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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界召喚編
18/100

第一七話 誓約だ


 突然の来訪者に、その場は騒然として居た。

 特にラナイはその姿を見てとても驚いた様子だ。

「師匠、なぜ……」

 ハルデから出られないはずの彼がここに居る、驚愕していると、足から脹脛の辺りまで透けていて、向こう側の景色が見える事に気がついた。

「思念体……」

 高度な魔法で、クロノがこれを使える事も知っていたが、なぜ思念体としてここに居るのか、その理由が解らない。

「おおラナイ……久しぶりに顔を見たと思えば、まるで捨て猫の様ではないか」

「なっ……なんですの突然来てその言い草はぁ! っいたた……」

 腹部を抑えるラナイを無視して、クロノはギルベルトの元へと歩く。

 彼の横には、黒い球体が宙に浮いている。

 それに眼を取られていると、クロノの後を追う様に長髪の魔人がやって来た。

 着用しているのは、ヴェルハルガルドの物と思われる軍服。

 まさかまだ魔人が居るなんて、ラナイは彼を見た。




 ヴィルム=ヘルマン・フレイ

 特殊技能 『思案者』 ランク4

 職種 軍人

 攻撃 A- 耐久 B 魔力 B+ 幸運 B-

 総合技量 A




「Aランク! そんな……まだ強力な敵が残っていたなんて……」

 Aランクが二人も居るなど、常識的には考えられない事だ。

 この状況にこの強敵、ラナイの師であるクロノが彼の強さを理解していない訳がない。

(師匠は一体、何を考えているの……)

 それに先ほど言った取引、とは一体――。

 ラナイの事など見えていない様に、クロノ達は話し始めた。





『ギルベルト様申し訳ありません、この魔法使いにキーコを奪われました』

 ヴィルムはクロノを警戒して、念話で話しかけた。

 敵と思われる人間の子供二人を殺そうとしているギルベルト、よほど怒っているのかその覇気がビリビリと伝わってくる。

『それで、キーコは』

『はっ……あの黒い球体の中に、しかし中には得体のしれない敵がおります』

 あの黒い人型についての説明をヴィルムがしようとした時、二人の念話に第三者が介入して来た。

『二人で随分楽しそうにしておるな、ワシも混ぜて貰おうか?』

 脳内にクロノの声が響く。

 念話への介入は不可能ではない、ただ物凄く高度な技術が必要になるだけで有る。

(この魔法使い、一体どれほどの力を持っていると言うのだ……)

『念話で話しても良いぞ、口を動かさないから楽だ』

 明らかにこちらをからかって楽しんでいる。

 フードの奥で笑って居るのが見えなくとも解る、念話に傍受されては君子を取り返す算段が出来ない。

 実力行使と行きたい所だが、思念体とはいえ魔法使いクロノはかなりの力量と思われ、力の底が見えない。

 だからヴィルムも警戒して背後から襲う様な事をしなかったのだ。

「…………、キーコをよこせ」

 ギルベルトが冷静な表情でそう言う、先ほどまでの激昂とは打って変わり、明らかにクロノを警戒しての事だった。

「よこせ、というのは心外だな、君子は我が弟子である、師であるワシは君子を守る義務がある……貴様の様な魔人にくれてやる物ではない」

 君子がこの魔法使いの弟子、あの凡人がこの桁違いな実力を持つ魔法使いを師として得ているなど考えられない、何かの間違いだ。

「しかし今は状況が状況である」

 クロノはそう言うと、黒い球体をギルベルトへと近づける。

 そして表情の見えない顔で言う――。

「……連れてゆくが良い」

 一体何を考えているのか、ヴィルムにはまるで理解できない。

 しかし、それは人間達も同じらしく、魔法使いらしい女とボロボロの剣士も驚き戸惑っている。

「なっ……何を言って居るのです、師匠!」

「正気か、魔人に子供を売り渡すなど!」

 確かに異常だ、言って居る事とやっている事が確かに噛み合っていない。

 君子を守る義務と言っておきながら、ギルベルトに君子を渡そうとするなど、まるで真逆の行動だ。

 何か裏が有ると思って居ると、クロノが更に口を開く。

「その代わり、お前が今殺そうとしているその子供を解放し、このハルドラの地に足を踏み入れるな」

 どうやら取引とはそういうことらしい。

 死にかけの君子に対して条件がコレとは、決して対等ではない。

 だがこの魔法使いと衝突するのは正解とは言えないだろう。

(人間の子供に、此処まで肩入れする意図は解りませんが……アレが人質になるならむしろこちらが脅すべきなのではないだろうか……)

 君子と同じ黒髪黒眼の子供、それを使ってどうにかこちらが有利に立とうとヴィルムが思案を巡らせていると――。



「……良いだろう」


 

「ギルベルト様!」

 敵の罠かも知れないのに、みすみす条件を飲む必要など無い。

 もっと良い立ち回り方があるはずなのだが、ギルベルトは首を絞めていた少女の方を、放り投げた。

「がはっ……ごほっ、ごほっ……」

 草原に無造作に投げ捨てられてせき込む彼女の元に、体を引きずりながら女魔法使いが駆け寄る。

「リンカ!」

「……らっらな、いさん」

 少女凛華の無事を知り、魔法使いラナイは一先ず安堵した様子だ。

 しかし、ギルベルトは足で踏みつけているもう一人を解放しない。

「その条件じゃ一人だけだ……こいつは殺す」

「ぐああああああっ」

そう言って、腹を踏みつけている足の力を強めた。

 苦しそうな悲鳴が草原に響く。

「かっかい、とぉ」

「カイト!」

 外野の声に少し表情を曇らせるクロノ、先ほどからかって来た時の余裕が無くなった。

 どこかイラついた声で話す。

「……ならば、どうすればその子供も解放する」

 どうやらギルベルトも対等でない事に気が付いて居たらしい、交渉のカードを残し相手を揺さぶる、ヴィルムが思った以上に彼の采配は見事だ。

「キーコの呪いを解け、それがこいつの解放の条件だ」

 特殊技能(スキル)『呪殺』による『恐怖』の呪い。

 解くには専門の知識が必要で、それこそ高度な技量を持つ魔法使いでなければ不可能だ。

 しかし何の因果か、おそらくそれが出来る魔法使いが、今この場に居る。

「その様な高度な技……ワシが出来ると思っているのか?」

「出来る出来ねぇの問題じゃねぇ、やれって言ってんだ」

 足元の少年海人を踏む力を弱めずにそう命令する。

「……良かろう、君子の呪いはワシが解こう」

クロノはしばし間を置くと、苦い顔をして静かに答え、付け足す様に言葉を続ける。

「ただ、これだけでは不足である」

「まだ何か有ると言うのか、ハルドラの魔法使い」

 この魔法使いは危険、いつ人の裏をかいてくるか解らない、ヴィルムは最大限の警戒をしていた。

「誓約だ」

 



 誓約。

 誓って約束する事を指すが、このベルカリュースでは違う事を意味する。

「神の名の元に誓う、最上級の取り決め…………そこまでする必要があるのか!」

「当然、これは国家間の問題にも発展する事柄、嘘偽りなく破る事の出来ない取り決めにする必要がある」

 誓約と言うのは、神の名の元に約束をする事を指す。

 これには嘘偽りは出来ず、どんな事をしても破る事が出来ない最大級の誓い。

 本来ならば国家の同盟などその重要性が高い物に使われる物――この様に個人で結ぶ様な物ではない。

「……良いだろう」

「ギルベルト様、魔王帝様の了承も無く誓約を結ぶのは、軍規違反にもなりかねません」

 そんな重要な誓いを魔王帝、つまりギルベルトの父の許しなく結ぶ事は大変な違反行為なのだが、ヴィルムの言葉を無視して話は進む。

「ならば世界を創造せし神の名の元に、此処に誓いを立てる」

 クロノが天へと杖を掲げると、先端に眩い光の粒が集結して一枚の紙へと形状を変える。

 羊皮紙の様な厚さの紙は輝きを放ちながら、うっすらと文字が浮かび上がって来た。

 内容はさきほどの通り、間違えなく海人と凛華の解放とハルドラへの入国禁止、そして対価として君子を渡す事と、彼女にかけられた呪いを解く事。

「偽りなき名をそこに記せ、それで誓約は成る」

「やっ……やめろぉ」

 名を刻もうとしたギルベルトを制したのは、彼に踏みつけられている海人だった。

 声を出すのも苦しい状況だと言うのに、海人はギルベルトの足を掴む。

「……や、まだは、わたさねぇ……おまえ、なん……かに……」

 彼の眼はまだ挫けていない、まだ光を失ってなんかいない。

 しかしギルベルトは彼を一瞥すると、足に力を入れてより踏みつけた。

「ぐあああっ」

「海人!」

 悲鳴を聞いて、凛華は今にも飛び出していきそうで、ラナイがそれを必死に抑える。

「ぐっうぅ……、山田は、俺達のクラスメイトだ、お、まえなんか、に……お前なんかに渡してたまる、かぁ……」

 海人は痛みをこらえながら、言葉をひねり出す。

 ギルベルトは殺さない程度とはいえかなり力を入れている、気絶しても可笑しくないのに彼は耐えて喋っていた。

「…………」

 しかしギルベルトは紙に指をあてると、真横へとなぞり、赤黒い光で彼の名が刻まれた。

 紙はクロノの前へ移動する、クロノは杖の先端を向けると同じ様に横へなぞる。

 両者の名が刻まれ、誓約は結ばれたのだ。

 すると紙は勝手にくるくると丸まり、二つに別れる。

 全く同じ大きさで姿も同じ、質量も変わらない物が二つ、それぞれギルベルトとクロノの手へと収まった。

「誓約の証明である、せいぜい大事に持っておく事だな」

 クロノはそう言うと、紙を握りしめて光の粒へと戻してしまった。

 光は杖へ吸収されて跡形もなく消える。

 そして杖を黒い球体へと向けると、その先端から黄緑色の光があふれ魔法陣になった。

 陣から淡い黄緑色に光る腕が何本も出てきて、黒い球体の中へ入っていく。

「なに、この魔法は……」

 魔法使いのラナイさえ、この魔法がどのような術式で構成されているのか解らない。

 高度で次元が違う魔法という事以外、何一つ解らなかった。

 誰もがしゃべる事も出来ず、ただその光景を見ていると、手がゆっくりと出て来た。

 その内の二本の手が、紫色の炎の様な物を包み込む様に持っていた。

 それこそ君子を苦しめていた呪い『恐怖』の病巣そのものである。

「…………」

 クロノはそれを見上げると、杖を地面に叩きつけた。




 すると、手が炎を握り潰した。




 紫の炎は砕けると空気中に解ける様に消える。

「……あれほどの呪いを」

 ヴィルムは一瞬で解除した事にとても驚いた。

 都の魔法使いでも数時間掛かるであろうそれを、ほんの数分で終わらせてしまった。

 ラナイも驚いている所を見ると、この魔法のレベルはハルドラでも普通ではないだろう。

「……これで約定は守った、海人を解放して貰おうか」

 クロノがそう言うと、黒い球体はギルベルトの前へと移動する。

「…………」

 ギルベルトはそれを見ると、足で踏んづけていた海人を蹴り飛ばした。

 ゴロゴロと転がって、凛華の前でようやく止まった。

「海人!」

「くっ……」

 海人を心配する凛華、彼を傷つけたギルベルトを睨み付けると、別の光景が目に飛び込んで来た。

 黒い球体から落ちて来た君子を、ギルベルトが両手で彼女を受け止めている。

 クラスメイトが、悪い魔人の手に渡ってしまう、最悪の光景だった。

「君子ちゃん!」

「山田!」

 意識は無く昏睡状態の君子を抱き寄せたギルベルトは、海人や凛華を見る事もなく二人に背を向ける。

 まるで彼等の事など始めからどうでもいい様に、見えていなかった様に、口も開かず視線も向けず、歩き出した。

 それは二人にとって最大の屈辱だった。

「ふざけるなぁ……山田を返せ!」

 幾ら叫んでもギルベルトは振り返らなかった。

 その後姿が怒りを掻き立てる、こんな奴にクラスメイトを渡すなんて、絶対に嫌だ。

 しかしボロボロの体にはそれを止める手段がない、この怒りを腹の奥底で煮えくり返すしかなかった。

「王子様!」

 空から声がしたかと思ったら、メイドがワイバーンに乗ってこちらへとやって来た。

 他に三匹のワイバーンの手綱を引いていて、どうやら足を連れて来たらしい。

 手綱を離されると、それぞれ主人の前へと着地する。

 ヴェルハルガルドへと帰るつもりだ、何とかして喰い留めないと君子が危ない。

「あんた、強い魔法使いなんだろう、このまま逃がすのかよ!」

 弟子が連れて行かれるのに顔色一つ変えないクロノに、海人は声を荒げる。

 それでも何もしようとしない彼に、海人はイラついて掴みかかろうとしたのだが――その手が体をすり抜けた。

「なっ……」

 良く見るとクロノの体は所々透けていて、だんだん全身が薄くなっている。

 驚く海人に彼は冷静な声で言う。

「これは思念体だ、魔力で造った木偶にすぎん……強い魔法を使えば使うほど、思念体自体が保てなくなる……今のワシにはあの男を倒す所か、止める力もない」

 思念体は維持するだけで魔力が消費される、君子の呪いを解いた事によって、とうとう魔力は底をついた。

 最早維持する事さえ出来なかった――。

「覚えておけ海人、そして凛華、己の力を過信して無鉄砲に突き進んだお前達を救ったのは他の誰でもない、君子だと言う事を」

 クロノはそう言うと、ワイバーンへと跨ったギルベルトへと視線を向ける。

 君子をしっかりと抱きしめ飛び立ったその姿を、睨みつけていた。

 それを見て海人も凛華も理解した、自分達に出来る事など何もない事と、敗北を――。

「うああああああああっ」

 この憤りを吐き出したくて、海人は吠えた。

 この苛立ちの理由は解っている、あの魔人と自分の弱さのせいだ。

「絶対に、絶対に許さない……その顔覚えた、次は絶対に倒してやる」

 ワイバーンはどんどん小さくなって行って、その内米粒の様な大きさになって、空に消えた。

 しかし二人の頭に、仇といえる男の顔がしっかりと刻まれた。

 もう二度と忘れる事はないだろう。




「紅の魔人……いや、ギルベルト=ヴィンツェンツゥゥ!」




 荒々しく猛々しい炎の様な強い意志を持ちながら、その名を叫ぶ。

 声は空に響き渡ったが、次第に大気へ溶けて行った。

「…………」

 クロノは黒い球体を杖で突いて消すと口を開く。

「せいぜいその怒り忘れぬ事だな、その悔しさがお前達を強くするだろう」

「そんな事言われなくたって――」

 凛華は、海人の気持ちが痛いほど解る、その言葉に言い返してやろうとしたのだが、クロノの体がもう殆ど消えている事に気がついた。

 残された頭部も、もう間もなく消えようとして居る。

「時間切れだな……もうすぐ救援が来るだろう、手当てをしてもらうと良い」

 君子を治療して貰おうと呼んでいた治療系魔法使いがどうやら来たらしい。

 これで四人は助かるだろう。

「怪我が癒えてもまだワシに言いたい事が有ると言うのなら、ハルデへ戻ってくるが良い、ワシはいつでもそこに居る」

 


 クロノはそれだけを言い残して消えてしまった。

 その場に残されたのは敗者だけ。

 国どころか、友達さえも救えなかった、弱くて愚かな敗者だけだった。





************************************************************




 マグニ城では、カルミナが鼻歌を歌って居た。

 大きな鏡台の前に座って、ブロンドの髪を梳かす。

「ふん、ふん、ふ~ん、ふふふふふん」

 ネユリの種油をよくなじませた髪は、絹糸の様にやわらかく艶があった。

 何回も梳いて髪を整え終えると、最後の仕上げに君子から奪い取ったピアスを右耳に付ける。

「ふふっ、やっぱりあんなそばかすより私の方が似合うじゃない」

 獣の耳にあてがわれたピアスは、かわらず金色に輝いて居た。

 その輝きこそ王族の妻の証、己の美しさとピアスの輝きに見惚れていると――ドアが勢いよく開け放たれる。

 驚いて振り返った視線の先には、麻袋を手に持った険しい顔のヴィルムが居た。

「なっ……なんですの突然!」

 とっさに耳に手を当ててピアスを隠す、しかし彼の眼はその輝きをばっちりと見て居たらしく、鋭い視線で近づいて来た。

「カルミナ様、その耳のピアスの事を詳しくお聞かせ頂きましょうか」

 君子を探しに言って居た彼がこんなにも早く帰ってくるなど思わなかった、完全に油断していた、何とかしてこの場をやり過ごさなければ――。

「こっこれは拾ったのです、王子の物だとは解っていたのですが……その、どうしてもつけてみたくて」

 申し訳なさそうな表情を顔に貼り付けて、眼に涙を滲ませる。

 今まで何度もこれで乗り切って来た、この泣き落としで落ちない男は居なかったし、大体の頼み事は聞いて貰えた。

 カルミナの美貌があっての技なのだが――。

「嘘をつくな」

 ヴィルムは強い口調でそう言った、いつも通りの無表情のはずなのに、どこか威圧感があって、その圧がカルミナに恐怖を与える。

「なっ……何を言って」

「コレ、貴方のでしょう、お返しいたしますよ」

 そう言って麻袋を彼女の前に放り投げる。

 床で跳ねて安っぽい麻袋から中身が毀れた。



 それはケルベロスの足。



 漆黒の剛毛に鋭い爪、数時間前に自分が放った使い魔の前足で間違えない。

 なぜこれをヴィルムが持っていると言うのだ――。

「一応忠告しておきますが、暗殺をする気なら呪いはよした方が良いと思いますよ、呪術系の魔法は高等すぎて扱える魔法使いは少ないもので、真っ先に疑われるのは特殊技能を持っている人間ですから」

 呪いをかけた事もばれている。

 まさか使い魔は君子の処理に失敗したと言うのか、心の中で使い魔へと念じるが、気配を感じられない。

「言い逃れは出来ませんよ、というかさせるつもりは有りません、貴方がキーコを殺そうとしたのは全て解っています」

 何もかもバレている、君子に呪いをかけた事も使い魔をけしかけて死体も消そうとした事も、全て。

「……そうですわ、私があの方を殺そうと致しました」

 これ以上装った所で無駄だ、カルミナは素直にそう認めた。

 そしてヴィルムへ近づくとそのか細い指で胸を撫でる、その光景は艶めかしくて例えがたい色香がある。

「ですがこれも全てギルベルト王子の為、あの女は明らかに王子の人生の邪魔をしていましたわ、あの女を妻に迎えた所で何の得が有ると言うのですか? 地位も財力も権力もない、ただの異邦人の女が妻では、王子は一生魔王の地位にはつけませんわ」

 名家であるフォルガンデス家であれば、彼を魔王の地位に押し上げる事だって出来る。

 ギルベルトに本当にふさわしいのはただの異邦人の君子ではなく、名家で地位も財力も権力も思いのままの、カルミナである。

「王子が魔王になれば、ヴィルムさんにだって恩恵が有りますわ、私の家の力ならば貴方を将に据える事だって出来ますわよ?」

 家の力を使えばその程度の事造作もない。

 軍人であるヴィルムなら軍を率いる重役に立ってみたいと思うだろう、ならば力ある家の元は仲良くして居た方が、色々と解くと言う物。

 軍人なんて所詮己が武功にしか興味のない野蛮な男共、それがこれに喰いつかない訳が無い、どんな事でも、この美しさと権力の前では思い通りになるのだ。

「だそうですよ……ギルベルト様」

 ヴィルムがそう言った瞬間、開け放たれたままになっていたドアからギルベルトがやって来た。

 殴ろうとしたあの時以上の殺気を放って――。

「ひっ……」

「一応言っておきますが、貴方が怪しいと言ったのはギルベルト様ですよ、その甘ったるくて鼻につく悪趣味な香水で臭いを隠したつもりでしょうが、王族は半獣人よりも鼻が利く場合があるので、百万分の一の確率でまた王族とご縁が有った時はどうぞ、参考にして下さい」

 カルミナはヴィルムの言葉を返す事さえできない、それほどの威圧感を放ってギルベルトが近づいて来たのだ。

 それは紛れもない殺意。

「あっ……あぁ、ギっルベっト、おぉじ」

「…………キーコを殺そうとしたのか、てめぇが……」

 鋭く冷たい声、ナイフで身を斬られた様な戦慄がカルミナを襲う。

 何とかしなければ、何とかこの場を上手く立ち回らなければ――。

「わっ、私は――」




「黙れ、ブス」




 言い訳をする暇もなく、ギルベルトがそう言い放った。 

 よりにもよって誰しもが美人と呼ぶであろうカルミナに向かって、彼女が最も大嫌いな言葉を――。

「なっな……」

「てめぇはくせぇンだよ、腹の底が腐った嫌な女の臭いがする」

「なっ……このっ捨て子の癖に!」

 苛立って思わず口にしてしまったそれは、ギルベルトに対して言ってはいけないと一番最初に教わった言葉だった。

 ギルベルトだけではない、ヴィルム静かながらその視線に炎の様な怒りを込めている。

「今の言葉は、この国の王子で有らせられるギルベルト=ヴィンツェンツ様に対する、不敬とみなしますが、よろしいですね」

 王族に対する侮辱行為は犯罪である、例え貴族で有っても許されない。

 するとまるでそれを待っていた様に、ブルスと武装した兵士達が部屋へと入って来た。

「カルミナ様、王子に対する不敬の罪により拘束させて頂きます……それに王子の所有物であるキーコの殺人未遂の件につきましても、じっくりと聞かせて頂きますよ」

 わざわざ自分から罪を増やしたカルミナへと、武装した兵士が詰め寄る。

「わっ私は貴族なのですよ! それを拘束ですって!」

ギルベルトもヴィルムもそして兵士達も、彼女に憐れみの眼を向ける。

小さい頃から何もかも思い通りになった、なんの不自由など無かった。

 それは貴族だから、偉いから、何をやっても許される――そのはずなのに、なぜこんな事になっているのだ。

 それもよりによって、あの不細工の異邦人とこの暴力王子のせいで――。

「ふっふざけるなぁ、私は貴族、私は偉い、それなのに、それなのにぃ! こんなゴミどもに、こんな、こんなの有り得ない!」

 怒りを爆発させるカルミナは、自分を見つめる全ての人間に暴言をまき散らす。

 その様がどれほど醜いかなど知る由もなく。

「将来を見限られてこんな辺境に送られた底辺の王子の癖に、地位も権力もない貴方なんて、他の兄弟に押し潰されてみじめに生きて行くしか出来ない、弱くて脆い存在の癖に! せいぜいあのブスでそばかすの醜い小娘と、いつまでもおままごとの様な幸せごっこでもやっていればいいのよ、どうせ魔王帝から見限られた貴方なんか、魔王になんかなれる訳ないんだからっ」

 自らの罪をより一層重ねる様な発言を、彼女はまき散らした。

 しかしそれとほとんど同時、彼女の眼の前に立っていたギルベルトが、カルミナが認識する間も与えずに、右耳を掴んだ。

 そして、そのまま力いっぱい毟り取った。




「あっああああああああああああああああああっ!」




 絶叫が響き渡り、紅い血が床に垂れる。

 感じた事のない痛みが、彼女の体を突き抜けて行く。

 痛みで涙を流すカルミナの顔は、高貴な貴族の娘とは思えないほど歪み、醜い物だった。

「俺の事は何とでも言え、でもキーコの事はぜってぇゆるさねぇ」

 ギルベルトはそう言うと毟った耳から、ピアスをちぎり取るとボロボロになった耳を床に落として踏みつけた。

「わっ……わたっ、みっみみ」

 驚愕と痛みと恐怖で言葉が上手く出せない。

 言い返す事も出来ない彼女をギルベルトは睨みつける。

「逃げられると思うなよ、地の果てまでてめぇを追いかけて、ぜってぇぶち殺してやる」

「ひっ――」

 ギルベルトの眼は本気だった、本当にカルミナを殺す気なのだ。

 貴族で偉いはずの自分を、殺す。

 そんな事有ってはならない事なのに――。

「連れて行きなさい」

 ヴィルムの命令で、ブルス達はカルミナを取り押さえ連行する。

 地位と権力によって守られ、どんな望みでも叶えられて来た彼女には、自己防衛という物が出来ない。

 だからただ泣き喚く手段しか残されて居なかった。

「いやあああ、離せ、離せぇゴミどもぉぉぉぉ!」

 喚き暴言を吐くその姿には、貴族の気品も女の色気もない。


 

ただただ、憐れで惨めな在任だった




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