先輩と僕と見えない彼女【後編】
「また出たって」
「ね、通り魔でしょ?」
「栗色の長い髪の毛の女の子ばっかり狙ってるっていう?」
「なんか変態っぽいよねー」
「間違いなく変態だよ」
「そうそう。被害者はみんな軽傷ですんでるみたいだけど」
「あれ、」
「でも、一人だけ行方不明なんじゃなかったっけ」
「そうだったっけ?」
「でもあたし達の髪の毛は栗色じゃないし、一安心かな」
「栗色といえばさ、駅前のケーキ屋さんの新作が超おいしそうなんだよ」
「え、なにそれ食べたーい」
………………
…………
……
◇ ◇ ◇
人捜しが始まってから九日目。
「居場所、分かった」
黒髪さんの頑張りのおかげで見つかった彼女は、**岬にいるらしい。
らしいというのは、彼女はどうやら現在浮遊霊であるとのことなので、暫定的な居場所という意味だ。
先輩は簡単に手荷物を整えて、「急ごうか」と言うやそそくさと出かけていってしまった。
ぶすくれる黒髪さんをなだめながら、僕らも出かけることにした。
◆ ◇ ◆
**岬へは、鈍行の電車に揺られて行った。
ほとんど終点、のどかな漁村の端にある岬は、自殺の名所としてたびたび名前が上がる。先輩が集めている雑誌の記事の中に、何度か見かけたことがあった。
潮の流れがどうとかで、遺体が海面に上がらないことも多いからなんだとか。
捜索対象が幽霊だというのは、先輩達にとって好都合だった。
自縛霊から浮遊霊まで、目撃証言に事欠かない。僕らは一本の糸を手繰るように着実に目的に近づいていた。
岬から少し離れた雑木林で、ようやく見つけ出した彼女は、なぜだか酷く怯えていた。
頭を抱えて縮こまって、がたがた震えている。
きれいだった栗色の髪はぐしゃぐしゃになっていて、身体中に痣や汚れといった暴行の痕跡がみられた。
よほど酷い死に方をしたのだろう、先輩が近づくだけで、彼女は一層取り乱した。
ごめんなさい、ごめんなさい。ゆるして、たすけて、くるしい、いたい。ごめんなさい、ごめんなさい。たすけて。
恐怖に囚われていて、まともに話ができそうには思えない。
詳しいことはまだ何も明らかになっていないけれど、悲痛な声をただただ可哀想だと感じた。
どうにかならないのだろうか。
僕だってこうして生きているのだから、彼女にもどうにか生き直す術があっていいのに。
そう先輩に訴えると、先輩は困ったように眉尻を下げひとつ唸った後で言った。
「花ちゃんの場合は、怪異に変質していたからどうにかなったけど。彼女はまだ霊魂だからね」
◆ ◇ ◆
先輩は携帯電話を使って紳士に連絡を入れていた。
彼女はもうこの世にはいないことも含めて、報告をしたのだろうと思う。
紳士から再び連絡があったのは、それから四日後の話だ。
◆ ◇ ◆
彼女を連れて来て欲しい。
指定された場所は、**岬からそう遠くない廃墟だった。
かつてはそれなりに裕福な人々が住んでいたのであろう屋敷には、当時の華やかさはなく、ただくすんだ空気ばかりが漂っている。
彼女は先輩の説得の甲斐あって幾分落ち着いたとはいえ、相変わらずがたがた震えていた。
もはや何に怯えているのか、彼女自身も不覚なんだろう。
紳士のスーツは今日も上等だった。所々に、赤黒い汚れが目立つ部分を除いて。
準備万端だといわんばかりの満ち足りたような表情は、どこか浮き世離れしていた。
鉄の臭いが肺の隅々まで侵食する寂れた広間の隅で、先輩が口を開く。
「おじさんのやりたいことを否定する気はないよ。そうまでして会いたい人がいる気持ちもね」
傷みの激しいシャンデリア。その真下、禍々しい紋様の描かれた床に、散在する蝋燭や生物の骨。
捜し人に雰囲気が似ていたがために、ここまで連れて来られ、紋様の中心でぐったりと倒れている女性を一瞥して、先輩が続ける。
「でもね。生前の彼女と、死後の魂を入れた体はやっぱり別物だよ」
先輩は、道徳の教科書にあるような有り体のことはいわなかった。
できるのであれば、好きにしたらいいというような口振りだ。
「それでもやるの?」
聞こえているのかいないのか、紳士は横たわる女性に歩み寄り、にわかにナイフを降り下ろす。
シャンデリアがぎしりと軋む。
僕はとっさに目を逸らした。
「……うん。じゃあこの話はおしまい」
断続的な鈍い音。
僕の隣で震えていた彼女が、悲鳴を上げた。
ああ、救えなかった。僕は瞬間でそう思った。対象はどちらであったかは分からない。
「さよなら、おじさん」
熱心に古びた文献に目を走らせ、取りつかれたように不気味な呪文を詠唱する紳士を残し、先輩は朗らかに挨拶をしてその場を去った。
黒髪さんも踵を返したので、僕も慌てて後を追った。
すぐ後で、広間の天井が戦慄いた。
その後、先輩はすでにその事について興味が失せてしまったらしく、何も言わなかった。
彼らがどうなってしまったのか、僕たちは知らない。
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