第一四話 ここからが本番
バトルになると長くなる。
シャーグは、海人と凛華の戦闘を見て、勝機を見た。
あの二人なら紅の魔人を倒せると確信し、目の前の獣人を倒す方を優先する。
「貴様の相手は俺だ!」
シャーグは剣を振るうが、獣人は持ち前の爪で剣を受け止める。
「ゴミ同然の人間風情が、我が前に立ち塞がるでない!」
獣人は剣を弾くと、引き裂こうと爪を振り下ろす。
この世界に様々いる種族の中でも、獣人と言うのは腕力という面では五本の指に入るほどの力を兼ね備えている。
人間とは腕力の面において、大きな開きがあるのだ。
だからシャーグへと渾身の一撃を振ってやろう、そう思っていた。
「――はっ」
シャーグは両の腕に力を込めると、剣をふるった。
しかしそれは所詮人間の全力、人体の構造上獣人の力を上回るなど不可能。
だからその剣ごと振り払ってやろうと、余裕を見せていたのだが――。
爪は剣に弾かれた。
予想しなかった力に、獣人の腕は後方へ弾かれる。
そしてその事実に驚かせる間を与えずに、シャーグは踏み込みながら渾身の力で剣を振り抜いた。
獣人がぶっ飛んだ。
もはや斬撃とは呼べないシャーグの一撃は、打撃と化していた。
ぶっ飛ばされた獣人は、原っぱを越えてそのまま森へと突っ込む。
何本かの木を倒して、ようやく止まった獣人に向かって、シャーグは口を開く。
「なんか言ったか? 毛玉野郎」
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ラナイは勝利を確信して、目の前の敵を見る。
黒い服に白いエプロン、紫色の髪をポニーテールに結いあげた、ただのメイド。
戦闘要員には到底思えないが、魔法は人並みには使えるらしい。
しかし、それはあくまでも人並みの話。
魔の道を極め、魔法使いとして完成されたラナイには遠く及ばない。
「メイドは使われる身分として、その辺の草でも毟ってなさい」
「そうよね、おばさんはシミが出来るから日光にも当たれないわよねぇ~、あ~怖いわね、どんな魔法使いも歳には勝てないものねぇ」
「このっ、小娘風情がぁ!」
女同士の別の戦いも同時に開始された。
そもそも魔法と言うのは、自分の中にある魔力を術式によってエネルギーへと変換して行う、つまり保有する魔力の量が多ければ多いほど魔法の威力が上がり、より多くの魔法が放てるのだ。
ラナイの魔力はA、ハルドラでも右に出る物がないほどの魔力の量である。
「その大口、どこまで叩けるかワタクシの特殊技能で見て差し上げますわ!」
そう言うと、メイドを見る。
アンネ
特殊技能 『付呪』 ランク2
職業 メイド
攻撃 C 耐久 C+ 魔力 C 幸運 E
総合技量 C
「ふっふふふふっ、なんですの、大口を叩く割には、特殊技能も技量も大した事ないじゃありませんの! ワタクシの足元にも及びませんわぁ!」
ラナイはアンネの力を見て高笑いが止まらない。
一流の魔法使いとして求められるのは魔力の量、Cランクの彼女ではAのラナイには足元にも及ばない。
「特殊技能も魔力の力も関係ない! あんたみたいなオバサンに、邪魔なんてさせないんだから!」
アンネは、金属の杭をラナイへと向けると魔法を放つ。
「青魔法『水流球』!」
青い魔法陣が展開すると、水の球体が射出される。
高速で放たれた水はさながら砲弾の様。兵器と昇華した水は、ラナイへと迫った。
「ふっ、所詮この程度」
そう鼻で笑うと、余裕の表情で杖を向け魔法陣を展開させる。
「聖なる光は廻り、不浄な悪を浄化する」
魔法陣から光が溢れ出すと、その輝きはどんどん増していき、ついには目を開ける事もままならないほどの光となった。
「白魔法『聖光円環』」
ラナイがそう言った瞬間――解放される。
眩い光が放たれた。
集束した光を解放し、全方向十数メートルにわたって拡散させる技。
爆発ではなく、あくまでも光の解放なのだが、その威力と言うのは爆弾にも匹敵する。
文字通り光の速さで到来したその攻撃は、水の球を弾くとそのままアンネへと向かう。
避ける事も防ぐ事も出来なかった。
「――――っ!」
光がアンネへと激突した。
それはもはや光と言うよりは、雄牛にでも衝突されたと言った方が的確だ。
アンネの体は軽々と吹っ飛ばされ、高らかに舞い上がると森へと落ちていく。
その様子を見たラナイは、余裕の表情で呟く。
「あら、もう終わりですの?」
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シャーグは紅の魔人を海人と凛華に任せて、ぶっ飛ばした獣人の追撃をする。
アレで獣人が死ぬとは思えない、確実に息の根を止めなければ安心など出来ないのだ。
倒木を跨ぎながら、シャーグは慎重に進んで行った。
だが森の中へとぶっ飛ばしたのは、少し考え無しだった、此処は人が寄り付けぬ森、ただ鬱蒼と枝葉を伸ばしている木々の中で闘うのは面倒だ。
(獣人の方が多少有利か……原に戻った方が良いか?)
森の中の戦闘は何度か経験もあるし、恐怖も不安もない。
だが茂みや木の上に隠れられるのは厄介だ、どうするか迷って居たのだが――シャーグの眼の前に現れたのは、仁王立ちで立っている獣人だった。
先ほどのシャーグの渾身の一撃によって、胴に浅いながらも真一文字の人達を受けうっすらと血が出ていた。
しかし彼は逃げも隠れもせず、堂々と立っている。
「畜生の癖に、隠れないとはいい度胸だなぁ!」
「……舐めるな、人間」
シャーグの挑発に獣人は静かに答える。その眼は真剣で獣らしい一面などどこにもない。
「俺は戦士である、姑息な手など使わんし逃げも隠れもしない、それが我が一撃を受け止め我が身に傷を付けた戦士であれば尚の事だ」
強者の前で背を向けたり背後を狙ったりするなど、それは戦士の義に反すると言う物。
力には力で、礼をもって相手をするのが戦士である。
「我が名はブルス・レーガン、ギルベルト様配下の兵士であり最凶の戦士である! ハルドラの戦士よ、名を名乗れぇ!」
戦士にとって名乗ると言うのは相手を認めた時である。
己の名を教えるのにふさわしい力量と思った時だけ、名乗り合うのだ。
シャーグとて戦士、獣人ブルスが名乗ったからには、こちらも名乗るのが筋と言う物。
「我が名はシャーグ・オルフェイ、ハルドラ国国王親衛隊隊長にして、勇者の仲間である!」
「戦士オルフェイ! 我が爪にかけて、貴様を此処で斬り殺してくれるわ!」
「それはこちらの台詞、我が剣の露と消えよ! 戦士レーガン!」
ブルスは爪で切りかかり、シャーグは剣で応戦する。
だが戦士と言うだけあって、地の利を利用した戦い方などしない、原と変わらず正々堂々と戦って居た。
どうやら獣人と言っても一介の戦士だけあって戦い方に嘘がない、そこは認めざるおえないだろう。
「うおおおおおおっ!」
シャーグは右から左にかけて横一線の一撃を放ち、ブルスはそれを爪で受け止める。
「ぐっぐぐぐっ……」
両手で受け止めてようやく止まるその力は、もはや人間が出せる力ではない。
獣人の腕力にも十分匹敵している。
「どりゃああ!」
怒号と共に剣の柄を握る手に力を込めて、ブルスの爪を弾き飛ばした。
大きくのけぞったその胴体を今度こそ両断してやろうと、シャーグは無防備になった胴体へと一撃を叩きこむ。
「――があっ!」
しかし――ブルスは、背中に吊っていた大斧を素早く抜くと、シャーグの剣を防いだ。
がちがちと噛みあう剣と斧、力と力がぶつかりあって居た。
「へっ、やっと抜いたなぁ!」
「屈辱である……人間風情に武器を使うとは!」
武器で戦わないと言うのは戦士同士戦いにおいて、非礼以外の何物でもない。
ブルスはシャーグを舐めていたのだが、此処でようやく武器を使わざる追えない状況まで追い込んだと言う事になる。
「なら屈辱ついでに、毛皮を剥いで飾り物にしてやるよぉ!」
シャーグは力いっぱい踏み込んで、ブルスを斧ごと押し飛ばす。
人間の腕力を超えているシャーグの力に翻弄されながらも、戦士であるブルスは素早く体勢を立て直す。
「これしきの事!」
ブルスは斧を振り下ろすが、シャーグはそれを後方へジャンプして避けて見せる。
更に斧を振り上げて追撃するも、剣で受け止められた。
「ぐぬっ、ぐぐぐぐぐっ」
「おおおおおおっ!」
剣と斧は拮抗し、どちらも相手を圧倒出来ない。
完全に互角、噛みあう刃が軋みまるで悲鳴の様な音を立てる。
「ぐぬおっ」
「うおおっ」
力と力がぶつかり合い、この戦いに終わりなど無いのかと思ったその時――シャーグが突然力を抜いた。
全身の力を込めていたブルスは、拮抗する相手の力が無くなり、大きく前へとバランスを崩す。
「ぬおっ!」
こんな手に出るとは思いもしなかったので、何とか体勢を立て直そうとする。
足を踏ん張ってほぼ反射的に、転倒を回避しようとしたのだが――ブルスに向かって、剣が突き立てられる。
「うおおおおおおおおっ!」
シャーグは全力の突きを放った。
出せる全ての力を込めた刃は、ブルスの右胸に突き刺さる。
更に倒れてくるブルスの重みによって、剣は更に肉を穿ち骨を断ち、ついには貫いた。
「ぐおっ……」
切っ先を伝い、シャーグの手に垂れ赤い血が滴り落ちる。
血が地面に落ちると、剣を引き抜きながら後ろに下がった。
鮮血が噴き出て、地面を赤く染め上げていく。
「ぬ……おぉ……」
弱弱しく苦しそうな声を上げると、ブルスは力なく仰向けに倒れた。
真っ赤な血が流れて、血だまりを作る。
その様子をシャーグは黙って見下ろす。
「…………」
本来人間である彼に、ブルスの一撃を受け止めきれる訳がない。
肉体の構造上、純粋な腕力で勝つどころか互角に戦う事も出来ないのだが――それを可能として居るのは、彼の特殊技能と機転だ。
特殊技能『剛力』。
ランク3のこの特殊技能は、魔力を使わず肉体を強化できる。シャーグは人間では到底出せない力を発揮し、獣人と互角にやりあえる力を振るっている。
王の為、民の為、ハルドラの為、強くなりたいと願った彼に与えられた力。
そして機転、本能ばかりで闘う獣とは違う人間には考える力があるのだ。
腕力の面で同じになれば、勝つのは人間。
シャーグは敗者に背を向け、歩き出した。
「……残念だったな、獣と人間じゃ、オツムの出来が違うんだよ」
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ラナイは、アンネが吹っ飛んで行った森を眺めながら考える。
(さて……どうしましょうか)
シャーグは獣人を追って森の中へと入って行った、あの様子なら負ける事はないだろう。
そして原っぱでは、海人と凛華が闘っている。
流石は勇者、初めての魔人戦だと言うのに、ギルベルトを追い詰めていく。
幼馴染だけあって、二人はコンビネーションが良い、ふとした時に息が合い、打ち合わせでもした様な動きをするのだ。
ギルベルトはそれに翻弄されて居て、防戦一方だった。
(ワタクシは二人に加勢すべきですね……)
あっさりとアンネを倒してしまったので手が空いてしまった。
獣人はシャーグが何とかするだろうし、加勢されるのは彼の面倒な戦士のプライドが許さないだろう。
そうなると二人の勇者と共に魔人を倒すのが最善の策だろう。
(とはいっても……なんだか二人で倒してしまいそうな勢いなんですけどね……)
海人の剣も凛華の魔法も、先ほどから何発も喰らっていて、反応が鈍くなっている。
随分ダメージを受けた様子で、これではラナイがわざわざ助太刀する必要もないだろう。
(ゴンゾナを滅ぼしたほど強い魔人のはずなのに……随分と歯ごたえが無いものですね)
こんな弱い魔人にやられるほどゴンゾナは脆かったのだろうか、あそこの戦力をラナイは詳しくは知らないので何とも言えないが、それにしては随分と弱い。
(まぁあれだけ弱いのですから、必要ないでしょうが一応『鑑定』で見てみましょうか)
Bランクの勇者二人にこれほど押されているのだから、わざわざ見る必要もないのだが、念の為にギルベルトのステータスを見る。
ラナイが特殊技能『鑑定』を使おうとしたその時――。
炎の球が飛んで来た。
「――っ!」
森から放たれたそれは、ラナイ目がけて飛んでくる。
当たる、そう思った彼女は、飛んで来た炎の球の迎撃を優先した。
「白魔法『光槍』!」
白い魔法陣が展開されて光線が炎の球を貫く、光はそのまま木々を穿ちながら、空へと消えて行き、炎は爆発して小さな火となって降り注いだ。
「くっ――」
ラナイはふりかかる火を払いながら、炎が飛んで来た森を睨む。
「あの小娘、生きているのね」
ラナイの使える白魔法の中でも上位に位置するあの技を食らって生きていられるとは、正直驚きである。
だが死にかけの悪足掻きだろう、今度こそ確実に倒す、そう思いながらラナイは海人と凛華への助太刀を止めて、森の中へと足を踏み入れた。
枝葉が邪魔をする中、ラナイは全身の神経を集中させて、潜む敵アンネを探す。
(……可笑しい、この辺だと思ったのですが)
落下地点だと思われる場所に来てみたのだが、そこには枝が折れた木が何本かあるだけで、肝心のアンネが居ない。
「青魔法『水流球』!」
左方からアンネの声と共に青い輝きの魔法陣が展開され、水の球が飛んで来た。
死角からの攻撃だが、隙を突かれなければこんな物、ハルドラ有数の魔法使いの彼女にはどうという事はない。
「白魔法『輝光球』」
杖を向けると魔法陣から輝く光の球が放たれて、水へと激突する。
水の球は形を失い霧散して周囲に降り注ぎ、光はそのまま枝を撃ち抜き、空へと消えた。
ラナイは魔法が放たれた方向を見るが、そこには人影はない。
だが確かに人の気配は感じる、ラナイは少し考えると、この森のどこかに居るアンネへと声をかける。
「もう止めにいたしません? 貴方の魔法ではワタクシには勝てませんわよ……今出てくれば命までは取らないであげましょう!」
ラナイは辺りを見渡しながら声を張り上げるが、返事は来ない。
「出て来なさい……同じ種族のよしみで許して差し上げても良くってよ!」
やはり返事は来ない、どうやら投降するつもりはない様だ。
ラナイはため息をつくと、杖を構える。
「なら……、容赦しないわよ!」
白い魔法陣が展開され、輝きが大きくなり光はどんどん眩しくなる。
ラナイは術を放つ為、詠唱を始める。
「聖なる光は廻り、不浄な悪を浄化する」
魔法陣が眼を開ける事も出来ないほどの光を放ち――解放される。
「白魔法『聖光円環』
集束した光が放たれ、森へと拡散していく。
光は衝撃を生み、周囲の木々を薙ぎ払う。
轟音と衝撃が止み、光が消えた時にはそこは森ではなく、開けた更地になっていた。
「ふん……これで、少しは見やすくなりましたわね」
ラナイが森の中に出来たこの更地の中心から、周囲を見渡すと、倒木の後ろに人影を発見した。
「本当にしぶといわね……まだ生きているなんて」
ようやく姿を見せたアンネ、ラナイの最強呪文を喰らってまだ生きているなど、考えられない、一体あのか細い体のどこにそんな生命力があると言うのだろうか。
「……ん?」
それなりにダメージは受けているのか、よろよろと立ちあがるアンネ。
しかし気になったのはそんな物ではない。
きちんと束ねてあったポニーテールはすっかり崩れていて、解けてしまっていた。
赤い双眼が睨みつけてくるが、何よりもラナイの眼を奪ったのは、紫色の髪の毛の合間から、覗く一本の突起――。
それは深紅の角だった。
眉間にある一本の角は弓なりになっていて、綺麗な光沢はそれが本物だと言う事を知らしめている。
間違えなくそれは――アンネの額から生えたもの。
「……魔人、いや違う……」
角のある魔人種は耳が尖っていたり牙が生えていたりするのだが、その特徴が無い。
ただ眉間に五センチほどの角だけがある。
「……そうだったのですね、通りでしぶとい訳だわ」
ラナイは全てを悟って、紅い双眼を睨み返す。
憎悪と侮蔑が入り混じったその声で、言った。
「貴方、半魔人ですのね」
半魔人。
魔人と人間のハーフで半獣人ほどの特徴が無く、見た目では人間と変わらない事が多い。
しかし生命力や身体能力は魔人寄りで、人間の枠から大きく逸脱している。
ハルドラでは忌み嫌われる存在の一つ――。
「なんて汚らわしい……、半身が人で半身が魔、二つの血が混じり合うなど不浄の象徴」
険しい表情でアンネを睨みつけるラナイ。
そして憎しみが混じった冷たい声で、彼女は言葉を続ける。
「万物を創造せし光の女神が、なぜこんな不浄の物を世に生み出したのか……永遠の謎ですわ」
「……うるさい」
「通りでメイドと言う人に使われる職種についている訳ですわ、半魔人なんて所詮魔人以下の種族、みじめに使われるしか能のない低レベルな――――」
「うるさいって言ってるだろうがああああああっ!」
アンネは叫びながら、右手を向け黒い魔法陣を展開する。
「黒魔法『闇突』!」
「ふっ……この程度」
ラナイは自らに向かってくる黒い刃を鼻で笑う。
「白魔法『輝光球』」
迎え撃つのは光る球体、アンネの放った黒い刃へと衝突すると、まるでガラス細工がの様に細かい破片となって砕け落ちる。
「闇属性である黒魔法と、光属性である白魔法は相対の属性……白魔法の使い手であるワタクシに闇など効く訳が無い」
魔法には属性の相性が有り、魔法の弱点や性質を知る事によって、魔法使いは戦闘を有利に進めるのだ。
黒魔法と白魔法は打ち消し合う属性であり、衝突すると砕けて無効化されてしまう。
しかし闇属性である黒魔法が、白魔法に打ち負けるのは解るのだが、アンネが放った他属性の魔法も全てかき消されている。
これは相性の問題以前に、アンネの魔法があまりにも弱いと言う事を意味していた。
「魔法も三型ばかり……それに威力も低く同じ三型のワタクシの魔法に打ち負けていて、まるで戦いにもなっていませんわ、せめて特殊技能が使える物であれば良かったのでしょうに……」
特殊技能は六段階に分けられている。
ランク1からランク6まで、アンネの『付呪』はランク2で珍しい物でもなければ、強い特殊技能でもない。
「『付呪』、生物以外対象に呪いを付着させる特殊技能……魔法よりも威力が弱い旧時代の産物などが戦闘に役立つ訳が無い」
ラナイは自らよりも圧倒的に弱い半魔人を見下す。
所詮は人間でも魔人でもない、混ざり物の不浄な生物――これが限界なのだ。
「人間は光の女神に愛されし至高の種族! 魔人や獣人……ましてや半魔人と言う不浄なる生き物風情が相手になる訳がない」
「…………だから、そんなんだからこの国は嫌なのよ」
アンネは得意気に語るラナイを紅い双眼で睨みつける。
「やれ不浄だ、やれ光の女神だ……そんな事ばっかりでちっとも変わらないじゃない……こんな国、とっとと滅んじゃえば良いのよ!」
その紅い眼には憎悪の他に、憐れみとほんの少しの悲しみが混じっている事に、ラナイは気が付かない。
彼女はただ、祖国を侮辱された事に対しての怒りを爆発させる。
「言ったわね……、半魔人風情が!」
「いくらでも言ってやるわよ、人間!」
二人は杖と杭を握りしめると、動いた。
真っ先に動いたのはアンネ、正面からでは勝てないと踏み、ラナイの死角へと走り出す。
「ちょこざいな!」
だがラナイはそんな手には引っ掛からない。
死角を作らない様に立ち回ると、魔法陣を展開させる。
「白魔法『光槍』!」
魔法使いとしてのレベルが高いラナイは、魔法の発動が速く、今からアンネ魔法を発動させても間に合わない。
だから、思い切り踏み出すと、力いっぱいアンネは飛び上がり、それを回避する。
光線は真っ直ぐアンネが先ほどまで居た所を突き抜けて、消えて行った。
「ここよっ!」
魔法を放ち、無防備になるラナイ。この一瞬の隙をアンネは見逃さなかった。
地面に着地するまでのこの一瞬、ラナイが完全に無防備になったこの隙に、魔法をぶち込む。
「青魔法『水流球』!」
水の球がラナイ目掛けて飛んでいく、回避も防御も出来ない完璧な隙を狙って放った魔法――だったのだが。
「白魔法」
ラナイは杖をアンネに向けると魔法陣を展開する。
それはアンネよりも圧倒的に速く、圧倒的に隙がない完璧な物だった。
「『輝光球』!」
光る球体は、アンネが放った水へと衝突する。
同等の位の魔法だが、白魔法の道を極めしラナイの方が威力も速さも何もかもが上。
水は光に撃ち抜かれると、形を失って雨の様に地面へと降り注ぐ。
そんな脆いものが、ラナイの魔法を止められる訳が無く、そのまま術者へと向かう――。
「――あっ」
光の球がアンネへと直撃した。
腹部へと直撃した光は、眩い閃光を放ちながら弾ける。
強烈な衝撃の痛みと同時に、熱を帯びた光が、アンネの身を焼く。
「がはっ――」
白魔法の直撃を受け、着地すらままならず、地面に打ち付けられる様に落っこちた。
うつ伏せで倒れたアンネは、もはや立ち上がる事すら出来なかった。
ラナイは見下ろしながら、呟く。
「残念でしたわね、半魔人と人間では、始めから勝負になんてならなかったのですよ」
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勝負は全てハルドラ側の勝利だ。
シャーグは獣人ブルスを、ラナイは半魔人アンナを倒した。
そして海人と凛華もまた、紅の魔人ギルベルトを圧倒し、勝つのは時間の問題。
領土を奪い、数多の兵を殺した憎き敵国。
この勝利はその牙城を崩す為の始めの一歩だが、同時に大きな前進でもある。
ハルドラの大逆転劇はここから始まるのだ。
そして今再びかつての栄光を取り戻す――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ――――」
天を揺らし振わせるその叫びは、この世界の全てに響き渡っている様だった。
その咆哮に驚いたのは、シャーグとラナイ。
二人は別々の場所に居ながら、音の発生源を見る。
海人と凛華、二人の勇者が闘っているその場所を――。
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「なっなんだ……」
シャーグはその声に驚いた。
到底人間とは思えない、何か得体のしれない化物の声の様だ。
(……訳が解らないが、とにかく戻ろう)
戻って状況を確認し二人に加勢しよう、シャーグは一度止めた足を動かし再び歩き出す。
「――っ!」
しかし、ただならぬ気配を感じて、彼は振り返った。
すると、死んだはずの獣人ブルスが立ち上がろうとしている。
胸を突いたと言うのに、まだ生きているなど、何と言う生命力だろうか。
「まだ生きて居やがったのか……、大人しく死んでおけば安らかに逝けた物を……」
「安らかに……はっ、下等生物の小童の分際で笑わせるでない」
ブルスはふらつきながらも斧を使って立ち上がる。
大量の血を流し、足取りもおぼつかないというのに、なぜか彼からは得体のしれない圧を感じる。
「戦士たるもの安らぎを感じながら死ぬなどという、上等な最後を迎えて良い訳が無い! 血が流れ肉を裂かれ骨を砕かれ様とも、本能の赴くまま敵を殺戮し、肉片一片になるその時まで戦い抜くのが真なる戦士のありようぞ!」
斧を構えると、先ほど以上の威圧感でシャーグへと向かい合う。
こんな死にかけの獣人に、ハルドラで一番の戦士である彼が、恐れを抱いている。
「そんな物、戦士のありようなどではない……」
「ならば、見せてくれ様……真の戦士の姿を」
今更何をすると言うのか、シャーグは剣を構え、いかなる事態にも対応できる様にする。
「遊びの時間は終わりだ……ここからが真の戦士たるこの俺の本当の戦いである」
「遊びだと……満身創痍の奴が何を言うか!」
「ふん……人間の分際で、手を抜いて居る俺に一撃をくれてやった事褒めてやろう、せいぜい歓喜すれば良い……そして同時に絶望しろ」
どす黒い野性的な笑みを浮かべるブルスは、ベテランの戦士であるシャーグを圧倒する。
それはもはや獣人とは言わない、獣である。
「ここからが本番だ!」
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「何……今のは?」
ラナイはその人間とも獣ともつかぬその叫び声に驚いて居た。
予期せぬ事態でも海人と凛華に起こったのかも知れない。
(ともかく……二人の元へ戻りましょう……)
ラナイが海人と凛華へと合流する為、足を踏み出そうとした時だ。
「まちな……さいよぉ」
小さな声が彼女を呼び止めた。振り返るとアンネが起き上がろうとしている。
「ホントにしぶといですわね貴方は……ワタクシそんなに暇じゃございませんのよ」
もはや呆れた様子のラナイ。速く殺そう、そう思って杖を向ける。
アンネはよろよろと立ちあがると、ボロボロであるはずなのに、なぜか力のこもった眼でラナイを睨む。
もうそんな力、どこにも残っていないはずなのに――。
「いい加減死になさい、死ねば楽になるでしょう、もし貴方にやり直すチャンスがあるとすれば、来世はそんな不完全な生物ではなく、羽虫程度には転生出来るでしょう」
「…………死んで楽になる訳ないでしょう、そんな事で楽になったら、私は生きていた事を後悔していた事になるじゃない、私は絶対に後悔なんかしてやらない!」
アンネの眼には強い意思が込められていて、ただならぬ気配を感じた。
「こんな痛み、とうの昔にてんこ盛りに味わったわ……それに比べればどって事無い! あんたのそのくだらない思想と一緒に、あんたをぶっ飛ばしてやるわよ!」
金属の杭を向けるアンネ、そして強い意志を持って言い放つ。
「ここからが本番よ!」
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「ここから本番……だとぉ」
シャーグは再び立ち上がったブルスに対峙していた。
胸を刺されていると言うのに、それを感じさせない圧を放って、百戦錬磨の戦士であるはずのシャーグさえ、冷や汗をかいて居る。
「強がりを言うな、お前は俺には勝てない!」
特殊技能『剛力』によって、獣人と張り合えるほどの力が出せるシャーグは、ブルスを圧倒していたのだ、今さら強がった所で意味など無い。
「ふっふははははっ、貧弱な種族風情が勘違いも甚だしい」
ブルスは高らかに笑うと、戸惑い圧倒されているシャーグへとその意味を告げる。
「貴様が幾ら特殊技能を使って俺に傷をつけ様が、それは特殊技能を使って居ない俺の話であって、本気の俺を倒した訳ではない!」
確かにブルスは特殊技能を使って居るそぶりなど無かった。
どうやらその自信の正体は特殊技能の様だ。
シャーグにはラナイの様な力量を量る術など無い、どんな特殊技能なのか自分で推測し判断しなければならない。
「教えてくれよう人間! 我が特殊技能は『狂乱』である!」
「へっ……そいつは親切にどーもな!」
わざわざ自分から教えるなど、やはり所詮は獣、頭がそこまで回らないのだろう。
剣を構えいかなる攻撃も迎撃できる様に、備える。
「親切、否! この特殊技能は一度発動すると、我が理性は吹き飛び本能のみで闘う狂戦士となる、これが貴様とする最後の会話となるであろう、故に俺は貴様にせめてもの手向けとして、貴様に教えてやるのだ!」
そう、これは親切などではない、憐れみに満ちた手向けである。
何も知らずに死ぬのは可哀そうだと言う、弱者に対する強者からの慈悲と憐れみ。
「我が意識が戻る時まで生きていたら、この真なる戦士ブルス様が貴様をただの戦士として認めてやろう」
そう言うと、ブルスは体の奥底にある魂のスイッチを入れる。
それこそ特殊技能『狂乱』の始まりだった。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアっ――――」
咆哮を上げ、シャーグへと斧を振う。
その眼には理性など欠片もなく、動く物全てを殺戮する狂った殺意と獣の本能、それだけだった。
「ぐおっ!」
剣で斧を受け止めるが、その力は明らかに先ほどとは違う。
特殊技能『剛力』を使って居るにもかかわらず、剣が弾き飛ばされてしまった。
「まだまだぁ!」
シャーグは剣の柄を両手でしっかりと握ると、斧をふるってガラ空きの胴体へと、その一撃を振う。
右胸から左脇腹にかけてを斬り裂いた。決まった、重傷を与え今度こそ勝利を確信するのだが――ブルスは傷などもろともせず、シャーグへと斧を振う。
「があっ」
防御した剣ごと吹っ飛ばされた、どうにか足を踏ん張ってブレーキをかけて止まった。
「なっ……鎧が」
長年彼の身を守って来た鎧が切り裂かれている、剣で受け止めきれず斧が当たったのだ。
それもかすっただけでこの威力、まともに受けたら死んでしまう。
一方ブルスは斬られたと言うのに、まるで怯んでいない。
それどころか傷口からの出血を無視して攻撃を仕掛けて来た。
「うおっ!」
剣で防御するが斧は止まらず、再びシャーグごとふっとばした。
重い一撃、特殊技能『剛力』によってどうにか耐えているが、それは力の全てを防御に回してようやくの事、しかもブルスの力はどんどん強くなり、攻撃は重くなっていく。
(……どうすれば、どうすればこいつを倒せるんだ)
圧倒的力を前に、シャーグは考える、どうすればこれを倒せるのか、自分は獣とは違う、本能だけではなく考える為の理性をもっている。
それなのに、目の前の敵を倒す術が全く思いつかない。
特殊技能『狂乱』。
ランクは3、魔力を使わず己の身体能力を上げる特殊技能。
強力な身体強化によって、理性は吹き飛び自我が無くなる。
痛みも感じず文字通り狂い乱れ暴れまくる、敵味方も戦慄させる凶悪な技。
一度発動すれば、理性がいつ戻るかは使用者にも解らない。
「グオオオオオ――」
ブルスは斧を振り上げると、シャーグ目掛けて凶刃を振り下ろす。
「うおおおっ!」
避けきれない、特殊技能を全力で使って防御を試みる。
渾身の力をこの一撃に注ぎ込んだ――。
しかし、剣は斧の一撃によって真っ二つに両断された。
「なっ」
ハルドラの鍛冶師が仕上げた最高の一品、それが根元から折れた。
最早防ぐ物など何もない、ブルスの一撃によって吹っ飛ばされ、木に激突したシャーグ。
鎧が凹み、全身に激痛が走る。
「くっ……くそぉ……」
シャーグは力を振り絞って立ち上がろうとするのだが――、彼の眼前ではもはや獣人でも戦士でもない、圧倒的な力をもつ獣と化したブルスが、力強い咆哮を上げている。
「あっあぁ……」
剣も折れ、鎧も壊れ、特殊技能も効かない。
こんな物にどうやって勝てばいいと言うのだ。
(俺は……こんな化物に勝てると思って居たのか――?)
どこをどうすれば勝てるのか、全く思いつかない。
圧倒的な力を前にして、シャーグは恐怖していた。
しかしもう何もかもが遅い、『狂乱』はいつ終わるか誰にも解らない。
これから始まるのは、圧倒的な力による蹂躙。
抗う事も出来ぬ暴力に、ただ一方的にやれる事しか出来なかった――。
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ラナイは、立ちあがったアンネを鼻で笑う。
ボロボロの彼女が、魔法使いとしての道を極めた自分にどうやって勝つと言うのだろうか――愚かで幼稚、今度こそ確実に息の根を止める。
魔力Aのラナイのまだまだ魔法が撃てる、しかし魔力Cのアンネはあと数発撃てば完全に枯渇するだろう。
ラナイは完璧な勝利を確信した。
「不完全で不浄な生き物風情が、ワタクシの手を煩わせるんじゃない!」
これで決めてやろう、杖を向けると魔法陣を展開させる。
「白魔法『光槍』!」
眩い光と共に光線が放たれて、アンネへと向かう。
「――だっ!」
激痛の体に鞭を打ちアンネは真横へ跳んで避けると、ガラ空きになったラナイへと渾身の魔法を放つ。
「青魔法『水流球』」
水の球は真っ直ぐラナイへと向かって飛んでいく、かと思ったのだが――彼女の眼の前に着弾してかすりもしなかった。
「ふっはははっ、なんですの! もう当てる力もないのですね!」
魔法使いが目標を外すなど、呆れて物が言えない。
こんなにも弱っていると言うのに、良くあれほどの大口が叩けた物だ。
大笑いするラナイへ、ボロボロのアンネは力を振り絞って言う。
「これで……良いのよぉ」
「……何がですの?」
アンネは金属の杭を向けると、力を振り絞って赤い魔法陣を展開させる。
「赤魔法『火炎球』!」
炎の球が発射されるのだが――それはラナイではなく彼女の手前へと着弾した。
やはりもう死にかけ、とラナイが思ったその時。
ボンッという音を立てて、真っ白な煙が立ち込める。
「なっ……水蒸気!」
炎によって水が一気に蒸発して、ラナイの視界を覆う。
(まさか眼つぶしの為に!)
それにしては水煙の量が多い、まさか今まで放っていた、青魔法の水もこれの為の布石だったのだろうか――。
「くっ――こざかしい真似を!」
自身の最強魔法『聖光円環』を放とうにも、アレは四方へと拡散していく魔法で上に跳ばれたりかがまれたりすると避けられてしまう。
むやみに乱発も出来ない、此処は確実にアンネのいる場所を捕捉して、魔法を放たなければならない。
(どの道、あの小娘の魔法は弱い、ワタクシの魔法で幾らでも返り討ちに出来る、恐れる事などない!)
ラナイは神経を集中させアンネを探す、同時にいかなる攻撃が来ても迎撃できる様に、杖を握る手に力を込める。
徐々に水蒸気が晴れて行くと、右手で炎を放とうとしているアンネの姿が見えた。
(今更赤魔法など!)
あんな炎ではラナイの白魔法の相手ではない、それでもなお弱い魔法を使うなど愚の極み、全力の白魔法を叩きこんでやるだけだ。
「聖なる光は廻り、不浄な悪を浄化する」
白い魔法陣が展開される。ラナイは内にある魔力を練り上げ、最大の威力で放出する。
アンネが炎を放ったほぼ同時に、ラナイは光を放った。
「白魔法『聖光円環』」
集束した光は解放され、衝撃が周囲に拡散していく。
拡散する光はまるで迫りくる壁の様に強大で強力、しかし炎は貧弱で光の前ではろうそくの火の様な物――が衝突する。
炎はいともたやすく消し飛ばされ、光はアンネをふっ飛ばしそれで全てが終わる――はずだった。
赤々と燃える炎が消し飛んだ瞬間、黒い靄の様な物が現れたのだ。
「――なっ、黒魔法!」
なぜ炎の魔法である赤魔法が闇、つまり黒魔法に変わったのだ。
そして光と闇、白魔法と黒魔法は相対する性質であり、技の威力など関係なく打ち消し合う――。
つまり、どんなに強い白魔法でも黒魔法の前では無効化されるのだ。
(なぜ赤魔法が黒魔法に――――まさか、特殊技能を!)
アンネの特殊技能『付呪』は、生物以外の対象に呪いを付着させる。
呪いとは、魔法が確立される前の威力の弱い原始的な魔力を使った技であり、現在は全く使われて居ない過去の遺物である。
しかしアンネは、この特殊技能を使って黒魔法に炎の呪いを付着させて、赤魔法に偽装したのである。
そして光と闇は触れ合った瞬間に、砕け散った。
脆く砕け落ちてゆく光と闇。
ラナイの放った最大の威力の白魔法は、圧倒的に弱い黒魔法によって防がれた。
「やあああああっ!」
そしてアンネはラナイに向かって走る、右手で金属の杭をしっかりと握りながら――。
(すっ水蒸気は『付呪』の偽装隠す為のフェイク、ワタクシが最強魔法を放つ時を狙って居た!)
威力が高い魔法を放てば、その分大きな隙が出来る。
ラナイの魔法を打ち消し、彼女が無防備になるこの瞬間をずっと狙って居たのだ。
「しっ、白魔ほ――」
「遅いのよ!」
ラナイが白魔法を放つその前に、アンネは全力の力で振り抜いた。
腹部に炸裂した。
「があっ――」
強烈な痛みと衝撃が体を突き抜けて行き、ラナイは仰向けで倒れた。
気を失いそうな痛み、飛びそうな意識をどうにか保とうとする。
「まっ魔法使いが、近接攻撃なんて……馬鹿に、してるの」
魔法使いなら魔法で勝負しろ、魔法の腕前ならラナイの方が圧倒的に優れているのだ、こんな半魔人の小娘なんかに負けるはずがない。
「私は、魔法使いなんて上等なもんじゃないわよ」
アンネは痛みに苦しむラナイに向かって堂々と言い放つ。
「私はメイドよ、魔法使いの流儀なんて知らないわ!」
アンネはメイド。
ブルスの様な戦士でもなければラナイの様な魔法使いでもない、そして彼等の様に上等な武器さえ持たない、ただの一介のメイドに過ぎない。
「……庭にあった柵の杭、適当に一本引き抜いて来ただけだけど……まさか効くなんてね」
アンネの攻撃はC、戦士であるブルスに比べれば圧倒的に低い。
しかしラナイは、防御力を示す耐久がE-と最低値。
紙耐久である彼女にとって武器でも何でもない柵によるCランクの攻撃は、それはそれは大ダメージだったのである。
「このワタ、クシ……めっメイド……なんか、に……」
完全に意識を失ったラナイ。
何もかもを見下していたラナイの完全な敗退だった。
「……弱いわね、メイドからやり直した方が良いんじゃないの?」
ブルスの特殊技能のランクを4から3に変更しました。




