ぐだぐだ言わずに
「――は⁉」
麗珠と青家当主が同時に叫ぶが、龍蛍はまったく表情を変えることはない。
「既に同衾したと聞いていないのか?」
「それは!」
麗珠が弁解しようと口を開くと、龍蛍が視線でそれを押しとどめる。
まったくの濡れ衣ではあるが、静芳によると確かにそういう認識をされているらしい。
それにわざわざこんな公の場で言うのだから、何か考えがあるのだろう。
……なかったら、許さない。
「大体、妃である麗珠がまだ純潔だと何故思った?」
「それは。暁妃様自ら何もなかったと」
言った。
確かに言った。
四家の姫に余すところなく、言いに行った。
龍蛍が恨みがましい視線を寄越したが、真実なのだから麗珠は悪くない。
「暁妃は恥ずかしがり屋でな。まあ、そんなところも可愛いが」
まさかの展開に麗珠は何も言えずに頬を染める。
話の流れで言葉の綾だとわかっていても、好きな人に可愛いと言われれば嬉しいのが乙女心だ。
……よく考えると、自分の乙女心を自覚したのは今が初めてかもしれない。
今日は乙女心記念日だ。
後で鳥でも仕留めに行こう。
もやもやも解消できて美味しくて、まさに一石二鳥である。
退出するにしても、一羽仕留めるくらいの時間はあるだろう。
「ということで、暁妃に問題はない」
「ですが!」
なおも食らいつく青家当主に、龍蛍は口元を綻ばせる。
「そんなに不服ならば、今ここで処刑するか?」
龍蛍の言葉に従うように兵士たちが一斉に剣に手をかけ、姫達が細い悲鳴を上げる。
今にも動き出しそうな兵士を龍蛍が手で制すると、ほっと息を吐いた青家当主が隣の明鈴を睨みつける。
「おまえが陛下に見初められないから! 異国の血が入った娘など、やはり役立たずだ!」
「麗珠様は、その役立たずのために足が汚れることも厭わずに母の形見を守ってくださり、刺繍の意味も知ることができました。その恩義に報いるのも、正当な暁妃の身を優先するのも当然のこと。……今まであなたの指示に従っていた私が、愚かだっただけです」
青家当主から目を逸らすことなくそう言うと、明鈴は龍蛍に視線を移し、頭を下げた。
「陛下にお願いできる立場ではないと重々承知しておりますが、どうかお聞きください。私の寵は『惑声』。声により相手を惑わし従わせます。青家当主が筆頭女官に指示を出し、私がそれに従って操っていただけです。暁妃殿下誘拐が無罪になるとは思っておりませんが、どうぞ女官達の処罰にはご温情を賜りますよう、お願い申し上げます」
「余計な事をペラペラと!」
手を上げようとする青家当主を見た瞬間、麗珠の足は勝手に動いていた。
明鈴の前に立ちふさがる形になったが、青家当主は振り上げた拳を収める気配がない。
だが拳が麗珠を捉えるよりも先に、龍蛍の手がその腕を捻り上げていた。
「麗珠、大丈夫か?」
「う、うん」
青家当主の汚い呻き声を何ら意に介する様子もない龍蛍は、うなずくと更に腕に力を込める。
「まったく。そういうのは私や兵に任せればいいのですよ」
呆れたとばかりに肩をすくめて浩俊が近付くと、青家当主の腕を引き渡す。
「うるさい」
「麗珠様が心配なのは、わかりますが」
「うるさい」
にこやかな笑みと共に浩俊が腕を捻ったらしく、広間に汚い呻き声が響いた。
「我が暁妃と、命がけで訴えた娘のおかげで命拾いしたんだ。ありがたく思え。――本来ならば、八つ裂きでも生ぬるい」
最後の言葉と共に発せられた殺気と鋭い視線に、青家当主ばかりか麗珠も小さく震える。
迫力に圧されたらしい青家当主がその場に崩れ落ちると、兵士が連れ出した。
それを見た明鈴は龍蛍に一礼する。
共に下がる気だとわかった麗珠は、歩き出した明鈴の手を慌てて掴んだ。
「麗珠様?」
驚いた表情の明鈴も可愛らしいが、今はそんなことを考えている場合ではない。
青家一家は平民になるのだから、当然四家の姫でなくなる明鈴は後宮を出ることになる。
父親があの様子ではつらく当たるのは目に見えているし、かといって生粋の姫君が一人で平民として暮らせるとはとても思えない。
麗珠は明鈴の手を握ったまま、龍蛍を見上げた。
「りゅ――陛下。私に明鈴をください」
龍蛍は少しだけ眉を動かしたが、表情を変えることなく麗珠を見つめている。
「貰ってどうする。既にそれは四家の姫ではなく、ただの平民だ」
「でも、刺繍が上手です」
「は?」
何を言い出すのだと言わんばかりの困惑した声だが、興味を持ってくれたのならありがたい。
「陛下もご存知の通り、私は刺繍が苦手です。このままでは来年の乞巧節は仮病を使って休んでしまうかもしれません。私には、明鈴が必要です」
一年後に麗珠が後宮にいるとも思えないが、そんなことはどうでもいい。
今の麗珠は皇帝が唯一妃の位を与えた『暁妃』なのだから、この立場を最大限に使うしかない。
もともと四家の姫として教養は問題ないのだから、麗珠がいなくても後宮で女官として十分にやっていけるだろう。
花琳はちょっと性格がアレなので、是非他家でお願いしたい。
体力はなさそうなので鍛えてもらうしかないが、平民になってあの父親と一緒に暮らすよりは絶対にましなはずだ。
勢いで訴えたが、よく考えたらすべて麗珠が勝手に考えて行動したことだ。
……もしかすると、ただの迷惑だったのかもしれない。
誰も何も言わないので弱気になってきた麗珠が恐る恐る明鈴を見ると、可愛らしい瞳がこぼれ落ちるのではないかというほど目を見開いていた。
「で、ですが。私は麗珠様を攫う手助けをしました。嫌がらせもしています。朱宮に、バッタや蝶を」
「いいよ、特に困っていないし、蝶は綺麗だったし。ただ、蛙がいるところにバッタを置いたら食べられるから駄目よ。効率が悪いわ」
「こ、効率?」
明鈴は困った様子で首を傾げるが、すぐに首を振る。
「それから、乞巧節で階段に水を撒きました」
「明鈴は露台の上にいたわよ」
「ですが、私の指示で」
「というか、指示されて従っていたんでしょう? ああもう、面倒ね。全部構わないと言っているのよ。――ぐだぐだ言わずに、私に仕えなさい!」
叫んでからどんな押し売りだと後悔したが、明鈴を後宮に置きたいという意思に間違いはない。
ただ、これで「後宮にいたくない」と言われたらどうしようもないが、その場合には一緒に後宮を出て麗珠が養うというのもありかもしれない。
「麗珠のそばが嫌だ」と言われたら……それは、その時考えよう。
しんと静まり返った広間に、龍蛍の笑い声が響く。
ひとしきり笑ったかと思うと、翡翠の瞳が麗珠に向けられた。
「確かに、刺繍の腕前はアレだ。妃に乞巧節をずる休みされるのも困る。青明鈴……いや、もうただの明鈴だな。おまえに、私の妃に仕える覚悟はあるか?」
龍蛍の言葉に肩を震わせた明鈴は、瞳を潤ませながらその場に平伏する。
「陛下がお許しくださるのなら、麗珠様に私の命を捧げます」
「え、重い。そこまではいいよ」
静芳といい、何故そのあたりが極端なのだろう。
そこそこ仕えてくれたらそれで十分だし、命はいらないのだが。
麗珠が差し出した手を握って立ち上がった明鈴が微笑むと、涙が一筋こぼれ落ちる。
すると雪蘭と玉英が同時に手巾を差し出す。
まさかのかぶりに少し気まずそうにする二人の手から手巾を受け取った明鈴は、小さな声で「ありがとう」と呟き、手巾をぎゅっと抱きしめた。
「さて。姫君達には悪いが、まだ終わりではない」
龍蛍が視線で合図を送ると、兵によって黄宮の外に繋がる扉が開かれる。
そこに立っていたのは、麗珠の父である朱家当主と花琳だった。
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そろそろ終盤!
おしりの準備はいいですか!?
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