Module_054
(ふぅむ……さて、一旦状況を整理しようか)
セロは目の前でレイナの首元にナイフを突き付けるデラキオの姿を茫洋とした目で見ながら、頭の中で様々な策を巡らせていた。
(目の前には#標的__ターゲット__#とそれに捕らわれた少女。名前は……確かレイナって言ってたっけか? んで、その標的の手にはあの#殺人者__セイラス__#のナイフ、と。見た感じ、あのナイフは業物っぽいから、刺された時点で即死だろうな……)
そんな風にどこか他人事のように思考していたセロに、痺れを切らしたデラキオが口角泡を飛ばしながら迫る。
「オイッ! き、聞いているのか!? 貴様っ! この娘の命が惜しければ、み、道を開けろ!」
完全に腰の引けた様子で虚勢を張るデラキオに対し、セロはクスクスと笑いながら呟く。
「どこぞの三下が吐くセリフみたいだな、それ。あぁ、あまりにもウザったるかったから、無意識のうちにシャットアウトしてたわ」
アハハ、と軽く笑いながら返答するセロに、デラキオは青筋を浮かべながら、ナイフを見せつけては喚くように訴えた。
「お、お前っ……! この状況が分からないのか!? この娘を助けたいんだろ? なら、サッサとそこをーー」
手にしたナイフの刃先をセロに向け、苛立ちを混ぜた声で迫るデラキオに対し、セロはひとしきり笑った後に浮かべていたその笑みを消し、抑揚のない声で口を開いた。
「なぁ……ちょっと得物を持ってるからってイキがるなよ、クズ野郎が。だいたい、お前みたいなまともに戦闘した事も無いヤツが武器を持ってエラそうに凄んだところで脅威になんて思うワケないだろ」
「なっ……!? だが、こっちには人質が……」
デラキオはナイフを手に狂気に満ちた笑みをレイナへと向ける。その悍ましい顔にレイナが「ヒッ……!?」とビクリと身を震わせながら上擦った声を漏らす。
しかしーー
「お取り込み中悪いが、俺はその人がどうなろうが全く関係ない人間だぞ? 俺はあくまでイルゼヴィルから『イルネを助けて欲しい』と依頼されたまでだ」
「なっーー!?」
セロの予想外の言葉に、デラキオは目を見開いて驚き、レイナもまた驚きで言葉を失っていた。
「ただーーこれ以上の犠牲は、#俺は望んじゃいない__・・・・・・・・・__#」
セロはそう言いつつ、その目をスッと脇に移す。その視線の先に控えていたベリアルが、言外に匂わせた主の意志を汲み取り、黙したまま指を鳴らした。
直後ーーデラキオに拘束されていたレイナの身体を、淡いオレンジ色の光が包み込んだ。
「えっ? はっ? な、何コレ?」
「ぐああああああっ!?」
そして、戸惑いの声を漏らすレイナと対照的に、首筋にナイフを当てていたデラキオが、突如苦痛に顔を歪めて悲鳴を上げる。両者の相反する声が重なり、辺りに響きわたる。
悲鳴を上げたデラキオは、反射的にレイナから離れた。身体から訴える痛みを堪えるデラキオの目に飛び込んできたのは、灼け爛れた自身の両腕であった。
デラキオとレイナ、両者の身に起きた原因は、セロが従えるベリアルの持つ魔法ーー#焔之加護__ほむらのかご__#である。
これは、対象者の身体に纏うように焔の膜を張り、その身を外敵から守る魔法である。「加護」と名前のある通り、その焔の膜に包まれた者は、迫る脅威に打ち勝つだけの恩恵が与えられる一方、加護を受けた者に攻撃を仕掛けた輩には、苛烈な制裁が待ち受けている。
具体的には、保護対象者により「敵」と認定された者の攻撃は、超高熱の焔により刃は融解し、触れようとした手を灼け爛れさせる。つまりはこの焔之加護の前には、如何なる武具も役立たずの瓦礫と化し、如何なる拘束も成す術が無いのだ。
なお、余談ではあるが、この焔は術者たるベリアルまたはその主たるセロには効果が及ばない。
「クソッ……一体何がどうなっている!」
突然のことに理解が及ばず、八つ当たりの言葉を漏らすデラキオに、セロがゆっくりと歩み寄った。
「まっまま、待て、待ってくれ! そ、そうだ! お前……私の新しい護衛にならないか? いくらで#あの女狐__イルネ__#の救出を頼まれたか知らないが、もしこの申し出を受けてくれるのなら、依頼金の三倍……いや、五倍の額を月の給金として支払ってやる」
ハッと我に返ったデラキオは、頭を刺激する痛みを堪え、近寄ったセロに必死の交渉を試みる。
(そ、そうだ。最初からこうすれば良かったんだ。カネをちらつかせてこの場は逃げ切る! 後で文句を言うなら、その時はまた別の実力者に始末させればいい……仮に契約となっても、書面を交わしていないのなら、後でどうにでもなる!)
実に、商人らしいデラキオの思考である。これまで権力とカネでのし上って来た彼だからこその言葉といえるだろう。
普通に考えれば、デラキオの申し出は魅力的に映っただろう。こうした人命救助に関連した依頼は、その緊急性から軒並み相場が高い。仮にデラキオの申し出が本当ならば、生活に不自由さを感じることなど皆無であろう。
ーーしかし、その魅力的とも思えるデラキオの提案に対し、セロの表情はピクリとも反応しなかった。
「あ゛ぁ? ンなモン、お断りだ馬鹿野郎。金で釣ろうとか、人を馬鹿にするのも大概にしとけよコラ。ついさっきまで俺を殺そうとしていたヤツが、自分の身可愛さに金で許してもらおうってか? 巫山戯るのもいい加減にしろ。お前は俺みたいな技術者ーーいや、『機巧師』を何と言った?」
セロはデラキオからの申し出を、にべもない言葉で拒否し、冷え切った目で命乞いをする彼の姿を見つめる。
「ま、待て! 話を聞いてくれ! あの時はどうかしていたんだ! 話せばきっと分かる……!」
笑みを消し、ただ無表情で問うセロに、デラキオは脂汗を浮かべながら一歩、また一歩と後退する。
「黙れクズ。お前の申し開きは聞いていてヘドが出る。これ以上、お前に付き合う理由も義理もない。そろそろ……断罪の時間だ」
静かに告げるセロの一言に、デラキオは身体をビクリと震わせる。
「人を散々コケにして来た報いだ。いい加減――焔の中で果てろ」
セロが告げると同時、彼の側に控えていたベリアルがその姿を赤々と燃える焔へと変え、主たるセロの身体を覆うように、その焔が纏われる。
従者であるベリアルが主たるセロと一体になった姿――それはかの化身の「特殊召喚」である。
その姿は踵までかかるほど長く、赫々と燃える鮮やかな焔のコートを纏った、威風堂々たる姿であった。
「い、嫌だ! た、頼むっ! 私はまだーー」
デラキオは焔を纏ったセロを見て駄々をこねる子どものように泣き喚き、その場から逃れようと試みる。
しかし、セロはそんな逃亡など許すはずもなく、彼は一度指弾いてデラキオを中心とした半球状の焔の結界を作り出す。
「お前が赦しを乞うのは俺じゃない。ーー赦しを乞うなら、今まで使い捨てるように殺した機巧師たちにするんだな」
デラキオは閉じ込められた焔の結界の中で狂ったように叫ぶものの、対峙するセロの表情は一切の変化もない。しばらく結界の中で顔をぐしゃぐしゃにして叫ぶ彼を眺めたセロは、やがてゆっくりと手を掲げそして形成された結界の表面に触れる。
「安心しろ、#腐レ外道__デラキオ__#。その結界の中は地獄への直行便だ。迷わず逝けるさーー着いた先に何があるかは知らないけどな」
デラキオに最期の言葉を送ったセロは、静かに告げる。
「ーー#断罪ノ焔__クリムゾンフレイム__#」
その瞬間、結界内の地面から深紅の焔が噴き上がり、結界内に充満する。
「う……が……ぁ……」
結界に閉じ込められたデラキオは、満足な言葉すら吐くことも出来ず、焔に炙られながら、灰すら残さずその命を終えたのだった。




