まさかの呼び出しと馬子にも衣装
「おはようございます、麗珠様! 今日は忙しくなりますよ!」
ある日、目が覚めると腰に手を当てた静芳が瞳を輝かせて挨拶をしてきた。
「何? 更に引っ越すの?」
先日、静芳と話をした後に今まで住んでいた物置から、朱宮の建物に引っ越しをしている。
同時に服も上質な生地になり、正直肌触りが良すぎて落ち着かない。
食事が普通になったのはありがたいが、そもそも朱家でも質素な食事だったので、とても食べきれずに量を減らしてもらった。
世の姫君はあれをすべて食べるのかと衝撃を受け、少しずつ食べてあとは残すと聞いて更に驚いたものだ。
「いいえ、違います。まずは湯浴みから始めましょう」
「昨日、お風呂に入ったわよ? 臭い? 血の臭いがするの?」
気になって腕の臭いを嗅いでみるが、よくわからない。
「その前に、鳥を仕留めるのをおやめください。絞めるのも、麗珠様がすることではありません」
「私が奪った命よ。責任をもって絞めるし、食べるわ!」
「食べたいだけですよね。そんなことよりも、湯浴みです。今まではあれでしたが、元はいいので磨けば光ります」
女官の一人が用意ができたと報告すると、静芳が待ってましたとばかりにうなずいた。
「あのね。仕えてとは言ったけれど、無理はしなくていいの。血まみれでなければいいから」
「駄目です。特に今日は」
抵抗空しく寝台から引きずり出された麗珠は、とりあえず用意された水を一口飲んだ。
「何? 何かあるの?」
「昨日、ご説明しましたよね」
じろりと睨まれるが、昨日は久しぶりの鳩肉に心と胃袋が踊り、正直何を話したか憶えていない。
ちなみにお肉は香ばしく焼き上げたのだが、あの香りを思い出すだけで白飯一杯いけそうである。
今なら白飯を貰えるので、朝ごはんはそれだけでもいいくらいだ。
「皇帝陛下が! 麗珠様をお呼びになったのですよ!」
「えー、何で。面倒くさい……」
頬を紅潮させて報告する静芳に対して、麗珠の表情は一気に曇る。
「何をおっしゃるのです。これは麗珠様の晴れ舞台ですよ!」
「連絡とかじゃないの? ほら、そもそも後宮入りの挨拶すらしていないし」
「いいですか。即位より十年、一度たりとも四家の姫どころか誰一人お召しにならなかった陛下ですよ!」
ずっと後宮仕えだった静芳からすれば一大事なのだろうが、麗珠にとってはただの厄介事でしかない。
「ということは、直接後宮を出ますと言う絶好の機会じゃない。皇帝が命じれば一発だもの、話が早いわ!」
浩俊も頑張ってくれてはいるのだろうが、やはり手間取っているようだし、ここは最高権力者の一声で解決するのがいいだろう。
素晴らしい名案に麗珠は御機嫌だが、静芳は何故か深いため息をついた。
「あの簪をいただいておきながら、よくもそんなことを」
「何?」
水の横に用意されていた干葡萄を食べていると、静芳がぐいぐいと麗珠の背中を押す。
「とにかく時間がありません。急ぎますよ!」
急ぐという言葉通り、確かに素早く浴室に連れて行かれたのだが、その後は本当に急いでいるのか問い詰めたい事態の連続だった。
体と髪を洗い、香油を塗り込み、体を揉み解された時点でおかしいと思ったが、用意された服を見て嫌な予感は的中した。
後宮入りする際に、麗珠はそれなりに着飾ったと思っていた。
だが、あれはほんの序の口だったらしい。
すべての着替えと化粧を終えた麗珠は、未だかつてない疲労感に襲われていた。
「ねえ。何だかもう、眩しいんだけど。この服……」
鏡の前に立った麗珠は、とても石を投げて鳥を落とし絞めて揚げて食べる人間だとは思えない姿だった。
直襟の衣は淡い緑色。
それも麗珠が今まで着ていたような色褪せた布ではない。
春の野のような華やかで優しい緑色の生地を使った衣は、袖に小さな白い花の刺繍が施されている。
裳は淡い緑と白の生地を交互に使った縦縞で、その色味だけで爽やかな風が吹き抜けるようだ。
緑の生地は裾に向かって色が濃くなっていて、全体に白と桃色の牡丹が咲き誇っている。
帯は淡い黄色に緑の葉が散らされていて、ほんのりと桃色に染まった領巾まで用意された。
髪は結い上げられて龍蛍からもらった簪を挿し、うっすらと紅を差す。
どこからどう見てもお姫様という装いに、麗珠の疲労が更に増した。
これが世に言う『馬子にも衣装』というやつなのだろう。
「ええ、本当に。悪くないとは思っていましたが、まさかこれほどとは。さすが、陛下はお目が高い」
「いや、眩しいのは服ね」
大体、皇帝とは会ったこともないのだから、目が高いも低いもない。
静芳が仕えてくれるのはありがたいが、どうも主人に対して目が曇りがちのような気がしてきた。
これは、異母姉の言うことを真に受けて麗珠を目の敵にしたのもうなずける。
「それにしても、こんな服いつの間に用意したの? 異母姉のおさがり?」
後宮入りした時に着た服ではないし、それ以外にまともな服などなかったはずだが。
「まさか。一応旦那様が用意したものがございますが、これは違いますよ」
にこりと微笑む静芳を見て、麗珠は驚きで目を瞠る。
「え。私財で用意したの? 静芳の仕えるって、やっぱり重い」
「違います! 大体、この品質のものを用意など、金銭的にも時間的にも無理です。……その簪と同じですよ」
静芳の視線の先にあるのは、麗珠の頭だ。
結い上げた髪にいくつかの簪を挿しているが、名指しされるものはひとつしか思い当たらない。
「え……龍蛍?」
微笑んでうなずく静芳を見た麗珠は呆れてしまい、ため息と共に首を振った。
「あの馬鹿。また無駄遣いをして。今度会ったら、叱らないと」
「では、後で直接お話してください。――さあ、参りますよ」
静芳の勢いに負けて部屋を出るが、後で直接とはどういうことだろう。
もしかして、皇帝との謁見の場に龍蛍も来るのだろうか。
皇弟だか皇子なのかがわかるかもしれないが、どちらにしても無駄遣いを止めるよう伝えなければ。
麗珠は慣れない華やかな衣装と沓に難儀しながら、朱宮を出た。
光らなくてすみません。
かわりに踊ります。
モウコ(ง -᷄ω-᷅ )ว ٩( -᷄ω-᷅ )۶(ง-᷄ω-᷅ )ว ( -᷄ω-᷅ و(و ハァーン☆
中華後宮風蒙古斑ヒーローラブコメ「一石二寵」!
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明日も2話更新予定です。
「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
12/2書籍2巻発売、12/3コミカライズ連載開始に感謝を込めて肉祭り!本日最終日!




