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グリムの精霊魔巧師  作者: 幾威空
FILE2_初めての街編
48/62

Module_047

「さぁ行くぞ坊や。うかうかしてると私たちまで巻き込まれてしまう」

「へいへい、分かってるよ」


 敵味方が入り交じり、喧騒が渦巻く中、イルゼヴィルとセロはその間隙を縫うようにして駆け抜け、建物内へと侵入する。

「構造は頭に入っているな? 固まっているところを狙われても厄介だ。二手に分かれるとしよう」

「了解」

 無事に侵入を果たした二名は、手筈通りに分かれ、内部の捜索を始めた。


「……行き止まり、か?」

 捜索を開始してから数分後。敵の目を掻い潜りつつ駆けていたセロは、廊下の突き当たりに出た。一瞬その見た目に誤魔化されそうになるものの、事前にイルゼヴィルから渡された内部構造の情報と照らし合わせて違和感を覚えたセロは、人目のないことを確認すると、「反響測位」・「気配感知」の術式を並列起動させる。


「やっぱり隠し部屋があったか。けど……おかしいな。気配感知に引っかかった人数が多過ぎる……この規模だと、ざっと2桁の人数になるぞ」

 マレーン商会は小規模な商会であり、その人数も片手で数え足りるほどの人員しかいない。しかしながら、先ほどのセロの気配感知に引っかかった規模とはどう考えても釣り合わない。


「……ここで考えても埒があかないな。行ってみるほかないか」

 意を決したセロは、反響測位の術式によって判明した隠し部屋に乗り込むべく、起動スイッチを探す。

「……もしかして、コレか?」

 ふと傍らの台に載せられていた花瓶に目を向けたセロは、おもむろにその花瓶を真横に倒す。


 あわや台から落ちると思われたその花瓶は、底に付けられた紐で落下を免れた。そして次には「ガコン」と大きな錠前が外れるおとが響き、セロの目の前にある壁が左右に割れる。


「おっ! アタリか。さぁて……この先はどんな景色が広がってますかね? 入って早々、殺されるのだけは勘弁願いたいケド……」

 半ば祈る思いで足を踏み出したセロは、そんな言葉を吐きつつゆっくりと進み出した。


◆◇◆


 時はイルネたちマレーン商会の面々が拉致された時まで遡る。


「痛っ!? ちょっと! もう少し丁寧に扱ってくれない!?」

 背中を強く押されて転んだユーリアが、相手に対して噛み付くように言葉を投げる。


「ハッ! そんな格好でよくもまぁそれだけの口がきけるもんですねぇ……呆れるばかりですよ。まぁその生意気な態度がいつまで続くのか、こっちは楽しみではありますけどね」

「言ってろ、変態が」

 スッと姿を見せたセイラスが、捕らえた彼女たちを見つつ、嘲笑と共に言葉をかける。


 セイラスによって襲撃を受けたマレーン商会の面々は、今はそれぞれが両手に鉄球付きの大きな枷を嵌められ、どこだか分からない建物の牢獄の中に閉じ込められていた。

 ユーリアの口からセイラスを罵る言葉が紡がれる。しかし、セイラスにとって自由を奪われた彼女の言葉には何の痛痒も感じない。彼はただスッと口角を吊り上げて笑いながら語りかける。


「ハハッ……こちらも楽しみにしていますよ。貴方たちのその顔が恐怖と絶望に染まり、希望に縋るその心がポッキリと折れる瞬間を、ね」

「ふざけんな! 誰がお前みたいな奴にーー!」

 手首に枷を嵌められつつも、必死にセイラスに掴みかかろうとするユーリアだったが、彼女の抵抗も虚しく両者を隔てるように鉄格子がその手を阻む。

「クソッ! ここから出せ!」

 ユーリアは鉄格子を掴みながら訴えるものの、その願いは聞き届けられず、セイラスは嘲りに満ちた笑みを寄越しながらイルネたちの前から去っていった。


「チィッ! あの野郎……完全にこっちを舐めてる!」

 脳裏に描かれたセイラスの笑みに悪態をつけたユーリアが、奥歯を噛み締めながら苛立ちを言葉を乗せる。

「まぁここまでされるとは思ってもみなかったが、今は足掻いても仕方がない。どうせこの枷と檻だ。生半可なことじゃあ出られはしないだろうよ」

 怒りで沸騰しそうなユーリアをなだめるように、イルネは静かに呟く。


「……アテはあるんですか?」

 イルネの発言に、それまで沈黙していたハンスが口を開く。

「まぁ、半分賭けみたいなものだけれどね。ただ……あの#猟犬__イルゼヴィル__#のことだから、『何かあった』と嗅ぎつければ、事態は動くでしょうよ。彼女のことは、よぉ~く知っているからね」

「……なるほど。それじゃあウチらはここからいつでも出られるように、準備しておくってことですかね?」

「そうねぇ。ただ、こんなナリじゃあ準備もへったくれもないけれどね」

 ハンスの言葉に、イルネは苦笑しつつ答える。そんな時ーー


「ね、ねぇ……もしかして、こ……こから……出られ……るの?」


 十代の女の子と思われる、掠れた声がイルネたちの耳に届く。

 ハッとして声のした方へと顔を向ければ、そこにはボロ雑巾のような、薄汚れた申し訳程度の服を身につけ、頭からフードを被った女の子がわずかに首を傾げながら立っていた。フードの陰でその表情までは窺い知ることはできなかったものの、その向けられる目の奥からは、期待と不安が入り混じった想いが感じ取れた。


「えっと……貴方は?」

「あぁ、すみません。私の名はイルバーナと申します。この子はレイナです。私たちはここの主人から『役立たず』と見做された者……と言えばいいでしょうか」

「役立たず……?」


 呟かれたイルネの問いに対し、暗がりからスッと現れた一人の女性が力なく微笑みながら答える。一方、レイナと呼ばれた女の子は、サッとイルバーナの傍に駆け寄ると、彼女に「大丈夫?」と声をかけ、母の服の裾をギュッと握りながら怯えと期待を混ぜた目をイルネたちに向けた。イルバーナは「すみません。この子は他所の人が怖くて……」と申し訳なさそうに呟きつつ、小刻みに震えながらも服を掴むレイナの頬を優しく撫でながら、さらに言葉を続ける。


「そうです。ここには#かつて__・・・__#私たちを含め、大勢の人間がいました。既にお気づきかもしれませんが、私たち二人を含むここの者たちはみな……このデラキオ商会で働いていた元従業員でした。私の夫も機巧師として勤めていました。私たち#母娘__おやこ__#を人質にして」

「人質……ですか」

 苦しそうに言葉を紡ぐイルバーナに、ユーリアがわずかに唇を噛んで呟く。


「えぇ……しかし、増え続ける仕事と短納期で身体を壊した者や、病にかかった家族のためにデラキオから金を借りた挙句、その高額な利子により支払いが滞り、返済ができずにここに連れ込まれた者、主人のミスを尻拭いさせるためにここに運ばれた者……色々な境遇の者がおりました。ここは地上に比べ、衛生状態も悪いため、中には私の夫のように、流行病により亡くなった者もおります。かく言う私ももともと患っていた持病が悪化し、この子の手助けが無ければ、十分と歩くこともできないほどですから……」

 時折激しく咳を吐きながらも語るイルバートを、レイナは優しく彼の背を撫でながら労わる。まともな食事を与えられていないのか、力なく微笑むイルバーナの頬は痩け、顔色も良いとは言い難い。


「なるほど……デラキオ商会か。となると、『主人』とはあのブタのことだな?」

「その言い草からすると、彼は貴方を相当目障りに思ってるのでしょうね……そうでなければ、こんな場所にはまず運ばれないでしょうから」

 イルネの刺のある発言に対し、イルバーナはくすりと笑いながら言葉を返す。


「こんな場所って……一体ここは何なの? 見た感じ、牢獄のようだけれど……」

 辺りを見回しながら呟いたユーリアに、イルバーナは沈鬱な表情を浮かべ、軽く息を吐いた後に告げる。

「ここはある種の『墓場』と言えばいいでしょうか……。それこそ人としての……ね。ここに放り込まれた人間は、#あの主人__デラキオ__#の気まぐれとも思える一言でその後の人生が決まるんです。先ほども申し上げました通り、ここには私たちの他にも大勢の人間がおりました。しかしながら、ある者はデラキオの一声で首輪を嵌められた上、雀の涙ほどの額で奴隷として売られていきました。またある者は新製品のテストとして駆り出され、絶叫の果てにその命を終えました。分かりましたか? ここに連れ込まれた以上、どのみち行き着く先はロクな最期じゃありません……」


 口から掠れる呼吸音を吐きつつも、抑揚のない声音で紡がれたイルバーナの言葉に、ユーリアは生唾を呑み込み、サッと顔を青ざめさせながら身を震わせる。

「で、でも、ここから出られれば……!」

 直後にかぶりを振って反論を試みるものの、それを受けたイルバーナは静かに頭を横に振った。

「仰る通り、ここから逃げられるのであれば、それが最善の方法と言えるでしょう。ですが……残念ながら、ここはあのデラキオの『腹の中』。私たちも逃げられるならとうに試みていますよ。もし仮にこの檻から出られても、どうやってあの者の目をすり抜けながら外に出る気ですか? 生憎と期待を裏切るようで悪いですが、過去にここから逃げようとした者や、デラキオの命令に抵抗した者たちは、全員あのサイラスという男に殺されました」

「ど、どうしてそんなことが分かるのよ?」

 ユーリアの期待をバッサリと切るイルバーナの否定的な言葉を受け、彼女はわずかに表情を険しくさせ、口を尖らせつつ訊ねる。


「どうしてか、ですか……? それは……あのサイラスという男が、嬉々として私やレイナ、それと他の投獄者たちを目の前にして『わざわざ』報告したからですよ。主人に歯向かった、その当事者たちの死体を見せびらかしながら、ね……」

 その当時の記憶が蘇ったのか、イルバーナは小さくギュッと唇を噛みながら呟き、一方彼女の服を掴むレイナはその握る手にさらに力を入れ、血の気が引いた顔でカタカタと全身を小さく震わせた。


「そ、そんな……」


 わずかな希望に縋って強気な態度を見せていたユーリアは、イルバーナの言葉にその場にへたり込みながら小さく呟いた。

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