Module_040
一方、マレーン商会での手伝いを終えたセロは、この日もギルドに赴いていた。
「……えっ? 今、何て?」
ギルドに到着したと同時にロータスに呼び止められたセロは、彼女から「やっとこの前の買取り依頼の査定が終わったわ」との報告を受けてカウンターへとやって来た。
そこで彼に対応したファレナから、告げられた査定額に、目を丸くして思わず聞き返したのである。
「ですから……総計で4,500万リドルになります」
一瞬明後日の方向に飛んでいた意識を呼び戻すと、セロはやや声のトーンを落として確認する。
「本気で?」
「えぇ……本気ですとも」
セロの問いに、カウンターにいるファレナは表情一つ変えずに頷きながら答えた。
「……それにしても多過ぎないか? いや、くれると言うなら、ありがたく受け取るが、額が額なだけに不安を覚えるぞ。こう言っては何だが、自分でもビックリしてるほどだからな」
顔を引き攣らせながら呟くセロに、ファレナは一度大きなため息を吐いた後に、諭すように語る。
「いいですか? 確かにセロさんの気持ちも分かりますが、貴方はあれだけ大量の魔物を仕留めたんですよ? それも綺麗に眉間を撃ち抜いて。加えて仕留めた魔物はついさっき仕留めたばかりのように新鮮でした。中にはランクの低い魔物もいましたが、どちらかといえばランクが比較的高めの魔物が割合として多かったんです。これぐらいの金額はむしろ妥当ですよ」
ファレナは加えて「なお、この金額はギルドで処理した手数料を差し引いた金額です」とも告げる。
(……ということは、買取り依頼をする前に、自分で魔物を解体すれば、それだけギルドに納めるお金が少なくなるってコトか)
ファレナの説明を聞きつつ、セロは「次はそのあたりも考慮するかと」頭の中に刻む。
「ちなみに、一回の買取り依頼でこれだけの金額となったのは初めてです。えぇ、ぶっちぎりの一位ですとも。おかげさまで査定で死ぬかと思いましたけど」
「あはははは……お疲れ様です」
どこか死んだ魚のような目で「査定イヤ……魔物イヤ……」と呪詛のようにブツブツ呟きながら身を震わせるファレナに、セロは引き攣った笑みを見せながら労いの言葉をかけるのがせいぜいだった。
(うーん、ただ魔物を倒しただけなのに、こんなに貰えるとは思わなかった……)
カウンターの上に出された、目も眩むほどの金額をセロは手早くアイテムポーチの中に仕舞い込む。
(にしても、4,500万リドルかー。あのデラキオ商会で提示された額よりも高いんだよなぁ……正直、どう使えばいいか分からん)
掲示板に張り出された依頼を眺めつつ、セロは今後の方針を練り始めた。
ーーお金はもう十分にある。
ーー借りていた金は返した。
「やっぱり、一度あの家に戻る必要があるかなぁ……」
セロはふと頭に浮かんだ言葉をそのまま声に出す。もともとセロはカラクたちに付いて来た形でやって来た身である。スタイプスの森にある、彼の家には手付かずの材料やメイキングボックスを始めとした精霊導具が置きっ放しのままだ。
「そうと決めれば、まずは生活用品を買い揃えて置かないとかなぁ……あの森じゃあ手軽に加工品は入手出来ないし。服も見ておかないと……」
掲示板から目を外し、セロは指を折りながら今後の予定を詰めるざっと目ぼしいものをピックアップした矢先、ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
「うん? 何だ一体……?」
セロは「人が考えごとをしてるのに……」と眉をわずかに顰めさせつつ、音の聞こえた方へ顔を向ける。
「あああっ! いたああああっ!」
すると、そこにはビシィッとセロに指を突き付けて仁王立ちするユーリアの姿があった。
「へっ? ……俺?」
事態が呑み込めず、自分で自分を指しながらポツリと呟くセロ。
「ちょ~っと来てもらうわよー!」
「いやいやいや! 何でだよ!」
一瞬の隙を縫うように、ツカツカとセロの近くに歩み寄ったユーリアは、彼の腕をガシッと掴むと、そのまま踵を返すように表へと出る。「せめて理由を言え!」と足掻くセロをまるで無視し、ユーリアは「時間がないから」の一点張りで彼を引きずる。
「会頭っ! 見つけましたっ!」
そのままマレーン商会の建物の中に入ったユーリアは、もはや抵抗する気も失せたセロをイルネの前に連れてくる。
「やぁセロ。昨日ぶりだね」
「アハハハハッ! どうも。こっちはオタクの商会のモンに理由も言われずいきなり引きずり回されてチョイとイラついてるんだ。その頭に綺麗な風穴開けてやろうか? 今なら格安で空けられるぜ?」
セロは青筋を見せつけつつ、イルネに迫る。対する彼女は「おぉ、怖い」と半分笑いながら冗談っぽく身体を震わせる。
「あらあら、まぁまぁまぁ……そんなにイラつかないでくれないかしら。あんまり沸点が低いと、将来ハゲるって聞くわよ?」
「よし分かった。アレだな? 喧嘩売ってんだな? 今なら格安で買うぜ?」
目をカッと開き、不機嫌さを露わにしながら話すセロに対し、イルネはどこか面白そうに微笑みつつ言葉を紡ぐ。
「フフッ……ごめんなさいね。ちょっとからかってみただけよ。確かに何も告げずに拐う真似をしたのは済まないと思っているわ。けれど、ユーリアの言う通り、時間が無いというのもまた事実なのよ。それに、これくらいの煽りで突っかかっていると、コロッと手玉に取られるわよ?」
形だけの謝罪の言葉を発するイルネに、セロは歯軋りをしながらどうにか苛立ちを押さえ込む。
「……それで? どういうことだ?」
深く息を吐いてやっとの思いで怒りを鎮めたセロは、訝しむ表情を見せながら聞き返す。
「フフッ。私の口から説明することもできるけれど……詳しくは当事者から聞いた方がいいだろうね」
イルネは机の端に置いてあった呼び鈴をおもむろに鳴らす。やがて扉をノックする音と共にユーリアが連れ込んだのは、一人の小柄な老人だった。
「セロ、こちらは『アノマス商会』のラウル=ディノマス」
「ラウルだ。仲間内からは『ラウル爺』とも呼ばれとる。よろしく頼む」
セロはペコリと軽く頭を下げ、ラウル爺が差し出した手を握る。大きな革手袋に所々油汚れが付いた作業着、ワックスか何かでガチガチに固めたW形の大きな口髭、額に留めたゴーグルに、腰に巻着付けたベルトから顔を覗かせる工具類……
それはまさにセロがイメージした通りの「職人」の姿でもあった。
「それで? 話があるってコトだが……」
おもむろにセロが本題を切り出した瞬間、ラウルは深々と頭を下げ、わずかに身を震わせながら呟く。
「頼む……っ! 俺のトコに、お前さんたちが作った装置を貸してくれないか」
「装置……って言うとーー」
チラリと確認するようにイルネの顔を見るセロに、彼女は彼の推測が当たっていることを裏付けるかの如くゆっくりと頷く。
「あぁ、あの解除装置のことさ」
「あの装置を? 何でまた……」
背景を知らないセロは、困惑の表情を見せつつ頭を下げるラウルに問いかけた。
「それはーーワシらも同じなんじゃよ。デラキオ商会で渋られたメンテナンス依頼を引き受けたはいいものの、その精霊武具にはロックがかけられていてな。8桁の解除コードを見つけ出す装置を製作しようにも、最近デラキオ商会が市場に流れる素材の大多数を買い占めておってな。そんな状況では新たな装置を作るのは商会の懐では厳しいモンがあるんじゃよ」
「デラキオ商会が素材の買い占め? それは本当なのか?」
ラウルの言葉に、やや驚きながら訊ねるセロに、イルネが「私はほぼ間違いないと睨んでる」と告げた。




