給餌、再び
毎日来いと言われてから、はや数日。
今日も麗珠は桃宮に顔を出している。
静芳に「龍蛍に毎日来いと言われた」と告げた時には大騒ぎになったが、要は茶飲み友達なのだと伝わったのかどうかは怪しい。
いちいち着飾るのは面倒だが、曲がりなりにも皇帝である龍蛍に会うために桃宮を訪れるのだ。
さすがに狩りをしやすいような格好では許されないとわかる。
わかるのだが……そんなことよりも先に、龍蛍から衣装が届いた。
それも、山のように届いた。
返却するわけにもいかないし、しまっておくのも忍びない。
だから龍蛍に会いに行く時に着るしかないのだが……それにしても仕立てが上等すぎる。
今日の衣は淡い水色で、白い糸で星の形を刺繍されており、品がある。
裳は胸元では衣と同じ水色なのだが、そこから段々と色が濃くなり、紺色と紫の鮮やかな色彩が目を引く。
こちらにも白い糸で刺繍されているのだが、まるで紺碧の夜空に銀の星が輝いているようだ。
帯は黒に近い紺色、沓も同じ色で、全体の色合いの均衡が素晴らしい。
問答無用で挿された簪も相まって、鏡の中の麗珠はまさに深窓の姫君……いや、一応名目上は妃か。
木苺入りの餡を固めたものを頬張りながら、麗珠は小さく息をついた。
「それから、これは鳳梨を使った焼き菓子で……どうした、麗珠」
用意された菓子を説明していた龍蛍は麗珠のため息に気付いたらしく、声をかけてきた。
目敏いというか何というか、よく見ているものだ。
衣装に関しては散々無駄遣いをするなと伝えたのが、妃に相応しい装いは当然のこと。
皇帝として贈り物も当然と押し切られてしまい、止めるに至っていない。
「よく考えたら、装いを整える努力義務は妃とその実家側にあるんじゃないの? 毎度皇帝に用意させるのはおかしくない?」
「何だ、またその話か。何と言おうと、贈り物はやめないぞ」
呆れたとばかりにお茶を飲んでいるが、これはきちんと話すべきことだ。
「でも。この調子ですべての妃に服を贈っていたら、お金がいくらあっても足りないわ。こういうのは最初が肝心よ」
いずれ龍蛍には皇后、四家の姫以下妃嬪がずらりと侍るのだ。
いくら何でも金を使い過ぎだし、浪費はよろしくないと思う。
「俺の妃は麗珠だけだし、贈り物も麗珠だけだ。問題ない」
「だから……」
「それより、この鳳梨の焼き菓子食べないのか?」
「食べる」
勧められたお菓子を摘まんで口に入れると、甘酸っぱい香りが鼻に抜ける。
「これ、甘くて美味しい。それに、いい香りね」
夢中で一気に食べ、満足してお茶を飲む麗珠を、龍蛍は楽しそうに微笑みながら見ている。
「龍蛍は食べないの?」
「お腹は空いていないし、もともとそんなにお菓子を食べない」
「じゃあ、何でこんなに用意したのよ」
机の上に用意されたお菓子は、大きめの陶器のお皿にこんもりと盛られている。
さっきから麗珠が食べ続けているが、それでもすべてを食べきるのは無理だろう。
「麗珠が喜ぶかと思って。何なら、持ち帰っていいぞ」
「本当? ありがとう!」
思わぬ提案に嬉しくなって微笑むと、龍蛍が麗珠の前に干し杏を差し出していた。
「……何?」
「前にもしただろう。給餌、だったか」
そういえば、そんなこともあったような気がする。
要は麗珠にお菓子を食べさせたいのだろう。
体は大きくなっても心はまだ子供、ということなのかもしれない。
開いた口に杏が入れられたその時、龍蛍の指が麗珠の唇に微かに触れた。
ただ給餌の際に触れただけなのに……何だか変な気持ちだ。
やはり子供姿と今の見た目の違いが影響しているらしい。
「おかえしは?」
「え?」
龍蛍の頬が少し赤く見えるのだが、そんなにお茶が熱かったのだろうか。
「あ、ごめんなさい。たまには手土産のひとつも必要よね。明日は持ってくるわ」
「いや、そうじゃなくて」
龍蛍は指を一本立てると、自身の唇をとんとんと叩いた。
これはつまり、同じことをしろという意味か。
「お腹は空いていないって言わなかった?」
「麗珠がくれるお菓子は、別」
他人が食べているのを見て、気になったということだろうか。
小ぶりの饅頭を龍蛍の口に運ぶと、嬉しそうに微笑みながら咀嚼している。
「美味しいな」
「そうね。さすがは皇帝用のお菓子。甘さが上品でいくらでも食べられるわ」
「違う。麗珠が食べさせてくれたから、特に美味しく感じる」
そう言ってぺろりと唇を舐める龍蛍を見て、麗珠の鼓動が少し跳ねた。
可愛らしい容姿の子供が美少年になったと思っていたが、ここにきて妙な色気まで出てきたようだ。
美少年が行き着く先は美青年……何とも恐ろしい成長過程である。
だが、いずれは皇后以下多くの妃嬪を持つ皇帝となるのだから、美しく色っぽいのは悪いことではない。
その頃には麗珠は後宮を去っているはずだし、こうして顔を合わせてお茶を飲む機会はもうそれほどないのだ。
「ねえ。暁妃の役目を終えて後宮を出るのはいつ頃かな?」
「――は⁉」
龍蛍は驚愕の二文字が相応しい顔で声を上げると、麗珠をまじまじと見つめた。
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中華後宮風ラブコメ「蒙古斑ヒーロー」!
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