ひとりで、大丈夫
「食べ物は駄目となると、何だろう。花かしら」
森の中には綺麗な野草もあったし、花束にするのもいいかもしれない。
雪蘭を見送った麗珠は、女官に一声かけるとそのまま森に足を伸ばした。
静芳がちょうどいないので同行すると女官達は訴えたが、森の中は足場もよくない。
正直女官がいるとろくに動けないので、丁重にお断りした。
狩りをしない、早めに帰るという約束をしてやっと朱宮を出られたわけだが、やはり森の中は気持ちがいい。
「早速、綺麗なお花を発見!」
麗珠は持参した籠に白い小さな花を入れる。
この調子なら、すぐに終わりそうだ。
「あの木の実、美味しいのよね。龍蛍には無理でも、静芳にならあげてもいいよね」
だんだんと籠が花と木の実で満たされるのに満足していた麗珠は、ふと小さく身震いをした。
『――異母姉様、具合が悪いの? それなら、労わってあげますね!』
脳裏によみがえる、異母妹の声。
常日頃から麗珠を使用人扱いしていた義母と異母妹だが、朱家当主である父によって体に傷をつけるようなことは止められていた。
だから普段は労働を課すことと嫌味を言うくらいなのだが、麗珠の体調が悪くなると彼女達はそれは嬉しそうに笑うのだ。
常と同じ作業量でも、体調が悪ければその負荷は大きくなる。
決して直接体を傷めつけず、それでいて麗珠に最大限の苦痛を与えられる絶好の機会を、義母達は心待ちにしていた。
それを理解してからは、体調不良を悟られぬように振舞うのが基本になった。
熱があろうと、怪我をしようと、いつも通りの表情で、いつも通りに仕事をこなす。
もともと麗珠に関心があるわけではないので、そうしてやり過ごせば気付かれることもない。
だから寒気や発熱というものは、麗珠にとっては弱みであり、あってはいけないものなのだ。
「とりあえず、少し休もう。熱が上がりきれば、かえって元気に動けるし」
麗珠は籠を置くと、近くの木にもたれて座り込む。
背中にぞくりと寒気が這い上がってきたが、立っているよりはましだ。
静芳は朱家の義母や異母妹のようなことはしない、とわかっている。
それでも、体調不良を誰かに悟られるのは……まだ、怖い。
「何にしても動けないし……寒気が落ち着いたら朱宮に戻って、眠ろう」
寝ようと思った時に眠れるのだから、何とありがたいことか。
幸い体力自体はあるので、眠れば治る。
だから――ひとりで、大丈夫。
麗珠は震える膝を抱えると、そのままそっと目を閉じた。
「――麗珠、麗珠!」
誰かの、必死な声が耳に届く。
重い瞼をゆっくり開くと、美しい翡翠の瞳に麗珠が映る。
ぱちぱちと瞬きをすると、龍蛍がほっと息をついた。
「……どうしたの?」
周囲を見れば、森の中。
あのまま眠ったのだろうが、龍蛍がここにいる理由がわからない。
「どうした、じゃない。こんなところで眠るな。それに熱があるじゃないか!」
龍蛍の指摘通り、寒気はなりを潜めており、体がほかほか温かくて頭はふわふわする。
「本当ね、もう寒くない。これで動けるわ」
「馬鹿を言うな!」
立ち上がろうとする麗珠を見た龍蛍は、羽織っていた上衣を脱いで麗珠を包み込むと、そのまま抱き上げた。
おろしてほしいと言いたかったが、急な動きにめまいがして上手く言葉にならない。
「何故、こんなところにいた」
「龍蛍に、お詫びのお花を」
ちらりと視線を向ければ、籠一杯の花と木の実がある。
雪蘭にも女官を使えと言われたのだから、花の用意をお願いすればよかったのかもしれない。
だが、それでは麗珠からのお詫びという気持ちがこもらない気がしたのだ。
もっとも、こうなってはかえって迷惑をかけただけなのだろうが。
「ごめんね。龍蛍は、体調を崩していない?」
「見ての通りだ」
「そう。良かった」
龍蛍は麗珠のせいで濡れたし、場合によっては危険な目に遭わせるところだった。
せめて風邪をひかせずに済んだことに、ほっと胸をなでおろす。
「おまえが大丈夫じゃないだろう」
「眠れば、治るわ」
麗珠の言葉に、龍蛍の眉間に皺が寄っていく。
「ここで、か?」
「寒くて動くのがつらかったから。でも、もう熱が上がったから平気。歩けるわ」
龍蛍はため息をつくと、麗珠を抱えたまま歩き出す。
「もういい。行くぞ」
「でも、籠が」
「あとで人をやる。――いいから、黙っていろ」
声音と表情から怒っているのが伝わってきて、麗珠は口を閉ざした。
それはそうだ。
池で濡れて風邪をひきそうになった上に、森の中で寝ていた麗珠を運んでいるのだ。
本来、皇帝である龍蛍がするようなことではない。
一体何故森に来たのかはよくわからないが……どちらにしても、お詫びとは正反対の結果になってしまった。
謝りたいのだが、黙れと言われた以上、喋らない方がいいのだろう。
ちらりと見上げても龍蛍の表情は硬いし、とても話をしてくれそうにはない。
そうしている間にもどんどん体は熱くなって、頭が回らなくなってくる。
半分意識がない状態で朱宮に到着すると、そこには静芳はもちろん、浩俊の姿まであった。
「麗珠様! 良かった、見つかったのですね」
「熱がある。寝台の用意を」
「かしこまりました」
静芳は素早く返事をすると、女官達に指示を出している。
謝りたいのに、ぼうっとしている間に静芳はどこかへ行ってしまった。
いつの間にか龍蛍と浩俊は朱宮の一室にいるが、何故か麗珠を抱えたままである。
「あれ……龍蛍、浩俊と同じくらいの身長に、なった?」
抱き上げられているので正確にはわからないが、見える範囲での二人の顔の位置がほぼ同じ高さだ。
「ああ。麗珠のおかげで、成長している」
「そっか。こうして見ると、何だか似ているね」
浩俊も先代皇帝の息子だと言っていたので、龍蛍とは血が繋がっている。
だから似ていてもおかしくないのだが、体が成長したせいか、本当にそっくりに見えた。
「それはそうだ。双子だからな」
「そう、なの?」
「だから、もっと大きくなるぞ」
確かに、浩俊は恐らく二十代半ばくらいなのだから、そこまでは成長するのだろう。
身長は追いついたようだが、まだ顔立ちや雰囲気は龍蛍の方が少し幼い。
これも、じきに同じようになるのかもしれない。
「それじゃ……もっと、格好良くなるんだね」
「何だよ、それ。浩俊は格好良いってことか? 俺は⁉」
怒るというよりもムキになっているようだが、そろそろ眠くて喋るのが億劫になってきた。
「龍蛍、は」
その瞬間、あたりを白光が包み込む。
毎度のことながら、何故おしりが光るのか不思議でならない。
「……眩しい」
光に抗えなくて、ゆっくりと瞼を閉じる。
そしてそのまま、麗珠は深い眠りに落ちた。
光った!
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中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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