まさかの誤解に震えます
翌日、迎えに来た静芳は御機嫌だった。
きっと朱宮に麗珠がいなかったので、ゆっくりと羽を伸ばせたのだろう。
そう考えると、少しばかり切ない反応ではある。
静芳と共に朱宮に戻ったのだが、打ったところは痛くても日常生活に支障が出るほどでもない。
そこで椅子に腰かけて用意された饅頭を食べていると、静芳が不満そうな顔でそれを差し出してきた。
「朱家からの手紙、ね」
花琳が十五歳になり成人の儀を終えたので、後宮入りするためにそちらに向かう。
書いてある内容を二度見すると、麗珠は首を傾げた。
「龍蛍が朱家に返事をすると言っていたのに、花琳が来るの? ということは、気が変わって花琳を迎えることにしたのかしら」
恐らくは、正当な血筋の朱家の姫に戻すということなのだろう。
「一つの家から姫を二人後宮入りさせるなんてことはないわよね?」
「四家から宮の主として出されるのは、一人です」
「だよね。それを始めたら山ほど送る家が出てくるだろうし。まあ、若くて可愛い花琳が来るなら、私はいらないわよね」
性格は相当にアレではあったが、さすがに皇帝の前では普通に振る舞うだろう。
それに麗珠の役割ももうすぐ終わるのだから、ちょうどいい頃合いでもある。
「一歳しか違わないではありませんか。どちらにしても、陛下は麗珠様を残すと仰っていたのでしょう? 事情をお伝えした方がよろしいと思います」
「そうね。花琳が来るなら私の退出許可も貰わないといけないし」
気が変わったにしても政治的な理由だとしても、とりあえず許可を貰っておけば問題ない。
どうせこうなるのなら最初から許可を出せばいいのに、二度手間とはこのことである。
「まあ、花琳様が来ようと無駄足だとは思いますが」
「え、何が?」
饅頭を頬張る麗珠を見て、静芳はため息ついた。
「もともと妃の位を賜っているのは麗珠様一人だけでしたが、昨夜のこともあります。その立場は盤石ですから」
「何の話?」
昨夜というと乞巧節で階段から転げ落ちたわけだが、それで妃の立場が揺るぎないというのもおかしな話だ。
「即位から十年、ただの一人もお召しにならなかった陛下が、初めて妃と一夜を共にしたのですよ」
『一夜を共にする』という言葉が、麗珠の脳内を駆け巡る。
その意味を理解した麗珠の手から饅頭がこぼれ落ち、勢いよく椅子から立ち上がった。
「――な、何でそんなことに!? だって、昨日は転んだ私の安全確保と蛇のために」
「蛇?」
「いや、その」
あまり触れたくない話題なので言葉を濁すと、静芳は呆れた様子で饅頭を拾い上げた。
「確かに安全面で警護が必要だったのはありますが、それならば桃宮の一室を借りればいいだけです。いえ、朱宮に護衛をつければ十分。それを陛下のお部屋に置いたのですから、麗珠様への執着がわかりますよね。実に素晴らしい」
「しゅ、執着!? どこが素晴らしいのよ。大体、何もないわよ。ぐっすり眠っただけ!」
龍蛍の部屋である必要がないという点は完全に同意しかないが、結論がおかしい。
「それはまあ、何となくわかりますが。この場合、既成事実の事実はどうでもいいのです」
全然どうでもよくないのだが、麗珠の意見を聞いてくれる様子はない。
「もともと後宮入りした姫は、すべて皇帝のもの。この十年、一切手を出していない陛下が異端なのです。それを陛下自ら麗珠様を抱き上げ、自室に運び、一夜を過ごされた。――これはつまり、同衾したと同じこと!」
「嘘でしょう!?」
衝撃のあまり叫ぶ麗珠に対して、静芳は笑顔を崩さない。
「妃の位を賜り、一歩先んじていましたが。更に寵愛されていると知らしめることができましたね」
「いや、駄目でしょう。皆に説明しないと」
下手に龍蛍と関係があると思われれば、後宮を出るのも大変になる。
既に花琳が来ると言っているのだし、去り際に揉め事は起こしたくはない。
「何を、でしょうか?」
「だって、四家の姫をいずれ皇后に迎えるのよね? それなのに、変な誤解を」
されては困る、と続けたかったのだが、静芳の表情が険しすぎて言葉に詰まる。
怒っているというよりは呆れているという感じだが、それにしても一応は主人である麗珠にする顔ではない。
「同じ部屋で共に一夜を過ごして、まだこれですか。陛下も意外と情けない。……いえ、恐らくは麗珠様の方が問題なのでしょうね」
「何をぶつぶつ言っているの。行くわよ!」
とにかく、龍蛍とは何もなかったと伝えなければ。
相手は聞きたくもないかもしれないが、こちらは言いたいのだ。
麗珠はそのまま出掛けるつもりだったのだが、静芳はそれを許さない。
用意されたのは、例によって龍蛍から贈られた服。
衣は全体的に白に近い淡い色で、襟と袖の部分だけ少し青磁色に染められている。
裳も同じく淡い色だが、こちらは胸元に青磁色が入り、白を経て裾は薄紅。
桃色と白の花が蔓と共に踊っているかのような刺繍は、見事の一言。
淡い辛子色の帯に合わせて髪飾りにも同じ色の花があしらわれ、やはり当然のように翡翠の簪が挿された。
全体的に夏の水辺に咲く花のように、涼しげで可憐な衣装である。
見ている分には美しくていいのだが、これを自分が着るとなると気後れする。
贈り物だと思うと更に恐縮する。
何度言ってもやめないところをみると、龍蛍は贈り物が好きなのだろう。
今後の後宮の経済状況に悪影響を与えないことを祈るばかりだ。
「ということで、何もないから。安心してね!」
「は、はあ……?」
青宮を訪れて一気に説明した麗珠に、明鈴はうなずきながら首を傾げるという器用なことをしている。
困惑気味の明鈴に対して、女官達は何だか嬉しそうだが、これはやはり「我が主こそが皇后に」という気持ちの表れなのだろう。
静芳を見ているとよくわかるが、女官達は自分の主人が第一なのだ。
「それで、お体は大丈夫なのですか?」
「打ったところは痛いけれど、普通に動けるし。問題ないわ」
拳を掲げて見せると、明鈴は安心したとばかりに小さく息をつく。
その仕草も可愛らしくて、麗珠は無駄にもう一度拳を掲げる。
すると女官の一人に耳打ちされた明鈴が、眉間に皺を寄せた。
「どうかしたの?」
「いえ、その」
言いにくそうに口ごもる明鈴を見た女官は、ため息と共に麗珠に視線を移す。
「僭越ながら、申し上げます。『暁妃は皇后になれない』という記録を書庫で見つけたそうで。明鈴様は大変に心優しいお方ですので、心を痛めておいでなのです」
「暁妃は皇后になれない?」
女官が笑顔でうなずくと、明鈴が慌てた様子で口を開いた。
「玉英様が書庫で記録を見つけたのです。でも、虫食いがあってはっきりしないことが多いので、まだよくわかりませんが!」
珍しく大きな声で話したかと思うと、すぐに明鈴はうつむいてしまった。
女官の表情が少し険しいのは、恐らく四家の姫が大声を出すのははしたない、ということなのだろう。
そう考えると、静芳はかなり譲歩してくれているのかもしれない。
「ちょうど今から玉英に会いに行くから、聞いてみるね。ありがとう、明鈴」
「いいえ。麗珠様……お気をつけて」
恐らく玉英は今日も書庫にいるだろう。
青宮から書庫まではたいした距離でもないのに、心配そうに声をかけてくる明鈴が可愛い。
心を癒されながら移動すると、あっという間に書庫に到着した。
同衾してないと言って歩く妃って、何だろう。
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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