Bパート ヒーローショーは予想外の想定外
既に変身したラスカル☆ミーナとマイティー・メイ、監督の風島なぎさにアシスタントサポートの井上美穂、そして、主役の正義の味方の方々が最終打ち合わせで顔を合わせた。
急遽、飛び入り参加のために台本も作る暇もなく、舞台は粗筋だけ決めての台詞は全てアドリブの即興演劇にすることになった。
粗筋といっても、ラスカル☆ミーナ扮するチ・ミモーリョウの女幹部、紅蜘蛛リールが妖怪ネオ猫娘メイ(今回オリジナル怪人)を伴い、会場に乱入占拠、会場にいる父兄を舞台に引き上げて人質とする。そこで、司会進行をするなぎさが陰陽戦隊ゴセイメイをみんなで呼ぶように呼びかける。ゴセイメイが登場して、人質解放の交渉で、ゲームをして勝ったら開放と言って、ちょっとゲームをする。ミーナが最終的には負けるが、約束は反故にして、アクションスタート。適当なところで、必殺技のゴボウフラッシュを喰らって退場という単純なものであった。
「父兄にはあらかじめ協力してくれるように言って置いたから、子供を狙ったら、子供をかばって捕まってくれるわよ」
「仕事で疲れてるだろうに、お父さんも大変だなあ」
「子供のために頑張ってるところを見せて、株を上げれるかもよ」
「最近の子供はませてるからそれは無理じゃない?」
「そこは演技と心意気で何とかしてあげて」
「うーん、努力します」
「監督、本当にこんな子供を使うんですか? 俺は反対です」
「子供と言っても正真正銘の魔法少女だから、演出面では今まで以上に派手にいけるわよ。みんなだって、午前の部、あたしらが聞いてなかったマジックファッションショーとか言うのにお客取られて、悔しがっていたじゃない。違う? レッドファイアー」
「それはそうですけど……」
「ところで、役名で呼ぶのはやめてくださいよ、監督」
「何言ってるの、ブルーウォーター、その方が役に入りやすいでしょう?」
「それを聞くと、別のものを思い出しちゃって……なあ?」
「原作通りなんだから変えられないわよ、グリーンウッド」
「絶対、何か意識してるよな、この二人の命名」
「ホワイトゴールド、そう言うのは別のところで論議してちょうだい」
「まあ、何を言ってももう、どうしょうもない。やるしかないんだから、精一杯やろう!」
「さすがはリーダー、イエローアース。それじゃあ、人質解放ゲームは何にする?」
「地味ですけど、道具もないから、じゃんけんにしますか」
「はい! はい! はーい! あたし、それ、提案がある!」
「何かな? メイちゃん」
なぎさに促されてメイが提案したゲームは一同を唖然とさせた。
「メ、メイちゃん。……それはちょっと、かわいそう過ぎるって。協力してくれた父兄の人たちに悪いわよ」
ミーナが思わずそう口にした。
『ご主人様、忘れているかもしれませんけど、悪いことしないと変身は解けないんですよ。そのままの格好で帰るんですか?』
(わ、忘れてた)
「それはさて置くとして、技術的に可能なの?」
「全然、問題ないよね? ミーナおねえちゃん」
「……はい。できます」
悪いことをしなければならない事と罪悪感を背負って少し暗くなりながらもミーナは肯定した。
「それじゃあ、問題はないから、それでいきましょう」
「ええ! 本気ですか、監督!」
「面白そうじゃない。地味なじゃんけんよりよっぽどいい。お客さんも盛り上がるわよ」
「……わ、わかりました。でも、本当に大丈夫なんでしょうね。どうなっても知りませんよ」
「責任は全部私が取る」
なぎさのその言葉で全ては決まった。後は開演時間を待つだけとなった。
空は晴天、ステージも観客席も露天のデパートの屋上はコンクリートが焼けて少し暑くはあったが、空気が乾燥しているのと風があったためにさほどでもなかった。
結構人気のある戦隊モノなのか、それなりに観客席は埋まっており、会場は子供の声でざわついていた。
「みんな! 大人しく待っててくれてありがとう!」
なぎさはマイクを持ってステージの中央へと進んで会場に呼びかけた。子供達はショーが始まったことに気がついて口々に何かを叫んでいるが、全員が全員ばらばらに何か言っているので、何を言っているかは全然わからなかった。
「はーい、みんな、ありがとうね!」
なぎさは、何を言っているかわからなくてもとりあえず、お礼を言っておく。お客のテンポに引きずられないようにしなければ話が前に進まない。
「それじゃあ、これから、みんな大好きな陰陽戦隊ゴセイメイの五人を呼ぶんだけど、みんな、ゴセイメイは好きかな?」
なぎさの呼びかけに再び口々に叫び声を上げる子供達。それに耳を傾けるふりをするなぎさ。
「うん、みんな大好きみたいだね。お姉さんも大好きだよ、ゴセイメイ。格好いいよね」
再び子供の叫び声。
「それじゃあ、ゴセイメイを……」
「あははははは! 無駄よ! 無駄、無駄! いくら呼んだってゴセイメイの奴らは来ないわよ!」
高笑いを上げて、後のセットの上に立つ人影、ラスカル☆ミーナこと紅蜘蛛リールが不安定なセットの上に仁王立ちになって立っていた。
「あ、あなたは誰?!」
わざとらしく振り向いて驚く、なぎさ。舞台ではオーバーアクションが基本となる上に、子供にわかりやすいように派手にアクションをするため、自然と不自然になってしまう。
「ふん、私? 私を知らないなんて、なんて物を知らない娘なのかしら? いいわ! 今回は特別に教えてあ・げ・る! 私は妖怪結社チ・ミモーリョウの女幹部、紅蜘蛛リール! たった今から、この会場は我々、チ・ミモーリョウが占拠した! おまえ達は我々の下で一生タダ働きするのだ! ははははは!」
ミーナもいつもよりもテンションを上げて悪の女幹部を演じた。もう半分やけくそであったが、踏ん切りがついている分だけ、様になっていた。
「紅蜘蛛リールの服が違う! いつもは水着みたいなのに、こいつ、スカートだ!」
ミーナのコスチュームに紅蜘蛛リールの装飾品を無理矢理くっつけてそれらしくは見せているが、大元の服装まではどうにもならない。それに気がついた子供が騒ぎ出す。それが伝播して一気に会場は騒然となった。「偽者だ」「ぱちもんや」「ばったもんだ」などと囁きが交わされて不味い雰囲気になってきた。
「紅蜘蛛リール! あなたが、あの残虐非道、冷酷無比なチ・ミモーリョウの女幹部! コスチュームを、服を変えて、更にパワーアップしてきたのね! ああ! なんて事なの!」
なぎさがコスチュームの違いをアドリブでフォローを入れる。子供達も半信半疑ながらも納得しつつあった。
「あー! リールのパンツが見えてる! 白パンツだ!」
そんな時に更なる叫び声が上がる。ミニスカートでセットの上に仁王立ちになっているために会場の前の方では見えるのであろう。それを見つけて大きな声で指摘した。再び、会場は誰とはなしに「リールのパンツは白パンツ」合唱が巻き起こる。付き添いの父兄はちょっと赤い顔をして、見たいが見ちゃいけない葛藤をしながら、ちらちらとミーナの方に視線を移していた。
ミーナはまさかそんな事を言われるとは、まったく予想だにしていなかったので顔を真っ赤にしてスカートの裾を抑えてパンツが見えるのを防いだ。
「き、きゃあ!」
しかし、不安定なセットの上で前屈みになったものだから、そのままバランスを崩してステージへと落ちた。
「み、…リール様!」
一緒に横にいた猫娘メイが慌ててステージに降りて、ひっくり返っているミーナを助け起こした。
会場は爆笑している。ドジだのバカだのマヌケなどの野次も飛んでいる。子供はそう言うことにはまったく容赦がない。
「いてててて……ありがとう、メイちゃん」
助け起こされたミーナは腰をさすりながら立ち上がった。
『ご主人様! 芝居、芝居!』
(あっと、そうだった)
「よくも私に恥をかかせてくれたわね、この小童ども! そう言う悪い子ちゃんにはお仕置きが必要なようね。メイ! 新兵器を試すわよ!」
「は、リール様!」
メイがミーナにいつものバトンを手渡した。いつもと違うのはバトンの柄に房が付いているぐらいである。
ミーナはそれを受け取ると、その房のついていない方をもって構えると、
「我が意に従い、糸よ。縄となりて、彼の者どもを縛り、我の下に集めよ!」
呪文の必要など一切ないが、雰囲気を出すためにミーナはそう唱えてみせた。ゆっくりと無数の糸が伸びて、その一本一本が縄になり、会場を襲う。予定通り、会場は少しパニックになった。あまりしつこいと泣き出す子供もいるので、いや、もう何人かは大泣きしているが、ミーナは予定通り、父兄のいる子供を狙って縄に襲わせた。
ちゃんと段取り通りに子供をかばってくれる親御さんがほとんどだが、中には子供を放っておいて逃げようとするのもいた。
(自分の子供だろうが!)
内心腹が立っていたが、そういうのもちゃんと、子供から見れば自分をかばってくれたように見えるように、無数の縄を同時にコントロールして捕まえることにかなり神経を削った。
ミーナは何とか捕獲作業も終了して、十数人の父兄を会場に引き上げた。
「ふふふ、我が子をかばって自分が犠牲になるとは、なんて美しい親子の愛かしら。でも、その美しい愛が我々、チ・ミモーリョウには最大の敵。あなた方には死んでいただきますわ」
ミーナは子供を放って逃げようとしていた男の顎をバトンの先で上に向かせて、感情のこもっていない冷たい声で言い放った。男の顔には血の気はまったくなかった。捕まえられた他の父兄たちもあまりにも冷たい声に色を失っていた。
「お父さんを放せ!」
恐怖におののき、ざわめく会場でバトンの先に顎を乗せられている男の子供が叫んだ。
それをきっかけに「お父さんを帰せ」コールが巻き起こる。物までステージに投げつけられているが、メイがそれを一つ残らず叩き落として、捕まった父兄やミーナ、なぎさに当たるのを防いでいた。
「み、みんな、物は投げないで! こ、こんな時は、あの人たちをみんなで呼びましょう!」
なぎさが更に激しくものが投げられて、メイが叩き落とし漏らしたプラスティックのカプセルを避けながら会場に呼びかけた。
「そう! みんなの大好きな、あの人たちを! あの人たちなら、この悪い人たちを何とかしてくれるわ!」
なぎさのその言葉で物を投げつけられるのは、とりあえず止まった。
「無駄! 無駄! 無駄よ! この会場の周りには結界を張ってあるのよ。いくら呼んでも、あいつらは来ないのよ! はははははは」
ミーナは悪役らしく振舞った。嫌がっている割には妙にしっくりくるのは、やはり暗黒魔法少女の血なのだろうか。
「ううん! そんなことない! みんなで一生懸命呼べばきっと届くよ! さあ、みんな呼ぶわよ! せーの!」
「ゴセイメーイ!」
「あははははは、いくら呼んでも無駄だというのがわからないとはお馬鹿さん!」
「もう一度! もう一度呼ぶわよ! みんな力を合わせて!」
「ゴセイメーイ!!」
「何度呼んでも無駄なこと!」
そこで勇ましいBGMが会場に流れる。ちょっと和風な感じがするが、アップテンポの力強い曲である。
そこへステージの後よりドライアイスが噴出して、バックライトによってその中に浮かぶ影が五つ。
「天が呼ぶ地が呼ぶ星が呼ぶ。悪を倒せと我らを望む」
「助けを呼ぶ声聞こえたら、例え地の果て、水の底!」
「炎の中でも突っ込んで! 声に応える我らが使命!」
「闇あるところに光あり! 希望の光を絶やさぬために!」
「五行を操り、世界を救う!」
「我ら、陰陽戦隊ゴセイメイ!」
「紅蜘蛛リール! 貴様の悪事もここまでだ! 観念しろ!」
「ええい! ゴセイメイ! よく、ここにこれたわね! バイクのタイヤはパンクさせておいたはずなのに!」
「ふん! 駅前デパートには電車でこれるのさ!」
「く! その格好で電車に乗ってくるとは計算外だったわ!」
「さあ、お遊びは終わりだ! 紅蜘蛛リール! その人たちを解放して、大人しく封印されろ!」
「へへん! 人質がいるから何も出来ないくせに、偉そうに言ってるんじゃないわよーだ!」
メイが挑発的にゴセイメイに食って掛かる。
「お前達こそ、人質がいなければ、何も出来ないくせに、偉そうに言うな!」
「その台詞、聞き捨てならないわね!いいわよ、人質開放してあげても」
「リ、リール様?!」
「ただし、私たちのゲームに勝てばの話だけど。どう?やってみる?」
「ゲーム?」
「そう、単純なゲームよ」
そう言って扇子を360度広げて円盤にすると羽根の一枚一枚に文字を浮き上がらせた。
そこには『顔』『服』『声』『胸』『腕』『胴』『腰』『足』『性格』と黒い文字で、そして、『開放』『封印』と赤い文字で書かれていた。
「このルーレットにダーツを投げて、無事『開放』に当たれば、人質は開放。だけど、『封印』に当たればその人は封印されちゃうの。面白いでしょう?」
「わかった。だが、その黒い文字はなんだ?」
「それは当たってからのお楽しみ。大丈夫、人質にもあなたたちにも危害は加えないわよ」
「リーダー。やるしかなさそうだ」
「うむ、仕方ない」
「それじゃあ、ルーレットスタート!」
ミーナは円盤状になった扇子を回転させた。メイがダーツを持ってゴセイメイの傍へやってきた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
ゴセイメイのイエローアースがメイに観客に聞こえない小声で訊いた。
「大丈夫。ミーナおねえちゃんを信じて」
それに対して胸を張って応えるメイ。
「的から外れたら……」
「それもちゃんと考えてあるから大丈夫。思い切って投げて」
一番攻撃的なキャラをやっている割には臆病なレッドファイアーにメイはちょっと可笑しくなって笑いながら答えた。
「さあ! 一番は誰?」
「一番はこの俺だ!」
ミーナの呼びかけで、攻撃隊長のレッドファイアーが前に出る。臆病でもキャラはわかっているのはプロの役者である。
「♪何が当たるか、何が当たるか、ちゃららんらんちゃらららん♪」
悪役のハイテンションを維持するために、ちょっと壊れ気味のミーナが歌うようにそう言うと、レッドファイアーがダーツを投げた。
ダーツは一直線に的をめがけずに、だいぶ下へと逸れている。あまりに気負いしすぎたせいで腕に力が入ったのだろう。彼はマスクで隠れて顔は見えないが、多分、かなり顔色は青ざめていただろう。が、そんな心配はよそに、ダーツは不自然にホップして的へと当たった。
「ね、大丈夫でしょう? でも、なるべく的には当てるようにしてね」
メイは片目をつぶってウィンクした。
「さあ、何に当たったかな?」
ミーナは観客席に的を向けて回転しているルーレットを止めた。固唾を飲んで見守る会場。ダーツは『服』のところに刺さっていた。
「服! なかなかいい所ね。それじゃあ! 服、チェンジ!」
ミーナのその台詞とともにバトンにくっついている紐が白く光り、その先に捕まえられているお父さんたちをも白い光に包み込んだ。
「人質には危害を加えないんじゃなかったのか? 卑怯だぞ、リール!」
グリーンウッドが会場のざわつく前にさっさと指摘した。
「どこが危害を加えているの? ちゃんとよく見なさいよ!」
そう言っていつの間にか白い光が消えて姿を現した捕まったお父さんたちを体全体で指し示した。
「!!」
その先には白いお姫様のようなドレスを来たお父さんたちが捕まっている。もちろん、変わったのは服のみで、中年男性が純白のドレスに身を包んでいる。絵的にはかなり嫌な絵である。
「うわ! なんじゃこりゃ!」
「一体なにがどうなってるんだ!」
口々にそう叫び、お父さん達は自分の姿に混乱していた。
「やっぱり、囚われの身と言えば、お姫様♪ あたった項目が変化していく、変身ルーレット。さあ、次は誰かな?」
『服』に刺さったダーツを引き抜くと服の項目が消えて各項目が等しく広がった。
「次は私だ」
そう言って進み出たのはグリーンウッド。結果は『声』。次のブルーウォーターは『性格』を当ててしまった。
「お願い! 早く助けて!」
「私、私、もう耐えられない!」
白いドレスに身を包んだ中年男性の容姿で綺麗な澄んだ声を発し、しなをつくって哀願する姿はできればお目にかかりたくないものである。
「がんばれ! ゴセイメイ!」
会場からも声援が飛ぶ。しかし、ダーツは無情にもホワイトゴールドが『胸』、ぶかぶかだったドレスの胸元が膨らみ、胸の谷間が現れる。イエローアースが『足』、ドレスから覗くすね毛だらけの足が白くすべすべしたものに変わった。二周目に入って、レッドファイアーが『胴』、ドレスのウエストが見るからに締まって、悩ましい細腰になった。グリーンウッドが『腕』、ごつごつした指が白魚のように、骨ばった腕が細くしなやかに。ブルーウォーターが『腰』、膨らんだスカートになっているので変化は見て取れなかったが、捕まったお父さん方は何か不安そうに身を屈めた。ホワイトゴールドが『顔』にあて、ついに完全無欠のお姫様にお父さん達は変身させられていた。
「いやあぁ! 私より美人なんて許せない!」
「お、お願い! 鏡を、鏡を見せてぇ!」
会場とステージで同時に悲鳴があがった。
「さあ! あなたが最後よ。イエローアース。ここで、あなたが『開放』を当てれば、全員を解放してあげる。でも、封印を当てれば、あなた達全員を封印よ?」
ミーナは盛り上げるためにルールの確認をした。
「わかっている! 行くぞ!」
何処からともなくドラムロールが聞こえてくる。緊迫した雰囲気の中イエローアースの手からダーツが放たれる。タン!と音を立てて、的に当り、回転を次第に落とす円盤に会場の視線が釘つけになる。全員が固唾を見守る中、円盤が停止した。
『開放』
観客席から歓声があがった。
「ふん、運がいいわね。約束どおり、開放してげるわ」
捕まえていたお父さん達のロープを解いて開放した。しかし、変身は解けておらず、お姫様のままである。
「ちゃんと、元に戻せ!」
「は? 私は開放するとは言ったけど、元に戻すなんて一言も言ってないわよ」
「卑怯だぞ、リール!」
「あなた達が勝手に思っただけじゃない。悔しかったら、封印してみたら。そしたら変身は解けるわよ」
「しかたない! みんなやるぞ!」
「ちょっと待った!」
ミーナが登場していたところに人影が飛び出してきて、打ち合わせにない乱入者に全員の視線が注がれた。
「天が呼ぶ地が呼ぶ星が呼ぶ!」
「リリー、それパクリだよ」
「ちぇっ、毎回登場の口上考えるの大変なのよ。今回ぐらい楽させてくれてもいいじゃない」
「別に変えなくちゃならないことないのに、リリーが勝手に変えてるだけだろう? 毎回同じでいいって、僕は何度も言ってるし」
「負けたときの口上は縁起が悪い」
「それで、毎回変わってるんだね。じゃあ、次の分も考えておかないとダメだね」
メイが二人のやり取りに口を挟んだ。
「そこ! うるさい! まだ、あたしは自己紹介の途中! 人の話は最後まで聞きましょうって、学校の先生に習わなかったの?」
リリーはメイをビシッと指差して注意した。
「それじゃあ、ぱっぱと済ませちゃってよ」
しかし、そんな注意はメイにとっては馬耳東風、どこ吹く風としれっと流した。
「ええい! わかったわよ! うーん……、残業カット、左遷、リストラ、肩叩き。日頃のストレスお腹に溜めて家族を背に乗せ這いずり回るお父さん。重い身体を引きずって、家族サービスしてるのにこんな目に合わせるなんて許せない! これを理由にリストラされたらどうするの? 一家郎党路頭に迷い、残ったものはローンだけ。地価は下がって、売れないマイホーム。売れたとしてもローンも払えぬ雀の涙。一家離散の大ピンチ! そんな残虐非道な事をするなんて、天が許してもあたしが絶対許さない! 愛と正義と雇用の味方、魔法少女ファンシー・リリー!ここに推参!」
リリーの登場の口上に人質だった父兄はお日様のもと、心理的な暗い陰に沈み込んでいた。
「ほら! こんなにしょげちゃって! ミーナ! あなたのせいよ!」
「いや、それは、リリーのせいだと思うけど……それと、今は一応、リールって事で……」
「問答無用! いくわよ! リール!」
「来るな!」
「来るなと言われても行く!」
リリーはステージに降り立つと、バトンでミーナを直接攻撃してきた。意外な攻撃にミーナは面食らったが、それを扇子で何とか受けた。しかし、リリーの攻撃はそれだけに止まらず、再びバトンで殴りかかってくる。
息もつかせぬ連続の打ち込みにミーナはたじろぎながらも、その全てを受け流しているのはさすがであった。しかし、そのまま攻撃を続けさせては相手のペースにはまってしまうため、ミーナはリリーのバトンを受け止め、リリーがバトンを引くのにあわせて扇子をそのままリリーの方へと押し返した。
扇子の端がリリーの頬をかすって赤い血が少し滲んだ。
「ご、ごめん! 顔に傷つけるつもりはなかったんだ!」
ミーナは慌てて謝ったが、リリーはそんな事を気にする様子もなく、滲んだ血を親指で拭い、ぺろりと舌で舐め、バトンを捨てた。拳を構えて体全体で調子を取っている。
「……リリー、もしかして、昨日深夜にやってた、香港映画見たの?」
ミーナが恐る恐る訊いた。
「考えるな、感じるんだ!」
「や、やっぱり!」
ミーナが叫ぶと同時にリリーの突きがマシンガンのように突き出され、その残像が千手観音のようになっていた。ミーナもそれを何とか受けたり避けたりしながら、全て回避していた。
「あちょう!」
リリーのミドルキックをミーナは後に飛んでそれを避けて間合いを取った。
「あたしの翻子拳を全てかわすとはさすがね。でも、次はどうかしら?」
リリーは、今度は話の展開についていけずに呆然と並んで立っているゴセイメイの人達の後へと回りこんだ。人影をブラインドにして右か左か、それとも上からか攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろうかとミーナはリリーが出てきそうなところを警戒した。
しかし、攻撃は予想外のところからやってきた。
「通背拳!」
叫び声とともにゴセイメイの一人、グリーンウッドがミーナの方に不自然な形で吹っ飛んできた。それを何とかよけるミーナ。
「な、なに!」
「ちっ!避けたか!」
「通背拳!」
再び叫び声で吹っ飛んでくるホワイトゴールド。さけるミーナ。
「通背拳!」
さらに叫び声で吹っ飛んでくるレッドファイアー。かわすミーナ。
「通背拳!」
次の叫び声で吹っ飛んでくるブルーウォーター。身を翻すミーナ。
「通背拳!」
続いての叫び声で吹っ飛んでくるイエローアース。飛び退くミーナ。
「ちっ! 正義の味方戦隊の割には使えない奴ら!」
「な、なんてことするのよ! 普通にそのまま攻撃してくれば問題ないでしょう! 人を弾に使わなくてもいいでしょうが!」
これではどっちが悪の魔法少女かわからない。
「前にも言ったでしょう! 正義のためには多少の犠牲は仕方ないって! あの人たちも正義の味方の端くれなら、それぐらいは重々承知!許してくれるわ!」
(これはお仕事でやってるだけで、正義の味方が職業じゃないって)
ミーナは突っ込みたかったが、子供の夢を壊さないようにとその言葉を飲み込んだ。
「ち! 仕方がない!」
ミーナはバトンを扇状にして横に投げ捨てた。
「リリー! 素手で勝負よ!」
「望むところよ!」
ミーナとリリーが激しく拳を交える。手に汗握った一進一退の攻防で観客達も訳もわからずながら、その激しい打ち合いに魅入っていた。そんな壮絶な打ち合いの最中、リリーはしてやったりと口の端を持ち上げた。
リリーは少し体を開いて、背中に背負った太陽の光でミーナの視覚を奪った。ミーナは直接太陽を見てしまい、目の前が真っ暗になった。
「リール、敗れたり!」
リリーは渾身の力を込めて、視覚の奪われたミーナに拳を打ち込もうとした。が、それは永遠になされなかった。突如としてリリーの横から飛んできた物体に側頭部を直撃されたからである。
ミーナはリリーの側頭部を直撃して跳ね上がった物体を、まだよく見えない目で何とかキャッチした。それは、先ほどミーナが投げ捨てたバトンであった。投げ捨てられたバトンは会場の外をぐるりと回って再びステージへと戻ってきたのであった。回転さえ与えれば扇もブーメランのように戻ってくる。
「リ、リリー!」
それまでメイを牽制していたウッちゃんが慌ててリリーに駆け寄る。
「リ、リール! 卑怯だぞ! 素手で勝負だって言ったじゃないか!」
「正義に犠牲が付き物のように、悪にも卑怯がつきものなのよ!」
ミーナは啖呵を切った。ウッちゃんは二の句を次げずに沈黙した。
舞台の上にはリリーの通背拳で気絶したゴセイメイとミーナに屠られたリリーが転がっている。生き残ったのは悪役だけである。
なぎさももはやフォローの入れようがなくお手上げであるらしく、一言も言葉を発しない。舞台はリリーのおかげで無茶苦茶であった。




