番外編 浩俊は双子の兄が可愛くて仕方ない
「これ、浩俊にやる。俺は、兄だからな」
当時、浩俊は十歳。
双子の兄である龍蛍の見た目は五歳。
――この一言で、浩俊は人生を小さな兄に捧げることを決意した。
「今でも思い出せます。あの時の龍蛍の顔。小さな手に饅頭を乗せて、頬を染めて。本当に可愛らしかった」
うっとりと思いを馳せる浩俊を嫌そうに見つめているのは、龍蛍。
その見た目は、十五年以上経っても変わらず五歳ほどの子供のままだ。
桃斑を持つ者は、暁妃と呼ばれる存在に出会って光を与えられないと体が成長しない。
端的に言えば、おしりが光らないと子供のままなのだ。
皇帝が子供姿であると明かすわけにもいかず、また危険であるために、代理として表に出るのが影官だ。
基本的には容姿が似ている兄弟が選ばれるとはいえ、影官になるのを拒む者も多い。
「浩俊は、嫌にならないのか」
椅子に深く腰掛けたせいで宙に浮いた足をぷらぷらと揺らしながら、龍蛍がうつむいた。
「まあ、影官という役職に旨味はほとんどありませんね。皇帝が子供姿の時に、表に代理で立つだけですから」
「それだけじゃないだろう」
龍蛍の言いたいことはわかっている。
影官はただの代理ではない。
桃姓を捨てて葉姓を名乗るのは、ただ帝位の権利を失うという意味だけではないのだ。
影官が皇帝を弑してそのまま帝位を奪うことのないように、呪いとも言える制約を課せられる。
もしも龍蛍を裏切って殺そうとしようものなら、その前に浩俊が命を落とすことになるだろう。
皇家の姓を外され、帝位から遠ざけられ、代理の役目を終えた後は補佐官として忙しく、その忠誠を疑われれば命を落としかねない。
正直、利点はほぼないのに制約ばかりなのだから、嫌がる者が多いのも納得だ。
だが、浩俊に限ってはそのあたりは何の問題もなかった。
「それでも龍蛍のそばにいて、その姿を愛で、役に立てるのですから。私は幸せですよ」
「……おまえは、ちょっと……あれだな」
満面の笑みを湛える浩俊に、龍蛍は小さな首を傾げてため息をついた。
********
「でも、おしりが光っていたし。炭か蝋燭か……とにかく危ないわ」
その言葉に、血の気が引くのが自分でもわかった。
森の中で破廉恥な女におしりを狙われているのかと思ったら、とんでもない事態だ。
「――何故、言わなかったのです!」
「……気のせいかもしれない」
浩俊が睨みつけると、龍蛍はばつが悪そうに視線を背けた。
「気のせいでおしりが光りますか! この馬鹿が!」
激昂する浩俊とは対照的に、龍蛍は唇を引き結んで無言のままだ。
普通、人間のおしりは光らない。
龍蛍の様子からして、おしりが光ったというのは事実。
だとすれば、それを可能にしたのはこの破廉恥女。
後宮内で女官の服装ではないところをみると、下働きだろうか。
何にしても、この破廉恥女……いや、この少女が龍蛍に光を与える暁妃ということになる。
頭を下げる浩俊を見た少女は何故か逃げ出してしまったが、後宮内にいるのだから焦ることもないだろう。
「それで。間違いなく光ったのですね?」
「気のせいかもしれない」
不満そうに唇を尖らせる龍蛍は可愛いが、今はそれどころではない。
「おしりが光るのが嫌なのはわかりますが、成長するためには必要なことです。このままずっと子供の姿で……いるのも可愛いですが」
うっかり漏れた本音に、龍蛍がじろりと浩俊を睨む。
怖くないどころか可愛いのだが、それを言うとこじれるので胸にしまっておこう。
「暁妃は生涯にただ一人。あの子がそうなら、つまりは将来の皇后候補です。きちんと関係性を築いてくださいよ。何せ桃斑の成熟には、暁妃と互いに想う気持ちがなければいけないのですから」
「だから、気のせいかもしれない!」
桃斑を持つ者に受け継がれる『蛍』の名を嫌っていた龍蛍にとって、おしりが光ること自体が受け入れがたいのだろう。
「本当に気のせいかどうかは、じきにわかるでしょう」
あの少女が暁妃で、龍蛍のおしりが光ったのならば、じきに成長が始まる。
可愛い子供姿ではなくなるのかもしれないのだから、浩俊にはそちらの方が一大事なのだった。
********
暁妃が朱家の姫だったと判明した時には、正直ほっとした。
いくら唯一無二の存在とはいえ、下女を将来の皇后に据えるというのはなかなか面倒だ。
その点、四家のひとつ朱家の姫ともなれば、その家格も教養も何ら問題ない。
もともと普通の皇帝も四家の姫の中から皇后を選ぶことが多いのだから、自然に事を運べるだろう。
最初に見た時にはだいぶ質素な格好だったが、龍蛍が贈った服を身に纏った姿は見違えるようだった。
漆黒の髪に珊瑚色の瞳が映える姿は他の姫達のような儚い可憐さはないものの、まっすぐに伸びる樹木のようにいきいきとして美しい。
龍蛍は自身の瞳と名を模した簪を作らせて麗珠に贈っており、黒髪に挿したそれに満足そうだ。
おしりを光らせ成長を促すという役目以上の感情を麗珠に向けているのは明らかで、見守る浩俊まで何だか甘酸っぱい気持ちになる。
このまま麗珠といい関係を築いて桃斑を成熟させるかと思いきや、問題は意外なところに出現した。
皇帝がその名と瞳を模した簪を贈り、後宮内で唯一妃の位を授けたというのに、麗珠にその意味が伝わっているようには見えなかったのだ。
「龍蛍はこんなに可愛いのに。何故、麗珠様は骨抜きにならないのでしょうか」
龍蛍にお茶を差し出すと、浩俊もその向かいに腰を下ろす。
本来ならば皇帝とこんな風にお茶を飲むなどありえないことだが、他ならぬ龍蛍が許可しているので問題ない。
「まさに、その可愛いが問題なんだ。麗珠の中で、俺はどうやら五歳のままらしい」
「あの小さな龍蛍を忘れられないというのは、わかりますね」
麗珠のおかげで龍蛍はすくすくと成長しているし、もうじき浩俊に追いつくだろう。
大きくなっても可愛い兄には違いないが、小さな龍蛍が懐かしくなるのも仕方がない。
「四家の姫として後宮入りしたので話が早いと思っていましたが、まさかの展開ですね」
四家の姫は皇帝の妃となり、その中から皇后が選ばれるのが慣例だ。
当然、それに見合う教養と美貌、それから妃となる心構えも持っていると思っていたのだが。
朱麗珠は朱家で使用人同然に虐げられ、本来学ぶべきことが不足している。
それどころか、本人は異母妹が後宮入りするまでのつなぎだと思っていて、いずれは狩人になると言う始末だ。
「おまえは、何で楽しそうなんだ」
「一途な龍蛍も可愛いですし、それが全然伝わらずにあしらわれる龍蛍も可愛いですし、落ち込む龍蛍も可愛いですし、不機嫌な龍蛍も可愛いからですよ」
正直に説明すると、龍蛍は嫌そうに翡翠の瞳を細める。
「……浩俊は、ちょっとおかしいよな」
「そうして私を胡散臭そうに見る龍蛍もまた、たまりません」
にこにこと微笑む浩俊を見ていた龍蛍は、やがて何かを諦めたようにため息をついた。
明日も番外編更新予定!
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
モウコ(ง -᷄ω-᷅ )ว ٩( -᷄ω-᷅ )۶(ง-᷄ω-᷅ )ว ( -᷄ω-᷅ و(و ハァーン☆
「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
書籍2巻発売中!
ゼロサムオンラインでコミカライズ連載開始!




