、私の故郷だとみ~んな大好きなんだ」
あえて玉ねぎと言う単語は伏せた、野菜嫌いのギルベルトでは食べなくなるかも知れないので、とにかくデミグラスソースをかけた。
すると鉄板が激しく音を立て、ソースが溶岩の様にぐつぐつと音を立てて跳ねる。
これには冷静なヴィルムも驚き、ギルベルトは驚きながらもワクワクする。
ある程度して、ソースのダンスは収まった。
ギルベルトは恐る恐るナイフを入れた、ステーキとは違い柔らかい、しかも肉汁が溢れて出てきてデミグラスソースと絡まり、一段と美味しそうな香りが広がった。
そしてたまらずそれを口へと運んだ。
「――――っ!」
口の中に衝撃が広がった、ステーキとは違い柔らかな食感、しかしそれでいて肉のうまみと玉ねぎのほのかな甘さがしっかりとして、デミグラスソースがそれらをしっかりと包み込んでいる。
しかもいつもの食事と全く違うのは、熱々で物凄く旨い。
「うめぇ……うめぇぞ、キーコ!」
気に入ったギルベルトは、ハンバーグを食べる手が止まらない。
君子はそれを見て安心した様に微笑んだ。
「えへへっ、ギル元気になったんだね」
「あン?」
「ギル最近元気なかったから……美味しいもの食べたら元気でるかなって思ったんだ」
この頃様子が可笑しいギルベルトを君子も心配していた。
だから彼が好きそうな料理を造れば、少しはいつもの元気を取り戻してくれると思って、ハンバーグを提案したのだ。
「……俺の、ため?」
ギルベルトはハンバーグと君子を交互に見つめると、隣に立っていた彼女を抱き寄せ、お腹に顔をうずめた。
「ぎっギルっ、どっどうしたのぉ!」
お腹周りは色々と肉が付いているので止めて欲しいのだが、ギルベルトは君子に抱きついたまま、離さない。
「キーコ……俺、頑張る」
君子にはその言葉の意味は解らなかった、何をするのかも何を頑張るのかも。
ただギルベルトが元気になってくれたので、それが嬉しくて笑顔を浮かべて激励する。
「うん、頑張ってねギル!」
自らが言ったその言葉が、どんな結果をもたらすかもなど、彼女は知る由もなかった。
ただ何も知らずに、ギルベルトへと微笑んだ。
そして彼が軍を率いて隣国に侵攻したのは、それから数日後の事だった。
久しぶりの更新なのに、新キャラ色々出てきてスイマセン。
そしてPV30,000アクセス超えました、めっちゃうれしいです、これからもがんばって更新します!




