絆クエスト~勇者一族殺人事件【解答編】
事件現場〈ノイリーの家〉からゲーム再開。
いつの間にかコマンド操作がフリーになっている。ええと……とりあえず村長に話しかけてみるか。
村長:ぬ? ノイリーの死因か?
棒状の凶器で頭を殴られたようじゃな。死亡推定時刻は昨夜の午前2時から4時までの間じゃ。かわいそうに……苦しんで床を這った跡がある
え、めちゃくちゃ詳しい所見だな! この爺さん、検視官か。
赤紫の点々はやはり血液だったらしい。扉側に頭を向けているから助けを求めて出ようとしたのか。
村長に話しかけても「むごたらしい」「祭りの神の呪いじゃ」としか繰り返さなくなったので、次へ進むことにする。
ふと思い立ち、扉の前で〈しらべる〉を発動させてみた。
扉:死体発見時には鍵がかかっていたよ。窓にもね。ドッキドキの密室殺人だぁ☆
扉、喋るの⁉ しかもキャラ濃い?
扉:施錠するには、内外関係なく〈一族の鍵〉が必要なんだ。でも、ノイリーは鍵を失くしちゃってね、しかも、面倒くさがって作り直しもしない。ひどいよねぇ★
ノイリー、マヌケでズボラな野郎だ。俺とは似ても似つかない。
つまりこの家は誰でも何時でもウェルカム状態だったわけで……。まったく、どこぞの田舎じゃあるまいし。
扉:〈一族の鍵〉のことなら、〈よろず屋〉の主人が詳しいよ。話を聞いてみたらどうかなっ☆
オーケイ。さくさく進もうぜ。
町に人がちらほら出ているが、とりあえずスルーで〈よろず屋〉に直行する。ターバンを巻いた商人風の主人が「いらっしゃい!」と迎えてくれた。
よろず屋:〈一族の鍵〉について知りたいでござるか?
たしかにあれはガルシアの依頼で、拙者が作ったでござる。あの鍵は、ガルシアの一族の為にしか作らないし、そもそもガルシアの一族しか使うことができないでござるよ
よろず屋:ガルシアの一族とは何かって? ガルシアの一族の血を引くものに決まっているでござろう
なぜ語尾が武士風? キャラが混在しすぎだ。
よく分からないが、〈ガルシアの一族〉といえば、弟のノイリーと、母親のママゾン……待て。よろず屋は、〈血を引くもの〉とわざわざ言い直していた。ならば、ママゾンは除外されるのでは?
はぁあ?
だとしたら、犯行現場を密室にしたのはガルシアで決まりってことか。『あいつは一族の恥さらしだ!』とかブチ切れていたし、動機もバッチリじゃねえか。しかしな……
広場の祭壇を通り過ぎると、イベントが発生した。寸劇が始まる。
マクレア:ねえ、〈聖なる松明〉を見て! 血がついている!
カリン :ノイリーの血だわ。犯人はこれでノイリーを殴ったのね!
ガルシア:でも、松明は一晩中祭壇にあったぞ。火守り番が見張っていたじゃないか
カリン :きっと祭りの精霊の仕業よ!
マクレア:そうだわ、怠け者のノイリーに神が罰を与えたのよ!
ありゃりゃりゃ……
魔法が横行するファンタジー世界にも不思議なことがあるのか。松明を調べてみると、
聖なる松明:本物。ノイリーの血痕あり。事件の凶器。
裏付けされてしまう。うぅむ、面倒くさいことになった。
仲間と会話できるようなので、せっかくだからエデンにも話しかけてみる。エデン助けてくれ。
エデン:昨夜、火守りをした順番が知りたいって?
22時~0時 ガルシア&カリン
0時~2時 エデン&村長&マクレア
2時~4時 エデン&ガルシア
4時~6時 ガルシア&カリン
以上だが。こんなことを聞いてどうするつもりだ? まさか、これで犯人が分かるとでも……⁉
ひとり煩悶するエデン。
いや、そんなん全然聞いてないけどね。――でも、サンキュウ。手間が省けた。あと残る問題は……
呑気な鼻歌にやる気を削がれる。
絆が機嫌良さそうにスマホを弄っていた。こいつにヒントをねだるのは癪だな……
苛立たしげにコントローラーを握り直すと、ボタンを押してしまったのか、パーティーのステータスが表示される。
勇者、魔法使い、僧侶、戦士。
このゲームにバトルはないようだし(町から出られない)、絆が適当に設定したんだろう。コマンドの〈じゅもん〉を選ぶと、回復系や攻撃系呪文に紛れて、こんなものがあった。
【コピぺス~触れて唱えると、対象物を複製できる。本物で複製に触れることで解除できる】
『RPGツクローズ』は、オリジナルの呪文を作ることもできる。コピペス。コピー&ペーストのもじりか。安易なネーミングだな。
パーティー全員を確認したが、〈コピペス〉を使えるのはエデンだけだった。……ふむ。
+ + +
「犯人わかったぞ。どうやって入力したらいい?」
「ああ。村長に話しかけて……って、分かったの⁉」
「悪いか」
「や、もう少し時間がかかるものかと」
「俺を誰だと思っている?」
いたいけな小学生の時代から、叙述トリックが大好物のひねくれたミステリマニアに付き合ってきた。お前の思考パターンは読めているんだよ、絆。
まず、と俺は咳払いして、
「アリバイの観点から容疑者が絞れる。ノイリーの死亡推定時刻は午前二時から四時。この間〈聖なる松明〉の火守り番をしていたガルシアとエデンは、犯人じゃない」
絆は瞳孔の開き具合を大きくした。
「凶器は? 松明には一晩中、火守り番が付いていたんだぞ」
俺は半目のまま一蹴する。
「〈コピペス〉の呪文を使ったんだろう。エデンが火の番をしているとき、松明に触れて複製を作り、本物と置き換えた」
何故そんなことをしたかって?
怠け者のノイリーに祭り神の‟天罰”が下ったという演出にしたかったから? まあ、その辺りはどうでも良い。
はいっ、と絆が講義中のように挙手をして、
「犯行推定時刻に火守り番をしていたエデンに犯行は不可能だと思います!」
「“実行犯”とは限らない。協力者というか、共犯者だな。
犯行の手順はこう。午前零時から二時の間に火守り番だったエデンが、松明をコピペスで偽物にすり替える。同じく番をしていたマクレアに本物を託し、午前二時から四時の間にマクレアとカリンがノイリーを殴り殺す。そして、午前四時からの火守り番に当たっていたカリンが偽物を本物とすり替えた」
犯人はガルシア以外のパーティー全員。
三人の連携なしで犯行は為しえない。単純かつ明白な帰結だ。
絆が鼻の穴をぴくぴくさせている。謎が暴かれる悔しさと悦びを同時に感じているのだろう。変態め。
「……いや待て。〈一族の鍵〉はどうなる? ガルシアは死体発見までずっと火守り番をしていた。現場を密室にすることは出来ない」
「エデンが鍵を盗んでコピペスした、という説もあり得るが。たぶん違うな?」
出題者は大きく頷く。そうだろう。
松明コピペスでは、エデンが触れる場面をわざわざ再現していた。ついでにカリンが呪文解除のため近づく場面も。
それに相当するものが無いということは、鍵コピペス説は捨てて良い。推理小説マニアはアンフェアとそしられるのを蛇蝎のごとく嫌うからな。
俺は一息つく。
「だとしたら可能性はこれしかない。〈一族の鍵〉はもう一本在った。ノイリーが失くした鍵を拾ったのか、よろず屋に作らせたかは不明だが」
「けど、よろず屋は……」
「ああ。〈一族の鍵〉はガルシアの一族しか使えない――そう言っていたな」
先の言葉を奪われ、絆がぐっと黙り込む。
ここで俺は少しばかり調子を変える。
「それにしても、‟ガルシア”って随分変わった名前だよなぁ。RPGの主人公って普通、少年じゃないの?」
「……別にいいだろ」
絆はぷいっと視線をそらした。
ところが別に良くないのである。このゲームは所々おかしい。
RPGのひな型を無理やり推理劇に仕立てているせいか歪みが生じている。そもそも推理劇ならば、もっと適した媒体があるはず。ノベルゲームを作れるソフトだってあるし、小説化しても良かった。
もちろん、小学生の梅沢絆は手近にあったからという理由で『RPGツクローズ』を選んだのだろう。
重要なのは今、大学生のヤツがあえて選択したということ。
俺は画面にパーティーのステータスを表示させる。
「ガルシア、エデン、マクレア、カリン。この四人はパーティーであると同時に、血が繋がった『ファミリー』。――そういうことだろ?」
「…………」
敵は完全に沈黙した。
俺の祖母は米国人でカリフォルニアに在住している。
帰省すると、ケニー・ガルシアというスペイン系の友人が近所にいて、よくつるんでいるのだが。聞くと、‟ガルシア”は、ファーストネーム(名)より、ラストネーム(姓)として使われる方が多いのだという。で、ピンときた。
ガルシアは名ではなく、姓。
彼らは、勇者の父親と子供たちで形成されたパーティー。であれば、よろず屋が使っていた『ガルシアの一族』という呼称もしっくりくるではないか。
「〈ママゾン〉って名前はアンフェアぎりぎりだな。ガルシアの母じゃなくて妻なんだろ? ノイリーは、エデン、マクレア、カリンの叔父だから、『一族の恥さらし』っていう動機は彼らにも当てはまる。
なぜ現場を密室にしたかっていう謎もあったか。床を這った跡があるってことは、ノイリーは即死じゃない。万が一助けを求められたら困るから、マクレアかカリンが外から施錠して被害者を閉じ込めた。密室でも何でもない」
だんだんと俯く角度が大きくなっていく。浅はかなミステリマニアに駄目押しの一撃をする。
「最後に――お前がこのゲームを問題として選んだ理由。
叙述トリックは映像化したらすぐネタバレしてしまうが、親子ほど年が離れていても、古いゲームのドット絵ならそれをごまかすことが出来る。ガルシアだけ姓が紛れているのも、横文字がお決まりのファンタジー世界なら不自然さを薄められる。お前にとっては、何もかも好都合というわけだ」
絆はもはや呆然としていた。やっと観念したか、バカめ。
愚か者の幼馴染を横目に、『犯人だと思う人物を選ぶのじゃ!』という村長の誘導に従い、エデン、マクレア、カリンを選択する。
黒幕に『The End』が流れた後、花火が上がって、別の文字が浮かんできた。
☆HAPPY BIRTHDAY いのり 12さい☆
……はああ⁉
たっぷり数十秒は固まっていただろうか、絆が堪えかねたように叫ぶ。
「なんで気付かないんだよっ! 今日はお前の誕生日だろうが!」
絆が気恥ずかしそうに告白を始める。
「このゲーム、小六のとき作ったんだよ。でも、当日お前とケンカしちゃってさ……それきり忘れていたんだけど。八年越しのお祝いメッセージだぞ。ありがたく受け取れ!」
おらよ、と五千円入りの茶封筒を放られる。そして玄関のチャイムが鳴った。
「祈、誕生日おめでとうー! 祝いに来てあげたよぉ」
同郷の幼馴染、竹中花凛が騒がしく登場した。
タイツにショートパンツ、と露出が高いんだか低いんだか分からない恰好に、濃いめの化粧があか抜けない。絆め。やたらとスマホを弄っていると思ったら花凛を呼び出していたんだな。
花凛は、はいっこれ、とワイン入りの紙袋を渡してくる。
「祈の誕生日に渡すようにって、仕送りの荷物に入っていたんだ」
仕送りに? ……目眩がしてきた。
ふと五千円が入った封筒の表に返すと、『祈くんへ。梅沢のおばちゃんより(ハート)』のメッセージ付きだった。
「母ちゃんのやつ、ギリギリに送ってくるから焦ったぜ。でもな、金はオレが立て替えているから。そこんとこ忘れるなよ?」
涙まじりに主張する絆。荷物に現金を忍ばせて送るのは良くないからね。
俺への小遣いとゲーム機で余興を考えたわけか。小賢しいことをしてくれる。だがな、だがな――お前ら!
「俺の誕生日は明日だ!!」
えっ嘘、と花凛が口元を押さえる。絆は細い目を見開いている。
親ぐるみで間違えやがって――!
「いやいや、分かっていたよ……祈の誕生日が明日って。今日たまたま来てくれたから、ちょっとしたサプライズを」
「何がたまたまだよ! 俺が到着する前に小便まで済ませて準備万端だったくせに!」
「ねえ、ここに三人でいるの狭くない? 外に出ようよ」
花凛の間の抜けた声に俺は完全に脱力した。
もう、どうでもいい。
「……じゃあ、どっか食べに行くか。臨時収入もあったことだし」
「いいか? その金は元はオレのだからな。忘れるなよ?」
「しつこい絆」
そんな二十歳の誕生日、前日の出来事だった。
とまあ、幼馴染はやっぱり面倒くさいという小咄である。花火が上がり続ける画面をひと睨みして、俺はゲームの電源を落とした。
【Game clear!】
読者への挑戦はおっかなくて付けられませんでした(笑)主人公の祈はクオーターという設定です。
『論理シリーズ』より http://book1.adouzi.eu.org/s3229d/
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