逃すか、お菓子
約束も先触れもなしで訪問したので会えないかもしれないと思ったが、意外にも桃宮の女官達は麗珠を案内してくれる。
運良く龍蛍も桃宮内にいたらしく、お茶を用意されている間に走って部屋に飛び込んできた。
「急にごめんね。何か急いでいたの?」
慌てた様子で呼吸を整える龍蛍に、退室する女官達が何故かにこにこと微笑んでいる。
「いや、まさか麗珠から来てくれるとは思わなくて。ちょうど、朱宮に行こうかと思っていたところだ。……体は、平気か?」
当然のように麗珠の隣に腰を下ろすが、この調子で今後は皇后や妃の隣に座るのだろう。
好意を自覚した今となってはあまり嬉しい光景ではないので、出来れば目にする前に後宮を去りたいものだ。
「ああ、麗珠様。お元気そうで何よりです。体調が優れないようなら、すぐにお伝えください。それから、いざという時には声を上げていただければ参上しますので」
浩俊はそう言って机の上にお菓子を並べると、笑顔のまま去っていく。
その隙のない動きと速度に、麗珠はただ見送ることしかできなかった。
既に龍蛍と浩俊は瞳の色くらいしか違いが判らなくなっているが……いざというのは、何なのだろう。
「私、この量のお菓子を食べきって、おかわりを要求すると思われているの?」
浩俊が机に用意したお菓子は常の数倍の量で、とても食べきれそうにないのだが。
「浩俊のやつ! いや、いいんだ。麗珠は気にしなくていい」
慌てる様は可愛らしいが、それでもその表情も仕草も大人の男性だ。
いっそ子供のままでいてくれたら、こんな面倒な気持ちも生まれなかっただろうに。
少しの八つ当たりを込めて睨みつけようとするが、笑みを向けられてしまい敢え無く撃沈する。
ただ美しいだけでも十分な威力だったのに、そこに好意が加わるともはや兵器。
よく今まで平気だったな、と自分を褒めたいくらいだ。
ため息と共にお茶に口をつけていると、龍蛍がじっとこちらを見つめているのに気が付いた。
「何だか、元気がないな。やはり、まだ痛むのか?」
「違うの、平気。龍蛍が大きくなったなと思って。もう浩俊と変わらないくらいだから」
「ああ、もうすぐだ。これも麗珠のおかげだよ」
屈託のないその笑顔が眩しくて、麗珠は愛想笑いを浮かべるのが精一杯だ。
もうすぐ。
……本当に、もう終わりがくる。
わかっていたことなのに、龍蛍の口から聞くそれは何倍もの重みで麗珠の心を押し潰した。
すると微笑みを浮かべた龍蛍は何かを取り出したかと思うと、両腕を麗珠の首の後ろに伸ばす。
胸元の重みに視線を下げて見れば、そこには美しい赤い玉の首飾りがあった。
事態が飲み込めずに顔を上げると、龍蛍は翡翠の瞳を細める。
「麗珠の名は、麗しい珠と書くだろう。瞳の色に合わせて珊瑚で作らせた」
「これ、私に?」
「もちろん」
満足そうにうなずくと、龍蛍は饅頭をひとつ口に放り込む。
「そうか、任務完遂の褒美ね。ありがとう」
「うん? まあ、気に入ってくれたのなら良かった」
贈られた沢山の衣装は後宮を出て狩人になる際に持ってはいけないけれど、首飾りならば身に着けていられる。
それが嬉しかった。
「ねえ、龍蛍。暁妃は皇后が迎えられると記録から消えると聞いたわ」
暁妃がどうであれ、麗珠は後宮を去る。
だから聞く意味もないし往生際が悪いとは思うが、気にはなるので聞いておきたかった。
「どこにそんな記録が?」
「書庫で、玉英が見つけたの」
「ああ、なるほど。一度、しっかりと確認して管理しないと駄目だな」
ということは、何か都合が悪いことでもあるのだろうか。
表情で疑問が伝わったらしく、龍蛍は苦笑すると麗珠の頭をそっと撫でた。
「暁妃に関しては、あまり公にしないんだ。存在ではなくその意味を、だな。皇帝に真実が伝わっていればそれでいい。何せ、機密が多いから」
確かに、おしりを光らせる役割ですと正直に書き残すのも、ちょっとどうかと思う。
それに皇帝が子供の姿であると周知されるのも危険だ。
影官がいるのも皇帝の身を守るためなのだし、真実を記すわけにはいかないのだろう。
「それなら、あの記録は間違っているの?」
「いや、そうでもないな。暁妃は皇后を迎えればもう必要のない位だから」
「そうなのね」
暁妃が皇后になれないのなら、龍蛍はもともと麗珠をそういう対象には見ていないということだ。
それはそうだ。
龍蛍にとっては出会った時からおしりを狙う破廉恥女で、今はおしりを光らせる装置でしかない。
わかりきっていたことなのに、事実が鋭利な刃物のように麗珠の心に突き刺さる。
「ああ。そのあたりはまだ詳しく教えられないが、いずれ……」
龍蛍の言葉を締め出すように、麗珠は机の上のお菓子を手に取ると一気に頬張る。
南瓜の饅頭は餡の中に何か入っているが、これは木の実だろうか。
歯ごたえが不思議な感覚だが、香ばしくて美味しい。
干し果実もいくつかあるが、見たことがないものも多い。
甘酸っぱくて独特の香りだが、これも慣れてくるとくせになる。
これで、最後だ。
龍蛍と二人で会うのも。
お茶を飲むのも。
こんなに沢山の美味しいお菓子を食べる機会など、狩人人生ではきっともう訪れない。
そう、最後なのだから。
――逃すか、お菓子!
無言でひたすら食べ続ける麗珠を、唖然とした顔で龍蛍が見ている。
やがて満腹になって手が止まると、龍蛍は堪えきれないという様子で笑い出した。
「そんなに慌てなくても、お菓子は逃げない。いつでも食べられるぞ」
その「いつでも」がなくなるから、こうして食べているのではないか。
好ましいはずの笑顔が、今は少し憎たらしい。
その瞬間、麗珠の心の声に賛同するかのように室内を白光が満たした。
「眩しい……目にきた」
眩しいし、寂しいし、情けない。
ぽろぽろと涙をこぼしながら笑う麗珠の頭を、龍蛍はいつまでも優しく撫で続けた。
切なく光るよ!
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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