明鈴と刺繍の手巾
「何で?」
「雪蘭様は自分が皇后に相応しいと、暁妃様を目の敵にしておりましたので」
確かにそんなことを言っていた気もする。
その後の印象が強すぎて、忘れかけていた。
「皇后になるって言うからおめでとうと伝えたけど、何だかもういいって言っていたわよ。変わった子ね」
「そ、そうなのですか?」
明鈴が困惑していると、近くの女官が何やら耳打ちしている。
「それから。玉英様は暁妃様に嫌がらせをしているという噂がありまして。もちろん、そんなことはないと思うのですが。暁妃様の身が心配で」
何となく怯えた様子なのは、その噂が怖いのだろうか。
それにしても淑やかな美少女が何かに怯える様というのも、悪くない。
危うくおかしな扉を開けそうになった麗珠は、慌てて首を振って現実に戻ってきた。
「その呼び方やめて。麗珠でいいよ。たいしたことをしているわけじゃないし」
確かに龍蛍のおしりは光って成長しているが、麗珠自身が何かをしているわけではない。
妃と呼ばれるのには少し抵抗があった。
「それと、嫌がらせ? まあ、何もないとは言わないけれど、害はないから別にいいよ」
「ええ⁉ だって、虫が」
「何で知っているの?」
「い、いえ。その、女官達の話で」
「ああ、なるほど」
この様子では、四家の宮の女官達はそれなりに交流があるのだろう。
朝から大量の虫がばら撒かれていたとなれば、話が弾むこと請け合いである。
「静芳、怒っていたからなあ。私に片付けさせないで、女官が片付けなさいって」
「麗珠様が片付けた、のですか?」
「だって、虫がばら撒かれたままだとさすがに歩きにくいし。女官達がキャーキャー叫ぶし。あ、蝶は綺麗だったからそのままにしようかと思ったんだけど……怒られて。バッタは食べられる種類もあったけど……怒られて。後宮って、窮屈ね」
肩をすくめて見せると、明鈴と女官達が完全に引いている。
明鈴に至っては手巾で口元を押さえているし、少し顔色も悪い。
どうやら明鈴も青家の女官も、虫が苦手のようだ。
「それは、後宮とは関係ない気がします。……麗珠様は朱家の姫、ですよね?」
恐る恐る明鈴がそう口にした瞬間、突風が吹き抜ける。
「あっ!?」
明鈴の可愛らしい声が聞こえたと思うと、手巾が風に飛ばされて木の枝に引っかかった。
女官に取るよう頼んだものの、結構高い位置のために手では届きそうもない。
どこからか箒を持ってきた女官が柄を伸ばすが、それでも無理なようだ。
「梯子でも持ってくるしかありませんね。ここにはありませんので、暫くお待ちください」
「でも、あのままでは池に落ちてしまいます」
「手巾でしたら、いくらでも新しいものをご用意いたしますが」
「でも、あれは!」
明鈴は必至の様子で何かを言いかけるが、女官の顔を見てすぐに目を伏せた。
「よくわからないけれど、あの手巾を取ればいいんでしょう? ちょっと待っていて」
麗珠は沓を片方脱ぐと、手巾が引っかかっている木を見つめる。
そうして狙いを定めて沓を投げると、鈍い衝突音と共に幹が揺れ、ひらひらと手巾が舞い落ちてきた。
庭に駆け下りた麗珠は地面に落ちる前にそれを掴むと、そのまま明鈴のもとに戻り、手巾を差し出す。
「はい、どうぞ」
勢いに負けて手巾を受け取った明鈴は、ぱちぱちと目を瞬かせたまま麗珠を見つめている。
「れ、麗珠様。足、が」
明鈴に促されて見てみると、沓を脱いで庭に降りたので片足は裸足な上に土で汚れていた。
「足なんて洗えばいいから、大丈夫よ。それよりも、大事な手巾でしょう? 池に落ちなくて良かったわね」
落ちても洗えばいいとは思うが、明鈴の様子から察するに大切なものだろうから、汚れないのが一番だ。
「……この模様。麗珠様は何だかわかりますか?」
そう言って明鈴が手巾を広げると、そこには色鮮やかな糸で不思議な模様が描かれていた。
「うわあ、綺麗な刺繍ね。私、こういうの苦手だから尊敬しちゃう。明鈴が刺したの?」
「いいえ。これは私の母が。母は……異国の出なので」
「へえ。異国には素敵な模様があるのね。知らなかったわ。こちらは文字かしら。それにしても、明鈴のお母様は刺繍が上手ね」
麗珠の世界は朱家とその周囲だけだったので、異国と聞いてもまったくピンとこない。
一体どんな国なのか、とても興味が湧いてきた。
「ねえ、良かったら異国のことを教えてくれない?」
「いえ。私は、そんなに詳しくなくて」
明鈴はちらちらと女官の方を見ているし、女官の視線が少し厳しい。
これはもしかして、沓を投げて裸足で汚れた麗珠と自分の主が一緒にいるのが嫌なのかもしれない。
静芳を見ている限り、女官達は自分たちの宮の主を大切に……というか、妙に構う。
きっと、明鈴も沓を投げるような姫にならないか心配なのだろう。
「それなら、今度一緒に書庫に行こう? 玉英が案内してくれるって言っていたから、隣国のことがわかる本を探そうよ」
玄家の姫も一緒なのでご安心くださいという意味も込めて提案すると、明鈴の顔がぱっと明るくなる。
だが女官達をちらりと見ると、すぐに萎れた花のようにうつむいてしまった。
「いえ。私は結構です」
「それじゃあ、何か見つけたら教えるわね」
どうやら麗珠の行ないのせいで同行は許されなかったらしいが、本を届けるくらいならいいだろう。
何なら玉英にお願いすれば、女官達も安心のはずだ。
「いえ、本当に。もう、失礼します。手巾、ありがとうございました」
「うん。またね」
麗珠に不信感丸出しの女官達に囲まれた明鈴を見送ると、麗珠は小さく息をつく。
「さて。この足が問題よね」
「残念令嬢」
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