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この謎が解けますか? Re...  作者: 『この謎が解けますか?』 企画室
昼日中
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思い出の解釈

 礼奈は滅多に泣かない。

 最後に泣いたのを見たのは、小学校入学前だった気がする。学校で過ごしているあいだに喧嘩でもして泣いたことはあるのかもしれないが、少なくともおれは見ていないし、彼女の性格からしてもそういうことはまずなかっただろう。

 テストで悪い点を取っても、陸上の大会で最下位になっても、涙を流すどころかそれほど気を落とすこともない。クールな性質だから、能天気だから――そういうふうに礼奈の性格を一言で片づけることもできるが、どちらかといえば間違いであると、家族としてのおれの目には見える。

 彼女は物静かな表面とは裏腹に負けん気が強く、内に秘めた熱はかなりのものだ。表情には出さないだけで感情の起伏自体は激しく、どちらかと言えば気性の荒いほうなのではないか。むしろ、負けず嫌いゆえにその「波」を抑えようと我慢するのかもしれない。

 その証左に、おれが少しでも軽率な発言をすれば絶対に聞き逃さず、深く根に持って蔑んだ視線や横柄な振る舞いを見せつけて反撃する。

 おれが早朝に起きて支度をする音に目が覚めたなら、わざわざベッドを出て文句を言う。

 気に入らない相手と対面したときには、逃げずに正対しつつもまともに相手を見ないよう前髪をいじる癖がある。

 負けず嫌いだからこそ、自分に非があると認めたら失礼のないよう詫びるし、助けられたと思ったら精一杯礼を言う。

 彼女が気を立てるケースというのは、たいてい自分の意思――何が好きか、何がしたいか、何を考えているか――について気に障ることを言われた場合だ。

 そしてそれは、由依子ちゃんとの関係性にもみられる。

 いや、少し違うかもしれない。何にしても張り合わずにはいられないのだ。

 由依子ちゃんのウサギに対抗して、ハムスターを飼いはじめた。大切に面倒を見ていたそのハムスターが死んでしまっても、涙を見せることなく自分で家の片隅に墓を作った。中学生になっても、同じ陸上部に入った。

 ひょっとすると、礼奈の人格を作り上げたのは、由依子ちゃんと過ごした日々だったのかもしれない。

 その礼奈が大人になるときというのは――



 洗い物を終えた礼奈はソファに身を預けて、学校でウサギを見ながら話していたときの様子を語りはじめた。なぜ、由依子ちゃんがウサギを飼う自信を失ったのかを。


「私にはもう、ウサギは飼えないな」

 新しくやってきた三羽のブチのウサギを愛でていたとき、ふと唐突に、そして淡々と呟かれた言葉に、礼奈は最初驚くことすら忘れていたという。

 ただ機械的に「どうして?」と返していた。

 由依子ちゃんは、今度こそ心の籠った声で力なく続ける。

「だって、小六の夏のうちに三羽も死なせちゃったんだもん」

 そうしてようやく礼奈は、隣にしゃがむ同級生が過去を振り返って感傷に浸っていることに気が付いた。面倒な話が始まった予感がしたが、もう遅い。

 どういうことか重ねて尋ねた。由依子ちゃんは、ウサギが金網の隙間から突き出した鼻を人差し指で撫でて微笑みながら、小学校六年生の夏休みのエピソードを再生した。その口調は、親友として相手を知り尽くしていると前提しているかのようだった。

「私、委員会はずっと飼育委員だったじゃない? でね、毎週当番でウサギ小屋の掃除をするうちに気が付いたの。夏休みとか冬休みとか、あと、ゴールデンウィークも、連休があると小屋がすごく汚くなるって。それってつまり、休みのあいだは誰も掃除しに来ないってことでしょ? だから、上級生になってなんか責任みたいなものを自負してたのかな、一丁前に。夏休みのあいだ学校のウサギのお世話をしてたの」

 飼育委員として由依子ちゃんが熱心だったことはよく覚えていたという。しかし、休みの日にもわざわざ頼まれてもいない面倒を見に行っていたことは知らなかった。

 田んぼに囲われた小学校。地域のスポーツクラブなども出入りするそこは、門がしっかり施錠されているわけではなく、校舎こそ入れないものの敷地に入るのは難しくなかった。飼育小屋の鍵は裏門のそばにある職員玄関のポストの脇にかかっていたらしく、いつもそれを取ってから校舎を回って小屋まで歩いて行ったという。

「休みの日って先生とか用務員さんとか、誰かしらが掃除してご飯をあげてたらしいんだけどね、やっぱり毎日ってわけにはいかないんだね。第一、ちゃんとやり方を知っているとも限らないし。毎日通ってて改めて思ったんだけど、ご飯が少なかったり、掃除が雑だったり、水が汚かったり……これじゃダメだな、って感じだった」

 そんなに? と訊くと、そんなに、と嘆息を返された。

「だってさ、エサが切れてるのに誰も補充しないんだよ? この学校のエサって基本ペレットしかあげてなくて――というかそれだけでもなかなかひどいんだけど――倉庫にでっかい袋があってそこから小分けにして小屋の脇に置いておくのね。でもさ、夏休みのあいだは倉庫の鍵を開けることが少ないから、補充なんかされないの。仕方がないから、うちで余ってたエサを持って行って、何とか残りの期間をもたせたんだけどさ。

 まあとにかくひどいから、たまに野菜とかパンの切れ端も持って行ったんだ。いつもはもらえない美味しいものが食べられて嬉しそうだったな。そうそう、ブラッシングもしてあげたよ。家のウサギに使ってたブラシで。あの子たち、結構汚かったじゃない? ただでさえ良い環境とはいえないんだから、私が全部世話を見るって決めたあいだは、できるだけサービスしたの」

 ウサギを家で飼っているだけある、ということもあるが、少し思い上がっていないか、とも礼奈は思ったそうだ。

 再度、理由を問うた。学校のウサギに、そこまでやらなくても。

「礼奈、それはちょっと冷たすぎない?」

 由依子ちゃんは笑った。このときの様子を伝える礼奈の声はやや棘があって、きっと、小屋の前で並んでいたときには髪の毛を触っていたのではないかと想像される。

「かわいそうじゃん。しかも二羽いるから、それなりに水もエサも減るしね」

 それから少し黙って、再び口を開く。

「まあ、確かに……家のウサギが死んですぐだったから、いつもやってた世話を続けられるのが嬉しかったのかも」

 やっと本音が出た、と礼奈は思ったらしい。

「つまり、死なせたってのは、家のと、学校の二羽。合わせて三羽ってこと?」

 由依子ちゃんは頷いた。

「家の子は寿命が来たんだと思う、七歳だったから。学校のはまだ四年……ちゃんと面倒を見ていれば、もっと生きていられたと思うんだけど」

「でも、だからってユイが何かして死なせたっていうの? ウサギなんてそんなものじゃない? うちのハムスターも、本に書いてある寿命より早くポックリ死んじゃったし」

 ここでハムスターを引き合いに出すところが礼奈らしい。

 由依子ちゃんは苦々しい顔で応じた。

「いや、心当たりがあって……お盆のころ、どうしても一週間親の帰省についていかなきゃならなくなって」

「え、世話をできなかった何日かのあいだに飢えて死んだわけではないでしょ? 確か、ウサギは二羽とも九月に死んだはず」

 礼奈の記憶は正しかった。由依子ちゃんも首肯する。世話を見られなかった数日間で死んでしまったわけではない。

「うん、世話を見られなくて死んだとは、私も思っていないの。お盆の少し前にね、少年野球で来てた四年生くらいの男の子が私を見つけて、手伝ってくれたんだ。しかも、お盆で私がいないあいだ、ウサギの世話を見てくれるって。それだけじゃなくて、その子が担任の先生に話してくれたらしくて、お盆が過ぎたころからその先生が手伝ってくれるようになったの。それからは、ご飯に野菜を足すとか、掃除が足りなかったらするくらいで、すごく楽になったな」

 むしろ、良い話ではないか。

 その少年や教師が約束に反して世話を怠ったと疑っても、死んだのはその半月後。流石に責任を擦り付けることはできない。話の方向性が見えなくなって、礼奈は少々困惑し不満だったという。

 その説明は間もなくなされた。

「でも、その男の子に一年生くらいの小さい弟がいて、その友達も含めてちょっとやんちゃだったんだよね。ウサギを気に入ってかわいがってくれてたのはいいんだけど、時々そのへんの雑草とか持ってきて小屋の外から食べさせようとするから……」

 ウサギなんて草なら何でも食べそうなものだが、それはもう古い偏見なのだろう。当然ウサギだって清潔なものを食べて清潔な場所で生活したいに違いない。野草の中には毒となるものもあるのだろう。ハムスターにだって、与えてはいけないものがいくつかあった。

 礼奈はようやく合点がいった。

「要するに、その子どもたちが変なものを食べさせるようになって、ついに夏休みが空けたころに死んだ、と」

 最後は責任転嫁ではないか、と礼奈は心の中で断じていた。

 由依子ちゃんは、呆れたように弱々しく笑いながら頷いた。

「まあ、ね。私が自信を失くすことではないのかもしれないけれど、結果としてさ」

 そして、由依子ちゃんは立ち上がった。



 ――なんだか結局、よくわからない話だなって。どうして死んだかもはっきりしないし、自信を失くす理由だっていまひとつわからない。


 礼奈はそう感想を述べて、おれと話すのを止めた。

 リビングを出ていく礼奈の背中に、どことなく哀愁を感じた――そういう月並みな表現でしか、おれにはその奥ゆかしさを言いつくすことはできなかった。そんな姿を、まさか礼奈に見せられるとは思ってもみなかったから。

 妹はいつまでも妹なのではなく、やがて本当の意味での礼奈になる。



 自室に戻る前に、玄関脇の物置に使われているスペースを覗いてみた。

 狭くて埃っぽいそこには、おれや礼奈が幼いころに使っていた品が山ほど押し込められている。人に譲るなり、捨てるなりしてもよいものばかりだが、物ぐさな両親は妙なところでもったいぶって手放さない。

 床に置かれている段ボールのひとつを開いた。

 子ども向けの図鑑や百科事典が詰まっている。

 動物図鑑を手に取った。ついでに、ハムスターを飼うときに買った本も。それらには、巻末にウサギの飼育方法が書かれていたはずだ。

 それをぱらぱらとめくったところ、やはり、思っていたとおりの記述があった。

 その部分は、ハムスターともたいして変わらない。

 由依子ちゃんが夏休みのあいだ世話をしていたのにも拘わらず、どうしてウサギたちは死んでしまったのか。それは、お盆に地元を離れてからのことは直接には関係ない。もっと以前から、その原因がある。

 おそらく、ウサギたちは自らエサを食べなくなったのだ。

 倉庫の鍵が閉まっていたため、由依子ちゃんは、自分の家から代わりにエサを持ってきて始業式までそれを与えていたと話した。少し前に逝ってしまった自宅のウサギのために用意したものが残っていたのだろう。

 さて、ウサギが大好きな由依子ちゃんの家にあるエサは、学校にあったペレットよりもよっぽど上質なものであったことは想像に易い。礼奈から伝え聞いた本人の口ぶりからも、学校の飼料がそれほどのものではないことがわかる。

 高価なエサを、普段ペレットしか食べていないウサギたちが何日も続けて食べたら、どうなるか。


 美味いエサしか食べなくなる。


 ハムスターの指南書にも同じことが書かれていた。エサを好き嫌いすることもしばしばあり、たまに与えた食べ物を気に入ってそれしか食べなくなる可能性もある、と。

 由依子ちゃんが提供する上質な食事をいたく気に入ったウサギたちは、学校のペレットなどもはや眼中にない。時々キャベツやニンジンも食べられたようだが、むしろそれしか食料のない時間が続く。そして最後には、自分たちの選り好みのために飢えて息絶える。

 こんなことが本当に起こるのかどうか、今度生物部の奴に訊いてみよう。

 夏休みの後半、先生や心優しい少年が主に面倒を見ていたおかげで、由依子ちゃんはウサギたちの様子をくまなく観察することが減ったのかもしれない。飢えているなら明らかに痩せていったはずだが、果たして彼女はそれに気づいていたのだろうか。

 そして、彼女はどうして、自分のせいとは限らないウサギの死に落ち込み、大好きなウサギを二度と飼いたくないとまで思ったのか。

 …………。

 それは、礼奈が自分で解釈していることだろう。

 礼奈は親友の話を「よくわからない」とは言いつつも、「意味が解らない」とは言っていなかった――



 二日後。連休明け最初の登校日、礼奈は退部届を提出して帰ってきた。

 夕食前にそれを明かされ、おれも、両親も、かける言葉が見つからなかった。というのも、励ましようがなかったというよりは、励ます必要がないと感じられたというか、礼奈の中で考えが完結していることが明らかだったからである。

 岩出(いわで)礼奈。中学二年生、一四歳。陸上部所属一年半。入賞経験、なし。


 夕飯の食卓には、前の日に両親が両手いっぱいに持って帰ってきた野菜が、土産菓子の箱とともにずらりと並んでいた。ほとんどは漬物だが。

 礼奈はナスの漬物や沢庵には一切目もくれなかった一方で、マヨネーズをかけられたトマトにはすいすいと箸が伸び、半分以上を平らげてしまった。そんな礼奈が、ふと、食卓の隅にあった黄色いものに目を向ける。

「これ、何?」

 食わず嫌いの多い礼奈が得体の知れない食材に手を伸ばすことは稀だ。まして、それが何かわからないまま口に入れてしまうなんて、極めてレアな事例だ。

 しかし、相手が悪かった。好き嫌いが少ないと自負するおれでも、それはまだ好きになれない。見た目には黄色くて細長いそれは、何も知らないと甘くて美味しい卵料理か何かに見えてしまう。両親の通う温泉地やその周辺ではメジャーな料理のようだが、初めて食べたときの刺激が忘れられなくて敬遠してしまっている。

 平然と母が答える。

「ああ、それ? からし巻き」

 甘辛く漬けた大根でからしを巻いた、大人の味。


「――――っ!」


 あ、久しぶりに妹が泣いた。


拙作『アリスをめぐるミステリー』より

http://book1.adouzi.eu.org/n4447de/


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