絆クエスト~勇者一族殺人事件【問題編】
Author――羽野ゆず
幼馴染で腐れ縁。
知り合いには、このワードだけで興奮できるという強者もいるが、それは異性間の場合であって、同性間ではわずらわしいことが多い。……いや訂正する。男女関係なく面倒くさい。
梅沢絆が住む二階建てアパートは、薄汚れた外壁が海外のスラム街を連想させる。札幌なのに。
築年数は知らないが、防音性の悪さからして、まず堅牢な造りじゃない。
鉄階段を昇ってすぐ正面のドアを開けると、住人がトイレから出てきたところだった。便所の水を流す音をバッグに、絆が悲鳴を上げる。
「うおっ、チャイムくらい押せ!」
「鍵をかけてない方が悪い」
「えっ、かけてなかった……?」
「戸締りしっかりやれよ。おばさん心配してたぞ」
お日さまが出ているうちは、戸締りしない家が大多数。そんな長閑な田舎町の親に、防犯を諭されても説得力ないけどね。
「これ、母さんから」
提げてきたコンビニ袋を絆に押しつける。
今朝、実家から生活物質の仕送りが届いた。『絆くんに渡すように!』とマジック書きされた真空パック(佃煮入り)が紛れていたので、届けにきたまで。ミッション終了。
「じゃ」
「待て。オレも母ちゃんから祈に、って預かってる」
お返しに突きつけられたのは温泉饅頭で、『祈くんへ(ハート)』のメッセージが痛々しい。
開きっ放しのダンボールが玄関にあるから、まさかとは思ったが、梅沢家からも仕送りがあったようだ。俺は心底うんざりした。
なんだこの無駄なやり取りは……!
母たち、送る前に調整しろや。でも、そんなクレームをつけたら『同じ大学に通っているんだからルームシェアしろ』と言われるに決まっている。幼馴染は親ぐるみで面倒くさい。
「もう用事はないな」
「待て。ちょっと上がっていけよ。兄ちゃんが面白いものを送ってくれたんだ」
「面白いもの? いや、いい。帰る」
「いいから上がれよ!」
「っ、おい」
Uターンした俺を、キツネ顔の男が無理やり中に引きずり込んだ。乱暴すぎる。もし俺が女子なら、大声でわめいて防犯ブザーを鳴らしているところだ。
「なんだよ一体?」
ワンルームのど真ん中を占拠するちゃぶ台に、ごついゲーム機が鎮座している。
これは……リサイクルショップでしか見かけない古い機種だ。名前はたしか――
「スーファミだよ、スーファミ。昔のだけど、けっこう面白いソフトがあるんだぜ」
ちょん、とカセットにささったソフトを絆が小突く。
『RPGツクローズ』。オリジナルのRPGを作れるゲームの先駆け的存在、というのは俺も知っている。
「さあ、プレイしたまえ!」
「やだよ」
うっかりコントローラーを握らされているから油断ならない。
「頼むっ! ゲームクリアしたら――五千円やるから!」
ホワッツ?
意表を突かれたときの表現は日本語よりも英語の方がバリエーション豊か。というのは置いといて。
後から思い出しても明らかに変だった。
ゲームをやるだけで五千円って……そんな旨い話があるだろうか。
先走った絆が、テレビの電源を点ける。
画面には『ビデオ2』の表示があって、既にゲームがロードされている状況だった。すぐプレイできるようにスタンバイしてあったらしい。
細い目を輝かせている絆の鼻息が荒い。
ざわっと鳥肌が立った。
俺が知っている梅沢絆は、こんな細やかな気配りができるヤツじゃないのに……
それがどうしてここまで? 何がヤツをここまで駆り立てている?
「……やればいいんだな」
「そうとも!」
訝りながらも、コントローラーのAボタンを押す。不可思議で不愉快なゲームの始まりはじまり――
+ + +
―キズナ・クエスト―
波の音。一面の海。暗転。
ママゾン:起きなさい。いつまで寝ているの!
ガルシア:んん……まだねむいよ。
ベッドと箪笥だけのシンプルな部屋で目覚める。エプロンをした太った女・ママゾンが怒りの拳骨をかかげる。
ママゾン:今日は村のお祭りでしょ! 酒場でエデンたちが待っているわよ
ガルシア:あっ、そうだった……!
寝室を出ると、テーブルセットと竈だけのやはりシンプルな居間が続き、外界へ。
主人公・ガルシア――長めの黒髪をくくり、腰に剣をぶら下げている――は、教会、道具屋、宿屋など……城下町っぽい並びを進んでいく。
中央の広場に石造りの祭壇があった。おそらくここで村の祭りとやらが開かれるのだろう。
エデン :やっと来たか。遅いぞ
ガルシア:わるい。ねぼうした
マクレア:今夜は村の豊漁豊作を祈って、〈聖なる松明〉を灯す儀式があるんだから!
カリン :火守りの順を決めていたの。ちこくしたから出番を多くしちゃおうか
ガルシア:ごめんごめん。ゆるしてくれ
酒場。カウンターの奥で、黒ひげのマスターがランダムな動きをしている。
カウンター席に並んで座る四人。
手前から金髪碧眼のエデン、赤ずきんのマクレア、やたらと露出が高い水着みたいな衣装のカリン、そしてガルシア。……ううむ、荒いドット絵ゆえに読みとれる情報がとぼしいな。
ガルシア:そういえば、ノイリーはどうした? アイツも火守り番をすることになっていたが
マクレア:怠け者のノイリーなら家で寝ているよ。当番は兄さんに任せるって
マスター:ノイリーさんねぇ、そろそろたまっているツケを払うように頼んでいるんだけど
ガルシア:すみません……まったく困った弟だな
自分は寝坊したくせに他人には厳しいガルシア。というか弟……? 飲んべえの弟がいるって、どんな勇者だよ!
ちなみに、ここからはガルシアの後に仲間たちが付いてくる。“パーティー”なんだね。
一団は酒場を出て、広場の祭壇を通り過ぎ、小ぶりな家に入った。
割れた酒瓶が散乱したワンルームで、灰色のローブを纏った人物がベッドに寝ている。
ノイリー:zzz
ガルシア:おいっ、ノイリー起きろ! このグズノロの弟め!
ノイリー:zzz……むにゃむにゃ
エデン :だめだ、起きない。深酒した翌日はいつもこうなんだ
カリン :どんなに大声を出しても起きないわよ。無理やり起こそうとしたら、寝ぼけて抱きつかれたんだから
ガルシア:くそっ、こいつは一族の恥さらしだ……!
+ + +
「ちょっと待て。なんだよ、このゲームは!」
コントローラーをちゃぶ台に投げて、俺は大きく舌打ちした。
キズナ・クエスト。ふざけたタイトルからして、絆が作ったRPGに違いない。それは良い。オートモードになっていて、Aボタンを押す以外の選択肢がないのも、まあ許そう――だがな!!
「〈怠け者のノイリー〉ってなんだよ! 俺か⁉」
俺の名前――松山祈、いのり、のいり、ノイリー。アナグラムが愚直すぎる!
「しかも、カリンって……」
同郷の幼馴染に、竹中花凛という女子がいる。幼い頃から体の発育は良いものの頭が悪くて、俺と絆にからかわれていた。こっちはアナグラムにさえなっていない。
こみ上げる嫌悪感に俺は口元を押さえた。
「キモい。気持ち悪いよ、お前……友達をゲームの登場人物にするって、小学生か」
「仕方ないだろ、小学生のとき作ったゲームなんだから」
薄い胸を張って開き直る絆。
八年以上も前に作ったゲームを、なぜ今、俺にやらせる……? 謎は深まるばかりだが。
「まあいいや。はい」
手のひらを出すと、きょとんと首をかしげられる。
「約束どおりプレイしてやったぞ。五千円よこせ」
「はあ⁉ まだ途中だろうが! 五千円やるっていうのは、あくまでもクリアしたらだよ」
やっぱり帰ろう。
こんな退屈なゲームを何時間させるつもりだ。
表情を失くした俺から不穏な空気を嗅ぎとったのか、絆が慌ててフォローをしてくる。
「まあまあ。もう少しで終わりだから」
「? だって、まだ洞窟とかダンジョンとか何も制覇してないだろ」
神殿とか転職とかな。
RPGにありがちなイベントを想起していると、
「そんなもんないよ。誰が作ったゲームと思っている?」
キツネ顔の幼馴染がちっちっと舌を鳴らした。
「このあと恐ろしい事件が起こるんだよ。なんと――『殺人事件』がな」
+ + +
フィールドの緑は深みを増し、川の水は群青に染まっている。ゲーム世界の夜。
祭壇にまつられた〈聖なる松明〉をガルシアとエデンが見守っている。
ガルシア:ノイリー、結局こなかったな
カリン :夕方に酒場で見かけたわ。しぶるマスターを脅して無理やりお酒を出させていたよ
ガルシア:……なんてやつだ!
村長 :交代の時間じゃぞ。次の出番まで休んどけ
ガルシア:ありがとう、村長
禿頭に白髭の人物が現れ、ガルシアと火守り番を交代する。
さらにエデンとマクレアがやって来て、カリンと交代した。ガルシアとカリンはそれぞれ画面の左右にフレームアウトする。
松明の炎が揺らめいている。時間は刻々と進んでいるらしい。
時々エデンが火を気遣うよう祭壇に近づく。見張りのメンバーが何度か入れ替わり、最後にガルシアとカリンが戻ってきたところで、軽快な曲とともに朝が訪れた。
と、何やらママゾンが二倍速で広場に近づいてくる。
ママゾン:大変よ! ノイリーが変なの!
ガルシア:なんだって?
ママゾン:呼び鈴を鳴らしても出てこないのよ。ドアに鍵がかかっているみたい
ガルシア:どうせ深酒して寝入っているんだろうさ
ママゾン:でも、いつもは鍵を開けっ放しなのに変だと思わない? それにね、窓から覗いたら、ノイリー床に倒れているのよ
村長 :それは妙じゃのう。様子を見に行くがよい
ガルシア:わかった。皆も来てくれ
ガルシアとパーティーが動く。ついでに村長も。
前の日おとずれた小さな家は、ママゾンの証言どおり鍵がかかっていて中に入ることが出来ない。
エデン :どうする?
ガルシア:仕方がない。〈一族の鍵〉を使おう。この鍵を使えば、一族の家の扉はすべて開けられる
鍵あるのかよっ! ご都合主義なスペシャルアイテムで、扉はあっけなく開錠した。
昨日酒瓶が割れていた箇所に、灰色ローブの男がうつ伏せになっていた。床に点々と赤紫っぽい液体が散っている。まさかこれ、血液……?
ガルシア:ノイリー、おいっ、しっかりしろ!
エデン :だめだ……もう手遅れだよ。死んでいる
カリン :きゃーっ!
マクレア:の、のろいよ! 怠け者のノイリーに祭りの神が罰をくだしたのよ!
パニックに陥るパーティー。
部屋の隅に控えていた村長が、「困ったことになったのぅ」と呟き、てくてく歩きだす。
村長:おい、そこの君。ゲームをプレイしている、君じゃ!
え……俺?
村長:どうか村の平和のため、この殺人事件を解決してくだされ。後生じゃ!
暗転。やがて黒画面に白文字が浮かび上がる。
【ノイリーを殺したのは誰か――? 犯人はこの中にいる!】
+ + +
幼馴染だからといって、俺たちは別に仲良しじゃないし普段つるんでもいない。
でも、たったひとつだけ。共通の趣味、というか悪癖が存在する――推理小説好きであることだ。
「推理系のゲーム。祈、好きだろ? 昔オレんちでプレイしまくってたじゃん」
だから作ってあげましたよ、という得意顔をされてもな……。これだったのか、絆の必死さの理由は。
俺はすぐ否定する。
「違う、あれは推理を楽しむゲームじゃなくて、ピンクのしおりを満喫するゲームだから」
「妙な曲解をするな!」
「……わかった、やるよ」
「おっ」
「その前に、報酬を見せてくれ」
疑り深いな、と文句をたれつつ、テレビボードの引き出しから茶封筒を出す。
遠慮なく中身を改めさせてもらうと、ほんとうに樋口一葉様、五千円札がいらっしゃるではないか。ごめん絆。八割がた嘘だと思ってた。
「もういいだろ」
封筒を奪い、そそくさと戻す絆。
「プレゼントするのは、ゲームをクリアしたら、だ」
「犯人を突き止められたら、ってこと?」
あらためて口にすると急に面倒くさくなってきた。
そんな俺に、絆が皮肉っぽく口の片端を上げる。
「もしかして自信がない? おいおい、小学生が作った問題だぞ。解く前にお手上げってことはないよな?」
嫌味な挑発をしてくれる。
ふん……。俺は胡坐をかいて座り直した。
「いいだろう。暇つぶしに付き合ってやる」
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