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この謎が解けますか? Re...  作者: 『この謎が解けますか?』 企画室
昼日中
9/32

天からの裁き

Author――稲葉孝太郎

 昼休みでがらんとしたオフィスに、黙々とキーボードを打ち続ける女がいた。金ボタンのついた黒い制服。その袖口から、褐色の肌がのぞいている。年は、人間ならば二十歳そこそこと言ったところか。淡い銀髪で、耳の先がとがっていた。

 この世界ではありふれた、エルフ族の女である。

「セシャトさん」

 銀髪のエルフは、ふいに名前を呼ばれた。

 ふりかえらず、キーボードを打つ手を休めることもなかった。

「セシャトさん」

 もういちど、弱々しく名前を呼ばれた。

 セシャトはふたたび無視して、デスクのうえのコーヒーに手を伸ばした。

「書類なら、そこに置いといて」

「あの……質問がありましてですね……」

 セシャトはタメ息をついて、くるりと椅子をまわした。

 真っ白な肌を持つ金髪碧眼のエルフが、おどおどした態度で立っていた。

 彼女もまた、金ボタン付きの黒い制服を着ていた。警察服のようであった。

「今は忙しいの。捜査手順なら、マニュアルに目を通してちょうだい」

「いえ、捜査の話ではなくてですね……」

 金髪のエルフは、愛想笑いを浮かべて、一枚の紙切れをさし出した。

 セシャトは睨むような眼差しで、それをのぞきこんだ。


 あなたは、九十年代の二次元型RPGのなかにいる。その主人公である勇者が、城壁の中庭で殺害された。死因は槍による失血死。犯行時刻は、午後三時から四時にかけてと推定される。中庭は無人であった。城壁の門は閉ざされており、ひとが出入りした気配はない。空中を移動する物体、例えば飛行タイプのモンスターも、目撃されていない。どのようなトリックが考えられるか。(配点二〇)


 セシャトは両手をあげ、肩をすくめてみせる。

「はいはい、宿題なら自分でやってちょうだいね」

「宿題じゃありませんよぉ。このまえの査定試験の問題ですぅ」

「……冗談よ」

 セシャトのからかいに、金髪エルフは頬をふくらませた。

「もう、マジメに相談してるんですよ」

「分かってる、分かってる……で、なにが問題なの?」

 ヒストリア――地上に存在するすべての物語をつかさどる国。その中枢部にあたる警史庁けいしちょう第九課のエリート、セシャト・ステュクスにとって、おちこぼれの同僚、トト・イブミナーブルの悩みは、分かりづらいのであった。

 トトはパンと手を合わせて、

「答えを教えてください」

 と頼んだ。セシャトは椅子にもたれかかり、説教をはじめた。

「そういうのが一番勉強にならないのよ」

「一時間以上考えたんですが、さっぱりなんです」

「ノーアイデアってことはないでしょ。考えた結論を言いなさい」

 金髪エルフはピンと人差し指を立てて、自慢げに、

「『透明人間に殺された』です」

 と答えた。

「ふぅん……悪くないんじゃない」

「あ、ほんとですか? じゃあ、二十点もらえますね」

「で、その続きは?」

 セシャトの質問に、トトは笑顔のまま固まった。

「続き、というのは?」

「記述式の問題なんだから、答えだけ書いて終わりってわけじゃないでしょ」

 そう言いつつも、続きがないことに、セシャトはすっかり気付いていた。

 トトが返事をするまえに、説教を再開した。

「その回答だと、一点もあげられないわ」

「えぇ? 十文字も書いたんですよ?」

「九文字でしょ」

「丸も文字数に含めるんですよぉ。学校で習いましたよぉ」

「はいはい、十文字ってことにしてあげるわ。零点」

 トトは納得がいかないのか、両手にこぶしをにぎって、それを上下に揺さぶった。

「ナイスアイデアだと思ったのにぃ」

「アイデア自体はいいわよ。中庭は無人であり、人が目撃された気配はない。透明人間なら、この条件を満たすかもしれないわね」

「だったら点数をください」

 迫りくるトトを、セシャトは押しとどめた。

「ふたつ質問をするわよ」

「むずかしいのはやめてくださいね」

 セシャトはトトの懇願を無視して、人差し指を立てた。

「ひとつ、透明人間はどこから出入りしたの?」

「もちろん入り口からです」

「『城壁の門は閉ざされて』いたんでしょ」

 トトは、そのとき初めて気付いたかのように、ポンと手をたたいた。

「なるほど……鍵を持ってたんじゃないですか?」

「鍵を開けてなかに入ろうとしたら、とびらを開けないといけないわよね?」

「はい」

「とびらがひらくところは、透明になっていても見えると思わない?」

 トトは目を閉じて腕組みをし、感心したようにうなずいた。

「さすがは、アカデミー首席だっただけのことはあります」

「こんなの平均点の学生でも気付くわよ……で、ふたつめの質問」

 セシャトは中指を立てて、二という数字をつくった。

「凶器の槍の入手方法は?」

「最初から持ってたんだと思います」

「それはさっきと同じ理由でアウト。空中に槍が浮いてたらおかしいでしょ」

「あ……たしかに……じゃあ、槍も透明になっていた、というのはどうですか?」

 セシャトは、相手が前進したことに安堵した。

「そう、その可能性を考えるわよね。犯人も槍も透明になっていた。槍は最初から持ち込んだのかもしれないし、城内で入手したのかもしれない。とにかく、槍も透明になっていた。どうやって?」

「もちろん、魔法ですッ! 九十年代RPGと言えば、剣と魔法の世界ですよ」

「そういうところは妙に詳しいわね……じゃあ、『槍に魔法をかけた』が答え?」

「はい」

「さて、槍に魔法をかけたと仮定します。勇者が気付かなかった理由は?」

「うにゅ? と、言いますと?」

「勇者が魔法の使用に気付かなかった理由をたずねてるのよ」

 トトは、問題の意図を察しかねたのか、首を左右にひねった。

「すみません、もうちょっと丁寧に教えてください」

「いや、教えてるわけじゃないんだけど……記述式の問題に、絶対これだって言う正解はないのよ。ただ、勇者が魔力を察知できなかったのはナゼ、ってこと。この点を明確にできなきゃ、減点になるでしょうね」

「そういう魔法だったんじゃないですか?」

「そうねぇ……まちがいってわけじゃないけど……勇者に絶対に気付かれない透明化魔法があるなら、クリアのしようがないんじゃないの? 上級モンスターにそれをかけて襲わせたら、楽勝でしょうに」

「ラスボスは最後まで出て来ないって、相場が決まってるんですよ」

 セシャトは、トトの返しをおもしろく感じた。

 実際、RPGの世界に辻褄を合わせるなど、できない相談だからだ。

 とはいえ、そこに辻褄を合わせるのが、彼ら検史官けんしかん――物語の世界をつかさどるエルフたちは、そう呼ばれていた――の仕事でもある。

「ま、ここまで書けて十点ってとこかしらね」

「えぇ、これで半分なんですかぁ」

「甘く見積もって、の話よ。うちの主任なら五点かも」

 トトは両ひじをかかえて、身震いした。

「うぅ……主任には採点して欲しくないです……」

「ああ見えて、温情のあるひとだけどね」

 セシャトはコーヒーをぐいっと飲んだ。

 仕事にもどろうとすると、肩を突つかれた。

「なに?」

「セシャトさんは、どう答えたんですか?」

 セシャトはふたたび椅子をまわした。なるほど、彼女もまたあの場にいたのだ。アカデミーを首席で卒業するほどの秀才であったが、うぬぼれ屋ではなかった。子供のような目でうるうると答えを求められて、彼女は若干恥ずかしくなってしまった。

「そうね……あの問題、私はホームランを狙ってみたの」

「え? 野球でもしてたんですか?」

「高得点を取るために、リスクを冒したってこと」

「はぁ……大振りしたんですか。危ないですよ。ヒットをこつこつ打たないと」

「あんたに言われたくないわよ」

 セシャトはトトのペースに巻き込まれないよう、会話を中断した。

 それから、自分の答案を脳内で再構成した。

「……OK、最初のポイントは、殺害現場よ」

「お城のなかでしたね」

「もっと具体的に」

 トトは、しばらく案じてから、中庭だと答えた。

「そう、中庭ね。ということは、天井がない」

「空飛ぶモンスターは目撃されてませんよ? ちゃんと書いてあります」

「そう、モンスターは、ね」

 トトは、ポンと手をたたいた。

「あ、もしかして空飛ぶ靴ですか?」

「それは透明人間より点が低いと思うわよ。警備兵に見つかるじゃない」

「んー、じゃあ、答えはなんですか? やっぱり魔法ですか?」

 セシャトは、したり顔になった。

「いいえ……物理よ」

「え? 物理ですか? 物理は苦手ですぅ」

「落下運動の方程式だけ分かってればOK」

 トトは金髪の髪を撫でて、それから耳をかいた。

「えへへ……分かりません」

「つまり、凶器は天から降って来たの」

 セシャトの言葉に、トトはきょとんとした。

「え? 空からですか? ……でも、空飛ぶモンスターじゃないんですよね?」

「もっと高いところから」

「天空の城ですか? それとも、神様ですか?」

「それは問題文のなかにヒントがないから、減点対象でしょうね」

「でも、ヒントは出尽くしてませんか? もう推理の材料がないです」 

 セシャトは、もういちど問題文を読み上げるように伝えた。

 トトは、ゆっくりと、可愛らしい声でそれを読み上げた。

「あなたは、九十年代の二次元型RPGのなかにいる。その主人公である勇者が、城壁の中庭で殺害された。死因は槍による失血死。犯行時刻は、午後三時から四時にかけてと推定される。中庭は無人であった。城壁の門は閉ざされており、ひとが出入りした気配はない。空中を移動する物体、例えば飛行タイプのモンスターも、目撃されていない。どのようなトリックが考えられるか……配点二〇。はて? どこにヒントがあるんですかね?」

「最初のほうに、舞台設定が書いてあるでしょ」

「ええ、『九十年代の二次元型RPG』って書いてあります」

「その時代のRPGの特徴は?」

 トトは、いろいろな要素をあげた。

「剣と魔法……隠しボスがいる……コマンド式……それから……」

「世界のかたちは?」

「え? 世界のかたちですか? のっぺりとした2Dです」

 セシャトは、ブーッと大げさに声を出した。

「ハ・ズ・レ」

「でも、問題文に2Dって書いてありますよ?」

「キャラクターが北にどんどん向かったら、最後はどうなると思う?」

 トトは、どっちが北か分からないと答えた。

「上よ、上」

「上にどんどん進んだら、下から出て来ます」

「でしょ。ってことは、世界はどんなかたちになってるの?」

「ボール型です」

 ブーッと、セシャトはふたたび不正解を告げた。

「球形の惑星は、あんな地図にならないわよ。頭のなかで展開してみたら分かるわ」

「え? 違うんですか? てっきり地球と同じだと思ってました」

 セシャトは呆れ返った。

「あなた、『ゲーム概論』をちゃんと受けてないでしょ?」

「んー、一年生のときの授業ですよね。単位は取った気がします」

「よくそれで卒業できたわね……いい、二次元型RPGの世界は……」

「トト、セシャト」

 鋭い女の声が、ふたりの名前を呼んだ。

 セシャトは椅子から立ち上がり、背筋を伸ばした。

「主任、なにか御用ですか?」

 トトのとなりに、赤銅色の髪をなびかせたエルフが立っていた。

 トトも気をつけした。

「そう堅くなるな。差し入れがあってな。みんなで食べようと思う」

 主任はそう言って、白い紙の箱をみせた。甘い匂いがする。

「あ、ケーキですか?」

「ドーナッツだ」

「ドーナッツ、大好きですぅ」

 トトは、ペンギンのようなかっこうで、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

「よろしい。ではコーヒーを淹れる。トトくん、手伝い給え」

「はぁい」

 主任はトトをつれて、その場を去った。

 あとに残されたセシャトは、冷たくなったコーヒーを飲んだものか、温かい新品を待つほうがいいか、しばらく悩んだ。そして、さきほどの問題に思いを馳せた。

「九十年代は遠くになりにけり、か……とんだ懐古トリックよね」

『おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件』の冒頭に出てくる試験問題の解答編(?)です。普通ではちょっとありえない超常ミステリを扱ってみました。ヒントはすべて出ています。気になったかたは、考えてみてください。


『おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜人魚の都殺人事件』

http://book1.adouzi.eu.org/n0561bn/


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