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グリムの精霊魔巧師  作者: 幾威空
FILE2_初めての街編
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Module_043

「チィッ……予想はしていたが、ここまで落ち込むとはな」


 セロによる疾風怒濤とも呼べる巻き返し劇から数日後。直近の商会における売上推移について報告を受けたデラキオは、手にした書類に刻まれた数字を見て思わず苦い表情を浮かべながら舌打ちする。


「……はい。前年同月比でおよそ2割弱の落ち込みになっています。特に直近の落ち込みは大きく、マイナス幅はここ数カ月間で最大となっています」


 傍に控えていたコンラットは、デラキオの言葉に付け加えるように詳細な説明を行う。ピクリとも眉を動かさずに淡々と彼の口から告げられる事実に、デラキオの表情がますます険しくなった。


「クソッーーそれで? こうなった原因について、調べはついたのか?」

 デラキオは苦々し気な表情を浮かべつつも、手にした書類から視線をコンラットへと移して訊ねた。


「はい。多少の時間はかかりましたが、何とか判明しました。結論から申し上げますと、此度の落ち込みの原因は『マレーン商会』にありました」

「何? あの女狐のトコの商会がか……? 一体どういうことだ?」

 告げられた言葉に、眉間に皺を寄せて疑問を口にするデラキオに、控えていたコンラットは直立不動のまま、眼鏡を一度掛け直して静かに説明を始める。


「私が独自に入手した情報によりますと、あの商会では我がデラキオ商会にて施したロック機構を解除する専用装置を独自開発したようです。そして、その装置を、あろうことか他の商会にも貸与したとのことです」

「解除する装置を独自に開発した……だと? だが待て。我々の方で施したロックを解除するには、対応する8桁のパスワードが必要になる。数字だけとはいえ、8桁にも及ぶパスワードなんだぞ? それを初見にて解除するには、膨大な精霊構文を組む必要があるのだろう?」

「はい、それは仰る通りです。実際に私の方からも我が商会内の機巧師たちに確認をとりましたから」

 デラキオの指摘に、コンラットは再び眼鏡を掛け直し、頷きながら言葉を返した。


「なら……どうしてだ? 仮に装置の構想はできても、精霊武具のメンテナンスに必要な素材は我々の方でがほぼ買い占めている状況だ。そのような中で開発と製作が出来ただと……? 加えて、他の商会にも貸与したと言ったな? 膨大な精霊構文を刻む必要があるのなら、装置は必然的に大きなものになるはずだ。そんな巨大なものを移動すれば、嫌でも目立つ。だが、そのような報告は一度も受けていないぞ……」

 デラキオは親指の爪を噛みながら思案するものの、一向に答えは見出せられなかった。


「左様です。私の方にもそのような報告は来ておりません。ですが、現実として我々の売上が落ち込んでいる以上、あのマレーン商会が我々の施したロックを解除する高性能な装置を開発し、加えてそれを惜しげも無く他の商会に貸し与えた……そう見るのが自然でしょう」

 歯噛みするデラキオに、コンラットも軽くため息を吐き、首を振りながら呟く。


「クソッ! クソクソクソッ! やっと……やっとここまで来たんだぞ。精霊結晶を用いた精霊導具ビジネスは、やがては一大産業になる。ビジネスは競争だ。いかに相手よりも早く、大きなシェアを独占できるかがカギだというのに……」

 デラキオは握り拳を机に叩きつけながら憤怒の形相を露わにする。彼の頭には市場の「独占」が常にあった。精霊革命と呼ばれる一大技術革新から、まださほどの年月が経ってはいない。人々の生活にもたらされた「精霊導具」は、今では技術の進歩を象徴するアイテムとなり、技術だけではなく、新たな時代の到来をも予感させるアイテムとなっている。


 だからこそ、精霊導具を扱う機巧師は、国にとって重要視される存在であり、それを裏付けるような高待遇と特権が認められている場合がある。

 デラキオはそうした時代の潮流を敏感に察知し、早くから手を打ってきた。


 ーー仮に、市場を自らの商会で独占できれば、ヒト・モノ・カネを自分の思うがままに「動かせる」。


 それは、もはや影からこの街を操るのと同義だ。デラキオは自分でも支配欲が強いと認識している。この街を支配し、自分の思い描く通りの展開を望む彼にとって、今回のマレーン商会を発端とした事件は見事に痛手であった。


「あの女狐め……もうなりふり構ってられん。コンラット!」

「ハッ」

 デラキオは控えていたコンラットを呼ぶと、彼にある指示を与える。


「それはーー本当によろしいのですか?」

「あぁ。いい加減、あの女狐の相手をするのも億劫になってきた。それに加えて今回の件だ。あの女共々、『一体誰に喧嘩を売ったのか』……それをその身でもって思い知らせてやれ」

「……承知いたしました」


 凶悪な笑みを浮かべながら告げるデラキオに、コンラットは無表情で軽く頭を下げて部屋を去る。


「今に見てろよ、女狐め。無様に泣き喚きながら地獄に堕ちろ」


 誰もいなくなった執務室に、デラキオの欲望に塗れた声が辺りに響く。


 だが、彼はこの時知らなかった。


 ーー彼が本当に畏れるべき者が別にいることなど。

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