Module_055
「さて、と。これで一先ず終わったワケだが……」
特殊召喚を解除し、側に控えたベリアルを再びカードへ戻したセロは、焔之加護の効果が消えたレイナとその側で最期の時を迎えようとするイルバートへ近寄る。
「ねぇ、お願い! このままだと死んでしまう! だからーー」
レイナが虫の息となったイルバートの手を握りつつ、セロに助けを求める。だがーー
「も、もう……いいの、よ……」
レイナの声を耳にしたイルバーナは、途切れ途切れの言葉を発しつつ、彼女の握っていた手にわずかな力を込めた。
「そ、そんな! どうしてーー」
目に涙を溜めながら訴えるレイナに、セロはそっと彼女の握っていた手に自らの手を重ねながら呟く。
「血を失い過ぎているな。それに……どうやら刺される前から病状が悪化していたみたいだな。おそらく……自分でも分かってはいたんだろ?」
「ははっ……何もかもお見通し、ですか……」
セロの問いにイルバーナは気丈にも軽く笑ったが、直後に咳と共に血を吐き出した。
「その状態じゃあ、通常の#回復薬__ポーション__#……いや、より上位のものでも完治はできないだろうよ。ポーションじゃあ、せいぜい延命するくらいしか効果が期待できない。しかし……よくもまぁそんな状態で今まで保ったなと不思議に思うくらいだ」
「この子を……一人にさせまい、とみじめに足掻いた結果に過ぎませんよ」
時折咳き込みながらも、イルバーナは口の端を持ちあげて穏やかな笑みを見せる。そして、彼女はちらりとセロの方へ目を向けると、途切れ途切れの言葉を発する。
「私はもう……長くは無いです。死にゆく私の最期の頼みです……どうかレイナを……」
「嫌っ! 何で? どうして私を置いて行こうとするの? ねぇ……嫌だよ。もう独りぼっちは……」
レイナは母の手を握り締めつつ、ぽろぽろと涙を流しながら頭を振って別れを惜しむ。
そんな悲嘆に暮れる二人に、セロは静かに告げる。
「う~ん……盛り上がってるトコ水を差すようで悪いが……何か勘違いしてないか? 俺はーー『治せない』とは一言も言ってないぞ?」
「「…………………………はぃ?」」
彼の口のから発せられた言葉に、イルバーナとレイナはたっぷり10秒ほどの間を置いて聞き返した。
「ちょ……えっ!? そ、それホント……なの?」
「この状況で平然と嘘をつけるなら、ソイツは大した役者だろうよ。まぁ、そんなに疑うなら、その目で確かめて見ればいいだろ? そらっ」
セロの言葉に、未だ戸惑いの表情で訊ねるレイナに、セロはイルバーナの真横にしゃがみ込むと、腰のアイテムポーチから回復薬を取り出し、彼女の口に宛がい、その飲み口をゆっくりと傾ける。
一方、半信半疑のレイナは、一瞬、もう後がないから嘘をついて毒か何かを投与したのではないかと疑った。だが、彼女の疑いは薬液を飲み終えたイルバーナの身に現れた変化により一変する。
「身体が……軽くなっ、た? それに……あ、あらっ? 傷が……」
ハッと気づいたイルバーナが、おもむろに自分の腹を見ると、先ほどまで大量の血を流していた傷口は見事に塞がっていたのだ。
「う、嘘……ホントに治せちゃった……」
口に手を当てながら驚くレイナに、セロは続いてアイテムポーチから一つの小瓶に入った真紅の液体を取り出した。
「次はコレだ。コイツを飲んで終わりだな」
「えっ? ま、また薬……?」
再び薬を取り出したセロに、レイナが首を傾げながら訊ねる。
「さっきのは#ちょっと__・・・・__#上等な回復薬だ。さすがに少しでも回復してもらわないとな。死んでしまったら、いくら上等な回復薬でも効き目は出ないし、急激な変化は身体にふたんがかかる。まぁいわば応急処置ってヤツさ。んで、コイツが本命だ」
スッとセロは取り出したばかりの真紅の薬を、その瓶ごとイルバーナに手渡す。
「こ、これ……は?」
恐る恐る訊ねたイルバーナに、セロはアッサリとその薬の正体を告げた。
「あぁ、それか。それは『#梨紅水__りこうすい__#』っていう薬さ。コイツなら、#死んでいない限り__・・・・・・・・__#は完治するみたいだし、アンタの持病ごとキレイに治してくれるだろうさ」
さらりと返答するセロに対し、受け取ったイルバーナと傍らで見ていたレイナはその薬の名前を聞いて二の句が継げなかった。
「えっと……どうした?」
「い、今……梨紅水って言った? それってまさか……あの伝説の?」
目を見開きつつも呟くレイナに、セロは「伝説……?」と反射的に小さく呟く。
「あ、あはは……レイナ、それこそまさかでしょう。梨紅水は薬師の目指す至高の薬と言われているのよ? その薬を飲めば、失った手足までも元に戻るなど、眉唾物な話が出てーー」
「あぁ、確かに。魔物に喰いちぎられた腕も、その薬を飲んだらすぐに生えたぞ。その辺りは実証済だから、安心していい。ただ
……ホント、あの時は作った本人ですら驚くよなぁ」
レイナの言葉を諭すように優しく否定するイルバーナの発言に被せてセロはアハハと笑いながら声をかける。
「「…………」」
「あれっ? どうした?」
ふと気づけば、レイナとイルバーナは、ワナワナと身を震わせながら渡された小瓶を見つめる。
「あ~、見てるだけじゃなくて、こっちとしてはさっさと飲んで欲しいんだが?」
「い、いやいやいや! う、受け取れません! お話から察するに、コレはどうやら本物。ならば、なおさら受け取れません。伝説級のアイテムを頂いても、私たちにはお返しできるお金がありませんし」
頭を横に振りながら遠慮するイルバーナに、セロはわずかに首を傾げつつ呟く。
「そんな遠慮することはないぞ? それに、伝説級って大袈裟だろ。その薬なら……まだ後100本くらいストックがあるから」
「ひゃ、ひゃく……」
「う、うーん……伝説級って一体……」
それっきり押し黙ったままの母娘に、セロは「何かマズったか……?」と心中に呟きながら、そっとイルバーナに渡した薬を服用するよう促した。
イルバーナは、再三に渡り遠慮したものの、結局はセロの好意に甘えることとなるのだった。




