Module_048
ーーまさに地獄とも思える展望しかイルネたちに待ち受けるほか無いだろうと思えるなか、事態はその場にいる誰もが予想だにしなかった方向へと動く。
「……あれっ? #やっぱり__・・・・__#他にもいたのか」
イルバーナからの言葉を受けて絶望に打ちひしがれるなか、イルネたちの前にどこか間の抜けた悠長なセリフを吐くセロがひょっこりと姿を見せたのだ。
「ーーっ! そ、その声は……セロなの!?」
聞こえてきた声に、イルネはハッと顔を上げて訊ねる。
「えっ……あ、あぁ。夕食中にイルゼヴィルのトコに捕まってな。ったく、こっちはゆっくり食って寝るだけだったっつーのに。おかげでエラい時間外労働だ。後でキッチリ請求するからな」
「……」
ため息混じりに、グチグチと不満を訴えるセロに、イルネたちは開いた口が塞がらず、手すりを持ちながら呆然と佇む。
「まぁ、文句はこれくらいにして、だ。あの人、相当心配してたぞ? サッサとここから出たらどうだ?」
「出るって言ったって……どうやって? 檻にもこの枷にも鍵がかかってるんだよ?」
ケロリとした表情で話すセロに、ユーリアが目の前に嵌められた枷を掲げながら言い返す。
「鍵、ねぇ……ふぅむ……見たトコロ、物理的な構造だけでロックしてるみたいだな。これを開けるには対応する鍵が必要だが……」
チラリとセロはユーリアが見せた枷や檻に掛けられた錠前を視界に入れながら呟き、そしてスッとその手を腿につけたナイフに伸ばす。
「ふむ……この状況でいちいち鍵を探していられる時間はないな。仕方がない……鍵が無いと開けられないなら、その枷ごと#叩き斬ればいい__・・・・・・・__#」
「えっーー?」
セロの言葉に、おうむ返しで訊ねようとしたのもつかの間、流れるような所作でセロは手にしたナイフを走らせる。すると、次の瞬間には、あれだけ頑丈に拘束されていた手が再びの自由を取り戻したのだ。
「えええええええぇぇぇぇぇぇ……ウソおおおお……」
「うえ゛っ!? おいおい、冗談だろ? あんなナイフ一つで鋼鉄を紙切れみたいに斬り裂くのかよ……」
「ハハッ! 面白い! そう来るか!」
セロの行動に、ユーリアは呆然とし、ハンスは驚きで顔を引きつらせ、イルネは嬉々とした表情でその目をセロのナイフへと向ける。パッと見では気づかないが、彼の持つナイフはよくよく目を凝らさなければ分からないほど細かに振動していた。
「…………」
鋼鉄の枷をバターを切るようにスッと斬り落とすその道具に、その場にいる誰もが目を見開く。
「さて、と。これで自由だろ? とっととここから出ようか」
注目を浴びるナイフを、セロは何も告げずにそのままポーチの中に仕舞い込む。
途中、「詳しく教えて欲しい」と目で訴えるイルネがいたが、セロはサラリと無視して踵を返す。再びの自由を取り戻した彼女たちは、ハッと我に返ると縋るようにセロの背を追いかけるのであった。
「……どうやら無事に救出できたみたいだな」
出口へと向かう道すがら、イルネたちを率いたセロと落ち合ったイルゼヴィルは安堵の息を漏らしながらそう声を掛けた。
「まぁな。ただ、そこにいたのは彼女たち#だけではなかった__・・・・・・・・__#みたいだけどね」
イルゼヴィルの言葉に対し、セロはカリカリと頭を掻きながらチラリとその目を最後尾へと向ける。その視線の先を追ったイルゼヴィルは、憔悴したイルバートとレイナの姿を捉えると「なるほど……」と小さく呟く。
「ふむ……予定とは多少異なるが、こうなった以上、事態が落ち着くまではこちらで預かるほかないだろう。取り敢えずはここから出るのが最優先だ」
「了解だ。俺もその意見に異存はない。それで……外の状況は?」
イルゼヴィルの言葉に、端的に返答したセロは周囲に気を配りつつ続けて問いかける。
「中から窺った範囲からの判断だが……粗方ケリはついたようだな。こっちにも多少の被害は出たものの、幸い死亡までには至っていない。残敵については間もなく駆逐できる見込みだ」
セロの質問にややドヤ顔で答えるイルゼヴィル。そんな彼女の言葉に返そうとした瞬間――
「まさか、あれだけの数が私たちの全戦力だと思っていたんですか? トリーネのトップを務めるイルゼヴィル=フォルナとあろう御方が、敵の戦力を見誤るとは……『クラウン』の名が廃りますよ?」
クスクスと小さな嗤い声を混ぜながら、セロたちの先にある暗闇から男の声が耳に届く。
「――っ!?」
その男の声にセロやイルゼヴィル、イルネたちは揃って目を見開いて警戒心を引き上げた。一方、彼らとは対照的に、イルネたちと一緒に囚われていたレイナは、ガタガタとその身を震わせながらも縋るように傍らのイルバーナの服を掴む。
だがーー
「逃げ……な、さい……」
掠れた声を漏らしたのを最後に、イルバーナの腹からは、べっとりと血に塗れた刃が顔を出していた。
「い、いやああああああっ!」
腹を貫通した刃が引き抜かれると同時、イルバーナは口から血を吐き出しながら力無く崩れ落ちる。床を血で染め、短い間隔で呼吸を繰り返すイルバーナにレイナが重なり、悲鳴と嗚咽を漏らした。




