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グリムの精霊魔巧師  作者: 幾威空
FILE2_初めての街編
36/62

Module_035

(くぁ~っ! スッキリした)


 デラキオ商会の建物を出たセロは、一度腕を伸ばして身体をほぐすと、真っ直ぐ満月亭へと向かった。


「つーか、あんなもん(・・・・・)を作るのが街一番の商会なのかよ。アレじゃああの人(イルネ)のトコの方がまだマシだな」


 宿へと戻る道すがら、セロは先ほど目にしたデラキオ商会の商品に対する感想を口にする。

 セロがデラキオと対面した際、彼の目は商会の商品に向けられていた。そして、その目に捉えたのだ。


 かの商会が卸す商品に刻まれた精霊構文を。


 ーー術式名称:「天通眼(てんつうがん)」。それが構文を読み解くことができたセロの魔法である。「天をも見通す眼」と仰々しい名前が付けられたこの魔法は、術者の両眼に魔力を集め、一時的に視覚を強化することにより、世の中に存在する全ての物や現象を読み解く魔法である。


 しかし、視覚を大幅に強化するため、この術式は長時間の発動は出来ない。『視る』ことに特化した分、発動後は一定時間の間は再度の発動はできない。


 また、この眼の冷却時間(クーリング・タイム)は、その発動の時間に比例して長くなるというデメリットも存在する。


 セロがこの術式により対象を見たのはほんの一瞬の出来事だ。しかも、以前にカラクたちの精霊武具をメンテナンスしたときとは異なり、読み取れた情報は刻まれた構文の断片でしかない。


 だが、天通眼の術式を発動させた「眼」ならば、そのような一瞬の、断片的な情報であっても問題はない。セロは眼を通して読み取った情報を元に、欠けた情報を脳内で補完し、おおよその全体像を把握したのだ。


(カラクには感謝しなきゃな。俺以外のーーこの世界の機巧師が刻む精霊構文を見たことで、情報の補完ができたんだからな)


 セロは心の中でカラクたちに感謝の言葉を呟いた。彼らが「相棒」たる精霊武具を見せてくれたことでこの世界における機巧師の技術レベルや構文記述の癖、武具に刻む術式のサンプルを得ることができたのだ。


(にしても、最大の規模を誇る商会って聞いた割には、作ってるモノはどれも三流以下だな)


 セロは先ほど解析したデラキオ商会の商品、そこに刻まれた精霊構文を思い返しながらバッサリと切り捨てるような評価を下す。


(刻まれた構文はどれも似たり寄ったりだった。というか、雛型の構文をちょこっとイジったレベルでしかない。中には処理が冗長で意味不明なコードも残っていた。そこから察するに、以前に施した処理内容が理解出来ず、必要最低限の処置しかしていないってコトだ。依頼が大量に来るから、業務の効率化を図るために雛型をイジって対応するのは仕方がないと言えるだろうが……それで精霊術の発動が遅くなって命を落としてたら元も子もないだろうに)


 セロは内心ガッカリしながら、歩みを進める。機巧師という同じ技術者でありながら、全く自分とはかけ離れた矜持を持つデラキオ商会のやり方に、セロは失望の念を抱いていた。



「ーーおやっ? 誰かと思えば……あの時の坊やじゃないか」


 どんよりとした重い空気を引きずるように歩いていたセロに、女性のものと思える声がかけられる。


「うん? あぁ、貴女は確か……イルネさん、でしたっけ」

 ふと声のした方へ顔を向けると、そこには真紅のミニスカートに同色のジャケットを着たイルネが別の女性の肩を持ちながら店から出て来たところだった。相手が商会のトップということもあり、セロは失礼のないように努めて丁寧に挨拶する。


「あぁ、覚えていてくれたようだね。嬉しいよ。そういえば、コイツとは初対面だったね」

 言いつつ、イルネは肩を貸している相手に目を向けながらセロに紹介する。


「この酔っ払いはイルゼヴィル=フォルナ。この街のマフィア、『トリーネ』を取り仕切る女傑だ」

「え゛っ!? この人が、か……?」

「あぁ、こんな姿からはおよそ想像つかないだろうがね」

 ニヤニヤと意地の悪い笑いながら話すイルネに、面を上げたイルゼヴィルが呻き声を上げながら呟く。


「うぐっ……こうなったのは誰のせいだと思ってる。だいたい、一晩中お前の愚痴に付き合わされたこっちの身にもなってみろ。ったく……つくづく不思議に思うよ。こんな時間まで飲み明かしたっつうのに、当の本人はケロっとしているんだからな」

 そのゲッソリとした顔つきから、相当な酒量を飲んだらしく、イルゼヴィルの声は生気を失っていた。


「だからこうして付き合わせたお詫びに肩を貸してるんでしょうが……」

「当たり前だ。うぅっ……ま、まだ頭がズキズキする……」

 イルネの申し訳なさそうに呟いた言葉に、イルゼヴィルはやや声のトーンを上げて指摘する。そんなイルゼヴィルの姿に、セロは憐憫の情を寄せながら、ポーチから一本の小瓶を取り出して見せた。


「ったく、見てられないな……良かったらどうぞ」

「コレは?」

「二日酔いに効く薬だ。俺は酒なんて滅多に飲まないから、長らく仕舞いっぱなしになってたものだけどな」

「そうか。すまない……」

 イルゼヴィルはセロから受け取った小瓶の蓋を開け、ぐぃっと呷る。


「飲みやすい、いい薬だな。あぁ、だいぶスッキリしてきた」

「そいつは良かった。まぁ試しに作ってみたんで、効くかどうか不安だったんだがな。あぁ、そうそう。言い忘れたが、さっき渡した薬は、あくまでも症状を緩和する程度だ。しばらくは安静にしていた方がいい」

「うっ……そ、そうだな。ご忠告、感謝するよ。だが、なんとか一人で歩くことはできそうだ。というワケで、イルネ。お前のトコで少し休ませてもらうぞ」

 急に話を振られたイルネは、慌ててイルゼヴィルの提案に異を唱える。


「えっ? ちょ、ちょっと待って。さすがにそれはーー」

「煩い。私をこんな目に遭わせたた罰だ。肩を貸したぐらいでチャラにできるか!」

「うえええ、そんなぁ~……こっちも仕事があるのに……」

「別室で休めば問題ないだろうよ。それに、この薬師の少年(・・・・・)からもらった薬が良く効いてる。そんなに長い間いることは無いさ」

 二日酔いの症状が改善したからか、イルゼヴィルはやや上機嫌に呟く。だが、その言葉を受けたセロとイルネはどちらも「何と言えばいいのか」と微妙な顔を浮かべていた。


「……うん? どうした?」

 二人の顔つきに、イルゼヴィルは訝しみながら訊ねる。


「いやぁ、うーん……何と言えばいいのか」

「何だ、ハッキリしないな」

 歯切れ悪く答えるイルネに、イルゼヴィルはさらに疑いの眼差しを向けつつ返す。


「あのぅ……」

「何だ?」

 追及を受けるイルネを見かねたセロが、イルゼヴィルに声をかける。振り返られて反射的に放たれた問いに、セロは頬を掻きながら答えた。


「俺はそもそも薬師じゃない。さっき渡した薬は、俺が作った精霊導具で調合・作成したものだ」

「薬師じゃない……だと? それに、精霊導具を作った……?」

 目を見開きながらおうむ返しで訊ねるイルゼヴィルに、セロはコクリと頷きながら再び口を開く。


「まぁ、精霊導具を『作った』といっても、正直そんな大層なものではないけどな。一応、身分としては冒険者なんだけど、精霊導具を多少はイジれる技術はある。ただ、機巧師のライセンスは無いから、そう表立って名乗ることはできないだけで。自分でも冒険者なのか技術者なのか分からなくなりますけどな」

 苦笑しながら呟くセロに、イルゼヴィルは「本当なのか?」と確認するような目で隣に立つイルネを見やる。


「驚くのも無理ないわ。私でさえ開いた口が塞がらなかったもの」

「じゃ、じゃあお前はーー」

「えぇ。薬師じゃないことは知ってたわ。ただ、精霊導具が作ったとは思いもよらなかっただけ」

 呆れるように返すイルネに、イルゼヴィルはクスクスと笑いながら確信めいた口調で呟く。


「そうか。昨日の酒の席で散々愚痴っていたのはこの少年のことか」

「えっ?」

「ちょっと!」

 イルゼヴィルの意図が分からず、反射的に声を上げたセロに、すかさずイルネが割って入る。


「ハハッ、悪いな。イルネは怒らせると面倒なんだ。すまんが私の口からは言えんな」

「……はぁ、俺は別に気にしないけど」

 首を傾げながら言葉を返すセロを見たイルゼヴィルは、おもむろに彼の頭に手を置き、顔をイルネへと向けた。


「そうだ。この少年もお前の商会に連れて行ったらどうだ?」

「えっ? いやまぁ……そりゃあ吝かではないけど。その理由は?」 

 イルゼヴィルの提案に、イルネはわずかに眉根を寄せながら理由を訊ねる。


「何、ライセンスは持たないが、この少年も精霊導具を作る知識と技術があるのだろ? なら、お前のトコに持ち込まれた厄介ごとを解決できる手助けが出来るかもしれないじゃないか」

「はぁっ!?」

 そのあまりにも勝手過ぎる理由に、セロは思わず素っ頓狂な声を上げる。


(えっ? ちょ、おいおい……冗談だろ? というか、正気か!? 客でもない、ましてやライセンスも持たないガキに商会の仕事を手助けさせるなんてーー)


 内心驚きつつ、チラリとセロがイルネの顔色をうかがうと、彼女もまたイルゼヴィルの提案に目を丸くさせて驚いた表情を浮かべているのが分かった。


「……本気なの?」

「あぁ、別に問題はないだろう? 持ち込まれた依頼について『マレーン商会が』引き受けたのであって、『誰が』やったのかは外からは分からんだろ?」


(うわぁ……汚ねぇ。というか、手伝うの前提かよ!?)


 ニヤリと口角を吊り上げながら紡がれるイルゼヴィルの言葉に、セロは顔を引攣らせる。

「い、いやぁそれはさすがに色々マズイんじゃ? 俺は商会とは何の関係もないただの冒険者だぞ? イルネだって俺なんかに手伝わせるのは気がひけるんじゃあ……」


「名案ね! 確かにこの子なら、何か分かるかもーー」


「えっ? あ……あれっ?」

 セロは言葉を選びながらも遠回しに断ろうとした。自分は冒険者という立場にある。仮にことがバレればギルド(特にロータスあたりから)ネチネチ言われることもあるかもしれない……と考えたからだ。だが、そんなセロを背後から叩き斬るような全く予想外の発言をしたイルネに、彼の身体が固まる。


「そうと決まれば、早速行きましょうか」

「そうだな。私も早く横になりたいからな」

 戸惑うセロの一瞬の隙を狙い撃つように、左右の脇の下から腕を通してガッチリと身体をホールドしたイルネとイルゼヴィルは、そのまま彼を目的の場所へと連行していく。


「い、いやっ! ちょ……は、放せええええぇぇぇ!」


 自分の意思を全く無視して歩く二人に抗うセロだったが、両脇からホールドされた状態では満足に振り解くこともできず、ただなすがままにされるほかなかった――。

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[気になる点] 就職はイヤだぁ……という話でないのなら何も困らない。 働きながらライセンス取るくらい何もおかしくないのでは。 [一言] この女の相手をすることは無駄だ、と主人公が感じているわけでもな…
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