Module_061
翌日、セロはこの日もレイナを連れて外へと出かける。
「うぅっ……きょ、今日くらいは休みません? さすがに昨日の疲れが残ってるのか、身体のあちこちが痛いんですケド……」
顔色を窺うように上目遣いで訊ねるレイナに、セロはチラリと彼女の方を一瞥してサラリと告げる。
「あぁ……身体が痛いか。うん…まぁ、頑張れ」
明らかに棒読みで労わる欠片も感じ取れないその物言いに、レイナは小さく「えぇ……うん。まぁ分かってたさ、こんな師匠って。ハハッ……」とブツブツ呟きながら肩を落としてセロの後ろをついて行った。
「ふぅむ……どうするかねぇ」
ギルドに到着したセロは、冒険者登録をするレイナと別れ、フロアの端にある巨大な掲示板に向かった。
ギルドでは設けられたランク別に掲示板があり、それぞれのランクに応じた依頼が貼り出されている。登録した冒険者は自らのランクに応じた依頼を掲示板から剥がし、受付に持って行くことで依頼を受けることができる仕組みだ。
当初は「おぉう……なんてテンプレな……」と密かにワクワクしながら依頼を受けていたセロだったが、そんなワクワクは数日のうちに消え去った。
(うぅむ……慣れというものは恐ろしいものだな。気づかないうちにこれが当たり前と思ってしまう)
頭の片隅でそんな場違いな感想を抱きつつ、セロは貼り出された依頼を見ていった。
「薬草採取にゴブリンやホーンラビットの討伐か。折角人手もあることだし、もうちょっと稼げそうなものはないかなぁ……」
舐めるように上から貼り出された依頼を見つめるセロの目が、ある一点で止まる。
「これは……」
その依頼は「カウス鉱山及びその周辺の調査」と記された依頼書だった。どうやら鉱山周辺に多数の魔物が住み着いたらしく、近々討伐隊を編成して掃討する前準備のための依頼であった。
あくまでも調査がメインであることから、難易度もそれほど高くなく、達成条件も「鉱山周辺で討伐できた魔物の一部」を数点ギルドに提出すれば良い、と比較的条件も緩やかだ。
「これならレイナでもできるか……」
詳細を確かめ終えたセロは、掲示板から目当ての依頼書を剥がし、今しがた登録手続きが完了したレイナと落ち合う。
「登録は無事に完了したようだな」
「あ、はい。滞りなく」
やって来たセロに気づいたレイナが、出来たばかりのカードを見せながら答える。
「それにしても、本当に冒険者登録するとは……自分で言うのも何ですけど、私ーー戦闘なんてからっきしですよ?」
登録を終えたばかりのレイナが、その複雑な胸中をストレートにセロにぶつける。
「いや、別に冒険者稼業でどうこう……ってのは考えてないから。最低限、自分の身は自分で守れるくらいの力があればいい。イルバーナもああ見えて冒険者登録はしてるだろ?」
レイナの不安を拭うように、セロは彼女の肩を軽く叩きながら言葉を返す。
「それはまぁ……そうですけど。ただ、聞いた話だと、まともな戦闘をしたのは数えるくらいで、ほとんどはランクの低い依頼をこなしてたみたいですけど。解体作業ばっかりで、ほとんど戦闘したことがないって以前に聞きました」
「それでも、冒険者登録をしておけば身分証にはなるし、自分でできる幅は広がるだろ?」
「それはまぁ……」
「なら良し。俺の方も手ごろな依頼を見つけたから、二人で受けるとするか」
セロはそう言いながら受付のカウンターに剥ぎ取って来た依頼書を提出する。
「……カウス鉱山にまつわる調査依頼ですね。依頼達成条件は、魔物の討伐証明を五つ、それぞれ異なる魔物のものを持って来ていただければ終了です。なお、終了時にどのような魔物がいたか、ヒアリングする場合がありますので、ご了承ください」
セロから依頼書を受け取った受付嬢は、二人に簡単な説明を行いつつ手続きを済ませた。
「分かった」
手続きを終えたセロは、軽く頷きながら、レイナを伴ってギルドを後にする。
「カウス鉱山ですか……確か、あそこって少し前に廃鉱になったハズですよ? 昔は稀少な金属とかも採掘できたらしくて、かなり潤ってたみたいですけど」
「そうなのか。廃鉱ってコトは、昔使っていた坑道なんかが残されてるってことだよな?」
街の外に出たセロは、隣で歩くレイナから情報を仕入れつつ目的地へと向かう。カウス鉱山はグリムの街から西に進んだ先にある山で、道中で魔物と遭遇しなければ半日とかからずに到着できる距離にある。
「でしょうね。おそらく、廃鉱で誰も寄り付かなくなったことをいいことに、魔物が住み着いた……ってトコでしょうか」
顎に手を当て、自らの推測を述べるレイナに、セロは「だろうな」と軽く頷く。
「それで、陣形はどうします? 師匠の武具は銃と短剣ですよね? 装備から言って、師匠は遊撃のポジションですけど。せめて前衛がいればなんとか形にはなるかと思いますけど……」
「ふむ。前衛か……それならここにいるだろ?」
セロな朗らかに笑いながら、その手をレイナの肩に置く。
「じょ、冗談……ですよね?」
さっと顔を青くして問い返すレイナに、セロは首を横に振って彼女の言葉を否定する。
「ワタシ、オンナノコ……」
「残念ながら、人手不足なんでな。諦めろ」
わずかばかりのレイナから出た言葉も、セロには聞き入れられず、無慈悲なる通告がなされる。
「いやああああぁぁぁぁー! もうダメだああぁぁ! ああっ、お母さん……ごめんなさい。私はこのか弱い女の子を平然と前衛に送り込む鬼畜外道師匠の手によって帰らぬ人にーー」
「なるかアホ! よくもまぁペラペラと口が回るなぁ、ア゛ァ!?」
セロは不機嫌さを露わにしつつ、グイッとレイナの頬を横に引っ張る。
「い、いひゃい! いひゃいでふ!」
「ったく……そんなことを言うヤツには、折角作った装備も渡さねぇぞ?」
ため息を一つついて話すセロに、レイナが食いつく。
「そ、装備! それってどんなのですか!?」
目をキラキラさせながら訊ねるレイナに、セロは内心「やれやれ」と吐露しつつ、アイテムポーチから目当てのものを引っ張り出した。
セロがレイナのために拵えたものーーそれは緑色の精霊結晶が嵌め込まれた槍であった。
「コイツの銘は『ヴォーテクスエッジ』だ。見てくれは重そうだが、コイツには『重量軽減』を施して扱いやすくしている上に、『鋭利化』と『斬鉄』で武具としての性能を上げてある。加えて『エアスラッシュ』、『ウインドアロー』が使える。ただ、使用回数には限度があるから、その辺りは注意しろよ?」
手にしたヴォーテクスエッジを見ながら一通りの説明を終えたセロが、ふとレイナの様子を見てみるとーー
「う、ウソだよね……こんな……」
ワナワナと身を震わせ、食い入るように槍を見つめていた。
「……どうした? コレじゃあ不満か? ただ、あんまり最初っから高性能過ぎる武具を手にしても、扱い切れないだろうしなぁ……」
「な、何言ってるんですか! 不満なんてあるワケないですよ! むしろ私の方が不安ですよ! こんなに凄い武具、本当に貰ってもいいんですか?」
慌てた様子で再三に渡って確認するレイナに、セロは「あ、あぁ……」と言葉を詰まらせながら頷く。
「それに、武具だけじゃない。前衛として立ち回ってもらう以上、防具も必要だろ?」
言ってセロは続けてアイテムポーチから、レイナのサイズに合わせた防具も引っ張り出す。槍に続けてレイナの前に出されたその防具は、一目で丁寧な仕事ぶりが見て取れる革鎧と脛当てのセットであった。
「見た目はただの革鎧だが、裏側に『硬質化』の術式を刻んである。保険で『耐久』や『自動修復』、『重量軽減』の術式も刻んであるから、ちょっとやそっとじゃ壊れないハズだ」
「……」
何でもないように槍と防具を渡すセロに、レイナは開いた口が塞がらなかった。
「うん? どうした?」
セロのその言葉に、ハッと我を取り戻したレイナは、まくし立てるように口を開いた。
「と、どどど、どうしたんですか、一体!? さっきも言いましたケド、この槍も防具も凄すぎますって! 術式の多重付与って、よくてもせいぜい2つがやっとなんです。3つあれば一等地に家が建ちますよ! そ、そんな代物をホイホイと……」
「いや、まぁ……うん。ここ最近頑張ってたみたいだし、主人としてはそれに応えないとなぁ……ってな。ってか、いらないのか?」
「いえ! 全力で欲しいデス!」
身を震わせながらも、物欲全開でキッパリと告げるレイナに、セロは一瞬呆気に取られたが、すぐにその顔に笑みを浮かべた。
(あっぶねええええぇぇぇ……森の中で生活してた時に作ったモノを渡しちゃったけど、そんなにヤバい代物だったとは。これはアレだな。「それくらいのものなら、まだまだたくさんある」っておいそれとは言えないよな、うん)
内心冷や汗をかきながら、必死で場を取り繕うセロに対し、レイナは頬を綻ばせながらセロから譲り渡された装備を身に付ける。
「キツイところはないか?」
「だ、大丈夫そうですね。今のところ、違和感は無いです。逆に、この槍は振りやすいし、革鎧もホントに着けてるのか分からないくらい軽くて動きやすくて驚いてます」
レイナはその場で軽くジャンプして鎧の具合を確かめた後、何度か手にした槍を振って感想を口にする。
「ふむ。問題はなさそうだな。一応、今回の依頼で幾度か魔物と戦闘になると思うから、もし問題があるようなら言ってくれ」
「分かりました! ありがとうございます!」
深々と頭を下げるレイナに、セロはわずかに口の端を持ち上げる。
「さて、と。準備もできたことだし、とっとと目的地にむかいますかね」
「うぅ……どうか、強力な魔物が出ませんように……」
セロから与えられた装備を身につけてもなお、臆病な態度が変わらないレイナに、セロは若干の不安を覚えつつ、目的地であるカウス鉱山を目指して進んでいく。
しかし、この時の二人は知る由も無かった。
ーーその鉱山で巻き起こる「騒動」に、知らず知らずのうちに首を突っ込むことになってしまうことなど。
◆◇◆
「うっ……くすん。うぅっ……」
薄暗く、湿った空気が漂う中、少女の泣き声と酷似した声がとてもよく響いた。どこかからか水の滴る音が聞こえてくるものの、辺りが暗闇で包まれているために、どこから聞こえて来るのかが分からない。
ーーそもそも、#自分__・・__#は今、どういった状況にあるのか。
それすらもあやふやでハッキリと判別できないために、ただただ泣くことしか出来なかった。
ーー逃げたい。
幾度も幾度も抱いたその思い。数えることすら馬鹿馬鹿しく思えるほど抱いた感情。
けれど、その選択肢は取ることができない。
何故ならーー
既に#彼女__・・__#は囚われの身であるから。
泣き声の主をその場に閉じ込める相手。
それはーー




