Module_028
「……何っ!? それは本当か?」
セロがホワイトナイツの面々と満月亭で馬鹿騒ぎを繰り広げていた頃。グリムの東側に拠点を構える「デラキオ商会」--その執務室において、豪奢な椅子に腰かけていたデラキオは、長机を挟んで彼の前に立つコンラットの言葉に我が耳を疑った。
「えぇ。確かな筋からの情報です。本日午後、ギルドで冒険者として新規登録を行った少年が、大量の魔物の買取り依頼を出したとのことです。現場を見た者からは、その少年はアイテムポーチを所有しており、中から天井に届くほどの魔物の遺体を出したとのこと……」
報告を受けたデラキオは、不気味な卑しい笑みを貼り付けながら口を開く。
「ふむ……それほどまでに大容量のアイテムポーチが存在するなど、未だかつて聞いたことも無いな」
「はい。私も当初は冗談か何かだろうと思いましたが、複数の者から同様の話を聞かされました」
コンラットは眼鏡の縁を光らせながらかけ直すと、抑揚を押さえた声音でデラキオに告げる。
「そして、件のアイテムポーチの所有者と目される少年に、あの『マレーン商会』の会頭が懇願するように少年に対して『自分のトコに来ないか?』と勧誘していたとも報告を受けました」
「ほう……ポーチだけではなく、あの女狐が目を付けるまでの人間か。興味があるな」
ギシリと背もたれに身を預けたデラキオは、その肘掛けを指で叩きながら思考を巡らせる。
「いかがなさいますか?」
「ふむ、そうだな……まずは情報が必要だ。その少年のことならば、些細なことでも構わん。できるだけ詳細な情報を収集しろ。多少の金を握らせても構わん。なに、相手はただの子どもだ。大容量のアイテムポーチを入手するためなら、多少吹っ掛けられても問題は無かろう。餌を撒いて釣り上げてしまえばよい。ククッ……目の前に見たことも無いほどの金を積まれれば、惜しげも無く手放すだろうよ。ブツを入手・解析し、我が商会で取り扱うことが出来れば――より私は盤石な地位を確立できるだろうからな」
既に目的のものを手に入れものたとして頭の中で算盤を弾いたデラキオは、ニタリと不気味な笑みを浮かべながら口を開く。大容量のアイテムポーチ――それは幅広い顧客を獲得し得る、いわば"金のなる木"だ。利に敏い商人ならば、喜んで大金を積むだろう。
「かしこまりました。では、そのように」
デラキオの言葉に一度軽く頭を下げたコンラットは、踵を返すようにデラキオのもとを去る。
「ククッ……思わぬ時にいい知らせが飛び込んできたものだ。これで私の計画はさらに盤石なものとなろう……」
室内に残されたデラキオは、笑みを零したまま一人呟く。
だがこの時、彼は二つのミスをおかしていた。
一つは、入手を命じたアイテムポーチが「セロの手によって製作されたもの」であると知らなかったこと。
そして二つ目は――セロの持つ力と技術が、既にデラキオよりも数段上にあったこと、である。
そんな思惑を交錯しつつ、その日の夜は更けていくのであった――。
◆◇◆
翌日、まだ日が昇って間もない頃に目が覚めたセロは、人が疎らな食堂で朝食を済ませると、足早にギルドへと向かった。
「うわっ……結構いろんな依頼があるなぁ……」
ギルドへと到着したセロは、一階のフロアの中央に設置された巨大な掲示板へとその足を運ぶ。この掲示板はギルドへ出された依頼が掲げられており、右側からランクの高い順に並べられている。
(昨日、グランやキールに聞いてたから要領は分かるけど……さすがにこれだけの種類があると迷うな)
セロが朝早くからギルドを訪れたのは、昨夜、祝いの席でグランとキールにあるアドバイスを受けたからだ。
(えぇっと……確か、グランからは「ギルドの依頼は毎朝更新されて、早い者勝ちで依頼を受ける者が決まる」だっけ。それに、キールからは「依頼内容によっては同じ場所で達成できるものもあるから、複数受けると効率がいいこともある」だったか)
セロは聞いたアドバイスを頭の中で反芻しつつ、掲示板の依頼を流し見ていく。張り出された依頼にはギルドへ出された日が記載されており、グランの言う通り昨日の日付が依頼書には記されていた。
「うーん。確かに種類は豊富だけど……魔物の生息地や薬草の群生地については詳しくないからなぁ。どれとどれを受けたら効率がいいのかまでは判断つかないな……」
「あらっ? 貴方は……もしかして昨日大量の魔物の買取り依頼を出してきた子かしら?」
掲示板の前で頭を掻きながら唸っていたセロに、後ろから声がかかる。
「えっ? あ、はい……どうも、セロといいます」
声を掛けられたセロは、反射的に背後へ顔を向けて軽く頭を下げる。そして面を上げた彼が目にしたのは、膝丈ほどのタイトなスカートを穿き、その身体のラインを強調するかのようなシルエットを作り出すジャケットを纏った女性であった。銀縁の細フレームの眼鏡をかけ、肩で切り揃えた漆黒の髪を揺らすその女性は、まさにセロの持つ「キャリアウーマン」のイメージを体現したものだ。
しかしながら、そうした触れれば切れるほどの鋭さを持つ女性なのだが、そのイメージを覆すかのように、その頭には髪の毛と同色の小さな三角耳が顔を出している。その小さな耳がお堅いイメージの中に隠された女性としての可憐さを象徴するようでもあった。
「えぇっと……貴女は?」
「あぁ、ごめんなさいね。貴方は昨日新規の登録をしたのでしたね。なら、知らないのも無理はないでしょう。失礼いたしました。私はロータス。ロータス=アルクライネと申します。当ギルドのサブギルドマスターを務めております。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそ失礼しました。まさかサブギルドマスターだとは知らず……」
セロはロータスの自己紹介に、慌てて深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。それで、どうしました? こんな朝早くから掲示板の前でうんうん唸って……」
「あ、はい。昨日、無事に登録も終わったので、今日から冒険者として本格始動しようかなと思っていたんですけど……予想以上に種類が豊富でどれを受けようかなと迷って……」
気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きながら悩みを打ち明けるセロに、ロータスは彼と同様に掲示板を一瞥すると、おもむろに二枚の依頼書をボードから剥して彼に手渡す。
「ふむ……でしたら、この「リング草の採取」と「ワードッグの討伐」はどうですか? 比較的ランクの低い依頼ですが、街からさほど離れていませんし、リング草の採取地とワードッグの生息域は重なっていることが多いです」
「なるほど。ちなみに、リング草は10本、ワードッグは5匹と規定数がありますけど、それ以上でも問題は無いですかね?」
「はい、それは問題ありません。規定数以上の達成には、追加で報酬が支払われますよ。ただし、リング草については、規定数以上採取しても、その状態によって多少追加報酬の額が上下しますが」
セロはロータスの留意事項を聞きつつ、受け取った依頼書に目を通した。確かに彼女の言う通り、依頼書には大まかな採取地や魔物のの出没地域が記されており、両者の距離は近いところにある。
「なら、これを受けます。手続きをお願いします」
「分かりました。あちらのカウンターで手続きを行いますので、そちらでカードを提示してください」
「はい、ありがとうございました」
ロータスがスッと指で手続きの場所を案内すると、セロは軽く頷いて御礼を告げる。
「……何? ローアってあんな子どもがいいワケ? でも、ちょっと年下過ぎると思うけど?」
「バッ! バカなこと言わないで」
セロを見送ったロータスに、ふと横合いから声がかかる。反射的に声を上げて振り向けば、そこにはニヤニヤとどこか意地悪な笑みを見せる彼女と同世代の女性が立っていた。
「アッハハハ。ゴメンゴメン。な~んか、いい雰囲気っぽかったからさぁ……ついつい声を掛けるのが遅れたのよ」
「白々しい……」
ケタケタと笑いながら謝るこの女性の名は、パルメ=シュステといい、ロータスと同じくギルドで働く職員の一人である。サブギルドマスターであるロータスに対し、気軽に声を掛けられるのは、このギルド内では彼女しかいない。それもそのはずで、ロータスとパルメは同期だからだ。
ロータスは日々サブギルドマスターとして事務方を務める一方、パルメは主に素材の買取りにかかる査定業務をメインにしている。
彼女の査定の正確さはロータスも一目置くほどで、その腕はギルドマスターであるグロースも信頼を寄せている。また、パルメは素材買取りの査定業務を行うのみならず、査定部門の職員を取り纏める部門長も担っており、ギルドの収益源の一翼を任せられているほどの人材であった。
「にしても、あんな子どもがねぇ……私は本人を見るのは初めてだったけど、あんな小さなナリでよくもまぁあれほどの魔物を狩ったもんだよ」
「えぇそうね。聞いた話だと、これまでは森で生活していたらしいから、相当長い間森の中からでてなかったみたいね」
ロータスはパルメの発言に同意しつつ、自らの意見を口にする。しかし、パルメは首をわずかに傾げながら彼女の発言に疑問を放った。
「相当長い間森の中にいた……? ほぅ……だとしたら、一つ腑に落ちない点があるんだよね」
「どういうこと?」
反射的に訊ねたロータスに、パルメはやや鋭い目つきで再び口を開いた。
「あの子の持ち込んだ魔物の遺体は、そのどれもが鮮やかな手並みと高い技術で狩られたものだった。中には体格の小さい魔物の眉間にほんのわずかな穴だけを残して仕留めたものもある。その技術は正直呆れるほどよ。長い間森から出ずにコツコツと溜めていたのなら、仕留める段階で素材をダメにしたものも出てきていいはずでしょ? 彼はまだ子どもなのよ? まさか四つか五つの頃からあんなに高い技術を持ち合わせていたなんて考えにくい」
「……ちょっと待って。なら――」
ふと浮かんだロータスの推測に、パルメは頷きながら話を続ける。
「そう。昨日持ち込まれたものは、全てあの子が……最近狩ったものよ。それもおそらく数日で、ね。まぁ彼の持つアイテムポーチが『時間停止』の効果があるものなら話は違うのだろうけど、数年以上時間停止の効果を発揮できるアイテムポーチなんて、そんなものは伝説上のアイテムだしねぇ。まったく……とんだルーキーが出て来たものね。自身は気づいてないでしょうけど、こと戦闘に限れば……Dランクは軽く凌ぐでしょうね」
パルメは軽く息を吐いた後、その手をロータスの肩にそっと置いて呟く。
もっとも、パルメの言葉は「半分正解・半分間違い」といっていい。確かにセロがギルドに買取り依頼として持ち込んだ魔物素材は、彼女の指摘通りここ数日で狩ったものだ。
しかし、セロの持つアイテムポーチは、収納したものの時間を停止することができる上、その効果も軽く数十年は維持できる廃仕様だ。
そんな伝説とさえ言われるほどのスペックがあるなど、当の本人は知る由もないのだが。
「ふぅむ……他の冒険者とは違って、物腰は低くて丁寧で、実力もある。なるほど、そう考えたら今のうちに唾つけといた方が賢明だ、というローアの分析も間違いじゃないね」
「そうなのよね……こう、見た目は子どもなのにその言動が大人びてて、そのギャップがまた魅力で――って、何言わせんの!」
思わず口にした自分の言葉に顔を真っ赤に染めたロータスは、喚きながらパルメに鋭く突っ込みを入れる。
「アハハッ! そうカリカリしなさんな。直ぐに怒ると幸せが逃げるぞー。それに、最近は親からしつこく『結婚はいつだ?』って言われてるみたいじゃないの」
「ちょっ!? そんな話誰から!」
「えっ? それは~ひ・み・つ☆」
「アンタねぇ!? 人をおちょくるのも大概に――」
(……なんなんだ、あの騒ぎは)
まさか自分のことで言い争いになっていることなど知る由もなく、セロは無事に手続きを終えてギルドを後にした。
なお、余談ではあるが、ロータスとパルメは後ほどグロースからお小言を言われるハメになり、「そんなに元気なら」と普段よりも多く仕事が割り当てられることとなるのであった。




