表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この謎が解けますか? Re...  作者: 『この謎が解けますか?』 企画室
永遠
26/32

ある双子のアリバイ

Author――高

 その事件が起きたのは、十二月に入ってすぐの日曜日だった。

 警察に「人が死んでいる」という通報があったのが十四時五十三分。最寄りの交番から向かった巡査二名によって事実であることが確認されると、即座に県警の捜査員たちが派遣された。

 現場はとある住宅街の中の、一軒の小さな家の庭先。被害者がその家の主、崎本(さきもと)香織(かおり)であると判明するまでに時間はそうかからなかった。腹部をナイフのような刃物で刺されており、捜査陣は即座に他殺と判断して捜査本部を立ち上げた。司法解剖の結果によれば、死亡推定時刻は同日の十二時から十三時の間。死因は腹部の刺し傷からの大量の出血で、それも複数回刺した形跡があるため、動機は怨恨の線で捜査が進められた。

 そして、現場には奇妙なものがあった。被害者は庭先で花の世話をしていた最中に犯人の襲撃を受けたとみられていたが、どうやら彼女は死の間際に最後の抵抗をしたらしかった。というのも、傍に落ちていた緑色のタオルに、赤黒い血ではっきりとこう書かれていたのである。

『萩原昌子』と。

 ただちにその名前は捜査員全員に伝達され、そして該当する人物は案外簡単に見つかった。萩原(はぎはら)昌子(しょうこ)は被害者の同僚だったのである。

 そして被害者は生前、萩原と険悪な仲であったという証言も得られ、捜査本部には早くも事件解決の空気が流れ始めた。しかしそう上手く話が進むはずもなく――。


 萩原が、強固なアリバイを主張し始めたのである。




「ははあ。それで私にアリバイを崩してくれと」

「そういうことなんです。なんとかお願いできませんか」

 ところは警視庁本部の中の会議室。日頃は凶悪事件の捜査会議などで厳つい顔の男たちがあふれているような部屋だが、今日この瞬間に限っては、室内にいるのはたった二人だけだった。

 一人は、捜査一課の刑事である比嘉(ひが)(つかさ)。彼は今、目の前の人物に対して深々と頭を下げている。

「……いいですよ。前回(、、)からもう二十九日経ってますし、特に問題はないはずです」

 そして、頭を下げられている側は、白音(しらね)紅音(あかね)という名の、十七歳の少女である。

「毎度ご無理を言って申し訳ないです」

「いえいえ、代わりにボディーガードのようなこともやってもらってますしね」

 白音紅音。現在都内の高校に通う高校生ではあるが、警視庁上層部のある人物の親戚らしく、その伝手と持ち前の才能で、これまでもいくつかの事件の解決に協力してきたらしい。らしい、というのは、比嘉がこの少女に出会ってからまだ半年も経っていないためである。もっとも、白音はその間に起こった二件の殺人事件を見事に解決して見せたので、今では比嘉も彼女の能力に一目置くようになっていた。

 そして彼女の特徴の最たるものは、その右目を覆う真っ黒な眼帯である。本人曰く「していないとまずい」ものであるが、なぜそんなものを付けているのかに関しては、比嘉も詳細を知らない。

「……では、さっそく事件の検証に移りましょう」

 居住まいを正す白音。思わず比嘉も背筋を伸ばす。

「まず被害者と容疑者の簡単なプロフィールをお願いします」

「了解しました」

 そう言って比嘉は、机の上に置いていたノートパソコンを開く。

「まずは被害者の崎本香織から。都内の百邦社(ひゃくほうしゃ)という出版社に勤めていまして、二十九歳独身。兄弟姉妹の類はなく、両親も二年前に事故で他界。よって自宅に一人で住んでいたようです」

「ははあ。となると、遺産を狙っていそうな親戚縁者はいない?」

「いませんね。祖父母はもちろんとうの昔に三途の川を超えてますし、叔父叔母の類もいなかったようです。そもそも彼女にはそんなに資産がありません。あまり人付き合いをしないタイプだったようで、会社勤めで稼いだ給料を糧に細々と日々の生活を送っていたのだとか。ですからまあ……殺人の動機として考えられるのは、通り魔や強盗を除けば、会社での人間関係、くらいでしょうね」

「なるほど。では容疑者さんの方を」

「はい。例のダイイングメッセージに書かれていた名前が、萩原昌子です。崎本と同い年でやはり独身ですが、双子の妹がいて――こっちの名前も、漢字が違うだけの祥子(しょうこ)だそうです。ややこしいですね――両親も存命です。被害者の崎本とは、馬が合わないと言うんですか、些細なことでしょっちゅう諍いを起こしていたのだとか。同僚の証言によれば掴み合いの大喧嘩になったことも一度や二度じゃないそうですから、まあ動機としては充分でしょう」

「……しかし、彼女にはアリバイがあるのでしょう?」

「そうです。水も漏らさぬ、とまでは言いませんが、半端に堅いアリバイです。まあ見てください」

 そう言ってマウスを動かし、ノートパソコンの画面に地図を表示させる比嘉。地図上には、二か所にピンが立っている。

「こちらのピンが、被害者宅です。被害者はここで倒れていました。そしてもう一つのピンが、容疑者の萩原が事件当日にいたショッピングモールです。本人の供述によれば、ネットのオフ会とやらで、初対面の人間四人と、双子の妹と自分の、計六人でここにいたとか」

「ははあ。では、その初対面さん四人が、犯行時刻に萩原さんがショッピングモールにいた、と証言しているのですか?」

「いいえ、萩原は当日の十二時三十分から十三時までの三十分間、五人と別行動をとっています。また、被害者の死亡推定時刻は、同日の十二時から十三時の間です。ですから、その点に関しては彼女を犯人とみても何の矛盾もありません。ただ、問題なのは――」

 地図上の二点を指し示す比嘉。

「この距離です。萩原のアリバイにおける空白部分は三十分間ですから、彼女はこの二点間を十五分で移動しなければなりません。もちろん犯行にかける時刻も必要ですから、実際はどう頑張っても十分強と言ったところでしょうね。ところが」

「検証の結果、この距離を十五分で移動するのは不可能だった、と」

 比嘉の言葉を引き継ぐ白音。彼は大きく頷いて、

「何度やっても不可能でした。徒歩は当然除外するとして、車やバイクを使ったとして理論上は十七分、実際にやれば二十分といったところでしょう。わたしが犯人であれば、一時間――最低でも四十五分は欲しいところです。どう考えても三十分では到底不可能ですね」

「近くに鉄道路線とか……は、ないみたいですね。なるほど、ヘリをチャーターでもしない限りこの距離を十分強で移動するのは無理そうです」

 うーん、と、顎に手を当てて考える白音。

「……遺体に、動かされた痕跡などは残っていませんでしたか」

「全く。頭部からの血液もごく自然に地面に残っていましたので、被害者宅が犯行現場だという事実は動きそうにありません。つまり、別の場所で被害者を殺害し、その後現場まで運んできて遺棄してアリバイを偽装した、ということはあり得ないわけです」

「なるほど。では、あまり美しくありませんが、どこかに共犯者がいるという可能性は」

「現在、その線で捜査が進んでいます。しかし……」

「芳しくないんですね」

 その通りです、と頭をかく比嘉。

「重ねてなるほど。では、アリバイの件はひとまず脇に置いておくとしましょう。――現場にはダイイングメッセージもあったと聞きましたが。見せていただけますか」

「了解です」

 比嘉がマウスを動かすと、画面に新しいウィンドウが開き、一枚の画像が表示された。写っているのは茶色い地面に緑色のタオル、そしてその上に書かれた『萩原昌子』という血文字である。

「なるほど、幾分かすれたり崩れたりはしていますが……これは確かに『萩原昌子』としか読めませんね。どうやらこの方には、比類のない神々しいような瞬間は訪れなかったみたいです」

「何ですそれ」

「何でもないです。……字の形を見る限り、刺されて数分は意識もはっきりしていたみたいですね。室内へ戻って電話するとかできなかったんでしょうか」

「犯人はなかなか周到でして、腹部以外に四肢と喉も切りつけてありました。完全に殺すためには、助けを呼ばれては困ると思ったのでしょう。心臓を一突きしなかったのは……ま、苦しませるためでしょうね」

「結構陰湿な犯人さんですね、今回は。……現場周辺が写っている写真はありますか」

「こんなのでいいですか」

 カチカチ、というマウスの音が会議室に響いて、今度は閑散とした住宅街の写真が表示された。背が低い柵の向こうに、家々が狭苦しく立ち並んでいる。

「あぁ……なるほど、このダイイングメッセージ、たぶん偽装じゃないですよ」

「どうしてです。確かに被害者が書いたと仮定しても矛盾はありませんが、だからと言って犯人のものでないという確証もないでしょう」

 比嘉が言うと、白音はふふん、と笑って、

「確証、というほどのものではないですが。被害者はこの庭に倒れていたのでしょう? 遺体に動かされた形跡がないのであれば、犯人が被害者を殴ったのもこの場所であるといえます。しかしこの塀、というか柵ですね、これを見てください。高さがなく、おまけにかなり隙間が空いていて、庭の様子は外から丸見えです。いつ通行人に目撃されるかわかったものじゃありません、犯人の心情としては、相手を殺したら一秒でも早く退散したいはずです。まして悠長に血文字を書いている暇などありませんよ。

 それに、そもそもの話。このメッセージが偽装だとして――犯人が萩原さんならば自分に疑いが向くようなこんなメッセージを書くはずがありませんし、犯人が萩原さん以外の人物、たとえば通り魔やら強盗なんかであった場合は、端から被害者との接点がないわけですから、捜査の手はなかなか伸びてこないでしょう。目撃されるリスクを冒してまで偽装のメッセージを残すはずがありませんし、そもそも通り魔の類であれば萩原さんの名前など知らないはずです」

「……まあ、そうですね」

「とはいえ、現時点でこの推理はまだ確実とは言えませんよ。事件の全貌が明らかになった際にはあっさり自説をひっくり返すかもしれませんので、そのときは悪しからず。あー、間違ってたら恥ずかしいな」

 そういって白音は、パイプ椅子を軋ませて立ち上がった。

「……私の憶測が当たっているとすれば犯人は萩原さんですが、ならなぜメッセージを消さなかったのでしょうか? いくら人に見られるリスクがあるとはいえ、さすがに自分の名前を書こうとしていれば消さないはずはない……どうしてでしょうねぇ。殴った後は逃げることに意識が向いて、被害者がダイイングメッセージを残そうとしていること自体に気付かなかったのでしょうか」

 独り言をつぶやきながら、会議室の中をぐるぐると回り始める白音。

「……あ、あの、白音さん?」

「わかりません」

 白音はそう言って、ふたたび椅子に腰かけた。

「はい?」

「わかりません。やはり、アリバイの件がこの事件の要ですね。あれが崩せれば、おそらくダイイングメッセージの方も解けるはずです――これは、ただの勘ですが。そのためには、目撃者の詳細な証言が必要です」

「証言の概要でしたら、先日お渡しした資料にまとめてありますが……」

「いえ、あれでは細かい情報が伝わりません。ご足労ですが比嘉さん、萩原さんとオフ会をしていたという四人から、もう一度証言を取ってきていただけませんか。私は、あなたを一番信用しているので」

 両手を合わせる白音。

「いえ、仕事なのでそれは構いませんが……でしたら、白音さんも一緒に来られては? 私からの又聞きよりも、ご自分で聞かれた方がより詳細な情報が得られるのではないかと思うのですが」

 きょとんとした顔の白音。やや間があってから、彼女はこう言った。

「お忘れですか、比嘉さん。私は高校生です。……昼間は学校に行かなければいけないのです」




 翌日。

 比嘉は公道を車で走っていた。目的地は私立金山(かなやま)大学である。この大学、都内ではそこまでレベルは高くない、というより低い。大学の偏差値ランキングを作ってみれば、毎度下から十番以内には入るということである。

 守衛に警察手帳を見せ、裏門から大学の構内に入る。暇そうな大学生たちが時折目を向けてくるものの、スーツ姿の彼は特段面白いものでもないらしく、誰も話しかけてはこなかった。

 薄暗い廊下を延々と歩き続けてそろそろ足が痛くなってきた頃、比嘉はようやく目的の教室を探し当てた。扉をそっと開けて中をのぞくと、ちょうど講義が終わったところらしく、学生たちがそれぞれに席を立って歩いていた。比嘉はその学生たちの中に、写真で見た顔を二つ認めた。同時に向こうも、こちらに気づく。比嘉は、彼らに向かって無言で手招きをした。

 話しやすい場所として選んだ食堂に入り、三人はそれぞれの昼食を注文した。学生たちはもちろん、比嘉も途中の聞き込みなどでろくに食事を取れていなかったのである。比嘉は値段を考えてうどんにしたが、学生たちは定食を頼んだ。憮然とした面持ちになる比嘉。

 適当なテーブルを選んで腰を落ち着ける。比嘉はメモ帳を開いた。

「ええと、伏見(ふしみ)丈二(じょうじ)くんに、(わたり)(さち)さんだね」

「はい」

 男子学生――伏見が、白米を口に運びながら首肯する。女子学生――渡は、割り箸を割るのに失敗して、新しい箸に挑んでいた。

「ええと、刑事さんの名前は」

「比嘉司」

「警視庁の方ですよね?」

「そうだけど」

 無言でハイタッチを交わす伏見と渡。比嘉は、刑事の訪問を受けてここまで喜ぶ人間を初めて見た。

「……ええと、確認していいかな。君たち二人はネット上で、共同で創作活動をしていて、以前から萩原昌子さんと交流があった。

 先週の土曜日、オフ会とやらで、君たち二人と萩原昌子さん、萩原さんの双子の妹の祥子(しょうこ)さん、それから澤井(さわい)良介(りょうすけ)さんと吉良(きら)優佳(ゆうか)さんの計六人が、一堂に会した。ここまでは、いい?」

「はい」

 と答える伏見。渡は真剣な顔で魚の小骨を取り分けている。

「そのあとのことを、詳しく聞きたい」

「何度も話しましたよ……」

 うんざりした顔で、それでも伏見は口を開いた。


 集合は『二番館』という喫茶店に、十時ちょうどということでした。僕と渡は遅れちゃまずいと思って九時四十分くらいに行ったんですが、萩原さんはもう奥のボックス席に陣取っていてびっくりしたのを覚えています。はい、お姉さんも妹さんも二人ともいらっしゃいました。服装ですか? お揃いの黒いコートで、バッグの類は持っていませんでした。違いといえば、姉の昌子さんの方が薄い赤色のスカーフを、妹の祥子さんの方が緑色のスカーフを巻いていたくらいでしょうか。

 それで簡単に自己紹介した後、僕がただのエスプレッソを、渡が――何だったっけあれ――そうそう、ウィンナーコーヒーを頼みまして。萩原さん姉妹は二人とももう紅茶を頼んでいて、服装のこともそうですがやっぱり双子ってのは仲がいいんだなと思いました。え、そんなことはどうでもいいんですか。すみません。

 で、十時五分前くらいに、妹の祥子さんのスマホが鳴ったので、彼女がちょっと席を立ってお店の外へ。だから数分ほどボックスの中は僕と渡と、お姉さんの昌子さんしかいなかったわけなんですが。いやぁあの人、妹さんがいるときはそれなりにしゃべるんですが、一人だとけっこう寡黙でした。もっとも僕はその方がミステリアスでいいと思いますけどねぇ。あ、そういうのもいらないんですか。

 で、少ししたら妹の祥子さんが返って来まして。――え? ああ、十時ちょうどくらいだったと思います。でも今度は一人じゃなくって、澤井さんと吉良さんも一緒でした。祥子さんが電話してるときに、ちょうど二人が来たそうです。

 それで晴れて六人全員が揃ったので、小一時間ほど話をしました。内容ですか。僕らは推理小説、特にエラリー・クイーンが好きでして、まあ僕と渡が共同で創作活動してるのも半分はクイーンの顰みに倣ってみたいな所があるんですけど、萩原さん姉妹や澤井さんたちもミステリが好きなもので、最初はまずお互いの実作についていろいろ聞きたかったことを聞いて、その中で萩原さんたちがこの間投稿していた作品のある部分のロジックがクイーンの『エジプト十字架の謎』や『アメリカ銃の謎』を彷彿とさせ、かつオリジナリティもある素晴らしい――え、何です。もういい? あなたが聞いてきたんじゃありませんか。聞き飽きている? 何のことですか。

 ……で、話がひと段落して――たしか十一時ちょうどごろだったと思います――ちょっと早いですけど、昼食をとることにしました。いえ、その喫茶店でではなく、少し歩いたところにある洋食屋さんです。何て名前のお店だったかな。ああ、そうです『YUI』です。なんで知ってるんですか刑事さん。……あ、先に萩原さん姉妹から聞いた。

 僕はローストビーフを食べましたが、まあ味は可もなく不可もなくといったところでしたね。萩原さんたちはやっぱり姉妹揃って何とかというスパゲッティを頼んでました。

 どうして早めの昼食にする運びになったかというと、その洋食屋さんの近くのショッピングモールに萩原さんのお知り合いが勤めてらっしゃって。で、そこでイベントが開催されることになったんですね。内容は……制限時間内に暗号なんかを解いて密室から脱出するっていう、最近よくある体験型のアトラクションです。何でも萩原さんたちはそのお知り合いに招待されたとかで。まあ創作の内容上そういうものに興味がないわけじゃないので、僕らもそれに混ぜてもらうことにしました。

 ただ予想外だったのは、一回に参加できる人数が二人までだったことでして。相談して、まず僕と渡が十二時ちょうどからの回、澤井さんと吉良さんが十二時三十分からの回、最後に萩原さん姉妹が十三時からの回に参加することになりました。え? ああ、はい、一回につき三十分です。

 ショッピングモールの二階に着いたのが、確か十一時五十分ほどだったように思います。開催場所の向かいにコーヒーショップがあったので、僕と渡がイベントに参加している間、萩原さんたち四人はそこで話しながら待っていただくという次第になりました。

 で、十二時ちょうどから――そうです、一分の狂いもなくぴったり十二時からです――僕と渡はイベント会場の中に入ったので、その後三十分の外の様子はわかりません。二十五分くらいでクリアできたんですが、その後五分は中に閉じ込められたままでした。いちおう、三十分が経つまでは出してくれない仕様だったみたいです。

 そういうわけで、十二時三十分ちょうどに僕たちは会場から出て、コーヒーショップに戻りました。澤井さんと吉良さんは次の回に参加するためにもういなくなってたんですが、萩原さん姉妹も、お姉さんの昌子さんがちょっと席を外していて。唯一残っていた妹の方の祥子さんに聞くと、なんでも僕らが返ってくる少し前までは彼女が所用で席を外していたらしいんですが、僕らと入れ替わりくらいで今度はお姉さんの方の昌子さんに用事ができたそうなんです。え、残ってたのは絶対に妹の方だったかって? そりゃ間違えませんよ、僕だって人の顔くらい覚えられます。スカーフも緑でしたし。絶対です。

 で、姉の方の昌子さんが帰ってきたのが、確か十二時五十五分くらいだったと思います。五分ほどして、澤井さんと吉良さんもイベントから戻ってこられて。入れ替わりで、今度は萩原さん姉妹がイベントへ行かれました。そうです、また三十分間です。ですから……戻ってきたのは一時三十分ごろになりますね。

 そのあと、件のコーヒーショップでまたちょっと話をしまして、二時ごろにお開きになりました。はい、そのあとは一度も会っていません。


「いや、どうもありがとう。参考になったよ」

 伏見が話している間中メモを取っていたので、比嘉が一杯のうどんを食べ終わったのは、結局学生たちが箸を置いたのとほとんど同時だった。トレーを持ち、椅子を元の位置に戻して立ち上がる。

「じゃあこれで。時間を取ってすまなかった」

「いえいえ。では」

 どちらからともなく頭を下げ、そして二人の学生は次の講義の準備があると言って出て行った。周囲に誰もいなくなった食堂で、比嘉はひとり呟く。

「……これ、何の意味があるんだろうか」




 さらに翌日。

 比嘉は、今度は高速道路を走っていた。なんと、証言者の残りの二人である澤井良介と吉良優佳は、東京から遠く離れた他県の在住だったのである。さすがにこちらまで呼びつけるわけにもいかないので、こうして比嘉が出向いているのだった。いつもであればその地域の県警に任せるのだが、白音の直々のご指名とあれば仕方がない。

 澤井と吉良は県庁の職員で、そういう点では話が通りやすく、比較的スムーズに会って話すことができた。場所は、耐久年数間近の県庁舎の中の一室である。

 「ご足労おかけしてすみません」と言いながら入ってきた澤井と吉良は、二人ともスーツを着て名札を首から下げた、典型的な公務員のスタイルだった。彼らもミステリが好きだというから人は見かけによらない、と思う比嘉。

「お時間はあまりとらせませんので。この間の事件の件、当日のことをもう一度詳しくお聞かせ願えませんか」

 そう切り出すと、あまりいい顔はしなかったものの、二人とも「わかりました」と承諾した。

「では、私が」

 吉良がそう言って、おそらくは何度も繰り返したであろう内容を滑らかに話し始めた。


 十時ぴったりに、待ち合わせ場所の喫茶店に着きました。ちょうど電話をかけていたらしく、双子のうちのお一人がお店の外にいらっしゃいまして、自己紹介をしながら一緒に店内に入りました。

 中には双子のもうお一方と、伏見さんに渡さんがいらっしゃいました。あのお二人、まだ学生さんですのに良く出来た作品をお書きになるんですよ。萩原さん姉妹は、こちらはもういつでもデビューできるんじゃないかと思うくらいのクォリティなんですが。レベルが低いのは私だけというお恥ずかしい状態でして……あ、すみません。本題に戻りますね。

 かなり長い時間六人でお話をしまして、十時頃に近くの洋食屋さんでお食事をした後、近くのショッピングモールへ行きました。十一時四十分か五十分くらいだったでしょうか。さすが都会ですね、本屋の大きいこと大きいこと。時間があまりなかったのが残念でした。……すみません、私たちの行動でしたね。そうです、刑事さんのおっしゃる通り、脱出型のイベントでした。私、こう見えても謎解き系のゲームは得意なんですよ。

 十二時からの回に参加するために、まず伏見さんと渡さんが会場の方に行かれましたので、私たち四人は、お向かいのコーヒーショップで時間を潰すことにしました。コーヒーは、そうですね、正直に言いますと、あまりおいしくはなかったと思います。

 ところが、五分ほど経ってから、妹の方の祥子さんが「ちょっと覗いてきたいお店があるんです」とおっしゃって、席を外されました。ですから、イベントの次の回が始まるまで、二十五分ほどお姉さんの方の昌子さんと、私たち二人でお話をしていましたね。え? はい、確かにお姉さんの方でしたとも。私、昔から人の顔は忘れないんです。それに双子とは言っても、あのお二人では間違えようがありません。

 ……どこまでお話ししましたっけ。ああ、そうです、コーヒーショップでした。あの作家さんの新刊が面白かっただとか、お姉さんが着けてらした薄緑色のスカーフ、あれがおしゃれだとか、そういうお話をしている間にあっという間に時間が過ぎまして、十二時二十八分くらいに、私と澤井さんはイベント会場へ向かいました。ですので、そのあと三十分間のことは何も知りません。

 一時になって、私たちはコーヒーショップへ戻り、萩原さんたちがイベント会場へ。三十分間は、渡さんたちとお話をしました。渡さん、なかなかユニークな方でしたよ。あ、刑事さんもそう思われますか。

 一時三十分に萩原さんたちがお戻りになられてからは、また三十分ほどそのコーヒーショップでお話しをして、そのあと解散となりました。新幹線の出発まで少し時間がありましたので、先ほどの本屋さんに寄ったりもしましたね。そんなところです。


 「では、お聞きすることは以上です」と言うと、澤井と吉良は、慌ただしく仕事に戻っていった。役所はどこも忙しい、と自身も国家公務員の比嘉は溜息をついた。

 車に戻って、しばしメモ帳を読み返す。二つの証言はほぼ同じ内容を示しており、萩原昌子のアリバイの穴が三十分しかなかったという内容は、どうやら動かしがたいように思われた。

 頭を整理するために、比嘉はメモ帳にタイムテーブルを書き出してみる。


 十二時、伏見と渡がイベントへ行き、萩原姉妹と澤井・吉良が残る。

 十二時五分、萩原妹が所用で席を外し、三人が残る。

 十二時二十八分、澤井と吉良がイベント会場へ。おそらくこの直後に妹が戻り、萩原姉が席を外す。

 十二時三十分、伏見と渡が戻ってきて妹と合流。

 十二時五十五分、姉が戻ってきて三人と合流。

 十三時、澤井と吉良が戻ってきて萩原姉妹がイベント会場へ。


 何度も、何度もそのメモを見返す。

 そうしているうちに、比嘉はあることに気がついた。急いで証言を記したページをめくり、初めから一語一語精査していく。彼の考えを裏付ける言葉は、ほどなくして見つかった。

「……今回は、白音さんの力を借りるまでもなかったかな」

 数分前とは異なる確信に満ちた表情で、彼は車を発進させ、東京への帰路についた。




「……ふんふん。いや、ありがとうございました」

 数日後。やはり人のいない会議室で比嘉が調査の結果を話し終わると、白音はまずそう言って頭を下げた。つられて比嘉も頭を下げる。

「えーっと、私、実はこういうの苦手でして。この場面になるといつも何と言ったらいいかわからなくなるんですけど……」

 唐突に話し始めた白音に対し、この人は何を言っているんだ、という顔で比嘉は首を傾げた。白音は構わずしゃべり続ける。

「やっぱり言っちゃいます。えい。――謎が解けました」


「さすが白音さんです。情報を聞いてその場で推理が組み立てられるとは」

 そう言うと白音は何故か苦笑いのようなものを浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻り、こほんと咳払いをした。

「結論から言いますと、やはり犯人は萩原さんで間違いないと思います。さて、まずその結論に至った経緯ですが――」

「あ、ちょっと待ってください白音さん」

「どうしました、比嘉さん」

 右手を挙げた比嘉を見て、不審そうな表情を浮かべる白音。しかし、比嘉の言葉を聞くと、それは納得に変わった。

「いえ、実はですね。わたしも供述を見返していて、どうやら真相に辿り着けたようなんです」

「おお、そうですか!」

 飛び上がらんばかりの勢いで拍手をする白音。

「……あの、どうしてそんなに嬉しそうなんです?」

「だっていいことじゃないですか。本来警察の事件に、私たちみたいな人間が首を突っ込むべきじゃないんです。比嘉さんや他の方が独力で解けるというのであれば、これに越したことはありません」

「……まあ、それもそうですね」

「ささ、早く比嘉さんの推理を聞かせてください」

 にこにこしながら、パイプ椅子に腰かける白音。

「えー、では僭越ながらこの比嘉司、白音さんに代わって推理をさせていただきます。

 まず、犯人は先ほど白音さんもおっしゃったように、萩原昌子で間違いありません。しかし、彼女にはアリバイがありました。犯行現場へ行って被害者を殺害し戻ってくるためには、最低でも四十五分は必要だったはずなのに、彼女が自由に行動できたのはたった三十分です。三十分という時間を、四十五分に引き延ばすためには、どうすればいいでしょうか。

 まずわたしが気になったのは、萩原昌子とその妹の行動です。伏見と渡、澤井と吉良という二組のペアの証言から彼女たちの行動を推測すると、次のようになります。

 まず、十二時五分から二十八分の間は、萩原妹が不在で、萩原姉と澤井・吉良の三人が一緒にコーヒーショップにいました。ところがその直後、澤井と吉良がイベントへ行って、伏見と渡がコーヒーショップに戻ってくるまでのわずか二分ほどの間に、萩原妹が戻ってきて萩原姉は席を外しています。つまり、この十二時二十八分付近において、四人の証言者のうち誰も、姉と妹が同じ場所にいることを目撃していないのです。これは偶然でしょうか」

 いったん言葉を切る。白音がうんうんと大きく頷いているのを見て、推理の方向性は間違っていないことを確信する比嘉。

「わたしは、偶然ではないと考えました。つまり、どういうことかと言うと――十二時二十八分まで(、、、、、、、、、)コーヒーショップに(、、、、、、、、、)いた萩原姉と(、、、、、、)十二時三十分からいた(、、、、、、、、、、)萩原妹は(、、、、)同一人物なのです(、、、、、、、、)

 犯行の流れを簡単に説明します。

 まず大前提として、萩原姉妹は共犯です。実行犯は姉ですが、妹もアリバイ工作に加担していました。

 ショッピングモールに着くと、最初に萩原姉妹が二人でトイレかどこかへ入ります。そして、服を交換します――つまり、姉が妹に(、、、、)妹が姉に(、、、、)化けるわけです(、、、、、、、)

 しかし彼女たちは、ここで一つミスをしました。スカーフです。わたしが取ってきた証言によれば、コーヒーショップで澤井と吉良が見た萩原姉は、緑色のスカーフをしていました。しかし、その後渡・伏見と話していた萩原妹も、緑色のスカーフをしているのです。……もっとも証言者の四人は、あまり違和感を覚えなかったようですが。

 ともあれ、そうしておいて何食わぬ顔で他の四人と合流します。伏見と渡がイベント会場へ向かったら、すかさず妹――澤井と吉良はこう証言しましたが、実際は妹に化けた姉です――は席を外し、あらかじめ近くの駐車場にでも置いておいた車かバイクで被害者の家へ向かいます。これが、十二時五分のことですね。

 彼女は二十分かけて目的地に辿り着き、そして被害者を殺害します。犯行に関しては、五分もあれば何とかなるでしょう。被害者の死に際のメッセージを見逃したのは、一分も無駄にできず急いでいたためと思われます。

 さて、同じころ。正確には十二時二十八分、澤井と吉良が、イベント会場へ向かいます。それを見届けてから、残っていた萩原妹――姉の格好をしています――は、ふたたびトイレで着替え直します。たぶん、バッグか何かにスペアの服を入れていたのでしょうね。

 晴れて元の自分の服装に戻った萩原妹は、コーヒーショップの席で、渡と伏見が戻ってくるのを待ちます。

 そして十二時五十分ごろ、萩原姉が戻ってきます。彼女はまだ妹の格好をしているので、やはり着替えなければなりません。これに五分ほど時間を割いたので、萩原姉がコーヒーショップに戻ってきたのは十二時五十五分ごろ、となります。

 ――説明は、以上です」

 いかがでしょうか、と白音の顔を覗き込む。

 しかし彼女は、先ほどとは打って変わってあまり浮かない顔をしていた。そして、比嘉に向かってこう言った。

「比嘉さん。残念ですが、あなたの推理は間違っています」




「確かに比嘉さんの推理は、一見瑕疵がないように見えます――いくつかの点を除いては。

 例えば、服です。伏見さんの証言によれば、萩原さんたちの服装は『お揃いの黒いコート』で『違いといえば、姉の昌子さんの方が赤色のスカーフを、妹の祥子さんの方が緑色のスカーフを巻いていた』くらいだったのでしょう? ですが、比嘉さんのおっしゃったような入れ替わりトリックを弄するためには、もっと一目で違いが分かるような服を選ぶと思いませんか?

 さらに服に関しては、もう一つ問題があります。十二時二十八分付近で妹さんが着替えて、元の服装に戻るとおっしゃいました。このとき、さっきまで自分が着ていた服は、お姉さんが着て行ってしまっているので、バッグにしまってあったスペアの服を着る、とのことでしたが――やはり伏見さんの証言によれば、彼女たちはバッグを持っていなかったのです。

 さらに。これが最大の問題なのですが、比嘉さんのおっしゃったトリックは、極めて使い古された『双子の入れ替わり』に類するものです。おそらく比嘉さんは、『双子』という単語から連想を働かせて先のような結論に至ったのだと思いますが――」

 そこで白音は、いったん言葉を溜めた。

「――萩原姉妹は、双子は双子でも、二卵性の双子(、、、、、、)なのですよね?」

 あっ、と声を上げる比嘉。

「吉良さんも『双子とは言っても、あのお二人では間違えようがありません』とおっしゃっていたそうですし、それに伏見さんも二人の区別に自信がおありのようでした。一卵性、それも入れ替わりトリックに使えるほどのものであれば、そこまで言われることはありません。

 おそらく比嘉さんは、萩原姉妹を写真などで見て二卵性であることはご存じだったのでしょう。しかし、アリバイを崩すことを考えるあまり、彼女たちを知らず知らずのうちにパズルのピースに変換し、わかりやすい記号として考えてしまっていたのではありませんか?」

「……確かに、その通りです」

 ここまで自分のミスを挙げられてしまえば、比嘉も推理が誤りであったことを認めざるを得なかった。しかし、続く白音の言葉に比嘉はまたもや驚かされる。

「ありがとうございます。これで、私の方も推理に確証が持てました」

 え、と顔を上げる比嘉。

「そうです。私は、今自分で挙げた疑問点の全てを解消できる答えを持っています。それを今から、お話ししましょう」

 白音紅音は、高らかに言った。




 とはいえ比嘉さんは、惜しいところまで行っていました。着眼点も、推理の材料も、ついでに言えば推理の内容も、ほとんど私と同じです。ただ、いくつか小さな見落としをしていたことで、結論があさっての方向へ向かって行ってしまっただけなのです。

 さて、検証を始めましょう。

 実行犯は姉の萩原昌子さんで、妹の方の祥子さんも共犯なのは、私も同意見です。また、十二時二十八分まで澤井さん・吉良さんと一緒にいたお姉さんと、十二時三十分から伏見さん・渡さんと一緒にいた妹さんが、実は同一人物であったというところに関しても同じ意見です。根拠は、やはり緑色のスカーフですね。

 ただ、その同じ人物をみて、澤井さんたちはお姉さんの方だったと言い、伏見さんたちは妹さんの方だったと言った――この事実を説明するために比嘉さんは、わずかな二分間の間に萩原さんが着替えたのだ、とお考えになりました。

 しかし、実際には姉妹は同じような服装であり、着替えるも何もあったものではありません。ですから私は、コーヒーショップに残っていた姉妹のどちらか――たぶん妹さんですね――は、途中で衣装を替えることなどはせず、ただずっとそこに座っていたのだ、と考えました。

 しかしそれでは、澤井さんたちがお姉さんだったと証言し、伏見さんたちが妹さんだったと証言した事実とつじつまが合いません。ですからここで、私は発想を転換させてみました。

 文字通り、ぐるっと。

 どういうことかと言いますと――入れ替わっていたのは双子たち本人ではなく、証言者さんたちの(、、、、、、、、)認識の方だったのです(、、、、、、、、、、)

 つまり、伏見さんと渡さんは、お姉さんの方を姉であると認識し、妹さんの方を妹であると正しく認識していました。しかし澤井さんと吉良さんは、お姉さんの方を(、、、、、、、)妹であると誤認し(、、、、、、、、)妹さんの方を(、、、、、、)姉であると思い込んで(、、、、、、、、、、)いたのです(、、、、、)

 では、比嘉さんに倣って、犯行の流れを説明することにしましょう。

 まず、萩原さん姉妹が待ち合わせ場所に到着します。そして、先にやってきた伏見さんたちに正しく自己紹介をします。自己紹介を済ませると、妹さんの方が店の外へ出ます。

 そして、やってきた澤井さんたちに、妹さんが自己紹介をします――自分が姉の昌子で、店内にいるのが妹の祥子だと。そうやって澤井さんたちの認識を入れ替えておいてから、店内に戻ります。

 同じような服装をしていたり、同じ飲み物を注文したりしたのは、四人があとで警察に証言した際に齟齬が出ないようにするためでしょう。伏見さんたちが『お姉さんが白い服で妹さんが黒い服でした』と言ったのに、澤井さんたちが『お姉さんが黒い服で妹さんが白い服でした』などと言ってしまった日には、認識入れ替えトリックが一瞬でばれてしまいますからね。

 こうしておいてショッピングモールへ行き、伏見さんたちがイベントへ向かうと、すかさずお姉さんは被害者の崎本さん宅へ一直線です。ここから先の彼女の行動は、比嘉さんがおっしゃったものでほぼ間違いないかと。

 コーヒーショップに残っている妹さんは楽なものです。二分で着替えたりしなくても良く――よってバッグも必要ありませんね――ただ、澤井さんたちの前では姉の萩原昌子として、戻ってきた伏見さんたちの前では妹の萩原祥子として振舞うだけでよいのですから。動物たちの前では自身を動物だと言い、鳥たちの前では自身を鳥だと言った童話のコウモリに似ている気もします。

 そして犯行を済ませたお姉さんが戻り、イベントから澤井さんたちが帰ってくると、あとは自分たちがイベントに参加したりするだけです。そのあとのおしゃべりを三十分程度で切り上げたのは、二組の証言者たちがそろっている状況が長く続くと、ボロが出やすいと思ったからでしょうね。

 私の推理は、以上です。




「白音さんのお考えがもし事実なら――あ、いえ、事実であるとは確信していますが――犯行の立証は、至極簡単ですね」

「そうですね。何しろ、澤井さんたちに双子の写真を見せて、『どちらがお姉さんの写真ですか?』と聞くだけでいいんですから。わかってみれば、楽なものです」

「いや今回もご助力ありがとうございました、何とお礼を言っていいやら。さっそく捜査本部に戻って、報告してきます」

 パイプ椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる比嘉。そして踵を返し、会議室から出て行こうとして――立ち止まった。

「そう言えば、白音さん。少し疑問に思ったんですけど」

「はいなんでしょう?」

 小首を傾げる白音。

「萩原姉妹が同じような服装をしていたのは、証言に齟齬が出ないためでしたよね? だとしたら、どうして彼女たちは、赤と緑のスカーフなんて見分けのつきやすいものを付けていたんです?」

 と、比嘉は尋ねる。白音は苦笑して、

「……それ、すごくくだらないことなので、敢えて言わなかったんですけどね。まあいいです、比嘉さんが気になってらっしゃるのならお教えいたしましょう」

「はい、ぜひお願いします」

 えぇと、と短く言ってから。

「彼女たちの弄したトリックの性質からして、赤色(、、)緑色(、、)という一目で違いの分かるものは、本来なら絶対身につけなかったはずです。にもかかわらず、事実は違った。私はこの矛盾する事実を説明する理屈を――結構無理やりですが――思いつきました。そして同時に、放置したままのもう一つの謎も解けたのです。

 そう、例のダイイングメッセージです。萩原昌子さんは、なぜ被害者の死に際のメッセージに気付かなかったのか? ……あのメッセージは、緑色(、、)のタオルに、赤色(、、)の血文字で書かれていました。

 双子の両方が後天的に同じ傾向を持ったとは考えにくいですから、おそらく先天性、それも親からの遺伝でしょうね。赤色と緑色、そして気付かれなかったメッセージ。これらから導かれる結論は、何でしょう?」

 ああ、なるほど、と言って、比嘉はあっさりと結論に辿り着いた。


「赤と緑の区別がつきにくい色覚――一般に、1型2色覚や2型2色覚と呼ばれるものですね」


Next→→→『最初で最後の事件』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ