皇帝のおしりは常人の理解を超える
「……は?」
何を言われたのか理解できず、麗珠は目を瞬かせる。
「皇后だ」
「皇后って、皇后?」
「皇后だ」
「皇帝の妻の皇后?」
「だからそう言っているだろう」
物わかりが悪いなと言いたげな顔だが、信じられないのだから仕方がない。
「でも、暁妃は皇后を迎えると記録から消えるって」
以前に龍蛍もそれを認めていたではないか。
「麗珠が思っているのとは、少し違うな。暁妃は桃妃となり、皇后となる。皇后となった以上、暁妃とは呼ばない。だから記録からは消える」
「そ、そういう意味なの!?」
確かに『暁妃は役目を終え、地寵を授かる皇后が迎えられた』のであって、暁妃は後宮を追い出されるという言葉はなかった。
それはつまり、麗珠が暁妃から桃妃に……皇后になる、ということか。
「でも。だって、無理よ」
「何故?」
勢いよく首を振る麗珠を、龍蛍が不思議そうに見つめる。
「さっきも、男達に攫われたし相応しくないって」
「何かされたのか?」
「されてない!」
龍蛍は一瞬眉を顰めたが、即答で否定する麗珠を見てすぐに表情を緩めた。
「それなら、問題ない」
「問題よ。事実はどうあれ、貞操を疑われる皇后だなんてあり得ないでしょう」
「何もないのは麗珠の顔を見ればわかる。俺は皇帝だぞ? 俺が助けに行って何ともないと言っているんだから、これ以上の証明はない」
それはそうかもしれないが、何だか随分と乱暴な理屈のような気がする。
「そうだ。あの時、何で嘘をついたの?」
「嘘?」
まったく心当たりがない、とばかりに首を傾げるのはやめてほしい。
ちょっと可愛いとか思って鼓動が早まるので、本当にやめてほしい。
「じ、純潔!」
麗珠の純潔は既に貰っているだなんて、あまりにも酷い嘘だ。
だが、当の龍蛍はまったく悪びれる様子がない。
「ああでも言わないと、うるさいだろう。それに麗珠は俺の部屋に泊まったんだ。要はそういうことだと皆認識している」
「そんな。だって、何もないって説明したのに!」
わざわざ四家の姫に直接伝えたし、それを女官達も聞いていたのだから広まっているはずなのだが。
「おまえが何を言って、聞いた人がどう思おうとも、皇帝の寝室で一夜を過ごしたという事実は変わらない」
「何てことなの」
身の安全と蛇のために避難したはずなのに、恐ろしい事態を引き起こしている。
やはりあの時、無理をしてでも朱宮に帰るべきだったのだ。
「そうだ」
何かを思い出したとばかりに声を出すと、そのまま龍蛍は椅子から立ち上がり、麗珠の足元にひざまずく。
そして麗珠の足をすくい取ったかと思えば、そのまま足の甲に唇を落とした。
「な、何するのよ!」
慌てて足を引くとため息をつかれたが、意味がわからない。
「他の男に脚を見せない、と約束しただろう。それを、あんな男共にまで惜しげもなく晒して」
不満そうに隣に座られたが、麗珠だって不満しかない。
「言い方がおかしいわよ! 別に脚を見せようとしたわけじゃないわ。動きにくかったんだから、仕方ないでしょう」
必死の逃亡と攻防なのだから、脚がどうとかいう次元ではない。
麗珠としては当然の主張だったのだが、龍蛍の表情は曇ったままだ。
「そもそも、攫われた妃が自力で逃げ出して交戦している時点でおかしいんだよ。大人しく助けを待っていればいいものを」
「そんな、来るかどうかもわからないものを、待っていられないわ。誘拐の実行犯が後宮内の女官なんだから、早く伝えないと危険じゃない」
それまで不満そうな顔で麗珠の話を聞いていた龍蛍は深い息をつき、そして困ったように笑った。
「だから、おまえは目が離せないんだよ」
龍蛍は手を伸ばして麗珠の頭を撫で、髪に挿された簪に触れた。
「ずっと欲しいものがある、と言っただろう?」
「それが……私?」
微笑みながらうなずく龍蛍に暫し見惚れた麗珠は、我に返って勢いよく首を振った。
「駄目よ、無理!」
「何故?」
「だって、皇帝は沢山の妃を持つでしょう」
今までは龍蛍が子供の姿という特殊な状況だから、後宮内の姫どころか誰一人召されることはなかった。
だがもう龍蛍は大人なので、本来あるべき後宮の形に戻されるはず。
そして大勢の女性の中の一人になるのは耐えられない、と麗珠の中で結論が出ているのだ。
「それなら、安心しろ。麗珠は一人に愛されたいと言っていただろう? それは叶えてやる。もともと他に妃を持つつもりもないしな」
「駄目よ! 後宮は世継ぎを育む場でしょう? 妃を持つのも、皇帝の仕事のうちじゃない」
龍蛍個人の人柄の問題ではなくて、それが皇帝であり後宮というもの。
だからこそ、受け入れられない麗珠が退出するべきなのだ。
「麗珠が産んでくれれば問題ない」
「そういうことじゃないわ」
さらっと麗珠が龍蛍の子を産むとか言うからドキドキしてしまったが、問題はそこではないし、何も解決していない。
「桃斑を持つ皇帝は、桃の寵を持っている。暁妃を得て成長するまでは大変だが、その加護は計り知れない。そのぶん特例として色々許されている。力の一端として寿命が長いし、その伴侶である桃妃も同様。焦らなくても、時間はある」
「寿命?」
突拍子もない話だが、おしりが光って成長するくらいなのだから、そんなことが起こってもおかしくないのかもしれない。
本当に、皇帝のおしりは常人の理解を超える。
「でも、四家の姫がいるのに」
「もともと後宮入りした四家の姫は、皇帝の妃になる。それに加えて美姫を囲う皇帝も多いが、俺はそのつもりはない。妻は麗珠一人でいい」
まっすぐに麗珠の瞳を見つめて告げられる言葉に、恐らく偽りはない。
だが、それでも納得できない点がある。
「それじゃあ、四家の姫は実家に戻すとでもいうの?」
「いや。後宮本来の役割は皇帝の子孫を残す場だが、それだけではない。四家の姫はそれぞれの家の代表として、後宮で皇帝に仕えている。いわば政治的な意味も強い」
だからこそ後宮内のそれぞれの宮に姫を置いているのだから、皇帝といえども蔑ろにはできないはずだ。
「今までの姫同様、現在の四家の姫も望めば家に戻すことはできる。その場合は、誰かを代わりに後宮入りさせてもらうことになるが、俺の子をなす妃としての役割はない」
「それ、後宮の意味があるの?」
「俺個人で言えば、不要だな。だが、子の養育の場、伝統行事の継承、多くの使用人の職場としての役割がある。四家のうちひとつだけが後宮に宮を持つというのも、力の均衡が崩れるので良くない」
それはそうだ。
仮に麗珠が皇后になり他の姫が実家に戻ったら、後宮には朱宮の主である麗珠しかいなくなる。
朱家だけが後宮で力を持つというのは、四家全体の均衡を崩しかねない。
国は皇帝一人で支えるわけではないのだから、そのあたりも考慮しなければならないのだろう。
「それに俺は桃斑持ちだから色々と特殊だが、次世代からは今まで通りの後宮が必要になる。安易になくせるものではない。四家の姫は対外的な立場から妃の位を与えることになるが――俺の妻は、麗珠一人だ」
いよいよ明日で完結!
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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