何だか大きくなっていない?
またしても、龍蛍のおしりのあたりが服を透過しそうな勢いで光っている。
「いやだ。今日もおしりに炭を入れているの!?」
「入れていない!」
確かに炭にしては光が強すぎるが、それ以外に発光して服の中に入れられそうなものは、やはり思い浮かばない。
「とにかく、出しなさい。火傷するから!」
「やめろ、脱げるだろうが!」
龍蛍と服を引っ張り合っていると、突然背後から思い切り襟首を掴んで引かれ、麗珠は勢いよく尻餅をついた。
「――この破廉恥女! 龍蛍に二度と近付くな。後宮から叩き出すぞ!」
先日の美青年が怒りを露わにして叫ぶのを聞いて、麗珠の珊瑚色の瞳がきらりと輝いた。
「本当? やった! いつ、今日、今から!?」
飛び起きて期待に満ちた眼差しを向けると、何故か二人は困惑した様子で眉を顰めている。
「君は後宮の女官か下働きでしょう? 追い出されたら困るのでは?」
叩き出すと言ったのは自分なのに、何故か青年が不思議そうに尋ねてきた。
「人生をやり直すのなら早い方がいいわ。経験を積むのにも時間が必要だし。……それよりも、その子おしりに炭を入れて遊んでいるのよ。危ないからやめさせた方がいいわ」
「……龍蛍に、そういう趣味があったとは」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
青年の絵に描いたような引き具合に、龍蛍が必死に怒っている。
こうしてみると二人は少し似ている気もするが、美形は大なり小なり似るものなのかもしれない。
「でも、おしりが光っていたし。炭か蝋燭か……とにかく危ないわ」
炭にしては光が白いし、蝋燭だとしたら服は燃える。
不思議ではあるけれど、きっと後宮にあるような高価なものは質が違うのだろう。
すると、麗珠の言葉を聞いた青年の表情がさっと青ざめ、龍蛍を睨みつけた。
「――何故、言わなかったのです!」
「……気のせいかもしれない」
鬼気迫る顔で問いただされた龍蛍は、ばつが悪そうに視線を背けた。
「気のせいでおしりが光りますか! この馬鹿が!」
激昂する青年とは対照的に、龍蛍は唇を引き結んで無言のままだ。
「あの。それで、私はいつ叩き出して貰えるのかな。明日は無理でも、十日くらいあれば手続きも終わる?」
一応は朱家の姫という扱いなので、さすがにこの青年や龍蛍の一言で即日退去はできないかもしれない。
だが、それくらいの日数があれば正式に手続きを経て追い出すことは可能だろう。
となれば、最後に狩りをして肉三昧を楽しんでから出て行きたい。
夢と希望と食欲を抱えた麗珠が期待に満ちた眼差しを向けると、青年が頭を下げた。
「今までの失礼をお許しください。……あなたのお名前を、教えていただけますか」
突然の態度の変化に、麗珠の中の何かが警鐘を鳴らす。
これはいわゆる、嫌な予感というやつだ。
「ええと。もうすぐ後宮から出るので……名乗るほどでは」
じりじりと後退る麗珠の手を握った青年はそのままじっと見つめてくる。
金茶色の瞳が輝く美青年の笑みに、麗珠の背筋がぞわりと粟立った。
「さ、さようならっ!」
青年の手を勢いよく振り払うと、一目散に走り出す。
逃げるが勝ちとは、きっとこういうことだ。
麗珠は人生初めての色気と悪寒に、ただひたすらに足を動かした。
龍蛍は後宮内にいる子供で、身なりがいい。
これはつまり、皇子かそれに準じる身分の可能性が高い。
青年は成人していて、龍蛍を大切にしている様子。
後宮にいる成人男性なのだから、宦官というやつだろうか。
何にしても、危険な香りがする。
後宮を円満に退出するまで、面倒は困る。
だからこそ麗珠は森にも近付かずに退出の連絡を待っていたのだが、十日どころか二週間経っても何の知らせもこない。
退出連絡を受けてから肉の宴を開催するつもりだったので、大変な肩透かしだ。
下手に肉の味を思い出してしまったせいで、つらさが倍増している。
「ねえ。偉い人から、何かお知らせはきていない?」
我慢できずに朱宮の建物に足を運んで静芳に尋ねると、それはそれは嫌そうに眉を顰められた。
「姉姫ですらも一度もお召しがなかったのに、自分に声がかかると? 何と図々しいことでしょう」
「そうじゃなくて。帰れ、とか。出て行け、とか」
窓の外から室内に訴えるが、静芳と女官達は顔を見合わせるばかりだ。
「ありません。帰れと言われればいいのですが」
「本当よねえ」
窓枠に腕を乗せてうなずく麗珠に、女官達は呆れた様子だ。
「それで、今日のご飯は何?」
「いつも通りです」
「饅頭?」
この後宮に来てから、麗珠の前に出される食べ物は饅頭一択だ。
「あなたにはもったいない品です」
「確かに味は美味しいわよ。でもねえ、私甘味よりも塩味派なのよ。あー、お肉食べたい」
麗珠の脳裏には先日の鳩肉の揚げ物が鮮明によみがえり、そのあまりの出来の良さに、よだれが溢れてきた。
「そうだ。この間の揚げ物どうだった?」
「それはもう、熱々で……」
女官達がうなずくのを、静芳が視線で止める。
「そうよね。餡掛けにしても美味しいと思うの。……駄目だ、お腹空いてきた。お肉、ちょうだい」
「あなたに差し上げる肉はありません」
静芳の冷たい一言に、麗珠はため息と共に覚悟を決めた。
「わかった。じゃあ、ちょっと狩ってくる」
「とんでもない。後宮内の鳥を勝手に捕まえるなど!」
「大丈夫よ。野生の飛んでいるものを狙うから。それに、問題だって追い出されるのなら本望だしね!」
元気よく手を振って朱宮を離れる麗珠に、女官達は一様に肩を落とした。
「鳩……鳩はどこなの……」
木々の間から空を見上げて歩くが、なかなかお目当ての姿は見つからない。
そう都合良く飛んではくれないとすると、木の枝で休んでいるところを狙うしかないが……これはなかなか大変そうだ。
「――おい。破廉恥女」
聞いたことのある不本意な呼び名にゆっくりと顔を向けると、やはりそこには龍蛍が立っていた。
「あれ? 何だか大きくなっていない?」
この間会った時には五歳くらいに見えたが、今は八歳くらいだろうか。
麗珠の胸よりも低かった身長が、肩近くまで大きくなっているような、いないような。
「成長期だ」
まあ、それはそうだろう。
だが、二週間ほどで一気に大きくなるはずもない。
つまり麗珠の記憶が曖昧なだけで、もともとこのくらいの大きさだったということだ。
「そうね。それじゃあ、さようなら」
手を振って立ち去ろうとしたのだが、何故か龍蛍は麗珠の後ろをついてきた。
「鳩を狙うのは何故だ」
「そりゃあ、美味しいからよ。それと大きさもあるしね」
「他の鳥も食べるのか」
「食べられるものは食べるわよ」
歩きながらずっと話しかけてくるのだが、一体何なのだろう。
「君は暇なの? 皇子じゃないの? 私と一緒にいると、またあの宦官が飛んでくるんじゃない?」
「いや、俺は……宦官?」
龍蛍は不思議そうに首を傾げる。
元が可愛らしい子供なので、その仕草もまた愛らしい。
「後宮にいる成人男性は皇帝か宦官でしょう? それくらいは教わったわ」
「まあ、一応そうだな。……それで、おまえの名前は?」
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