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この謎が解けますか? Re...  作者: 『この謎が解けますか?』 企画室
夜宴
21/32

grif

Author――佐伯

「八時には帰るからね」母は、頭を撫でてきた。「わかった」ソファーに座りスマホを弄るぼく。その手が離れた時、母は自分に興味がなくなったのではと思った。

(事実そうなのかも)そう思い嘆息した。

 母が出かけたあと、テレビを消すと雨が降っている事に気づいた。

 雨が降ると桜が散る。

 自分の名前がサクラだから、それに花がつく頃天気が気になった。一面に敷き詰められた桜の絨毯も美しいが、やはり枝についていてこその風情だと思う。



 お腹が減ったので食事を取り、スマホをテーブルに置き、伸びをする。

 インターホンがなった。

 母には誰か来ても出なくていいと言われている。

 違うな、出てはいけないと言われている。誰であろうと出てはいけないと、きつく言われていた。



 インターホンがなる。


 ……リビングの大窓がしまっているか気になった。


 フローリングの床は素足にはひんやりした。鍵に手を伸ばすと、外からその窓に手をかける人がいる。一足早く鍵を閉めた。

 窓が軋む音がした。

「サクラちゃん。開けてくれないか?」

「それはできないですよ。後藤(ごとう)さん」

「お母さんいないんだろ。いいじゃないか」

「警察呼びますよ」

「……本気?」

 背を見せたくないので、後ろ歩きでテーブルまで移動しスマホを取る。

「帰ってください。来るならお母さんのいる時に」

 男は怒気を含んだ表情となり、「……開けろ! サクラ開けるんだ!」と言った。


「無理ですよ」

 ぼくは百十番を押し、画面を向ける。

「じょ、冗談はやめろ。わ、わかったから」

 コールする前に切る。

「帰って」

 男は未練がましくこちらを見ながら去って行った。


 母が帰ってくるまであと四時間。


 テレビは興味のないものしかやっていない。どーやって時間を潰そう。分針の進みがやたらゆっくりに感じた。一秒の塊が八十くらいに思えた。

「はやく帰ってこないかな」薄暗いなか小学生を置いて行くのはどんな気分だろうか。

 例えば、変質者に首を絞められ殺されていたら、母は泣くのだろうか?

 想像して自分の首を絞めた。

 冗談でやっていたが強く絞めていたようで、気を失っていた。

 目を開けると母が顔を覗き込んでいた。

「……大丈夫?」その表情は心配そうに見えた。

「大丈夫そうね」


 ご飯にしようか?


 ご飯……に……

 鼓膜がおかしくなり言葉がうまく聞こえない。

 次には眼球がおかしくなり、空間がグニャグニャに歪んだ。

 キッチンに向かう母は床に落ちて行った。


 きっと叫びたいのを我慢して落ちた。落ちた先はあの嫌う男しかいない。毎日喧嘩をするだろう。今床を埋めてしまえば二人と会わないで済む。

 しかし母には会いたい。

「お母さん!」

 答えてくれるはずだ。



 鍵が開く音。

 雨具を叩く音。傘ではない。


 誰かがリビングに近づいてくる。

「今呼んだ?」

 母だ。お母さんだ。

 ジャージ姿の母は「まだ眠れない?」と聞いてきた。

 どうやら、夜があけていたらしい。

「ごはん食べよっか?」

「後藤さんがきた」

「?」

「後藤さんがきた」発音を限りなくお父さんにすると通じた。

「あの男またきたの」

 あの男と母は言う。心底呆れた溜息が聞こえた。

「ごめんね。一人にして、怖かったよね」

「うん、大丈夫だよ。気分転換になってるんでしょ?」

 母は答えなかった。

「シャワー浴びてくるね。汗かいたから」


 ぼくは目を閉じた。母がいれば深く眠れる。



「八時には帰るから」おそらく徹夜の母、は軽くストレッチをした。今日が期日のコラムをあげなきゃと言っていた。

「どうして新聞配達をするの?」

「お金の為」

 と……。「そうね。頭が整理されるのよ、記憶整理にちょうどいいの。疲れて帰って寝て、起きるとなぜか筆が進むの」母は笑った。

 母は頭のいい人だ、そのやり方は正しいのだろう。ぼくは息を短く吐いた。

Next→→→『アイデンティティ・クライシス』

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