世にも恐ろしい行事が存在しました
「どうしたの、明鈴」
「お姉様が青明鈴に見せたいと言っていたので、女官に呼びに行かせました!」
元気よく雪蘭が答えるが、麗珠が呼び出しているというのはおかしい気がする。
「ごめんね、急に。異国の言葉と伝統模様の本を、玉英が見つけてくれたのよ」
謝罪を受け入れ首を傾げる明鈴の可愛らしさにときめきつつ、麗珠は玉英の持っている本を指し示した。
「本、ですか?」
「この模様とか、あの手巾の刺繍に似ていると思うのよね。でも、形がうろ覚えで」
頁をめくって挿絵を眺めていると、明鈴が慌てた様子で懐から手巾を出して広げる。
本の上に手巾を乗せて見比べて見ると、模様の一部が綺麗に一致していた。
「やった、同じだわ。模様ひとつひとつには意味がある、だって。この形は『鈴の音色』……明鈴の鈴と一緒ね。それから、こっちは『愛情』『自由』」
謎解きをしているようで楽しくなった麗珠が目を向けるのと、明鈴の頬に涙がつたうのはほぼ同時だった。
「どうしたの!? 何か嫌なこと言った?」
母親の刺繍だと言っていたし、呼び出された上に勝手に調べられて不愉快だったのだろうか。
心配になって顔を覗き込むと、明鈴はゆっくりと首を振った。
「いいえ。……私、この刺繡に意味があるとは知らなくて」
とにかく涙を拭いてもらおうと懐を探るが、よく考えたら雪蘭用の手巾しか持ってきていない。
困っているのを見かねたらしい玉英が手巾を明鈴に差し出し、雪蘭に促されて皆で椅子に腰を下ろした。
「私のこの髪色は異国の血のせいです。父はこれを嫌っていたので、母もほとんど異国について話すことはありませんでした」
「髪? 綺麗な栗色なのに」
「母の髪は黒髪に近かったですし、気味が悪いと罵られたこともあります」
どちらかといえば美しいと誇ってもいい気がするが、確かに珍しいと悪目立ちするというのはあるのだろう。
まして四家の姫ともなれば、異質なものは好まれないのかもしれない。
「だから母のためにも青家の姫に相応しくあろうと、精一杯努力をしました。この手巾は、母の形見なのです」
「そう。お母様が明鈴への気持ちを込めて刺繍してくれたのね」
模様から察するに、明鈴の幸せを願って一針一針刺したのだろう。
そう思うと、麗珠の心もほんわかと温かくなった。
「ありがとうございます、麗珠様。教えていただかなければ、私はこの模様の意味を知らないままでした」
瞳を潤ませながら頭を下げる明鈴に、麗珠は慌てて首を振る。
「本を探してくれたのは玉英だし、そんなにかしこまらなくていいよ」
顔を上げた明鈴と目が合うと、自然と二人の口元が綻んだ。
「それにしても、綺麗な色と模様ですよね。他の模様の意味も知りたいです」
「この本以外にも、確かいくつか……」
挿絵に夢中な雪蘭を見て、玉英は席を立ち数冊の本を持ってくる。
その本によると、どうやら衣服や装飾品の他に壁に描くこともあるらしい。
描かれた邸宅の壁はとても華やかで、麗珠達は思わず感嘆の声を上げた。
「これ、乞巧節の刺繍に取り入れたら素敵ですよね」
「ですが、異国のものですよ? 大丈夫でしょうか」
「あくまでも祈りを込めた模様として一部を使うのなら、問題ないでしょう。ですが、今からでは時間的に少し難しいのでは?」
「……乞巧節の、刺繍?」
美少女の集いを幸せな気持ちで眺めていたが、三人の話が何のことかわからず首を傾げる。
すると、その美しい眉が一斉に顰められた。
「まさか。知らないのですか? お姉様」
「乞巧節は裁縫の上達を願い、天の神に最も近い皇帝に刺繍の手巾を捧げる習わしです」
「し、刺繍を、捧げる?」
確かに乞巧節は裁縫の上達を祈る行事だが、皇帝に手巾を捧げるなど初めて聞いた。
「私、苦手なんですよね。地味な作業。仕方がないので、毎日少しずつ刺しています」
「私は図案を検討中です」
「私は色糸を選んでいるところです」
三人が当たり前のように話すところからすると、後宮では普通のことなのだろうか。
「それ、私も参加するの?」
心配になって尋ねると、雪蘭が肩をすくめてため息をついた。
「本来ならば後宮中の妃達がその刺繍の出来栄えを競うのですが、妃は暁妃であるお姉様ひとり。私達は一応四家の姫として参加しますが。お姉様は、参加以外ありえません」
「う、嘘でしょう」
確かに、後宮の妃が皇帝に刺繍を捧げるというのならば、妃の位を授けられた麗珠に拒否権はないだろう。
だがしかし、まさかそんな世にも恐ろしい行事が存在するとは。
やはり、後宮は魔窟だ。
「もしかして、お姉様は刺繍が苦手なのですか?」
的確に急所を打ち抜いた雪蘭の言葉に、麗珠は知らず胸を押さえる。
「裁縫ならいけるけれど、装飾の部類は本当に駄目で」
朱家で使用人扱いされていたので、裁縫自体はかなりの数をこなしたし、それなりに自信もある。
だが、身を飾る装飾となると勝手が違い過ぎる。
そういったものに接する機会がなかったので知識も経験も圧倒的に不足しているのだ。
「それならば、なおさら早めに作り始めた方がいいですよ。意外と時間がかかりますから」
玉英の助言に麗珠は勢いよくうなずく。
「私、とりあえず朱宮に戻るわ。皆はどうぞお話をしていて」
「わかりました。それでは玉英お姉様、先程の模様の説明の続きを」
「お、お姉様?」
「だって、年上で先輩ですし」
雪蘭にまっすぐに見つめられた玉英は、やがて少し頬を赤らめながら説明を始める。
これは、何とも素晴らしい眼福。
できることならばこのまま眺めていたいが、ことは一刻を争う。
麗珠は泣く泣く美少女観察を諦め、書庫の入口に向かった。
「れ、麗珠様!」
もうすぐ入口というところで、後ろから明鈴が追いかけてくる。
可愛らしい少女が栗色の髪を揺らして駆け寄ってくる様は、当然のように愛らしい。
男性だったら一撃必殺だなと思いながら待つと、少し息を切らした明鈴が麗珠に頭を下げた。
「あの、本当に、ありがとうございました」
「だから、いいよ。探してくれたのは玉英だし、明鈴をここに呼んだのは雪蘭だしね。……まあ、急に呼び出す形になって申し訳ないけれど」
「いいえ。今まで四家の姫としては皆、挨拶をする程度で。こんな風にお話をしたのは初めてです。とても、楽しくて」
嬉しそうに微笑む明鈴につられて、麗珠も口元が綻ぶ。
「うん。また、皆でお話しようね」
手を振ると、入口に向かう。
まずは朱宮に戻って静芳に事情を伝え、今後の対策を練らなければいけない。
これは忙しくなりそうである。
「……麗珠様。どうか、お気をつけて」
小さな声に振り返ると、明鈴は既に本棚の奥へと姿を消していた。
寒い日には、おしりの光が恋しくなりますね……☆
中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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