1_28.ゾルダー中佐の心配
稚内空港 2025年4月16日 午前10時
9時からの首相会見は時間帯もさること乍ら内容も異様だった。
だが、全チャンネルが同じ放送を行い(どの局が同じ内容のニュースを流していても、この局だけはアニメを流す、と定評ある局も含めて)、"日本の異世界転移"を国民への周知を図った。結果は…スーパー、コンビニ、百貨店と空前の大混雑が訪れた。首相会見時において、同一の商品を3個以上購入しない様にお願いをした。また、販売店も数量販売規制を行って買い占めを防いだのだが…
"日本国は異世界に転移"
"国家が必要とする物資の統制が始まる"
"食料品も配給制となる"
"流通に存在する以外永久に入手不可の物がある"
これらの噂が日本国内を吹き荒れた。
その為、直ぐに手に入る食料品を買い占めようとする動きが発生した。次に、舶来品や嗜好品の類を求める人達が、やれ家族の人数分を3つずつ購入し、別の店でまた購入、という購入方法が頻発した。それでもまだ自分用であるならばマシであったが、自ら使用しない、つまり転売して利ザヤを設けようとする類が、大量発生した。僅か1日でだ。そんな感じで、国民は今購入出来る買い物に夢中だった。
そんな中、ガルディシア帝国ご一行は稚内空港に到着した。
事前に鉄道にて350km移動、その後800km程移動、と説明を受けていた。しかし今朝食事終了後に突然、二階堂外交官がゾルダー中佐に、今後の予定が変更になった事が告げられたのだった。
曰く、天候が回復したので飛行機で向かいます、と。
飛行機って何だ?飛行船の事か?こちらではそう表現するのか?それにしても、飛行船ならば確かに合計1,200kmであっても、鉄道よりは早く到達する事が出来るだろう。ゾルダーは納得しつつバスを降りたのだが、目の前に広がる光景は、彼の想像を裏切った。
飛行船では無い、だと?…なんだこれは??
飛行機とは、飛行する機械の事なのか?つまり目の前のこれか?気球部分も無しに、どうやって空に上がるのだ?おまけに推進用のプロペラも無い。
ガルディシア帝国ご一行は、通常のデパーチャーの経路を使用せずに特別にバスから直接に空港滑走路近くまで移動していった。特別専用機としてチャーターされたエアバスA321には搭乗タラップが接続されていた。ガルディシアの軍人達は、バスから降りたものの、どうして良いか分からず一塊にオロオロしていた。二階堂は、すぐさまゾルダー中佐に話しかけた。
「ゾルダー中佐、皆様航空機は初めてですよね。何も心配はいりませんので、まずはこの階段をあがって機内の方に進んで頂けますか?私も一緒に参りますので。」
すぐ傍に内調の高田が居るが表情は読めない。
きっと心の中でニヤニヤしているに違いない。
ともあれ全員チャータ機に乗り込んだ。
一番最初にガルディシアの軍人達はシートベルトに難儀していたが、自らの体を椅子にロックする仕組みに興味を示していた。機内の各席にはモニターが備え付けられており、離陸前の安全ビデオが流された。全員が食い入るように見ており、かなり大騒ぎをしていた。しかし離陸した瞬間に皆無口になった。
多分、体験した事の無い重力を感じたんだろう。そして窓の外を流れる風景とその速度、下に小さくなってゆく地面を見続けた何人かは、具合が悪くなって寝込んだ。
ゾルダー中佐は恐怖を感じていた。
空を飛ぶという事に対してでは無く、空を飛ぶ機械が普通に運行されているシステムに対してだ。この椅子に備えつけられたパンフレットは、文字は分からないが、一般向けに書かれているように見える。これは交通インフラの一部で、特別な物ではないように見える。先程の離陸の速度も常軌を逸してる。飛行機の両脇から突き出ている板にぶら下がった丸いものが恐らくエンジンだろう。だが、恐らくは蒸気による物ではない、もっと効率の良い燃料か仕組みを利用した物だ。恐ろしい程の技術的な格差がそこに存在しそうだ。そういえば、バスも凄かったしな…
それにだ。細かい事を言うなら昨晩に宿泊したホテルも、部屋に備え付けられた備品の数々は、信じられない事を容易く実現している。冷やす、温める、沸かす、こんな事でも帝国では容易ではないのだ。"てれび"という機械も、まるで写真が動いているかのようだ。つまり、映像を送る能力があるという事は通信技術が段違いに上だ。我々の通信能力は、精々が有線によるものだ。しかも送る事が出来る内容は単音しかなく、表現能力に乏しい。外交官のニカイドーやタカダは
板状の"すまーとふぉん"という通信機器を持っていた。これは無線が実用化されているという事だ。しかも、この通信機器の能力はそれだけではない。宴会の席で見せて貰ったが、映像も送れるという。これを戦場で使ったなら、各艦の行動をもっと統制可能になるだろう。司令が定めた指示をタイムラグ無く、しかも口頭にて正確に行える。これは艦隊に戻る際に、手土産として欲しいものだな。
だが…
俺が持ち帰る情報は、有効に活用されるのだろうか?ニッポンの連中はガルディシアと国交を結びたがっている様に見える。だが、我が皇帝陛下はニッポンに対してどう思うのだろうか。もしかして報告の良い面や便利な所ばかりに目が行って、併呑や占領を目論む方向を考えるかもしれない。実際に、この目で見て、触ってみてこそ凄さが分かる。ただの報告だけを聞いたら、どんな欲が出てくるとも限らない。ニッポンを敵に回した場合…海軍は大した事無かったが、あれが全てだとは思えない。あの白い船は実際小口径の砲が2門だけだったが。これほどの技術を持って、あれだけとは思えない。間違った方向に判断してくれるなよ、頼むから。
ゾルダー中佐の悩みは続く。




